【完結】ニューワールド・ブリゲイド─学生冒険者・杭打ちの青春─

 メルルーク邸の門を守る番人達は、さすがに何年も通い続ける僕に対して友好的だった。
 にこやかに笑いかけてきて、あまつさえ普段は一人なのに美女を3人も連れて来ていることについて、からかい気味にさえ声をかけてくるのだ。

「ようこそ杭打ちさん。今日はずいぶんと賑やかですね、中の人が色男にでも変わりました?」
「……中の人なんていないよー」
「いやいるでしょ、モンスターじゃあるまいし」
 
 これまで何年とやり取りしてきたから、僕のほうもここの番人さん達にはそれなりに気安い。
 軽口を叩きあいつつ門を開けてもらって中へ。興味深げに今のやり取りを見ていたシアンさんが、歩きながら僕に寄ってきて尋ねてきた。いい匂いがするよー。
 
「結構気さくで、なんだか意外ですね……もう少し剣呑かと」
「ここの研究所でそんなバチバチに接してくるのなんて、それこそガルシアさんくらいですよー。モニカ教授は言うに及ばずその親御さんまで僕、優しくしてもらってますしー」
「そ、そう……なのですね」
 
 複雑そうなシアンさん。そんなに意外かな? まあ元調査戦隊メンバーならみんな、僕のことを憎んでるはずだって思うのも無理はないかなー。
 でも実際、本当に教授周辺の人達はガルシアさんを除いて優しくて温かい人達なんだ。モニカ教授は言うに及ばず同居してる御両親も、事情を知った上で良くしてくださってるし。
 研究所で働く所員達やさっきの番人さん達に至るまで、みんな僕に隔意なく接してくれるんだよー。
 
 ここの人達がどれだけ優しいかを力説しつつも屋敷の玄関口に到着。ここに来る度僕はまず、メルルーク家の人達にご挨拶をするんだ。
 お邪魔するわけだから当然だよねー。というわけでドアをノックする──すぐに応対があり、ドアを開いて執事さんが顔を見せてくれた。
 初老の、オールバックで細身のオジサマだ。ダンディー。
 
「ようこそおいでくださいました、冒険者"杭打ち"様。そしてパーティー・新世界旅団の皆様方も。旦那様、奥様、モニカお嬢様がお待ちでございます」
「やっぱり予測してたね、今回のこと。ガルシアさんはどうしてます?」
「その件についてもお嬢様からお話があるようです。ひとまずはご案内いたします」
 
 どうやらメルルーク一家総出でお待ちかねみたい。促されるまま屋敷に入り、執事さんについていく。
 途中、今度はレリエさんがヒソヒソって小声で僕に尋ねてきた。耳がくすぐったいよー、幸せー。
 
「ね、ねえソウマくん。予測してたってどういうこと? あなたはともかく私達まで今日ここに来るってこと、分かってたとでも言うの?」
「間違いなくねー。教授は何しろ天才的な頭脳を持ってるからさ、予知めいた予測をちょくちょく立てるんだよー。経済分野でも、投資家として相当に名を馳せてるみたいだし」
「なんでもありね、その人……うわ、なんか会うの怖くなってきた」
「優しいおねーさんだから、取って食われたりやしないよー」
 
 あまりに頭が良すぎて未来を見通す千里眼じみてる教授だけれど、これで意外と子供っぽいというか親しみやすいところのある人なんだ。
 実際に会えば分かるはずだよー。執事さんについて歩くと、いよいよリビングに辿り着く。閉ざされていた扉をノックして執事さんが、中にいるメルルーク家の人々に声掛けをする。
 
「失礼いたします旦那様方。冒険者パーティー・新世界旅団の皆様をお連れしました」
「おお、ぜひに入ってもらってください!」
「かしこまりました……皆様、どうぞお入りください」
 
 中から男の人の返答があり、執事さんは一礼してドアを開けた。
 元は平民だから、執事さんや使用人さん相手にも普通に敬語なのがメルルーク家の御両親さんのいいところだよねー。立場柄執事さん達は困ってるっぽいけど、使用側がみんながみんな偉そうにしてないといけない法律もないからねー。
 
 さておき、開かれたドアの中に入る。広々とした室内、テーブルを囲む椅子に一家は座っている。
 メルルークのおじさんとおばさんだね。中年の夫婦で、身なりこそ貴族っぽい上質な装いだけど態度は温厚で、僕達を笑顔で迎えてくれたよー。

「おお、ソウマくんよく来てくれた! お仲間の方々も、ようこそ来てくださった」
「お疲れ様ですー。仲間みんなで来ちゃいました、突然すみません」
「いやいや、千客万来だよ。我が家が人で賑わうのはいいことだ! さあさあ、とりあえず座って座って!」

 メルルークのおじさんがそう言って、僕らに着席を勧めてくる。断る理由もなく席につくと僕の向かい、おじさんの隣に座る女の人と目が合った。
 銀髪を長く伸ばした、僕より頭一つは大きい背丈の女の人だ。ちょっとツリ目のクールな美貌は、シアンさんやサクラさん、レリエさんにも引けを取らない。
 そんなびっくりするほどの美人さんが、僕ら新世界旅団を見て言った。

「予測通りだ……ソウマくん、やはり君は新世界旅団を引き連れて我が家をこの日この時間に来訪したね。もちろん用件まで予測できているよ、愚兄の件だろう」
「さっすがー。っていうかそう言うってことはやっぱり?」
「ああ。君の悪評を吹聴したのは私ではなくあの馬鹿だ。その辺を今日は詳しく説明させていただくとも──このモニカ・メルルークがね。よろしく、新世界旅団」
 
 優雅に紅茶なんか飲みながらも、彼女はニヤリと笑った。
 そう。彼女こそが元調査戦隊メンバーにして世界最高峰の頭脳を持つとも言われる天才。
 モニカ・メルルーク教授その人だねー。
「冒険者"杭打ち"を巡る悪質なデマの流布についてはソウマくん、君の予想通りに愚兄ことガルシア・メルルークの仕業だ。お詫びしようもない話だが、謝罪させてもらいたい。迷惑をかけてすまなかった」
「うちの子が本当に、ごめんなさい」
「申しわけない……」
 
