商店街の中にあるステーキハウスは僕の行きつけで、とにかくボリュームたっぷりなビーフステーキを提供してくれる素晴らしいお店だ。
牛ってのも安いのはこの町近郊にある牧場から仕入れているし、高級品になるとはるか海を隔てたヒノモトの和牛をトルア・クルア経由で輸入している。
そんなお店の入り口前、杭打ちくんを専用置き場に置きつつレリエさんにあれこれと説明する。行きつけで店長とも仲が良いので、半ば特別扱いでこうした専用置き場を作ってもらっているんだよね。
僕の正体についてもご存知だから、毎回個室に案内してもらえるほどのVIP待遇だ。最高だよー!
「それでこの和牛が美味しいのなんのって……モンスターの、それも生肉ばかり食べてきた僕が生まれて初めて火の通ったお肉を食べたのもこのお店だったんだけど、泣いたよねーはっきり言って」
「さらりと壮絶なこと言うわよね……」
食えるか食えないかしかなかった僕の味覚が、生命の息吹を吹き込まれた瞬間かもしれない。そのくらい熱くて美味しくて、連れてきてくれた先代院長先生の前で僕と来たら感動のあまり泣いちゃったもの。
なんなら居合わせた店長さんが唖然としつつ、やがてもらい泣きしだしたくらいだ。義理人情に厚い人なんだよ、ここの店主さんは。
噂をしつつ店に入ればほら、すぐに来てくれた。
「おう杭打ち! 今日はまたえらく別嬪さんを連れてきたな!」
「どうも、店長さん」
腕捲くりが力強い印象を与えてくる、大柄な短髪の中年男性。ブランドンさんという、この店の主さんだ。
僕は初対面以来この人に気に入られて、以後度々何かとお世話になっている。3年前の調査戦隊解散後からも僕を気遣ってくれている、まさしくおやっさんって感じの人だ。
ちなみにお嫁さんもいて僕と同い年の息子さん、一つ下の娘さんもいたりするねー。
豪快に笑ってくるブランドンさんに、僕は会釈した。そしてすぐに建屋の2階、4つある個室の一番奥の部屋に案内してもらう。
4人用の席を二人で広々使わせてもらう。窓からは町の様子が遠くまで見えて中々の眺望ってやつだよー。ここなら外から見られる心配もないし、遠慮なくマントも帽子も外せるねー。
すぐに水とお手拭きが配され、ブランドンさんがメニュー表を見せてくる。その中でも僕のお気に入り、2番目にお高い最高級和牛ステーキちゃんをそれぞれ400gずつ注文して、それからレリエさんを紹介することにした。
「こちらレリエさん。僕のパーティーメンバーなんです。最近新しく加入しましてー」
「はじめまして、レリエと申します」
「おう、ここの店主のブランドンだ、よろしくな! ウワサは聞いてるぜ、新世界旅団! エーデルライトのお嬢さんのとこだろ? お前さんの古巣の仲間がこないだも来て言ってたぜ、やっと杭打ちにも帰るところができてよかったってな!」
「え……」
思わぬ言葉。元調査戦隊の何人かが、そんなことを?
解散後にもちょくちょく会う人達だろうか。比較的僕に対して同情的というか、変わらぬ付き合いをしてくれてる元メンバーを思い浮かべる。
新世界旅団入団後にはまだ顔合わせしてないけど、祝福してくれてるのかな……3年前のことで思うところもあるだろうに。
なんだか嬉しさと裏腹の、罪悪感があるよー。
「複雑ー……」
「何言ってんだ、素直に喜んどけ! ……俺も安心してるんだぜ。お国にあんな目に遭わされたお前が、もう誰とも深く関わろうとしないんじゃないかってハラハラしてたんだ」
僕の頭の上に大きな掌を置いて、ぐりぐりと撫で回してくるブランドンさん。あうあう目が回るー。
仰る通り、この人とご家族の皆さんには大変なご心配をかけてた自覚はあるよー。
なんせ調査戦隊解散後、この店には一人でしか来なかったからねー。解散にまつわる話が周知されていくにつれ、ブランドンさんやその奥さん、子供さん達がしきりに励ましてきてくれたのが嬉しいしありがたかった。
そういう意味で、この店の人達も紛れもなく僕の恩人なんだよー。頭をひとしきり撫で回してブランドンさんが、ニヤリと笑う。
「それが3年経って、ようやっとまた誰かと繋がりを持とうとしている。ホッとするぜ……レリエさんだったか」
「え。あ、はい」
「こいつのこと頼むよ。腕っぷしはあるし頭も悪くはないんだが、まだまだ子供でな。そのくせ誰にも頼らず一人で抱え込んじまうから、見てるこっちは生きた心地がしないんだ。悪いが見といてやってくれ、な?」
レリエさんにそんなことを頼んで、たしかに僕はまだまだ子供だけど、一人で抱え込むなんてしないよー!
むしろ新世界旅団のみんなにはめちゃくちゃ頼りそうな気がするし、甘えすぎないように気をつけないとなーって思うほどだよー。
「…………はい! 私だけでなく他のメンバーもみんなで、この子のことは守ります!」
頼まれたほうもやたら、気合の入った返事をするし。
すっかり問題児扱いされちゃってるなあ、僕ー。
ブランドンさんとの談笑も少しして、彼は早速ステーキを用意しにかかってくれた。しばしの時間、レリエさんと二人で待つよー。
この待ち時間ってのもまた堪らないんだ、長ければ長いほど期待が膨らむ。空腹を抑えてよだれを垂らす気持ちで待つこのタイミングが、美味しくいただくための最高の調味料と言えるのかもしれないねー。
「あー、まだかなまだかなー」
「もう、ソワソワしないの。さっきまであんなに歴戦のベテラン冒険者だったのが、あっという間に小さな子供さながらねえ」
「えへー」
レリエさんに窘められて照れ笑い。どっちが保護者なんだか分からないね、これー。
でも年齢的には親子というか、年の離れた姉弟って感じなのかな? サクラさんともそんな年齢差だし、なんならシアンさんも年上だし。
そう考えると新世界旅団でも最年少って僕になるんだねー。調査戦隊でももちろんダントツ最年少だったから慣れっこといえば慣れっこなんだけど、うー、そろそろ弟分や妹分が欲しかったりするかもー。
「へいよお待ち! 特上ステーキ400gを2人前だぁ! たっぷり食ってでっかくなれよ!」
と、ついにブランドンさんが料理を持ってきてくれた!
