僕はカブトムシです。
幼虫の頃から人間に飼われています。
僕以外のカブトムシはこの家にはいません。
でも僕は恋をしています。
飼い主の女の子に恋をしてしまったのです。
僕が家に来た時は女の子の弟が飼い主でした。
「早く成虫にならないかな」
毎日、飼い主の男の子が期待の眼差しを向けながら言います。
僕は期待に答えたくて、ひたすら夏を待ちました。
夏前に蛹になり、無事に成虫になりました。
成虫になった僕を見て、男の子は喜んでくれました。
僕が飼育ケースを引っ掻いて音を出しているといつも遊んでくれました。
成虫になってからは男の子の腕を歩いたり、一緒にスイカを食べたり、
夏休みの宿題の日記には僕の絵を描いてくれて幸せな日々でした。
ですが、長くは続きませんでした。
夏休みのある日、家に男の子の友達数人が遊びに来ました。
その中の一人が大きな飼育ケースを持っていました。
どうやら友達が飼っているカブトムシと僕を戦わせようという事でした。
僕は男の子にカッコいいところを見せるチャンスだと思いましたが、
目の前に出てきたカブトムシは僕の倍以上の大きさでした。
角だけで僕と同じぐらいの大きさな外国産のカブトムシです。
「どっちが勝つと思う?」
友達の一人が言いました。
僕に手を挙げてくれたのは飼い主の男の子だけで、
友達は皆、外国産のカブトムシに手を挙げました。
信じてくれている男の子の為にも負けられないと僕は気合いを入れます。
懐深くに角を入れればあの大きさでも引っくり返せるだろうと考え、
少しずつ外国産カブトムシに近づいていきます。
しかし、一瞬でした。
長い二本の角で挟まれ、絶対に離さないと決意していた足が木から簡単に離されました。
軽々と持ち上げられてしまい、足をジタバタさせるもまったく動じません。
勝ち誇ったように振り回され、その時に呆然する男の子が見えました。
数分後、ようやく離されて僕は飼育ケースに戻されました。
その日から男の子と遊ぶ回数が減っていきました。
次第に餌を貰える頻度も減っていきました。
最初は「忙しいのかな」と思っていましたが、
ある日、男の子と親の話し声が聞こえてきました。
男の子は友達が持っていた外国産のカブトムシが欲しいと言っていました。
そこでようやく僕は見捨てられた事に気付きました。
さらに数日後、餌が尽きて空腹状態となりました。
前みたいにケースを引っ掻いて音を出しても見に来てくれません。
この時に初めて僕は孤独を知りました。
とても寂しかったし、こんな死に方は嫌だと嘆きました。
しかし、空腹も限界に達し、もう駄目だと諦めかけました。
その時でした。
ケースの蓋が開き、餌のゼリーが置かれました。
外を見ると男の子の姉でした。
ちょくちょくケース内を見ているのは知っていましたが、
餌を貰えるとは思っていませんでした。
彼女は虫嫌いで幼虫の時から「近づけないで!」と言っていたからです。
僕がゼリーに食いつくのを確認すると、
「逃がしてあげたいけど、ここら辺じゃカブトムシは暮らせないからごめんね」
そう言って逃げるようにケースから離れました。
これが最後の食事になるかもしれないと思いましたが、
次の日も、その次の日も彼女が餌をくれました。
こうして飼い主は男の子から彼女に代わりました。
そんな日々の中で、気づいたら僕は恋をしていました。
九月に入ると僕を長時間眺めたり、話しかけてくるようになりました。
最初は「ゼリー美味しい?」「寒くない?」等でしたが、
最近は弱音を吐いたりして、僕はそれを聞いていました。
彼女は不登校で友達がいないようで、家庭内でも浮いた存在でした。
孤独に感じていて寂しかったのかもしれない。
だから似た状況だった僕を助けてくれたのかもしれない。
話し相手になる事で彼女の役に立っているのかもしれない。
