リーマンショックで社会の底辺に落ちたオレが、国王に転生した異世界で、経済の知識を活かして富国強兵する、冒険コメディ

 発光キノコの群生する空間は思いのほか広く、出口を探すことに苦労したが、やがて立坑へ続く坑道を発見した。下へ向かう真っ暗な坑道を進む。レイラの足取りは普段と変わらないほどに回復していた。

 カザルが標識を確認したところによれば、立坑までは、そう遠くはないという。やがて前方の暗い坑道の奥から、滝が流れ落ちるような水音が聞こえてきた。進むにつれ、音は岩壁に反響しながら次第に大きくなる。

 広い空間に出た。どうやらここが目的地の立坑らしい。ランタンの光の先には、停止したままの大きな水車小屋が浮かびあがった。水車小屋には赤錆びた配管が接続されていたが、配管は途中で欠落していた。外れた配管からは水が激しく吹き出し、排水溝に流れ落ちている。跳ね返る水音が空間にわんわんと響いている。本来なら水は水車の羽を回していたのだろう。

 部屋の奥行きはおよそ二十メートル。一行はゆっくりと部屋の中央部へと近づいた。そこには、十人ほどの人が乗れる大きな木製のゴンドラが置かれており、その上端から上へ向かってかなり太いロープが伸びている。どうやら、これが立坑を地上まで昇るためのゴンドラのようだ。

 上を見上げると部屋の天井は円錐状になっており、その頂点にはゴンドラが通り抜けるのに十分な大きさの穴が開いている。これが立坑だろう。その立坑から三本のロープが垂れ下がっている。一本のロープはゴンドラに繋がっているが、もう二本は滑車を伝って水車小屋の中に入っている。

 カザルが水車小屋の中に入って内部を調べていたが、すぐに小屋から出てきた。

「旦那、この水車小屋の装置でロープを巻き取って昇降用のゴンドラを地上の階へ引き上げるようですぜ。ただし、水車が動いていないので、そいつを直さないと上へはいけやせん。欠落した配管をつながないとダメみたいでさあ」

 欠落した配管をつなぐための配管を探した。ハンマーや釘のようなものは見つかったものの、肝心の交換用の配管は見つからなかった。

 カザルが言った。

「旦那。配管がないなら、きのう倒した巨大サソリの足の殻を利用しやしょう」

 工作はドワーフのカザルにとってはお手の物で、サソリの足を手に取ると、拾ったハンマーと釘でたちまち配管を水車に導くことに成功した。とはいえ、もともとの配管よりもサソリの足のほうが太く、継ぎ目から水が漏れ出し、出てくる水の三割程度しか利用することはできなかった。

「水の量が三割でも、上昇速度が遅くなるだけですから、大丈夫ですぜ」

 なんとか廃鉱山を脱出できそうだ。一行がゴンドラに乗り込んだ。カザルは水車小屋で昇降レバーを操作し、ゆっくりと上昇を開始したゴンドラに後から飛び乗った。ゴンドラは一分間に一メートルという、恐ろしくゆっくりしたペースで上昇を続ける。これでは地上に到達するまでに一時間以上かかるだろう。

 俺はカザルに尋ねた。

「本当にこれで地上に出られるのか?」

「管理室で見た地図じゃあ、ゴンドラの終点から山の斜面へ向かって水平方向に坑道が掘られているらしいですぜ。そこから地上へ出られるみてえでやす」

 レイラの顔色はすっかり良くなっており、もう心配はなさそうだ。

 ゴンドラはロープで吊り下げられているだけなので、前後左右に大きく揺れる。キャサリンの顔色がどんどん悪くなり、気持ち悪そうだ。やばいな、乗り物酔いか。こんな狭いゴンドラで吐かれたら、連鎖嘔吐反応を引き起こしてしまうぞ。

「うええ、わたくし吐きそうですわ。サソリ肉をぜんぶ出しそうですわ。ルミアナ、乗り物酔いを止めるポーションはない?」

「そうですね、乗り物酔いに効くポーションはあります。ただ副作用がありまして・・・気分がハイになってしまうのです。とんでもなく上機嫌になってしまいます」

「まあ、そんなの問題ないですわ。くださいな」

 キャサリンはルミアナからポーションを小さな容器に分けてもらうと、一口で飲み干した。キャサリンの乗り物酔いはすぐに解消した。おまけにすっかり上機嫌になって、鼻歌まで歌いだした、いい気なものである。

「ふんふんふ~ん。お兄様、わたくしとってもいい気分。廃鉱山のかび臭いゴンドラに揺られているうちに、無性に歌を歌いたくなりましたわ」

 背筋を冷たいものが走った。生命の危険を察知したのである。あの不毛の大地でブラックライノを発狂させたキャサリンの歌である。そんなことは露知らず、カザルがのんきに言った。