木板に鉄板がはめ込まれたプレート、その上にはでっかいお肉の塊がジュージュー音と煙を上げて美味しそうに焼けているよー!
付け合せにカットしたお野菜もついて見た目も彩り豊かだ。うひゃー美味しそう!
「待ってました!」
「デカっ! っていうか、こないだのステーキもだけどすっごいいい匂い……疑似肉ではありえない、本物の肉の焼ける匂いね……」
「え。疑似肉?」
「なんだそりゃ、なんの肉だいお嬢さん?」
見るからに涎が出る威容に興奮する僕をよそに、レリエさんは大きさもさることながら特に匂いに注目していたみたいだった。
聞いたこともない謎のお肉を引き合いにしてるよ。本物の肉と比較するってことは、偽物の肉ってことー?
ブランドンさんも気になったか質問すれば、彼女は少し考えてから答えてくれた。
「あー……人工的に作った肉と言いますか。豆をすりつぶして捏ねたりいろいろして肉っぽく仕上げたものを私の故郷ではよく食べていたんです。肉の代用品ですね」
「へー、聖職者みたいな食文化してんのな。たしか肉食禁止だったろ、聖ガブラール王国なんかじゃ一般的とは聞くが、そこの出身かい?」
「いえ、もっと田舎の、誰も知らないような小さな国ですよ。ベジタリアンというわけでもありませんしね。ふふ……」
淑やかに笑いつつも詮索しないでーって感じのオーラを振りまくレリエさんに、ブランドンさんも込み入ったものを悟ったのかなるほどと頷く。さすが、察しのいい人だよー。
彼女の故郷、つまりは古代文明だと肉食はあまりされてなかったってことかな。豆を肉のようにして食べるなんて想像もできないけど、なんかすごい技術とかでできちゃうんだろうなー。
さておき、目の前のステーキを冷ます手はなく実食だ。なおも美味しそうな音を立てて焼かれるステーキは、焼き加減はミディアムレアって感じでナイフで切り分けると内部はちょっぴり赤い。
この、ビミョーな火加減が良いんだよねー! 早速一切れ、と言うには大きめに切ったお肉をフォークで刺して口に運ぶ。大口開けて頬張れば、あっという間に口の中に広がる肉汁!
ああ、これだよこれ! 幸せの味が舌の上で弾けてとろけるー!
「んんん! 美味しいー!!」
「いただきます……あむ、っ!?」
噛めば軽い弾力とともにちぎれる柔らかさ、そしてその度あふれる肉のお汁、旨味! 最高だよー!
レリエさんも何やら手を合わせて──なんだろ、古代文明の流儀かな? ──一口サイズに切って食べる。途端に目をカッと見開いて、あまりの美味しさに硬直しちゃった。
たっぷり数秒、固まってから眼下のプレート、焼けるステーキをじっくりと見る。
感動に打ち震えて彼女は、混乱したようにつぶやいた。
「すご、おい、え、美味しい……! 美味しすぎる、嘘、何これ」
「えへへ、最高でしょー!」
「ええ、本当に、信じられない……わ、私が食べてきたものは、あれはあれで美味しかったけど……本物と比べると別物なのだと、これを食べたらすぐに分かっちゃったわ」
僕の言葉に、愕然とかつての食生活を省みてるみたい。唖然としてる姿もかわいいよー、15回目の初恋で胸がドキドキするよー。
驚く彼女はそれだけで見てて楽しい。ステーキは柔らかくて美味しくて食べて楽しいし、ここはまさしく楽園だよー!
「冷めないうちに食べるのが一番美味しいよー。レリエさん、どんどん食べよー!」
「ええ……ええ! 食べるわ! 一口一口よく味わって、食べるわ……!!」
涙すら浮かべてお肉を食べていくレリエさん。疑似肉ってお肉の代用品、いま食べてるこれとはまた違うのかなー? それはそれで気になるよー。
僕にとっては割といつものお肉、でもレリエさんにとっては初めて味わうタイプの高級お肉。感動に震えつつ食べる彼女の姿に見とれつつ、僕も僕でバクバク食べていくよー。
んー、やっぱり火の通ったお肉っておいしいなー! 元々レアっていうか生肉を食べて育ってきたからか、余計に火が通った温かい料理、特にお肉が好みな僕だよ。
「お野菜もよーく焼いて、食べてーと」
「野菜も、なんて新鮮で美味しいの……! 食用プラとはまるで違う! ああ、毎食感動するけど今回はひとしおよ。これが、過ちを犯す前の世界の食事だったのね……!!」
「…………」
えぇ……? 感動してるのはいいんだけどレリエさん、すごい意味深なこと言ってる……
過ちを犯す前の食事って、古代文明でもレリエさんのいた時代は過ちを犯してたってこと、だよねー? そしてそのせいで、お肉もお野菜も本物が食べられなくて、人工の代用品に頼ってたってことー?
何それー超怖いよー! 代用品に依存しなきゃいけないくらいの過ちって何? 恐ろしいよー!
