警戒を一切解かないのは、目の前の三人組が未だに人攫いではないのかという可能性を捨てきれないのともう一つ。それはそれとして瓜二つの子供二人が本当に、人間なのかどうかが疑わしくもあるからだ。
いるんだよね、たまに。人間の姿に擬態してくるモンスターってやつが。迷宮の地下10階あたりに多くて、初心者を脱した冒険者にとっての最初の難関だなんて扱いをされがちなやつらだ。
「…………」
「ヒカリ、私達警戒されてるね、杭打ちの人に」
「そうだね、ヤミ。どうしたら信じてもらえるかな、僕達の身の上を」
そういうモンスターの擬態は大体、どことなく違和感があるものだけどこの双子……双子? にはそうしたものが感じられない。パッと見てもジックリ見ても完全に人間の子供だ。
そもそもこの階層にそんな、擬態するモンスターがいるなんて話は聞いたことないし。となるとやはりこの子達は人間で、三人組が掻っ攫って来たって話になるかもだけど。
「ちょ、ちょっとヤバいわよ……! 杭打ちめっちゃ怖いじゃん、ていうかなんであんなに強いのよ、Dランクが!」
「き、聞いたことがある。杭打ちは実はまだ子供で、年齢的な問題からDランクなだけで実力自体はSランクにも引けを取らないとかなんとか。そん時はまたまたァーって笑ってたけど、ま、まさかマジとは」
「命ばかりは、命ばかりはァァァ……ぐしゅぐしゅ、ぴぇぇぇ……」
ビビり倒してるツインテールの可愛い女の子に、密着されてひそひそ話してるすっごい羨ましい爽やかイケメンくん。そしてさっきからひたすら泣いて許しを請うている小柄な女の子。
なんとも賑やかというか、ついさっきまで危機的状況だったって自覚あるのかなーって思っちゃうほどに脳天気な彼や彼女達が、わざわざ子供を攫ってこんなところに来る理由も薄い。
それこそ面白半分、虐待目的とかなら話は別だけど……他ならぬ子供達の証言もあるし、何より自分達も死にかねないところでそんなことするはずもないか。
彼らの様子を見て、ある程度信用はできると思って僕は杭打機を下ろした。とはいえいつでも殴り殺せるように、最低限の構えはしてるけど。
ともかく落ち着いて事情を聞く必要がある。
僕は仕方なし、彼らに話しかけた。
「…………話を聞きたい。説明できる人、いる?」
「!? 杭打ちの声、若っ!?」
「こ、子供の声……マジで未成年だったりするのか、杭打ち!?」
「ぐしゅぐしゅ……巷で流れてる杭打ちさん美少女説はホントでしゅかぁ……?」
ひとまず事情を聴こうと口を開いたらこれだよ、僕の話なんて今はどうでもいいでしょうに。
そして何さ美少女説って、初めて聞いたんだけど。帽子とマントに覆われた僕の本体はいつからミステリアスな美少女になったんだろうか、僕は男だよ!
少なくともこの三人は今は駄目だ、気が動転してるのか話になりそうもない。
どうしたもんかと考えて、僕は先にヒカリ、ヤミと互いを呼び合っていた子達に話しかけた。
「……説明できる?」
「あー、僕ら視点からの話でなら。お兄さん達の事情はそれこそ知らないよ、さっき出くわしたばかりなんだから」
「それでいい……そっちの三人も、後で話は聞く」
「は、はひぃっ!!」
三人組とは打って変わって大変落ち着き払った様子の双子。まずはこちらから話を聞いて、それから冒険者達の話を聞いたほうがいいだろう。
一つ頷いて促すと、ヒカリと呼ばれた子供が話し始めた。ヤミと呼ばれているほうもだけど幼いからか、中性的で男の子か女の子かも判然としないなあ。来ている服も、なんだかこの辺じゃあまり見ない小綺麗なローブだし。
「まず、自己紹介からさせてほしい……僕はヤミ。こっちはヒカリ。二卵性双生児のいわゆる双子で、珍しいことに二卵性なのに瓜二つなのが自慢でもありコンプレックスでもあるよ。序列を言うなら僕は弟、彼女は姉となるね」
「私が妹でヤミがお兄ちゃんなほうが合ってると思うんだけどね。頼り甲斐とか、頭のよさとかさ」
「小賢しいだけの子供だよ、僕も。実際、さっきまでの状況には普通に途方に暮れてたしね。あ、ちなみに10歳だよ、よろしくね杭打ちさん」
ハハハと笑うヤミくんにヒカリちゃんが唇を尖らせる。実に仲のいい双子って感じだ。ニランセーソーセージ? なんかよくわかんないけど難しそうなこと知ってる子だねー。
そして僕の見立てどおり、10歳だったことにまたしても疑問が沸き起こる。そんな子供がこんなところで何をしていたんだ? 本当に。
僕だけでなく三人組の冒険者達も唖然と、というか戸惑ったように双子を見ている。
そうした視線を受け、ヒカリちゃんはヤミくんの後ろ背に隠れ、ヤミくんはそんなヒカリちゃんに苦笑しつつも肩をすくめた。
なるほど、これは兄妹だ。納得する僕に、彼はさらに言った。
「さて、そんな僕ら双子なんだけれどね……元はこの迷宮内でコールドスリープ、ええと長い眠りについていたんだ。どれくらいかは分からないけど、本当に長い期間をね。ね、ヒカリ」
「う、うん……眠りにつく前のことも、もうほとんど何も思い出せないくらい長かったみたい」
「…………それは、まさか」
記憶喪失……?