もし推測通りなら僕が死んだら彼女はまた一人ぼっちになってしまいます。
カブトムシでは彼女の支えになれないけど、
恩返ししたい僕は彼女に友達が出来るまで生き続ける事を決意しました。
家から出ない彼女が友達を作る可能性は極めて低いですが、
僕にはとっておきの策がありました。
以前、男の子からサンタクロースという老人の話を聞いた事がありました。
話によれば十二月にクリスマスという日があり、
サンタクロースが欲しい物をプレゼントしてくれるらしいです。
その老人に頼んで彼女の友達をプレゼントしてもらうのです。
問題はほとんどのカブトムシは秋には死んでしまう事です。
既にいつ死んでもおかしくない状況ですが、
この策しかないので、頑張って寒さに耐えるしかないです。
十月。
葉っぱの中で寒さを耐えていた日の事でした。
なんと彼女が外に出たのです。
家に戻ってきた彼女の手には昆虫ゼリーがありました。
夏に買っておいたゼリーが無くなったので探して買ってきてくれたようです。
数年ぶりに外出した彼女は疲れた様子でしたが、
ゼリーを開ける時に少し微笑み、いつものように話しかけてきます。
それを聞きながら、頑張って絶対にクリスマスまで生き抜くぞと思いました。
十一月になると本格的に寒くなり、次第に動きも遅くなっていきました。
葉っぱでどうにか出来ない寒さでしたが、
暖かい彼女の部屋にケースが置かれる事になり、なんとか十二月まで生き延びました。
十二月二三日。
この日は雪が降って今までで一番寒い日でした。
もう足に力が入らず、頭部を上げる力もありません。
残念ですが、この日が最期だと自分でも分かりました。
どうせこうなるなら彼女は別に僕の事なんてどうも思ってなくて、
前みたいに虫嫌いのままならいいなーって願いました。
ですが、目の前にいる彼女の表情はとても悲しそうでした。
まるで大事な人が死ぬかのような顔で、僕を見ているのです。
前に外国産カブトムシに挟まれた時の男の子の顔を思い出しました。
「また飼い主に嫌な思いをさせてしまったなぁ」
そう思いながら、なんとか彼女を安心させたくて、
僕は最後の力を使って角を動かしました。
それを見た彼女はいつものように少し微笑んでから僕を手のひらに乗せました。
彼女の手のひらはとても暖かくてウトウトしてきます。
この暖かさならもう二、三日生きられるんじゃないかと思いました。
次に目が覚めたらサンタクロースが来ている事を願って僕は眠りにつきました。
********************************
八月。
友達とプールに行く事になった。
その事を去年の私に言っても信じてくれないだろう。
何故なら去年まで私は不登校で、友達と言えるのは飼っていたカブトムシだけだったからだ。
もちろんカブトムシと泳ぎに行くわけではないし、
そのカブトムシは、もうこの世にはいない。
私は小学校卒業までは成績優秀だった。
自分で言うのもアレだが、親にも沢山誉められていた。
しかし、中学に馴染めずに不登校になり、
親が私に対する扱いも次第に冷たくなっていた。
飼っていたカブトムシも元は弟が大事に飼っていたが、
友達のカブトムシに負けたからと言って、放置されるようになった。
勝手に期待して、勝手に失望して、勝手に見限る。
酷い人達だと、私は思った。
虫嫌いな私だったが、ポツンと放置されたケースを見ていたら、
蓋を開けて、カブトムシに餌を与えていた。
自分でもビックリした。
当時は「残り短い命だし、一回だけで済むなら」と考えたが、
「残り短い命だし、餌をあげなくてもいいや」と考えてもおかしくなかった。
きっと、あのカブトムシに同情してしまったのだろう。
だが、予想以上にカブトムシは長く生き続けた。