レリエさんの今日までの反応で薄々思ってたけど、数万年前の超古代文明って何かおぞましいことに手を付けて結果、滅亡したんじゃないかって予感がひしひしとするよー。
地下に埋まってる迷宮から古代文明の遺跡とか、出土品が出てくるから考古学者さん達は自然災害で滅んだんじゃ? って言ってるけど……もしかしたら学説が覆るかもしれないんだねー。
「…………うーん」
「? どうしたのソウマくん」
「あ、いえー」
思わず悩んでしまって、美味しそうにお肉を頬張るレリエさんの邪魔をしちゃった。でも本当に悩ましいとこだよこれはー。
っていうのも、貴族に引き渡すのは論外だけど新世界旅団立ち会いのもと、学者さん達を交えて当時のことを聞き出す必要はあるのかもしれないのかなーってことだ。
迷宮そのものについてさえ未だに謎しかない現状、明らかに関わりがあるだろう古代文明について聞き取りを行うのは、冒険者界隈のみならず世界的に意義の大きいことではあると思うんだよねー。
もちろんレリエさんやヤミくんヒカリちゃん、マーテルさんに一切危害が及ばないようにしないといけないし、ましてや欲の皮が突っ張ってる貴族やマッドな頭でっかちの学者どもになんて絶対に近づけさせないけどー……
ただただ純粋に迷宮の謎、古代文明を追い求める僕ら冒険者や学者の人達には、必要なことなんじゃないかって思ったりしちゃうんだよねー。
それがどんなに古代文明から来たこの人達にとってつらいことなのか分かってる上で、それでも考えてしまうんだ。
正直に彼女に白状した上で、僕は頭を下げた。
「……ごめんなさい、レリエさん。なんだかんだ僕も利用することを考えちゃってる。本当にごめんなさい」
「え。いえその……そんなに気にする話じゃないわよ。少なくとも私はどこかのタイミングで、誰かしら信頼できる伝手を頼って私の持つすべてのことを打ち明けるつもりでいたんだもの」
「え……」
「ただ滅亡から免れるだけじゃないのよ、私達が時を超えたことの理由や意味って。あの時何が起きたのか、同じことを繰り返させないために何ができるか……少なくとも私はそれを伝える義務を負ってると自覚しているわ。だから、ソウマくんの提案は渡りに船なのよ」
最低なことを考えていたのに、彼女はあっけらかんと笑い、許してくれる。あまつさえ自分自身、いずれそうするつもりだったって言ってくれるほどだ。
古代文明からのメッセンジャー、少なくともレリエさんは自身をそう位置づけてるってことなんだね。かつて何かが起きて滅んだ世界から来た人として、彼女は自身の責任を果たすつもりでいるんだ。
強い人だね……本当に強いよー。
起きたら数万年前経ってて誰も頼るものがないのに、この人はそれでも自分にできることをちゃんと考えているんだ。
それは紛れもない強さだと思う。戦闘力とかじゃなくて、この人は心が本当に強いんだ。尊敬するよー。
僕の、敬意がこもった視線にレリエさんは照れたように笑った。
次いで僕を見て、信頼の籠もった眼差しで言ってくる。
「っていうか、今まで本当に本腰入れて聞き取るつもりがなかったんだ……真剣に私達のことだけを考えてくれてるのね、ソウマくんは」
「それはそうだよ。古代文明人ってだけで貴族や国から追われかねない身寄りのない人達を、その上冒険者まで利用するなんてそんな惨いことってないし……考えつきはしても、実行に移す人なんてまずいないよ、冒険者ならさ」
「それが、自分達の目的に必要なことだとしても?」
「必要だとしても。そのために犠牲を生み出すやり方はしない」
断言する。僕個人の意見じゃない、これは冒険者なら誰もが抱く思想だよ。
誰かを犠牲にして、そんなことをして目的を果たして何が冒険なの? 危険を冒してでも辿り着きたいから冒険者になったのに、なんで他人を危険に晒したり陥れたりするの?
そんなのは冒険者とは言わない。絶対に。
レイアの言葉を引用して、僕はレリエさんを見て言った。
「僕らは冷たい風の中、それでもまっすぐ歩いて生きたいんだ。急ぐことはできなくても、一歩一歩踏みしめた足取りを誇りに抱いて進んで生きたいから。だから無理矢理情報を聞き出したりはしないよ」
「…………そう。本当に素敵な職業なのね、冒険者って」
「うん! 一生かけて取り組めるお仕事だよー!」
ニッコリ笑う。応じて彼女も笑ってくれた。
また一つお互いのことを知れた、素敵な時間だよー。
話もそこそこにステーキも食べ終わる。僕はもちろんのこと、レリエさんまで400gをぺろりと平らげたのは正直予想外だったよー。
多少余ったら僕がもらおうって思ってたので、こうして完食したってことはそれだけブランドンさんのステーキは最高だったってことだ。僕の好きなお肉をレリエさんにも気に入ってもらえて、なんだかとっても嬉しいよー。
「はふう……ごちそうさまでした。この時代に来てからたくさん美味しいものを食べてきたけど、今回はダントツだったわ」
「えへへ、良かったよー! ごちそうさまー!」
食後のコーヒーをも飲み干して、二人息を吐く。
お互いすっかり満足だ。レリエさんもステーキ自体は学校近くのお店とかで食べてたけど、あっちは量を重視したものに対してこっちは質に拘ってるからねー。
焼き加減の絶妙さもさすがブランドンさん、完璧だった。そりゃー彼女も感動のあまり絶句するよねー。
さておきもうそろそろお昼すぎだ、僕達は席を立った。
