【書籍化】ポイ捨てされた異世界人のゆるり辺境ぐらし~【成長促進】が万能だったので、追放先でも快適です~

「その子がリリなのか? こりゃまたずいぶん様変わりしたもんだ」

 風の大精霊との契約を終え、マストを迎えに村へと戻って来た。
 さすがに姿形、色まで変わってしまったリリを見て、彼も驚いたようだ。

 ユユもそうだったけど、リリも体長が縮んでいる。
 十メートルはあった体は、今や三メートルほど。ユユも四メートルかそこいらだし、ルルと比べると二匹はかなり小さく見えるな。

「じゃ、ハクト。次に町へ行くときは、ついでに海にも行こうと思うんだ」
「海か、あぁいいぜ。俺も見てみたいし」
「じゃ、半月後に」

 そう約束をして集落へと戻る。
 寄り道をしなければ、集落から村までほんの数時間だ。

『♪♪』
「ユタカ。リリがね、魔道具がなくても、リリが風の力で船を動かせるようになったって言ってるわよ」
「おぉ。さっそく風の力が使えるようになったんだな」
『♪』

 リリが嬉しそうに宙を舞う。
 にしても、体のサイズのわりに翼は小さいようなんだけど、あんなので飛べるのか。
 リリをじーっと見ていると、ユユが顔をにゅっと出してきた。

『リリばっかり見てる』
「あ、あぁ。翼は小さいのに、どうやって飛んでんのかなぁと思って」
『リリがかわいくて見てた訳じゃない?』
「なんだよそりゃ。はいはい、ユユもかわいいかわいい」

 鼻先を撫でてやると、目を細めて気持ちよさそうにする。

『あのねぇ、リリは火竜さまみたいに翼を羽ばたかせて飛んでいるんじゃないんだよぉ』
「え、そうなのか? いやそうだよな。じゃ、どうやって飛んでいるんだ?」
「魔力で飛んでいるってリリが言ってたわ。私にはよく分からないけど」
「魔力……じゃ、ずっと飛んでたら疲れるんじゃ?」

 俺たちの会話が聞こえたのか、リリが戻って来て何かを話す。

「そんなに魔力は使わないんですって」
『んーとね、人間が歩くのと同じだって。ずーっと歩き続けたら疲れるけど、疲れて倒れるまでいーっぱい歩けるでしょ?』
「なるほど。リリにとって飛ぶことは、俺たちにとってアルクノと同じぐらいにしか疲れないってことか」
『♪♪』

 リリが再び空に舞う。
 それを羨ましいのかどうなのか分からないけど、ルルがずーっと見上げていた。

『ルルガ大地ノ大精霊ト契約スルンデショ? ボクジャダメ?』
「アス、お前まで……」
『ダッテボク、アースドラゴンダシ……』

 ユユとリリを羨ましく思っているのは、ルルだけじゃないようだ。
 アスの話を聞いて、ビクっと体を震わせたルルは、だけど俯いて何も言わない。
 引っ込み思案なところがあるみたいだな、ルルは。

「アス。大地の大精霊とはルルが契約するって決めてるんだ。だから――」

 というと、アスもアスでしゅんっとして項垂れる。
 はぁ……困ったなぁ。

『じゃ、その子にはイフリートと契約させなさいよ』
「イフ……火の大精霊か?」
『そうよ。よく知ってるじゃない、異世界人のくせに』

 だって異世界ファンタジーは、漫画でも小説でもアニメでも、なんだったら実写でも溢れているからなぁ。

『ボクガ火ノ大精霊ト? デモボク、アースドラゴンダヨ?』
『何言ってんのよ。あんたの中には「あーっ。地属性って、火と相性はそう悪くないんじゃないか?」……あっ。そ、そうね。悪くはないわよ。うん』
『ソウナンダ!』
『それにあんた、ドラゴンだし。ワームよりは断然、相性がいいはずよ』
『ワームハ悪イノ?』

 とアスがユユたちを見る。
 ユユたちも慌てて頷いて話を合わせてくれた。

『ソッカァ。ジャ、ボクハ火ノ大精霊ト契約スルネ』

 とご満悦なようだ。
 しかしイフリートと契約する意味ってあるのかとアクアディーネに聞くと、

『あるわよ。アタシが嫌いな奴だけど、あいつがいたほうが海水を蒸発させることも、雲を生み出すのも早くなるし』

 と。
 なるほどね、そういうことなら確かに意味はあるか。

「ですが、火の大精霊さまがいらっしゃったら、砂漠の気温がもっと上がったりしないでしょうか?」
「確かに心配ね。砂漠に残ってる水まで蒸発しちゃったら、元も子もないだろうし」
『それなら大丈夫よ。火の精霊は、自分の体温調節も出来るから。まぁ10℃前後だけどね』
「10℃も下がるなら契約のし甲斐もあるじゃん! アス、イフリートのハートを鷲掴みするんだぞっ」
『ウン! トミータチニ、ボクカワイイヲ習ッテオクネ!』

 うん……やっぱりドリュー族か……。





「大地の大精霊がどこにいるか……だよなぁ」
「村でも大地の精霊に関する話が聞けないか、年寄りにも尋ねてみたが収穫はゼロだった」

 マストはただ留守番をしていただけじゃない。
 集落には年寄りがいないが、その分、村にはいる。
 若い者よりお年寄りの方がいろいろ知っているだろうと思って、情報を集めて貰ったんだが――収穫なしか。
 まぁ大地の精霊ともなれば、緑豊かな場所にいそうだもんなぁ。
 砂漠じゃ無理がある。
 アクアディーネがいた山だって、緑は少なかったし。

 ま、砂漠と水の大精霊だって不釣り合いではあるんだし、希望がない訳じゃない。

「そうだ。この砂漠で一番年喰ってそうなのがいたっけ」
「バフォおじさんのこと?」
「ヤギって人より長生きなのでしょうか?」

 今でも二人はバフォおじさんを「ヤギ」と信じている。
 ヤギを知らないからなぁ。
 いや奥さんたちや仔ヤギたちは、普通のヤギなんだけどさぁ。

「いや、バフォおじさんじゃなくって、火竜の方さ。この砂漠を縄張りにしていたんだし、いろいろ知ってるはずだろ?」
「あ、そうでした。火竜様にお聞きすればよかったんですよね」
「私たちが生まれた時には、この砂漠に火竜さまはいなかったし、他所から来たドラゴンって印象だったものね」
「よし、アス。さっそくボクかわいいの出番だ」
『ウン! オジチャンニ大地ノ大精霊ノコト、聞ケバイインダネ」

 分かっていらっしゃる。

『童よ。残念ながらこの砂漠に、大地の大精霊はおらぬのだ』
『エェー!?』

 えぇー!?

