【完結】ニューワールド・ブリゲイド─学生冒険者・杭打ちの青春─

「つまり……で、ござるよ? ソウマ殿は8歳頃まで迷宮の地下深くにて生まれ育ち、たった一人モンスターの血肉を喰らい啜って生き延びてきた」
「うん」
「そうしながらも地上を目指し、そうして辿り着いた外界にて孤児院に拾われ……2年間人としての教育を受け、大迷宮深層調査戦隊にスカウトされて冒険者"杭打ち"になったと。そういうことでござるね?」
「そーだよー」
 
 丁寧に念押しをするサクラさんに軽い調子で頷く。話を前もって聞いていたレリエさんはともかく、彼女もシアンさんも深刻な顔をして僕の生い立ちについての説明を聞いていた。
 新世界旅団メンバーとして深く関わっていく以上、さっさと話しておかないといけない類の話だったことは間違いない。渋くってカッコいい"杭打ち"ことソウマ・グンダリが、実は化物さながらな生まれ育ちをしていたってのを忌み嫌う人達だって、そりゃいるだろうしねー。
 
 なんなら貴族のシアンさんとか、これ聞いたら僕との関係を見直すんじゃないかって正直不安だったけど……
 新世界旅団の構築に現状、僕という存在は必要不可欠だから早々切り捨てたりはできないはずだ。そういう打算ももちろん込みで、でもやっぱり不安と恐怖をないまぜにした胸中のまま、すべてを明るみにしたわけだ。

 気になる二人の反応は、それぞれ特徴的なものだった。
 
「…………私にはもはや、想像もつかないほどの境遇ですね。なんと言えば良いのかさえ分かりませんが、その、大変だったのですね、ソウマくん」
「下手すると生まれた時からモンスター相手に戦って勝って生き延びてきたんでござろー? そりゃ拙者やシミラ卿が束になっても敵わねーはずでござるよー! 戦闘歴15年、拙者どころかヒノモトのベテランさえ超えてるとかそんなの詐欺でござる、詐欺でござる!!」
「ひどいよー!?」
 
 同情を示してくれるシアンさんは、やっぱり優しくて素敵な人だよー。好きー。
 でもサクラさん、詐欺呼ばわりはやめてほしいよー。勝手にそっちが子供だって侮ってただけじゃないかー! プンスカしてるヒノモト美人のおねーさんに、僕だって若干プンスカだ。

 ていうか、二人ともそんなに悪い印象は抱いてないんだね……レリエさんと同じく、どちらかというと僕に寄り添うような感じでいてくれている。
 そのことが嬉しいながらも意外で、僕はついつい、問いかける。

「あ、あの……気持ち悪いとか思わないんだ? モンスターを食べて迷宮で育った、この僕のこと」
「馬鹿にしないでください。わざわざ進んでモンスターを喰らいに行くような偏食家ならともかく、あなたはどう考えてもそうせざるを得ないからそうしたのではないですか。他にどうしようもなかったあなたを、誰がなんの権限でどんな理由で非難できましょうか。非難する者こそ、私にとっては悍ましい生き物です」

 ムッとしたようにシアンさんが反論してくる。僕に疑われているっぽいのを察して、心外だとばかりに言い放つ。
 そこには嘘偽りない本音がありありと表に出ている。そうだよ、この人はそもそもスラム出身者に対しても分け隔てなく接してくれる女神様なんだ……僕の生まれ育ちにしたって、そんなことで今の僕を否定なんてするはずなかったんだ。

 エーデルライト家の教育だろうか、こんなに尊敬できる貴族なんて初めてだよー。
 感動して思わず目が潤む。そんな僕に、続けてサクラさんも言葉をかけてくれた。

「拙者的にはむしろ、尊敬の念すら湧くでござるなー。ヒノモトも生まれた時から戦士たれって気風でござるが、マジで生まれた時から戦士な環境なんてありえねーでござるしねー。ソウマ殿の強さの秘密というか、天才っぷりを再確認したってくらいでござるよ」
「実際はともかく、そんな気風のヒノモトも大概だと思うよー……」
 
 生まれた時から戦士たれ、なんて恐ろしい気風もあったもんだよー。僕の場合はそうしないと死ぬからってだけなのに、国家の理念レベルで理性的にそういう思想を掲げてるヒノモトはやっぱり恐ろしいねー。
 でも、サクラさんが僕を慰めてくれているのは十分に伝わるよ。ヒノモトの理念を結果的に体現したことへの敬意とかは微妙な反応をせざるを得ないけど、純粋な気遣いに対してはやはり、感動と感謝しか抱かない。
 
「ありがとうございます……本当にありがとう。僕を、人間だって言ってくれて」
「当たり前のことに感謝なんてしないでください。あなたは言うまでもなく人間で、冒険者で、そして私達のかけがえのない仲間です」
「人間、生まれて生きてりゃ死ぬまで何かしら抱えるもんでござる。拙者だってそれなりにいろいろ背負ってるんでござるから、つまりはお互い様でござるよ」
「ソウマくん……私にあなた達がいてくれるように、あなたにも私達がいるのよ。私達は新世界旅団、もうファミリーみたいなものだと思うわ」
 
 心の底からありがとうを告げる僕を、仲間達が次々抱きしめたり撫でたりしてくれる。
 調査戦隊解散後はもう二度と、手に入らないと思っていた温もりだ……本当にありがたいよー。
 僕もそっと、感謝とともに彼女達を抱きしめ返した。
 僕の生い立ちについては話をしたし、次に話すのはいよいよ教授との関係だ。
 ここを語る上で、僕の生い立ちについては知っておいてもらう必要があるからねー。何しろ僕が杭打ちくんを扱うようになったのは、冒険者になる前からの話が絡んでるからだね。
 
「で、話を孤児院時代に戻すんだけどー……迷宮に潜っていた僕を、たまたま教授が見つけて。興味本位でレイアに教えたんだよー。それが調査戦隊との初顔合わせだったねー」
「メルルーク教授がソウマ殿の、第一発見者ってことでござるか」
「そうそう。それでいろいろあって調査戦隊に入ることになったんだけどー、彼女ってば僕が使ってる杭に興味を示してさ」
 
