一口にスラムって言っても結構エリアは広いから、僕らをはじめ何人かの冒険者達で分担しての清掃活動を行う。
ちなみにこの活動にはスラム界隈の自治会も参加していて、ある種の交流会も兼ねたりしているよ。
まったくいないとは言い切れないけど、それでも身分を気にしない人が大半な冒険者はそれゆえ、スラム界隈とも割と距離が近いんだねー。
「ふう。この辺もすっかり綺麗だなー」
「ありがとよ冒険者さん、お陰で気持ちよく路上で寝れるぜ」
「いや路上で寝るなよおっさん!」
「ちげぇねえ! ガハハハ!!」
ほら、あんな風に和気藹々と冒険者がスラムのおじさんと談笑している。こうした美化活動を行う上での一番のメリットと言えるのかもしれないねー、この交流ってやつは。
冒険者側としてもスラム側としても、この機会に人脈を広げることは大切だ。どっちも持ちつ持たれつな関係だからね。
とりわけスラムで未だ燻っている有望な人を冒険者にして、仮に大成でもさせられたらどっちも嬉しい話だったりするよー。引き入れた冒険者は自慢の弟子ができて名声も得られるし、スラム側も社会貢献に寄与しつつ大成した冒険者から寄付してもらえたりするからねー。
「実際、スラム出身の冒険者で有名な人も数多いし。玉石混交の可能性を秘めた土地として、このスラムを見込んでいる冒険者もいるよー」
「なるほどねー……それこそ杭打ちくんみたいなパターンもあるわけなんだぁ」
「あー……いや僕はちょっと扱いが違うんだよね、実のところ」
サッサッと箒でゴミを纏めて塵取りで回収し、ゴミ袋に詰めながら僕とレリエさんは話し込む。
この仕事とにかく楽ちんなんだよねー。この手の美化活動は頻繁に行われているから目を疑うほど散らかってるわけじゃないし、さっきも言ったけど治安だってそこまで終わってないから暴漢やら変質者も日中なら出やしない。
ましてや町中なのでモンスターなんてどこにもいないし、まったくもって平和そのものなお仕事なんだ。何も考えず手を動かすだけだし、こうして雑談しながらでもできちゃうほどだ。
そんなわけで話す最中、来歴に軽く触れる感じになったから僕は少しだけ言葉を濁した。
スラム出身の冒険者。たしかに僕はその括りに入るパターンなんだけど、実際のところは違うんだよね。だからスラム内でも僕の扱いは、若干腫れ物って感じだったりもするんだよー。
新世界旅団の団員として、仲間であるレリエさんには少しだけ話しておこうかな。
僕自身にも分からない、僕の生まれ育ちってやつを。
「僕、物心ついて孤児院に流れ着くまでずーっと迷宮内で過ごしてたから、厳密にはスラム出身ですらないんだよねー」
「え……め、迷宮内で過ごしてた? え、どういうこと?」
「そのままの意味。気づいた時には地下40階層半ばにいて、モンスターと戦い勝っては血肉を啜って生きてたの。一人きりでねー」
「な…………!?」
絶句するレリエさん。大体の人がこの話を聞くとこういう風になるから、あんまり話したいことでもないんだよねー。
ぶっちゃけ今でもあの頃はあの頃で普通だったし、別に不憫がられる感じでもなかったと思ってるし。過度に憐憫されがちでちょっと犯行に困るのだ。
そう、僕はどうしたことか物心ついた頃には迷宮内にいた。それも当時は人類未踏階層もいいところだった、地下44階という幼子からすれば地獄のような空間に住んでいたんだ。
さらにはそこで数年、モンスターと殺し合いして勝ち続け、彼らの血で喉を潤し肉で飢えを凌いできたわけだね。
マジで僕以外の誰も人間がいた痕跡がなかったあたり、物心つく前からもすでにそういう暮らしをしてたんじゃないかなー?
あの辺のモンスターも大概化物ばかりだったけど、特に苦戦した様子もなく片っ端から殴りつけては解体して食べまくってたし。
「で、そこから何年かしてすくすく育った僕はフラフラ~と上の階層に登っていって地表に出てね? そしてたまたまスラムに流れ着いて、孤児院の人達に保護されたんだー」
「…………そんな、ことが。赤子が、たった一人でそんな迷宮で、生きてきたなんて」
「だから僕はスラムの子とは言いにくいわけ。なんなら迷宮で育ってモンスターを食らってきたわけだし、分類的にはモンスターに含まれかねないよねー。迷宮出身なんて、モンスターくらいなものだしー」
若干の自虐をも込めて笑う。昔こそなんの疑問にも思わなかったし今でもたしかにあの頃の生活を普通に思っているものの、世間一般とは致命的なまでにズレた生まれ育ちをしたって自覚も同時にある。
モンスターを食べるってのも、迷宮内に長期間籠もる場合は選択肢として挙げられがちだけど……さすがにそれを日常とする人なんてどこにもいないからね。まして僕の場合、全部生で食べてたし。まんま、野生の獣だよー。
人間の形をしてるだけで、僕もモンスターなのかもねー?
最近になってちょっと危惧してる僕の正体をあえて軽く告げると、レリエさんは痛ましげに近づいてきて、僕の肩をマントの上から抱き寄せ、顔に顔を寄せてくれた。
顔が近い! 吐息が当たるーいい匂い!