 特にボクカワイイ攻撃をする必要もなく、火竜はアスの質問に即答した。
 その結果がこれだ。

『昔はいた。だが水の大精霊の気配がなくなってから、ここは砂漠化が加速しはじめた。そのせいで大地の精霊力も弱まり、大精霊も存在できぬようになったのだ』
「存在できないようにって、まさか消えてしまったのか!?」

 と俺が質問しても答えてくれない。
 アス先生、お願いします――と目配せすると、アスは頷いて俺の質問を復唱した。

『消えてはおらぬぞ。聖域を移したのだ』
『聖域ッテナァニ?』
『大精霊の家とでも説明すれば分かりやすいか』
『大精霊様ニモオ家ガアルンダァ。今ハドコニイルノカ、オジチャンハ知ッテル?』

 きらきらした瞳で火竜を見上げるアス。
 火竜はすっくと姿勢を伸ばし、ふんすっと鼻を鳴らしてドヤった。

『もちろんだとも』

 ――と。

『今は我とアー……』

 ん?

『オジチャン、ドウシタノ?』
『……今はここから東の山脈におる』
『ソウナンダ。教エテクレテアリガトウ、オジチャン』

 東の山脈ってもしかして、火竜とアスのおふくろさんがいた山のことなんじゃ。
 それで言葉を詰まらせたのか。

『そこは童の母……アースが愛した場所』
『ボクノ、オ母サンガ?』
『見てみたいか?』
『ウン! オ母サンガ好キダッタ場所、ボクモ見タイ』
『では連れて行ってやろう』

 そう言うと火竜は手を差し出した。

「まま、待ってくれっ。まだ準備とか、なんにもできてないからっ」
『お前たちまで連れて行ってやると、誰がいった』

 あ、こいつ!
 こうなったら、行け、アス!
 
 こくりと頷いたアスは、首を傾げてボクカワイイポーズを決めた。

『優シイオジチャン。ユタカオ兄チャンタチモ一緒ジャナキャ、ボク、ヤダナァ』
『分かった。童が望むならそうしてやろう』

 いや、チョロすぎないか?
 鼻の下伸ばしてデレデレじゃないか。

『で、準備とは?』
「あ、あぁ。風の大精霊のところに行くのにも数日留守にしているし、立て続けだと野菜の在庫が心もとないんだ。明日の昼過ぎまで待ってほしい」
『他人のための準備か。変わり者だな』
「そうかな。ここで暮らす人はたいてい、誰かのために何かをしていると思うけどな」

 ふんっと鼻で笑った火竜は、いつものように桜の木の傍で体を丸めた。
 よし。急いで集落に戻って準備をしよう。





「また留守番ですか……」
「じゃ、頼んだよマリウス」

 畑の世話とかもあるし、あんまり人手をこっちに回したくないんだよな。
 そもそもマリウスがいなくても問題ないわけだし。

 ってことで、数日分の野菜を成長させ、さらに時差で成長する野菜の種も用意した。
 十二時間後に成長するようにしたから、マリウスにはその種を直ぐに畝に植えて欲しい。

 渓谷の外では火竜が律儀に待っていてくれた。
 砂船をインベントから取り出して乗り込むと、火竜がそれを掴んで大空に舞い上がる。

『行くぞ』

 一言だけそう言うと、ぶわぁっと風が吹いた。
 いや、物凄い速さで飛んでいるんだ。
 さすがにリリもこのスピードでは飛べないらしく、甲板の上にいる。

 あっという間だった。
 砂漠の町から戻って来た時とそう変わらない時間を飛んだってことは、砂船でも数日かかるだろうな。
 徒歩だともっとかかる距離だ。

 眼下には緑溢れる大地が広がっている。
 それをルーシェとシェリルが、目を丸くして見下ろしていた。

「こんなに……こんなにたくさんの草木が存在するなんて」
「凄い……凄い……」
「目指すはこんな土地、だよな」
「砂漠がこんな風になるの!? 本当に、こんな風に……」

 俺たちが生きている間に、ここまでは無理だろうけど。
 それでも近づけよう。
 未来の子供たちのために。

 砂船は開けた場所で下ろされる。
 地面が硬いので、着陸すると船が傾いてしまった。

 船を下りると、しばらく全員が呆然と景色を見つめた。
 ワームたちも、ここまでの緑は見たことがなくって感動しているようだ。
 
『ココガ、オ母サンガ大好キダッタ場所?』
『そうだ。以前は今よりももっと、美しい花々が咲き乱れていたのだが……』
『凄イネ! コンナニタクサンオ花見ルノ、ボク初メテ』

 以前は――と言うことは、今は以前より少なくなっているんだろう。
 だけど砂漠で生まれ育ったものから見れば、今のこの状況も凄い数の花に思えるだろう。
 俺の目から見ても、かなり綺麗に咲いてるように感じるし。

『童よ、気に入ったか?』
『ウンッ。凄ク綺麗。コノオ花、オ母サンノオ墓ノ周リニモ咲カセタイナァ』
『いずれ咲くだろう。先日、我がこきおの土を運んで、桜の木の周りに撒いておいたから』
「え、言ってくれれば俺、スキルで花を咲かせたのに」
『……そうだな。お前がそう言うのなら、今度そうしてもらおう』

 それぐらいお安い御用さ。
 高台の花園か。桜の木も増やして、花見ができる場所にするのもいいな。

『さて、大地の大精霊だったな。おい、見ているのだろう。姿を現せ』

 え、いるのか!?
 どこ、どこに!?

 辺りを見渡し、人影が現れるのを待つ。
 水の大精霊は、体が水でできた女の子だった。
 風の大精霊は、体が風でできた男だった。
 大地の大精霊は……やっぱり土?

『ここにいるよ』

 声がしたのは足元。

 ん?

 視線を下に向けると、そこにはウリ坊――イノシシの子供がいた。

「だ、だい、精霊?」

 訊ねたのはウリ坊にではなく、火竜にだ。
 火竜はゆっくりと頷いた。

 え、てっきち人型だと思ってた。
 いや、そうじゃなくてもこんな小さいのは想像していなかったから、かなり驚いたな。

『ぼくが大地の大精霊ベヒモスくんだよ』
「あ、どうも……。人間の大地豊です」
『大地を豊か?』
「……人間のユタカです」
『そう。人間のユタカなんだね』

 俺、この世界で名乗る時には、名前しか言わないようにしよう。

『それで――何か用か』
「え……ええぇぇー!?」

 ベヒモスくんの体が突然膨れ上がり、一軒家並みの巨大モンスターに変貌した。
 獅子のような狼のような、でも筋肉質で体もやや太め。
 頭には角があるし、脚には鋭い爪があるし……ウリ坊要素はどこにいった!?