 昔を思い返しながらも話していく。
 やー懐かしいよー、迷宮でモンスターを狩ってたらいきなり教授とその取り巻きがやってきたんだ。
 
 当時モグリだった僕だから慌てて隠れたけど、さすがにバレちゃって次の日にはレイアが満面の笑みを浮かべて仁王立ちして迷宮の出入り口前、待ち構えていたのが今でも記憶に残ってるよー。
 そこから話し合い、戦い、勝ったり負けたりを経て大迷宮深層調査戦隊への入団となったわけだけど……教授がそこから、やたら僕に絡むようになったんだ。
 
 曰く"君の武器……武器? いや廃材はもっと兵器として美しさと実用性、ロマンを追求する余地がある。可能性の塊と言ってもいい。どうだね私に任せてくれないか? "なんて言ってきてさ。
 僕が答える前に暴走して先走って、あっという間に杭打ちくん2号を造ってくれたんだ。
 
「あ、アグレッシブ……返事も聞かずに造っちゃったのね、その人」
「元から兵器開発に興味津々な人だったしねー。特に何かにつけてロマンを求める人だから、廃材の杭なんてものを使って戦ってた僕は初見から気に入ってたみたい。僕も、より使いやすい強い武器がタダでもらえるんなら願ったり叶ったりだったわけでー」
「造りたい教授と、使いたいソウマくんと。需要と供給が噛み合ったわけね……」
「そしてその関係は今でも続いてるから、僕に関するデマの虚実がどうであれお互いの利害関係は継続されるわけだねー」

 杭打機を武器として携行、使用するなんてとびきりの馬鹿は僕くらいなものだ。そう言って教授は僕を、自分のロマンを詰め込んだ武器を使いこなしてくれる逸材として見込んできた。
 そして僕は僕で、ピーキーな性能の武器じゃないといまいちしっくりこないからってんで教授を見込んだ。つまりはお互いがお互いを利用し合う形で、一種のビジネス関係を構築したわけだねー。

 そしてそれは、今でも続いている関係なのだ。
 定期メンテナンスに使用感の報告から新機能の実装、そして──計画途中の新兵器、杭打ちくん4号(仮)。
 僕と教授とのある意味、悪巧みめいたオモシロ珍兵器開発の旅はまだまだ途中なわけだね。
 
「だから正直、リンダ先輩が言ってたみたいにモニカ教授が直接言った線は薄いと思うんだ。やっばり兄のガルシアさんかなーって」
「要はロマン友達なわけでござるか。そりゃーデマを撒く意味がないでござるねー」
「調査戦隊の中でも特に仲が良かったりしたの? 話を聞いてると、レジェンダリーセブンの面々より親しい感じがするけれど」
「そだねー。そもそも僕の戦闘力とかにも最初から目をつけてたみたいだしー」

 仲の良さを問われたけれど、ぶっちゃけ調査戦隊の中でもかなり仲良しさんだったことをレリエさんに打ち明ける。
 もっとも、研究対象としての興味のほうが強かったとは思うんだけどね、向こうは。

 調査戦隊内においては主に兵装開発と戦術考案、及び諸々の研究を請け負っていた教授は、だからこそ喜び勇んで僕の杭打機を造ってくれた。
 実験体って言ったらアレなんだけど、わけ分かんない杭打機なんてものを使う僕は格好の研究対象だったんだねー。僕自身、後に迷宮攻略法として扱われる技法を3つほど体得していたからそもそも戦隊内でも優遇気味だったって事情もあるけどね。

 そこまで話すとサクラさんが、唖然とした様子で僕を見た。シアンさんも顔色を変えて凝視してくる。
 何かなー?

「ちょ、ちょい待ちでござる……ソウマ殿、もしかして貴殿が由来の迷宮攻略法があったりするのでござるか? つまりはその、いくつかの迷宮攻略法のオリジナルが、貴殿であると?」
「あ、うん。身体強化と再生能力、あと環境適応については僕がレイア達に教えたよー。物心ついた頃にはもう身につけてたし、うまく言葉にして伝えるの大変だったよー」
 
 特に隠す話でもなし、話す。
 いや実は迷宮攻略法のうち3つは、元々僕が持ってた技術をレジェンダリーセブンはじめ、調査戦隊メンバーに教えたことで伝播してたりするんだよー。今じゃ世界中の冒険者達が身につけたい最高峰技術の一つって扱いなんだから、なんか照れちゃうよねー。
 
 筋力を強化する身体強化に、ある程度の怪我ならすぐに自己再生できる再生能力。そしてあらゆる環境の変化に身体を馴染ませる環境適応。
 この3つを僕が教えたことで、今の迷宮攻略法が成立してたりするわけだねー。
 
「地下20階台は身体強化、30階台は環境適応。そして僕が元々いたっぽい40階台は再生能力がないと突破できない階層だったからねー。僕もうろついてるうちに自然と身に着けたわけで、言語化ってところはできてなかったんだよね、当初は」
「なんと、まあ……」
「元から迷宮攻略法に詳しいだろう人とは認識していたけれど……まさかオリジナルの使い手だなんて。タイトルホルダーなことと言い、つくづく常識外れね、ソウマくん」
「そ、そうですか? えへ、えへへ?」
 
 ドン引きされてる気がするけれど、ここは素直に褒められてるんだってことにしようと思うよー。えへへー。
 そんなこんなで次の日曜、僕ら新世界旅団メンバーは貴族街の入口に足を踏み入れていた。
 プロフェッサー・メルルークすなわちモニカ教授のお家に乗り込んで、冒険者"杭打ち"に関する誹謗中傷および流言の流布について詳しくお話を伺うんだ。
 無論、兄貴にあたるガルシアさんもだねー。
 
「へー、ここが貴族街でござるか。やっぱどことなく品があるでござるね。中身がどうかはさておくでござるが」
「中身が伴っているかはもちろん別の話ね、サクラ。残念ながら貴族と言っても、ピンからキリまであるものだから」
「そりゃー、エウリデなら特にそうでござろうよ」
 
 整然とした道に屋敷と庭園が並ぶ通り。見れば庭では質のいい服を着た一家がペットの犬と戯れたりして遊んでいる。
 言うまでもなく貴族って感じの光景だ。どこを切り取ってみても裕福さがありありと見て取れて、スラムどころか平民街と比べても天上界かな? ってくらいの歴然たる差があるねー。
 