一回だけだと思った餌やりも何回もする事になったが、
次第に慣れていき、気づけばカブトムシに色々と話しかけていた。
私とカブトムシはそうやって友達になった。
ついに餌のゼリーが無くなってしまい、
弟に買ってくるよう言ったが「お姉ちゃんのペットでしょ?」
親に頼むと「今買ったってすぐ死ぬんだし、勿体ない」
本当に酷い人達だと、私は思った。
仕方ないので、私が買いにいく事にした。
最後に外に出たのは一年以上前で、
誰とも会いたくなかった私にとって外に出るのは地獄だった。
同年代の集団がいたら顔を隠し、出来るだけ学校に近付かないルートを通った。
なんとか100円ショップに着くも、ゼリーはどこにも売っておらず、
勇気を出して店員に聞くと「夏にしか売ってないんだよねーごめんね」との事。
前々から思っていたが、この世に神様はいないと確信した。
店員の話によると虫の専門店があるらしく、そこの行き方を教えてもらった。
着いた時は「ここに入らなきゃいけないの」という見た目な店だったが、
店の人に「外国産のカブトムシ飼っているの?」と聞かれ、
「普通のカブトムシです」と答えると、「育て方がいいんだね」と誉められた。
一生分の疲れを感じながら帰宅したが、
餌を食べているカブトムシを見て、「行って良かった」と自然に微笑んだ。
それからカブトムシは十一月も生き抜いて十二月まで生きた。
ゼリーを買いに行った甲斐があったし、その時のゼリーも少なくなった。
もう少しでクリスマス、また買いに行ってあげようと考えていた。
しかし、クリスマス前……十二月二三日にカブトムシは死んでしまった。
朝から雪が降っていて、とても寒い日だった。
少し前から動きが鈍くなっている事は分かっていたけど、
この日はまったく動かず、既に死んでいるように見えた。
僅かだが、角が動いてまだ生きている事が分かり、
私は虫嫌いな事を忘れて、カブトムシを手のひらに乗せた。
思ったより軽く、ケースの外から見ていた時と印象が違った。
もう一度角を動かしてほしかったが、結局そのまま死んでしまった。
クリスマス前に死ぬなんて酷いカブトムシだなと、私は思った。
十二月二四日。
カブトムシを埋めてあげようと近くの公園に行った。
公園にある大きな木の下に埋めてあげる事にした。
この日も雪が降っており、スコップで穴を掘るのも大変だった。
目が腫れた状態で外に出て、一人で穴を掘る。
唯一の友達だったカブトムシを失い、最悪のクリスマスだと思った。
そんな時だった。
私の名前が呼ばれた。
中学に通っていた時に数回だけ会話した事がある同級生だった。
「何やっているの?」と聞いてきて、なんて返事を返そうか戸惑ったが、
返事を待たずに状況を理解したようで、「私も手伝うよ」と穴を掘り始めた。
素手で掘る同級生に、私は小さな声で「ありがとう」と言った。
「たまには学校に来なよ」
穴を掘りながら同級生が言った。
「……今から勉強追いつける気しないし」
「大丈夫。私が教えるよ」
その言葉が頼もしく聞こえた。
「ま、勉強好きじゃないし、間違った事を教えちゃうかもしれないけどね」
同級生が笑いながら言った。
それでも頼もしさは変わらなかった。
カブトムシを埋め終わり、手を合わせると同級生も手を合わしてくれた。
「さっきの話、考えておくよ」
そう私が言うと、「楽しみにしているよ」と同級生は笑った。
その次に同級生に会ったのは学校の廊下だった。
教室にどうやって入ろうか悩んでいたら、向こうが気付いてくれた。
本当に勉強が好きじゃないようで、ほぼ独学で頑張っている。
皆に追いつくのは大変だが、不登校になる前よりは通いやすく思えた。
たまにあのカブトムシがいなかったら、今頃どうなっていたんだろうと考える。
そして埋めた木の前を通る度に、私は心の中であのカブトムシに礼を言う。
