F級テイマーは数の暴力で世界を裏から支配する

「……あー良かった。ギルドマスター。ナイスな助言だ」

 心配してくれた受付嬢には申し訳ないが、流石にあれはちょっとお節介だなと思ってしまった。
 確かに俺が普通の9歳児だったのなら正しい判断だったのだろうが、手段さえ選ばなければ、理論上ここシュレインを崩壊させられるだけの強さは持っているんだ。確かに俺単体ならそこそこ……といった具合だけどね。

「それじゃ、早速行くか」

 これからやるのは初依頼。
 どうせなら、今日は門をくぐって外に行ってみよう。
 そう思った俺は冒険者ギルドの外に出ると、歩いてシュレインの外へ出る門へと向かう。

「きゅきゅ!」

 ふと、ネムがリュックサックから出て来て、俺の胸元にすり寄ってきた。
 俺はすぐさまネムを抱きかかえると、優しく撫でる。

「はははっ 可愛いな。……あ、そういやネムには従魔の証となるものをつけないと」

 ”テイム”で従魔にしている魔物には、他の野生の魔物と区別する為に、従魔である証となる物をつけなくてはならないという決まりがある。証にするものは、それを見て直ぐに従魔だと判断できる物であれば問題ないという。

「まいったな。今はそれっぽいもの持ってないし……ネム。悪いけど今はリュックサックに入っててくれ。この依頼が終わったら、買って上げるから」

「きゅ~……」

 ネムは残念そうにうな垂れるが、しぶしぶといった感じで頷くと、再びリュックサックの中に入る。
 そんなネムに、俺は心の中で謝罪しながら歩いていると、とうとうシュレインから出る門の前に辿り着いた。
 入るときは簡単な検査があるが、出る時は特に必要ない。
 俺はそのまま普通に門をくぐり、シュレインの外に出た。

 ◇ ◇ ◇

「ギルドマスター。本当にあの子、Cランク相当の実力があるんですか? どうしてもそうは見えなかったんですけど……」

 シンが去って行く様子を眺めながら、受付嬢のサリナは横に立つギルドマスターに疑わし気な視線を送る。
 ギルドマスターは元Sランク冒険者である為、その眼は本物なのだろうが、それでも疑わずにはいられないのだ。
 周りの受付嬢も、うんうんとサリナの言葉に同調する。
 すると、ギルドマスターはやれやれと肩をすくめると、口を開いた。

「ああ。多分相当階級の高い祝福(ギフト)を宿してる。俺の勘からして、多分A級だな」

 ギルドマスターの言葉に、サリナたちはざわつく。
 当然だ。A級の祝福(ギフト)を持つ人は、1000人に1人とされるほど、貴重な存在だからだ。
 なら、なおさら危険なことはさせては駄目……と言いそうになるが、それをギルドマスターが手で制す。

「それに、身のこなしからして結構鍛錬を積んできた感じだ。体格の差を考慮しても、Cランク冒険者よりも強いことに偽りはねぇ。だから大丈夫だ。それに、あの感じならどのみち1人で行ってたと思うぜ。だったら、下手に誤魔化されるよりも行かせた方がいい」

 ギルドマスターの言葉に、サリナたちはしぶしぶといった感じになりつつも、頷いた。確かにあそこで駄目だと言っても、子供なら無視して行ってしまうのはよくあることだからだ。
 だが、ギルドマスターの内心はそれとは少し違った。

(あの子供。実際はそれどころじゃなさそうだな。確かに普通に戦えば、Cランク以上Bランク以下といった感じだ。だが、なんか違和感があると言うか、得体が知れないと言うか……少なくとも何か1つ大きな手札を上手く隠しているな。まるで剣士がその手札を隠すカモフラージュみたいな気がしてならねぇ)

 元Sランク冒険者としての経験から、彼はそう判断する。その鍵となるのが、リュックサックからチラリと見えたスライムだと思うのだが……詳しいことまでは、よく分からない。
 だが、長い冒険を経て培ってきた戦闘勘のお陰で、1つ分かることがある。
 それは――

「俺でも、手加減は出来ないぐらいの――強者だな」

 誰にも聞こえない声で、ギルドマスターはポツリとそう言った。
 シュレインの外に出た俺は直ぐに街道から逸れると、森へと向かって歩き出す。
 そして、数分程で森に着いた俺は、()()の視覚をこの森にいるスライムの視覚に移す。
 こうすることで、左目で周囲を警戒しつつ、右目で他の場所も警戒することが出来るのだ。
 これ自体は5歳の時に既に思いついていたのだが、如何せん難易度が高すぎた。
 何度も挑戦したが、その都度頭がこんがらがって、視界がぐっちゃぐちゃになる。
 だが、何度も何度もそのロマン技を使えるようにする為に練習を続け、つい最近になってようやくまともに使えるようになったのだ。
 俺は左目で周囲を警戒しつつ前へと進みながら、右目の視覚を、この森にいる様々なスライムに移して、魔物がどこにいるのかを探る。

「ん~……俺の周囲200メートルにはどうやらいないようだな。ただ、フィルの花はそこそこあるな」

 魔物の姿は無く、逆にフィルの花は必要数あるという、理想的な状況だった。
 だったら、魔物がいないうちにさっさとやるべきことを片付けないと。
 そして、終わったら魔物を探して戦う。うん。完璧な作戦だ。

「じゃ、行くか」

 俺はそう呟くと、右目が見ている場所へ向かって走り出した。
 転移で行くことも可能だが、魔力は節約しないといけないんだよ。
 あーもう。魔力がもっとあったらこんなに苦労しないのに。
 そんな感じで魔力容量がほぼ平凡なことを不満に思いつつも走り続け、やがて1つ目のフィルの花がある場所へとたどり着く。

「ん……お、あったあった」

 木の根元に4つ、黄色い花が見える。
 これがフィルの花だ。
 俺は念のため革袋から依頼書を取り出すと、そこに描かれているフィルの花と見比べる。

「……よし。同じだな」

 まあ、この森で似ている花は生えていないので、間違えようが無かったのだが、これで確定した。
 俺は依頼書をしまうと、フィルの花を根元から摘む。この時、根っこまで抜かないのがポイントだ。
 依頼書にも書かれているが、これは根っこさえ残っていればまた生えてくる。だから、残しておいた方が良いのだ。
 こうすれば、また採取出来るからね。

「これで4つか。あと16で終わりだな」

 依頼では、この花を20本見つけてこいと書かれていた。
 あと16本。この周辺に必要数生えていることは既に分かっているので、さっさと採取するとしよう。
 俺は採取した4本のフィルの花をリュックサックから取り出した、革袋に入れると、右目の視覚を次の場所へと変え、歩き始める。

「きゅきゅきゅ?」

 すると、ネムがどこか遠慮するような感じで、リュックサックから顔を出した。そして、俺の肩に飛び乗る。
 ああ、そういやここは人目があまり無い森の中だから、出ても問題ないな。
 ネムも、そのことを知ってて出て来たのだろう。だが、それでも少し自信が無く、遠慮がちになったのかな?