 向こうの屋敷では大人数でバーベキューでもしてるみたいだけど、何人か執事とか衛兵っぽいのが門の前からこっちを見て警戒している。他の屋敷も似たようなもんだね。
 僕がここに来る度に毎回、こんな感じで極端に警戒してくるんだからなんていうか呆れちゃうよねー。別に悪事をしにきたわけじゃないのに、なんなら調査戦隊の頃からずーっと通ってるのにいつまで敵視してくるんだか。

 こういう露骨な視線なんかも、僕が貴族を嫌いになった遠因の一つと言えるかもしれないよー。
 サクラさんも大分、気分を害したみたいだ。朗らかながらも鋭い声と視線で、屋敷を守る連中を見て嗤う。
 
「おうおう、飼い犬どもが御主人様のために健気な牙を剥くでござるか。見上げた忠誠心でござるなぁ、ござござござござ」
「笑わないの……この国の貴族にとって冒険者らしい風体をしている者達は、もはやモンスターと大差ないのよ。いつでも反抗的な一大勢力の存在に、半ばヒステリック気味になっていると言ってもいいわね」
「身分格差による対立、か。数万年経ってもやっぱりあるわよね。知性体である限りはつきまとう、業のようなものなのかしら」
 
 シアンさんの説明に、レリエさんがボソリとつぶやく。古代文明でも似たようなこと、あったみたいだねー。

 ちなみに、なるほどヒステリックなのはその通りなんだけど……恐るべきは目の前の三人の美女と言うことなのかもしれない。
 国一番ってくらいの美貌を誇るおねーさん達がこうして一箇所に集まってるものだから、門番や護衛、執事や使用人から果ては貴族の男連中までもがチラチラこっちを見ていたりする。

 分かるよー気持ちは分かる。こればっかりは身分とか関係ないよねー。
 でも特に貴族の人、隣でパートナーの方がヤッバイ顔してるから気づいて反省したほうがいいよー。超こわいよー。

 女の人のヤキモチも、身分とか関係ないんだろうねー……と、マントと帽子の奥で背筋を凍らせつつも僕は先頭に立って貴族街を歩く。もちろん杭打ちくんは背負っている。
 教授のお家にごあんなーいってわけだねー。僕に続く美女3人が、相変わらず人目を引くのを感じながらも通りを抜けるよー。

 やがて通りの端に差し掛かったあたりに、ひときわ大きな邸宅が見えてきた。
 庭園というか運動場みたいな空き地と、その奥に控えるシンプルな屋敷。左右には小屋がいくつも建っていて、それぞれにいろいろ書いてある看板が立てかけられている。

 到着だー。僕は門をみんなに指し示して言った。

「……着いた。メルルーク邸はここだよ」
「ん……なんかずいぶんアレでござるな、華美さはないでござるが」
「奥の屋敷にメルルーク家の人達が暮らしてるってだけで、他の建物から敷地から全部研究のためのスペースだからね。研究所に見栄えは関係ないって考えてるから、教授は」
「なるほど。実用性を好む方なのですね……」
「マッドな気配が漂うわねー……」

 貴族街どころか、平民街でもスラム街でも異質だろう敷地内の様子に目を丸くする仲間達。レリエさんに至ってはモニカ教授にマッド疑惑をかけてるけれど、さすがにそこまではいかないよー。
 家族愛もしっかり持ってる大人の人で、ただちょっと、ちょっぴりだけ自分の好奇心に欲望が強いだけだねー。

 屋敷についても、この通りにある他の貴族の家と比べて大分質素というか、言っちゃうとみすぼらしさはあるって話は何年か前に僕自身、彼女に言った覚えはある。
 でもモニカ教授は、元々平民生まれの平民街育ちだったことを挙げて、身の丈に合った暮らしをしたいってことであえてこんな屋敷にしたんだそうだ。

 仕事場兼一家の住処と考えるとむしろこのくらいで十分だって、彼女の御両親さんも笑っていたからねー。仲のいいご家族みたいだし、なかなかマッドとまではいかないと思うよー。
 
「きっとみんなとも気が合って、仲良くなれたりするかもねー」
「それはいいわね、ぜひとも新世界旅団にご協力くださると助かるけれど」
「で、ござるなあ。ポスト調査戦隊を気取る以上は、単なる戦闘要員だけではとても足りんでござるし。あらゆる分野で有能な人員をどんどん、引き入れていくでござるよー」
「賑やかになると楽しそうでいいわねえ」
 
 新世界旅団のメンバーに、なんて声も上がってるね。僕もそれはいいアイデアだと思うよー。
 いつでも杭打ちくんのメンテがお願いできるなんて願ったり叶ったりだし、ぜひとも勧誘してほしいねー。
 メルルーク邸の門を守る番人達は、さすがに何年も通い続ける僕に対して友好的だった。
 にこやかに笑いかけてきて、あまつさえ普段は一人なのに美女を3人も連れて来ていることについて、からかい気味にさえ声をかけてくるのだ。

「ようこそ杭打ちさん。今日はずいぶんと賑やかですね、中の人が色男にでも変わりました?」
「……中の人なんていないよー」
「いやいるでしょ、モンスターじゃあるまいし」
 
 これまで何年とやり取りしてきたから、僕のほうもここの番人さん達にはそれなりに気安い。
 軽口を叩きあいつつ門を開けてもらって中へ。興味深げに今のやり取りを見ていたシアンさんが、歩きながら僕に寄ってきて尋ねてきた。いい匂いがするよー。
 
「結構気さくで、なんだか意外ですね……もう少し剣呑かと」
「ここの研究所でそんなバチバチに接してくるのなんて、それこそガルシアさんくらいですよー。モニカ教授は言うに及ばずその親御さんまで僕、優しくしてもらってますしー」
「そ、そう……なのですね」
 
 複雑そうなシアンさん。そんなに意外かな? まあ元調査戦隊メンバーならみんな、僕のことを憎んでるはずだって思うのも無理はないかなー。
 でも実際、本当に教授周辺の人達はガルシアさんを除いて優しくて温かい人達なんだ。モニカ教授は言うに及ばず同居してる御両親も、事情を知った上で良くしてくださってるし。
 研究所で働く所員達やさっきの番人さん達に至るまで、みんな僕に隔意なく接してくれるんだよー。
 