 着席して早々、メルルーク家の人達はそう言って謝罪してきた。開口一番に近い形で、しかも弁明の余地もないと自分達を断じている、完全に自分達にこそ非があるとするスタイルだねー。
 喧嘩腰とまではいかないにせよ少しくらいは言いわけしてくるかなー? って思ってたからビックリだよ。隣で新世界旅団の面々も驚いているね。
 
 でもそこでハイそうですか赦します、とは中々言える話でもない。団員に悪意を向けられた、責任者たる団長ならばなおのことだ。
 シアンさんは凛とした目をモニカ教授に向けた。歳上で格上、正しく権威たるプロフェッサーを前に一歩も退かない姿勢をもって相対する。
 
「ひとまずは事情をお聞かせ願います。そちら様、メルルーク教授から我が新世界旅団の団員ソウマ・グンダリへの誹謗中傷があり、それを真に受けた一部の冒険者が迷宮内にて我々を襲撃してきたのです。問題なく撃退できたのは不幸中の幸いでしたが、場合によっては大惨事にも繋がりかねなかった」
「……迷宮内で仕掛けたのか。あの少女達、想像以上に小賢しく予想以上に浅はかで、そして想定以上に愚かだったようだね」
「どういった流れでそのようなことになったのか。ぜひともお聞かせ願いたい──この場にいもしない愚兄とやらにすべて押し付けて終わりにはできないものとお考えください」
「ふむ」
 
 リンダ先輩達のことまで知ってるっぽい以上、間違いなくまったくの無関係ではない。仄めかす教授に、団長は鋭く問い掛けた。
 放たれる威圧……エーデルライト家の貴族として、あるいは彼女自身の才覚として放たれる有無を言わさぬカリスマの空気に、教授の顔つきが少し変わった。
 意外そうに目を見開いて、興味深くシアンさんを見ている。観察に近い、好奇心を強く秘めた視線だ。
 
 隣で御両親が息を呑み、心配そうに娘を見ている。
 それに構わず教授は、ことの仔細を語り始めた。
 
「説明させてもらうが、そもそも我が兄ガルシアはソウマくんに対して、嫉妬と嫌悪の感情を抱いている。ストレートに言えば嫌っているのだ。調査戦隊時代からずっとな」
「それはソウマくんから聞いていますが、だから今回のようなことを引き起こしたと?」
「端的に言えばね。しかし、実態はもう少し複雑だ。愚兄めは最近、ずいぶんと厄介な連中とつるむようになっていてね」
 
 ふう、と疲れたように一息吐いて教授は手元の紅茶を飲んだ。この人、案外体力ないんだよねー。
 根本的に不摂生な生活態度だから、ちょっと動くとすぐに息切れを起こすんだ。調査戦隊時代はフィールドワークもしてたからまあ人並には動けてたんだけど、解散してからは施設に篭って研究ばかりしてるからこうもなるか。
 
 さておき、ガルシアさんの僕への感情は把握していたけれど、単にそれだけで今回の事件を引き起こしたわけでないみたいだ。
 詳細を聞くと、教授は肩をすくめて皮肉げに続けた。
 
「エウリデの外から来て、国内のあちらこちらで反冒険者運動を展開している組織の者達と親しくしているようなのだよ。今回の件は、その組織の者から吹き込まれてやったことと言えようね」
「組織……? いえ、それより根拠はどこにあるのですか。それだけの説明では、ガルシア個人の暴走と解釈するのは容易ですが」
「そこは簡単だよ、エーデルライト殿。あの愚兄にね、ソウマくんと一人で敵対するような度胸はない」

 鼻で笑う。ここにいる面々でない、ガルシアさんを嘲笑う仕草と言葉だ。
 怖いよー……この人、ガルシアさんには特別辛辣なんだ。兄貴だからって気安さじゃない、本物の怒りと嫌悪があるんだよー。

 ガルシアさんはガルシアさんで、よくできた妹に対して愛憎交じりの複雑な感情を持ってるみたいだし、なんだかドロドロ兄妹だねー。
 そんな妹さんのほうが、ここにいない兄を小馬鹿にする台詞を続けて言った。
 
「断言するよ、あれは小物だ。身の程知らずにもレイアリーダー、もといレイアさんに一目惚れしたまではいいものの、彼女がソウマくんを溺愛していると気づくや否や彼のほうに嫌がらせしかしてこなかった臆病な男さ。そんな輩が今さら、新米冒険者にあらぬことを吹き込んでソウマくんに差し向ける? 天地がひっくり返ってもありはしないね、そんなこと」
「いやに辛辣にござるなあ。兄貴のことがそんなに嫌いでござるか?」
「まあね。私だってソウマくんとは親しくやっていきたいんだ、それを邪魔する身内など好きになれる理由がないさ」
「いえーい」
 
 そう言ってウインクしてくる教授に、僕もピースサインして返す。。クールな美貌の割に茶目っ気があるから不思議なギャップがあるよー。
 というかまあ、そういうことだね。僕も教授もお互い仲良しさんだから、やっぱり彼女自身が僕に嫌がらせする理由なんてないんだ。
 つまりはガルシアさんが、誰かの後ろ盾を得て行為に及んだって線が濃いわけだね。
 ガルシアさんが何やらよからぬ組織のバックアップを受け、勢いづいてリンダ先輩を扇動したと主張するモニカ教授。
 僕と普通に仲が良いのは今しがたご覧に入れた通りで、教授の御両親もうんうんと頷いていらっしゃる。彼女が腹に一物抱えてるとかでなければ、まぁまぁ信頼できる程度には調査戦隊からのつきあいというのは重みがあると思うんだよねー。
 
「というわけで、ここはもうガルシアさん当人にお聞きしてみるほうが早いと思うんだけどー」
「そういう話の流れになるとは思ったよ。愚兄ならもうじき来るはずだ。例のお仲間達と昨日ずいぶん、飲み屋街に繰り出してははしゃいでいたみたいだからねえ……帰ってきたのは明け方だよ」
「あれま。ガルシアさんって僕が来る時大体どこかに出払ってるけど、もしかしてその人達と遊んでたりするのかなー」
「一応、私の助手としてフィールドワークをしている時もあるけれど、そればかりしているわけでも当然ないからね。女遊びこそしていないようだが酒と博打に精が出ているみたいだよ」

