冒険者"杭打ち"がマーテルさんを国に引き渡し、庇ったオーランドくんを拉致してスラムにて監禁している──なんて、質の悪いデタラメをリンダ先輩と生徒会の二人に吹き込んだらしいモニカ・メルルーク教授。
 おそらく兄貴のガルシア・メルルークのほうが下手人なんだろうとは個人的に睨んでいるんだけれど、現時点ではなんとも言えない。

 モニカ教授だって何かしら目的があればこのくらいのことは普通にやるし、僕だって誰に何をされてもおかしくないくらいにはあちこちに火種を抱えてるからねー。
 さしあたりメルルーク兄妹が怪しいってことで、とりあえず話を伺いたいってのが当面の、僕ら新世界旅団の方針だった。
 
「教授は平日は総合学園内の実験室に籠もってますけど、休日や祝日になると自宅のラボラトリーで研究活動を行ってます。今は夏休みですし、大概の場合は自宅にいるでしょうねー」
「自宅もすでに調査済みで、第二総合学園──貴族園のすぐ近くにある高級住宅区にあるわね。平民で冒険者が居を構えるなんて異例と言えるでしょう」
「貴族園……あー、いけすかないボンボンどもの学び舎にござるな」
 
 シアンさんのほう、つまりはエーデルライト家でも調査はしていたみたいで、教授の自宅まで特定済みだ。まあ有名だし、調査ってほどのことでもないかもしれない。
 第二総合学園という、僕が通う第一総合学園の姉妹校がある。身分問わず入れる第一に比べて貴族身分しか入れないブルジョワ校なんだけど、そこの近くにある貴族街に彼女の家はあるわけだよー。
 
 本来なら平民がそんなところに家建てて住み着くなんてありえないことだけど、いかんせんメルルーク教授はエウリデのみならず世界の至宝とまで言われる天才だからね。
 化学、生物学、考古学、医学、哲学、文学、数学、天体学その他諸々の分野で他の追随を許さない功績をあげ続けている、正真正銘の天才ってことでぶっちゃけ、下手な王族よりも重要人物扱いされているほどだ。
 
 そんな彼女だからこそ特別に、貴族街に住むことも許されているってことだろう。下手に扱ってじゃあエウリデから去りまーすとかってなったら大惨事だしね。
 ただでさえ各国手ぐすね引いて教授を引き抜こうとしてるんだし、何よりエウリデ自身が調査戦隊絡みで特大の大ポカをやらかしてるからねー。
 同じ轍は踏みたくないってんで、教授の囲い込みには必死みたいだよ。
 
「そんな教授のお家には僕も週一で通ってるし、リンダ先輩のことがなくても元々、明日あたり行こうかなーって思ってたからちょうどいいねー。それじゃ予定通り、みんなで行きましょうか教授のお家ー」
「そうですね……ただ、ふと気になったのですが杭打機のメンテナンスが絡むことなら私達がお邪魔しても良いのでしょうか? 日をずらして伺ったほうがその、ソウマくんとメルルーク教授の関係に影響が薄いのでは?」
「え。いや別にいいですよ、そんなのー」

 変に気を使ってきたシアンさんに普通に返す。そもそも今回は完全に僕らが被害者なんだから、被疑者の教授にそこまで配慮する必要なんてないんだよねー。
 なんならシアンさんこそ即日、ブチギレてエーデルライト家の貴族としての威光をもってラボラトリーにカチコミかけてたっておかしくないくらい問答無用の被害者だもの。僕に優しくしてくれてすっごく嬉しいけど、そこは気にしないでほしいよー。

 それに、僕と教授の関係性についてはこのくらいのことでは揺るがない程度には繋がりがあるからね。
 冒険者"杭打ち"だけが持つ、メルルーク教授との特殊な因縁について説明する。

「杭打ちくん関係についてはプライベートっていうより、お互いの利害が一致しているからやってるある意味、お仕事ですしー」
「利害、でござるか?」
「そーそー。っていうのも元々、杭打ちくんは僕が使ってた廃材の杭に目をつけた彼女が自分の欲求だけで造った武器でねー?」
 
 僕と教授の、ある意味馴れ初めって言えるエピソードをみんなに話す。それは遡れば調査戦隊に入る前から始まってたと言えるかもしれない。

 まだ孤児院にいた頃、僕は少しでも孤児院の経営が楽になればと思って冒険者でもないのに一人、勝手に迷宮に潜っていた。
 モンスターの素材とかがスラムの闇商売で取引されてるのを知って、誰にも内緒で当時最深部に近かった地下15階あたりで戦い続けていたんだよー。

 その際、院長先生から人間としての教育を施してもらったことから僕は、人間らしく道具を使うようになっていた。
 スラムに転がっていた巨大な杭を素手で握りしめ、モンスターに叩き込んで串刺しにする戦法を取っていたんだ。冒険者"杭打ち"の前身とも言える、初代杭打ちくんの活躍だねー。

「えー、つまりなんでござる? 一桁歳の頃から杭持って迷宮彷徨いてたんでござるか? マジでござる?」
「10歳で冒険者登録からの調査戦隊入りを果たしたのも無茶苦茶だけど……もっと幼い頃からモグリで活動していたなんて。さすがと言うべきかなんというか」
「いやー、あははー……もっと言うとそもそも、迷宮で生まれて迷宮で育ったみたいなもんだからねー」
 
 我ながら荒唐無稽だなーって思うエピソードに、シアンさんもサクラさんも唖然としている。
 けど、昼間レリエさんに語ったように元からして僕ってば、人生のほぼすべての時期で迷宮と関わってるからね。

 いい機会だし二人にも話しとこうかな。
 人間なんだかモンスターなんだか分からない、ソウマ・グンダリと呼ばれる前のケダモノの話を、ねー。