 ここの人達がどれだけ優しいかを力説しつつも屋敷の玄関口に到着。ここに来る度僕はまず、メルルーク家の人達にご挨拶をするんだ。
 お邪魔するわけだから当然だよねー。というわけでドアをノックする──すぐに応対があり、ドアを開いて執事さんが顔を見せてくれた。
 初老の、オールバックで細身のオジサマだ。ダンディー。
 
「ようこそおいでくださいました、冒険者"杭打ち"様。そしてパーティー・新世界旅団の皆様方も。旦那様、奥様、モニカお嬢様がお待ちでございます」
「やっぱり予測してたね、今回のこと。ガルシアさんはどうしてます?」
「その件についてもお嬢様からお話があるようです。ひとまずはご案内いたします」
 
 どうやらメルルーク一家総出でお待ちかねみたい。促されるまま屋敷に入り、執事さんについていく。
 途中、今度はレリエさんがヒソヒソって小声で僕に尋ねてきた。耳がくすぐったいよー、幸せー。
 
「ね、ねえソウマくん。予測してたってどういうこと? あなたはともかく私達まで今日ここに来るってこと、分かってたとでも言うの?」
「間違いなくねー。教授は何しろ天才的な頭脳を持ってるからさ、予知めいた予測をちょくちょく立てるんだよー。経済分野でも、投資家として相当に名を馳せてるみたいだし」
「なんでもありね、その人……うわ、なんか会うの怖くなってきた」
「優しいおねーさんだから、取って食われたりやしないよー」
 
 あまりに頭が良すぎて未来を見通す千里眼じみてる教授だけれど、これで意外と子供っぽいというか親しみやすいところのある人なんだ。
 実際に会えば分かるはずだよー。執事さんについて歩くと、いよいよリビングに辿り着く。閉ざされていた扉をノックして執事さんが、中にいるメルルーク家の人々に声掛けをする。
 
「失礼いたします旦那様方。冒険者パーティー・新世界旅団の皆様をお連れしました」
「おお、ぜひに入ってもらってください!」
「かしこまりました……皆様、どうぞお入りください」
 
 中から男の人の返答があり、執事さんは一礼してドアを開けた。
 元は平民だから、執事さんや使用人さん相手にも普通に敬語なのがメルルーク家の御両親さんのいいところだよねー。立場柄執事さん達は困ってるっぽいけど、使用側がみんながみんな偉そうにしてないといけない法律もないからねー。
 
 さておき、開かれたドアの中に入る。広々とした室内、テーブルを囲む椅子に一家は座っている。
 メルルークのおじさんとおばさんだね。中年の夫婦で、身なりこそ貴族っぽい上質な装いだけど態度は温厚で、僕達を笑顔で迎えてくれたよー。

「おお、ソウマくんよく来てくれた! お仲間の方々も、ようこそ来てくださった」
「お疲れ様ですー。仲間みんなで来ちゃいました、突然すみません」
「いやいや、千客万来だよ。我が家が人で賑わうのはいいことだ! さあさあ、とりあえず座って座って!」

 メルルークのおじさんがそう言って、僕らに着席を勧めてくる。断る理由もなく席につくと僕の向かい、おじさんの隣に座る女の人と目が合った。
 銀髪を長く伸ばした、僕より頭一つは大きい背丈の女の人だ。ちょっとツリ目のクールな美貌は、シアンさんやサクラさん、レリエさんにも引けを取らない。
 そんなびっくりするほどの美人さんが、僕ら新世界旅団を見て言った。

「予測通りだ……ソウマくん、やはり君は新世界旅団を引き連れて我が家をこの日この時間に来訪したね。もちろん用件まで予測できているよ、愚兄の件だろう」
「さっすがー。っていうかそう言うってことはやっぱり?」
「ああ。君の悪評を吹聴したのは私ではなくあの馬鹿だ。その辺を今日は詳しく説明させていただくとも──このモニカ・メルルークがね。よろしく、新世界旅団」
 
 優雅に紅茶なんか飲みながらも、彼女はニヤリと笑った。
 そう。彼女こそが元調査戦隊メンバーにして世界最高峰の頭脳を持つとも言われる天才。
 モニカ・メルルーク教授その人だねー。
「冒険者"杭打ち"を巡る悪質なデマの流布についてはソウマくん、君の予想通りに愚兄ことガルシア・メルルークの仕業だ。お詫びしようもない話だが、謝罪させてもらいたい。迷惑をかけてすまなかった」
「うちの子が本当に、ごめんなさい」
「申しわけない……」
 
 着席して早々、メルルーク家の人達はそう言って謝罪してきた。開口一番に近い形で、しかも弁明の余地もないと自分達を断じている、完全に自分達にこそ非があるとするスタイルだねー。
 喧嘩腰とまではいかないにせよ少しくらいは言いわけしてくるかなー? って思ってたからビックリだよ。隣で新世界旅団の面々も驚いているね。
 
 でもそこでハイそうですか赦します、とは中々言える話でもない。団員に悪意を向けられた、責任者たる団長ならばなおのことだ。
 シアンさんは凛とした目をモニカ教授に向けた。歳上で格上、正しく権威たるプロフェッサーを前に一歩も退かない姿勢をもって相対する。
 
「ひとまずは事情をお聞かせ願います。そちら様、メルルーク教授から我が新世界旅団の団員ソウマ・グンダリへの誹謗中傷があり、それを真に受けた一部の冒険者が迷宮内にて我々を襲撃してきたのです。問題なく撃退できたのは不幸中の幸いでしたが、場合によっては大惨事にも繋がりかねなかった」
「……迷宮内で仕掛けたのか。あの少女達、想像以上に小賢しく予想以上に浅はかで、そして想定以上に愚かだったようだね」
「どういった流れでそのようなことになったのか。ぜひともお聞かせ願いたい──この場にいもしない愚兄とやらにすべて押し付けて終わりにはできないものとお考えください」
「ふむ」
 
 リンダ先輩達のことまで知ってるっぽい以上、間違いなくまったくの無関係ではない。仄めかす教授に、団長は鋭く問い掛けた。
 放たれる威圧……エーデルライト家の貴族として、あるいは彼女自身の才覚として放たれる有無を言わさぬカリスマの空気に、教授の顔つきが少し変わった。
 意外そうに目を見開いて、興味深くシアンさんを見ている。観察に近い、好奇心を強く秘めた視線だ。
 