「うん。人前でなければ出てもいいからね。今なら問題ないよ」

「きゅきゅ!」

 俺の言葉に、ネムは体を上下に動かして、嬉しそうに鳴き声を上げる。
 俺はそんなネムを微笑ましく思いながらも次の場所へと到着すると、そこに生えているフィルの花を採取し、革袋に入れる。
 それを何度か繰り返していたら、ものの30分程で必要数集まってしまった。

「よし。これで完璧」

 俺は革袋の口を広げると、中に入っているフィルの花を見て、満足げな顔になる。

「きゅ?」

 ネムも、まるで俺の動きを真似するかのように革袋の中を覗き込んだ。

「うん。これでやることは終わったから、後はやりたいことをやって時間を潰そう。取りあえず、これは念の為しまっておくか」

 革袋に入れて持ち歩いていたら、何かの拍子で中に入れておいたフィルの花が駄目になってしまうかもしれない。
 そう思った俺は空間収納(スペーショナル・ボックス)を行使すると、その中にフィルの花が入った革袋を放り込んだ。
 これで万が一も無い。
 そして、代わりに宝物庫から盗……貰って来たミスリルの剣を取り出すと、その鞘を腰に付ける。

「これでよし。それじゃ、魔物を倒すか」

 俺はそう呟くと、周囲500メートル以内にいるスライムたちに、魔物が近くにいる場合は鳴き声で教えるよう頼む。
 すると、次々と「きゅきゅ!」と報告が来る。どうやらさっきと違って結構いるみたいだ。

「ん~……この中で1番近いのは……そこか」

 俺はここから1番近い場所にいる魔物の場所を特定すると、右目をそのスライムの視覚に移す。

「やあっ!」

「おら!」

「はあっ!」

 そこでは、冒険者たちとゴブリンの群れが戦っていた。見た感じ、その冒険者たちはそこまで強くはなさそうだが、それでも問題なくゴブリンを撃破していた。

「残念。先客いたか」

 冒険者が近くにいる場合は除外しろ……と命令しておけば良かったなと思いつつも、俺は次に近い場所のスライムの視覚に移る。
 すると、そこにはゆっくりと歩くゴブリンの群れがいた。
 数は……6匹か。
 そして、近くに冒険者がいる気配も無し。

「よし。初めての討伐相手はお前だな」

 そう言ってニヤリと笑うと、俺はそこへ向かって走り出した。
 距離としては大体200メートル程だったことで、ものの数分でそこに辿り着いた俺は、木々の間に身を潜めながら、スライム越しにゴブリンの動きをじっと見つめる。

「ゲゲッ」

「ギャギャ!」

 棍棒を片手に持つ、人型の魔物――ゴブリンは、そこで何やら雑談をしているようだった。
 何言ってるのかは全く分からないが……
 ま、それは置いといて、さっさと倒――ん、ちょっと待て。
 俺は”F級”の”テイム”を持っている。
 つまり、あそこにいるゴブリンもテイム出来るんじゃね?

「今までスライムしかテイムしてこなかったせいで、すっかり忘れてたな……」

 自身が持つ”テイム”に置いて、結構肝心なことを失念していたことに頭を掻きながらため息をつくと、俺はミスリルの剣に手をかける。

「流石にあいつら相手に正面から”テイム”を使うのは不安だし、5匹は倒して、1匹は……空間転移(ワープ)からの首裏に思いっきり手刀を叩き込む……で良いかな?」

 気絶させられる自信は全然ないが、流石にそうすれば一時的に怯みはするだろう。
 そう思った俺はミスリルの剣を抜くと、無詠唱で空間転移(ワープ)を使い、ゴブリンたちの直ぐ後ろに転移する。
 ある程度慣れてくれば、目に見える範囲であれば転移座標記録(ワープ・レコード)で座標を記録せずとも転移できるし、相当慣れれば、詠唱を省略したり、無詠唱にしたりもできる。
 そんな感じでゴブリンたちの背後を取った俺は横なぎに剣を振る。
 すると、剣の軌道上にいたゴブリンの首をしっかりと捕らえ――斬り落とした。
 更に、その先にいたゴブリンの首もはねる。

「……ッ!」

 初めて命を奪う感覚に、思わず身の毛がよだつ。
 だが、残り4匹のゴブリンの姿を見て気を取りなすと、即座に詠唱を紡ぐ。

「魔力よ。光り輝く矢となれ!」

 直後、俺の目の前に現れた魔法陣から3本の光る矢が放たれ、異変に気付き、振り返るゴブリンの頭部を穿たんと襲い掛かる。

「ギャギャ!」

「ギャア!」

 ゴブリンは咄嗟に迎撃しようとするが、その状況から間に合うはずもなく、顔面に思いっきり突き刺さる。

「ギャギャアア!!」

「ギャアアァ!」

 顔面に矢を1本受けただけでは流石に死なない。
 だが、激痛の余り冷静さを失ったゴブリンは、剣をハチャメチャに振り回す。
 それが仲間であるはずのゴブリンを斬り裂き、命を奪う。
 あ、このままだと残すつもりだったゴブリンも死んでしまう。
 そう思った俺は即座に地を蹴ると、剣を振り、狂乱するゴブリンたちの背中を斬り裂く。

「ギャ……ギャア!」

 残す予定だったゴブリンは仲間が瞬殺されたのを見るや否や、背を向けて走り出した。

「ちょ、待て!」

 逃がすわけにはいかない。
 俺は再び地を蹴ると、ゴブリンに追い付き、その首に思いっきり手刀を叩き込む。

「ギャ!」

 そんな叫び声と共にゴブリンは前に崩れ落ちた。
 だが、当てる場所が駄目だったのか、まだ意識はあるようだ。

「動くなよ。”テイム”」

 俺は動かれないよう、倒れるゴブリンの背中に片足を乗せると、”テイム”を使う。
 はたから見れば結構酷い光景だが……これしか方法が無かったんだ。
 すまない。
 それで、肝心の”テイム”なのだが……

「げ、1回じゃ無理だな」

 繋がりそうな気配はあるものの、1回だけでは”テイム”出来なかった。
 今までやって来たスライムが1回で成功したのは、スライムが弱かったっていうのもあるのだろうけど、1番の理由はスライム越しになってたお陰で、全く警戒されていなかったからだと思う。
 ”テイム”というのは、警戒されていない方が成功しやすい。そして、スライムは別にスライムを見たところで警戒なんてしない。
 つまりはそう言うことだ。
 だったらゴブリンは、空間転移(ワープ)でいきなりゴブリンの背後に移動して即座に”テイム”を使えばいいのではないか?ってなるのだろうが……
 それは失敗した時がちょっと怖いからね。
 最初は対象を弱らせたり屈服させたりするという、時間はかかるが確実な方を選ぶのが俺クオリティーなのさ。

「じゃ、2回目やるか。”テイム”仲間になろうよ」

 今度は初めて”テイム”を使った時のように、優しく語り掛けるように言う。
 足蹴にしながら仲間になろうよとか、サイコパスもいいとこだけどな……
 とまあそんなことはさておき、3回目!

