職員さんの案内を受けて施設内を歩く。僕はたしかにかつてここの孤児院で世話になったし今じゃ立派なパトロンだけど、独り立ちしている以上はすでに部外者だ。
 つまり一人で勝手に構内をうろつくなんて許されないわけだねー。まあ、そもそもこの新築の施設はあまり詳しくないから、迷子になったりしたら困るのでそんなことはしないしね。

 ちなみに杭打ちくんやマントといった"杭打ち"装備は入口前、専用の置き場を作ってもらってるからそこに置いてある。特に杭打ちくんについてはいくらなんでも重すぎるし、何よりも危険物だからねー。
 間違って子供が触ったり近づいたりして、大変なことになってもいけない。だからこの施設に入る時は絶対に、最低限杭打ちくんを置いていくのだ。

 他にもここに来る時の僕は極力ソウマ・グンダリとして訪れたいって思うからマントや帽子も預けてるよー。
 そんなわけでマントの下、黒い戦闘服だけ着た僕はレリエさんと二人、職員さんの後に続いて歩いているのだった。
 
「何か変わったこととかありました? 困ったことがあったら言ってくださいよ、できる限りのことはしますから」
「ありがとうね、ソウマくん。でも大丈夫よ、相変わらず平和な毎日だし、日常のトラブルはたまにあってもみんなで乗り越えていける程度のものだもの」
「それならいいんですけどー」
 
 僕にとってこの孤児院は、たった2年程度しかいなかったけどたしかな故郷だ。
 名もないケダモノとして生まれ育ったあの迷宮じゃなくて、人間としてのすべてを与えてくれたこの場所こそがソウマ・グンダリの生まれ故郷なんだと認識している。
 
 だからこそ故郷に少しでも恩返しがしたくてあれこれさせてもらってるんだけど、さすがにここに暮らす人達はみんな、自分達でできることは自分達でやろうという自立心が旺盛だ。
 聞けば内職や出稼ぎ、果ては冒険に行く職員さんも未だいて、なのに僕からの寄付金は子供達関係のこと以外には手を付けず、もしものためにと貯金しているみたい。
 だから建物は新しいのに、経営は相変わらず火の車状態なわけだね。なんともはや、無欲すぎてこっちが困っちゃうレベルだよー。

 遠慮せずにパーッと贅沢に使ってもらってもいいんだけどね……でも僕が愛したこの孤児院は、そういうことをしないよねって確信もあったりするし。
 結局、僕がやってることは余計なことなのかもって気もしてるけど、金はあるに越したことがないからね。また借金をしないようにってだけでも、せっせと仕送りするだけの価値くらいはあるんだと思いたいなー。
 
「院長先生はただいまこちらのお部屋で、子供達に絵本を読み聞かせているわ」
「いつものやつですねー。じゃあ廊下でちょっと待ってますよ」
「ソウマくんにそんなことさせられるわけないじゃない。院長先生もあなたに会いたくて仕方ないのよ? いいからいいから、入って入って!」
「え、え、ちょ、ちょー?」
 
 子供達にとって院長先生は親のようなものだ、触れ合いを邪魔しちゃいけない。そう思ってちょっと待とうかなーって思ったんだけど、職員さんに半ば強引に部屋の中に押し込まれていくよー。
 レリエさんも続けて入ってくる、その部屋はいわゆるお遊戯室だ。積み木や玩具がたくさん置かれていて、その中にたくさんの子供達がいる。
 年少組の部屋だねー。僕には縁のない空間だけど、昔の孤児院にもこういう場所はあったよー。
 
「……? あっ、くいうちのにーちゃん!」
「おねーちゃんだよ!」
「おれしってる、にーちゃんだよにーちゃん! しらないのー?」
「しってるもん! おねーちゃんだもん!!」
「お兄ちゃんです……」
 
 ああああ子供にさえ男かどうか疑わしく思われてるよおおおお!
 ここに来る度こんなこと言われてるけどおかしいよー! こんなダンディーな僕を捕まえて男か女か分からないってそんなのないよー!?
 
 さめざめと泣く内心はともかく、部屋に入った途端小さな子供達が僕に寄ってくる。男の子も女の子もみんな5歳までくらいで、純粋無垢な笑顔をみせてきてくれるねー。
 時折こうして訪れるってのと、大人達がパトロン扱いしてくるのを見て子供心に敵じゃないって思ってくれてるみたいだ。それは嬉しいよー。でも毎回性別間違えるのは止めてねー?
 
 僕はしゃがんで子供達の頭を撫でてちょっとスキンシップ。
 ニッコリ笑うと少年少女達もニッコリ笑ってくれて、なんだか心が温かいやー。
 この子達の他にも年長さん、学生下級組さん、上級組さんと年代ごとに分かれてるわけだけどー、やっぱり年をとるに連れて理性的というか、下手すると反抗期的な感じになってきたりもするしこのくらいの子達が一番無邪気だなーって感じはするよー。
 
 そうしてちょっぴりだけみんなと戯れてから、僕はまた立ち上がって奥に座る女性を見た。
 サクラさんよりちょっと上くらいの年齢で、黒髪を肩口で切りそろえてカチューシャをつけている。青い目がとても綺麗な、髪の色と合わさって昼と夜の間を思わせる女の人だ。
 
「やっほー、こんにちは院長先生。元気してたー?」
「ええ、お陰様で。お帰りなさい、ソウマちゃん」
 
 僕が片手を挙げて挨拶すると、その女の人はにこやかに笑って応えてくれる。
 そう、この女の人が今この孤児院で院長先生をしている。Eランク冒険者でもあり、自らも薬草採取や町内清掃みたいな軽作業依頼をこなして院の運営を支えてたりするすごい人なのだ。
 
 ミホコ・ナスターシャさん。
 先代院長で僕が主にお世話になったメリーさんの義理の娘で、僕にとっても姉のような感覚の人だねー。