「いいねえ、美人のお嬢ちゃんの歌声が聞こえるなんて、最高だ・・・」

 そこまで言いかけたカザルの口を俺は片手で必死に押さえ付けた。俺の目が血走っている。カザルの耳元でささやいた。

「死にたいのか、おまえ。キャサリンの歌は精神攻撃なみのオンチなんだぞ。余計なことをしゃべると焼き殺すからな。これから俺のいう事に相槌だけ打て。それ以外は一言もしゃべるな」

 カザルは俺の殺気に恐れをなし、小刻みに首を縦に振って了解した。俺はキャサリンに言った。

「キャサリン、残念ながら歌はダメらしいぞ。カザルが言うには、ドワーフの鉱山はとても神聖な場所だから、歌を歌うとドワーフ鉱山の神様が怒って罰が当たるらしい。とても残念だけど、歌はやめてくれ」

 カザルが口を塞がれたまま激しく頷いた。キャサリンはむくれ顔になった。

「なによ・・・ドワーフ鉱山の神様って度量が狭いのね、歌を愛(め)でる心もないのかしら。それに比べてアルカナの神様は心が広いのよ。そうそう、わたくしは子供の頃、よく教会の中で歌を披露したものですわ。神父様と信者さんたちの前で歌うの」

「本当かよ、その教会はどこにあるんだ。王都アルカにあるのか」

「そうよ、アルカにあったの。でも、なぜかその教会は潰れちゃったの。信者さんが全員逃げてしまって。残念ですわ、もっと歌を歌って聞かせようと張り切っていたのに」

「そ、その神父さんは大丈夫だったのか」

「教会は潰れたけど、神父さんは大丈夫だったわ。でも、なぜか今までの信仰を捨てて、悪魔崇拝者に改宗したらしいわ。そんな変な人だから教会が潰れたのね。自業自得よ」

 キャサリンの歌を聴いたために、信者が全員逃げて、教会が潰れて、神父が悪魔崇拝者になったのか。死人が出なかったことが奇跡だ。いや、考えてみると、このキャサリンの歌も「貧乏神の魔法」の一種なのかも知れない。すごい威力だ。

 一時間後、ゴンドラは立坑の頂上に到着した。一行がゴンドラを降りると、地上の出口へ向かう坑道が横方向に伸びていた。もうすぐ地上に出られる。出口が近いとわかると、歩く足にも自然と力が入る。だが、坑道の先は土砂で埋まっていた。

 カザルが言った。

「ちくしょうめ、ここまで来たってのに」

 ルミアナが言った。

「ちょっと待って、何かいるわ」

 坑道の暗がりの中には、たくさんの光る眼があった。野生動物のようだった。ナッピーが俺たちを制して前に出た。

「待って待って! あたしがお話してみる」

 光る眼の正体はプレーリードッグに似た動物たちだったが、大きさはその二倍はありそうだ。数は三十匹ほど。特にこちらに危害を加える気はなさそうだ。

「この子たちは、地面に穴を掘って生活しているんですって。地表からこの坑道まで穴を掘って、ここを巣穴にしているみたい。ほら、この穴が地上に繋がっているそうよ」

 ナッピーが指さした先には、動物が通り抜けられるほどの大きさの穴が開いていて、穴の向こう側から風が流れてくる。確かに外に繋がっているようだ。

 キャサリンは喜びながら穴に駆け寄ると、頭を突っ込んだ。

「わあい、ようやく地上に出られますわ、やりましたわ」

 しかし、尻がつかえてしまった。

「なによ、こんな狭い穴は通り抜けられませんわ。穴を掘り広げてくれないかしら」

 ナッピーがテレパシーで動物と交渉した。

「掘り広げてくれるって言ってる。でも条件があるって。キャサリンが持っているナップザックのクッキーを、ぜんぶ欲しいんですって」

 キャサリンがナップザックを両手で抱えながらいった。

「えーいやよ。これはお兄様に食べさせるんですから」

 俺は内心おお喜びだったが、いかにも残念そうな声で言った。

「あー、キャサリン。それは嬉しいんだけど、ここから抜け出さないと、みんな死んでしまうよ。クッキーを食べられないのは残念だけど、その動物たちに全部あげてくれないか」

「・・・仕方ないですわ、分かりましたわ。そのぶん、お城に帰ったら、この三倍のクッキーを焼いてあげますからね、楽しみにしていてね」

 ぐは、やぶ蛇だった。半分はミックに食わせよう。

 キャサリンはリュックをまるごと動物に差し出した。動物はぴょこっとお辞儀をしたように見えた。動物たちはリュックからクッキーを取り出すと、皆でさっそく食べ始めた。しばらく食べた後、ナッピーに何かを話したようだ。

「あまり、おいしくないそうです」

 キャサリンが真っ赤になった。

「なんですって! 生意気な、毛を全部むしってやるわ、赤裸にしてやるわ」

 暴れるキャサリンを一行がなだめていると、動物たちが穴の中に入り、すごい勢いで土をかき出しはじめた。穴は見る見る広がった。その穴を通って一行は地上に生還した。

 そこは、高層湿原のお花畑だった。王都アルカ周辺の乾燥した大地と異なり、広々とした湿原に小さな沼や池が点在し、大きな樹木も点在する。山は緑の木々に覆われ、その彼方に蒸気を吹き出す火山が見える。