このあとはサクラさんのお家に行って新世界旅団のミーティングをして解散だ。向こうは向こうで例によってシアンさんの訓練に精を出してるみたいだし、お互い様の進捗確認ってところかなー。
近々メルルーク教授のラボラトリーに殴り込みをかけるから、その辺の日程調整もしなきゃいけないしねー。
そういうわけでお金をしっかり払って僕らは、ステーキハウスを出たのだ。
「また来てくれよな! 杭打ちにレリエの嬢ちゃん!!」
「ごちそうさまー」
「ありがとうございます、ごちそうさまでした!」
ブランドンさんにも見送られて外へ出る。すでにマントと帽子を装着している"杭打ち"スタイルの僕はまた、外に置いてあった杭打ちくんを背負ってレリエさんと二人、歩き出す。
──と、そんな時だ。向こうから見知った面々が来て、僕は思わず立ち止まった。
「あー腹減ったー、ビフテキ食うぜビフテキ……おっ? 杭打ち?」
「えっ、杭打ちさん?」
「ピェッ!? く、くくく、くいうちしゃん!?」
「……君達は」
若い男一人に女性が二人。あとよく似た顔の子供も二人の計5人。
こないだ知り合ったパーティーだ。アレンくんにノノさん、マナちゃん。そしてヤミくんヒカリちゃん。
5人とも僕を見て驚いている。特にヤミくんなんか目を丸くして、わざわざ僕のところまで駆け寄ってくるよー。言ったらアレだけど子犬みたいでかわいいねー。
「杭打ちさん! 奇遇だねこんなところで、冒険帰り?」
「……まあ、そんなとこかな。ヤミくん達も冒険帰りにお昼ごはん?」
「うん! 僕とヒカリの訓練も兼ねて、地下3階をうろうろしてたよ」
「そっか」
頭を撫でながら話すと、ヤミくんは目を細めてくすぐったそうに僕に抱きついてくる。
なんかえらく懐かれたよー、妹にあたるヒカリちゃんが微笑ましそうにしてるのがなんか、普段と形勢逆転って感じだねー。
と、レリエさんが微かに驚きの気配を見せているのに気づく。見れば双子を見て、息を呑んでるみたいだ。
これは……知ってるんだろうねー、この子達のこと。そう、ヤミくんとヒカリちゃんもレリエさんと同様、古代文明から来た双子だからね。
戸惑う彼女に、ヤミくんとヒカリちゃんも反応した。
「…………? あれ、そっちの女の人、どこかで見た気が」
「ホントだ……あれ、え? 嘘、なんか、眠りにつく前に見た? え?」
「やっぱり……なのね。この子達も、私と同じ」
なるほど、双子のほうも薄っすらながら覚えはあり、か。こうなると今はいないけどマーテルさんもこの3人を覚えている可能性があるねー。
今頃何してるんだろうね、オーランドくんとマーテルさん。精々イチャイチャしながらの青春旅行してるんだろうけど、国の出しゃばりさえなければ4人みんな、古代文明人がこの町で集結してたんだろう。惜しいねー。
「……紹介するよ。こちらは君達と同じ境遇のレリエさん。この前眠りから覚めた、過去からの使者だよ」
「僕らと同じ……!」
「あのマーテルって女の人も併せて、これで4人目……」
つくづく残念だなーって思いつつも、アレンくん達にレリエさんを紹介する。古代文明人同士のファーストコンタクトだ、間違いなく大切な機会だよー。ここ道端だけどー。
双子は息を呑んでレリエさんを見るし、レリエさんも興味深げに双子を見ている。お互いはるかな過去から時を超えてやってきた者同士、何か感じ合うところがあるのかな?
一方で興奮に身を焦がすのがアレンくんだ。僕と同じでオカルト雑誌に傾倒するオカルトマニアだからねー、古代文明人が初対面したこの瞬間は、まさしく感動者の光景だよー。
「おいおい……! こないだのマーテルって子からこっち、また一人現れたってのか! どうなってんだよこんな矢継ぎ早に、何か運命的なものを感じるぜ……!!」
「アレン的にはものすごく好きそうな展開よね……っていうか杭打ちさんと一緒にいるってことは、こちらの方はあなたの保護下にいるってわけ?」
ノノさんが尋ねてくる。彼女やマナさんはあまり興味がないというか、そこまでのめり込んでもないみたいだ。たぶんアレンくんを追っかける形で冒険者やってるんだろう。
いいなー、僕も欲しいよおっかけー。いいなー! 内心でオーランドくんにも負けないイケメンさんのアレンくんに嫉妬しつつも、僕は頷いて答えた。
「そうなるね……冒険者登録も済ませてある。パーティーは僕と同じく、新世界旅団」
「ぴぇぇ……じ、ジンダイさんと杭打ちしゃんを抱えるエーデルライトさんが、さらに古代文明人まで……」
「かーっ! 燃えるぜ、まだギルドには登録してないんだよな新世界旅団! 本格的に発足されたらどんなパーティーになるのか、超! 楽しみだぜ!!」
マナさんが相変わらずピーピー鳴く隣で、アレンくんがなんか燃えてるー。
新世界旅団にやたら期待してるみたいだ。まあ発足までには大分時間がかかるだろうから、気長に待ってほしいよー。
思わぬ道端での古代文明人同士の初遭遇。本当はもっとロマン溢れる感じのシチュエーションやタイミングで行われるべきなんじゃなかったのかなーと一人、微妙な面持ちになりつつも僕とレリエ産はその場をあとにしたよー。
アレンくん達はこのあと商店街にあるレストランに行くみたいだ。なんでもヒカリちゃんがその店を好んでいるとのことらしい。
てっきりブランドン・ステーキハウスに行くのかと思ったけどよくよく考えるとあのお店、成り立ての冒険者にはお高いからね。