 心底から嘲笑って教授が暴露する。ガルシアさん、偶に出くわすとお酒臭かったからまあ呑んだくれてるんだろうなって思ってはいたけど、そんな裏があったのかー。
 調査戦隊にいた頃はそんな感じでもなかったけど、解散が引き金でそうなっちゃったのなら、間接的には僕が原因でそうなっちゃったとも言えるね。彼が僕を恨む理由の一つになってそうだよー。

「ガルシア……ソウマくんを嫌っているのは知っていたけれど、なんて馬鹿な真似を……」
「とてもいい年した大人のやることとも思えん! 本当に申しわけないソウマくん、新世界旅団のみなさん! 愚息に代わりこの通り、お詫びしたい!」
「へ──あわわわわ!? ちょ、ちょっと二人とも何を!?」

 と、メルルークのおじさんとおばさんが突然床に膝をつき、土下座をし始めた! 苦渋に満ちた表情で、僕らの前で小さく背中を縮こまらせている!
 何をしてるんだよー!? 一気に顔から血の気が引く。

 正直、ガルシアさんの件についてはちょっぴりだけ謝罪とかして欲しい気持ちはあったけど、それはさっき言葉で示してもらったし僕としてはもう、それで良しって感じだったんだ。
 だのにこんな、土下座だなんてやりすぎだよー! 慌てて僕は二人に駆け寄り、その肩を抱きしめて制止すべく声を張った。

「や、やめてくださいよー! ガルシアさんのことはガルシアさんの話であって、おじさんとおばさんは関係ないじゃないですか!」
「アレをああなったのは、ひとえに我々の教育が悪かったからだ! 他人の悪評を流して貶め、あまつさえ刺客を立てるなど許されることではない! ましてや年端もいかないソウマくんに……! すまない、本当にすまない!」
「ごめんねソウマくん、みなさん……! 本当に、本当に……!」
「お、おじさん、おばさん……!」
 
 悲痛な姿。息子の悪事に心を痛めた初老の夫婦の弱々しい謝罪に、僕のほうこそ申しわけなくて言葉が出ない。
 この人達は何も関係ないんだ。ガルシアさんだって少なくとも、調査戦隊にいた頃は僕が絡まなければまともな人だったんだから。
 モニカ教授を育て上げたことといい、おじさんとおばさんには親としてなんの責任もありはしないんだと僕は強く思う。
 
 そんな人達に、こんな風に思いつめさせて。何してるんだよガルシアさん。
 どうしたらいいか分からなくて慌てる。そんな僕に、シアンさんが後ろから肩を抱きしめてきた。同時にメルルーク夫妻に、ひどく穏やかな声色で話しかける。
 
「メルルークご夫妻様、どうかお顔をお上げください……お二人のそのお姿こそがすべてを物語っています」
「シアンさん……?」
「此度の件につきましてはガルシア・メルルークの仕業でありますが、逆に言えばそれだけです。モニカ教授もあなた方も普段よりソウマくんに良くしていただいているということ、門外漢たる私の目からもたしかなものと断言できます」
「うむ、でござるね。保身のためならず、心底からソウマ殿への申しわけなさゆえに謝罪なされたそのお姿……たしかな情義を感じる所作でござるよ」

 シアンさんもサクラさんも、土下座までしてみせたおじさんとおばさんに対して、何か咎める気なんてないみたいだった。
 というか元々からしてガルシアさん、あるいはモニカ教授だけが今回の件の重要人物なんだからこの二人には最初から何か文句をつけるつもりもなかったと思うんだ。もう成人していい年した大人のやること、親を引き合いに出すのもおかしいからね。

 カリスマを発揮してシアンさんが、メルルークご夫妻を暖かく見据える。
 威厳とさえ言える人間的な魅力を纏う彼女は、この場にいる全員によく聞こえるように声を上げた。新世界旅団団長として高らかに、宣言したのだ。
 
「本件に関して、我々がメルルークご夫妻を咎めることは決してないと明言いたします。それで良いですね、ソウマくん?」
「もちろんだよー! これはガルシアさんと僕の間の話だし、おじさんにもおばさんにもなんの罪だってありやしないよー!」
「ソウマくん……!」
「どうか気に病まないで……おじさん、おばさん。僕にとって二人は、すごく素敵で立派な人達だよ」
 
 凛とした宣告に、おじさんとおばさんが顔をあげて涙を零している。
 僕はそんな二人の両手を握って、気にしてないよーって気持ちが伝わるように優しく笑いかけた。
 はー、焦ったけどどうにかシアンさんが納めてくれて助かったよー!
 おじさんとおばさんがまさかの土下座謝罪してくるのを、シアンさんがうまいこと執り成してくれてひとまず落ち着きを取り戻したメルルーク邸、リビング。
 一連のやり取りを黙って見ていたモニカ教授が、感心しきりに声を上げていた。
 
「なるほど、なるほど。シアン・フォン・エーデルライト嬢……新世界旅団の団長として、見事な立ち居振る舞いをされているね」
「……お褒めに預かり恐縮ですが、突然に何を?」
「そう怪訝そうにしないでくれたまえ、本心から褒めているのだから。さすがはソウマくんを引き入れることに成功しただけのことはある。見事なカリスマの発露だったよ」

 にやりと笑う教授は、心底から面白そうにしているよー。興味を持った対象によく見せている、ちょっと怪しい笑顔だねー。
 台詞と視線から見るにシアンさんを試す……というよりは見定めていたところはありそうだねー。僕が加入したパーティーのリーダーってことで、もしかしたらどんな人物なのか見たがっていたのかもしれない。

 一旦、席から離れていた僕やおじさんおばさん、シアンさんが再度着席する。それを見計らって肩をすくめた教授が、やれやれと言わんばかりに両手を振って解説し始めた。
 
「実を言うとね。愚兄の件は完全に想定外だったものの、いずれは新世界旅団の面々と面会するつもりではあったんだ」
「え。そうなんだ教授、なんか意外だねー」
「当然だろう? 調査戦隊解散以降、完全にソロで活動していた君が3年の沈黙を経て今、パーティーに再び加入したんだからな。君の武器を開発している私としても、当然気にはしていたともさ」