 キャサリンが言った。

「地上に出たのはいいけど、ここはどこなのかしら」

「大丈夫だよ、いま、ピピを呼んでみるから」

 ナッピーのテレパシーはかなり遠くまで伝わるらしい。しばらくするとツバメほどの大きさの小鳥が上空を回り始めた。ナッピーの友達で、ピピという名の小鳥だ。

 ピピの先導で、俺たち一行は無事に王都へ戻ることができた。
 アルカナ川が復活してから一年が経った。

 未だに洞窟に国王一行を閉じ込めた犯人の特定には至っていない。カザルに大金を貸し付けていたのは金貸し商のシャイロックという男だったが、シャイロックを問い詰めても証拠は出てこなかった。ただ、このシャイロックという男が貴族のジェイソンの屋敷に出入りしている様子がしばしば目撃されているらしい。

 一方、俺たちの閉じ込められた鉱山には、その後の調査で赤い魔法石が豊富に存在することがわかり、ルミアナを中心とする魔法石採掘隊を編成して魔法石を採取した。赤い魔法石については、俺とルミアナが使うには十分な量を確保できた。

 この一年の間に俺の魔法はかなり上達し、様々な攻撃魔法を習得した。補助系、幻惑系の魔法もある程度使えるようになった。

 俺は主だった仲間を集めて、今後の政策などについて話し合っていた。

 総務大臣のミックが現状について報告した。

「農業生産に関しては、穀物の収穫量が以前の二倍に増え、その他の野菜類の収穫に関しては、種類も量も増えております。これにはアルカナ川による灌漑と人糞を利用した肥料の効果が大きいです。何と言っても、アカイモは食糧の増産や食生活の改善に大きく貢献しています。今のところ食料の増産計画は順調です」

 キャサリンがはしゃいでいる。

「素晴らしいですわ、お兄様。このままいけば人口も順調に増えますし、人口が増えれば、国民たちの生活も豊かになりますわね」

「そうだな、確かに食料生産が増えれば人口は増加するが、人口が増えれば国民も豊かになるという単純な話ではないんだ」

「あら、それはどういうことですの?人口が増えれば、より多くの食料や物資が生産できますのに」

「確かに人口が増えるほど食料や物資の生産量は増えるが、同時に人々の生活を支えるための食料や物資も、より多く必要になる。だから人口が増えて国の生産量が増えても、人々の生活が豊かになるわけじゃない。実際、巨大な人口を抱える国の国民が、非常に貧しい生活をしている例は数多くある。人口が増えるだけでは豊かにならないんだ」

「でも、大きな国の王族や貴族の生活は、小さな国の王族や貴族よりはるかに豊かですわ」

「それは、国民から搾取できる富の量が、大きい国ほど多くなるからだ。だから大きい国ほどその国の王族や貴族は豊かになり、他国にマネできないほど豪華な王宮や巨大な寺院を建設することができる。その一方で国民の生活は貧しいままだ」

「それは酷いですわ。それじゃあ、どうすればアルカナの国民は豊かになれるのかしら」

「アルカナの国民が豊かになる方法は大きく二つある。一つ目は他国を侵略する方法だ。二つ目は技術を開発することだ」

「『他国を侵略する』か、『技術を開発する』のどちらかなの?」

「そうだ。他国を侵略する方法の場合は、侵略先の国から財産や食料を奪ったり、属国として支配下に置いて重税を課したり、あるいは人々を奴隷として連れ去って、強制労働をさせる。その方法を採用しているのがトカゲ族の国であるジャビ帝国だ」

「そんな方法が長続きするはず無いのですわ」

「その通りだ。だからジャビ帝国は常に侵略戦争を行い、富を奪い、奴隷を連れ去る。侵略を止めると衰退する運命にあるからだ」

「もう一つの『技術を開発する』とは、どんな意味ですの?」

「技術を説明するのは難しいが、匠の技(わざ)のようなものだ。そうした技を使うことで、例えば家を一軒建てる場合も、より短い期間で建てることができたり、同じ面積の畑でも、より多くの作物を収穫できるようになる。つまり生産の効率が高まる」

「生産の効率が高まるとどうなるの?」

「生産の効率が高まると人手が余るようになる。すると、余った人手を他のモノを作る仕事に費やすことができるようになり、同じ人口でも、より多くの種類の富を生み出すことができるようになる。人数が増えずに生み出される富の量が増えるのだから、国民一人当たりに分配される富の量も増えることになる」

「なんか難しいわね。それで、その技術ってのを開発するにはどうするの」

「『王立研究所』を設立しようと考えているんだ」

「研究所って何、何をする場所なの?」

「様々な分野の職人、専門家のような人々を集めて、より優れたモノを、より効率的に作るための方法を試行錯誤して、新たな技術を獲得する場所だ。例えば、錬金術師を研究所に呼び、新しい薬の研究をしてもらう場所だ」