「仲間になろう。”テイム”」

 すると、ゴブリンとの間に繋がりが出来た。
 お、成功か。
 にしてもここまで状況を整えたのに、ゴブリンでさえ3回もやらないとテイム出来ないなんて……
 多分空間転移(ワープ)を使った方法でも同じだっただろうな。
 ここに来て、俺の”テイム”がF級たる所以が垣間見える。
 まあ、ともかく成功したのは確かだ。
 俺は足を退けると、早速ゴブリンに命令を下す。

「ゴブリン。立ち上がってくれ」

 すると、ゴブリンは普通に立ち上がった。
 顔には感情があまり見られず、まるで操り人形のようだ。

「ん~……テイムしたはいいものの、意外と使い道がないな……」

 確かに、スライムよりもゴブリンの方がずっと強い。
 だが、ゴブリンを1匹テイムする間に、スライムは最大で数百匹とテイム出来る。
 それに、普通のスライムなら確かにゴブリンよりも弱いが、変異種となると話は別だ。
 変異種とは、その名の通り通常とは違う特徴を持つ個体のことで、前に俺が使った体長2センチのスライムがそれにあたる。
 だが、俺は他にも色々持っており、中にはゴブリンよりも殺傷能力の高い奴がいる。
 代表的なのは、通常の何倍も強力な溶解液を持つスライムだろう。中にはものの数秒で骨を露出させるヤバイ奴もいたんだよなぁ……
 え? 何でそんな細かいことを知ってるのかって?
 そりゃあ試したからに決まってるだろ。
 誰にと言われたら、路地裏にいた誘拐犯と答えておこう。
 で、話を戻すのだが、じゃあゴブリンに変異種はいないのかって聞かれれば、当然いる。
 だが、F級の”テイム”でテイム出来るような甘い奴らじゃないんだ。色々と異常な俺の”テイム”だが、基礎的な部分は普通のF級と変わらないし……
 とまあそんな感じで、結論! テイムするならゴブリンよりもスライムの方が断然いい!

「……このゴブリン。どうしよ?」

 特に何も考えずにテイムし、よくよく考えてみたら使い道が全然ないことに気付いてしまった。
 それにゴブリンって、嫌われている魔物ランキングで常に1、2を争う程嫌われている魔物なんだよね。
 だって、こいつによる被害って、結構多いんだよ。
 確かに弱いけど、基本集団で襲ってくるから、一般人なら当然勝てない訳だし、冒険者でも駆け出しの新人パーティーが舐めてかかって半壊させられるだなんてのもよく聞く話だ。
 そして何より……見た目が悪い。
 それくらい嫌われている魔物なんだから、当然人前で使える訳も無く……

「やっべぇ。使い道どころか、持っているだけで地雷感が出て来たぞ……」

 俺は思わず頭を抱える。
 いやぁ……じゃあ、この森に放置……したところでいずれ冒険者に討伐されるだけだな。
 ゴブリンって、スライムみたいに隠れることが出来ないからね。
 うん。しゃーない。
 余り気が進まないけど、こいつらの所業を考えたらむしろ妥当な判断だろう。

「悪いな」

 そう呟くと共に、俺は剣を振り、ゴブリンの首を斬り落とした。
 ゴブリンは鮮血を散らして地面に崩れ落ち、死んだ。
 ……あー結構後味悪いことしちゃったな。
 今は思いついていないだけで、もしかしたらゴブリンにしか出来ない、素晴らしい戦術とかがあるのかもしれない。
 だが、残念ながら今の俺では思いつかないんだよね。

「きゅ……? きゅきゅ!」

 すると、肩にいたネムが手(?)を俺の頬に当て、どこか気を使うような雰囲気を出す。
 あー……もしかして慰めてくれてるのかな?
 優しい……!

「ありがとう。もう、大丈夫だ。どのみち、ゴブリンはギルドにもある通り討伐対象だからな。後味は悪かったが、殺したことには何とも思わない」

 俺はそう言うと、そのゴブリンの死体に近づく。そして、剣で右耳を切断すると、血を拭ってからまた別の革袋に入れる。

「あ、そういや魔石もあったな」

 ゴブリンは魔物であるため、魔石を体内に持っている。大した値段にはならないだろうが、取っておくに越したことは無いだろう。
 高ランク冒険者なら、時間が惜しいとか言ってスルーするのだろうが、今の俺は新人駆け出し冒険者。故に、実入りの良い依頼は受けることすら出来ないのだ。そういうのって、大体難易度が高くて、高ランク冒険者じゃないと受けられないからね。

「えっと……ここだな」

 俺はゴブリンの左胸を見やると、その周りに剣を刺して、くり抜くように動かす。
 すると、そこから暗紫色の半透明な石が顔を覗かせた。
 これが魔物で言うところの心臓、魔石だ。
 魔石は基本的に魔道具の素材やそれを動かすエネルギーとして使われることが多い。他には儀式系の魔法触媒とかかな?
 ゴブリンの魔石はあまり質が高くない為、使い道としてはエネルギー源にしかならないだろうが……

「……すまん。ネム。あの魔石を取ってくれないか? ついでに魔石に付着する血も食べてくれると助かる」

 俺はどこか申し訳なさそうな顔で、ゴブリンの左胸に埋まる魔石を指差す。
 いや……冒険者をやる上でこんなことを言うのは駄目なんだと思うけどさ。
 ちょっと手を血で汚したくないんだよね……
 付着した血って、多いと完全に《浄化(クリーン)》で消しきれないからさ。
 ほら、俺って光属性魔法への適性、そんなに無いし。

「きゅきゅ!」

 だが、そんな俺の内心など全く知らないネムは、俺に頼られたことに全身で喜びを露わにすると、ぴょんと下に跳び下りて、上手いこと魔石を引っ張り出す。そして、魔石に若干付いている血も食べて綺麗にすると、俺に差し出した。

「ありがとう」

「きゅきゅ!」

 俺はニコリと笑みを浮かべると、跳びついてきたネムを抱きしめる。
 いやー流石はネム。
 頼りになる~!

「よし。それじゃ、残りもやるか」

 俺はそう呟くと、近くに転がるゴブリンたちの死体に視線を向ける。
 そして、今と同じ要領で右耳を取り、魔石を取ると、それらを別々の革袋に入れた。

「はーこれで600セルか。いや、魔石を含めればもうちょい上か」

 これでは1日分の食費にすら届かない。
 やっぱ初めの内は冒険者って結構大変なんだな。
 しかも、全て俺1人で討伐したから、報酬も全て俺のものになるけど、これがパーティーとかになると、分割されるのか……
 こりゃちょっと割に合わないな。
 まあ、それは最初だけで、ある程度慣れてくれば、命を懸けるのにふさわしいだけの金額は稼げるようになってくる。
 その時までの辛抱だ。
 まあ、その時までに生きていたらの話だが……

「じゃ、次はどこに行くか……」

 俺はネムに刀身に付着した血を食べてもらいながら、次の獲物を探す。

「ふむ……色々いるが……む?」

 次々とスライムの視覚を見ながら次なる獲物を探していると、ふと目に留まるものがあった。

「冒険者だな。てか、あれ、結構やばくね?」

 そこには体長3メートルほどの豚のような顔を持つ人型の魔物、オーク8体に苦戦する4人の冒険者の姿があった。だが、内2人は既に地面に倒れ伏している。
 見た感じ死んではなさそうだが、そこそこの重傷だな。