 僕が新世界旅団に入団したことは、少なくともすでにエウリデ中の冒険者達が知るところだ。
 元調査戦隊メンバーで解散の引き金を弾いて、以後ひたすらあんまり目立たずに3年間活動してきた。そんな冒険者"杭打ち"が何故か今頃になって新たなパーティーに所属するというのだ。

 ただでさえなんの関係もない冒険者達にとってセンセーショナルなそんな珍事件を、教授も当然耳に入れていたみたいだ。
 そして新世界旅団がどんなパーティーなのか、気になっていたってわけみたいだねー。
 
「調べてみれば新世界旅団はまだ、ギルドに登録さえしていない。エーデルライト家の御令嬢がリーダーと聞き、率直に言えば怪しく思ったところもある。ソウマくんが少し年上の先輩の色香に惑ったのではないか、とかね」
「ひ、ひどいよー!?」
「お言葉ですがソウマくんはそのようなものに引っかかる人ではありませんよ、教授」
「それは私も思うけど。ただここ最近の彼はどうにも美人に弱くなってきているからね。万一がないとも言い切れなかった」
「えぇ……?」
 
 流れ弾で最近の僕の素行に言及がきちゃったよー、シアンさんが庇ってくれたけどガッツリ女好きみたいに言われちゃった!
 たしかに解散後、何がきっかけだったか忘れたけど恋とかしてみたいなーって思ったのが始まりで、教授とかにもずいぶん青春したいーって溢しまくってた覚えはある。

 最初は唖然としつつも優しい目をしてくれた教授だったけど、あんまり毎度恋だ青春だ言うからだんだん、雑というかハイハイ分かった分かったって感じの反応になっていったのは忘れるに忘れられないよー。
 苦笑いして教授はさらに続けて言う。
 
「ソウマくんに人間性が発露することは大変喜ばしいことだが、その結果として騙されるようになったりするのでは、私としても面白くない話だからね。だから新世界旅団、とりわけリーダーたる君のことについては調べたいと思っていたわけさ」
「そう、でしたか。それでどうですか、教授? 私はお眼鏡に適いましたか?」
「結論から言えばね。最低ラインは余裕で超えていると判断しているよ」

 シアンさんを見て微笑む。教授に認められるってすごいよ、中々ないんだよこういうこと。
 そもそも評価しようとか見定めようだなんて、めったに言い出す人じゃないし。見定めるって時点である程度認められてるようなものだよー。
 
「カリスマがあり、また判断力もある。冷静だが情もあるようだし、かと言って甘くなりすぎない部分もあるように見える。エーデルライトの教育が良かったのかな」
「ありがとうございます。そう言っていただけるとありがたいです」
「とはいえそこで満足しないでほしいね。ソウマくんを手中に収めた以上、君の比較対象はあの"絆の英雄"レイア・アールバドだ。彼女に比べれば君はまだまだ素人同然なのだと、そこは自覚してほしい」

 いや別に、僕がいるからってなんでもレイアと比べる必要ないんじゃないかなーって思うんだけど。教授もなんだかんだレイアさんに懐いていたんだし、ついつい比べちゃうのかもしれないねー。
 でもそんなのは比べられるほうからすれば堪ったもんじゃない。特に新人冒険者のシアンさんにとっては無理難題もいいとこなんだ。

「ええ……とはいえ、いずれは勝つつもりでいますが。偉大な英雄の後塵を拝するだけの私に、ソウマくんもサクラもレリエもついてはきません」

 だってのに彼女はそんなことを言って、燃える瞳でカリスマを発動するんだからすごいよー!
 強気すぎて格好良くすら見えるシアンさんに、僕は感嘆の吐息を漏らすばかりだった。
 今回のデマ流布の件については概ね、ガルシアさん単独の犯行であると看做した僕達新世界旅団。
 となると当のガルシアさん本人から事情を聞く必要があるわけなんだけど……彼は今朝方この家に帰ってきて、今もまだ自室で眠っているらしい。
 
 おじさんがおもむろに立ち上がり、めちゃくちゃ怒った様子で僕らに告げてきた。
 
「あの馬鹿息子を今すぐ連れてくるから待っていてくれ。大迷宮深層調査戦隊が解散してからというもの、ずいぶん見守ってきたつもりだが今回ばかりは我慢ならん!」
「お、おじさん?」
「ガルシア! ガルシアー! 降りてこいっ、ガルシアっ!!」
 
 怒髪天を衝くってこのことかなあ、怒り心頭って感じで息子さんの名前を叫びながらおじさん、リビングを出て行っちゃった。
 おばさんはすっかり憔悴しちゃってて気の毒なくらいだ。レリエさんがそっと近づいて彼女の手を握りしめて慰めているけど、この人ホントに聖人みたいないい人だよー、惚れ直すよー。
 
 で、モニカ教授はというと面白がった感じでシアンさんと話をしているし。
 こっちはこっちで相変わらずのマイペースだよー。
 
「ほう? それではソウマくんには5年前からの縁があると。それではエーデルライト家も余計、エウリデによる彼の追放は荒れたことだろうね」
「そうですね……まず祖父が怒り、次いで父が政府に抗議しました。残念ながら解散を止めることはできませんでしたので、意味のないものでしたが」
「どうかな? 今のエウリデの、冒険者界隈そのものに対しての及び腰はおそらくそちら様のお家やその他、一部有力貴族からの抗議も大きく影響していると見るよ、私は」

 スラッとした足を組んでセクシーに語る教授。白衣の下はシャツとジーンズとラフな格好で、スレンダーな体型だからすごく映えるねー。
 そしてなんか小難しいことを言ってるけど、要するに調査戦隊解散に際してシアンさんのご家族さんはじめとした一部のまともな貴族達の抗議があったからこそ、エウリデ王国は冒険者を恐れてるってことを言いたいみたいだ。