幼虫の頃から人間に飼われています。
僕以外のカブトムシはこの家にはいません。
でも僕は恋をしています。
飼い主の女の子に恋をしてしまったのです。
僕が家に来た時は女の子の弟が飼い主でした。
「早く成虫にならないかな」
毎日、飼い主の男の子が期待の眼差しを向けながら言います。
僕は期待に答えたくて、ひたすら夏を待ちました。
夏前に蛹になり、無事に成虫になりました。
成虫になった僕を見て、男の子は喜んでくれました。
僕が飼育ケースを引っ掻いて音を出しているといつも遊んでくれました。
成虫になってからは男の子の腕を歩いたり、一緒にスイカを食べたり、
夏休みの宿題の日記には僕の絵を描いてくれて幸せな日々でした。
ですが、長くは続きませんでした。
夏休みのある日、家に男の子の友達数人が遊びに来ました。
その中の一人が大きな飼育ケースを持っていました。
どうやら友達が飼っているカブトムシと僕を戦わせようという事でした。
僕は男の子にカッコいいところを見せるチャンスだと思いましたが、
目の前に出てきたカブトムシは僕の倍以上の大きさでした。
角だけで僕と同じぐらいの大きさな外国産のカブトムシです。
「どっちが勝つと思う?」
友達の一人が言いました。
僕に手を挙げてくれたのは飼い主の男の子だけで、
友達は皆、外国産のカブトムシに手を挙げました。
信じてくれている男の子の為にも負けられないと僕は気合いを入れます。
懐深くに角を入れればあの大きさでも引っくり返せるだろうと考え、
少しずつ外国産カブトムシに近づいていきます。
しかし、一瞬でした。
長い二本の角で挟まれ、絶対に離さないと決意していた足が木から簡単に離されました。
軽々と持ち上げられてしまい、足をジタバタさせるもまったく動じません。
勝ち誇ったように振り回され、その時に呆然する男の子が見えました。
数分後、ようやく離されて僕は飼育ケースに戻されました。
その日から男の子と遊ぶ回数が減っていきました。
次第に餌を貰える頻度も減っていきました。
最初は「忙しいのかな」と思っていましたが、
ある日、男の子と親の話し声が聞こえてきました。
男の子は友達が持っていた外国産のカブトムシが欲しいと言っていました。
そこでようやく僕は見捨てられた事に気付きました。
さらに数日後、餌が尽きて空腹状態となりました。
前みたいにケースを引っ掻いて音を出しても見に来てくれません。
この時に初めて僕は孤独を知りました。
とても寂しかったし、こんな死に方は嫌だと嘆きました。
しかし、空腹も限界に達し、もう駄目だと諦めかけました。
その時でした。
ケースの蓋が開き、餌のゼリーが置かれました。
外を見ると男の子の姉でした。
ちょくちょくケース内を見ているのは知っていましたが、
餌を貰えるとは思っていませんでした。
彼女は虫嫌いで幼虫の時から「近づけないで!」と言っていたからです。
僕がゼリーに食いつくのを確認すると、
「逃がしてあげたいけど、ここら辺じゃカブトムシは暮らせないからごめんね」
そう言って逃げるようにケースから離れました。
これが最後の食事になるかもしれないと思いましたが、
次の日も、その次の日も彼女が餌をくれました。
こうして飼い主は男の子から彼女に代わりました。
そんな日々の中で、気づいたら僕は恋をしていました。
九月に入ると僕を長時間眺めたり、話しかけてくるようになりました。
最初は「ゼリー美味しい?」「寒くない?」等でしたが、
最近は弱音を吐いたりして、僕はそれを聞いていました。
彼女は不登校で友達がいないようで、家庭内でも浮いた存在でした。
孤独に感じていて寂しかったのかもしれない。
だから似た状況だった僕を助けてくれたのかもしれない。
話し相手になる事で彼女の役に立っているのかもしれない。