今度こそ呆然と、双子を見やる。飄々としつつもどこか、不安げに二人の瞳が揺れていた。
気づいた時には、双子のヤミくんとヒカリちゃんはこの迷宮地下86階のとある部屋の中、棺にも似た鉄の箱の中に入っていたらしい。
僕もその部屋には足を踏み入れたことがあるから分かる。床も壁も硬い赤い土、不思議とどこからか光が放たれて決して暗くもないフロアの中で唯一、人工的な鉄の壁で他と区別されていた地点だ。
「強引にぶち抜いて進入した記憶はある……3年前に。頑丈そうな箱が並んでた」
「無茶苦茶だね、杭打ちさん……記憶はないけど知識はあるから言えるんだけど、あの壁ははるか昔の世界にあっても極めて硬くて頑丈な材質でできていたんだ。それをまさか、ぶち抜くって」
「ああ、道理で……」
あんまり硬かったから、先代の杭打機が壊れちゃって大変だったよー。
思い出すのは"杭打ちくん2号"ご臨終の瞬間だ。あんまり硬くて頑丈な壁だったから、もうゴリ押しちゃえと無理くり、何度も何十発も杭を叩き込んでやったんだ。
当時一緒に迷宮に潜ってた人達に心底馬鹿を見る目で見られてた気がするなー。今頃何してるかなみんな、何人かは今でもこの町にいるんだけどねー。
それはさておき。まあそんなわけで僕も一応存在は知っていた部屋の、安置されていた箱の中から双子は起き上がり、這い出てきたのだとか。
すごい長いこと眠っていたらしいけど、別に二人はモンスターとかではない普通の人間だそうで。なんでも超大昔にあった国の技術は、そういう冬眠みたいなことをさせてしまえるくらいすごいものだったらしい。
マジかー、ちょっと滾ってきたー。
超古代文明とかめっちゃ好物だよー。冒険者になってお金を稼ぐようになって初めて買った雑誌がその手の雑誌でその名も"ミステリアスワールド"なんだよー。
今でも定期購読してるんだよー!!
「嘘だろ、俺の大好きなオカルト雑誌"ミステリアスワールド"のネタじゃんか……実在したのか、メルトルーデシア神聖キングダム!!」
「……………………!!」
「そーいうの良いからちょっと黙ってて。与太話とたまたま一致しそうな部分があるからってはしゃがないの」
「えー。いいじゃんちょっとくらい」
「……………………」
えー。いいじゃんちょっとくらいー。
っていうか三人組の男の人、同好の士だったのか! 疑ってごめんなさい、オカルト好きに悪い冒険者はいないんだ。
ぜひとも失われた超古代文明とか、どこかにあると言われている異世界への扉とか、実際にそこからやってきたと噂されている勇者とかいう存在について大いに語りたいところだけど、今はさすがにそんなことしてる場合じゃないよね。
残念だー。あー残念、ホント無念だ。あーあー。
「…………」
「ぴぇっ……杭打ちしゃん、なんか震えてるぅ……?」
傍目にも落ち込んでるのが見て取れてしまったみたいで、さっきからピーピー泣いてる女の子が僕を見てまた、涙目で震えだしてしまった。
シスター服が清楚な感じ、だろうたぶん。今は僕が仕留めたモンスターの血肉を引っ被ってまあ、酷いことになってるから想像するしかないけど、しっかり着こなしている。
おそらくは神官系の冒険者だろう。神への祈りを力に変えて、悪しきものを浄化したり人々の傷を癒やしたりする専門職だね。
小柄だけど出るところは出てる、控え味に見てもかなりの美少女さんだ。こんな状況じゃなければ即座に惚れてしまいそう。かわいいー。
「えーっと、杭打ちさんどうかした?」
「……大丈夫。続けて」
12回目の初恋の予感を、ここ地下86階なんですけどーという現実の過酷さでどうにか抑えていると双子がキョトンとした顔で尋ねてきた。危ない危ない。
リリーさんの言うとおり、めちゃくちゃ惚れっぽいなと自分でも思う。でも仕方ないじゃんこの世は素敵な女の人に溢れかえっているんだもの! と内心反論しながらも僕は、そんな下心はおくびにも出さないで続きを促した。
ヤミくんが、少しばかり戸惑いながらも言う。
「あ、うん。えと……そう、とにかくそういう棺の中で寝てた僕らはつい昨日、目を覚ましたわけなんだけどさ。どうしてこんなところで眠ることになったのか、眠る前に何があったのかとかすべて忘れてしまっていたんだ」
「記憶喪失……おそらくは永く眠っていたことの副作用とは思うんです。残っているかつての知識が、そんな可能性に思い至ってますから」
そもそもなんでこんな、迷宮の奥深くで眠りにつくことになったのか。はるかな昔の超古代文明に一体、何が起きたのか。
その辺の詳しいことを、目が覚めた時には忘れてしまっていたらしい。双子は憂鬱そうに俯き、唇をかみしめてもどかしそうにしている。
知識はある分、まだマシなんだろうけど……自分の来歴が分からないってのは怖いよね。僕もスラム生まれのスラム育ちだから、自分の親とか先祖とかのルーツなんて一つも知らないからちょっと気持ちが分かるかもしれない。
三人組も、気遣わしげな目でヤミくんとヒカリちゃんを見ている。この状況でそういう顔ができるのは、ブラフじゃなければ相当なお人好しに違いないね。冒険者として、なんだかんだと義理人情は大切な要素だから、この人達は今後伸びるかも。
「状況が何も分からないまま、それでも僕達は外に出てみることにした。情報を少しでも集めたかったし、誰か人に出会って保護と救助を求める必要もあったから」
「まさか、えっと迷宮? の地下86階なんて奥深い場所だとは思いもしませんでしたけどね……モンスターがあちこちにいて、必死に身を隠しながらの探索をしていました」
「なるほど! それで彷徨いてたところを俺達がたまたま、通りがかったわけだな」
三人組のイケメン君が、納得したように頷いた。
なるほど……そもそもの状況からして異常なのを除けば、この人達は割とファインプレーをしていたわけだ。モンスターに襲われて、まとめて死にそうになっていたのがアレだけれども。
となると、今度はこの三人の話を聞いたほうがいいね。
僕はまた、彼らに向き直った。
「俺らのほうはマジで、一つも大した話じゃないんだよ。森に迷い込んで見つけた先に、泉と出入口があって」
「なんか大層なこと書いてる看板があったから、何それオモロってなって……」
「わ、私は止めたんでしゅ……なのにお二人が、ちょっと覗くだけってぇ〜……!」
超古代文明からの生き残り、というハチャメチャロマンあふれる身の上っぽい双子兄妹のヤミくんヒカリちゃんに比べて、この三人組の話は本当に大したもんじゃなかった。
偶然見つけた穴に、危険標識があるのを分かった上で、仲間の制止さえ振り切って入って行ったと。言葉にすればこれだけの、なんとも呆れた話である。
「そしたらなんか、めっちゃ深いところまで潜れちゃってさあ! オイオイオイマジかよ~ってなってたら、なんか子供が彷徨いてるの見つけちゃって!」
「やっと見つけた人間ってことで助けを求めたら、モンスターに見つかってまとめて逃げる羽目になっちゃってね。この人達、あんな化物と戦える人間なんてこの世にいるかーってさっさと僕らを抱えて逃げたんだ」
「……………………」
逃げる判断が早いのは偉いけど、そこに至るまでがなあ……内心、割と本気でドン引き。
そもそも看板を無視するなって話だし、仲間の制止を振り切るばかりか巻き込むんじゃないよって話でもあるよね。その結果双子を発見できたのは偶然でしかないし、そもそもこの階層のモンスターに襲われたら君達ごと全滅だったじゃん! ってのもある。
全体的に結果よければ感漂う、なんとも無謀な一連の流れだった。冒険と無謀を履き違えてはいけないなーと、この三人組を見ていると初心を思い出す気分だ。
とはいえ、この人達がいなければ双子は双子で、誰にも出会えないままどこぞかで野垂れ死んでいた可能性だってあるんだ。巡り合せの数奇というか、これも運命ってやつかな?