「なるほど、アルカナ全土から優れた人材を集めるのね」

「確かにそうだが、優れている人物や有名な人物だけを研究所に集めてもダメなんだ。そうしたすでに成果を出している人物だけではなく、まったく世間から評価されていない奇人や変人の類(たぐい)を集めることも重要だ。つまり『狂ったように何かに打ち込んでいる人物』が必要だ」

「奇人や変人をいっぱい集めるの?」

「いや、単なる奇人や変人ではなく、狂ったように何かの研究に打ち込んでいる人物だ。一見すると奇人や変人の趣味のようにしか思えない、何の役に立つかまったくわからないような研究の中から、世の中を変えるほどの大発見が飛び出すこともある。そういう例が異世界では多いんだ。

 ところが、役人の多くは、すでに有名になった人物だけを集めて、カネを出して目標を与えれば成果が出ると勘違いしている。おまけに、その方がカネがかからないから都合が良い。しかし、大発見は狙って出てくるものじゃない。偶然の産物だ。つまり『数を打たないと大当たりが出ない』。

 だから、とにかく大勢の研究者を王都に集めて、なんだかわからない研究であっても、どんどんやらせるのだ。当然ながら膨大なおカネが必要となる。だからこそ、おカネを発行するために銀行制度を立ち上げたんだ」

「なるほどですわ。傍から見ると変な人に見えるけど、何かに打ち込んでいる人が大切なのね。それで、変態のカザルも王国の役に立っているのね」

「相変わらずお嬢様は口が悪いぜ」

「おお、カザルか。例のものの開発は順調か?」

「順調ですぜ、旦那。中庭に試射の準備をしていますので、ご覧くだされ」

「何の準備ですの?」

 俺は椅子から立ち上がりながら言った。

「鉄砲だ。鉄砲というのは異世界の武器だ。これは硬い鱗で全身を覆われているトカゲ族の兵士を倒すための、強力な武器になる」

 俺たちは王城の中庭へ出た。中庭の奥にはプレートアーマーを付けた三体の人形が標的として立てられており、その百メートルほど手前には、台の上に三丁の火縄銃が置かれていた。火縄銃であれば中世時代の技術でも十分に作ることは可能だ。昔、俺は火縄銃に興味があって構造などを調べたことがあるのだが、その知識が役に立った。火薬の原料となる硝石は堆肥から抽出できたし、硫黄も温泉の近くで採取できた。

 キャサリンもレイラも、見たこともない武器に興味津々といった顔つきだ。俺は鉄砲を両手で持ち上げると、皆に説明した。

「これが鉄砲というものだ。これは異世界で使われていた武器だ。火薬という薬品に火をつけて爆発させ、その勢いでこの鉛の丸い玉を鉄砲の筒先から飛ばす。まあ、見てもらったほうが早いだろう。ものすごい音が出るから気をつけてくれ」

 俺がカザルに目配せすると、カザルは俺から鉄砲を受け取り、的となる鎧を着た人形に狙いを付けた。中庭は緊張感に包まれ、静まり返っている。ややおいて、俺の合図と同時に中庭に雷が落ちたかと思われるほどの轟音が響き渡り、鉄砲から大量の白煙が吹き出した。あまりの音の大きさにキャサリンが悲鳴を上げた。あらかじめ弾が込められていた三丁の鉄砲が続いて発射された。すべてが人形に命中した。

 衛兵たちが人形を抱えて俺の方へ運んできた。人形のプレートアーマーには三つの穴が空いており、中の丸太に鉛玉が食い込んでいた。衛兵がそれを高く掲げると、どよめきが起こった。

 レイラが言った。

「弓矢で貫くことができない鉄のプレートアーマーが、三発とも完全に貫通している。これは恐ろしい武器ですね陛下。これなら硬い鱗の体を持つトカゲ族であっても、ひとたまりもありません」

「さ、さすがお兄様ですわ。これなら、アルカナの軍隊は無敵になりますわ」

「そうだ。これもいわば『技術の開発』から生まれた成果だ。技術が進んでいた異世界の鉄砲は、こんなものではない。一つの鉄砲が、一秒間に何発も発射できる。いかに技術の開発が重要かわかるだろう。技術の開発にカネを惜しんではいられないのだ」

 ミックが言った。

「陛下よくわかりました。王立研究所の件、早速準備に取り掛かろうと思います」

「頼んだぞ。財源は王立銀行から借りれば何の問題もない。ただし以前も話したが、おカネを増やしすぎるとモノの値段が上がって国民の暮らしに影響する。無計画におカネを増やしてはいけない。市場における物価の調査は毎月、しっかり行って報告してくれ。それを見ながら毎月の借入額を決定する」

「かしこまりました」
 このところエニマ国における「メグマール帝国建国運動」は、ますます勢いを増していた。エニマ国の王都エニマライズでは、街のあちらこちらに赤地に獅子の意匠が施された旗が掲げられている。街の広場では定期的に「帝国建国を支持する決起集会」が開催され、演台には次々に支持者が登壇して熱弁を振るった。