 一応そういう貴族がいたって話は僕も、前に聞いたことあるよー。いろんな事情から冒険者について詳しかったり、あるいは友好的だったりする家が僕の調査戦隊追放に激しく抗議してくれたってのも。
 まあ結果的に追放は普通にされちゃったし、その直後に調査戦隊も解散しちゃったしであんまり影響なかったって思ってたんだけど、どうやら王国貴族内ではそうでもなかったみたい。
 
「エーデルライト家以外にもレグノヴィア家、ワルンフォルース家など、調査戦隊に一枚噛んでいた貴族達も揃って抗議したからね。さしものユードラ三世もこれには泡を食ったみたいで、ソウマくん追放を主導した大臣に厳重注意処分としたと聞く」
「その上でさらに、調査戦隊がソウマくん追放を受けてエウリデに対してどう動くかで内部分裂。そのまま空中解散となりましたからね……それで冒険者達に対して強気に出られなくなったと当方は認識しておりますが」
「そこもやはり、大貴族まで冒険者サイドに立ったという事実が影響している。陛下は良くも悪くも平凡だからね、地盤から反抗してきたらご機嫌伺いをせざるを得ないのさ」

 そう言ってカラカラ笑う教授。王国騎士とかに聞かれてたら下手すると牢屋行きな国王批判だけど、これも実際、巷じゃ割とよく言われてたりするね。
 エウリデ連合王国現国王はいつも誰かのご機嫌伺いしかできない風見鶏。なんて、それこそ調査戦隊にいた頃からよく聞いてた話だよー。

 いくつもの小国をまとめて連合王国という形にしているこの国の性質上、常にあっちを立てればこっちが立たずって状況が発生している感じではあるんだよねー。
 だから難しい舵取りをせざるを得ないらしいけど……歴代連合国王の中でも今の王は相当、バランス取りだけに腐心してるって言われている。 

 国民に有利な施策を行ったら次は貴族、次は王族、そしてまた国民へと、ローテーションでそれぞれに都合のいい法律を打ち立ててるんだってさ。
 そりゃ風見鶏言われちゃうよねー。くすくす嗤って教授はしかして、と続けた。
 
「もっとも? そんな陛下や大臣、大貴族達をしてなお古代文明の生き残りという者達への欲目は隠せないみたいだが、ね」
「……エーデルライト家は古代文明人の確保には一貫して反対の立場を取っておりますよ」
「あとワルンフォルース家もね。冒険稼業にも手を出している貴族家はさすがに、冒険者の流儀というものを弁えている────と?」

 最近になって次々現れている古代文明人の存在には、政治的なあらゆる勢力が等しく目をつけているみたいだ、とまで語ったところでドアの向こう、何やら言い合う声が聞こえてきた。
 随分な剣幕で男の人が二人、こっちに向かいながら怒鳴り合ってるみたいだ。
 これは……

「お出ましのようだな、浅はかな我が愚兄様が」
 
 来たみたいだね、ガルシアさん。おじさんと喧嘩しながらってのがなんとも不穏だけれど、これで話が進むわけだねー。
 靴音がどんどん大きくなっていって、ドアの直前にて一瞬止まる。
 そしてそのまま、まるで蹴破るような勢いでドアはぶち開けられた!
 勢いよく蹴り破られたドア。そして中に入ってきたのは、メルルークのおじさんに引き止められるのを完全に無視する男だ。
 長身──羨ましいほどの長身に加えて整った顔立ち。モニカ教授に似たクールな澄まし顔で、普通にめっちゃイケメンだ。
 
 まあ態度は終わってるんだけどねー。
 その男の人、ガルシア・メルルークは室内を見渡すなり鼻を鳴らして嘲った。
 
「なるほど? クズガキと、ソレに丸め込まれたバカ女どもが勢揃いか」
「いきなりなんでござるかこいつ。ぶっ殺していいでござる?」
「さすがにもう少し待ってもらえると助かるかな? ジンダイさん」
 
 殺すのは確定なんだ……怖いよー。静かにカタナに手を添えるサクラさんとそんな彼女に笑いかけるモニカ教授を横目にしつつ、僕は立ち上がる。
 いつにも増して口が悪い。少なくとも調査戦隊時にはこんな口の利き方はしてなかったってくらい荒っぽい、ワルの口調で僕をにらみつける彼を見据える。
 
 今の態度で大体分かりきってたことが確定したよー、リンダ先輩にふざけたことを吹き込んだのはこの人だ。
 何してくれてるんだかね。バカ女扱いされた女性陣から怒りが立ち上るのを追い風みたいに思いつつ、僕は彼に言った。
 
「……どうも。デマを垂れ流した馬鹿がこの家にいるとお聞きしまして。話を聞いているとあなたがやったと思われるんですが」
「デマ? なんの話だ、俺はたまたま愚妹に教えを請うてきた女学生相手に少しばかり雑談していただけだが? その中になんらか噂話があったとして、それを真に受けたどこぞのガキが勝手に暴走しただけだろう、俺は悪くない」
「そんな物言いが通ると思っているんですか?」
「通らなかったらなんとする気だ?」

 ふん、と鼻で笑ってガルシアさん。いつもこんな調子ではあるんだけど、今回は本当に笑い事では済まされないんだけどねー……
 何より僕に向けて明確に、これまで隠してきていただろう憎悪をむき出しにしているのが嫌でも分かる。この人、本気だよ。

 はあ、とため息を一つ。おじさんとおばさんが、悔やんでもくやみきれないと俯いて歯を食いしばっている。
 反面モニカ教授はニヤニヤ笑っているねー。たぶんこの後の成り行きまで完全に読み切ってるんだとは思うけど、この人はこの人で怖いよねー。
 ゾッとするような底冷えする目で見やる妹には気付けずに、兄はなおも嘲笑して僕に告げる。
 
「暴力でも振るうか、杭でも打つか? 話題の冒険者"杭打ち"が。新世界旅団が! 冒険者でもない俺に、今や貴族階級でもあるメルルーク家の長兄であるこの俺に! 暴力を振るうのかぁっ!?」
「……必要とあれば振るいますよ。僕はそういうのお構いなしなので」
「無様な負け惜しみだな! 暴力を振るった時点でお前の負けなんだぞ。冒険者"杭打ち"はなんの罪もない人間に対して平然と暴力を振るう危険人物だと分かれば、エウリデは今度こそ貴様をこの世から排除しにかかるぞ!!」