オカルトー。
「どうにか出入口まで逃げようって、せめてこの子達とうちのプリースト……マナだけはって思ってたんだけど、道を塞がれてもう駄目だ! ってなってたんだよ。そんな時だ、あんたが来てくれたのは」
「ホンットにありがとう! 助かったわ心から感謝してる! アンタは私達の命の恩人よ!」
「そこは私達からもありがとうございます。いましたね、あんな化物でも粉砕できる人間さん」
「……………………どうも」
直球の感謝、照れるー。黒髪ロングの軽装備の女の子、ツンツンというかサバサバしてて美人系だなー。惚れそう。
でもさっきの泣き虫プリースト、マナちゃんだっけ? も合わせてどーせ、イケメンくんに惚れてるんだろうなー。恋の鞘当てとかしちゃってるんだろうなー。僕とかお邪魔虫なんだろーなー。
「……………………」
「どうかした? 杭打ちさん。なんかちょっと、気落ち気味?」
「も、もしかして怪我とかしてます?」
ああああ間男にすらなれないいいいい! と、内心絶叫してるとヤミくんとヒカリちゃんに心配されてしまった。慌てて首を左右に振る。
イケメンめー! って嫉妬の炎をメラメラ燃やすのはこの場ではやらないほうがいい。いくらなんでも命取りだ、地下86階だよここ。
どうあれ両者の事情は分かったし、どちらの言葉にも嘘は感じられなかった。双子についてはそれでも信憑性が乏しいから、件の眠っていたとかいう部屋に改めて後日、調べに行くとするか。
そうでなくともどうせ、こんな話を聞けば国の調査隊が動くだろうけどね。僕は杭打機を下ろして、みんなに言った。
「……帰って、ギルドに報告を。双子についてはおそらく、国預かりになる」
「く、国ぃ!?」
「でしょうねー……迷宮からやってきた謎の双子、こりゃセンセーショナルだわ」
話が国レベルに広がったことに慄くイケメン君だけど、逆になぜ内輪で終わると思ったのかこっちが聞きたい。
この迷宮都市が属するエウリデ連合王国は、特にここの迷宮攻略にやたら精を出しているのは周知のことだ。冒険者を多く誘致してもいるし、学校なんかでも学生の冒険者活動を応援したりある程度援助したりもしている。
僕こと"杭打ち"ソウマ・グンダリも、冒険者優遇制度を使って学校に通えてるようなものだしね。
とにかくそのくらい国の関心が今、迷宮に向けられているんだ。そんな折に現れたこの双子を、放置しておく道理はないだろう。
「あー……やっぱり大事になるよね。なんかそんな気はしてたよ」
「や、ヤミ……私達、これからどうなっちゃうの……?」
「…………分からない。もしかしたら、僕らは……」
不安げに瞳を揺らすヒカリちゃん。ヤミくんも冷静ながら口籠るあたり、内心は妹同様に不安でいっぱいなのかもしれない。
あまり、酷い扱いを受けないとは思いたいけれど……何せ前例がないからなんとも言えないね、こればっかりは。
「ヤミくん、ヒカリちゃん……」
「可愛そうですぅ……」
「せめて離れ離れにならなければいいのだけれど……ね」
三人組はそんな双子の姿に、ひどく同情して気の毒そうな眼差しを向けている。
やっぱり僕の見た通り、相当な人情家パーティーみたいだね。今回みたいな馬鹿をやらずに順当にキャリアを積めば、すごいところまで行きそうな予感がなんとなくする。
未来の英雄に会っちゃったかも? 自慢話になるといいなー。
事情も粗方分かったし、となればこんなところに長居するのもどうかと思う。僕は三人組と双子を促し、出入口へと向かわせる。
ゴールドドラゴンについては明日にしよう。さすがにこの状況、この人達だけ返したら僕が怒られる。一応助けに入った時点でもう当事者なんだから、最低限ギルドに報告するところまではご一緒しないとね。
「いや、マジで助かったぜ杭打ちさん! 噂に聞いてたけどアンタ、マジ強いんだな!!」
「…………」
「あっ、そういやまだ名乗ってなかったな、俺はレオン! レオン・アルステラ・マルキゴスだ! こないだから学生しながら冒険者やってんだ、よろしくな杭打ち!!」
「…………」
イケメン冒険者くんことレオンくんにちょ~距離を詰めてこられている。怖いよー。すごいグイグイ来るんだけどこの人、距離感についての考え方が僕とは違うー。
しかも名前から察するにこの人、お貴族様じゃん。あっぶなー、余計なこと口走らなくて助かったよー。たとえば一言"馬鹿じゃないの? "とか言ってたら、下手したら後日貴族とことを構える羽目になっちゃってた。
さすがにそれは面倒くさいしね。"杭打ち"として他人と会話する時、口数が減るのが習性になっててよかった。本当に良かったー。
「何やってんだお前ら、命の恩人に名乗るくらいしないと!」
「わかってるわよ! ……あー、改めてありがとね、杭打ちさん。私はそこの馬鹿の古馴染み、同じく学生冒険者のノノ・ノーデンよ。よろしくね」
「ぁ、ぁぅぅ……ま、マナ・レゾナンスですぅ……」
「…………よろしく」
黒髪の子とプリーストの子もそれぞれ名乗ってくれるけど、こちらの二人は平民のようだ。お貴族ハーレムパーティーじゃないか、ウハウハしてるなあ。
ちなみに同じハーレムパーティーでもオーランドくんは純然たる平民だ。でもたしか、生徒会長と副会長がお貴族様だったと記憶してるからそういう意味ではこのパーティーとは間逆なわけだね。
おーこわ、お貴族様の令嬢を侍らせるとか、S級冒険者の息子さんじゃなかったら不審死ものだよ。それを考えると、想うだけだったとはいえ会長に懸想していた僕も大概命知らずではあったんだけどねー。
出入口に着いた。まずは双子から脱出するよう言うと、ヒカリちゃん、ヤミくんの順でえっちらおっちらと穴を登り始める。
そんな急な斜面でないにしろ、アトラクションの滑り台みたいにうねったりしてるからね、気をつけて登ってほしい。
「よし、じゃあ次はマナだ。今さらだけど悪かったよ、お前の制止も聞かずに……」
「ごめんね、マナ。私達が馬鹿だった。反省してるわ……」
「ぁぅ……こ、こちらこそぉ……! な、泣いてばかりでごめんなしゃいぃ……!!」
順番的に次、マナちゃんを先に脱出させるらしい三人組が、何やら互いに反省しきりに謝り倒している。
まあ、生きてるんだしいいんじゃないかなー? 死んだらそこまでだけど、生きてればいつでもそこから始まるんだし。
マナちゃん、ノノさんの順で女性陣が穴を登る。殿にレオンくん、僕と続く形になるね。
ちなみに女性陣の最後尾、ノノさんは短パンに今はモンスターの血まみれ肉まみれなので登ってる最中、見上げたところでグロテスクなものしか拝めない。残念だったねレオンくん!