「くっ はあっ!」

 すると、前線にいる15歳ほどの男性が剣を横なぎに振る。
 だが、間合い管理をミスしたせいで、オークの腹にうっすらと切り傷をつけるだけにとどまった。
 そこにオークが棍棒を横なぎに振り、その男をふっ飛ばす。

「がはっ!」

 男は後ろの木に背中を打ち付けると、苦悶の声を上げると共に、ずざざと地面に崩れ落ちる。
 もう片方の魔法師の女性も前線にいた剣士の男性がいなったことで、いよいよガチの窮地に陥る。

「流石に助けるか」

 今の動きを見るに、恐らくオークなら8体いても余裕で倒せる。
 そう思った俺は即座に転移の準備を始める。

「魔力よ。空間へと干渉し、かの時空を記録せよ」

 まず、そこを監視させているスライム越しに転移座標記録(ワープ・レコード)を使い、そこへの直接転移を可能にさせると、即座に次の詠唱を紡ぐ。

「魔力よ。空間へと干渉せよ。空間と空間を繋げ。我が身をかの空間へ送れ」

 そして、俺は即座に空間転移(ワープ)を発動させて彼らの下へ転移した。
「ぐっ はあっ!」

 転移した俺は即座に地を蹴ると、魔法師の女性に手を伸ばそうとしていたオークの腕に剣を振り下ろす。

 ザン!

 そんな音と共に、オークの腕はきれいに斬り落とされた。
 いやー流石はミスリルの剣。俺って筋力無いから、普通の剣だとキツかっただろうな……

「よし。来い!」

 そして、俺は即座に8体のスライムを召喚した。召喚は自身から半径5メートル以内ならどこでも出来る。
 それを利用して、俺は8体のスライムをそれぞれ1体のオークの頭の上に召喚した。
 これ、結構難しいんだよね。1、2体ならともかく、8体を同時にそれぞれ指定した場所へ正確に召喚するとか、絶技にも程がある。
 まあ、これは単純に努力しまくった結果だ。
 で、スライムで何が出来るのかって話なのだが、あのスライムはただのスライムではない。
 全て変異種。それも、通常の10倍以上の強力な溶解液を持っているのだ。
 確か、1番強い奴で14倍だった気がする。
 よし。さっさと溶かすか。

「頼む。オークを溶かしてくれ」

 直後、オークたちが苦悶の声を上げ始めた。
 よく見ると、頭がどろどろに溶けているのが見える。
 そして、直ぐに地面に崩れ落ちた。
 ……うん。えげつないね。
 いくら体が厚い脂肪に覆われていると言っても、頭は大したことない。それを狙っての攻撃なのだが……
 やっぱえげつないわ。脳みそがほぼ無くなってるもん。

「ふぅ……やべぇな。じゃ、森に戻って隠れてくれ」

 そう言うと、スライムたちは一斉にどこかへ行ってしまった。
 あんな強力なスライムは手元に置いといた方がいいのかもしれないが、あいつらって意図せず常にそこそこの溶解液を体がら常に滴らせてるんだよね。
 そのせいで、手元に置けないのだ。
 おっと。それよりも……

「間に合ったようだな。大丈夫か?」

 俺は目の前で尻もちをつきながら唖然とする魔法師の女性に向かってそう問いかけた。

「は、はい。大丈夫です。あの……助けて下さり、ありがとうございます」

 彼女は杖をついてゆっくりと立ち上がると、ぺこりと頭を下げる。

「ま、無事ならよかった。それで、他はどうなんだろ?」

 そんな何気ない俺の一言に彼女ははっとなると、地面に倒れる2人のもとへ駆け寄る。

「大丈夫?」

 彼女の声掛けに、魔法師らしき男性が呻き声を上げた。

「ぐあ……ああ……ど、どうやら、助けが、来た、ようだな……」

 そして、次に槍術士らしき女性が口を開いた。

「ええ。良かった。でも、流石にきついわね……」

 2人共まだ意識はあった。だが、あのままだといずれ失血死するな。
 そう思った矢先、魔法師の女性はポーチから何かの液体が入った小瓶を取り出した。
 そして、それを2人の傷口にそれぞれ振りかける。すると、回復魔法を受けた時と同じように傷口が淡く光った。

「ああ。まだポーションが残ってたのか」

 ポーションとは、薬草を魔法触媒にして作られた魔法液で、傷口にかけるとその部分を癒してくれる。
 ただ、見た感じあのポーションはそこまで効果の高いものでもないようで、止血をするだけにとどまった。でも、あれなら結構もちそうだ。
 シュレインまで戻り、回復魔法の使い手頼めば問題ないだろう。
 え? お前も回復魔法の使い手だろって?
 まあそうだけどさ。俺って適性率40パーセントだから、空間属性魔法ほど上手く扱えないんだよね。
 しかも、魔力容量も魔力強度も()()()()()()()、平均よりちょい下ぐらい。
 だから、俺では実力の問題で、力にはなれないんだよ。

「これでよし。あとは……」

 魔法師の女性は立ち上がると、今度はふっ飛ばされた剣士の男性のもとへと向かう。

「う……痛てぇな……」

 幸いにも、彼は2人ほど大きな怪我では無かったようで、自力で立ち上がっていた。
 その様子を見た彼女はほっと安堵の息を吐きながら声をかける。

「大丈夫?」

「ああ。全然大丈夫じゃねーよ。普通に痛てぇ。ただ、これならポーションで治せる」

 そう言って、彼は自身のポーチからポーションを取り出すと、それを背中に振りかける。
 すると、彼の背中が淡く光った。

「ふぅ……これでよし。もう大丈夫だ」

 彼はふぅと息を吐くと、背中を擦る。

「それで、何があったんだ? 意識が飛んでて分からねぇ」

「ええ。実は、ギリギリのところで冒険者がやってきて、助けてくれたのよ」

「そうか。それは運が良かったな。それで、その冒険者は?」

「あそこにいる少年よ」

 そう言って、彼女は俺に視線を向ける。
 そして、剣士の男性も同じように俺の方を向く。

「え!? あんな子供が!?」

 剣士の男性は俺を見るなり、素っ頓狂な声を上げた。
 まあ、そうなるのも無理はない。
 何せ、俺は9歳の子供。身長も140センチ程度しかない。
 まあ、同年代と比べれば高い方ではあるのだが、それでも彼らと比べればずっと低いのだ。

「そう思うのも無理はないけど、本当よ。あの子が現れた瞬間、オークが苦しみだしたかと思えば、一斉に地面に倒れたの」

「マジか。確かにオークが死んでいるな……」

 彼は次に地面に倒れるオークを感嘆しながら見た。

「まあ、ともかく助かったってことか」

 剣士の男は安堵の息を吐いてそう言うと、俺に近づく。
 そして、頭を下げた。

「ありがとな。君のお陰で助かったよ」

「別に、無事ならいいよ」

 善意で助けたというよりは、あのまま見捨てたら後味が悪くなるから助けただけだ。
 まあ、それでも礼を言われれば悪い気はしない。

「早くシュレインに帰った方が良いよ。血の匂いで、魔物が寄ってくるかもしれないから。あと、オークの素材は俺が貰ってもいいかな?」

 そう言って、俺は地面に倒れるオークたちを指差す。
 俺が倒したんだから、素材は俺が貰っても問題ないだろう。
 というか、欲しい。
 今は取りあえず安心できるだけの金が欲しいんだ……!