「それを言うなら私だって迷宮出身よ。それもわけも分からず数万年前からやってきた、モンスターより意味不明な存在。ね、お揃いね私達!」
「レリエさん……?」
「……モンスターなんかじゃないわよ、君は。私の恩人で、同僚で先輩で、それでとっても可愛くて強い素敵な男の子だもの。自分で自分をモンスターなんて、言っちゃ駄目なんだからね?」
「…………うん。ありがとー」
励ましてくれる彼女に、ニコリと笑って礼をする。
僕は僕だ、生まれ育ちに関わらずソウマ・グンダリだ。それはわかった上で、でも……
今の、彼女の言葉は優しくて温かかったよー。そのことが嬉しくて、僕は静かに微笑んだ。
粗方掃除も終わって、ゴミ袋を回収業者に渡して今回の依頼も終わりだ。スラムの自治会から借り受けていた箒と塵取りを返却して、僕らはんんー! と背筋を伸ばして達成感を味わっていた。
あとはギルドに戻ってリリーさんに報告して、報酬をもらうばかりだね。こうした町内活動は半ば慈善事業のためお金による支払いじゃないんだけれど、代わりに手拭いとかハンカチとか果実水をもらえたりする。
いわゆる現物支給だね。意外と嬉しいものをもらえたりするからこれはこれでありがたいよー。
「さ、それじゃあ帰ろうかしら? 良いことしたあとはきもちいいわねー」
「だねー。でもちょーっと待ってレリエさん、途中で寄りたいところがあるからー」
「へ? 寄るところ?」
目に見える範囲にあるゴミをほとんど回収して、綺麗になった往来に満足げに頷くレリエさんを呼び止める。僕はここからギルドに直帰せず、ある施設を経由して帰りたいと考えていた。
別にこのまま帰ってもいいんだけど、せっかくだし顔を出したいからねー。ついでにレリエさんのことも紹介しておこうかと思うよ、もしもの時の避難先になってくれるかもだし。
訝しむレリエさんに僕は、笑って言った。
「僕が8歳の時からほぼ2年くらい、お世話になってた孤児院が近くにあるんだ。身寄りのないレリエさんのこともある程度紹介したいし、そうすれば帰る場所の一つになってくれるかもしれないしねー」
「孤児院……さっき言ってたわね、迷宮から脱出したあと、その施設の人達に保護されたって。この近くにあるんだ……」
「スラムじゃ唯一の孤児院だよー。身寄りのない子供達を集めて育ててる、地域一帯の中でも不干渉施設に定められてる場所だねー」
軽く説明しながらも案内がてら歩き出す。スラムの中でたった一つ建てられたその孤児院は、3年前から地元一帯の暗黙のルールとして不干渉が定められている。
いくらスラムだからって、身寄りない子供を育ててる施設を巻き込むのは良くないって自治会が保護に動いてるんだねー。
同様の不干渉指定施設は他にもあって、病院など医療施設に教会など宗教施設、学校など教育施設などが当てはまるねー。
その辺への配慮はいろいろあって割と本気で、自治会が予算を割いて冒険者を雇ってたりするほどに真剣に取り組んでたりする。
そうした活動のお陰で何年か前までの孤児院みたく、借金取りがしびれを切らして無法を働く、なんてケースが激減したのは素晴らしい成果と言えるだろう。
社会的に弱い立場の人達が、唯一の居場所でまで脅かされることのないようにしたことで、スラム全体の治安も向上したんだから世の中っていろいろ繋がってるんだなーって感心するよー。
「──着いた。ここだよ、レリエさん」
10分くらい歩くと孤児院に到着した。レリエさんにこちらでございと手で示す。
赤い屋根、白い壁、広いお庭もついた3階建ての大きな施設だ。屋敷と言ってしまってもいいかもしれない。四方を壁に囲まれており、警備の冒険者もいる正門には、ここの孤児院の正式名称が書かれた看板がかけられている。
"オレンジ色孤児院"という名前の書かれた古びた看板だった。
「広い……し、大きいわね。それに綺麗というか、新築? 看板だけがやけに古いけど」
「ご明察ー。実は去年に新築移転してるんだよねー、この孤児院。借金も返済し終えて寄付金を貯めたり使ったりできるようになったからさ、少しでも子供達に住みよい場所にしたいってことで思い切って1から建て替えたんだよー。看板は昔の名残だねー」
やっぱり看板だけは歴史あるものを使いたいからねーと笑う。レリエさんはへぇーって感心しながらも、清潔に保たれた孤児院施設をじっと見ていた。
実のところ、孤児院新築には僕の意向が思いっきり絡んでたりする。何せ借金返済から新築費用まで全部僕が資金源みたいなものだからねー、パトロンって言っちゃってもいいかもしれない。
元々調査戦隊にいた頃から資金援助はしてたんだけど、追放されたと同時に借金を完済でき、以後渡してきたお金はささやかな額ながらすべて院の運営に用いてもらってきた。その一環として僕から、そろそろボロっちいから建て替えなよーって言ったわけなんだねー。
それを受けてここから少し離れた、また別の土地にあった旧孤児院からこちらの新孤児院に移り住んだって流れだ。
土地から建築代、内装工事やお庭の管理維持その他税金関係もろもろの処理まで含めて結構なお値段だったけど、それでも僕が数年間ずーっと渡してきた寄付金でギリギリどうにかなったから良かったよー。
まあ、その辺の詳しい話をレリエさんにしても仕方がないし、内心で自分の成し遂げたことにちょっぴりむふーって悦に浸るに留まる。
新築した孤児院にはこれまでも何度も顔を出してるけど、職員さん達も子供達もみんな明らかに元気そうで楽しそうで、我ながらいいお金の使い方ができたなーって誇らしい。
今日もみんな、笑顔でいてくれるかなーと思いながら、僕はレリエさんを連れて正門へと向かった。
警備のために正門前に駐在している冒険者達も、僕がここの出身だということは知っていて、冒険者証を見せたら快く門を開けてくれた。
こういう警備関係の依頼を専門に受ける冒険者達もまあまあいる。性質上迷宮に潜ることは少ないけれどその分、治安維持に貢献してくれているってことで町民達からの評判も上々なわけだねー。
「迷宮潜るだけが冒険者の仕事じゃないわけねえ」
「そだねー。レリエさんも迷宮に潜るのがつらいってなったら、こういう護衛とか今日の掃除みたいな、町中の依頼を中心に受けることをオススメするよー。もしくはパーティー運営関係業務につくとかねー」
「運営関係……お金とか事務手続きとかよね。シアンにも一応言ってるのよ、私ってばかつての時代では経理関係の仕事してたみたいだから」
「そうなんだ? すごいよー!」
お庭を通って施設の入り口に向かいながら話す。
数万年前の古代文明時代の頃のお話を聞けたよー、そっかそっかレリエさんってば、昔はお金関係のお仕事してたんだねー。
そこから話を聞いていくと、彼女はいわゆる税金とかその辺の書類関係に携わるお仕事をしてたんだとか。だからシアンさんにも、パーティーの金銭面での管理については知識的な面からフォローできるかもーって言ったんだって。
すごいよー! 古代文明の経済知識が新世界旅団には付いてるってことなんだよ、これー。
オカルト雑誌やファンタジー小説なんかでは、古代文明は極めて高度な社会を築いていて、経済的な面でも今とは比べ物にならないほどに発達していたとされている。
実際、迷宮から出てくる古代文明関係の資料や遺跡、出土品は今の僕らの文明じゃとてもじゃないけど解明できないくらい隔絶したオーバーテクノロジーが用いられてるものが多いからねー。少なくとも超高度文明だったってことには疑う余地がないって、それはどこの学者さんでも認めてる事実だよー。
そんな発達した文明の金融関係の知識をお持ちのレリエさんが、新世界旅団の財政面にアドバイスしてくれるってのはいかにも心強いよ!