『驚いた?』
「え」

 凶悪そうなモンスターが笑みを浮かべ『驚いたよね?』ともう一度聞く。

「……はい」
『よし』

 何がよしなんだ!
 
 それからベヒモスくんはしゅるしゅると縮んで元のウリ坊の姿に。

『じゃ、後ろのお姉ちゃんたちが怖いからこっちの姿でお話するね』
「後ろの――あ」
「えっと、あの……」
「お、思わずビックリして……」

 ルーシェとシェリルが、各々武器を構えて立っていた。
 そうだ。この二人は戦士だ。
 咄嗟に身構えるのは癖というより、本能なんだろうな。
 いやぁ、頼もしい。

『ん? あれれ?』

 ウリ坊がアスの傍にトテテっと歩いていくと、鼻ですんすんっとニオイを嗅いだ。

『君、彼女の子供?』
『エ? 誰ノコト?』
『そうだ。童《わっぱ》はアースの子だ』
『えー、それじゃあ――』
「あぁぁー、それで俺たち、大地の大精霊にお願いがあって来たんだっ」

 アスのおふくろさん、大精霊と顔見知りだったのか。
 あっぶねぇ。これはしっかり根回ししておかないとな。

『お願い?』
「そうっ。実はさ――」

 砂漠を緑化させたいこと。
 水の大精霊と風の大精霊の力を借りることになったことなどなど、ベヒモスくんに説明。

 大地の大精霊の力があれば、土を早くに肥えさせることもできるかもしれない。
 下位の土の精霊に力を借りただけでも、飛躍的に土はよくなったんだしな。
 大精霊に力を借りられれば、砂漠の砂を土に変えることだって……。

『ふぅん、そっかぁ。ぼくとしては砂漠が緑の大地になるのは大歓迎だよ』
「じゃあ、協力してくれるのか!?」
『試練を乗り越えられたらね』
「分かった。どんな試練だ?」

 風の大精霊は飛べと言ったが、大地の大精霊だと地中に潜れとか?
 それならワームにとっては簡単なこと。

『んーっとねぇ。そこの火竜のせいで、この一帯が以前、焼け野原になっちゃったの。それを元通りにして欲しいんだぁ』
『なっ。そ、それは我の責任であって、その者たちは関係ないであろうっ』
『でも連れて来たの、火竜だし』

 焼け野原ってあんた、何したんだよ。

『オジチャン……悪イコトシチャ、メッダヨ』
『ぐふっ……すまぬ……すまぬのぉ』

 息子にメッされて、本気で落ち込む父親って……。

『焼け野原にされた範囲はこのぐらーい。分かりやすいように、緑の光で囲んであげたよ』
「ほぉ、どれど……」

 おいおい、広すぎやしませんかね?
 この高原、運動場何十個分になるんだよ。それ全部が指定範囲になっているぞ。

『じゃ、終わったらぼくをまた呼んでね。ま、できればの話だけどね』
「え、あ、おいっ。元に戻せって、その元がどんなもんか分からないんだけど!」

 だが問答無用でウリ坊は土の中に溶け込んでしまった。
 戻せと言われてもなぁ……。

 元の風景を知っているのは――

 全員が火竜を見上げる。

『……き、記憶を共有してやる。みな、目を閉じよ』

 記憶の共有?
 んー、まぁ言われた通り目を閉じると、何故か景色が見えた。

 そこは一面の花畑だった。
 ずーっと先まで、全てが花で覆われている。
 同じ種類の花で固まっている所もあれば、いろんな色の花が混ざり合った所もあった。
 その中心とでもいうのかな。
 一本の巨木がそびえ立つその場所に……一頭のドラゴンが……。

『オ、オ母サン……』

 そこにアスの姿は見えない。
 これは火竜の記憶だから。
 だけど傍にいて、アスの嬉しそうな、それでいて悲しそうな声が聞こえた。

 そして、見ている景色がフェードアウトした。

「アス……」
『オジチャンッ。今ノオ母サンダヨネ?』
『……そうだ。お前の母は、あの景色が好きだった。だが我が……』
『オ母サンガ大好キナオ花畑! 今モ綺麗ダケド、前ハモット凄カッタンダネェ。ユタカオ兄チャン、元ニ戻セル?』

 アスは母親のことを知れたことで、興奮して気づいていないようだ。
 火竜が言いかけて口ごもったことを。

『ネッ。早クヤロウヨッ』
「そうだな。ベヒモスくんは、俺たちにはできないと思ってるようだけど」
「ユタカのスキルのこと、知らないものね」
「ふふ。今回の試練も、無事にクリアできますね」

 そう。
 俺の成長促進があれば、花畑のひとつやふたつ!!

成長促進があれば、花畑の復活なんて楽勝!

「なーんて思ってたんだけど、これはなかなかきついな」

 今咲いている花を成長させて種を採る。
 地面に落ちてしまうと拾うのが大変だから、花は俺の手のひらの上で成長させた。
 実った種は持ってきたシーツの上に落とす。
 他の種類の種が混ざらないよう、一種類ずつ作業をした。

 花を咲かせて種を採り、また咲かせて種を採り……。

「こ、こんなもんでどうだろう?」

 握り拳分ほどの種が集まった。
 なお、まだこれが一種類目だ。

「どう、なんでしょう?」
「種の数だけ見ても、どのくらい咲くのか想像しにくいわね」
「だよなぁ……」
『●●●』
「えっと、ルルがその……全然足りない……と」

 足りない? しかも全然?