もし推測通りなら僕が死んだら彼女はまた一人ぼっちになってしまいます。
カブトムシでは彼女の支えになれないけど、
恩返ししたい僕は彼女に友達が出来るまで生き続ける事を決意しました。
家から出ない彼女が友達を作る可能性は極めて低いですが、
僕にはとっておきの策がありました。
以前、男の子からサンタクロースという老人の話を聞いた事がありました。
話によれば十二月にクリスマスという日があり、
サンタクロースが欲しい物をプレゼントしてくれるらしいです。
その老人に頼んで彼女の友達をプレゼントしてもらうのです。
問題はほとんどのカブトムシは秋には死んでしまう事です。
既にいつ死んでもおかしくない状況ですが、
この策しかないので、頑張って寒さに耐えるしかないです。
十月。
葉っぱの中で寒さを耐えていた日の事でした。
なんと彼女が外に出たのです。
家に戻ってきた彼女の手には昆虫ゼリーがありました。
夏に買っておいたゼリーが無くなったので探して買ってきてくれたようです。
数年ぶりに外出した彼女は疲れた様子でしたが、
ゼリーを開ける時に少し微笑み、いつものように話しかけてきます。
それを聞きながら、頑張って絶対にクリスマスまで生き抜くぞと思いました。
十一月になると本格的に寒くなり、次第に動きも遅くなっていきました。
葉っぱでどうにか出来ない寒さでしたが、
暖かい彼女の部屋にケースが置かれる事になり、なんとか十二月まで生き延びました。
十二月二三日。
この日は雪が降って今までで一番寒い日でした。
もう足に力が入らず、頭部を上げる力もありません。
残念ですが、この日が最期だと自分でも分かりました。
どうせこうなるなら彼女は別に僕の事なんてどうも思ってなくて、
前みたいに虫嫌いのままならいいなーって願いました。
ですが、目の前にいる彼女の表情はとても悲しそうでした。
まるで大事な人が死ぬかのような顔で、僕を見ているのです。
前に外国産カブトムシに挟まれた時の男の子の顔を思い出しました。
「また飼い主に嫌な思いをさせてしまったなぁ」
そう思いながら、なんとか彼女を安心させたくて、
僕は最後の力を使って角を動かしました。
それを見た彼女はいつものように少し微笑んでから僕を手のひらに乗せました。
彼女の手のひらはとても暖かくてウトウトしてきます。
この暖かさならもう二、三日生きられるんじゃないかと思いました。
次に目が覚めたらサンタクロースが来ている事を願って僕は眠りにつきました。
********************************
八月。
友達とプールに行く事になった。
その事を去年の私に言っても信じてくれないだろう。
何故なら去年まで私は不登校で、友達と言えるのは飼っていたカブトムシだけだったからだ。
もちろんカブトムシと泳ぎに行くわけではないし、
そのカブトムシは、もうこの世にはいない。
私は小学校卒業までは成績優秀だった。
自分で言うのもアレだが、親にも沢山誉められていた。
しかし、中学に馴染めずに不登校になり、
親が私に対する扱いも次第に冷たくなっていた。
飼っていたカブトムシも元は弟が大事に飼っていたが、
友達のカブトムシに負けたからと言って、放置されるようになった。
勝手に期待して、勝手に失望して、勝手に見限る。
酷い人達だと、私は思った。
虫嫌いな私だったが、ポツンと放置されたケースを見ていたら、
蓋を開けて、カブトムシに餌を与えていた。
自分でもビックリした。
当時は「残り短い命だし、一回だけで済むなら」と考えたが、
「残り短い命だし、餌をあげなくてもいいや」と考えてもおかしくなかった。
きっと、あのカブトムシに同情してしまったのだろう。
だが、予想以上にカブトムシは長く生き続けた。
一回だけだと思った餌やりも何回もする事になったが、
