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 その後、教室に入ってきた女性担任教師が告白騒動を収めて、入学式後の二時間目にロング・ホームルームが行われた。
 自己紹介が終わって、クラスの係決めに移った。教壇上にいる若手の女性担任教師が、「まず委員長だけど、誰か立候補する人ー」と、控えめに尋ねた。だが、誰の手も挙がらない。
 数秒が経過して、やや不満げな面持ちの担任が口を開こうとすると、あおいちゃんが右手を挙げた。ただ腕は伸び切っておらず、若干の迷いが感じられる。
「先生! 誰も立候補しないのなら、わたしがやっても良いですか?」
 遠慮がちに意思を口にしたあおいちゃんは、担任をじーっと見つめている。
 担任は、「本当に良いの? やりたくない人に、無理やり押し付ける気はないのよ」と、申し訳なさそうだ。
「大丈夫です。委員長、中学時代もよくしてて、慣れてますから。あっ、いやいや。自慢をしてる訳ではないのよ。みんなのためになるかなって思ってね。だから、勘違いしないでね……」
 両手を胸の前で振るあおいちゃんの声は、徐々に小さくなっていく。
 あおいちゃんの申し出を聞いた担任は、大らかな笑みを浮かべた。
「それでは、委員長は川崎さんにしてもらいます。拍手ー」
 盛大とまでは行かないけど、そこそこ大きな音量の拍手が起こった。
 恐縮って様子のあおいちゃんは両手を前で組み、ペコペコと、全方位に小さくお辞儀をしている。
 その後、副委員長が投票で決まり、他の委員を決める段になった。
 壇上には、水を得た魚なあおいちゃんの姿があり、黒板には、各委員の名称が羅列されている。習字でもしていたのか、あおいちゃんの字はすっごい綺麗である。
「では、次に移ります。ホームルーム委員の希望者、挙手してくださーい。紛らわしくないように、できるだけ高く
高ーくお願いしまーす」
 あおいちゃんの生き生きした声が響いた。視界の端で、未奈ちゃんがどうでも良さげにゆっくりと、半端な高さまで手を上げた。
 シュバッ! 俺は即座に天高く挙手した。自分の指先から出る気が大気圏を突き抜けるイメージで。
 俺と未奈ちゃんの他には、坊主頭の男子生徒(邪魔者=馬に蹴られてなんとやら)が立候補している。
「女子は、水池さんで決定です。男子は候補者が二人いるので、後ろでじゃんけん──で良いのよね、未奈ちゃん」
 あおいちゃんが、縋るような視線を未奈ちゃんに遣った。ふーっと息を整えた俺は、おもむろに立ち上がった。居並ぶ面々の間を通り抜けて、戦場へと赴く。頭に鳴り響くは、ロッキーのテーマ。
 俺と坊主男子は、教室の後ろの黒板前で向かい合った。目を閉じて呼吸をゆっくりにし、瞑想を開始する。
「……お前、何でそんなに必死なわけ? 俺、そこまで拘りはないし、良けりゃ譲ってやるよ?」
 何やら声が聞こえるが、雑音に集中力を割いてる場合じゃあない。
 くわっ! 開眼した俺は、ゆっくりと拳を振り被った。
「「最初はグー。じゃんけん、ほい!」」
 坊主男子はパー、俺はチョキ。俺の、勝利。いやテンション的にはチャンピオンズリーグ優勝。
「きゃっほーう!」マリオのごとく跳び上がった俺は、早足で壇上に向かった。未奈ちゃんのご芳名の隣に、自分の名前をでかでかと書いた。相合傘は、さすがに自粛しといたけどね。
「……で、では、ホームルーム委員は、水池さんと星芝君に決定です。って未奈ちゃん? 大丈夫? 顔が怖いよ? 決め直したほうが良い?」
 あおいちゃんの怯えたような声も、るんるんの俺には気にならない。
 いやー、じゃんけんってすんばらしい制度だよね。考案した人に、金一封でもあげたいぐらいだよ。