 改めて種を見て、それから辺りを見渡す。
 ……だな。
 他にも数種類の花が咲いてるが、全部同じ量の種を集めた所で、この広い高原を覆いつくせそうにない。

『●●●●♪』
「今度はなんて?」
「あ、はい。種一粒ずつではなく、数十粒同時に成長させたらどうかって。それでシーツの上に薄く土を敷いて、そこに種を撒けば一斉に花が咲いて種も一度にたくさん採れるんじゃないかと」
「じゃ、それでいくか」

 土も少し混ざってしまうが、どうせ最後にはばら撒くんだ。土ごと撒けばいいか。
 しかしこれ、一日かけても終わりそうにないぞ。

 種から花が咲いて、次の種をつけるのに三カ月ぐらいだろう。
 種四つで一年分。四十粒で十年分。四〇〇粒で百年分だ。
 もちろん、一輪の花から複数の種が採れるから、集まるのは数倍になるだろう。

 けど今の俺だと五九〇年分の成長が限界だ。
 いいとこ六種類の花の種を集めるので限界になる。

 で、予想通り六種類目の種を集める最中に倦怠感を感じ始めた。

「今日はここまでにしなさいよ」
「だな。あぁ、お腹空いた」
「だろうと思って、向こうに準備しました」
「あんたがスキルを使い始めた時に、野宿の荷物出して貰ってよかったわ」

 種増やしをする前に、食材と調理器具を出して欲しいとは言われていたから期待はしたけど、直ぐに食べられるのは嬉しい。

 今夜はツリーハウスではなく、砂船で休むことにしていた。
 船内にはハンモックを備え付けたから、床が少し斜めでも関係ない。
 砂船の傍にはいつのまにか船から下ろしたテーブルと椅子が置かれ、料理も並んでいる。

「ここは少し冷えますね。標高が高いからでしょうか」
『ここは砂漠とは違う。比較的暖かい場所ではあるが、それでも四季というものがある。今は冬の終わりの時期。砂漠で暮らすそなたらにとって寒く感じて当然だ』
「冬……言葉では知っているけど、冬なんて感じたことなかったわ」
「火竜様っ。ここには雪というものが降るのでしょうか?」
『……この辺りだと、降りはするが積もることは滅多にない。見ろ、あの山を』

 火竜が顎で示す先には、ここよりもっと高い山々が連なる景色があった。
 その山頂は白く染まり、雪が積もっているのが分かる。

『あれが雪だ』
「あれ? あれとはどれでしょう?」
「あの山、白いわね。白い土? 石灰岩かしら。だとしたら凄い量ね」

 雪を知らないと、こうなるのか。

『かっはっは。そうか。砂漠の民は雪を知らぬのだったな。あの白く見えるものが全て雪だ』
「あの白いのが!?」
「雪で出来た山だなんて、凄いです」

 ま、まさか、あの白い部分全部が雪だと思ってる?
 表面だけで、内側は普通に土なんだけど……。
 気づいたらしく、火竜も腕組みをして考え込んだ。

『現地に連れて行く方が早そうだな』
「つ、連れて行ってくださるんですか!?」
「やったぁ~」
『ヤッタァー』
『雪触れるの? わぁ、嬉しいなぁ』

 だ、大丈夫だろうか……雪が積もってるような標高だと、かなり寒いと思うんだけど。





「きゃ~っ。真っ白ぉ」
「キャッ。冷たいですっ」
『スゴーイ、スゴーイ』
『あれぇ? ここの精霊さんは水の精霊さんみたいだけど、少し違うんだねぇ』

 暗くなる前にって、火竜がさくっと雪のある場所まで運んでくれた。
 比較的標高の低い場所だけど、それでも十分寒い。

 けど、みんなには関係ないようだ。
 初めて見る雪に大興奮している。
 あぁ、雪にダイブしてごろごろしちゃってるよ。
 あとで風邪引かないように、しっかり焚き火で温まって貰わないとな。

「本当は風呂に入るのが一番なんだけどな」
『風呂?』
「あ、あぁ。ずぶ濡れて風邪引くだろうから、暖かいお湯に浸かって温もったほうがいいって話」
『お湯か……それならさっきの花園の近くに、湯気の出ている泉があるが』

 湯気が出ている泉!?
 まさかそれって……。

「この辺りって、火山が合ったりするのか?」
『うむ。今は眠っているがな。次に活動するのは数百年後だろう。大昔に何度か噴火したため、火山のエネルギーは残り少ないからな』
「ってことは温泉!」

 異世界温泉!?

『ちなみにお前たちが生息しているあの山にも、火山はある』
「えっ。温泉――お湯が湧き出ている場所もあったりするのか!?」
『うむ』

 砂漠に温泉!
 これは……これは絶対に温泉を引かねば!!!

「おんせんってステキですね!」
「ほんと。気のせいかもしれないけど、なんだか肌がつるつるになった感じ」
「気のせいじゃないと思うよ。温泉ってそういう効果があるし。あと冷え性とか腰痛とかにも効く成分もあるようだけど、まぁそれは温泉によって違うからなんとも言えないな」

 とはいえ、冷え性に効くとかって、砂漠で暮らす人に必要性があるのか謎だけど。

 雪遊びを堪能したところで、みんなが寒いと言い出した。
 当たり前だ。
 さっそく火竜に温泉の場所を聞いて、まずは彼女らに入らせた。
 ワームたちにとって、少し熱すぎるってんで――

『汲んだお湯に瓢箪のお水を混ぜて、温くしたのぉ』
『♪♪』
『●♪』
『リリとルルも、つるんつるんになったって言ってるぅ』

 うん。なんかてかってるから分かるよ。
 ここの温泉は美肌効果が高そうだな。

 温泉の後は、夕食にして船でぐっすり休む。
 いやぁ、やっぱり温泉効果かなぁ。
 めちゃくちゃ熟睡できたし、朝目が覚めた時もスッキリ爽快。
 おかげで種増やしの作業も捗った。

 翌日も同じように種増やしの作業をせっせと頑張る。
 その夜――

「どうかな?」

 増やした種で足りるかどうか、ルルに見てもらった。

『♪』
「よさそうだって言っています」
「そか。じゃ、明日はこれを成長させる番だな」
『!♪♪』
「え? ルル……そうですね。大地の大精霊様の試練ですもの、ルルが頑張らなきゃですね」

 ん?

「ユタカさんが成長促進のスキルをかけた種は、ルルが撒きたいそうです」
「なるほど。ルルの試練か」
『エェー。ボクモヤリタイ。オ母サンガ好キダッタオ花畑ダシ』
『♪♪』
「じゃあアスちゃんと一緒に試練を頑張る、だそうです」
『ヤッター』

 寝る前にルルとアスが入念に話し合って、どの花をどこに撒くか決めていた。
 俺は連日ギリギリまでスキルを使って疲れたから、早めに就寝。
 そして早寝をすると、夜中に目が覚めるわけで。
 目が覚めると行きたくなるのはトイレ。

 もちろん、砂船の中にトイレなんてものはない。
 砂漠を渡るときには、行きたくなったら船を停めて適当な所で適当にする。
 だからここでも適当に――ん?

 月明かりに照らされた花畑に、巨大なシルエットが浮かんでいる。
 まぁシルエットの正体が火竜だってのはすぐわかるんだけど、何やってんだ?

 もしかして、アスのおふくろさんのことを思い出しているとか?