僕だってまだまだDランクだけれど、そこはほらゴールドドラゴン絡みの依頼が現状、僕にしか請け負えない特別依頼だからしこたま儲けさせてもらっているよー。
やっぱり持つべきは金払いのいい顧客だねー。なんてことを考えながらギルドに到着。
いつものギルドの受付嬢リリーさんに報告がてら、世間話ってわけじゃないけど途中で寄った孤児院で会った"戦慄の群狼"のメンバー、ミシェルさんについて話す。
「────というわけで近々、リューゼが一団を率いてこの国のこの町にやって来るってさ。いやー賑やかになるねー」
「とんでもないことをサラリと言うわね……今や世界最高峰の冒険者なのよ、彼女も……」
さっそくリューゼ率いる本隊が来るよーって話をしたら、リリーさんってば案の定頭を抱えちゃった。そりゃそうだよねー。
元調査戦隊メンバー、とりわけレジェンダリーセブンの七人は今や世界に大きな影響をもたらしているって言われているほどにいろんな種類の力を持っている。
政治にせよ、軍事にせよ、あるいは個人の戦力にせよ率いるパーティーの規模にせよ──一挙手一投足がすっかり注目の的になっちゃってるくらいに、様々な意味で重要な存在なわけだねー。
そんなレジェンダリーセブンの一人がエウリデに戻ってくる。それも自らが率いるパーティーを引き連れて、腰を落ち着けるっていうんだ。
当事者国はもちろん、直接関係してない国だっててんやわんやかもしれないよー。これから渦中に突入するだろうこの町の冒険者ギルドとしては、頭を抱えるしかない重大事項なんだろうねー。
みたいなことをリリーさんと二人、つらつら喋っているとレリエさんが純真無垢に、感心した様子でつぶやいた。
「そうなんだぁ。ソウマくんの古馴染みはそういうの多いのね、世界最高とか最強格とか」
「そもそもソウマくん自身が世界5本の指に入る冒険者だもの。見た目はかわいいし、言動はこんなだけど」
「どんなのー?」
見た目がかわいいは余計だよー? と軽口はおいておくにしても、僕の知り合いがやたらすごい感じになってる人ばかりなのは自覚があるよ。
こればっかりは仕方ないよねー。調査戦隊の、特に中枢メンバーの実力と功績はどこの誰が見ても疑いようのないものだし。
そのメンバー達とつるんでた僕だから、どうしても知り合いに化物だらけってことになっちゃうんだねー。
「……とりあえずリューゼリアさんの件についてはギルド長に報告して対応を決めるわ。どのみち彼女に指図するなんて誰にもできないけれど、交渉次第である程度、こちらにも利があるように動いてもらえる可能性もあるしね」
「先に言っとくけど僕を交渉のカードに使うのは止めてねー。昔ならともかく今のリューゼが僕のこと、憎んでないとも限らないから話が拗れるよー」
リリーさんに、というかリリーさんを通じてこの話を知ることになるベルアニーギルド長に釘を差しておく。僕は調査戦隊解散を招いたってことで、元メンバーからは多分嫌われてるからね。
だからたとえば交渉の場に僕を呼び出しでもしたら、下手したらその場で殺し合いだよー。僕だって好きで抜けたわけじゃないから悪いけど抵抗するし、そうなると間違いなく街の一角は消滅しちゃうよー。
そう言うとレリエさんは痛ましげに僕を見るし、リリーさんは目を閉じて悼むように黙り込む。深刻そうだけど、もう全部終わったことだからね、3年前に。
今の僕には新世界旅団がある。だからそんな気の毒げにしてもらわなくてもいいんだけどなー。この人達、美人な上に優しいんだよねー。
しばしの沈黙のあと、リリーさんが肩をすくめて言う。
「レジェンダリーセブンの7人に限って、エウリデを憎みこそすれあなたを憎むなんてないとは思うけど……まあ分かったわ、考慮しとく」
「どうもー。でも向こうが僕を要求してきたらそれには応じるよ。まあいろいろ、募る話もあるかもだし」
「リューゼリアさんが来たら言っておくわ、ソウマくん」
その言葉に頷いて、僕とレリエさんは席を立つ。報告も終わったし報酬ももらえたし、ギルドにいる意味はもう薄いねー。
リリーさんと長々談笑ってのも悪くないんだけれど、新世界旅団のミーティングもあるしね。
帰りましょうかー。
「じゃ、また来まーす」
「お邪魔しましたー」
「はい、お疲れ様。またいつでも来てね、二人とも」
最後にお互い、手を振ってサヨナラする。はー、今日もお仕事終わりだよー。
お疲れ様ーって二人、労いあいつつも僕らはギルドからサクラさんの家に向けて移動するのだった。
ギルドからサクラさんの家までは徒歩で大体30分もかからない。普通に歩いてたらいつの間にかたどり着けるような住宅区で、すぐ近くに僕の家もある。
これが僕の家に帰るって場合、わざわざ遠方のスラムにまで行って涸れ井戸に入って旧地下水道を通り、僕が拵えた秘密基地を経由して帰らないと行けないから大変だよー。
「なんでそんな遠回りを……そうまでして隠さなきゃいけないのかしら、正体」
「絶対に厄介事が起きるからねー。第一総合学園の一年生が"杭打ち"だったなんて、下手すると周辺にも迷惑かかっちゃうし」
どうしようもない時はもう、開き直るしかないかなーって程度の気持ちだけれど。それでも普段から僕の正体がバレないようにはしておきたい気持ちもたしかにある。
国やら貴族やら冒険者やらマスコミやら、うっさいのが多いからね。そういうのに周囲の人を巻き込むのはよくないし。
ま、正体を明かすのは学園を卒業してから、つまりは2年後かなー?