 ガルシアさんの勝ち誇った笑みに、少しばかり得心する。なるほど、そういう理屈でここまで強気でいられるのか、この人。
 冒険者でもなく、メルルーク家の長兄であり、となればたしかにある種の貴族階級でもある。その辺は事実だねー。そしてそうした身分と、僕がお国から危険人物扱いされているのを見越してこんなこと言ってくるわけだ。

 あくまで自分は雑談しただけ。その中にたまたま冒険者"杭打ち"に関する噂話が入っていて、リンダ先輩はそれを鵜呑みにして暴走しただけ、と。
 そんな論法まで用いて、僕が殴ったら国からも世間からも評判がガタ落ちするのを期待しているんだろうねー。そして自分はやりたい放題言いたい放題って寸法か。

 珍しく頭を使ってきたみたいだけどガルシアさん、一言でいうと甘いよー。

「そうなればお前のようなクズを引き取ったなんとかいうパーティーもおしまいだ! かつてのようにお前を過度に甘やかした調査戦隊中枢メンバーももういない! どうする? それでも俺を殴れるというのか!!」
「殴れますけどー」
「は──がぐふぅっ!?」

 ドヤ顔でいい加減、鬱陶しくなってきた彼の額に軽くだけどデコピンを放つ。
 元より調査戦隊にいた頃から戦闘要員じゃなかったこの人は、当然解散後も大した武術も納めていないみたいで何も反応できないでいる。
 そうなると当然、その後の何発かも含めてモロにくらうわけだねー。

 1発目が当たると同時に衝撃で後ろにバランスを崩すガルシアさんをさらに追うようにステップで接近。
 たかがデコピンでも僕のは特別製だ、まあまあ衝撃があるだろう。大きくのけ反るその姿を見て、すかさず2発目を放つ……速度と狙い最優先、加減も結構した普通のデコピン。

 2回も同じ場所にデコピンを受けてはどうしようもない。
 今度こそガルシアさんは床の上、モニカ教授の足元に倒れ伏した。
 2発の超手加減したデコピンを受け、倒れ伏すガルシアさん。
 おばさんが引きつった顔で声にならない悲鳴をあげるのを横目にチラと見て、申しわけなく思うけど……悪いけどここまで舐めてきた相手に、何もしないわけにはいかないんだよねー。

 反面、おじさんと教授は平然としているね。いやおじさんは忸怩たるって感じに俯いているけど、教授は完全にニヤニヤしている。面白がっているんだ。
 おじさんはともかくモニカ教授、ある意味すごいねー……実の兄が殴り飛ばされてこれとか、普段どれだけ兄妹仲が悪いのか伺えるってものだよー。
 
「き、貴様っ!? な、何をする、俺を誰だとっ! 誰だと思ってるんだスラムのゴミ風情がっ!!」
 
 尻餅をついたガルシアさんが、唖然とした中にもたしかに恐怖を垣間見せつつ吠える。
 まさか本気で、立場や身分をちらつかせれば僕を封殺できると思ってたのかなー。思ってたんだろうなー……この人の中で僕は結局、国の脅迫に屈して調査戦隊を追放されたスラムの子供でしかないみたいだし。
 3年前と同じく適当に脅迫しておけば、それで上手くいくとか思っていたとしてもおかしくはない。

 まあ普通に誤解なんだけどねー。僕が脅迫に屈する形で調査戦隊を去ったのは、相手が国や貴族だからとか、僕がスラムの生ゴミだからとかじゃない。
 僕を、迷宮を彷徨うだけのケダモノを人間にまで育ててくれた孤児院のみんなを、脅しの道具に使われたから。それだけなんだよー。

 でも今やあの孤児院には、借金のような明確な弱みはない。
 つまりは僕への脅迫材料にはなり得ないわけなので、いよいよ僕がそんなちらつかせに屈する理由もないんだ。
 その辺、完全に読み違えしているガルシアさんに僕は応えた。

「あなたが誰か? ……今や貴族階級に相当するメルルーク家のご長男、ガルシア・メルルークさんですよね?」
「そうだっ! その俺に、こんなことをしてただで済むと思ってるのかゴミクズ!! これでお前もなんとかいうクソ喰らえなパーティーの女どももおしまい──」
「逆に」

 ポツリとつぶやく。威圧も何も込めてない視線と声だけど、ガルシアさんは自然と押し黙り僕を睨む。
 なんでこんな程度で黙る人が、ここまで命知らずな挑発を行えるんだろう? 不思議だよー。

 単純な話、この人の理屈は根本から成立していないんだ。
 僕は冒険者だ。みんなも冒険者だ。この人だってかつては、調査戦隊に属している間だけだったけど冒険者だったんだ。
 なのにどうしてこんなどうしようもない勘違いができたんだろうね? 違和感を抱えたまま、彼へと告げる。
 
「逆に。そんな程度のことで僕を、冒険者を屈服させられると思ったんですか? ……おめでたいねー」
「何…………!?」
「仮にも調査戦隊にいたのに、どうしてそういう思い違いをするんだか理解ができないよ。冒険者にとって、権威や権力なんて絶好の餌──噛みつき先でしかないのに、ねー」
 
 冒険者にとって権力者や権威ある人物なんてほとんどの場合、自分達の活動すなわちロマン探求をあらゆる形で邪魔立てしてくる鬱陶しい連中だ。
 たとえ生まれ育った故郷だろうと、天に座すとされる神様に近い権威を授かっているとされていても……それでやることが自分達の活動を妨害することなら、善悪も損得も義務も権利もすべて脇に置いて牙を剥き出しにして襲いかかる。
 それが冒険者だ。
 
 大概の国はそういう狂犬的性質の厄介さとうまいこと付き合いつつ、冒険者が発見する迷宮での各種様々な価値ある発見を上手にガメたりするわけなんだけど。
 エウリデは前述の通り、ここに至るまで散々にやらかしているからねー。冒険者とお互いに警戒するのも仕方ないところあるんだよー。
 それを何も理解していないご様子のガルシアさんに、僕は呆れつつも問いかける。
 