「よし、じゃあお先に失礼するぜ、杭打ち」
「…………」
「へへっ。あんた無口だけどなんか、嫌な感じがしないから不思議だ……帰ったらステーキでも奢らせてくれよ。最高級のを振る舞うぜ」
「!!」
おおっステーキ! しかも最高級とは!
コクコクと力強く頷く。やったー! ホントに素敵なステーキだよー!
依頼遂行って点では紛れもなく無駄足だったけど、これは思わぬ収穫だ。自分の金じゃあステーキなんて、二の足踏んじゃうからねー。
助けに入ってよかったー。もう帰るのに、今からテンション上がってきたよー。今ならゴールドドラゴンの100体でも200体でもいくらでもぶち抜けそうだ。
「────グルゥゥゥゥゥゥゥゥオオオアアァァァッ!!」
「なっ!?」
「!」
と、そんな時だ。噂をすれば影がさすというか、強烈な叫び声が迷宮に響き渡った。慣れっこの僕はともかく、レオンくんが気圧されてその場にへたり込む。
凶悪モンスターともなればその叫び、その視線一つにも威圧を込めてくるからなー。大体地下20階を降りたあたりからは、そうした威圧に対して耐性を身に付けないと冒険どころじゃなかったりするのだ。
新人さん冒険者のレオンくんは、だからこんな階層にまで足を踏み入れるべきじゃなかったんだよ。
むしろ意識があるのが大したものなくらいだ。彼は顔を青ざめさせて、震える声でつぶやいた。
「こ、これ……さっきの化け物に、睨まれた時と同じ……!」
「…………」
さっき襲われてた時にも似たような目に遭っていたのか。それでも生き延びているあたり、本当に運がいいなー。
冒険者には何より必要な素質だ。どれだけ実力が高くとも、どれだけ経験があろうとも、運が悪ければそれだけで簡単に人生は終わりを迎えるんだから。
やっぱり、見込みがあるなー……思わずして将来有望な冒険者さんに出会えたこと、そしてその危機を救えたことになんだか鼻が高くなるよ。
だから、ついつい僕もこんなことを言ってしまうのでした。
「……見ていて」
「え、あ? 杭、打ち?」
「迷宮の深くに潜るなら、このくらいはできるようにならないといけない……一つの目標として。この戦いを、見ていて」
「……!!」
今でなくともいつの日か。すぐでなくともいつか必ず。
今度はたしかな実力を備えて、彼らがここに来ることを信じて。
「ぐるぅぅぅぅぅぅァァァああああああっ!!」
「…………!!」
少なくとも数歩は先を行っている先輩冒険者として、僕は杭打機を構えて。
一足に空高く、遠くから姿を見せた巨大なモンスターへと殴りかかった!
姿を見せたのは、巨大な翼を広げたドラゴンだ。緑色の皮膚のあちこちが黄金に輝くのは、その部分がそのまま純金になっているからだね。
皮膚から内臓から、どこかしらが一部黄金になっているドラゴン。ゆえにゴールドドラゴン。この迷宮の中でも現状、金策するには一番うってつけのモンスターである。
「ウグルォォォォオアアアアアッ!!」
「…………!」
地下86階層を闊歩する化物を、倒し切るだけの実力があればの話だけれどね!
天高く飛びかかる僕に向け、やつは大きな口を開いてそこから、燃え盛る灼熱を放射した。ドラゴンにありがちな技なんだけどさすがにこのレベルの化物ともなると、浅い階層で出てくる翼の生えたトカゲの小火とは一線を画する。
何しろ3年前、初めて相対した時にはそのあまりの威力に当時の仲間含めて全員、危うく全滅しかけたからね。今でこそ慣れた感じに杭打ちくん3号を盾にしてやり過ごせるけど、当時はマジもうこれ無理ーってなったもん。
というわけで盾にした杭打機で炎を掻き分け、ドラゴンへと迫る。目と口の構造的にこいつ、炎を吐いてる時はまともにこっちを見れてないんだよね。
だからこそこうして真っ向から、炎にも負けず突っ込んでいくのが一番手っ取り早いのだ!
「…………っ!!」
「ぐ────るぁぁあああっ!?」
一定時間放射された炎が収まる。これでしばらくドラゴンは炎を吐けない。今が好機だ。
よく熱された杭打機を前に、突き進んでいった先には炎を吐き終えて閉じられようとする大きな口内。奥歯に煌めくのはこのドラゴンの中でも最も価値のある、純金の巨大な奥歯。今回の依頼にもある、僕の獲物だ。
よーしよし、ここからは話が早いぞー。
僕はこのままドラゴンの口内に入り込み、大きくて固くてなんか変な匂いのする舌の上に着地した。
同時に閉じられゆく顎に向け、思い切り杭打機を振りかぶり──地面を殴るように、全身のばねを使って鉄塊を叩きつける!!