……って笑って言ったら、彼女も朗らかに笑ってうなずいて答えた。
「それなりに知識があるってのとおぼろげに記憶が残ってるってだけだから、そんなにお役には立てないかもね……まあサクラからもそれなら頼むって言われたし、いざ旅団が発足した際にはひとまず私は財政係ってことになったわ。ちゃんと現代の財務知識も勉強しないとだし、頑張らないと」
「あー……それに加えて冒険者としての訓練もあるし、大変そうだねー」
「むしろそっちよね、私ってば今まで武器なんて握ったこともないし……喧嘩だってしたことないから」
苦笑いしてそんなことを言う彼女は、たしかに戦い慣れは明らかにしてないしなんなら喧嘩なんて見たこともないって感じだ。
超古代文明、平和なところはとことん平和だったんだねー。さっき聞いたスラムって名前のこの世の終わりといい、場所によって極端すぎるよー。
なんだか不思議な世界らしかったはるかな昔に思いを馳せつつ、僕らは孤児院の入口にて職員さん呼び出しのベルを鳴らした。清潔な白を基調とした屋内、入ってすぐにある受付カウンターの上に置かれたベルだねー。
チリンチリーン、と涼し気な音を鳴らせばすぐ、近くの階段から職員さんが下りてきた。僕もよく知る、痩身の中年女性さんだ。
室内に入ればマントはともかく帽子は脱ぐよ、ここのみんなは"杭打ち"がソウマ・グンダリだって当然知ってるからね。画す必要はないんだよー。
「はーい……あっ、ソウマくん! いらっしゃい、また来てくれたのね!」
「はい、また来ちゃいましたー! 院長先生いますかー?」
「ええ、もちろん。今は子供達と。今日はお仕事のお話? それそちらの方は……」
「そんな感じですー。こちらはレリエさん、僕の仲間の方ですねー」
にこやかに話して笑い合い、レリエさんも紹介する。
普段一人で来訪している僕が珍しく人を、それもこんなに美人でかわいいおねーさんを連れてきたことに職員さんは目を丸くしてたけど……レリエさんがニッコリ笑ってお辞儀をすると、慌ててお辞儀で対応してきたよー。
「初めまして、ソウマくんの仲間といいますか……パーティーメンバーのレリエと申します。彼には日頃、お世話になっております」
「ああ、これはご丁寧にどうも。彼が仲間の方をお連れするなんて、この3年間なかったことですから、つい驚いてしまって……」
「…………そう、なんですね」
職員さんの言葉に、どこか面食らうというかショックを受けたように口を閉じるレリエさん。どしたのー?
こっちをチラッと見て、ちょっと目を細めている。なんか悲しそうにも見えるけど。
「レリエさんー?」
「……ううん、ごめん。なんでもないの」
そう言って無理矢理っぽい感じに笑う彼女が、なおのこと変に思える。
なんだろ?と首を傾げながらも、僕は院長先生までの取次を職員さんに頼むのだった。
職員さんの案内を受けて施設内を歩く。僕はたしかにかつてここの孤児院で世話になったし今じゃ立派なパトロンだけど、独り立ちしている以上はすでに部外者だ。
つまり一人で勝手に構内をうろつくなんて許されないわけだねー。まあ、そもそもこの新築の施設はあまり詳しくないから、迷子になったりしたら困るのでそんなことはしないしね。
ちなみに杭打ちくんやマントといった"杭打ち"装備は入口前、専用の置き場を作ってもらってるからそこに置いてある。特に杭打ちくんについてはいくらなんでも重すぎるし、何よりも危険物だからねー。
間違って子供が触ったり近づいたりして、大変なことになってもいけない。だからこの施設に入る時は絶対に、最低限杭打ちくんを置いていくのだ。
他にもここに来る時の僕は極力ソウマ・グンダリとして訪れたいって思うからマントや帽子も預けてるよー。
そんなわけでマントの下、黒い戦闘服だけ着た僕はレリエさんと二人、職員さんの後に続いて歩いているのだった。
「何か変わったこととかありました? 困ったことがあったら言ってくださいよ、できる限りのことはしますから」
「ありがとうね、ソウマくん。でも大丈夫よ、相変わらず平和な毎日だし、日常のトラブルはたまにあってもみんなで乗り越えていける程度のものだもの」
「それならいいんですけどー」
僕にとってこの孤児院は、たった2年程度しかいなかったけどたしかな故郷だ。
名もないケダモノとして生まれ育ったあの迷宮じゃなくて、人間としてのすべてを与えてくれたこの場所こそがソウマ・グンダリの生まれ故郷なんだと認識している。
だからこそ故郷に少しでも恩返しがしたくてあれこれさせてもらってるんだけど、さすがにここに暮らす人達はみんな、自分達でできることは自分達でやろうという自立心が旺盛だ。
聞けば内職や出稼ぎ、果ては冒険に行く職員さんも未だいて、なのに僕からの寄付金は子供達関係のこと以外には手を付けず、もしものためにと貯金しているみたい。
だから建物は新しいのに、経営は相変わらず火の車状態なわけだね。なんともはや、無欲すぎてこっちが困っちゃうレベルだよー。
遠慮せずにパーッと贅沢に使ってもらってもいいんだけどね……でも僕が愛したこの孤児院は、そういうことをしないよねって確信もあったりするし。
結局、僕がやってることは余計なことなのかもって気もしてるけど、金はあるに越したことがないからね。また借金をしないようにってだけでも、せっせと仕送りするだけの価値くらいはあるんだと思いたいなー。
「院長先生はただいまこちらのお部屋で、子供達に絵本を読み聞かせているわ」
「いつものやつですねー。じゃあ廊下でちょっと待ってますよ」
「ソウマくんにそんなことさせられるわけないじゃない。院長先生もあなたに会いたくて仕方ないのよ? いいからいいから、入って入って!」
「え、え、ちょ、ちょー?」
子供達にとって院長先生は親のようなものだ、触れ合いを邪魔しちゃいけない。そう思ってちょっと待とうかなーって思ったんだけど、職員さんに半ば強引に部屋の中に押し込まれていくよー。
レリエさんも続けて入ってくる、その部屋はいわゆるお遊戯室だ。積み木や玩具がたくさん置かれていて、その中にたくさんの子供達がいる。
年少組の部屋だねー。僕には縁のない空間だけど、昔の孤児院にもこういう場所はあったよー。
「……? あっ、くいうちのにーちゃん!」
「おねーちゃんだよ!」
「おれしってる、にーちゃんだよにーちゃん! しらないのー?」
「しってるもん! おねーちゃんだもん!!」
「お兄ちゃんです……」
ああああ子供にさえ男かどうか疑わしく思われてるよおおおお!