卒業と同時に成人するので、そのタイミングで僕もマントと帽子を脱ぎ捨てようかとは思ってるよ。だからそれまで、変な事件に巻き込まれないことを祈るばかりだよー。もう巻き込まれてる気もするけどー。
「……到着ー」
「はい、お疲れ様。サクラにシアン、もう帰ってきてるみたいね」
話をしているうちにサクラさんのお家に到着ー。僕の家と大差ない二階建ての一軒家に、勝手知ったるとばかりにレリエさんが入っていく。
すでにサクラさんとシアンさんは帰ってきているみたいだ、ドアは施錠されていない。なんなら玄関を開けた時点で居間のほうから声が聞こえてきたんだもの、ドロボーさんじゃないならサクラさんなりシアンさんがいるに決まってるよねー。
「おかえりーでごーざござー」
「ただいまー」
住み慣れてないだろうにやり取りはすでに熟れた感さえある、サクラさんとレリエさんの会話。
玄関口で靴を脱いで居間に向かうと、広々とした空間にソファとテーブル、あとデスクが置かれてあって仕事場も兼ねている雰囲気がするね。
僕の家の居間なんかテーブルと椅子と、後は適当なインテリアばかりで雑多な感じになっちゃってるし、質実剛健って感じの見た目なこの部屋はなんだか性格を感じるよー。
「戻りましたね。お疲れ様ですソウマくん、レリエ」
「おつかれでござるー。市街清掃大義にござったねー」
部屋に入るとシアンさん、サクラさんの二人がねぎらいの言葉をかけてくれる。それに頷いて僕とレリエさんはテーブルの椅子に座り、人心地つけた。
ソファにはサクラさんが、デスクにはシアンさんが座っている。客人のはずのシアンさんがいかにも家の主ですって感じでデスクに座ってるのは、新世界旅団の団長だからってことでサクラさんが強く推してのことだった。
なんでもヒノモトだと、上座に一番偉い人間が座るものだというマナーがあるようで。少なくともエウリデの、それも冒険者の中ではあんまりない風習なんだけど上下関係を明確に可視化するって意味ではまあ有効なのかなーとは思う。
というわけでシアンさんも最初は渋っていたものの、半ば押し切られる形でデスクが定位置になっているわけだねー。
本人は未だに座りが悪いのか、ちょっと気まずそうにしてるのがかわいいよー。
「戻りましたー。いやあ、なんかいろいろ珍しいことが起きちゃいましたよー」
「ソウマくんは今日も大活躍だったわよ、シアン」
「そうなの? こちらはいつもどおりと言っていいのか……相変わらずいなされっぱなしの訓練だったわ」
「始まったばっかでござるからねー。これからこれからーでござるー」
肩を落としてガックリって感じのシアンさんをケラケラ笑って励ますサクラさん。どうやら今日もバッチリ、ヒノモト流の特訓をしたみたいだ。
さすがに実力差が違いすぎるし、シアンさんが今やってる走り込みや打ち込みの訓練を終えて次のステップに向かうまでには結構な時間がかかるかもねー。
明らかに現段階では基礎を作り込んでいる様子だし、ここはしっかりと鍛え抜いてもらいたいよー。
今の頑張りは必ずいつか、遠い未来にシアンさんの強さを支える強靭な屋台骨になってくれるはずだから、ね。
「どんな実力者も結局のところ、最後に物を言うのは土台の体力と基礎技術だからねー。逆にここさえしっかりできてればシアンさんは、今後どんなスタイルの冒険者を志したところで問題なく切り換えるよ」
「つまりは応用に至る前の、基本をまず極めろ……ということですよね? ソウマくん。サクラにも言われているのですが、どうしてもなかなか焦ってしまって」
「その焦りを鎮めつつ、ひたすら己の研鑽に励めるメンタルを作り上げるのもこの特訓の目的の一つでござるよー。精進精進、でござるー」
身体を鍛え、経験を積ませ技術を高めさせるのみならず精神面を強くするためにも。
サクラさんが楽しげに笑ったように、シアンさんの精進はこれからかなーり続きそうだったよー。
さておき今日あったことをザクッと話すよー。メインはやっぱりミシェルさんのことだねー。
レジェンダリーセブンが一人、リューゼが率いる"戦慄の群狼"の一員で、近々本拠地をこの町に置くらしいってことで偵察がてらやってきた彼女の模擬戦に付き合ったって話をしたら、シアンさんもサクラさんも興味津々に僕を見てくる。
「戦慄の冒険令嬢……リューゼリア・ラウドプラウズ! ついにレジェンダリーセブンの一角がこの町に帰還するのですね」
「ワカバ姫からいくらか話は聞いてるでござるよ、迷宮攻略法でもない何やら面妖な力を使う女傑だとか。調査戦隊の中でもとりわけ強かったと言っていたでござるが……」
リューゼっていうか、世界各地に散らばって今やエウリデには一人もいないレジェンダリーセブンが戻ってくるってところに食いつくシアンさん。
話を聞くに5年前、この人に僕の本名をわざわざバラしたのがあいつみたいだし面識はあるんだよね、一応。向こうはたぶん忘れてるだろうけどさ、興味ないことには一切記憶力が働かない脳みそしてるし。
一方でサクラさんは案の定っていうかなー、まずもって強さが気になってるみたいだ、さすがはヒノモトの冒険者。
ワカバ姉からも話を聞いてるみたいだね、たしかにリューゼは独自の特殊能力をもってるよ。迷宮攻略法みたいな人間の修練で身につけられるものじゃない、どちらかというとプリーストの法術に近しい天然の才能をね。
サクラさんのつぶやきに反応して教える。
「それは間違いないね、保証するよー。リューゼは調査戦隊でも5番目に強い冒険者だった。少なくとも解散時点ではワカバ姉より強かったよー」
「とんでもないでござるなー……姫は拙者をはるかに超えて、押しも押されもせぬヒノモト最強の冒険者でござるのに。それでも調査戦隊の中じゃ五指にも入れなかったんでござるなあ……」
「まあ……世界中から癖の強い人が集まってたからねー」
微妙な面持ちの彼女に、気休め程度だけどフォローしておく。ワカバ姉だってリューゼに近いレベルの実力者だったんだよー? ただまあ、3年前の時点だとちょっと差はあったのもたしかだねー。
僕、レイア、ミストルティン、ガルドサキス、そしてリューゼリア。上からこの順で固定されてたところはあるね、当時の調査戦隊は。少なくとも僕とレイアの二人は完全に不動の同率一位だったはずだよ、迷宮攻略法を獲得する前も後も。
でもあれから3年経って、リューゼももっと強くなってるはずなんだ。そうなると序列も当然変わってるだろう。たぶん鉢合わせたらそのまま戦闘になるだろうし、その時は3年前のリューゼを相手にする感じでいると負けちゃうかもねー。
そうかー、もうじきまた見ることになるのかーあのオッドアイが淡く煌めく幻想的なシーンを。金色と青色で左右それぞれ瞳の色が違う、美しい彼女の両目を幻視する。
「リューゼ……かぁ。ひさしぶりだよ、なんか懐かしいなー」
「…………ソウマくん。かつての仲間についてはさておき、そろそろメルルーク教授の件についてお話しませんか?」
「ん……と、そうですねー? とりあえずそっちが先でしょうしねー」
懐かしんでいると、なんかシアンさんが唇を尖らせてじっとりした目を僕に向けて提案してきた。メルルーク教授──元調査戦隊メンバーのモニカ・メルルークさんだ──について、リンダ先輩にありもしないデマを吹き込んだ疑惑が立っているからその件についての話だね。
いつ来るかも分からないリューゼを気にするよりはこっちのが先だよね。気持ちを切り替えていると、言い出したシアンさんにサクラさん、レリエさんが呆れた声をあげていた。
「団長……意外に縛りたい派でござる?」
「! い、いえ!? そんなことないわよ、サクラ!」
「フォルダ別保存と上書き保存の差、かしら? 数万年経っても、女の子は女の子ってわけね」
「なんの話かしら、レリエ!?」
指摘を受けてすぐさま頬を染め、あからさまにうろたえるシアンさん。なんだろう、珍しくってかわいいよー?