 あのドラゴン、意外と一途な男なのかもしれない。
 未だにアスのおふくろさんのこと、好きなんだろうな。

 だったら喧嘩したからって、意地張って放っておかなきゃよかったのに。
 早く謝って迎えに行ってたら、アスのおふくろさんは今でも生きてたはずだ。

 たらればの話をしたってしょうがないか。
 きっと本人が一番後悔してるだろうしさ。
 だから未だに、自分が父親だってアスに伝えられないんだろうから。

 にしても、哀愁漂う背中だなぁ。
 地上最強のドラゴンなんだから、もっとシャンとすればいいのに。

 なんとなく火竜に近づいて、それで声をかけてみた。

「思い出にふけってるのか?」
『……探しておるのだ』
「探し物? 何を探してるんだよ。小さいものなら手伝うぞ?」

 しばらく無言で火竜はじっと地面を見つめていたが、やがてボソりと言った。

『種だ』
「種? どんな?」
『……おそらく、人間の拳ほどの』
「デカいな。いや、火竜から見れば小さいのか」

 その辺に転がっていれば見つかるだろうけど、土に埋まっていると探すのは難しいな。
 それにしても握り拳サイズの種って……巨豆みたいに大きく育つ植物か?

「あ、そういえばあんたの記憶にあった花畑に、物凄く大きな木があったな。もしかしてあの木の?」

 見上げると、火竜がゆっくりと頷いた。
 なるほど、あの木か。

 大精霊は元に戻せと言っていたし、やっぱりあの木も必要かなぁ。
 だったら見つける必要がある。

 とはいえ月明かりしかないこの時間帯に探し物ってのは、なかなか難しいんじゃないかな。

「明るくなってから探した方がよくないか?」

 返事はない。
 黙々と地面を見つめる火竜が少しいたたまれなくて、もうちょっと手伝うかと思ったが、

『明日にはまた、スキルを多用せねばなるまい。お前は休め』

 そう言われたから、寝ることにした。

 あ……すっかり忘れてた。
 いそいそと離れた場所でようをたし、砂船に戻る。
 火竜はまだ地面を見ているようだ。
 アスは毎晩寝てるけど、大人になると寝なくてもよくなるのかな?

 翌日。
 アス用のレタスを成長させていると――

『ンームニャムニャ』
「アス、起きたか」
『レタスゥノニオイィ』

 レタスってそんなにニオイしたっけ?
 成長させたばかりのレタスを嗅いでみても、そんな漂うほどニオイはしてない気がする。

「寝ぼけてるだろ。顔洗ってこい」
『オシッコォ』
「離れた所でしろよ」
『ンー』

 ぽてぽてと歩き出したアスは、言われた通り離れた場所にある岩の方へと向かった。
 しばらくしてぽてぽてと戻ってきたアスは、口に何かを咥えていた。
 
「何を拾ってきてんだよ」
『ンー。イイニオイスルノ』

 ころんっと転がったのは、拳大のクルミのような……。

 ん?

「お、おい火竜!!! これっ、これじゃないのか!?」

 今朝もあの場所でじーっと地面を見ていた火竜が、ゆっくり振り向く。
 そして俺が掲げた物を見て、

『それだ!!』

 と、驚いた顔をして叫んだ。
『コレ探シテタノ?』
『うむ。童が見つけてくれたのか。さすが我が――アースの子よ』

 危うく「我が子よ」と言いそうになってたな。
 しっかしアスが見つけるとは。

『コレイイニオイスルネェ。何ノオ花?』
『花ではなく、木だ。大地の木――そう呼んでおった』

 大地の木か。
 そりゃあんだけ大きな木だと、そういうスケールの名前にもなるか。
 アースドラゴン、アスのおふくろさんより大きかったもんなぁ。

「これで花畑を復活させる、全部の材料が揃ったな」
『ウン!』
『♪』
「じゃ、アス、ルル。昼飯を食べたらさっそく始めるぞ」
『オー!』『♪ー!』

 種はスキルをかけたあと、四十八時間後に『蕾の状態』まで成長するように調整。
 一種類の種全部にスキルを使うと、それでもじゅヘトヘトになる。

 俺の仕事はいったん休憩で、種をアスとルルが撒く。
 夜寝る前に魔力が回復した分だけ、また別の種にスキルを使う。
 この時には何時間後に成長を開始するという部分を、最初に撒いた種と同じタイミングになるよう調整。
 アスとルルは夜でも周りが見えているから、二匹が頑張って種撒き。

 翌日も同じように作業をするが、ここでふと気づいた。

「マズい。このままだと町へ行く約束の日までに、帰れないかもしれない」
「そうですね。ここへ来て今日で四日目。種はまだ半分も撒けていませんし」
「種を集める時には、一輪から十粒以上採れたりしてたけど、撒くときには一粒ごとに成長時間が消費されるものね」

 そうなんだよなぁ。
 単純な話、種を増やすのに使った魔力の十倍が必要なんだよ。
 種を集めるのに二日かかったし、その種を撒くために二十日……ぜんぜん間に合わないじゃん!

 ハクトと約束したのは半月後だ。
 あれから五日が過ぎている。あと十日で村に行かなきゃならない。

 そしてなにより。

「明日には最初に撒いた種が芽吹く……」
「い、今から取り消しって、できないのでしょうか?」
「やったことないからわからないけど、たぶん、無理」

 やり方があるのなら、最初に聞こえたアナウンスにあっただろうし。
 うあぁ、ちゃんと計算してやるべきだった。

 蕾の状態までって指定してあるから、多少の猶予はあると思う。
 開花したあと、一日二日で枯れるものでもないだろうし。
 でもそうすると、全部の種を撒き終えるまで帰れない。
 帰れないってことは、ハクトとの約束の日に間に合わないってことだ。

 どうする……。

「こうなったら……シェリル。君だけでも戻って、マリウスと他に誰か連れて村に行ってくれないか? それでハクトと合流して町に行き、素材を売却して各村に食料や必要な物を届けてほしいんだ」
「ルルがいるから、ルーシェ姉さんもこっちに必要だものね……。わかったわ。私が先に帰って町へ行く」

 そうと決まれば、火竜に頼んで砂船を集落に運んでもらおう。





「――という訳なんだ。悪いけどシェリルとリリを乗せた砂船を、集落まで運んでくれないか?」
『つまり、お前の魔力が足りず、作業が捗らないということか』
「うっ……つまりそうです……」
『そうか。なら問題はない』

 ん?

『我がお前に魔力を貸し与える』

 んん?