 隣で御両親が息を呑み、心配そうに娘を見ている。
 それに構わず教授は、ことの仔細を語り始めた。
 
「説明させてもらうが、そもそも我が兄ガルシアはソウマくんに対して、嫉妬と嫌悪の感情を抱いている。ストレートに言えば嫌っているのだ。調査戦隊時代からずっとな」
「それはソウマくんから聞いていますが、だから今回のようなことを引き起こしたと?」
「端的に言えばね。しかし、実態はもう少し複雑だ。愚兄めは最近、ずいぶんと厄介な連中とつるむようになっていてね」
 
 ふう、と疲れたように一息吐いて教授は手元の紅茶を飲んだ。この人、案外体力ないんだよねー。
 根本的に不摂生な生活態度だから、ちょっと動くとすぐに息切れを起こすんだ。調査戦隊時代はフィールドワークもしてたからまあ人並には動けてたんだけど、解散してからは施設に篭って研究ばかりしてるからこうもなるか。
 
 さておき、ガルシアさんの僕への感情は把握していたけれど、単にそれだけで今回の事件を引き起こしたわけでないみたいだ。
 詳細を聞くと、教授は肩をすくめて皮肉げに続けた。
 
「エウリデの外から来て、国内のあちらこちらで反冒険者運動を展開している組織の者達と親しくしているようなのだよ。今回の件は、その組織の者から吹き込まれてやったことと言えようね」
「組織……? いえ、それより根拠はどこにあるのですか。それだけの説明では、ガルシア個人の暴走と解釈するのは容易ですが」
「そこは簡単だよ、エーデルライト殿。あの愚兄にね、ソウマくんと一人で敵対するような度胸はない」

 鼻で笑う。ここにいる面々でない、ガルシアさんを嘲笑う仕草と言葉だ。
 怖いよー……この人、ガルシアさんには特別辛辣なんだ。兄貴だからって気安さじゃない、本物の怒りと嫌悪があるんだよー。

 ガルシアさんはガルシアさんで、よくできた妹に対して愛憎交じりの複雑な感情を持ってるみたいだし、なんだかドロドロ兄妹だねー。
 そんな妹さんのほうが、ここにいない兄を小馬鹿にする台詞を続けて言った。
 
「断言するよ、あれは小物だ。身の程知らずにもレイアリーダー、もといレイアさんに一目惚れしたまではいいものの、彼女がソウマくんを溺愛していると気づくや否や彼のほうに嫌がらせしかしてこなかった臆病な男さ。そんな輩が今さら、新米冒険者にあらぬことを吹き込んでソウマくんに差し向ける? 天地がひっくり返ってもありはしないね、そんなこと」
「いやに辛辣にござるなあ。兄貴のことがそんなに嫌いでござるか?」
「まあね。私だってソウマくんとは親しくやっていきたいんだ、それを邪魔する身内など好きになれる理由がないさ」
「いえーい」
 
 そう言ってウインクしてくる教授に、僕もピースサインして返す。。クールな美貌の割に茶目っ気があるから不思議なギャップがあるよー。
 というかまあ、そういうことだね。僕も教授もお互い仲良しさんだから、やっぱり彼女自身が僕に嫌がらせする理由なんてないんだ。
 つまりはガルシアさんが、誰かの後ろ盾を得て行為に及んだって線が濃いわけだね。
 ガルシアさんが何やらよからぬ組織のバックアップを受け、勢いづいてリンダ先輩を扇動したと主張するモニカ教授。
 僕と普通に仲が良いのは今しがたご覧に入れた通りで、教授の御両親もうんうんと頷いていらっしゃる。彼女が腹に一物抱えてるとかでなければ、まぁまぁ信頼できる程度には調査戦隊からのつきあいというのは重みがあると思うんだよねー。
 
「というわけで、ここはもうガルシアさん当人にお聞きしてみるほうが早いと思うんだけどー」
「そういう話の流れになるとは思ったよ。愚兄ならもうじき来るはずだ。例のお仲間達と昨日ずいぶん、飲み屋街に繰り出してははしゃいでいたみたいだからねえ……帰ってきたのは明け方だよ」
「あれま。ガルシアさんって僕が来る時大体どこかに出払ってるけど、もしかしてその人達と遊んでたりするのかなー」
「一応、私の助手としてフィールドワークをしている時もあるけれど、そればかりしているわけでも当然ないからね。女遊びこそしていないようだが酒と博打に精が出ているみたいだよ」

 心底から嘲笑って教授が暴露する。ガルシアさん、偶に出くわすとお酒臭かったからまあ呑んだくれてるんだろうなって思ってはいたけど、そんな裏があったのかー。
 調査戦隊にいた頃はそんな感じでもなかったけど、解散が引き金でそうなっちゃったのなら、間接的には僕が原因でそうなっちゃったとも言えるね。彼が僕を恨む理由の一つになってそうだよー。

「ガルシア……ソウマくんを嫌っているのは知っていたけれど、なんて馬鹿な真似を……」
「とてもいい年した大人のやることとも思えん! 本当に申しわけないソウマくん、新世界旅団のみなさん! 愚息に代わりこの通り、お詫びしたい!」
「へ──あわわわわ!? ちょ、ちょっと二人とも何を!?」

 と、メルルークのおじさんとおばさんが突然床に膝をつき、土下座をし始めた! 苦渋に満ちた表情で、僕らの前で小さく背中を縮こまらせている!
 何をしてるんだよー!? 一気に顔から血の気が引く。

 正直、ガルシアさんの件についてはちょっぴりだけ謝罪とかして欲しい気持ちはあったけど、それはさっき言葉で示してもらったし僕としてはもう、それで良しって感じだったんだ。
 だのにこんな、土下座だなんてやりすぎだよー! 慌てて僕は二人に駆け寄り、その肩を抱きしめて制止すべく声を張った。