次第に慣れていき、気づけばカブトムシに色々と話しかけていた。
私とカブトムシはそうやって友達になった。
ついに餌のゼリーが無くなってしまい、
弟に買ってくるよう言ったが「お姉ちゃんのペットでしょ?」
親に頼むと「今買ったってすぐ死ぬんだし、勿体ない」
本当に酷い人達だと、私は思った。
仕方ないので、私が買いにいく事にした。
最後に外に出たのは一年以上前で、
誰とも会いたくなかった私にとって外に出るのは地獄だった。
同年代の集団がいたら顔を隠し、出来るだけ学校に近付かないルートを通った。
なんとか100円ショップに着くも、ゼリーはどこにも売っておらず、
勇気を出して店員に聞くと「夏にしか売ってないんだよねーごめんね」との事。
前々から思っていたが、この世に神様はいないと確信した。
店員の話によると虫の専門店があるらしく、そこの行き方を教えてもらった。
着いた時は「ここに入らなきゃいけないの」という見た目な店だったが、
店の人に「外国産のカブトムシ飼っているの?」と聞かれ、
「普通のカブトムシです」と答えると、「育て方がいいんだね」と誉められた。
一生分の疲れを感じながら帰宅したが、
餌を食べているカブトムシを見て、「行って良かった」と自然に微笑んだ。
それからカブトムシは十一月も生き抜いて十二月まで生きた。
ゼリーを買いに行った甲斐があったし、その時のゼリーも少なくなった。
もう少しでクリスマス、また買いに行ってあげようと考えていた。
しかし、クリスマス前……十二月二三日にカブトムシは死んでしまった。
朝から雪が降っていて、とても寒い日だった。
少し前から動きが鈍くなっている事は分かっていたけど、
この日はまったく動かず、既に死んでいるように見えた。
僅かだが、角が動いてまだ生きている事が分かり、
私は虫嫌いな事を忘れて、カブトムシを手のひらに乗せた。
思ったより軽く、ケースの外から見ていた時と印象が違った。
もう一度角を動かしてほしかったが、結局そのまま死んでしまった。
クリスマス前に死ぬなんて酷いカブトムシだなと、私は思った。
十二月二四日。
カブトムシを埋めてあげようと近くの公園に行った。
公園にある大きな木の下に埋めてあげる事にした。
この日も雪が降っており、スコップで穴を掘るのも大変だった。
目が腫れた状態で外に出て、一人で穴を掘る。
唯一の友達だったカブトムシを失い、最悪のクリスマスだと思った。
そんな時だった。
私の名前が呼ばれた。
中学に通っていた時に数回だけ会話した事がある同級生だった。
「何やっているの?」と聞いてきて、なんて返事を返そうか戸惑ったが、
返事を待たずに状況を理解したようで、「私も手伝うよ」と穴を掘り始めた。
素手で掘る同級生に、私は小さな声で「ありがとう」と言った。
「たまには学校に来なよ」
穴を掘りながら同級生が言った。
「……今から勉強追いつける気しないし」
「大丈夫。私が教えるよ」
その言葉が頼もしく聞こえた。
「ま、勉強好きじゃないし、間違った事を教えちゃうかもしれないけどね」
同級生が笑いながら言った。
それでも頼もしさは変わらなかった。
カブトムシを埋め終わり、手を合わせると同級生も手を合わしてくれた。
「さっきの話、考えておくよ」
そう私が言うと、「楽しみにしているよ」と同級生は笑った。
その次に同級生に会ったのは学校の廊下だった。
教室にどうやって入ろうか悩んでいたら、向こうが気付いてくれた。
本当に勉強が好きじゃないようで、ほぼ独学で頑張っている。
皆に追いつくのは大変だが、不登校になる前よりは通いやすく思えた。
たまにあのカブトムシがいなかったら、今頃どうなっていたんだろうと考える。
そして埋めた木の前を通る度に、私は心の中であのカブトムシに礼を言う。