「っ!!」
「!? ぐるぁぎゃあああああああっ!?」
痛いと、モンスターでもギャーって言うんだよね。これ豆知識。
閉じられようとしていた口が、鉄塊を叩き込んだ衝撃で下顎ごと吹き飛ばされる。ベキバキボキバキ、骨の砕け散る音が小気味いいんだか気持ち悪いんだか。
だけどまだ終わらない。ここからさらに、行く手を阻むすべてをぶち抜くからこその僕、冒険者"杭打ち"なんだ!
「──ふっ!!」
「ッ!? ガ、ハゴァッ────!?」
舌ごと下顎を殴った、反動で僕は今度は口腔内の上顎部分へと飛ぶ。杭打機なんてものを効率よく扱う都合上、動き方の基本は殴りつつ反動を活かして移動する、これの繰り返しだ。
身を翻して今度は逆方向、天井にも似た広くて硬い肉質に狙いを定める。下顎を砕かれた痛みと衝撃でドラゴンが混乱しているところに、追撃で致命打まで持っていくのが僕の編み出したセオリーだ。
反動で回転までつけた鉄塊を、上下さえ分からなくなる感覚の中でも狙った位置へと叩き込む。ズドンッ──響く鈍い、それでいて強い音。
今度は叩きつけるだけに留めない、レバーを一気に殴り下ろす。僕の象徴、自慢の杭が飛び出て、ドラゴンの上顎をぶち抜いて風穴を開ける!
「グンギャアァアァアァアァアァアアアアッ!?」
肉も骨も何もかも貫き、ドラゴンの顔に大きな穴が開く。そこを通って口内から抜け出た僕は、間髪入れずやつの顔の上を駆け抜けた。
トカゲの顔ってのは鼻が先にあってそこから口、目と続く。つまり口をぶち抜いて出た先には、必然的に丸々とした目があるわけで。
こんな目立つ標的もないよね。僕は僕から見て右目のほうに、杭打機を叩き込み一気に杭までぶっ放した。
「!!」
「ゴギャ────!?」
ズドンッ! といういつもの音と並んでグジュリ、ブチブチ。これまたいや~な音が響く。
ドラゴンともなれば鉄かな? ってくらい目玉も硬いんだけど、さすがに僕と杭打ちくん3号の前にはなんの意味もない。
当然のように右目は完全に破壊され、ドラゴンは小さく呻きをあげた。たぶん目どころか脳にまで杭がイッてるからね、ここまで来たらこっちのものさ。
「っ!」
「────────」
杭を引き戻し、軽くジャンプして今度は脳天に。
もうドラゴンはなんの反応もしない、できない。口内と片目、脳の一部まで破壊されたんだからそんなすぐに何かができるはずもない。
でもまだ生きている以上、常に戦っている僕は命の危機に晒されているというのも純然たる事実。だから最後の最後まで決して気を抜かない。迅速に、丁寧に、確実に。倒すも決めたら倒し切る、冒険者の鉄則だ。
「……終わりっ!!」
最後の一撃。狙うは脳天から直下、脳みそ。
いつも通りの全身全霊をかけた杭打機による一撃が、あっけないほど綺麗にゴールドドラゴンを直撃し。
「ガ────ア」
そうしてゆっくりと、ドラゴンが横崩れに倒れていくのを、僕は飛び降りて先に着地しつつも眺めるのだった。
倒れたゴールドドラゴンに、僕はすぐさま駆け寄った。幾度となく繰り返して作業に近くなったジャイアントキリングなんだから、一々勝利の余韻とかに浸ってもいられない。
ましてや今回はレオンくんもいるわけで、ぼさっとしてたらまたモンスターが寄ってきかねない。それも面倒だしね。
「……あった、あった」
完全に息絶えて、横たわるドラゴンの顔面。グッチャグチャのズッタズタになってはいるものの、今回の目的である歯の部分については一切手を付けてないから綺麗なままだ。
不揃いなギザギザした歯が並ぶ下顎の左奥、黄金に輝く歯をすぐに見つける。同時に踏み込んで僕は、その黄金の付け根、歯茎に杭打機を叩きつけた。
「…………ド~ン。はい、もう一発ー」
歯肉をぶち抜いて、黄金の奥歯を抜きやすくする。これが案外繊細な作業で、狙い所を間違えると傷が入って大きく価値を損ねてしまうのだ。
とはいえこの階層に来てから概ね3年、ずーっとやり続けてきて勝手はとっくに把握している。もう一点、右奥の対照となる位置にも問題なく杭を叩き込む。
これだけですっかり奥歯が二本とも、付け根まで露出して取り出しやすくなった。慌てず焦らずけれど迅速に、どちらも引き抜いて持ってきた鞄に収納する。
結構なサイズで、空っぽだったのがギッシリ詰め込む形になっちゃったー。
よし、これでオーケー依頼達成。
あとはちゃっちゃとレオンくんを連れて外界へと戻るだけだ。本当ならドラゴンの皮膚とか内蔵とかで黄金になってる部分も回収したいけど、さすがにそれは今は欲目が張りすぎている。命が最優先だね。
一息にジャンプして、元いたレオンくんのところ、出入口付近まで戻る。
しれっとやってるけどこの跳躍力も、冒険者としてやっていくのであればいずれは身に付けないといけない技術の一つだったりする。
具体的に言うと地下10階あたりから空を飛ぶモンスターが出てくるせいで、近距離戦専門家はそれまで同様のノリで進むと普通に詰むのだ。
遠距離攻撃技術を持つ冒険者ならともかく、近距離戦一辺倒でやってきた者はそこで一旦足止めを食らわざるを得ない。
結局そうなると大体のパーティーは町に戻り、"迷宮攻略法"と呼ばれる冒険者専門の戦闘技術を学ぶ必要に迫られるわけだねー。
平たく言うと地下10階まで到達して初めて、一端の冒険者になるチャンスが得られるって話でもあるんだけど、まあその辺の話は追々するとして。
僕は問題なくレオンくんの傍に帰り、小さいながらも彼に告げた。
「……………………ただいま」
「……お、おかえり。いや、すっげえ……すげえよ、うん。すげえ、マジすげえ杭打ちー!!」
「!?」
え、何ー? 急にテンションがすごいことになってるよー。
すごいすごいとはしゃぐレオンくんにビックリ。たしかに新人さんからすれば結構いろいろ、珍しいものを見せたとは思うけど……この反応は予想外だ。
瞳を煌めかせて、イケメンくんが僕にずずい! と顔を寄せてきた。あっ、素顔見られるヤバ!