 その様子を広場の離れた場所から部下たちと共に見守る人物がいた。エニマ国の大将軍ジーン・ローガンである。演台では、一人の男が大げさな身振り手振りを交えながら大衆に訴えており、その男の姿をジーンは腕を組みながら見ていた。男の演説を聞く人々は激しく興奮し、湧きおこる拍手で演説はしばしば中断した。

 ジーンは傍らに控える副官の一人に小声で言った。

「あの男、なかなか良いではないか。扇動者としての才能は抜群だ」

「はっ、ありがとうございます。あれは元、舞台俳優の男です。現役時代は、そこそこ人気があったようですが、素行が悪く、薬物に手を出したり酒を飲んで暴力を振るうなどしたため劇団を追い出され、酒場で腐っていたところを我々が拾いました。舞台俳優をやっていただけあって、大衆をひきつける技は人並外れているようです」

「そうか。街頭演説は、もっと他の地区にも広げたいので、今後も人材の発掘に尽力してくれ。あくまで内密にな。ところで、帝国の支持者たちに配るメグマール帝国の旗とエニマ国の旗は足りているのか」

「ただいま増産しております。我が国の職人だけでは生産が追いつかないので、アルカナ国の染物屋にまで注文して作らせておりますので、十分な数は確保できると思います」

「ははは、そうか、アルカナの染物屋まで動員したか。連中も呑気なものだな、これから何が始まるか心配するより、目先のカネの方が大切なのだ。よし、エニマ国中に赤い旗を翻らせよ、もちろんエニマ国の国旗も忘れずにな」

 一方、エニマ国のハロルド国王は、これまで帝国建国運動に傍観の構えを維持してきたが、一向に収まる気配のない運動に業を煮やし、ついに広場での集会を禁止するお触れを出した。そして軍を動員して、集会場として使われてきた街のあちこちにある広場をすべて封鎖し、当分の間、立ち入り禁止とした。

 これで表面的には大規模集会は行われなくなったものの、人々の気持ちが収まるわけもなく、酒場や劇場のような場所で相変わらず建国運動の集会が続けられていた。そして、自由な活動を封じられた人々の不満は、やがて運動を禁じたハロルド国王へと向けられるようになっていった。

 ハロルド国王の引退を求める声がエニマ国内に広がり始めたのである。弱腰の国王に国は任せられない、もっと力強い英雄が必要だというのだ。そうした急進的な人々の期待を集めた人物が、皇太子のマルコム殿下であった。マルコム殿下が公の場で見せる強気な態度、すなわち、周辺諸国に対する強気で一歩も引かない姿勢、メグマール地方統一の必要性を訴える発言が称賛され、美化され、人々の間に広がっていった。

―――

 こうした状況はアルカナ国の俺の耳にも届いていた。

 総務大臣のミックが報告した。

「エニマ国の状況ですが、メグマール地方の統一を目論むメグマール帝国建国派の動きが、以前にも増して強まっているようです。大衆の間で支持者が急拡大しているため、王国内でメグマール統一の声を無視し続けることは次第に困難になりつつあると思われます」

「よくない兆候だな。我が国もそうだが、イシル公国もネムール王国も、メグマール統一には賛同していない。となれば、場合によっては、エニマ国がメグマールを統一するために、武力の行使を辞さない事態になる恐れもある。アルカナ国内の状況がようやく好転しはじめたばかりだというのに、はやくも国防力の強化が必要になりそうだな。仮にエニマ国と我が国が戦争状態になった場合、アルカナは勝てるだろうか。ウォーレンはどう思う?」

 アルカナ軍の大将軍はウォーレン・リックマンである。ウォーレンは先王ウルフガル時代からの将軍の一人で、ウルフガルとは共に幾多の戦場を駆け抜けてきた戦友である。その武術の腕はウルフガルにも引けを取らない達人で、勇猛果敢さで知られる。

「ははは、なあに陛下、ご心配めされるな。このウォーレン、老いたとはいえエニマの軍勢など、これっぽっちも恐れませんぞ。なにしろ我が軍はエニマなどとは鍛え方が違う。兵たちは『月月火水木金金』といって、一日たりとも訓練を休みませんぞ。たとえ敵の数が多くとも、一人の兵が十人の敵を倒せば必ず勝ちます」

「そうか、それは頼もしい限りだな。ところで、我軍とエニマ軍との兵力差はどうなっている?」

「おお、そうでしたな。そういう細かい話は副官から話させます」

 副官と思われる男が前へ進み出ると言った。

「アルカナ軍の兵力は現在、直属の王国軍が三万、貴族からの援軍を集めても合計で五万です。一方、エニマ軍の兵力は直属で五万、貴族の援軍を合わせておよそ八万といったところです。我が方は兵力数では劣りますが、砦の防御を固めれば、仮に攻め込まれた場合でも十分に持ちこたえることができると考えられます」