『もとよりそのつもりであったからな。あの大地の木は、樹齢数千年であったから』
「数千!?」

 一度に成長させられる時間の上限は五九〇年ほど。
 もう少し少な目のところで止めて休憩を挟めば、一日二回ぐらいはスキルを使えるようになった。
 それでも千年ぐらいだ。
 樹齢二千年だったら二日かかる。三千年なら三日……。
 花畑ですら二十日かかるかもってとこなのに、あの木一本で更に数日とは。

 でも、火竜が魔力を貸してくれるってどういうことなんだ?

『そなた、我と契約せよ』
「けいや……え!? ま、まさか、テイミング!?」

 火竜が首を振る。

『ワームたちのと契約とは違う。それは魔法による契約だ。我との契約は、魂の契約。そなたと……永久の……』
「とわ、の?」
『おぉっほん。け、契約するのか、せぬのか決めろ』
「いや、永久のなんなんだよ。そこ大事だろ?」
『だ、大事ではないっ』

 いや絶対大事だろ!
 隠してるってことは、なんかマジいことでもあるのか!?

 魂って言ってるし、まさか悪魔みたいに魂を寄越せとかなんかあるのか!?
 バフォおじさんより悪魔!

『永久の友情を絆で結ぶ契約、だよ』
「ん?」
『んなっ。なぜ出てくるのだベヒモスめ!!!』

 足元を見ると、土の中からにんまりと笑うウリ坊がいた。

「友情?」

 こくこくとウリ坊が頷く。そしてしゅぽっと土の中に潜った。

 頭上を見上げる。

「友情?」

 火竜の顔がピンクに染まる。

「ふーん。友情かぁ」
『け、けけ、形式的なものだ!』
「ふーん。火竜ってば俺と友達になりたいんだぁ」
『形式的なものだと言っておろう!』
『オジチャン、友達ホシイノ? ボクモオ友達ニナッテアゲル』
『童は優しいのぉ』
『エヘヘェ。ユタカオ兄チャンモ、オジチャンノオ友達ニナッテアゲヨウヨ。オジチャン、キット他ニオ友達イナインダヨ』
『ぶぇひっ』

 アス……今、さらりとクリティカル攻撃したぞ。
 大丈夫かな火竜。
 生きてるかな?

『血と血の盟約を、汝と交わす』

 血の盟約。
 火竜の血で、俺の額に印をつける。
 特に決まった印とかじゃなく、なんでもいいらしい。
 火竜は自分の体を傷つけ、その爪先についた血で俺の額に線を引いた。

「血の盟約を、火竜と交わす」

 俺は指先に傷をつけ、火竜の額に――『炎』と書いた。
 書き終わった途端、額が熱くなる。
 書いたばかりの『炎』の文字が光り、それが収まると俺の額の熱も消えた。

「お、終わり?」
『そうだ。スキルを使ってみろ。枯渇症状が出るまで』
「お、おう」

 さっきまでスキルを使っていたし、魔力はそんなにそんなに残っていない状況だ。
 適当に数十粒ぐらいかな、掴んでスキルを使おうとすると、

『もっとだ、もっと』

 と火竜が促す。

『万が一倒れても、娘らが面倒みるであろう』
「倒れるの前提か……」
『万が一だ。万が一』

 ルーシェとシェリルの二人は頷いている。
 アスやワームたちもだ。

 ま、みんなが傍にいるなら大丈夫か。

 がばっと種を掴んで――

「"成長促進"」





「――終わった」
「お疲れ様です、ユタカさんっ。ご気分はどうですか? 吐きそうだとか、眩暈がするだとか」
「いや、ない。全然まったくない」
「凄い……何日分のスキルを使ったのよ」

 十八日分、ぐらいだろうか。
 眩暈はおろか、倦怠感すら感じていない。

 火竜の魔力を借りるって、こういうことなのか……。
 どんだけ魔力があるんだよ、火竜は。

 あ、俺の魔力じゃなくって火竜の魔力を使っているから、向こうに枯渇症状が出ていたりするんじゃ。
 ちょっと心配になって火竜を見上げてみたが、特に変わった様子は見られない。

「魔力、大丈夫そうだけど、実際どうなんだ?」
『多少は減っておる。多少な』

 多少かよ。

『それで分かったことがある』
「ん?」
『その成長促進なるスキル。消費魔力は少ないようだ』
「え、そうなのか?」

 火竜は頷き、魔術師が使う初級魔法と同程度だという。

『初級魔法であっても、魔術師でもない一般の人間にとっては魔力の消費量は多く感じるものだ』
「そっか。俺は魔術師じゃないもんな。最初の魔力量が少なかっただろうし」

 実際、最初に比べると倍近くボンズサボテンを成長させられるようになったもんな。

『いや、決してそういう訳ではない。魔力の使い方を理解しておらぬから、効率が悪いのであろう。実際、お前に流れ込んだ割れの魔力を見ていると、半分近くが駄々洩れになっておる』
「漏れてる!? も、漏れた魔力ってどうなるんだ?」
『我の魔力に関しては、我に戻って来る。お前自身の魔力は、漏れで消えるだけだ。簡単に言えば、無駄に消費しているだけ』

 無駄あぁぁぁ。

『人間の魔術師がおったであろう。あの者から魔術を教われ。基礎からな。そうすればスキルの効率もよくなるだろう』
「そうするよ。よし、最後にあの種だな」

 花の種はアスとルルがせっせと撒いている。
 残るは大地の木だけだ。

『童の手で植えてやりたい』
「ん? アスの? んー、まぁそうだな。おーい、アス」

 アスとルルは、種を包んだ布を広げて、そこに息を吹きかけて飛ばしている。
 たまにアスは小さな翼を広げ、羽ばたくようにしてさらに遠くへ飛ばしたりもしていた。
 俺の声に気づいたアスが、とてとてと戻って来る。

『ナァニ?』
「この種、植えるぞ」
『ア、大キナ木ノタツダ』
「大地の木って呼ばれるぐらいだ。アースドラゴンのお前が植えるといいんじゃないかなぁと思ってな」
『植エル植エルゥ』

 さて、何年分成長させるかな。
 数千年って言ってたけど……とりあえず五分後に千年成長っと。

「"成長促進"。よし、アス。五分だ。五分後に成長するぞ」
『イソゲ、イソゲ』

 アスはザッザッザと土を掘り、種をころんと置いて土を被せた。
 それからじーっと土を見つめ、しばらくするとにょきっと芽が。

『下がらねば木に巻きつかれるぞ』
「そうだった。アス、めちゃくちゃ大きくなるから下がれ」
『ウ、ウンッ』

 慌ててその場から離れ、振り向いた時にはツリーハウスより数倍デカい木になっていた。

「すっっげぇ……」
『ウワァァ』
「なんて見事な木なんでしょう」
「ほんと……凄いわね」
 
 凄い――としか言えない。
 こんな巨大な木が存在するなんて……。
 
 あれ?
 そういえば、こんなデカい木がそびえ立っているのに、日差しを遮ってない。
 葉っぱだって生い茂ってるってのに。

 ん?

