――2011年3月10日(木曜日)午後14時30分。

 東海浜神社に有珠と黒子はいた。東浜交差点よりさらに東に位置するこの神社は岬の先にあり、普段はほとんど参拝客はいない。
 漁師が大漁祈願などをするために作られた神社だ。境内は広く、たくさんの大漁旗が風で揺れている。
 境内には有珠と黒子、そしてギャルメイクを施した白子がいた。

「おい……いい加減にしないか、白子……」
「白子!!ねぇさまの言う事が聞けないの!」
「有珠……ねぇさま……黒子ねぇさま……うぅ……」
「お主が災害を止める為に行っているその術法は、災害を起こす為の術法じゃ。なぜ気付かない……?」
「知っています……知っててやっているんです!」
「白子!!あんたいい加減にしなさいよ!」
「小夜子様の……小夜子様のお力になりたいのです!」

ザッパァァァン!!

 ひときわ大きな波が崖肌に打ち付けると、白子は神社の境内から崖の先端に向かって走る。そしてリュックから緑子の首を取り出し、頭を掴んだ。

「有珠ねぇさま……黒子ねぇさま……!ごめんなさい!!」
「やめなさいっ!白子っ!!」

黒子は白子を追いかけ飛びかかる!

『Έλα καταστροφή!Επαναφέρετε όλη τη γη στην αρχική της κατάσταση……』

 同時に白子は緑子の頭を海の中へ投げ入れ、術法を唱えた……!!

『月陰奥義――三界輪廻!!』
「ガハッ!!」

 白子が術法を唱え終わるタイミングで、黒子の刀が白子の体を貫く。

「ハァハァ……ごふっ……!!」
「白子っ!!あなたは自分のした事がわかっているのですか!」
「ハァハァ……黒子……ねぇさま……ごふっ!」

 天から一筋の光が差し込み、神社の本殿を包み込む。それは術法が完成した事を示していた。

「くっ!間に合わなかったか!黒子よ!ひけぇい!」
「有珠ねぇさま!」
「ハァハァ……黒子ねぇさま……一緒に……夢の続きを……!!」
「えっ?」

 一瞬の出来事だった。黒子が有珠の声に反応し振り向いた瞬間、白子は黒子の髪の毛を掴みそのまま崖下へと落下する。

「黒子ぉぉぉぉっ!!」
「有珠ねぇさまぁぁぁぁ!」

 有珠が急ぎ崖に近付くと2人の姿はすでになく、崖下では海水が真っ赤に染まっている。

「ぬかったわ……!」

その時だった!足元から地鳴りが聞こえる。

ゴゴゴゴゴ……!!

「なっ……!?もう始まってしもうたか!くそっ!1日早いではないか!!」
 
地鳴りの後に地面が僅かに揺れた。そして――!!


『ズッドォォォォォォォォォォン!!!!!』


「くっ!黒子よ!必ず戻るから待ってるのじゃぞ!」

突然激しい縦揺れが起き体が宙に浮く感じすらする!

グラグラグラグラッ!!
ガッシャン!ガッシャン!!

 更に横揺れが始まった。どのくらい揺れていただろうか。
 東海浜神社の瓦は全て落ち、崖は崩れ、大漁旗も崖と共に海へと落ちていく。

――14時46分。

「まだじゃ……これから始まるのじゃ……ハァハァ……」

 有珠は揺れる地面に足を取られながらも、東海浜神社の参道を駆け下りる。

「ハァハァ……時間が……ない……」

 参道を下り、海へ出るには東浜交差点付近まで戻る必要があった。周囲は崖で直接は降りれない。
 緑子の命の力で災害を引き起こし、白子の命でさらに大きな災害を呼び込む……ここまでは想定内だった。しかし黒子の命までもが災害を呼び込むとなると話は違ってくる。
 大きなうねりにさらに大型ハリケーンクラスの災害が重なる。それは時に、この国の半分をも無に帰す事となる。
 有珠が交差点近くまで帰ると1人、町外れに走る人影が目に入る。

「ちっ……あれは霧川小夜子か……。しかし今はそれどころでは無い……!春彦、夢夢よ!何とかせいっ!」

有珠は向きを変え、海岸へと急ぐ。

「ハァハァ……15時……10分……時間がない……ハァハァ……」

 その時、有珠の頭上を飛行し通り過ぎる影が見えた。一瞬身構える有珠。しかし声の主に安堵する。

「有珠様!!お迎えに上がりました!」
「天狗のこせがれかっ!」
「はい!テトラと申します!」
「挨拶は後じゃ!この先に黒子がいるはずじゃ!探せっ!」
「はっ!」

バサッ!!