なんの話してるんだか分かんないけど、僕も混ぜてほしいよー。女子3人の息の合ったやりとり、僕も混ざりたいなー。
「ねーねーなんの話ー? 僕も混ぜてよー」
「いいでござるよー。あのねシアンってば、せっかく自分の──」
「サクラストップー! それ以上はダメですー!」
「えー」
「えー? でござござー」
直球で頼んだら意外とサクラさんの口が軽いよー。シアンさんが慌てて止めたけど、僕としては聞きたかったなー。
隣でレリエさんがクスクス笑う。少なくともそんな深刻な話じゃなさそうだし、軽い世間話なのかな。
ともあれストップ食らっちゃったし、僕は肩を落としつつも教授への聞き取り調査の段取りについて話すことにしたよー。
冒険者"杭打ち"がマーテルさんを国に引き渡し、庇ったオーランドくんを拉致してスラムにて監禁している──なんて、質の悪いデタラメをリンダ先輩と生徒会の二人に吹き込んだらしいモニカ・メルルーク教授。
おそらく兄貴のガルシア・メルルークのほうが下手人なんだろうとは個人的に睨んでいるんだけれど、現時点ではなんとも言えない。
モニカ教授だって何かしら目的があればこのくらいのことは普通にやるし、僕だって誰に何をされてもおかしくないくらいにはあちこちに火種を抱えてるからねー。
さしあたりメルルーク兄妹が怪しいってことで、とりあえず話を伺いたいってのが当面の、僕ら新世界旅団の方針だった。
「教授は平日は総合学園内の実験室に籠もってますけど、休日や祝日になると自宅のラボラトリーで研究活動を行ってます。今は夏休みですし、大概の場合は自宅にいるでしょうねー」
「自宅もすでに調査済みで、第二総合学園──貴族園のすぐ近くにある高級住宅区にあるわね。平民で冒険者が居を構えるなんて異例と言えるでしょう」
「貴族園……あー、いけすかないボンボンどもの学び舎にござるな」
シアンさんのほう、つまりはエーデルライト家でも調査はしていたみたいで、教授の自宅まで特定済みだ。まあ有名だし、調査ってほどのことでもないかもしれない。
第二総合学園という、僕が通う第一総合学園の姉妹校がある。身分問わず入れる第一に比べて貴族身分しか入れないブルジョワ校なんだけど、そこの近くにある貴族街に彼女の家はあるわけだよー。
本来なら平民がそんなところに家建てて住み着くなんてありえないことだけど、いかんせんメルルーク教授はエウリデのみならず世界の至宝とまで言われる天才だからね。
化学、生物学、考古学、医学、哲学、文学、数学、天体学その他諸々の分野で他の追随を許さない功績をあげ続けている、正真正銘の天才ってことでぶっちゃけ、下手な王族よりも重要人物扱いされているほどだ。
そんな彼女だからこそ特別に、貴族街に住むことも許されているってことだろう。下手に扱ってじゃあエウリデから去りまーすとかってなったら大惨事だしね。
ただでさえ各国手ぐすね引いて教授を引き抜こうとしてるんだし、何よりエウリデ自身が調査戦隊絡みで特大の大ポカをやらかしてるからねー。
同じ轍は踏みたくないってんで、教授の囲い込みには必死みたいだよ。
「そんな教授のお家には僕も週一で通ってるし、リンダ先輩のことがなくても元々、明日あたり行こうかなーって思ってたからちょうどいいねー。それじゃ予定通り、みんなで行きましょうか教授のお家ー」
「そうですね……ただ、ふと気になったのですが杭打機のメンテナンスが絡むことなら私達がお邪魔しても良いのでしょうか? 日をずらして伺ったほうがその、ソウマくんとメルルーク教授の関係に影響が薄いのでは?」
「え。いや別にいいですよ、そんなのー」
変に気を使ってきたシアンさんに普通に返す。そもそも今回は完全に僕らが被害者なんだから、被疑者の教授にそこまで配慮する必要なんてないんだよねー。
なんならシアンさんこそ即日、ブチギレてエーデルライト家の貴族としての威光をもってラボラトリーにカチコミかけてたっておかしくないくらい問答無用の被害者だもの。僕に優しくしてくれてすっごく嬉しいけど、そこは気にしないでほしいよー。
それに、僕と教授の関係性についてはこのくらいのことでは揺るがない程度には繋がりがあるからね。
冒険者"杭打ち"だけが持つ、メルルーク教授との特殊な因縁について説明する。
「杭打ちくん関係についてはプライベートっていうより、お互いの利害が一致しているからやってるある意味、お仕事ですしー」
「利害、でござるか?」
「そーそー。っていうのも元々、杭打ちくんは僕が使ってた廃材の杭に目をつけた彼女が自分の欲求だけで造った武器でねー?」
僕と教授の、ある意味馴れ初めって言えるエピソードをみんなに話す。それは遡れば調査戦隊に入る前から始まってたと言えるかもしれない。
まだ孤児院にいた頃、僕は少しでも孤児院の経営が楽になればと思って冒険者でもないのに一人、勝手に迷宮に潜っていた。
モンスターの素材とかがスラムの闇商売で取引されてるのを知って、誰にも内緒で当時最深部に近かった地下15階あたりで戦い続けていたんだよー。
その際、院長先生から人間としての教育を施してもらったことから僕は、人間らしく道具を使うようになっていた。
スラムに転がっていた巨大な杭を素手で握りしめ、モンスターに叩き込んで串刺しにする戦法を取っていたんだ。冒険者"杭打ち"の前身とも言える、初代杭打ちくんの活躍だねー。
「えー、つまりなんでござる? 一桁歳の頃から杭持って迷宮彷徨いてたんでござるか? マジでござる?」
「10歳で冒険者登録からの調査戦隊入りを果たしたのも無茶苦茶だけど……もっと幼い頃からモグリで活動していたなんて。さすがと言うべきかなんというか」