「ああ。全部持ってって貰って構わない。俺たちはこのままあの2人を背負って帰るつもりだ」

 そう言うと、剣士の男性は踵を返して歩き出した。
 そして、地面に倒れる2人へ近づく。

「よっこらせっと」

 なんと、2人を小脇に抱えて、持ち上げた。
 とんでもない筋力だな!
 まあ、これは十中八九祝福(ギフト)のお陰だろうな。
 なんの祝福(ギフト)なのかは知らないが、剣を持っていることから、多分レントと同じ”剣士”の祝福(ギフト)だと思われる。
 C級でも、発動中なら倍近く身体能力が上がるっていうからな。
 いやー純粋に羨ましい。
 何せ俺には身体能力を強化する()()()な術がない。
 そのせいで、多分オークですら、普通の剣ではあまりダメージを与えられないと思う。
 空間転移(ワープ)で首裏に転移して、そこを斬り付ければ倒せるのだろうけど……オーク相手にそんな調子じゃ、先が思いやられるね。体格も、あれだけ鍛錬したのに普通だし。
 だが、俺の剣はミスリル製。
 魔力を流して切れ味を強化すれば、結構いい線まで行くと思われる。
 こう考えると、宝物庫から盗んできて正解だったな。
 ……いや、違う。”盗む”じゃなくて、”貰う”、だ。

「ふぅ……それじゃ、さっさと帰るか。あ、君! 名前は?」

 ふと、剣士の男性からそう問いかけられた。
 ああ、そういや名乗って無かったな。

「俺の名前はシン。Fランク冒険者だ」

「そうか。俺はウィル。Eランク冒険者だ。ま、この調子じゃ直ぐ君に抜かされそうだがな。それじゃ、今日はありがとな。この恩はいつか返すぜ」

 そう言って、剣士の男性――ウィルは笑みを浮かべながら去って行った。
 魔法師の女性も「いつか必ず恩を返します」と言って、ぺこりと頭を下げると、ウィルの後に続いて小走りで去って行った。
「ま、あの様子なら大丈夫そうだな。行く先に魔物は一応いるが、ゴブリン数匹だしな」

 ゴブリンぐらいなら、あの状況でも容易く撃破出来るだろう。
 そう思った俺はクルリと背を向けると、オークの死体を見やる。

「うわぁ……相変わらずグロいなぁ……」

 ドロドロに溶けた頭部は……うん。すっごいグロい。
 完全に溶けているのではなく、微妙に形状を保っているのが、そのグロさに拍車をかけている。

「……てか、討伐証明部位取れなくね?」

 オークの討伐証明部位は2本の長い牙だ。この2つセットで、1体分としてカウントされる。
 だが、彼らは皆、頭部を溶かされている。そのせいで、牙がいい感じに溶けて短くなっているのだ。
 これでは討伐証明部位である長い牙と見なされない可能性が非常に高い。というか、多分確定だ。

「はぁ……いや、オークの討伐依頼はEランク冒険者以上だ。だから、討伐証明部位を持ってったら、説明がめんどくなる。だから、これでいいんだ!」

 説明する方が面倒だから、この状況はむしろ喜ばしいことなんだ!と自身に言い聞かせると、俺は剣を構えてオークの死体に歩み寄る。
 そして、さっきと同じように剣で右胸部分を切り抜くと、そこから顔を覗かせる魔石を見やる。

「よし。ネム。あの魔石をきれいにして、俺に渡してくれ」

「きゅきゅ!」

 すると、いつの間にかリュックサックの中に入っていたネムが、そこから勢いよく跳び出した。
 そして、オークの死体に着地すると、さっきよりも手際よく魔石を回収し、汚れを食べ、俺に「きゅきゅ!」と渡す。

「ありがとう。それじゃ、これをあと7回やるか」

「きゅきゅー!」

 こうして俺たちは引き続きオークの魔石を回収するのであった。



「よーし。終わった。さて、これからどうするか……?」

 俺は数多のスライムによって捕食されるオークの死体から目を背けると、澄んだ青空を眺めながら体を伸ばす。
 直後、お腹が「ぐるるる~」とけたましく鳴り響いた。

「あ、もう昼か」

 確かに陽光は真上から差し込んでいる。
 じゃあ、さっさと昼食を食べな……あ。

「やっべ。昼食買うの忘れてたわ」

 俺は頭を掻きながら、自分のやらかしにため息をつく。
 依頼が午前中だけで終わることなんてそうそう無い。その為、冒険者は常に保存食を持ち歩いているのだ。
 だが、今回俺はそれを買い忘れた。
 あれだけ冒険者について色々と調べたと言うのに……!

「ちっ 本当はもう少しここで色々やりたかったけど、仕方ない。一旦シュレインに帰って、昼食を食べてくるか。その後、もう1度……いや、ネムに付ける従魔の証になる物を買って、時間があったらにするか」

 腹が減っては戦は出来ぬって言うからね。
 早くシュレインに帰って腹ごしらえしないと。
 あとは、ネムの為に従魔の証になる物を買って、堂々とネムを連れ歩けるようにしないと。

「じゃ、帰るか」

 そう言うと、俺はスライムの視覚を見て、どの方向にシュレインがあるのかを特定する。
 そして、それが終わると、俺はまっすぐその方向に向かって歩き出した。

 ◇ ◇ ◇

 10分程で門に辿り着いた俺は、冒険者カードを見せて中に入る。
 依頼を終えて帰って来た冒険者には、あまり手荷物検査はしないからね。
 お陰で従魔の証をつけていない従魔、ネムを見られることは無かった。
 まあ、見られてもスライムだから、そんな大したことは言われなかっただろうけど。
 ま、そんな感じで門をくぐり、シュレインに戻った俺は、早速昼飯探しを始める。

「ん~……お、早速いい匂いがしてきた……!」

 肉が焼けるいい匂いに釣られ、やってきたのは屋台だ。
 そこではおじさんが串焼きを焼いていた。
 ……よし。今日はここにしよう。
 もう我慢できないんだ!
 幸い、金はある。小銀貨20枚銀貨8枚が俺の全財産だ。
 俺って、貴族にしては細かい金しか持ってないからね。小金貨とか金貨は持っていなかったのだよ。

「すみません。串焼きを5本ください」

 そう言って、俺は小銀貨1枚をおじさんに手渡す。

「おう! 毎度あり」

 おじさんは上機嫌に小銀貨を受け取ると、焼いていた肉に美味しそうなタレをつけ始める。
 濃い系のタレだね。塩系も好きだけど、こっちもいいんだよね~
 そして、おじさんは串焼き5本をまとめて持つと、俺に手渡した。