「日差しが葉っぱを貫通しているのか!?」
『そうだよ。暑い時期は日差しを遮ってくれるし、今みたいにまだ気温がそう高くない時期には、日差しを通すんだ』
「うわっ!? で、出たなベヒモス」
『やだ、ベヒモスくんって呼んで』

 と、足元のウリ坊が仰っている。
 ドリュー族のボクカワイイに通じるものがあるな。

「ちょうどいい。ベヒモス『くん』……くん。花畑を復活させたぞ。どうだ?」
『うーん。君にとってあの条件は、緩すぎたみたいだねぇ。異世界人だってのは気づいてたけど、まさかあんなスキルを持ってたなんて』
「い、今から試練の内容変更とかなしだからなっ」
『わかってるよぉ。ぼくだって大がつく精霊なんだ。一度言ったことなんだから――漢に二言はない』

 なんで「漢に~」の下りで巨大化するんだよ!
 マッチョ自慢か?
 そうなのか?

『ってことで、契約してあげるよ』
「すぐウリ坊に戻るんだな」
『こっちの方がかわいいでしょ?』

 やっぱりドリュー族と同じ類のヤツじゃん。
『♪♪♪』

 ルルを少し成長させてから、大地の大精霊との契約を行った。
 当然のようにルルも進化し、アースワームへ。

「ルル、とってもかわいいですよ」
「アースワームって、頭に花が咲くのね」

 ルルの背中側には土色の鱗が生えた。真ん中あたりには苔が生え、頭には花冠が乗っかっている。
 ずいぶん乙女ちっくな進化をしたなぁ。 

『普通は咲いておらぬ』
「え!? そ、そうなのですか?」
『そうだねぇ。アースワームは土色の鱗が生えてるだけで、苔や花は咲かないかなぁ』
「じゃ、ルルは普通のアースワームではないのですね」
『お花の種を、せっせと撒いていたからかもしれないねぇ。フラワーアースワームって名付けようか』
 
 また新種のワーム誕生か。
 よく見たら苔の所にも、小さな白い花が点々と咲いてるな。
 それを見てルルは嬉しそうに尾の部分を振っている。

『ルルよかったねぇ。これでみんなお揃いだよ』
『♪♪』
『♪』

 三匹とも進化できたことを、ワームたち自身も喜んでいるようだ。
 仲間外れなのは嫌だろうし、仲間外れにしてしまうのも嫌だったんだろう。

 ルルの進化と契約も終わったし、集落に帰るか。

『♪?』
「どうしたんですか、ルル? え、木に?」

 ルルが何かを見つけ、それをルーシェに伝えた。
 大地の木に、花が咲いていた。
 ルルの背中に咲いた花に似ているが、サイズがまったく違う。
 ルルの背中に咲いた花は、小指の先ほどの小さなサイズ。
 大地の木に咲いたのは、俺の掌よりもう少し大きいかな。とにかく大きい。

『この木はね、周りの土や植物を元気にするんだよ。大地から栄養を摂らずに、陽光からだけ栄養を採って、それを周囲にお裾分けするんだ』
「土や植物を!? じゃ、あの木を砂漠に植えれば緑化も――」
『砂には植えられないかなぁ。大きいし、上手く立たないと思うよ』

 そうウリ坊=ベヒモスくんは話す。

『でもせっかく咲いたんだから、もう少し成長させて種を採ったら?』
「い、いいのかな。採っちゃって」
『ダメだよ』
「ダメなのかよ!」
『嘘だよ。採っていいよ』

 どっちなんだよ!
 くすくすと笑うウリ坊を横目に、大地の木をもう少し成長させた。
 種になるまで――と。

 花一輪につき、種一つなんだな。

「砂の上がダメなら……そうだ。アスのおふくろさんの所に植えるのはどうだ?」
『オ母サンノ所! デモイイノ? 集落ニ植エレバ、畑ガ元気にナルノニ』
「まぁそうなんだけどさ。アス、想像してみろ。この木が集落に生えているのを」
『ン? ウゥーン……ウゥ……集落ガ狭クナッチャウ!』

 そう。
 大地の木を植える場所は、よぉーく考えなきゃならない。
 ドリュー族やマストたちが暮らす西の高台も、ヤギたちが暮らす東の高台も、この木を植えられるようなスペースはない。
 なんせ幹の直径は二〇メートル以上ありそうだからなぁ。
 そりゃあ樹齢千年でこのサイズだと、樹齢百年未満なら小さく済むだろう。
 でも何百年か先に、絶対困ることになるだろう。

『離れた場所?』

 とベヒモスくん。

「あぁ。人間の足だと半日いかないぐらいの距離かな」
『ふぅーん。まぁ大丈夫だよ。しっかり成長させていれば、かなりの範囲に元気を分けてあげられるはずだから』
「本当か!? よし。じゃあ向こうでは樹齢二千年ぐらい成長――いいかな、火竜?」
『なぜ我に聞く』
「いや、あんたの魔力を借りなきゃできないし」

 もちろん、数日掛ければ二千年でもいけるけどさ。

『問題ない。アースも喜ぶだろう』
『ボク?』
「アスじゃなくって、おふくろさんの方だ」
『オ母サンガ……。ウン。キット喜ブネ』

 こうして大地の木の種を持って、集落に帰ることになった。
 戻る前に、砂漠の山のどこに温泉があるのか案内してもらった。

「おぉ、温泉だ!」
「でもここ、集落からだいぶん遠いわね」
「そうですねぇ。この辺りは来たことありませんし」

 方角で言うと、集落から北東の方か。
 上空から見ても、周辺はかなり険しい山が連なっている。
 ロッククライミングのプロでもないと、なかなか来れなさそうな場所だ。

「こっちでも温泉、入れると思ったんだけどなぁ」
「ここじゃ気軽に来ることもできませんね」
『オジチャンイ頼ンダラ? 友達ニナッタンダシ。ネ、オジチャン』
『友だ……う……』

 おじちゃん困ってるじゃん。
 温泉に行きたいから乗せてって――とは、さすがに言いにくい。
 友達でも言いにくいと思うぞ。

『大地の熱で温められたお湯に入りたいの?』
「これな、温泉っていうんだ。体にいいんだぜ」
『そうだね。大地の元気が詰まってるし』
「でもここから集落まで遠いんだよなぁ。温泉を引くにしても、さすがにちょっとなぁ」