 ウォーレンが副官を怒鳴りつけた。

「バカ者、『持ちこたえると考えられます』ではなく『完膚なきまで撃退して御覧に入れます』だ。そんな根性のない報告でどうするんだ」

「はっ、申し訳ございません」

「近頃の若い者は理屈ばかりこねまわしていかん。根性がない連中ばかりだ。やれ予算がないだの、装備が足りないだの、訓練ができないだの。予算や装備が無いなら、根性で戦え。根性がないから、カネや装備に頼ろうとするのだ」

 いつの時代にも必ず居る「根性論者」だな。俺が元居た世界でも「国民にカネを配ると甘やかすことになる」とドヤ顔で主張する官僚が居たくらいだ。俺の最も苦手とする連中だが、それがアルカナの大将軍となると、少々厄介だな。

 俺は言った。

「根性も大切だが、兵士の士気や装備を向上させるためには予算も必要だろう。予算については心配しなくてよい。万一に備えた防衛計画を立案しておいてほしい」

「承知いたしました、陛下」

―――

 平和な日々の崩壊は突然やってきた。

 その日の午後のことである。エニマ国の王都では、人々が申し合わせたかのように、次から次へと、住まいから、あるいは職場から外へ出て路上に溢れ始めた。人々の多くはメグマール帝国の象徴である赤い旗とエニマ王国の旗を手にしている。やがて、それらの人々は移動を開始した。彼らが向かったのは封鎖されている広場ではなく、王城へと続く大きな通りだった。これまでは、王都の各広場に人々が集まることはあっても、人々が王城へ向かうことはなかった。しかし今日は違う。そして人々はメグマール帝国とマルコム殿下の名前を叫び続けている。そして人々は王城の門の前に集まり、叫び続けた。

 その声は、城内にいるハロルド国王の耳にもハッキリと聞こえていた。国王は疲れ切ったように玉座に座り、その眉間には深いシワが刻まれている。そこへ大将軍ジーンとマルコム皇太子が足早にやってきた。

 ジーンが言った。

「国王陛下、すでにお気づきとは存じますが、王城に向かって大勢の人々が集まってきております。人々はメグマール帝国の建国とマルコム皇太子の即位を口々に叫んでおります。軍隊を動かして排除いたしましょうか」

「いや、ここで軍隊を派遣して強制的に排除すれば、怒った国民が暴徒化し、多くの犠牲者が出るだろう。私は国民を弾圧してまで自らの考えを押し通すつもりはない。もはや、私の出る幕ではないのかも知れない。時代は変わったのだ・・・」

 ハロルドはマルコムに向き直った。

「マルコムよ、私は身を引こうと思う。すでに我が国民の心は、昔のエニマ国から離れてしまった。質素で平穏を願う古い心は、今や力と栄光を求める声にかき消された。これも運命なのだろう。お前とジーン大将軍の思うようにやればよい。ただし、決してエニマ国を滅ぼしてはならんぞ」

「はい、父上。私が王位を引き継ぎますれば、必ずやメグマールを統一し、強力な帝国を築き上げ、ジャビ帝国の侵略を跳ね除けてみせましょう」

 マルコムとジーンは玉座の間を足早に出てゆくと、そのまま城壁を登り、人々が押し寄せている城門の上へと向かった。城門の上にマルコムとジーンが現れると、人々の間に歓喜の声がこだました。マルコムが右手を高く上げた。

 衛兵たちが群衆に向かって叫んだ。

「静まれ! 静まれ! これよりマルコム殿下よりお言葉があるぞ。静まれ!」

 ややしばらくして、城門前は静まり返った。マルコムが言った。

「聞け! 我が愛すべきエニマ国の国民たちよ。今日、私の父であるハロルド国王は大いなる決断をされた。自らが王位を退き、私、マルコムに王位を引き継ぐことをお決めになったのである」

 その言葉を聞いて、城門の前に詰めかけた群衆は熱狂に包まれた。

「そして今日、私は誓う。メグマール地方の四つの王国を統一し、強大な帝国を築き上げるために戦う。ここに『メグマール帝国の建国』を宣言する。そして私がメグマール帝国の初代皇帝、マルコム皇帝となる。共に栄光への道を歩もうではないか」

 歓喜の声がこだまする。

「我々には敵がいる。南にはジャビ帝国という亜人の大国、そして北にはザルトバイン帝国という大国がある。こうした大国の脅威に怯えることがない、平和で豊かな国家を築かねばならない。そのためにはメグマールに統一国家が必要なのだ。

 もともとメグマールは、同じ起源を持つ同じ民族である。にもかかわらず、今は四つの国に分かれて弱体化している。それぞれに王を戴き、独立を主張している。それで良いのか?否! メグマールは一つであらねばならない。「一つのメグマール」という原則である。これが私の悲願であると同時に、多くの国民たちの思い出もある。強く強大な国家を。その達成のためであれば、私は武力による統一も排除しない。

 今日、ここに、私は『メグマール帝国、皇帝マルコム』と名乗る。そして、アルカナ、イシル、ネムールの国王に要求する。それぞれの国王は王位を退いて貴族となり、マルコム皇帝ただ一人を、統一国家メグマール帝国の君主として戴くことを要求する」