「ほい、串焼き5本だ。熱いから気をつけろよ」

「ありがとうございます」

 俺は垂れそうになる涎を飲み込むと、笑顔でその串焼きを受け取った。
 そして、道の隅に腰かけると、早速1本頬張る。

「もぐっ もぐっ ……ん! 美味しい!」

 食べ応えのある肉。噛めば噛むほど、タレとよく絡んだ肉の味が口の中一杯に広がる……!
 これは最高だ。どんどん食べ進められる。

「もぐもぐもぐ……んぁ、ネムも1本食べな」

 今の俺は9歳の子供。流石にこの大きさの串焼きを5本も食べられない。
 だが、あえて買ったのはネムに上げる為だ。ネムは俺の為に、魔石を回収してくれたからな。
 その礼だ。
 それを言ったら、オークを仕留めてくれた変異種スライムに礼はないのかって?
 流石にそこまでやってたら金が持たない。一応あの子たちには倒したオークの肉を食べさせてあげたので、それで勘弁してもらうとしよう。

「きゅ! きゅきゅ!」

 俺に呼ばれ、リュックサックからひょこっと顔を覗かせたネムは、俺が差し出した串焼きを見るや否や、嬉しそうに鳴き声を上げた。
 そして、食べる……と言うよりは全身で包み込んで取り込むような感じで串焼きを捕食する。

「きゅ! きゅぺっ!」

 最後に、残った串をぺっと吐き出すと、満足そうにリュックサックの中に戻って行った。
 あー可愛い。癒される。

「ははっ 満足したようだ」

 そんなネムを見て、俺も満足気な顔をすると、串焼きを頬張る。
 それから少しして、無事串焼きを完食した俺は、屋台のごみ袋に串焼きを捨てると、冒険者ギルドに向かって歩き出した。
 数分後、冒険者ギルドに辿り着いた俺は、扉を開けて中に入る。
 冒険者ギルドの中は、さっきより少しだけ人が多かった。だが、まだ混んではいない。
 冒険者ギルドが一番混む時間帯は、依頼を終えて帰ってくる人が多くなる夕方頃なのだ。
 俺は酒場で食事をしながら酒を飲んだくる冒険者たちを横目に、受付へと向かう。
 そして、受付に辿り着くと、受付嬢に声をかける。もちろんさっきと同じ人だ。

「依頼完了の報告に来ました」

「あ、良かった。無事だったのね」

 彼女は俺を見るなり、安心したようにほっと息を吐く。
 俺、そんなに心配されるような人かな?
 ……いや、そうだわ。
 普通に考えて、10歳にも満たないような少年が、魔物のいる森に1人で行くとか言ったら、心配するに決まってる。

「ああ、大丈夫だ。それで、これが依頼のフィルの花とゴブリンの耳だ」

 そう言って、俺はここへ来る途中に空間収納(スペーショナル・ボックス)から取り出した2つの革袋と依頼書を受付の上に置く。

「分かりました。では、数えさせていただきます」

 受付嬢はそう言って、受付の下から木箱を取り出すと、その中に1本ずつフィルの花を入れて計測していく。
 そして、次にゴブリンの右耳の数も数え……

「……はい。フィルの花は20本ありますので、これで依頼達成になります。また、常設依頼のゴブリン討伐も、達成となります。それでは、冒険者カードの提示をお願いします」

「分かりました」

 俺は頷くと、ポケットから冒険者カードを取り出し、受付嬢に手渡す。
 受付嬢はそれを受け取ると、何か書類を書いてから、返してくれた。

「それでは、報酬金をお渡ししますね」

 そう言って、受付嬢は受付の下でチャリンと音を鳴らしたかと思えば、受付の上にいくつかの硬貨を並べた。

「小銀貨3枚と銅貨8枚になります。確認をお願いします」

「……ああ、大丈夫だ。ありがとうございます」

 俺は報酬金の金額が正しいことを確認すると、それらを後ろのリュックサックに入れる。

「それでは、お疲れ様でした」

 フィルの花を入れていた革袋と、ゴブリンの右耳を入れていた革袋をそれぞれ回収すると、俺は受付嬢に見送られて、受付を後にした。

「……よし!」

 俺は思わず小さくガッツポーズを取った。
 前世含め、これが初めて仕事で稼いだ金だ。
 金を稼ぐというのは、ここまで感慨深いものなのか……!

「さて、後は魔石を売りに行かないとな」

 魔石は冒険者ギルドではなく、魔石ギルドっていうこことはまた別の所で売るんだよね。
 と、言う訳で、早速行こう!
 そう思い、冒険者ギルドを後にしようと歩いていると、ちょうど酒場の前を通ったところで声をかけられた。

「よ~金が入ったんだろ~それでちょっと酒を奢ってくれよ~」

 いい感じに酔っぱらっている男性冒険者が、そう言って俺の前に立つ。
 そして、後ろでその様子を眺めている他の酔っ払い冒険者は、「俺たちにも奢れよ~」と囃し立てている。
 ……うっわーこれが先輩冒険者に絡まれる新人冒険者っていう超テンプレ展開か!
 え? ただ酔っ払いに絡まれているだけだって?
 まあ、そうとも言える。
 ま、そんなことは置いといて、金なんて渡せるわけがない。サクッと断るか。

「いえ、無理です。では」

 そう言って、俺はバッサリとその申し出を拒絶すると、もう要は無いとばかりに立ち去ろうとする――が。

「あ? 生意気なガキが!」

 酔っぱらって短絡的になっているせいなのか、それとも元々そうなのかは分からないが、見るからに子供である俺に向かって殴りかかってきた。
 大人げねぇ~……
 そう思いながら、俺はひらりとその拳を躱す。流石に酔っ払いの拳には当たらないって。
 と言いつつ、結構ギリギリだった。
 いや、仕方ないって。身体能力は年相応程度にしかないんだから。
 どうやっても、速く動けないんだよ。

「ちっ 避けんじゃねぇ!」

 すると、こいつが追撃を仕掛けて来た。
 後ろにいる酔っ払い冒険者たちは……ああ。全然止める気ないな。

「やるか」

 流石にここで逃げるのは癪だ。
 ここは一つ、反撃させてもらおうか。

「はっ」

 俺は再びその拳を躱すと、素早く跳んだ。
 そして、右手をチョキの形にすると、その男の目に向かって……プスッ!
 そう。目つぶしだ。

「ぐ、ぎゃあ……ぐ……うう……」

 目つぶしをくらった男は痛みで声を上げると、両目を手で押さえて蹲る。
 これはまあ、護身術みたいなものだ。
 こいつと無手で普通に殴り合うのは分が悪い。
 だから、こうやってちょっと急所を狙わせてもらったという訳だ。
 他には男の大事な場所……もいい狙い場所ではあるが今回はこっちをチョイスした。