「や、やめてくださいよー! ガルシアさんのことはガルシアさんの話であって、おじさんとおばさんは関係ないじゃないですか!」
「アレをああなったのは、ひとえに我々の教育が悪かったからだ! 他人の悪評を流して貶め、あまつさえ刺客を立てるなど許されることではない! ましてや年端もいかないソウマくんに……! すまない、本当にすまない!」
「ごめんねソウマくん、みなさん……! 本当に、本当に……!」
「お、おじさん、おばさん……!」
 
 悲痛な姿。息子の悪事に心を痛めた初老の夫婦の弱々しい謝罪に、僕のほうこそ申しわけなくて言葉が出ない。
 この人達は何も関係ないんだ。ガルシアさんだって少なくとも、調査戦隊にいた頃は僕が絡まなければまともな人だったんだから。
 モニカ教授を育て上げたことといい、おじさんとおばさんには親としてなんの責任もありはしないんだと僕は強く思う。
 
 そんな人達に、こんな風に思いつめさせて。何してるんだよガルシアさん。
 どうしたらいいか分からなくて慌てる。そんな僕に、シアンさんが後ろから肩を抱きしめてきた。同時にメルルーク夫妻に、ひどく穏やかな声色で話しかける。
 
「メルルークご夫妻様、どうかお顔をお上げください……お二人のそのお姿こそがすべてを物語っています」
「シアンさん……?」
「此度の件につきましてはガルシア・メルルークの仕業でありますが、逆に言えばそれだけです。モニカ教授もあなた方も普段よりソウマくんに良くしていただいているということ、門外漢たる私の目からもたしかなものと断言できます」
「うむ、でござるね。保身のためならず、心底からソウマ殿への申しわけなさゆえに謝罪なされたそのお姿……たしかな情義を感じる所作でござるよ」

 シアンさんもサクラさんも、土下座までしてみせたおじさんとおばさんに対して、何か咎める気なんてないみたいだった。
 というか元々からしてガルシアさん、あるいはモニカ教授だけが今回の件の重要人物なんだからこの二人には最初から何か文句をつけるつもりもなかったと思うんだ。もう成人していい年した大人のやること、親を引き合いに出すのもおかしいからね。

 カリスマを発揮してシアンさんが、メルルークご夫妻を暖かく見据える。
 威厳とさえ言える人間的な魅力を纏う彼女は、この場にいる全員によく聞こえるように声を上げた。新世界旅団団長として高らかに、宣言したのだ。
 
「本件に関して、我々がメルルークご夫妻を咎めることは決してないと明言いたします。それで良いですね、ソウマくん?」
「もちろんだよー! これはガルシアさんと僕の間の話だし、おじさんにもおばさんにもなんの罪だってありやしないよー!」
「ソウマくん……!」
「どうか気に病まないで……おじさん、おばさん。僕にとって二人は、すごく素敵で立派な人達だよ」
 
 凛とした宣告に、おじさんとおばさんが顔をあげて涙を零している。
 僕はそんな二人の両手を握って、気にしてないよーって気持ちが伝わるように優しく笑いかけた。
 はー、焦ったけどどうにかシアンさんが納めてくれて助かったよー!
 おじさんとおばさんがまさかの土下座謝罪してくるのを、シアンさんがうまいこと執り成してくれてひとまず落ち着きを取り戻したメルルーク邸、リビング。
 一連のやり取りを黙って見ていたモニカ教授が、感心しきりに声を上げていた。
 
「なるほど、なるほど。シアン・フォン・エーデルライト嬢……新世界旅団の団長として、見事な立ち居振る舞いをされているね」
「……お褒めに預かり恐縮ですが、突然に何を?」
「そう怪訝そうにしないでくれたまえ、本心から褒めているのだから。さすがはソウマくんを引き入れることに成功しただけのことはある。見事なカリスマの発露だったよ」

 にやりと笑う教授は、心底から面白そうにしているよー。興味を持った対象によく見せている、ちょっと怪しい笑顔だねー。
 台詞と視線から見るにシアンさんを試す……というよりは見定めていたところはありそうだねー。僕が加入したパーティーのリーダーってことで、もしかしたらどんな人物なのか見たがっていたのかもしれない。

 一旦、席から離れていた僕やおじさんおばさん、シアンさんが再度着席する。それを見計らって肩をすくめた教授が、やれやれと言わんばかりに両手を振って解説し始めた。
 
「実を言うとね。愚兄の件は完全に想定外だったものの、いずれは新世界旅団の面々と面会するつもりではあったんだ」
「え。そうなんだ教授、なんか意外だねー」
「当然だろう? 調査戦隊解散以降、完全にソロで活動していた君が3年の沈黙を経て今、パーティーに再び加入したんだからな。君の武器を開発している私としても、当然気にはしていたともさ」

 僕が新世界旅団に入団したことは、少なくともすでにエウリデ中の冒険者達が知るところだ。
 元調査戦隊メンバーで解散の引き金を弾いて、以後ひたすらあんまり目立たずに3年間活動してきた。そんな冒険者"杭打ち"が何故か今頃になって新たなパーティーに所属するというのだ。

 ただでさえなんの関係もない冒険者達にとってセンセーショナルなそんな珍事件を、教授も当然耳に入れていたみたいだ。
 そして新世界旅団がどんなパーティーなのか、気になっていたってわけみたいだねー。
 
「調べてみれば新世界旅団はまだ、ギルドに登録さえしていない。エーデルライト家の御令嬢がリーダーと聞き、率直に言えば怪しく思ったところもある。ソウマくんが少し年上の先輩の色香に惑ったのではないか、とかね」
「ひ、ひどいよー!?」
「お言葉ですがソウマくんはそのようなものに引っかかる人ではありませんよ、教授」
「それは私も思うけど。ただここ最近の彼はどうにも美人に弱くなってきているからね。万一がないとも言い切れなかった」
「えぇ……?」
 
 流れ弾で最近の僕の素行に言及がきちゃったよー、シアンさんが庇ってくれたけどガッツリ女好きみたいに言われちゃった!
 たしかに解散後、何がきっかけだったか忘れたけど恋とかしてみたいなーって思ったのが始まりで、教授とかにもずいぶん青春したいーって溢しまくってた覚えはある。

 最初は唖然としつつも優しい目をしてくれた教授だったけど、あんまり毎度恋だ青春だ言うからだんだん、雑というかハイハイ分かった分かったって感じの反応になっていったのは忘れるに忘れられないよー。
 苦笑いして教授はさらに続けて言う。
 