「…………っ」
「やべーよ杭打ち、なんかもう見てて俺とは全然違かったし! なんであんなに跳べたんだ? どんな技であのドラゴンを倒したんだ?! あの炎熱くなかったのかよ、火傷とかしてないのか!?」
「…………」
「くーっ! たまんねえ! 俺が夢見た冒険者の姿そのまんまだった!! 巨大なドラゴンと渡り合い、殴り倒し、そして宝を手に入れる! マジやべえ、ヒーローだ!!」
咄嗟に俯いて目元から顔から隠すけど、一切気づいた様子もなくレオンくんがやたらめったら褒めてきた。て、照れるぅー。
実際のところ、今の戦闘で見せた技術はほんの一部だけだしちょっと迷宮を潜ればすぐ、身につける必要に迫られるものばかりだ。
だからレオンくんも割と近いうち、技術自体は大したことないって気づくんじゃないかなぁー。まあ、練度は段違いだと思うからそこで僕のすごさを感じ取ってもらえればって感じですけどー。どやー。
「なあなあ! 教えてくれよ、どうしたらあんたみたいになれる!? 俺、あんたみたいになりてえよ杭打ち!」
「…………挑み続ける。それだけ、かな」
「挑み続ける……! 熱い! 熱いぜ杭打ち! 無口でクールなのに、腹の中はそんな熱を持ってるんだな!!」
「…………?」
どうしたら僕みたいになれるか、なんて僕にとってはこの世のどんなことより難しい質問が飛んできて、当たり障りのない答えしか提示できなかったんだけどお気に召したみたいだ。
無口でクールなのはまあ、正体バレをあまりしたくないからそう思われるのは想定済みだけど。実は心は熱いんだーなんて評価は意外だね。
昔の仲間達からも"人の心を持たない哀しい生物"とまで言われてたのにー。いや言い過ぎだよねあの人達、今度会ったら殴っとこう。
やいのやいの囃し立てるレオンくんを、もういいから出入口を登りなよと背中を押して促しながらも、僕はそんなことを考えるのでした。
僕の何がお気に召したか、しきりに褒め称えてくれるイケメン新人冒険者のレオンくんはさておき、僕らは出入口を登って地上に向けて、えっちらおっちら登り始めた。
とはいえ何しろ地下86階からの地上目指しての道程だ、ちょっとやそっとじゃなかなか辿り着けるものじゃない。緩やかでも斜面を這って登るというのは、慣れっこの僕はともかくレオンくんにとってはそこそこな重労働みたいだった。
「っ……やべー、しんどい。これ先に行った連中もバテてるんじゃないのか?」
「…………」
「さすがに力尽きたからって逆滑りしてまた地下86階へ、なんてことにはならなさそうな角度の斜面で助かるけどさ、結構精神的に来るなぁ……上も下も暗闇の坂を、ひたすら登り続けるってのは」
「…………」
ひたすらブツブツ言ってるけれど、返す言葉に困るから返事は期待しないでもらいたい。というか喋ればその分体力を使うわけだし、余計にしんどくなるからあまりオススメできないんどけどね。
気を紛らわせる意味では有効だろうけど……と、内心でレオンくんの独り言に付き合う。地下86階なんて普通にめちゃくちゃな深度なんだから、行きの時点で帰りを考えたらヤバいってことは気づいておいても良かったんじゃないかなあ。
ちなみに僕を含めたここの出入口を常用する冒険者は基本、ダッシュで一気に地上まで駆け上る。
ただの脱出で時間かけてもいられないし、通常86階層まで降りる頃には体力的にも技術的にも、さっさと走り抜けたほうがまだマシな速さって程度には鍛えられているからね。
とはいえそれはそれで辛いものがあるから結局しんどいのはたしかだ。つまるところ、そもそもの距離がハンパじゃない時点で何をしたってしんどいってわけだった。
その後もしばらく、たぶん一時間近くは登り続けたと思う。地上の光が見え始めた頃には、レオンくんがすっかり疲労困憊って感じになってしまっていた。
「ぜぇ、ぜぇ……し、しんど……」
「…………あともうちょっと。頑張って」
「な、なんであんたは全然平気なんだ、杭打ち……そんな重そうな、荷物ばっか持ってるのに……」
「…………」
慣れてるのと特殊な技法を使ってるから、としか言いようがない。さすがにデビューしたての新人さんと肩を並べて、息を切らしてなんていられないよー。
いやでも、レオンくんは実際超頑張ったと思う。前衛だろう彼は先んじた四人に比べて明らかに重装だ、鎧まで着てるし。そんなだから、滑り台程度の斜面とはいえ一時間近くも登り続けるのは辛かったろうな。
各種技法を身に付けて強くなったら、僕より体力お化けにだってなるかもね。なんだかんだ基礎と素質は間違いなくあるし、レオンくんは。
期待の新人さんを応援するつもりで、彼の隣にまでよじ登って背中を叩く。あともうちょいだよ、頑張ってー。
「く、杭打ち……そう、だな。ここまできて、力尽きたはダセーもんな!」
「…………」
別にダサいとか思いはしないんだけど……なんか一人で発奮しだしたレオンくんに首を傾げる。
力を振り絞るように勢いよく登っていく彼の姿は、なんだか見た目以上に子供っぽい。イケメンなのにそういうところがあるギャップがモテの秘訣なのかな。でもギャップ萌えを狙うのはちょっと、僕の理想とするモテ具合ではないかなー。
そもそも僕はイケメンじゃないだろ、という哀しい事実は無視して僕も後を追って地上へと向かう。出口に見える陽の光が段々大きくなっていくのは、いつ見てもホッとする素敵な光景だ。
レオンくんは一足先に外に出られたみたいだ、よかったー。なんだかんだあったけど、依頼も達成できたし人助けもできたし僕としては大満足の一日だった。
達成感を胸に出入口から外界へと顔を出す。来た時と同じく森の中の泉の近く、深い緑の匂いが風に乗って運ばれてきた。
はー、帰ってきたー。
何度も繰り返して慣れっこだけど、それでもこの、日常という安全地帯に戻ってこれたという安心感は癖になるねー。
「……………………」
「お、杭打ち! いやーいいもんだな、お日様って! 生き返った気分だぜ!」