「じゃ、次来たら流石に潰すからね」

 そう言って、俺はその場から立ち去った。
 こういうのが割と日常茶飯事というんだから、この世界ってつくづく治安が悪いよなぁって思う。
 そうして、俺は冒険者ギルドを後にした。
 冒険者ギルドから出た俺は、直ぐ近くにある魔石ギルドへと向かう。
 魔石ギルドは魔石の取引を専門とする商業組合で、公正な取引を心掛けていることで有名だ。
 あそこなら、ぼったくられる心配もない。
 日本では全然考えていなかったのだが、この世界ではぼったくりって結構あることだからね。しかも、余程悪質でもない限り、罪には問われないせいで、それが消えることは無い。
 言わば騙される方が悪いってやつだ。
 実際、ちゃんと市場価格を知っている人なら、騙されることは無く、逆にそのことを指摘すれば、口止め料を兼ねて市場価格よりも絶妙に安く売ってくれたりもするんだよね。
 まあ、逆上してくる奴もいるから、一長一短……いや、一長二短だけど。
 そんなことを考えながら、歩くこと僅か30秒。
 着いた先は、冒険者ギルドと似たような造りの木造2階建ての大きな建物だ。
 俺は早速扉を開けると、中に入る。

「ん……そこまで混んではいないか」

 魔石ギルドの中は、冒険者ギルドと比べると、若干落ち着いた雰囲気が漂っていた。
 何故、ここで”若干”とつけるのかと言うと、狩ってきた魔石を売りに来ている冒険者は騒がしく、逆に魔石の取引をしている商人等は落ち着いているからだ。そんな両極端な二者が同じ場所に居れば、トラブルになりそうな気がしなくもないが、そこはもう互いに関わらないという暗黙の了解みたいなもので釣り合っている。
 実際、”冒険者”と”冒険者以外”に受付が分けられているのだ。
 俺は当然、冒険者の受付へと向かう。

「魔石を売りに来ました」

 すると、男性職員が口を開く。

「分かりました。では、魔石を受付に出してください」

「分かった」

 俺は頷くと、リュックサックの中から魔石が入った革袋を取り出す。
 そして、それを受付の上にドサッと置いた。

「では、査定しますので、少々お待ちください」

 彼はそう言うと、革袋から1つ1つ魔石を取り出していく。
 そして、何の魔石なのかや、品質を見極めていく。
 同じ魔物の魔石でも、傷ついていたら、当然価値は下がるからだ。
 まあ、そこら辺は注意を払ったので、大丈夫だとは思うが……
 もっとも。ゴブリンやオークの魔石では、そこまで関係ないんだけどね。
 すると、もう査定が終わったのか、男性職員は硬貨を手に取った。

「オークの魔石8個で1600セル。ゴブリンの魔石6個で300セル。合計1900セルをお渡しします」

 そう言って、彼は小銀貨1枚、銅貨9枚を俺に手渡す。
 まあ、金額としては妥当なものだ。

「ありがとうございます」

 礼を言って、俺は金を受け取ると、魔石を入れていた革袋と共にリュックサックの中に入れる。
 そして、踵を返して歩き出した。
 いやーこれで今日の仕事は完了だな。
 冒険者活動初日で稼げた金額は5700セル。
 初日でこれだけ稼げたのなら、まあ上出来だろう。
 今日で色々と学べたし、明日以降はもっと稼げると思われる。

「さてと。次は雑貨店に行くか」

 ネムが俺の従魔であると一目でわかる印をネムに付けなければ、堂々とネムを連れて歩くことは出来ない。
 スライムだからとやかく言われることは無くても、もしそれが原因でネムが討伐された時に、泣き寝入りをするしかなくなってしまうのだ。
 従魔の印をつけていなかったお前が悪い!ってね。

「雑貨店は色々あるし、まあ近場から寄ってくか」

 そう言うと、俺は魔石ギルドから出た。
 そして、直ぐ近くにあった”ドール雑貨店”という雑貨店に足を運ぶ。

「ふーむ。色々あるな」

 ここには貴族ではなく、平民がつけるようなアクセサリーが置かれてたり、他にもコップや皿といった日常品等、色々なものが売っている。それで、ネムに付けるとしたら何がいいのかなぁ……

「帽子とかかぶらせたら可愛いだろうなぁ……でも、流石にちょっと大きすぎるか。もうちょっとコンパクトなのはないかなぁ……」

 冒険者として、これから動きまくる。その時に、邪魔になるようなものではダメだ。
 それでいて、従魔であると一目で分かる物。
 そして、ネムに似合う物。
 うーむ。難しい。

「うーん。指輪?……て、指ねぇじゃん。あー……お、これとかどうだろう?」

 ふと、俺の目に着いたのは、六芒星の黄色いバッジだった。
 グラシア王国含む周辺国において、六芒星は平和の象徴だ。
 遥か昔、魔物に淘汰されそうになった人々を救った6人の英雄が由来だと、歴史書に書いてあった。

「程よい大きさ。水色のネムに黄色は目立つ。うん。完璧だな」

 金具の部分をいい感じに中に取り込んでもらえば、取れる心配もない。
 こうしてネムに付ける従魔の証を決めた俺はそのバッジを手に取ると、店員に会計をお願いする。

「これを買いたい。いくらですか?」

「ああ、それは銅貨1枚だよ」

 気さくそうな男性店員が、俺を見てニカッと笑うとそう言った。

「分かった」

 俺は頷くと、リュックサックの中から銅貨を1枚取り出すと、店員に渡す。

「毎度あり」

 店員は再度ニカッと笑うと、去って行った。
 よし。早速つけてみよう。
 俺は店から出ると、道の隅へ行く。

「ネム。出て来てくれ」

「きゅきゅ!」

 ネムは毎度の如く、元気にリュックサックから出てきた。
 そして、俺にべったりとくっつく。

「ネムにプレゼントだ。これを体に身に着けてくれ。金具の部分を体内に取り込むような感じでやってみてくれ」

 そう言って、俺はついさっき買ったバッジをネムに差し出す。

「きゅ! きゅきゅきゅ!」

 ネムはバッジを手(?)に取ると、喜びを全身に表す。
 どうやら、気に入ってくれたみたいだ。
 すると、体にそのバッジをぐっと押し付けた。
 直後、ズブッとバッジがネムの体に沈んだ。

「きゅきゅ?」

 これでいい?とでも聞くような感じで、ネムは頭(?)についているバッジを見せつける。
 おお! 中々似合ってるじゃん。
 そして、いい感じにそのバッジも目立っている。それなら、誰がどう見ても俺の従魔であると分かるだろう。

「うん。似合ってるよ。これで、堂々と一緒に出歩けるな」

「きゅきゅ!」

 俺は喜ぶネムを両手で抱きしめながら、頬を緩ませて笑みを浮かべる。
 コソコソ隠すのは、もう嫌だからね。
 これからは堂々としていよう。
 まあ、戦闘時とかは念のため、リュックサックの中に入ってもらうだろうけど。

「さてと。次は装備をもう少し整えないと」

 屋敷にいた時にも言えることだが、俺って装備品を全然持っていないんだよね。
 まあ、欲しいなんて迂闊には言えない状況だったからな。
 仕方ない。
 いや、でも宝物庫に侵入した時に、もうちょっと見とけばよかったな?
 あーでもリスクがデカいからなぁ~
 リスクを考えれば、ミスリルの剣が手に入っただけでも、万々歳か。