 テトラは挨拶もほどほどに海岸へと飛行する。有珠は空を見上げ息を整える。猿渡一族を守護する樹海の番人、天狗族。猿渡夢夢が万が一の為に呼んでいたのだろう。

「ハァハァ……間に合ってくれ……」

 テトラの後を追うように有珠も海岸へと急ぐ。靴は脱げ、足からは血が出ている。

「何とも……こんなに走ったのはいつぶりじゃろうか……ハァハァ……」

 10分程遅れて有珠もようやく海岸へと降りてくる。そこではテトラがすでに黒子を海から引き上げ心臓マッサージをしていた……。

「黒子様っ!頑張って下さい!黒子様!」
「ハァハァ……テトラよ……代われ……ハァハァ……」
「は、はい!有珠様!」

有珠は黒子の心臓に手の平をかざす……。

「ふんっ!!」

ドンッ!!

「カハッ!!ゲホゲホッ!!」
「おぉ!!黒子様!!さすがは有珠様!」
「ゲホゲホッ……ね……ねぇさま……」
「しゃべるでない。テトラよ、黒子を屋敷まで運ぶのじゃ」
「はっ!有珠様!」
「ねぇさま……白子は……」
「黒子よ、お主はようやった。後はわしに任せい」
「はい……ねぇさま……」

テトラは黒子を担ぎ、夢夢の屋敷へと飛び立つ。

「さて……どうしたものかのぉ……丸一日早まってしまったのか……」

海の向こう、沖で白波がざわつき始める。

「わし1人の力ではもう止めれぬ大きさに成長しておったか。やれやれ……」

それは誰も予想出来ない事。

「確か3月11日の津波は……10メートル位じゃったか」

 沖から轟音が響く。地鳴りとは違うすべてを飲み込む音がする。

「ふふ……あれは50メートルは優にあるのぉ……。わしの修復力がどこまで耐えれるか……!ぐぬぬっ……!!」

 有珠の体が光始め、周囲の空間に体が溶け出す。それはいつしか壁にの穴を塞ぐかのように白い塊になり凝縮していく――!


Επανορθωτική δύναμη(修・復・力)!!』


 一瞬、周囲が眩しく光ったかと思うとその光は大津波に向かって一気に放たれる!!

ズドォォォォォン!!ゴォォォォォォ!!

 遠くで轟音が響き渡り大津波は見る見る低くなっていく!!

「ハァハァハァハァ……わしに出来るのはここまでじゃ……この地に生きる者が等しく平等であるように……」

 そこで有珠は力尽きた。津波は勢いを失ったがそれでも徐々に迫ってくる。周囲の海面を巻き込み着岸する時には高さ10メートル程になっていた……。

………
……


「……ねぇさま……ねぇさま、起きて下さい。ねぇさま……」
「うぅ……」
「ねぇさま……私は先に逝きます。またいずれ別の世界でお会いしましょう……さようなら……」
「ま、まて!お主らにはまだ……!」