ここに来る度こんなこと言われてるけどおかしいよー! こんなダンディーな僕を捕まえて男か女か分からないってそんなのないよー!?
さめざめと泣く内心はともかく、部屋に入った途端小さな子供達が僕に寄ってくる。男の子も女の子もみんな5歳までくらいで、純粋無垢な笑顔をみせてきてくれるねー。
時折こうして訪れるってのと、大人達がパトロン扱いしてくるのを見て子供心に敵じゃないって思ってくれてるみたいだ。それは嬉しいよー。でも毎回性別間違えるのは止めてねー?
僕はしゃがんで子供達の頭を撫でてちょっとスキンシップ。
ニッコリ笑うと少年少女達もニッコリ笑ってくれて、なんだか心が温かいやー。
この子達の他にも年長さん、学生下級組さん、上級組さんと年代ごとに分かれてるわけだけどー、やっぱり年をとるに連れて理性的というか、下手すると反抗期的な感じになってきたりもするしこのくらいの子達が一番無邪気だなーって感じはするよー。
そうしてちょっぴりだけみんなと戯れてから、僕はまた立ち上がって奥に座る女性を見た。
サクラさんよりちょっと上くらいの年齢で、黒髪を肩口で切りそろえてカチューシャをつけている。青い目がとても綺麗な、髪の色と合わさって昼と夜の間を思わせる女の人だ。
「やっほー、こんにちは院長先生。元気してたー?」
「ええ、お陰様で。お帰りなさい、ソウマちゃん」
僕が片手を挙げて挨拶すると、その女の人はにこやかに笑って応えてくれる。
そう、この女の人が今この孤児院で院長先生をしている。Eランク冒険者でもあり、自らも薬草採取や町内清掃みたいな軽作業依頼をこなして院の運営を支えてたりするすごい人なのだ。
ミホコ・ナスターシャさん。
先代院長で僕が主にお世話になったメリーさんの義理の娘で、僕にとっても姉のような感覚の人だねー。
「いつも薬草の納品依頼を受けてくれてありがとう、ソウマちゃん。それに寄付金だって、いつも多すぎるくらいにもらっちゃって……」
「恩返しにしてはささやかなくらいだよ、気にしないでー。それよりミホコさんも元気してる?」
「ええ、とっても! それもこれもみんな、あなたのおかげよ……いつも助かってます。本当に、ありがとうございます……!」
「そんな畏まらないでよー」
そう言って律儀に礼を言ってくるミホコさん。ずいぶん申しわけなさそうにしてるのはたぶん、こないだリリーさんから聞いた話が関係してるんだろうね。
なんでも寄付する額が多すぎて、僕が身を削ってやしないかって泣いたって話だし。少しばかりの恩返しのつもりなんだけど、どうも調子の狂う話ではあるよー。
とりあえず茶目っ気めかして笑うと、さすがに泣き出したりはせずに笑い返してくれる。ただ、どうしても眉は下がってるねー。
先代のメリー院長が借金の満額返済を機に引退して後、義理の娘であるミホコさんが院長職を引き継いだ。
彼女も元々ここの孤児院の出なんだけど、独立してからは職員として働き、合間を縫って経営学や経済学を独学で学んで後を継げるよう頑張ってたんだからすごいよねー。
昔はちょっぴりおっちょこちょいな新米先生だったのが、今じゃ立派な院長先生だもの。
メリー元院長もそりゃ安心して後を託すよねー。あの人はあの人で今、悠々自適にご隠居さんしてるって聞いたしまたその内、お会いできるといいなー。
「それで今日はどうしたの? そちらの方は?」
「あ! そうそうそうだった。いや実はねー、こちらの女性、レリエさんについて相談したいことが一つあってー」
「ソウマくんのパーティーメンバーのレリエです、よろしくお願いします」
思いを馳せているとミホコさんから用件を尋ねられて、慌ててレリエさんを紹介する。彼女についての相談が今回、ここに寄らせてもらったメインの目的なんだ。
丁寧にお辞儀するレリエさんはなんていうか、所作の優雅さがまるで王侯貴族みたいにエレガントだよー。
振る舞いの美しさについてはシアンさんやサクラさんも褒めてて、もしかして古代においては名のある貴族とかだったのかと一瞬思ったんだけど。
なんでも古代文明においては結構な数の国がいわゆる身分制度を廃止してるそうで、彼女の振る舞いは誰しもが身につけるマナー教育の一環だそうな。
なんともいろいろとんでもない話に、僕らは目を丸くしてはるか昔の文明に想いを馳せたのも記憶に新しいよー。
こういうちょっとしたエピソードを聞くだけでも値打ちがあるんだから、そりゃー国や貴族も古代人の身柄を抑えたがるよねーと3人、感心とともに納得せざるを得なかったほどだ。
ともかくそんなレベルでしっかりした所作を見せたレリエさんに、ミホコさんは慌てて立ち上がり居住まいを正して返礼した。