「ソウマくんに人間性が発露することは大変喜ばしいことだが、その結果として騙されるようになったりするのでは、私としても面白くない話だからね。だから新世界旅団、とりわけリーダーたる君のことについては調べたいと思っていたわけさ」
「そう、でしたか。それでどうですか、教授? 私はお眼鏡に適いましたか?」
「結論から言えばね。最低ラインは余裕で超えていると判断しているよ」

 シアンさんを見て微笑む。教授に認められるってすごいよ、中々ないんだよこういうこと。
 そもそも評価しようとか見定めようだなんて、めったに言い出す人じゃないし。見定めるって時点である程度認められてるようなものだよー。
 
「カリスマがあり、また判断力もある。冷静だが情もあるようだし、かと言って甘くなりすぎない部分もあるように見える。エーデルライトの教育が良かったのかな」
「ありがとうございます。そう言っていただけるとありがたいです」
「とはいえそこで満足しないでほしいね。ソウマくんを手中に収めた以上、君の比較対象はあの"絆の英雄"レイア・アールバドだ。彼女に比べれば君はまだまだ素人同然なのだと、そこは自覚してほしい」

 いや別に、僕がいるからってなんでもレイアと比べる必要ないんじゃないかなーって思うんだけど。教授もなんだかんだレイアさんに懐いていたんだし、ついつい比べちゃうのかもしれないねー。
 でもそんなのは比べられるほうからすれば堪ったもんじゃない。特に新人冒険者のシアンさんにとっては無理難題もいいとこなんだ。

「ええ……とはいえ、いずれは勝つつもりでいますが。偉大な英雄の後塵を拝するだけの私に、ソウマくんもサクラもレリエもついてはきません」

 だってのに彼女はそんなことを言って、燃える瞳でカリスマを発動するんだからすごいよー!
 強気すぎて格好良くすら見えるシアンさんに、僕は感嘆の吐息を漏らすばかりだった。
 今回のデマ流布の件については概ね、ガルシアさん単独の犯行であると看做した僕達新世界旅団。
 となると当のガルシアさん本人から事情を聞く必要があるわけなんだけど……彼は今朝方この家に帰ってきて、今もまだ自室で眠っているらしい。
 
 おじさんがおもむろに立ち上がり、めちゃくちゃ怒った様子で僕らに告げてきた。
 
「あの馬鹿息子を今すぐ連れてくるから待っていてくれ。大迷宮深層調査戦隊が解散してからというもの、ずいぶん見守ってきたつもりだが今回ばかりは我慢ならん!」
「お、おじさん?」
「ガルシア! ガルシアー! 降りてこいっ、ガルシアっ!!」
 
 怒髪天を衝くってこのことかなあ、怒り心頭って感じで息子さんの名前を叫びながらおじさん、リビングを出て行っちゃった。
 おばさんはすっかり憔悴しちゃってて気の毒なくらいだ。レリエさんがそっと近づいて彼女の手を握りしめて慰めているけど、この人ホントに聖人みたいないい人だよー、惚れ直すよー。
 
 で、モニカ教授はというと面白がった感じでシアンさんと話をしているし。
 こっちはこっちで相変わらずのマイペースだよー。
 
「ほう? それではソウマくんには5年前からの縁があると。それではエーデルライト家も余計、エウリデによる彼の追放は荒れたことだろうね」
「そうですね……まず祖父が怒り、次いで父が政府に抗議しました。残念ながら解散を止めることはできませんでしたので、意味のないものでしたが」
「どうかな? 今のエウリデの、冒険者界隈そのものに対しての及び腰はおそらくそちら様のお家やその他、一部有力貴族からの抗議も大きく影響していると見るよ、私は」

 スラッとした足を組んでセクシーに語る教授。白衣の下はシャツとジーンズとラフな格好で、スレンダーな体型だからすごく映えるねー。
 そしてなんか小難しいことを言ってるけど、要するに調査戦隊解散に際してシアンさんのご家族さんはじめとした一部のまともな貴族達の抗議があったからこそ、エウリデ王国は冒険者を恐れてるってことを言いたいみたいだ。

 一応そういう貴族がいたって話は僕も、前に聞いたことあるよー。いろんな事情から冒険者について詳しかったり、あるいは友好的だったりする家が僕の調査戦隊追放に激しく抗議してくれたってのも。
 まあ結果的に追放は普通にされちゃったし、その直後に調査戦隊も解散しちゃったしであんまり影響なかったって思ってたんだけど、どうやら王国貴族内ではそうでもなかったみたい。
 
「エーデルライト家以外にもレグノヴィア家、ワルンフォルース家など、調査戦隊に一枚噛んでいた貴族達も揃って抗議したからね。さしものユードラ三世もこれには泡を食ったみたいで、ソウマくん追放を主導した大臣に厳重注意処分としたと聞く」
「その上でさらに、調査戦隊がソウマくん追放を受けてエウリデに対してどう動くかで内部分裂。そのまま空中解散となりましたからね……それで冒険者達に対して強気に出られなくなったと当方は認識しておりますが」
「そこもやはり、大貴族まで冒険者サイドに立ったという事実が影響している。陛下は良くも悪くも平凡だからね、地盤から反抗してきたらご機嫌伺いをせざるを得ないのさ」

 そう言ってカラカラ笑う教授。王国騎士とかに聞かれてたら下手すると牢屋行きな国王批判だけど、これも実際、巷じゃ割とよく言われてたりするね。
 エウリデ連合王国現国王はいつも誰かのご機嫌伺いしかできない風見鶏。なんて、それこそ調査戦隊にいた頃からよく聞いてた話だよー。

 いくつもの小国をまとめて連合王国という形にしているこの国の性質上、常にあっちを立てればこっちが立たずって状況が発生している感じではあるんだよねー。
 だから難しい舵取りをせざるを得ないらしいけど……歴代連合国王の中でも今の王は相当、バランス取りだけに腐心してるって言われている。 

 国民に有利な施策を行ったら次は貴族、次は王族、そしてまた国民へと、ローテーションでそれぞれに都合のいい法律を打ち立ててるんだってさ。
 そりゃ風見鶏言われちゃうよねー。くすくす嗤って教授はしかして、と続けた。
 
