ぱっと目が覚めた。
 優しい木目の天井が目に入って、楪はまばたきをする。
 ――ここは。
 ゆっくり起き上がり、となりを見る。楪が贈った椿柄の浴衣を着た睡蓮が可愛らしい寝息を立てていた。
 睡蓮の寝顔を見て、じぶんが離れにいることを自覚する。
 昨日はいろんなことがあった。
 睡蓮の命が妖狐に狙われ、危機一髪彼女を助けて。しかしそのおかげで弱ってしまった彼女の体力を心配して、楪は睡蓮を自らの社に連れてきたのだった。そして、その後すぐ花柳家に戻って、結婚の挨拶をして……その日は、離れに泊まることになったのだった。
 昨晩、ふたつ並べられた布団を見て顔を真っ赤にしていた睡蓮を思い出して、楪は思わず口元を緩ませた。
 睡蓮はおそらく、今までどおりお互いべつの部屋で眠る気だったのだろうが、そうはさせまいと楪が自ら睡蓮の部屋に布団を運んだ。
 睡蓮はまるきり初心だった。
 もちろんなにもしないと言って布団に入っても、睡蓮は緊張が抜けないのかあまりに頻繁に寝返りを打つものだから、楪は最終的に睡蓮の手をぱっと掴んだ。
「じっとして、寝てください」――と、わざと耳元で囁いた。案の定、暗がりの中でも睡蓮は顔を真っ赤にしていた。
 そのまま楪が手を離さずにいると、睡蓮は分かりやすく動揺していた。
 正直、可愛すぎてどうにかしてやろうかと思った楪だったが、やめた。
 大事にすると決めたのだから、と心に言い聞かせる。
 ……が。あんまり意識されるものだから、我慢できなくなった。
「……睡蓮。口づけくらいは、いいですか?」
 欲に抗えず、正直に聞くと、
「ひぇっ?」
 思わぬ声が飛んできて、楪は一瞬きょとんとなる。
「くっ……口づ……で、すか……えと……」
 どこまでも奥ゆかしい花嫁だ。この状態の彼女に迫るのはさすがにかわいそうだろうか。
「冗談ですよ」と笑って、睡蓮から手を離す。
「さて、寝ましょうか」
 本当はまったく冗談ではなかったが、新婚のうちからきらわれるのはいやだからやめた。それに、今は暗いからもったいない。
 初めては、睡蓮の顔をちゃんと見たい。
 そんなことを思っていると、
「もう、ね、眠れそうにありません……」
 なんて呟いている。
「では、おやすみの口づけをもう一回しますか?」と言う楪に、睡蓮は黙り込み、恥ずかしそうに布団を頭まで被ってしまった。
 やり過ぎただろうか。これでも我慢しているのだが。
 と、思いつつ目を瞑ろうとすると、すっと手にぬくもりを感じた。睡蓮の手だ。きゅっと縋るように楪の指先を掴んでいるのがいじらしい。
「……手、だけ繋いだままでもいいですか」
 おずおずとした声が聞こえて、楪は危うくその手を強く引きそうになる。
 なんとかこらえて、「はい」とだけ告げた。若干、声が掠れていた。
 以前、桃李が言っていたことを思い出す。
『〝花嫁〟はお強い』
 まったく、そのとおりだった。楪はとなりで寝息を立てる睡蓮に白旗を上げて、そっと目を閉じるのだった。