貴族だかと勘違いしてるね、これは……本当はもっとぶっとんだ正体なんだから、世の中って未知ばっかりで面白いよー。
「ああ……これはご丁寧に。ありがとうございますレリエさん、私は当院の院長を務めておりますミホコと申します。いつもソウマちゃんがお世話になっています、よろしくお願いします」
「お世話だなんてそんな。むしろ私のほうが、数日前からずーっとお世話になっていまして」
「と、おっしゃいますと?」
「はい、実は私────」
と、言うわけで事情をある程度説明。
レリエさんが古代文明から蘇った人だということ、数日前に迷宮内で僕が見つけて保護したこと、結成予定のパーティー・新世界旅団に新人団員として入団したこと。
そしてそんな中で、帰る場所のない彼女に旅団だけでなく、オレンジ色孤児院を戸籍上の住所や緊急避難先などの、セーフティネットとして利用したいということを話す。
ミホコさんもさすがに目を剥いてビックリしていたけれど、つまるところ8年前の僕と同じようなものだからね。割とすぐに立ち直って理解を示してくれた。
僕の時はめちゃくちゃ怯えてテンパってたのを思うと、年季や経験って凄いなーって思うよー。
「……事情は分かりました。そういうことでしたら私どもに断る理由はありません。何よりもソウマちゃんからの頼み事なんてめったに無いのですから、全力で応じますとも」
「ありがとうございます、ミホコさん!」
「いえいえ、はるか古代から時を超えて来られて、さぞ不安かとは思いますが……私達はいつだって温かいスープと毛布を用意して、あなたをお待ちしていますよ。もちろん、ソウマちゃんもね」
「ありがとー、ミホコさんー!」
そして快くレリエさんを受け入れてくれたことにも改めて感謝するよー。昔のあんな僕でさえ受け入れてくれただけのことはあって、すごくすごーく優しくて温かい人達だねー。
これで万一、新世界旅団に何か不測の事態があったとしても彼女はここを頼ることができる。寄る辺ない古代文明人の、現代における避難先にすることができるわけだね。
ホッと一息つける。レリエさんが優しい瞳で、そんな僕の頭を撫でてくれた。えへ、えへへー!
と、そんな時だ。さっきの職員さんがまたやってきて、ミホコさんに言うのだった。
「院長先生。15年前にここを巣立ったと仰る冒険者の方が、院長先生との面会を希望されているのですが……」
「15年前? ……誰かしら、私と同じくらいの世代だけれど」
首を傾げるミホコさん。
どうやら今日は千客万来って感じみたいだねー、この孤児院。
僕とレリエさんに続いての来訪者。それも15年前にこの孤児院を巣立ったという、いうなれば僕の大先輩さんとのこと。
ミホコさんとほぼ同じくらいの年代だろうねー、どんな人だろ、気になるー。なんとなしワクワクしながら職員さんとミホコさんのやり取りに耳を傾ける。
「ミシェル・レファルと名乗る女性の方です。冒険者証を確認しましたがB級で、はるばるカミナソールからお越しのようで」
「ミシェル……ミシェル! 聞いた名前ね、たしかに私の友達だったわ。というかカミナソールって、ずいぶん遠くから来たのねえ」
「なんでもパーティーの都合で単身エウリデに来られて、そのついでに当院に寄ったとのことです」
なるほど、どうやら嘘や騙りの可能性も低いみたいだ。本当にこの孤児院を出た方のようだね、しかも院長と同学年。
とはいえカミナソールか、本当に遠くから来たねー……はるか海を越えた先にある大陸の西端、内陸にある大国じゃないか。
距離の関係上エウリデそのものとはトルア・クルアを通しての貿易をそこそこやってるに留まっている、あまり馴染みのないお国だったと記憶してるよー。
そんなところでB級になるまで冒険者をして、それでパーティーの任務か何かでこっちに寄ったってわけかー。
「そういうわけなら応接間に案内してもらえる? 私もすぐに行くから」
「分かりました、そうしますね」
「にしてもミシェル、Bランクかー……頑張ったのね、あの子も」
そうとなればと一も二もなく応対する旨を告げるミホコさんが、懐かしげに遠い目をしてつぶやく。
15年前の旧友かあ、そりゃ懐かしいよねー。しかもBランクってなかなかだよ、少なくとも相当な努力がないと到達できない地点ではあるし。
僕もちょっと、気になってきたなあ。新世界旅団のメンバーとして、カミナソールの現状とかも聞いてみたいし。
もしよければ僕も面談に相席させてもらえないかな、厚かましいかなー? レリエさんをチラ見すると、彼女も知的好奇心を刺激されたのかちょっとワクワクしてるねー。
こうなったらダメ元で相談してみよっか!