レオンくんが出入口の付近、草原に身体を投げ出して仰向けに寝転がって僕に話しかけてきた。
お日様に照らされると改めて分かるけど、僕が仕留めたモンスターの血や肉で真っ赤っ赤だなー。
僕も返り血を浴びてるけど、真っ黒なマントや帽子のおかげでそこまで目立ってはいない。反面、杭でぶち抜いた先にいた彼はまあまあ酷いことになっている。
これ、泉で身体や装備品を洗ってからじゃないととてもじゃないけど町に帰れないねー。レオンくんもそれは分かってるみたいで、寝転びながらも器用に鎧を外して身軽になっていく。
「ノノやマナ、ヤミにヒカリは先に泉に入ってるだろうな。俺らも行かなきゃ」
「…………」
先に地上に戻った四人はもう、泉で身体を洗っているみたいだ。僕らも最低限、血を落とすくらいはしないといけないから泉へと向かうことにする。
……女性陣、まさか服まで脱いでたりとかしないよね? 無防備を何より嫌う冒険者の特性上、そんなことはありえないってわかってるんだけどちょっとドキドキするー。
高鳴る胸を抑えつつ、僕とレオンくんは帰還した地上を歩き始めた。
もしかしたら万が一にでも、あられもない格好で水浴びしている女性陣と鉢合わせちゃうかもしれない。
いやー参ったねいやー、でも僕らも身体洗わないといけないしなー、かー参ったなー。
と、内心で白々しいことを考えつつも僕は高揚を抑えながらも泉の、人の声がするほうに向かう。もちろんレオンくんも一緒だ、いざとなったら彼にすべてを押し付けて僕は素知らぬ顔をしよう。
何せ巷じゃ年齢も性別も不明瞭な謎の冒険者さんだからね"杭打ち"は。ミステリアスさでどーにか乗り切りたいー。
『────あはははっ! もう、やったわねこのー!』
『きゃははははっ! えーい!!』
「! …………!!」
責任転嫁の算段をつけていた、我ながらクズってるなーって感じの僕だけど。泉の畔を辿って進む先、岩陰の向こうから何やら楽園に住まう天使のような楽しげなやり取りを耳にして一際心臓が鼓動を打った。
女の子達の楽しそうな声。水を掛け合っているのか、バシャバシャと音がする。これは……遊んでいらっしゃるのかな?
冒険者"杭打ち"としては素人ですねとしか言えないけれど、学生ソウマ・グンダリとしてはうおおー! ってテンションの高くなる瞬間だ。
いやまあ、マジであられもない姿を晒していたとしたら、さすがにこれ以上は踏み込めないけどねー。冒険者"杭打ち"が覗き行為だなんて笑い話にもならないしー。
でもなんかこう、声だけでもこう、ときめくものはあるよねー。
帽子とマントに隠された僕の顔がだらしなーく緩む。週明けケルヴィンくんとセルシスくんに、僕だって甘酸っぱい青春の1ページくらいは刻めたんだよーって自慢しよーっと。
「……なんか楽しそうな声してんな。まさか呑気に水遊びとかしてるんじゃないだろうな、ノノにマナのやつ」
「…………」
「ヤミとヒカリもいるし、そこまで警戒心がないやつらじゃないとは思うけど……と。どうした杭打ち、なんかそわそわしてないか?」
「!?」
レオンくんも岩陰の向こう、何やらはしゃいでる空気を感じ取ったのか訝しみながらも僕を見た。そして内心、本当にはしゃいでる僕の様子にも目を丸くして尋ねてくる。
そそそそそんなことないよよよよよー? ぼほぼぼ僕はクールだよよよよよー?!
まさかの図星を突かれて、慌てて僕は首を左右に振る。
決して疚しい行為に及ぼうなどとは考えてないんだ、それは本当なんだ。ただ疚しい光景を想像して鼻の下を伸ばしていただけなんだ、それも本当なんだ。
「……! ……!」
「? ……あー、そっか呑気すぎるし気になるよな。悪い、面目次第もねえよ。新人だからって、冒険者としての気構えってやつが抜け落ち過ぎだぜ、うちのパーティーメンバーは」
「…………」
レオンくんはきょとんとしながらも、何やらいいように解釈してくれたみたいだった。どうやら僕が、推定水浴びしているらしい彼女達に対して冒険者として憤っていると勘違いしてくれたみたいだ。
うへー。ありがたい気もするけど、意識の高くて面倒くさい冒険者みたいな感じに捉えられないかちょっと心配だよー。そういう冒険者もいるにはいるけど、僕は別に、結果さえ出せるならどんなやり方でもいいじゃんって思うほうなんだけどなー。
でもここでいえ誤解ですーってなったら、それこそ僕がよからぬ妄想に身を浸していたことに気づかれちゃうかもしれない。
ここはあえて、意味深に黙りこくっておこう……
「……………………」
「おーいノノ、マナ! 戻ってきたぞ、今そっちで何してるー!?」
『あら? ……レオン、おかえり! 今ヒカリちゃんとマナと身体を清めてるの、ヤミくんが見張りしてくれてるー!』
「やあ。どうもおかえりなさいレオンさん、杭打ちさん」
レオンくんが岩陰の向こうに声を投げかける。するとすぐに仲間のノノさんから返事がきた。どうやら本当に、女性陣だけで水浴びしているみたいだ。
そして見張りをしていたらしいヤミくんも同時に、近くの茂みから姿を表した。こちらはまだ身体を洗っていないみたいで、ローブのあちこちが血で赤く染まっていた。さすがに肉片はもう落としているね。
「おう、ヤミ。無事だったか……っていうか何、子供に番させてんだあいつら」
「僕から言い出したんだよ。お二人が来てなかった以上、僕以外みんな女性だしね。あとで男が揃ったら交代して水浴びするってことで、まあ見張りくらいなら誰でもできるはずだから」
「そう、か……悪い、俺らが遅くなったから、そんなことをさせちまったんだな」
「気にしない気にしない。僕らはしばらく運命共同体ってやつだからね。助け合いこそ肝要だと心得てるよ」
大人びた笑みを浮かべるヤミくん。女性陣への配慮と言いレオンくんの質問に答える落ち着き払った態度と言い、なんだか大物って感じだよー。
レオンくんがその頭に手を置き、やさしく撫でる。そこでようやく年相応の無邪気な照れ笑いを浮かべる少年は、あと5年もしたらイケメンとして人気を博しそうな中性的な顔つきだ。
