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マサキくんの問いに、どこか申し訳なさそうに答えるネザサに、僕は「なるほど」と納得の声を上げる。――確かに。そんな慌ただしい状況じゃあ、絵を描いている余裕なんてあるわけがない。

(それにしても、あれだけ描いていたのに……)

桜の木の下で筆を動かしていた彼女の姿を思い出しながら、僕は苦く笑みを浮かべる。あれらだって目を引く絵で、一級品と言っても過言ではなかっただろうに。それを全て没にしたとでもいうのだろうか。……創作者というのは、どうにも面倒な性質を持っているらしい。

「ちなみに、題名は決まっているのかい?」

「あ、はい。――『華絵 彼岸桜』と言います」

「彼岸桜、か」

僕は顎に手を当て、自分の書いている作品を思い浮かべる。……登場人物の心情から『華絵 彼岸花』の表紙を選んでいたが、出てくる花は桜の方が多い。それならば、桜の方でも問題はないのかもしれない。とはいえ、やはり一番手は『華絵 彼岸花』であることに変わりはないのだが。

(あとはその絵が人目を惹くかどうか……)

――正直、nezasaは画家としては未だ赤子同然と言っても過言ではない存在だ。力量があるからと「それじゃあプロに」なんて言えないのが、物づくりの世界である。

(……見極めが大切だな)

それが自分にできるかは怪しいが。

「でも、もし彼岸桜を仕上げたところで、彼岸花みたいになっちゃったらと思うと、私……」

ネザサの言葉に、僕は何も言えなかった。

(……そうか。……そうだよな)

彼女だってまだまだ幼い子供なのだ。絵に込めるための力も認識できていない。むしろコントロール出来るのかもわからないのに、新しく作品を描くのは怖いのだろう。しかし、頭の中にあるということは彼女自身、次の作品についてはしっかりと考えているようで。



(――! ああ、だからあそこで描いていたのか)

桜の木の下。誰もいない、被害の出ないところで未完成の作品を何枚も何枚も描くことで、描きたい気持ちを昇華していたのだろう。無意識なのか、意識的なのかはわからないが。

(とはいえ、それに対する対策なんてわからないしな……)

縋るようにマサキくんを見れば、彼は何かを考えているようで沈黙を貫いている。

三人の中に、気まずい沈黙が落ちる。その沈黙を最初に破ったのは、意外にもネザサだった。

「と、とりあえず、状況が分かり次第お報せしますね!」

「あ、ああ。そうしてくれると助かるよ」