「ね、ミホコさん。その人に僕らも会ってみたいんだけど、面会に同席させてもらえたりしないかなー?」
「ソウマくんとレリエさんが? ええと、どうしたの?」
「いやー、カミナソールのこととか気になるし。それにBランクの冒険者さんだから、レリエさんにも見てもらいたいしー」
「お恥ずかしながら登録したてのFランなもので。一人でも多くの先輩から学ばせてほしいんですよ」
息もピッタリに二人で頼み込む。せっかくの機会だ、逃す手はないよねー。
キョトンとしているミホコさんだけど、特にレリエさんのためというところで得心したみたいだ。事情を知れば右も左も分からない新米冒険者の古代人だもの、少しでもためになりそうな機会があるなら経験させてあげたいって思うのが人の情ってやつだよねー。
「そういうことなら構わないわよ。ただ、向こう方が席を外してほしいと言うなら退席してもらわないとだけれど」
「そこはもちろん従うよ」
「私達もそこまで厚かましくありませんからね。ありがとうございます院長先生」
「いえいえ。それじゃあ行きましょうか、もうミシェルさんも面会室にいるでしょうし」
快く受け入れていただいてみんなで部屋の外に出る。入れ違いに別の職員さんに子供達をおまかせするんだけど、みんな僕らがいなくなるのを寂しがっていたのが印象的だ。
一人ずつ軽く頭を撫でて慰めながらも、後ろ髪を引かれる思いを振り切って面談室へ向かう。階段を降りて一階、真っ直ぐ伸びる通路の中央部の部屋だねー。
歩きがてら、軽くレリエさんに説明する。
「Bランクってことは、世界各地の迷宮にもそこそこ潜れるだけの実力があるってことになるね。たぶん、迷宮攻略法も一つくらいは習得してるんじゃないかな」
「迷宮攻略法……迷宮を攻略するために体系化された戦闘技術の総称、よね。大迷宮深層調査戦隊が編纂したっていう」
「そだねー。初めて会った時にもいくつか見せたと思うよ、身体強化とか重力制御とか、あと威圧とかね。あーゆーの」
「人間業じゃないと思うんだけど、あれ普通に身につけられる技術なんだ……」
冒険者のランクって実力とか依頼達成状況、人間性や社会性なんかを総合的に見て決められるものなんだけど、最近だと特に重要なのが迷宮攻略法の習得状況だったりする。
一つでも身に付けてたら大きく査定にプラスされるからねー。Bランクともなれば当然何かしらは持っていてもおかしくないとされだしている今日このごろ、ミシェルさんって方もたぶん威圧なり身体強化なりくらいは持ってるんだろうね。
すでに僕が使うのをいくつか見てるレリエさんはなるほどと頷きつつ、それじゃあと尋ねてきた。
「迷宮攻略法って全部でいくつあるの? ちなみにソウマくんはそのうちどれを使えるのかしら」
「今のところ7つだねー。僕はどれが使えるっていうか、全部使えるよー」
「……………………え? そ、それってめちゃくちゃすごいんじゃ」
「少なくとも3年前の時点では、僕とレイアしか迷宮攻略法をコンプリートした、通称"タイトルホルダー"はいなかったねー。今はどうか知らないけどー」
調査戦隊でも別枠扱いだった僕と、リーダーとして誰よりも精進し続けていたレイア。この二人だけが当時、7つ編み出されて体系化された技能群をすべて習得できていたんだ。
他のレジェンダリーセブンはそれぞれ得意な方面の技術に特化してたし、複数習得してたリューゼやミストルティンとかでも3つが限度ではあったしねー。
3年経過した今ならもしかしたらタイトルホルダーも増えてるかもしれない。その辺も聞きたくてミシェルさんにエウリデの外のお話を聞きたいところもあるわけだね。
辿り着いたに面会室、ミホコさんが先頭に立ちドアをノックをする。中にはすでに誰かいるっぽくて、微かに気配を感じるねー。
失礼します、とドアを開ければ中に入る。ミホコさん、僕、レリエさんの順だ。次々入れば室内のソファ、座っていた女性が立ち上がって出迎えてくれた。
院長としてミホコさんが口を開く。
「大変お待たせしました、当院院長のミホコ・ナスターシャです──」
「ミホコ! やっぱりミホコだ! 懐かしい、久しぶり!」
「────ミシェルちゃん!」
丁寧な挨拶と束の間、すぐに女性が興奮したように叫んだ。
ベリーショートの小柄なお姉さんで、狩人めいた軽装のラフな格好だ。かなりの美人さんだねー。
どうやら彼女がミシェルさんらしい、ミホコさんが途端に院長としてでなく孤児院出身の子供としてはしゃぎ始めた。
何年ぶりか、下手すると15年ぶりの再会って感じかー。
「ああ、なんて懐かしい! 元気にしてくれていたのね、ミシェルちゃん!」
「もちろん! ミホコこそ、院長先生だなんて立派になって……! それにこの施設! 前とは比べ物にならない、いつの間に新築を?」
「去年よ、うふふ! 素敵な冒険者さんに資金援助いただいて、借金だって完済していただけたの! おかげさまで今じゃすっかりまともな運営ができているわ!」
「えっ……そ、そうなの!? そんな奇特な、聖人みたいな冒険者がいるんだ……」
「えへへ!」
唐突にめっちゃ褒められて照れちゃう! えへへ、聖人だってさ、この僕が!
急に声を上げて笑いだして、あまつさえ頬を染めて頭を掻く僕は当然ながらとてつもなく目立つ。悪目立ち。ミシェルさんは旧友との再会に水を差した子供の存在に、今気づいたようで戸惑いながらもミホコさんに尋ねた。
「えっと、孤児院の子? 見た感じ年長組さんみたいだけど、まさかあなたの娘とか言わないわよね?」
「ちょ……ちょっと! その子が今言った、素敵な冒険者さんよ! ちなみに男の子ね? そこは気にしてるから間違わないであげて!」
「………エ"ッ"」
「男ですー……15歳冒険者ですぅ……!」
ああああ娘さんって呼ばれちゃったああああ! マントで身体を隠してもないから体格で分かるだろーって思ってたのにいいいい!
しかもサラリと年長さん扱いされてるよー!? 概ね6歳から10歳くらいまでの年代を差す呼称だけど、僕15歳ですけどー!! 普通に独立しててもおかしくないし、なんならもう独り立ちしてますけどー!! けどー!!
す、すごいよこの人、わずか一言で僕の繊細な心をズタズタにしてきたよー……破壊力抜群だ、がくーっ。
その場に膝から崩れ落ちる僕をレリエさんが慌てて支える。ミホコさんは苦笑いしつつミシェルさんを見てるし、空気が一気に変な方向にいっちゃったよー。
「大丈夫、ソウマくん!? 傷は……心はともかく身体は無事よ、安心して!」
「あのね、ミシェルちゃん……この子、ソウマ・グンダリくんはこれで孤児院の借金を完済してくれたり新築費用も出してくれた大切な人なの。何よりも私達と同じでこの孤児院出身の子だから、あまり侮辱するような物言いは止めてもらえるかしら……」
「こ、この子が!? ごめんなさい、ついうっかり見たまま思ったままを口に!」
「ああああ偽りなき真実の感想うううう」
「!?」
完全に素のリアクションってことじゃん! 余計に酷いよ、フォローになってないよー!