 マルコムは腰の剣を引き抜くと、高々と天に掲げた。

 城門前に押し寄せた人々の熱狂が覚めることはなく、マルコム皇帝と叫ぶ声が何度も何度もこだました。城門の上からその様子を満足そうに眺めるマルコム、そしてジーン。

 メグマール地方は、ついに戦乱の時代へと突入したのである。
 現在、メグマール地方には4つの王国がある。我がアルカナ王国、イシル公国、ネムル王国、そしてエニマ王国である。一方、メグマール地方を一つの帝国として統一しようと野望を抱く者がいる。それがエニマ王国のマルコム国王である。

 マルコムは近年拡大してきた自国の軍事力を背景に「メグマール帝国建国宣言」を一方的に発したが、これを受けて、アルカナ、イシル、ネムルの三国の国王がイシル公国の王都に集まり、今後の対応について協議することになったのである。

 イシル公国はアルカナの北に位置する。その北部は険しい山岳地帯で、その裾野にはエニマ川の源流である広大な森が広がる。緑豊かな森の国である。その果てしなく広がる森の奥地のどこかに、ハーフリングであるナッピーの故郷がある。もちろん人間にその場所を見つけることは不可能だ。

 イシル公国は古くから独自の宗教が信仰されてきた。ヤッカイ教という、森に住む多くの神々を崇める多神教で、昔からこの地に根付いていたシャーマニズムが発祥となっている。ヤッカイ教の司祭は森の神々と対話する能力を持つシャーマンであり、シャーマンは、ここイシル公国において政治的にも大きな影響力を持つという。そして、森に住むサルが神の使いとして大切にされており、王都でも、我が物顔で歩き回るサルの姿をあちこちで見ることができる。

 俺たちはイシル公国の宮殿の大広間に集まった。あくまで秘密会議なので参加者は少人数に限定され、俺と総務大臣のミック、大将軍のウォーレンとその部下、ルミアナが参加した。キャサリンやカザルら他のメンバーには、会議が終わるまでの間、宮殿の外にあるレストランで食事をしながら時間を潰してもらうことにした。今回、レイラには俺の警護ではなく、キャサリンの警護役として付き添ってもらった。いろいろな意味で「なにかあると厄介」だからである。

 俺たちが広間に入ると、すでに他国の面々が顔を揃えていた。ネムル国の国王は、エラル・アトソンだ。そういうと失礼だが、尖った顔をした痩せた男である。口先をせわしなく動かして、振る舞われたオードブルを食べながら、ワインを飲んでいる。

「んー、なかなかのワインですね、ホホホ・・・。あ、これはアルカナのアルフレッド国王様ですか、お初にお目にかかります」

「アルフレッドです。ネムル国のエラル国王ですか、よろしくおねがいします」

 エラル国王は神経質そうな表情で言った。

「こちらこそ、ほんと、よろしくおねがいしますよ。何しろ軍事力という点では、我が国はアルカナの半分にも満たない戦力しかありませんからね。でも、我が国がエニマ国に占領されることになれば、私どものところで産出される鉄や銅などの資源がエニマ国に渡ることになり、面倒なことになります。しっかり守っていただかないと、困りますよ」

 最初からアルカナ国とイシル国になんとかしてもらうつもりらしい。そうこうするうち、向こうから、イケメンほどではないものの、感じの良さそうな若い男が近づいてきた。イシル公国の国王、ルーク・ベアードだ。その横には、ひと目でシャーマンと分かる装飾を身にまとった背の低い老女が、ぴったりと並んで、何やら口やかましく国王に命じている。

「ほれ、ルーク様。今日は右足から歩き出すようにと、先程から何度も申しておるではないですか。左足から歩き出すのは不吉ですぞ、会談が失敗するやも知れませぬ。それと、人と話をする際には、方角に注意してくだされ。あとは・・・」

 はああ、イシル国では政治に宗教が強い影響を及ぼしているとは聞いてはいたが、これがそうか。俺の転生前の世界で言えば、風水か何かのたぐいだな。ルーク国王は苦笑いしながら、俺の方に歩み寄って、握手のため手を差し出した。

「イシル国のルークです。どうぞよろしく」

 と、話しかけたルーク国王の顔は俺の方を向かず、そっぽを向いている。何だろう、これがイシル式の公式な挨拶なのかも知れない。妙な気がしたものの、俺も真似をして、横を向いて握手しながら言った。

「アルカナ国のアルフレッドです、こちらこそ、よろしくおねがいします」

 すると、シャーマンの婆さんが不機嫌そうに言った。

「これ、アルフレッド殿、そっぽを向いたまま挨拶するとは失礼ではないか?」

「へ? しかし、ルーク殿もそっぽを向いておられるので、てっきり、そっぽを向いて挨拶するのが礼儀なのかと・・・」

「そんなわけないじゃろ。ルーク様は、今日は北の方角を向いて話をしてはならんのじゃよ。だから、やむを得ず、横を向いておるのじゃ」

 なんだそれは。イシル国はめんどくさい国だな。まあいいや、とにかく俺がルーク国王の東側に立てば、普通に会話ができるわけだ。俺は横に回り込むと挨拶をやりなおした。

「いやあ、失礼しました。イシル国はいろいろと決まり事が多いのですね」

「あはは、いやいや、これが厄介でして、私もほどほどにしてくれと司祭のお婆さんにはお願いしているのですが、かなりルールには厳格な方でして、一日中つきまとわれているのです・・・」