 手を伸ばした所で目が覚める。有珠は東海浜神社の境内にいた。海岸で気を失い、そのまま津波に飲まれる覚悟だった。

「よもや……白子に助けられるとは……な」

 修復者(リストーラル)は自分に課された使命をまっとうに遂行出来なかった場合は10年間の地獄の苦しみを味わい再度、この世界に放たれる。

「罰を承知で、霧川小夜子に荷担するなぞ……愚行じゃ……」

 有珠は空を見上げる。平地では津波が押し寄せ砂埃が巻き上がる……。

「じゃがな、白子、緑子よ。自分の信じた道を行くのも勇気がいる事じゃろうて……わしも昔は無茶をしたもんじゃ……」

 そっと涙を拭き、起き上がる有珠。遠くで霧川小夜子の事切れる魂の叫びが聞こえる。

「さて、もうわしに出来る事はないが……」

 しばらくすると辺りは暗くなり、有珠は津波が引くのを待ち4階建の建物がある方へと歩き出す。
 そして流されて来た車椅子を拾い上げ、1人の少女の元へと運ぶ。

「お主も苦しかったろうな。どれ……」

 まだ温かいその少女の魂を拾い上げ、念じる。それは有珠が作った念珠への魂の置換。魂は行き先を見つけたように飛んでいく。

「念珠の主人が亡くなればお主の肉体となろう。あの念珠は『生還の念珠』。持つ者が新たな世界で生まれ変わる念珠なのでな……」

………
……


――1年後。

2011年3月11日。

「黒子よ、後始末も済んだ事じゃ。そろそろ旅立つぞ」
「はい!ねぇさま!」
「うむ。南小夜子よ、お主もちょっと付き合え」
「はい、有珠様」

 発音黒子と南小夜子は1年前の3月10日、大怪我を負い県立中央病院で入院生活を送っていた。
 先日、無事に退院が決まり今日は有珠と黒子が旅立つ日である。

 東海浜医療専門学校から少し内地に入った道路沿いには車椅子と小さなお地蔵様が祀られている。
 西奈真弓が遺体で見つかった場所だ。車椅子は有珠が運んできた物だった。

「ねぇさま、千家には言わなくても良いのですか」
「……そうじゃの。言わない方が良い事もあろうて」
「私の事ですか?」

小夜子が首を傾げる。

「あぁ、お主は南小夜子として生きていくとわしに誓った。西奈真弓はここで眠っておる……そうじゃろ?」
「はい、有珠様……」

小夜子は腕の念珠を握る。

「南小夜子の肉体が生きておれば霧川小夜子がこの時代に再び現れる事はない。じゃが、わしの知らぬとこで交通事故に合ってるなぞ夢にも思わなんだ。もしあのまま南小夜子の肉体も魂も無くなれば再び千家は狙われるじゃろうからのぉ……」

 お地蔵様に手を合わせる有珠。黒子も小夜子も手を合わせる。

「ねぇさま!車椅子に何か挟まっていますわ!」
「ん?」

それは春彦が真弓に宛てた手紙だった。

「やれやれ、見てしまったからにはこの手紙を届けないといけないではないか。はふぅ」
「はい!さすがねぇさまですわ!優しさが溢れていますわ!」
「うむ……何年先じゃったかのぉ。まぁそのうち……行った先の未来で西奈真弓に届ければ良いか。先の未来で郵便配達じゃ」
「はい!ねぇさま!いかようにもなりますわ!」
「嫌がらせにお主の鼻くそも付けておいてやろうか」
「それは嫌ですわ!ねぇさま!」
「冗談じゃよ、冗談。……いや、目くそしてやろうか」
「どっちも拒否ですわ!ねぇさま!」

 そんなやり取りをしているとして小天狗のテトラと数人の天狗が現れる。

「有珠様!準備が出来ました!樹海へご案内致します!」
「うむ、ご苦労。さて、わしらは行く。南小夜子よ……いや、西奈真弓よ。千家を頼んだぞ」
「はいっ!!生涯をかけてお守り致します!」
「ふふ、良かったわね。私もねぇさまを生涯をかけてお守り致しますぅ!」
「寄るな、うっとうしい……」
「えぇぇぇぇぇ!」

 南小夜子が手を振り見送る。有珠と黒子は天狗に抱えられ、あっという間に見えなくなる。
 そして南小夜子は小さなお地蔵様を見つめた。

「私の体、今までありがとう。ゆっくり休んでね……また生まれ変わったら一緒に歩きましょう。さようなら」

 その後、千家春彦と南小夜子は夫婦となる。また交通事故で南小夜子が助けた子供、霧川真昼を引き取り育てる事となった。

 3人は毎年3月10日には供養祭に訪れる。あの日を忘れない為に……。