2

 その日の練習後のミーティングで、ダンは、決勝の相手となったウェブスター校から招待状が届いた旨を告げた。「我が校で行われる練習試合を、観に来られませんか」という内容だった。
 翌々日の放課後、桐畑たちは、キングス・クロス駅へと集合した。グレート・ノーザン鉄道の機関車を利用し、ピーターバラ所在のウェブスター校へと赴くためだった。
 石造りのキングス・クロス駅は、行き交う人々でごった返していた。頭上の円形の屋根には窓があり、プラットホームに心地よい光が降り注いでいた。
 機関車に乗り込んだ桐畑は、中を進む。床や壁は深い茶色で、腰の高さを縦に貫く手摺は黄土色だった。
 空きのコンパートメント(仕切られた座席)に入るべく、桐畑は、上半分が窓となったドアを開いた。コンパートメントは、木製の二人席が向かい合った造りだった。桐畑は、窓際の席に腰を掛けた。
 ほどなくして、ダン、エド、ブラムが入ってきて、桐畑のコンパートメントは席が埋まった。
「うわっ、きれーな景色! まさに、古き良きイギリスって感じだ! これこそ、機関車のダイゴミだよな!」
 桐畑の正面の座席に膝を突き外を見るエドは、元気が一杯で喚いた。窓の向こうの田園風景に、きらきらした眼差しを向けている。
「古き良きイギリスって、お前はそこまでイギリス史には詳しくないだろ? エドって、いちいち大袈裟だよな」
 エドの隣のブラムが、風景に静かな表情を向けながらやんわりと指摘した。
 するとエドは膝立ちを止めて、窓に向かっての正座の体勢になった。握った両手を膝の上に置き、考え込む風な面持ちだ。
「やっぱ俺って、子供っぽいかな。ブラムやアルマは一個しか変わらないのに、なーんか大人大人してるしなー。マルセロは、死ぬまでガキ大将だろうけどさ」
「いやいや、早合点するなよ。言葉の選択はともかく、身の回りのいろんな事柄に感動できるところは、紛れもないエドの長所なんだから。俺らはむしろ、見習わないといけないんだよ」
 悩ましげなエドの返答に、ブラムは熱を籠めた調子で即答した。
「おうっ、サンキュ! そやってサクッと人を褒められるところが、ブラムの長所だな!」
 快活に笑ったエドが、軽快な調子でブラムを褒めた。
「ああ。ありがとう」と、ブラムは不意を突かれた風に答えた。
(こいつらほんとに、仲が良いよな。エドを拒絶しやがったポルトガルのクソどもの後じゃあ、余計に染みるぜ)
 まだ笑顔のままのエドを見詰めながら、桐畑は微笑ましい思いだった。
 言葉が途切れた。何気なく外に目を遣る桐畑の耳に、機関車のシュコシュコという走行音が聞こえ始めてくる。
「ダン校長。ウェブスター校がどんな学校か、詳しくご存知ですか? 一昨日は、社会主義団体が設立した、とだけ仰っていましたが」
 ダンに身体を向けたブラムが、改まった口調で尋ねた。背筋は伸びており、表情は引き締まっている。
 桐畑の隣のダンは、落ち着いた目でブラムを見返しながら、静かに返答をする。
「ウェブスター校の母体は、革新(Fellowship)社会(of the)同士会(Progressive)。社会主義社会を理想と位置付ける団体だ。ウェブスター校はホワイトフォード以上に、スポーツに秀でた子供を集めてきている。ただ、良くない噂もある」
「ダン先生、それって、どうゆう噂?」
 訝しげな雰囲気で、エドが即座に問うた。
「流言飛語に過ぎない可能性もあるが、やはり、関係者である君たちには教えておこう。競技の種類に関わらず、ウェブスター校と対戦する選手は、試合の前に怪我をする割合が高い。それも練習中ではなく、路上で突然何者かに襲われた、などの事件性のあるものだ」
 ダンの語調はなおも冷静だが、言葉の端々に深い懸念が感じられた。
 驚いた桐畑は、ダンと同じ抑えた声で尋ねた。
「そりゃあ聞き捨てならねえな。確実に勝つために、敵の選手をあらかじめ潰しておく、ってわけですか?」
「色眼鏡を外して考えても、その可能性は否定できないな。英国民が熱狂するスポーツを通じて、どんな手段を用いてでも、社会主義の優位性を詳らかにする。そういう発想を抱く輩も、中には存在する」
 ダンが言葉を切り、再び機関車の走る音が耳に届き始めた。
(朝波じゃねえから詳しくは知らんが、社会主義も、人を幸せにするためのシステムなんだろ。怪我で人を不幸にしてどうすんだっつの。本末転倒、甚だしいだろうがよ)
 確証のある事実でないにも拘わらず、桐畑の胸には怒りが生じ始めていた。