「あー忘れとこ忘れとこ。考えたらキリがない。そもそも、侯爵家の宝物庫にあるようなものをFランク冒険者が身に着けてたら怪しいことこの上ない」

 そう言って、俺は頭を振って邪念をかき消す。
 そして、ネムを肩に乗せると、武器防具店に向かって歩き始めた。
 武器防具店に着いた俺は、一見物置のように見える店内を歩く。
 ここはちょっと裏道に入った場所にある、知る人ぞ知る武器防具店だ。
 何年もスライムを使って情報収集に励んできた俺が、シュレインでもっともいい場所を探した結果、ここに行きついたんだよね。

「おや? ガキが来るとは珍しいな。だが、俺は俺が選んだ客にしか作らんぜ?」

 すると、無精髭を生やした筋肉質なおじさんが、奥から出て来た。
 ここは武器や防具を仕入れて販売しているのではなく、ここで作って販売しているのだ。
 その為品数が少なく、客を厳選しないと生産が追い付かない。

「はい。脛当てと籠手。あとは普段使いの剣を作って欲しくて来たんです」

 俺は正直に、用件を話す。
 この人は、言葉通り、選んだ客にしか作らない。気に入らない客にはどんなに大金を積まれようが断ると言う偏屈っぷりだ。
 だが、彼はその昔、鍛冶ギルドで”期待の新人”と呼ばれていた。しかし、鍛冶ギルドと反りが合わず、脱退して、今はここにいる……と言った感じだ。
 これも全部調べたんだよね。
 いやー流石にこれは大変だった。
 まあ、それでもスライムを大量に動かしたお陰で、そう時間はかからなかったけどね。
 だから、彼の――ムートンの首を縦に振らせる方法も、熟知している。
 それは――

「そうか。なら、聞こう。何のためにそれを使う?」

「ああ。それは、自分自身と、この子たちを守る為に使う」

 そう言って、俺は肩に乗るネムを優しく撫でる。

「そうか……その年で答えを見つけてるとは、驚いたな。それも、キラキラとしたいかにも胡散臭い理由じゃなく、俺好みの理由だ……よし。気に入った。格安で提供してやるよ」

 ムートンさんは上機嫌にそう言った。
 よし! 成功だ……!
 彼を頷かせるには、しっかりとした武器防具を使う理由を見つけていなければいけないのだ。それも、権力者嫌いな彼が好む理由を――
 因みに、俺が言ったことは本心だ。俺は別に、誰かの為に力を振るうような聖人じゃない。もっと身近な、自分が守りたいものを守るために、この力を使いたいんだ。
 森で冒険者を助けたのも、彼らの命を救いたかったからではなく、見捨てたら後味が悪いから助けたまで。
 他人の命に責任を感じはしないからな。そういうのは、屋敷でとっくに捨てた。
 俺自身は決して、強くないんだから。
 ……弱くもないけど。

「ありがとうございます」

 そう言って、俺はムートンさんに頭を下げる。

「その年で、随分と礼儀正しい……いや、お前どこかのお偉いさんか?」

 お、結構鋭いな。
 もしかして、彼の権力者大嫌いセンサーが反応したのかな?

「元貴族家の跡取りだ。今は勘当されて、平民だけどね」

 俺は肩をすくめて、おどけるように言う。

「そうか……随分と苦労したようだな。見れば分かる」

「うん。苦労したね。まあ、無事勘当されたから、今は自由の身さ。屋敷にいた時みたいに、周りに気を遣わなくていいから楽だよ」

「そりゃ良かったな。ついでに言うが、俺も権力者は嫌いだ。あいつらは俺の都合なんざ考えやしねぇ」

 その言葉には、どこか重みがあった。
 詳しくは知らないが、相当辛いことがあったんだろうなぁ……

「あーそんじゃ、早速やってくか。あ、俺の名前はムートンだ。よろしくな」

 そう言って、ムートンさんは俺に手を差し出す。

「ああ。俺の名前はシンだ。よろしく」

 そう言うと、俺はその手を取った。

「よし。契約成立だな。まずはサイズを測らせてもらおう。ちと触らせてもらうぞ」

 ムートンさんはそう言って俺の腕を掴むと、じっと見つめる。

「ふーむ。因みに、何かこうして欲しいとかはあるか?」

「ああ。出来れば動きやすい奴がいいな。用途としては、万が一当たった時に、ダメージを軽減する為だな」

 俺は一発攻撃を受けるだけでもヤバい状況になる可能性がある。それくらい、この体は脆いのだ。それは、並み以上の防具をつけていても同じことが言える。
 何せ、俺は9歳児だからな!
 あーこうなると身体強化系の魔法使いたいなー
 一応光属性魔法に限界突破(オーバーロード)っていう、体のリミッターを外すことで身体能力を大幅に上げる魔法があり、それが俺の使える唯一の身体強化系の魔法だ。だが、これってリミッターを外すだけだから、別に体の強度は上がらないっていうね……
 とまあ、そんなわけで、動きやすさを重視しつつ、万が一攻撃をくらうことを考慮すると、籠手と脛当てを装備するのが一番……と言う訳だ。

「ふむ。まあ、そんなところだろうな。んじゃ、次は足も見させてもらうぞ」

 そう言て、ムートンさんは膝をつくと、俺の脛回りを触る。
 一見触っているだけのように見えるが、これでもちゃんと測っているのだ。
 ”鍛冶”の祝福(ギフト)を持っている人の中には、触っただけで適切なサイズが分かる人もいるらしいからね。
 そんなこんなで数十秒、腕と足を触られた後、ムートンはよっこらせと立ち上がった。

「おっし。これで十分だ。そんじゃ、作ってやる。お前さんに合う、いいものをな」

「それはありがたいが……予算は8万セル前後だからな? だから、あまり高価な素材は使わなくていい。払えないから」

「はっはっは。まあ、いいだろう。その値段内で、限りなくいいものを作ってやる」

 ムートンは胸を叩くと、自信満々にそう言った。

「そんじゃ、これから早速作るとしよう。3週間後ぐらいにまた来てくれ」

「分かった。頼みましたよ」

「おう……てか、言葉遣いがごっちゃになってるな」

 ムートンの思わぬ指摘に、俺は「あ……」と固まる。
 確かによくよく思い出せば、貴族っぽい丁寧な言葉遣いと、平民っぽい気楽な言葉遣いが混ざっていたな……

「確かにそうだな。だが、これは仕方ないことだ。ま、数か月すれば直るだろ。それじゃ、また3週間後」

「おう! じゃあな」

 俺は軽く手を振って、歩き出す。
 よし。これで装備品も大丈夫そうだな。

「他に何か欲しいものは……うん。今の所は無いかな」

 思い出していないだけで、必要なものがまだあるかもだが、一先ずはこれで問題ないだろう。

「よし。宿を探そう」

 今の俺は家が無い。言わば、ホームレスだ。
 そして、当然家を買う金は無いし、借りる金も無い。
 ならば、安宿に泊まるのが手っ取り早いだろう。
 だが、あんまり安すぎる場所だと、衛生や治安面の問題が出てくる。
 故に、程よく安い所を狙うべきだ。幸い、その調査も既に終えている。

「さあ、行こうか」

 俺は弾んだ声でそう言うと、目的の宿に向かって歩き始めた。