今度こそ完全に撃沈したよー、しばらく立ち直れないからレリエさんあとはよろしくー。介抱してくれるレリエさんにそっと身を委ねる。
「あ、い、いやその! ────って、ソウマ・グンダリ!?」
「え?」
思わぬ失言にあたふたしている様子のミシェルさんだったけど、いきなり何が引っかかったのか僕の名前を叫んで驚く。
何、どしたのー? と力なく彼女を見ると、目を見開いてわなわなと震えつつも、僕を指差し弱々しく言った。
「ソウマ・グンダリって……まさか、まさか冒険者"杭打ち"!? なんでここに!?」
「…………誰から聞いたのかなー?」
「っ!?」
いきなり僕の素性を当ててきた彼女に、そっと軽い威圧を与える。唐突にずいぶん怪しいこと言うよね、このお姉さんってばー。
傷心もそのままにレリエさんから離れて立ち上がる。その間もずっと、威圧は与えたままだ。
どうにか自分の威圧で中和しようとしてるみたいだけれど、たとえ軽くてもBランクの人にどうこうできる程度のプレッシャーじゃないんだよ、僕のはさ。
身動きの取れない彼女に近づき、じっと顔を覗き込む。
「こ、れは……! この威圧、この強さは……!?」
「どうしてあなたが"杭打ち"について、そんなところまでご存知なのかなー? いくらなんでもカミナソールの一冒険者の耳にまで入るほど、迂闊な振る舞いはしてないつもりなんだけどー」
「…………!!」
「誰から聞いたんですか? 悪いようにはしませんから、お教え願いたいですねー」
直球で聞く。まず間違いなくこの人にいらないことを吹き込んだ人がいるはずなんだ。
元調査戦隊メンバーか、はたまたエウリデの高官なりか。少なくともこのどちらかとは繋がりがあるはずなんだよー。
じっと見つめる。別に黙秘したところで何かする気はないけど、こういう時は威圧をかけてただジーッと見つめるのが効果的だってウェルドナーのおじさんも言ってたしね。
そしてさすがと言うべきか、ミシェルさんはすぐに詰問に屈してくれた。
自分の持つ情報の出処がどこからなのか、あっけなく吐いてくれたのだ。
「わ、私の、所属するパーティーのリーダー……! 誉れあるレジェンダリーセブンが一人、"戦慄の冒険令嬢"! リュ、リューゼリア・ラウドプラウズ様から話を、話を聞いていましたっ杭打ちさんっ……!!」
ミシェルさんに僕の、というか"杭打ち"の正体を伝えたその人の名前を聞いて、真っ先に思ったのがまたか! って気持ちだ。
"戦慄の冒険令嬢"リューゼリア・ラウドプラウズ。レジェンダリーセブンの一人にしてかつては調査戦隊の中にあっても最強格として扱われていた、Sランク冒険者だねー。
「リューゼのパーティー、今カミナソールにいるんですか? ……ていうかペラペラと喋ってるんですかねー、あいつ」
「あっ、いえ! 一応パーティーの幹部クラスにだけ酒の席でコッソリと! かの調査戦隊最強とされた"杭打ち"の正体はソウマ・グンダリなる少年、少年? であると仰られていました!」
「なんで少年であるところに疑わしさを抱いてるのかしら……」
そんなリューゼのパーティーに属しているらしいベリーショートの女冒険者は、興奮とも畏怖ともつかないキラキラした目で僕を見て言う。
レリエさんの言うように、この期に及んでなんで少年ってところに首を傾げてるんだろうねー? 場合によってはこの場でギャン泣きするよー?
ちなみに一応威圧は解いてある。リューゼの縁者ならあまり、乱暴なことをするのもまずいし、何よりミホコさんの目も怖いからね。
彼女も僕が正体を隠して活動してることは承知なので、あっさり言い当てちゃったミシェルさんに対しては吹聴しないよう言い包めてくれたけど……とはいえ旧友を威圧で脅されるのも面白くはないだろうし。
さておき、リューゼがまさかカミナソールにいるとは思ってなかった。あいつ山と海なら海! ってことあるごとに言ってたのに、なんでまた内陸国を拠点にしてるんだろう?
ミシェルさんにいろいろ尋ねてみると、彼女はハキハキした声で喋り始めた。
「リューゼリア様は調査戦隊解散後、各地を転々としつつ仲間を集め、冒険者パーティー"戦慄の群狼"を組織されました! そして2年前に内戦状態だったカミナソールに辿り着き、反乱軍側に与して圧政を強いる政府軍を打倒、あっという間に新政府樹立の立役者になられたのです!」
「…………えぇーっと。冒険者、パーティー、だよねー?」
「なんで革命の手伝いしてるのかしら……」
カミナソールが内戦状態ってのも知らなかったけど、それをなぜかリューゼ率いる"戦慄の群狼"なるパーティーが主導的立場で成し遂げたってこともまったく知らなかったよー。
迷宮や冒険ほっぽらかして何してるんだろうね。前から気の向くままにわけの分からないことをするやつではあったけど、これはとびきり理解不能だ。
さしものレリエさんもミホコさんも絶句してドン引きしている。ミシェルさんだけだよ、やたら自慢げに誇らしげにしてるのは。
そして彼女は続け、胸を張りつつ説明するのだった。
「そこから今日に至るまでカミナソールを拠点として冒険活動を行ってきましたが、つい先般こちらの町にて、気になる事件が起きたとの情報が入り……リューゼリア様直々の命令で不肖、このミシェルが先遣を務めに参った次第です、杭打ちさん!」
「そ、そうなんですかー……気になる事件?」
「はい、他ならぬ杭打ちさんのことです! 調査戦隊解散以降、完全に鳴りを潜めていた冒険者"杭打ち"が騎士団長ワルンフォルースとSランク冒険者サクラ・ジンダイを相手に大暴れし、直後に新世界旅団なるパーティーへの参加を表明したと! そのような報せが冒険者新聞にて届き、動いた次第です!!」
「えぇ……?」
誰だよー! 余計なニュースを国外にまでばら撒いたのはー!