「貴族相当だからなんなのかな? 僕らはそんなの気にしないよ。もちろん仲間達だって気にしてないし、他の冒険者達もそう。ましてあなたの場合、妹の成果に乗りかかっただけのイカサマみたいな立ち位置じゃないか」
「なん……だと、貴様ァ!?」
「そもそも冒険者相手に上から目線で偉そうに言う、その時点でアウトなんだよガルシアさん。つまるところ"僕達"は……偉いやつも偉そうなやつも、みんなまとめて噛み砕いてやりたいって危ない連中の集まりなんだから」
 
 とにかく偉そうなやつが気に食わない。本当に偉くても、実は偉くもないのに偉そうにしてるだけでも気に食わない。
 気に食わないなら誰であろうと噛み付いてやる。噛み付いて噛みちぎって、その偉そうな顔面に牙を突き立てて食い破ってやる────異常なまでの権威権勢への憎悪、反骨心。

 それこそがロマンを追い求める長い歴史の中で常に権力と戦い続ける中で形成されてきた、僕ら冒険者の核心なんだ。
 冒険者の本質──すなわち権威権勢に噛みつきたくてしようがない狂犬としての有り様を説かれて、それでもガルシアさんは憎悪の眼差しで僕へと吠えた。
 調査戦隊にいたはずなのに、ここまで冒険者に対する理解がズレているのはなんでだろうねー、と不思議に思うけど、まあ十中八九はレイアに理由があるんだとは推測できるよー。

 調査戦隊リーダーとしてレイアは、ただ偉そうなものに噛み付いているだけではいけないって分かっていた。
 だから政治的な部分でもよく活動していたし、時には王族や貴族に阿る判断を下すことだって少なくはなかったんだ。

 まあそれでも一般的には大分、反抗的なほうだったと思うけどねー。一回彼女に権威を笠にセクハラしようとした貴族が半殺しに遭ったのを思い出すよ。
 あの時は調査戦隊がみんなして王城を取り囲んだっけなー。慌てた王がすぐさま下手人の貴族を罰して事なきを得たけど、あそこで僕らを突っぱねていたらその時点でエウリデは歴史上の存在だったのかもしれないね。

 ともあれそういう、大人しいいい子ちゃんだったレイアに首ったけだったこの人は、その姿だけを覚えているってことだろう。
 あるいは他の冒険者の狼藉を健気にも止めて受け止める可憐なレイアリーダー、くらいに思ってるのかも。割とあいつのほうから焚き付ける事案もあったりしたんだけど、そこはいわゆる恋は盲目ってやつかなー。
 うう、僕も気をつけないとー。

「狂っている! 偉そうなら噛みつくだと、それはお前のようなまともな生まれ育ちをしていないケダモノだけの異常だ! ケダモノ風情が、いつまで冒険者の、いいや人間のフリなどしている!」
「それなら拙者もケダモノでござるなあー」
「ひっ!?」

 僕の生まれを論ってくるガルシアさん。これをたとえばシアンさんとかに言われたらその場で轟沈しちゃうくらいの精神的ダメージを負っただろうけど、殴られてビビってるこの人が負け惜しみで言ってきたんじゃ大した話でもないねー。
 でもサクラさんはすぐさまその暴言に反応してくれた。口調こそ軽いけど冷え切った目でガルシアさんを見下し、納刀したままのカタナの鞘で倒れる彼の目の前に突きつけたのだ。

 喉から引き攣った声を上げてガルシアさんが後ずさる。あんまりやるとどっちが悪者なんだか分からなくなりそうだけど、この際別に悪者でもいいや。
 咳き込みながら恐怖と困惑、そして憎悪に彼の顔が歪む。そしてまた、懲りずに叫んできたよー。
 
「な、何をする女っ!? 俺を誰だと思っている!!」
「何って、誰って。冒険者としてアホのボンボンをしばきあげてるだけでござるが」
「なん、だと……!?」
「こーゆーのも冒険者の醍醐味でござるからなあ。舐めたお偉方だかそんなつもりでいるだけの輩に牙を突き立てる──極上の霜降り肉に齧り付くような悦楽でござるよ、ござござ」

 ニヤリと笑う彼女は凄絶なまでに綺麗だよー。野性味全開というか、それこそ飢えた獣のように嗜虐を込めた眼差しでガルシアさんを見るサクラさん。
 極上のお肉を食べるような感覚……僕としてはそんなのは感じたことないけど、王城の壁を杭打ちくんでぶち抜いたりしたらさぞかしスカッとするだろうなーってたまに妄想するので、そういうのに近い感覚なのかもしれないねー。

 近くで、呆れつつもシアンさんが足を組んだ。サクラさんへの視線は柔らかいけど、一方ガルシアさんへ向けた眼差しはもはやモンスター相手と変わりない険しさだ。
 団員に関する悪評を撒かれ、そのことを指摘しても謝罪がないばかりか追加で暴言まで吐く始末。生徒会長として公明正大を掲げる彼女からすると、相当に許せない人みたいだねー。
 軽口を叩いてサクラさんに応えつつも、ガルシアさんに告げる。

「Sランクともなると表現が独特ね……さておき、私も冒険者としてこの男を懲らしめるべきかしら? エーデルライトの者として、新世界旅団団長としてソウマくんへの侮辱は断じて聞き入れられないけれど」
「っSランク!? それにエーデルライトだと……! 仮にも 冒険者が、仮にも貴族がケダモノ相手に擦り寄るのか!! に、人間としての誇りはないのか!!」
「うわあー……」
「……調査戦隊の汚点とはこの男のことを言うのね、きっと」
 
 ある意味すごいよこの人、躊躇なくエーデルライト家のご令嬢に暴言吐いたよー。仮にもも何も、サクラさんはれっきとしたSランク冒険者でシアンさんは大貴族エーデルライト家の令嬢なのにねー。