こっちもイケメンかー。なんだか今日はイケメンとばっかり会うなー。
ケルヴィンくんとセルシスくんの普通の顔が恋しい。平々凡々な顔つきの僕としては、なんだかコンプレックスを覚える光景だよー。
何はともあれ一同無事に、迷宮は地下86階層という地獄の底から帰還した僕達。いつも通りの一日と思っていたのに、なんだかおかしな成り行きになったなー。
この後は女性陣と交代して身を清めて血を落としたら町へと帰還だ。ヤミくんとヒカリちゃんの双子をすぐさまギルドに連れて行って、ことの仔細を説明しなきゃいけない。主に新人冒険者のレオンくん、ノノさん、マナちゃんの三人がね。
説明の過程でたぶん、なんの警戒心もなくたまたま見つけた出入口に潜って死にかけたってところについてしこたま怒られるだろうけど頑張ってほしい。そこは紛れもなくそちらさんサイドのミスですから。
僕については、依頼のために赴いたらなんか拾った、くらいの説明だけで解放されるだろう。だって本質的に僕、部外者だしね。
助けに入った以上、連れ帰るまでは付き合う義務と責任があったからそれを果たすけど。それ以上のことについてはノータッチだ。下手しなくても国が出張ってくる案件になんて関わってられないよ、面倒くさい。
「ハーイ、お待たせー。改めておかえりレオン、それに杭打ちさん」
「…………」
ということをつらつら考えていると、ノノさん、マナちゃん、ヒカリちゃんの女性陣が水浴びを終えて帰ってきた。
血をすっかり落とした清潔な服もだけど、さっきまで水浴びをしていたとは思えないくらい水気のない姿だ。たぶんマナちゃんのプリーストとしての能力、通称"法術"によるものだろう。
傷を癒やしたり風を巻き起こしたりするだけでなく飲み水を出したり、水気を飛ばしたりと生活に役立つ術が多いからね。
「おう、ただいま! いやーすごかったぜ杭打ち! なんせ追ってきたでっけードラゴンをその手に持った鉄の塊でだな──」
「はいはい、そういう話は後にしてあんた達も水浴びしてきなさいよ。ヤミくんもありがと、ごめんね? 見張りをお願いしちゃって」
「ヤミ、ありがとう!」
「どういたしまして。こういうのってお互い様だからね」
僕の見せたドラゴン退治が、よほどレオンくんのお気に召したのかな。熱っぽい様子で語り始めようとした彼を押し留め、ノノさんは今度は僕らに水浴びを勧めてくれた。
見ればヒカリちゃんもすっかり綺麗な姿だ。将来イケメンだろうなって感じのヤミくんと同じ顔だから当たり前なんだけど、すっごい美少女だ。かわいい! 惚れちゃいそう!!
13回目の初恋の予感。でもさすがにまずいよ、だって相手は10歳だ。
恋に年齢なんて関係ないってかつての仲間が言ってたのを思い出す。その時はあっそふーんそうなんだすごいねーで済ませてた人の心ゼロの僕だったけど今ならそうだね! その通りだねー! と諸手を挙げて賛成できる。とはいえそれはそれとして10歳は法律的にまずい、捕まるー。
あーでもなー。めっちゃかわいいなー。
透き通るような青色の髪を伸ばして、あどけない顔立ちが無垢で無邪気だ。ヤミくんよりかは目元が下がりがちなのも儚げな印象があっていいよねー、もちろんヤミくんはヤミくんで、クールな感じがしてカッコいいんだけども。
こんな子に毎日、家に帰ったらおかえりなさいとか言われたいよー。家を出る時いってらっしゃいって言われたいよー。うー。
「? どうしました、杭打ちさん。なんだか、私を見てます?」
「!? …………」
バレないように横目で双子の美貌に想いを馳せてたら、邪さが伝わったのか視線に気づかれた! 意味ありげに首を振って、僕は慌てた感を極力出さないように努めつつ誤魔化す。
首を傾げるヒカリちゃんがかわいい。
くっ! あと5歳若ければ……! と思うものの、その頃の僕なんて正真正銘の杭を打つだけの装置だったので、たぶん双子どころかレオンくん達にだって目もくれずに仕事だけして帰っていただろうね。
人の心を持たない化物とまで呼ばれたのは伊達じゃないのだ。よくここまで持ち直せたなーと我ながらびっくりだよー。
「よしっ! そんじゃあ今度は俺らが水浴びすっか! 見張り頼むぜノノ、マナ! すぐ終わるからよ!」
「はいはいごゆっくりー」
「か、帰ってきたら法術で乾かしますからねー……」
レオンくんに呼びかけられて、僕とヤミくんも水浴びのため泉へと向かう。選択し終えた服やら鎧やらは、マナちゃんの法術で乾かしてもらえるのか、便利ー。
先程までと他立ち位置交代。女性陣が僕らのいたところで見張りをして、男性陣がさっきまで彼女らが水浴びをしていたところまで向かう。
美しく澄みきった泉は、多少の汚れを落としたところではいささかの濁りも見せない。
冷たい水は夏場の今には心地よさそうだ。レオンくんとヤミくんがさっそく、服を脱いで上半身裸になった。
「俺達はさすがにノノ達ほど無防備にはなれないな。軽く体を拭いて、服と鎧を水で浄めて終いってところか」
「今さらだけど、今の世界って文明的にどんなものなんだろう? シャワーとかシャンプーとかお風呂とかあるのかな?」
「……………………?」
畔でチャプチャプと、服やら鎧を洗い出す二人。とりわけヤミくんの言葉に僕は少なくない驚きを覚える。
シャワーにシャンプーにお風呂。はるか昔の超古代文明においてもそうしたものが存在していたのか、という驚愕である。
これら入浴関係の文化については少なくとも、エウリデ連合王国内では浸透している文化だ。
シャワーはさすがに貴族の館くらいにしかないけど、風呂だのシャンプーについては大衆浴場があるし、平民でも民家に備え付けている家も少なくはない。
ヤミくんの想像しているものもきっと、質の良し悪しはあれどすぐに町で見つかることだろう。
でもまさか、太古の昔にもまるで同じものがあったなんてなー。存在さえ眉唾とされている文明との奇妙な共通点に、僕はオカルト愛好家として好奇心を抱かずにいられないでいた。