って、言うまでもなく冒険者新聞を発行している冒険新聞社の連中だねー。ギルドで酒を飲んでる酔っ払いに金を払って、あの茶番についての詳しいところを聞き出したと見たよー。
冒険者絡みのスクープを漁っては記事にして世界中にすっぱ抜くハイエナ記者連中は、冒険者達からマジで嫌われていながらも普通に近づいてきてはスルリと懐に入って気を許させて情報を得る手練手管からまんま蛇って揶揄される面倒臭さのプロだ。
僕もかつては正体を暴こうとした記者につきまとわれたもんだよー。面倒だからサクッと撒き続けてたら数ヶ月くらいで去っていったけど、こう来るかぁ……
頭を抱える僕に、反面にやけに嬉しそうな顔でミシェルさんが話を続ける。
「我々"戦慄の群狼"はその報を受け、即座にエウリデに拠点を移すことを決定しました! リューゼリア様の鶴の一声で、新世界旅団なるパーティーを見定める、場合によっては杭打ちさんを取り戻すと仰ったのです!」
「取り戻すって……あいつのものになった記憶なんて一瞬もないのにー……」
「そしてそのためにも一足先に情報収集役が必要ということで私が遣わされました! 故郷ですし、情報部のリーダーということもありますので! まさかこのような形でお会いできるとは思いもしませんでした、杭打ちさん!」
キラキラ輝く笑顔は元気そうでよろしいけれど、来るのかーリューゼ……騒がしくなりそうだよー。
というか冒険者新聞で出回っちゃってるってことは、世界中の冒険者達がもうすでに知ってるってことかー。うーん、なんか嫌な予感しかしないよー。
世界中に知れ渡ってたこないだの茶番と僕の新世界旅団加入の件。
それを受けてわざわざはるか海の向こうのカミナソールから、リューゼがパーティーを率いてやってくるそうな。なんともはやご苦労様なことだねー。
みんなソファに座ってミシェルさんのお話を聞く。リューゼについてはレリエさんはもちろん、ミホコさんも面識はないんだけれどかつて僕が在籍していた調査戦隊絡みのことだからねー。
そうでなくとも冒険者なら調査戦隊の話は、たとえ関係なくても聞いて損はないって思う人が多いし。僕と関係のあるお二人からしたら、余計に好奇心を掻き立てられるのかもしれなかった。
「私の任務は杭打ちさん、および新世界旅団の様子を確認、観察と、リューゼリア様率いる"戦慄の群狼"本隊に報告することです。よもやこのような形で接触するとは思いませんでした……スラムの孤児院出身とは聞いておりましたので、不思議とは思いませんが」
「大分いろいろ喋ってくれてるねー、リューゼ……」
「飲みの席では特に、あなたのことを中心に話していますよ。自分と唯一同等以上に渡り合う化物で、なのにまるで少女のように可憐な見た目をしている方だ、と」
「……………………」
笑顔で話すミシェルさんには悪いけど、リューゼのやつが今ここにいたら殴りかかってると思う。あいつ何を言ってくれてるんだよー!
まず第一に、あいつと同等以上に渡り合えるのは僕だけじゃなかった。レイアは明確に格上だったし、少なくともミストルティンは互角だった。条件が整えばワカバ姉も十分戦えたと思う。
だのになんで僕だけ指して化物呼ばわりするのさ! しかも少女みたいな見た目なのにって! 僕は男だよー!
……当時は今より幼かっただろうから、黙ってたら万一くらいにはそう見えたかもしれないけれど。それはそれとしてこれには抗議するよー!
「り、リューゼに報告する時についでに抗議しといてもらっていいですかー?」
「えっ……え、わ、私からですか!?」
「"相変わらず羽毛より軽い口だけどそんなんでよくパーティーリーダーとかできるね。勝てないからって人のこと化け物呼ばわりするのダサいと思うんだけどどう思う? っていうか戦慄の冒険令嬢ってそれ何、いつからお嬢様になったのウケるー"……って伝えておいてくださいー」
「無理ですよ!? リューゼリア様はその手の悪口、たとえジョークや軽口でも本気で受け取るんですから!!」
「知ってますー」
口が軽いくせに軽口に本気でキレるんだからちょっとどうかしてるよねー。しかも3年経って直ってないとか、今もう20歳くらいでしょうに何をしてるんだかー。
とはいえあんまりミシェルさんを困らせるのも本意じゃないし、僕はからから笑って言い繕う。
「まあまあ冗談ですよミシェルさん。どうせ来るなら直接会って文句つけますよー、リューゼがどのくらい強くなったかも気になりますしねー」
「あのリューゼリア様に、そこまで対等以上に言えるのもあなたくらいのものでしょうね、杭打ちさん……さすがは世界に3人しかいないとされる、迷宮攻略法タイトルホルダーに数えられるだけはあります」
「3人……一人増えたんですね。僕とレイア以外に誰が?」
タイトルホルダー、すなわち迷宮攻略法をすべて習得した人が僕とレイアの他にもう一人生まれていたことに驚きつつ尋ねる。
世界中に伝播して3年にもなるんだ、すべて習得してる人がいてもおかしくはないのかな。僕もレイアも2年未満でコンプリートしてるしね。
レジェンダリーセブンの誰か、それこそリューゼだったりするのかなーって思ってたら、ミシェルさんはまるで全然知らない人の名前を挙げてきた。
「デルフト・ドットというSランク冒険者ですね。調査戦隊にこそ加入しませんでしたが、地元ラズグリーズ王国の迷宮を軒並み踏破したとされるトップクラスです」
「へえ……意外って言ったらそちらの方に失礼だけど、正直リューゼかミストルティン、そうでなくともレジェンダリーセブンの誰かが3人目になると思ってました」
「少なくともリューゼリア様は悔しがっていましたね。余所者に先を越されたと……以前にお会いした、レジェンダリーセブンの"鉄拳"こと、ガルドサキス・エルドナートさんも同様でした。御方は実際にデルフトさんに会って、実力伯仲の様相を呈したとか」
「ガルドサキスが? それはまた……」
聞いたこともない名前の人だけど、レジェンダリーセブン随一の肉弾戦特化のガルドサキスと同等ってあたり相当な使い手だね、そのデルフトさんって方は。
ただ、すべての迷宮攻略法を使いこなせてるってわけでもないみたいだ。僕やレイアよりかは幾分、習熟できてないと見るよ。
本当にすべてを使いこなせているなら、たぶんタイトルホルダー同士じゃないと勝負にならないはずだしねー。
習得したっていうのと実際に戦闘で活かせるかってのはまた、別問題だし。すべての攻略法に精通はしてるけど、それらを使いこなせてるわけでもないって段階なのかな。