 ドリュー族に手伝ってもらうにしても、さすがになぁ。

『ふぅん。ぼくが手伝ってあげようか?』
「ベヒモスが?」
『くん。ベヒモスくん』
「あ、うん。ベヒモスくん」
『いいよ。手伝ってあげる』

 手伝うって、どうやって?
 するとベヒモスくんが温泉にどぶんと飛び込む。
 そして――

 ずず、ずごごごと地面の下が揺れ始めた。

「ベ、ベヒモスくん??」
『穴を掘っておる』
「え、穴?」

 まさかここから集落まで、穴を掘ってくれるって言うのか!?
 と思ったらベヒモスくんが温泉からちゃぽんと顔を出した。

『ところで、どこに繋げればいいの?』

 そういや集落の場所、知らないんだったな。
「ゆ、湯が出てきたぞ!?」
「いったいどこで沸かしているんだ、このお湯は?」

 地面の中で猪突猛進したベヒモスくん。
 火竜に乗って上空から方角を確認してから、その方角をルル経由で伝えると一直線に集落へと向かう穴を掘ったようだ。
 あっという間に集落まで温泉の通り道ができ、無事、温泉がやってきた!!
 そりゃもう、湯気がもんもん出るお湯が流れて来たもんだから、みんなビックリ。
 温泉を知らないから仕方ない。

 温泉は小川を挟んだ東側に出たから、風呂小屋まで引き込まなきゃなぁ。

 流れるお湯の量は思ったより多くはない。
 ドバァーっと出てきたらどうしようかと思ったが――

『湯が沸く量が多くないし、一日で沸くのと同じぐらいが流れるように穴の位置を調節したよ』
「賢いなぁ、ベヒモスくん」
『えっへん。だって大精霊だもん』

 ウリ坊の姿でふんすっと鼻を鳴らすと、けっこうかわいい。

「そうだ。火竜、ありがとう。明日は大地の木を植えるよ」
『ならば今日のところはゆっくり休むことだな』
「魔力はほとんど火竜にもらってたし、ぜんぜん疲れてないけどな。むしろ火竜がゆっくり休んでくれよ」
『あの程度の魔力、使ったうちに入らぬ。では我は行くとしよう。ここは狭い』

 狭いかぁ。確かに火竜には狭いよな。
 いつかアスにとっても狭いと感じる日がくるのだろうか。
 果たしてその時、俺は生きているのかどうか。





「では、参ります」
『ドキドキ』
『わくわく』
「"成長促進"」

 アスのおふくろさんが眠る場所で、大地の木を成長させる。
 桜の木を倒すといけないから、少し離れた、さらに一段上の高台に植えた。
 大地の木が墓標を、さらには俺たちが暮らす集落を見下ろす位置になる。
 ま、ここから集落はさすがに見えないけど。

 樹齢は三百年に設定。
 このぐらいから大地の木は、陽光で得た栄養分を周辺にお裾分けするんだ――とベヒモスくんが言うので、ここで止めておいた。

「常に晴天の砂漠だから、陽光には困らないだろうな」
「そうね。晴れ以外の天気なんて、みたことないもの」
『ちょっとちょっと。雨計画があるでしょっ』
「ん? あ、アクアディーネか。久しぶり」
『忘れてたでしょあんたたち!』

 そうだった。
 海水蒸発雲もくもく雨計画があったんだ。

「ですが毎日雨を降らせるわけではありませんものね」
『そりゃそうだけど……それで、海にはいつ行くの?』
「あぁ。近々また町に行くから、その時に海まで足を延ばす予定だ」

 町の傍まで砂船で行って、そこからは徒歩になる。
 素材の査定をギルドに頼んでから、待ってる間に海へ行こうと思う。
 
『そ。あっちに着いたらクラーケンに話をつけてあげるわ』
「よろしく頼むよ」
『えぇ。たぶん何かお願いされるだろうから、それはあんたたちが聞いてね』

 ……え?
 お、お願いをされる?

 そんなの聞いてないよ!





「ふぅ、なんとか間に合ったな」

 村へ出発する前日に、温泉を風呂小屋に引く作業が終わった。
 大きめに成長させさせた竹の、さらに太い部分だけを繋ぎ合わせて温泉を流す管に。
 おかげで大量の竹が余った。

「竹で何か作れればいいんだけどなぁ」

 思いつくのは竹を編んだカゴ、竹箸、竹とんぼ。
 だけど作り方なんて知らない。
 まぁ細い部分なんかは、節を利用してコップやお皿として使えたりはするけど。

 そうだ。集落にもカゴがあるじゃないか。

「ルーシェ、シェリル。ここで使ってるカゴは、手作りの物?」
「はい。ですが材料は物々交換したものです」
「トウっていう植物らしいの。私たちは素材として加工されたトウしか見たことないけど、細い管みたいなヤツよ」
「最後に購入したのは数年前ですが」

 カゴを編んだのも彼女らではなく、オーリのところの奥さんと、ダッツのところの奥さんらしい。
 竹を細く切り裂いたら、同じように編めないかな?
 二人に相談してみると、編むにはある程度しなやかにならないと無理だって。

 竹は……硬い。
 日本の職人さんはどうやって編んでたんだろうな。
 ほそーく裂くだけじゃダメなんだろうか。

 帰って来てから考えるとして、翌日は村へ向けて出発した。

「砂船の必要性って、あるんだろうか」
「複数人を運ぶなら、船に乗ってた方が楽なんじゃない?」
「船の方が持ち(・・)やすいでしょうしね」

 砂船は、空を飛んでいる。

『オジチャン、ビューン』
『童もそのうち飛べるようになる。翼がもう少し大きくなればな』
『ボクモ!? ヤッタァ』

 頼んでないのに火竜が来て、俺たちを砂船ごと抱えて飛んでくれた。
 たぶん、アスと一緒にいたいからだろうな。

「こ、これでまた町に行ったら、大騒ぎになるでしょうね」
「なるだろうなぁ」

 ルーシェの心配は、俺も同意見だ。
 前回の時に話はつけてあるとはいえ、阿鼻叫喚だろうなぁ。

『心配するな。当然、途中で下ろす。そこからは歩いていくがいい』

 俺たちの会話が聞こえたのか、火竜がそう言う。
 そしてあっという間に村へ到着し、そこで――

「ひええぇぇーっ!?」
「な、ななな、な、なんじゃこりゃあぁぁぁ」
「お終いだ。この村もお終いだぁぁぁーっ」

 こっちで阿鼻叫喚の光景が広がってしまった。
 村で火竜の存在を知っているのはハクトだけ……だったなぁ。