「もっとも? そんな陛下や大臣、大貴族達をしてなお古代文明の生き残りという者達への欲目は隠せないみたいだが、ね」
「……エーデルライト家は古代文明人の確保には一貫して反対の立場を取っておりますよ」
「あとワルンフォルース家もね。冒険稼業にも手を出している貴族家はさすがに、冒険者の流儀というものを弁えている────と?」

 最近になって次々現れている古代文明人の存在には、政治的なあらゆる勢力が等しく目をつけているみたいだ、とまで語ったところでドアの向こう、何やら言い合う声が聞こえてきた。
 随分な剣幕で男の人が二人、こっちに向かいながら怒鳴り合ってるみたいだ。
 これは……

「お出ましのようだな、浅はかな我が愚兄様が」
 
 来たみたいだね、ガルシアさん。おじさんと喧嘩しながらってのがなんとも不穏だけれど、これで話が進むわけだねー。
 靴音がどんどん大きくなっていって、ドアの直前にて一瞬止まる。
 そしてそのまま、まるで蹴破るような勢いでドアはぶち開けられた!
 勢いよく蹴り破られたドア。そして中に入ってきたのは、メルルークのおじさんに引き止められるのを完全に無視する男だ。
 長身──羨ましいほどの長身に加えて整った顔立ち。モニカ教授に似たクールな澄まし顔で、普通にめっちゃイケメンだ。
 
 まあ態度は終わってるんだけどねー。
 その男の人、ガルシア・メルルークは室内を見渡すなり鼻を鳴らして嘲った。
 
「なるほど? クズガキと、ソレに丸め込まれたバカ女どもが勢揃いか」
「いきなりなんでござるかこいつ。ぶっ殺していいでござる?」
「さすがにもう少し待ってもらえると助かるかな? ジンダイさん」
 
 殺すのは確定なんだ……怖いよー。静かにカタナに手を添えるサクラさんとそんな彼女に笑いかけるモニカ教授を横目にしつつ、僕は立ち上がる。
 いつにも増して口が悪い。少なくとも調査戦隊時にはこんな口の利き方はしてなかったってくらい荒っぽい、ワルの口調で僕をにらみつける彼を見据える。
 
 今の態度で大体分かりきってたことが確定したよー、リンダ先輩にふざけたことを吹き込んだのはこの人だ。
 何してくれてるんだかね。バカ女扱いされた女性陣から怒りが立ち上るのを追い風みたいに思いつつ、僕は彼に言った。
 
「……どうも。デマを垂れ流した馬鹿がこの家にいるとお聞きしまして。話を聞いているとあなたがやったと思われるんですが」
「デマ? なんの話だ、俺はたまたま愚妹に教えを請うてきた女学生相手に少しばかり雑談していただけだが? その中になんらか噂話があったとして、それを真に受けたどこぞのガキが勝手に暴走しただけだろう、俺は悪くない」
「そんな物言いが通ると思っているんですか?」
「通らなかったらなんとする気だ?」

 ふん、と鼻で笑ってガルシアさん。いつもこんな調子ではあるんだけど、今回は本当に笑い事では済まされないんだけどねー……
 何より僕に向けて明確に、これまで隠してきていただろう憎悪をむき出しにしているのが嫌でも分かる。この人、本気だよ。

 はあ、とため息を一つ。おじさんとおばさんが、悔やんでもくやみきれないと俯いて歯を食いしばっている。
 反面モニカ教授はニヤニヤ笑っているねー。たぶんこの後の成り行きまで完全に読み切ってるんだとは思うけど、この人はこの人で怖いよねー。
 ゾッとするような底冷えする目で見やる妹には気付けずに、兄はなおも嘲笑して僕に告げる。
 
「暴力でも振るうか、杭でも打つか? 話題の冒険者"杭打ち"が。新世界旅団が! 冒険者でもない俺に、今や貴族階級でもあるメルルーク家の長兄であるこの俺に! 暴力を振るうのかぁっ!?」
「……必要とあれば振るいますよ。僕はそういうのお構いなしなので」
「無様な負け惜しみだな! 暴力を振るった時点でお前の負けなんだぞ。冒険者"杭打ち"はなんの罪もない人間に対して平然と暴力を振るう危険人物だと分かれば、エウリデは今度こそ貴様をこの世から排除しにかかるぞ!!」

 ガルシアさんの勝ち誇った笑みに、少しばかり得心する。なるほど、そういう理屈でここまで強気でいられるのか、この人。
 冒険者でもなく、メルルーク家の長兄であり、となればたしかにある種の貴族階級でもある。その辺は事実だねー。そしてそうした身分と、僕がお国から危険人物扱いされているのを見越してこんなこと言ってくるわけだ。

 あくまで自分は雑談しただけ。その中にたまたま冒険者"杭打ち"に関する噂話が入っていて、リンダ先輩はそれを鵜呑みにして暴走しただけ、と。
 そんな論法まで用いて、僕が殴ったら国からも世間からも評判がガタ落ちするのを期待しているんだろうねー。そして自分はやりたい放題言いたい放題って寸法か。

 珍しく頭を使ってきたみたいだけどガルシアさん、一言でいうと甘いよー。

「そうなればお前のようなクズを引き取ったなんとかいうパーティーもおしまいだ! かつてのようにお前を過度に甘やかした調査戦隊中枢メンバーももういない! どうする? それでも俺を殴れるというのか!!」
「殴れますけどー」
「は──がぐふぅっ!?」

 ドヤ顔でいい加減、鬱陶しくなってきた彼の額に軽くだけどデコピンを放つ。
 元より調査戦隊にいた頃から戦闘要員じゃなかったこの人は、当然解散後も大した武術も納めていないみたいで何も反応できないでいる。
 そうなると当然、その後の何発かも含めてモロにくらうわけだねー。

 1発目が当たると同時に衝撃で後ろにバランスを崩すガルシアさんをさらに追うようにステップで接近。
 たかがデコピンでも僕のは特別製だ、まあまあ衝撃があるだろう。大きくのけ反るその姿を見て、すかさず2発目を放つ……速度と狙い最優先、加減も結構した普通のデコピン。

 2回も同じ場所にデコピンを受けてはどうしようもない。
 今度こそガルシアさんは床の上、モニカ教授の足元に倒れ伏した。