メルルーク邸の門を守る番人達は、さすがに何年も通い続ける僕に対して友好的だった。
 にこやかに笑いかけてきて、あまつさえ普段は一人なのに美女を3人も連れて来ていることについて、からかい気味にさえ声をかけてくるのだ。

「ようこそ杭打ちさん。今日はずいぶんと賑やかですね、中の人が色男にでも変わりました?」
「……中の人なんていないよー」
「いやいるでしょ、モンスターじゃあるまいし」
 
 これまで何年とやり取りしてきたから、僕のほうもここの番人さん達にはそれなりに気安い。
 軽口を叩きあいつつ門を開けてもらって中へ。興味深げに今のやり取りを見ていたシアンさんが、歩きながら僕に寄ってきて尋ねてきた。いい匂いがするよー。
 
「結構気さくで、なんだか意外ですね……もう少し剣呑かと」
「ここの研究所でそんなバチバチに接してくるのなんて、それこそガルシアさんくらいですよー。モニカ教授は言うに及ばずその親御さんまで僕、優しくしてもらってますしー」
「そ、そう……なのですね」
 
 複雑そうなシアンさん。そんなに意外かな? まあ元調査戦隊メンバーならみんな、僕のことを憎んでるはずだって思うのも無理はないかなー。
 でも実際、本当に教授周辺の人達はガルシアさんを除いて優しくて温かい人達なんだ。モニカ教授は言うに及ばず同居してる御両親も、事情を知った上で良くしてくださってるし。
 研究所で働く所員達やさっきの番人さん達に至るまで、みんな僕に隔意なく接してくれるんだよー。
 
 ここの人達がどれだけ優しいかを力説しつつも屋敷の玄関口に到着。ここに来る度僕はまず、メルルーク家の人達にご挨拶をするんだ。
 お邪魔するわけだから当然だよねー。というわけでドアをノックする──すぐに応対があり、ドアを開いて執事さんが顔を見せてくれた。
 初老の、オールバックで細身のオジサマだ。ダンディー。
 
「ようこそおいでくださいました、冒険者"杭打ち"様。そしてパーティー・新世界旅団の皆様方も。旦那様、奥様、モニカお嬢様がお待ちでございます」
「やっぱり予測してたね、今回のこと。ガルシアさんはどうしてます?」
「その件についてもお嬢様からお話があるようです。ひとまずはご案内いたします」
 
 どうやらメルルーク一家総出でお待ちかねみたい。促されるまま屋敷に入り、執事さんについていく。
 途中、今度はレリエさんがヒソヒソって小声で僕に尋ねてきた。耳がくすぐったいよー、幸せー。
 
「ね、ねえソウマくん。予測してたってどういうこと? あなたはともかく私達まで今日ここに来るってこと、分かってたとでも言うの?」
「間違いなくねー。教授は何しろ天才的な頭脳を持ってるからさ、予知めいた予測をちょくちょく立てるんだよー。経済分野でも、投資家として相当に名を馳せてるみたいだし」
「なんでもありね、その人……うわ、なんか会うの怖くなってきた」
「優しいおねーさんだから、取って食われたりやしないよー」
 
 あまりに頭が良すぎて未来を見通す千里眼じみてる教授だけれど、これで意外と子供っぽいというか親しみやすいところのある人なんだ。
 実際に会えば分かるはずだよー。執事さんについて歩くと、いよいよリビングに辿り着く。閉ざされていた扉をノックして執事さんが、中にいるメルルーク家の人々に声掛けをする。
 
「失礼いたします旦那様方。冒険者パーティー・新世界旅団の皆様をお連れしました」
「おお、ぜひに入ってもらってください!」
「かしこまりました……皆様、どうぞお入りください」
 
 中から男の人の返答があり、執事さんは一礼してドアを開けた。
 元は平民だから、執事さんや使用人さん相手にも普通に敬語なのがメルルーク家の御両親さんのいいところだよねー。立場柄執事さん達は困ってるっぽいけど、使用側がみんながみんな偉そうにしてないといけない法律もないからねー。
 
 さておき、開かれたドアの中に入る。広々とした室内、テーブルを囲む椅子に一家は座っている。
 メルルークのおじさんとおばさんだね。中年の夫婦で、身なりこそ貴族っぽい上質な装いだけど態度は温厚で、僕達を笑顔で迎えてくれたよー。

「おお、ソウマくんよく来てくれた! お仲間の方々も、ようこそ来てくださった」
「お疲れ様ですー。仲間みんなで来ちゃいました、突然すみません」
「いやいや、千客万来だよ。我が家が人で賑わうのはいいことだ! さあさあ、とりあえず座って座って!」

 メルルークのおじさんがそう言って、僕らに着席を勧めてくる。断る理由もなく席につくと僕の向かい、おじさんの隣に座る女の人と目が合った。
 銀髪を長く伸ばした、僕より頭一つは大きい背丈の女の人だ。ちょっとツリ目のクールな美貌は、シアンさんやサクラさん、レリエさんにも引けを取らない。
 そんなびっくりするほどの美人さんが、僕ら新世界旅団を見て言った。

「予測通りだ……ソウマくん、やはり君は新世界旅団を引き連れて我が家をこの日この時間に来訪したね。もちろん用件まで予測できているよ、愚兄の件だろう」
「さっすがー。っていうかそう言うってことはやっぱり?」
「ああ。君の悪評を吹聴したのは私ではなくあの馬鹿だ。その辺を今日は詳しく説明させていただくとも──このモニカ・メルルークがね。よろしく、新世界旅団」
 
 優雅に紅茶なんか飲みながらも、彼女はニヤリと笑った。
 そう。彼女こそが元調査戦隊メンバーにして世界最高峰の頭脳を持つとも言われる天才。
 モニカ・メルルーク教授その人だねー。