「いやー、あははー……もっと言うとそもそも、迷宮で生まれて迷宮で育ったみたいなもんだからねー」
我ながら荒唐無稽だなーって思うエピソードに、シアンさんもサクラさんも唖然としている。
けど、昼間レリエさんに語ったように元からして僕ってば、人生のほぼすべての時期で迷宮と関わってるからね。
いい機会だし二人にも話しとこうかな。
人間なんだかモンスターなんだか分からない、ソウマ・グンダリと呼ばれる前のケダモノの話を、ねー。
「つまり……で、ござるよ? ソウマ殿は8歳頃まで迷宮の地下深くにて生まれ育ち、たった一人モンスターの血肉を喰らい啜って生き延びてきた」
「うん」
「そうしながらも地上を目指し、そうして辿り着いた外界にて孤児院に拾われ……2年間人としての教育を受け、大迷宮深層調査戦隊にスカウトされて冒険者"杭打ち"になったと。そういうことでござるね?」
「そーだよー」
丁寧に念押しをするサクラさんに軽い調子で頷く。話を前もって聞いていたレリエさんはともかく、彼女もシアンさんも深刻な顔をして僕の生い立ちについての説明を聞いていた。
新世界旅団メンバーとして深く関わっていく以上、さっさと話しておかないといけない類の話だったことは間違いない。渋くってカッコいい"杭打ち"ことソウマ・グンダリが、実は化物さながらな生まれ育ちをしていたってのを忌み嫌う人達だって、そりゃいるだろうしねー。
なんなら貴族のシアンさんとか、これ聞いたら僕との関係を見直すんじゃないかって正直不安だったけど……
新世界旅団の構築に現状、僕という存在は必要不可欠だから早々切り捨てたりはできないはずだ。そういう打算ももちろん込みで、でもやっぱり不安と恐怖をないまぜにした胸中のまま、すべてを明るみにしたわけだ。
気になる二人の反応は、それぞれ特徴的なものだった。
「…………私にはもはや、想像もつかないほどの境遇ですね。なんと言えば良いのかさえ分かりませんが、その、大変だったのですね、ソウマくん」
「下手すると生まれた時からモンスター相手に戦って勝って生き延びてきたんでござろー? そりゃ拙者やシミラ卿が束になっても敵わねーはずでござるよー! 戦闘歴15年、拙者どころかヒノモトのベテランさえ超えてるとかそんなの詐欺でござる、詐欺でござる!!」
「ひどいよー!?」
同情を示してくれるシアンさんは、やっぱり優しくて素敵な人だよー。好きー。
でもサクラさん、詐欺呼ばわりはやめてほしいよー。勝手にそっちが子供だって侮ってただけじゃないかー! プンスカしてるヒノモト美人のおねーさんに、僕だって若干プンスカだ。
ていうか、二人ともそんなに悪い印象は抱いてないんだね……レリエさんと同じく、どちらかというと僕に寄り添うような感じでいてくれている。
そのことが嬉しいながらも意外で、僕はついつい、問いかける。
「あ、あの……気持ち悪いとか思わないんだ? モンスターを食べて迷宮で育った、この僕のこと」
「馬鹿にしないでください。わざわざ進んでモンスターを喰らいに行くような偏食家ならともかく、あなたはどう考えてもそうせざるを得ないからそうしたのではないですか。他にどうしようもなかったあなたを、誰がなんの権限でどんな理由で非難できましょうか。非難する者こそ、私にとっては悍ましい生き物です」
ムッとしたようにシアンさんが反論してくる。僕に疑われているっぽいのを察して、心外だとばかりに言い放つ。
そこには嘘偽りない本音がありありと表に出ている。そうだよ、この人はそもそもスラム出身者に対しても分け隔てなく接してくれる女神様なんだ……僕の生まれ育ちにしたって、そんなことで今の僕を否定なんてするはずなかったんだ。
エーデルライト家の教育だろうか、こんなに尊敬できる貴族なんて初めてだよー。
感動して思わず目が潤む。そんな僕に、続けてサクラさんも言葉をかけてくれた。
「拙者的にはむしろ、尊敬の念すら湧くでござるなー。ヒノモトも生まれた時から戦士たれって気風でござるが、マジで生まれた時から戦士な環境なんてありえねーでござるしねー。ソウマ殿の強さの秘密というか、天才っぷりを再確認したってくらいでござるよ」
「実際はともかく、そんな気風のヒノモトも大概だと思うよー……」
生まれた時から戦士たれ、なんて恐ろしい気風もあったもんだよー。僕の場合はそうしないと死ぬからってだけなのに、国家の理念レベルで理性的にそういう思想を掲げてるヒノモトはやっぱり恐ろしいねー。
でも、サクラさんが僕を慰めてくれているのは十分に伝わるよ。ヒノモトの理念を結果的に体現したことへの敬意とかは微妙な反応をせざるを得ないけど、純粋な気遣いに対してはやはり、感動と感謝しか抱かない。
「ありがとうございます……本当にありがとう。僕を、人間だって言ってくれて」
「当たり前のことに感謝なんてしないでください。あなたは言うまでもなく人間で、冒険者で、そして私達のかけがえのない仲間です」
「人間、生まれて生きてりゃ死ぬまで何かしら抱えるもんでござる。拙者だってそれなりにいろいろ背負ってるんでござるから、つまりはお互い様でござるよ」
「ソウマくん……私にあなた達がいてくれるように、あなたにも私達がいるのよ。私達は新世界旅団、もうファミリーみたいなものだと思うわ」
心の底からありがとうを告げる僕を、仲間達が次々抱きしめたり撫でたりしてくれる。
調査戦隊解散後はもう二度と、手に入らないと思っていた温もりだ……本当にありがたいよー。
僕もそっと、感謝とともに彼女達を抱きしめ返した。