 ここまで来るといっそ筋が通ってるまであるよー。気に食わなかったら誰相手でも噛みつくあたり、冒険者の素養はあるのかもねー、裏のだけど。
 ロマンを追い求める心や冒険に挑戦する精神性を表の冒険者性とするなら、偉そうなものには噛みつくし権威権勢には楯突くって精神性は裏の冒険者性だ。

 僕らは別に偉くもなんともないけど、この人からすれば偉そうに見えるだろうから噛みつき相手としてはちょうどいいわけだねー。
 意外と元調査戦隊メンバーらしいところを見ちゃってなんだか複雑だ。この人自身には自覚とか、ないんだろうけどねー。
 ある意味冒険者的な姿勢──気に入らないなら何がなんでも噛み付くスタンスを頑なに見せるガルシアさんに、僕はいっそ感心しつつも近づいて胸倉を掴んだ。
 感心するけどそれはそれとして、僕の仲間まで中傷したのは普通に許せないからねー。さっきから荒事ばかりで嫌な気分にもなるけど、ここで舐められたらそれこそ冒険者の名折れだからねー。

 ……だからそろそろ、舐めた態度は改めろよガルシアさん。
 威圧を込めて睨むと、彼は顔を青ざめさせて引き攣った声を漏らした。

「ひっ──!?」
「僕への罵詈雑言はともかく、団長への、仲間への侮辱は許さない……おじさんおばさん、教授。ご家族にこんなことしてゴメンね。一応謝っておくよ」
「……愚息の自業自得だ」
「が、ガルシア……」
「母さん、今さら止めても無駄だよ。愚兄はとうにラインを越えきっている。手遅れだ、ハハハ」

 ガルシアさんはともかくご家族に恨みなんてない。だけど長男坊にこれから危害を加えるわけなので、せめて一言だけでも謝っておきたくて僕は謝罪の言葉を呟いた。
 メルルーク家のそれぞれが、三者三様の反応を返す。

 おじさんは悔しげに、情けないとばかりに頭を振って彼を見放した。おばさんはそれでも見捨てきれないと、震える声で彼を見た。
 そして教授は──そんな母に向けにこやかに笑いつつ、もはや兄が引き返せない段階にまで踏み込んでしまったことを告げた。

 いずれにせよガルシアさんを止める声はない。
 唖然と、愕然と彼は叫んだ。
 
「ぐっう……ち、長兄を! メルルークの跡取りを見捨てるのか!? それでも親か、妹かぁっ!?」
「妹の功績を厚かましくも己のものとする、お前こそそれでも兄なのか……行こう。あとのことは、ソウマくん達に任せる」
「レリエさん、おばさんについてあげて」
「分かった……母親にとって子供はやっぱり可愛いものなの、ソウマくん。だから」
「分かってる。僕だって、なるべく尾を引く形にしたくないしねー。二度と僕らに関わらせないようにするだけだよー」
 
 レリエさんの要請に頷く。
 別に殺すまで痛めつける気もなし、脅かす程度で収めようと思ってるけど……すっかり憔悴してるおばさんを庇う彼女は、やりすぎないように釘を差してきた形だ。

 母親どころか肉親とかもいない、完全に天涯孤独な僕だけど親ってものがどれだけ子供を愛するものなのかは、もちろん分かってる。
 どんなに出来が悪くても、子供である限りはいくつになっても心配したり可愛がったりするものだってこともね。だからおばさんはガルシアさんが脅かされるのを、自業自得とは分かっていても受け入れがたいんだろう。
 
 ガルシアさんはともかくおばさんを哀しませるのはしたくない。舐めた真似をしたツケを支払わせないわけには行かないけど、なるべく穏当な形で話をつけたいところだよー。
 レリエさんは僕の言葉に頷き、おばさんの背中を擦りながらも部屋の外へと出ていく。
 
 そして残るのは僕とガルシアさん、シアンさん、サクラさんの4人だ。
 さて、どう話をつけたものかなー? 未だガルシアさんは敵意と憎悪の視線を向けてきているし、下手な説得は逆効果だろうなー。

 もう一回いらないことを言ったら今度こそ、シアンさんとサクラさんが容赦しなくなるだろうし。
 そうなるとおばさんが卒倒するようなことになりかねない不安もあるよー。難しいところだねー。
 

「────っ!? 誰か来る、臨戦態勢!!」
「むむっ!?」
「ソウマくん!?」
 

 考え込んだ瞬間、その時だった。不意に窓の外、屋外から不穏な気配を僕は察知して叫んだ。
 ──部屋の窓がいきなり叩き割られて何者かが複数人、侵入してきた!
 勢いよくガラスをぶち破ってきて、そのまま僕が掴んでいたガルシアさんにぶつかる!
 
「うわああああっ!?」
「くっ……!?」
 
 いきなり横合いから無理矢理身体を差し込まれて、掴んでいた手が衝撃で外れる。
 カットしてきた相手はそのままガルシアさんを抱え、窓の外へと向かっていく。逃げる気!?
 
「させないよー!?」
「いいや、させてもらおう。我らが足止めでな!!」
 
 追おうとした瞬間、僕の行く手に立ち塞がる者。20代くらいの黒いローブの男が4人、ショートソードで斬り掛かってくる。
 手慣れた動き──人殺しの動きだ! 一旦ガルシアさんのことは置いて、すぐさま僕は対応する。
 
 同時に斬り掛かってくる男達の、僕から見て真ん中1人と左側2人の切込みをギリギリ状態を逸らすことで回避。
 同タイミングで仕掛けてきた右側の男の、ショートソードを握る手にピンポイントでアッパーを放つ。ヒットした、手応えあり!
 
「うぐぁぁっ!?」
「どちらさんか知らないけど……!」
 
 手の骨を粉砕した感触が伝わりつつアッパーを振り抜く。これで一人撃破ってところかなー。
 敵の手から溢れ落ちたショートソードには目もくれず、そのままステップして敵の側面に回り込む。速度についていけずに驚愕する男の横顔を、右ストレートで殴り抜けながら僕は告げた。
 
「誰か知らないけど、横槍入れてただで済むと思うな!」

【完結】ニューワールド・ブリゲイド─学生冒険者・杭打ちの青春─

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