 こんな婆さんに一日中つきまとわれて、よく気がおかしくならないものだな。そう思っていると、突然、シャーマンの婆さんが俺を指さして叫んだ。おれは思わず、後ずさった。

「きえええ」

「ななな、なんだ、どうした?」

「お主の顔に、ものすごい女難の相が出ておるぞ。お主は、周りに厄介な女が大勢取り巻いておるじゃろう。相当に厄介な・・・」

「いや、まあ、確かにそうなんだが・・・」

「まだまだ、そんなものじゃないぞ、これからもっといっぱい寄ってくるぞ。やばい女がいっぱい、いひひ」

 ルーク国王が言った。

「これ、失礼なことを申すな。陛下は清廉潔白なお方だ」

「いやいや、わしはアルフレッド国王様のことを案じて、事実を述べ、注意を喚起しておるだけじゃ。はあ、・・・それに比べてルーク陛下は、女難どころか、まったく女が近寄ってこないのう。女っ気がゼロじゃ。困ったもんじゃ」

「やかましいわ! お前の占いを信じていろいろやったが、まるで駄目だったではないか。寄ってきたのは動物のメスばかりだ。城にメス猿の大群が来たときは、どうしようかと思ったぞ。半分はお前の責任なんだからな」

 ルーク国王は、しばらくハアハアと肩で荒い息をしていたが、気を取り直して言った。

「で、では皆様、本題に入りましょう」

 それぞれの国の国王と国防関係の大臣たちは、大広間の中央に並べられた机の前に着席した。正面のルーク国王が切り出した。

「周知のごとく、エニマ王国のマルコムが、無礼にも『メグマール帝国建国宣言』なるものを一方的に発表し、こともあろうか、われわれ三カ国の王に対して、国王の座を辞し、マルコムの配下に下れとの書簡を送り付けてきた。断じて許しがたい行為である。しかも我々がその要求を飲まない場合には、メグマール地方の統一のために、武力の行使も辞さないとのことだ。そこで、我々三カ国は、このエニマ国の無礼なる振る舞いに対して、どのように対処すべきか考えたい」

 酔っ払って真っ赤な顔をしたエラル国王が言った。

「いやもう、皆様にお任せしますよ。ういい、我が国は、まるで軍備が弱小で役に立ちませんからな」

 俺は横目でエラル国王を一瞥(いちべつ)してから言った。

「それでは、三国で軍事同盟を結びましょう。そして、もしエニマ国が我々のいずれかの国を侵略した場合、団結して撃退することを誓うのです。同盟を結び、こうした我々の方針をエニマ国に伝えておけば、簡単に攻めてくることはできなくなるでしょう」

 ルーク国王が頷きながら言った。

「確かにそのとおりですね、アルフレッド殿。しかし、それでもエニマ国が侵略してきた場合、具体的に、何かプランはありますか?」

「そうですね、もしエニマ国が侵略してくるとすれば、軍事的に最も弱いネムル国に最初に攻め込むでしょう。ネムル国はエニマ国の東側にあります。もし連中がネムル国に攻め込んだなら、エニマの西にある我がアルカナと貴国のイシルが西側からエニマ国に攻め込むことになります。

 最初にアルカナ軍がエニマ川の南側を占領し、その後、エニマ川の中流付近から北側に渡河し、北のイシル軍と合流して、そのまま西にあるエニマ第二の城塞都市ハナンを包囲します。そうすれば、ネムル国へ進撃したエニマ国の本隊も引き返さざるを得ないでしょう。撤退するエニマ軍を後方からネムル軍に追撃していただき、できる限りエニマ軍を疲弊させます。あとは、エニマ国に休戦を迫ることになりますが、応じなければ、ハナンの近郊で決戦になるかも知れません」

 大将軍のウォーレンが興奮気味に言った。

「うはは、決戦ですな。エニマ国を叩きのめして見せましょうぞ」

 俺はウォーレンを制して言った。

「それは頼もしい限りです。ですが、決戦となれば、双方とも甚大な被害が避けられないので、できれば避けたいものです。我が方には、暗殺のプロであるエルフがおりますので、いざとなれば、決戦を避けるための最終手段として、マルコム国王の暗殺という方法も考えられます」

 会場がざわめいた。ルーク国王が言った。

「アルフレッド殿、マルコム国王を暗殺するなど、とうてい不可能と思われますが、何か策でもあるのですか?」

 テーブルで囲まれた真ん中の空間に、ルミアナがすっと現れ、言った。

「陛下のご命令とあれば、マルコムを暗殺してみせましょう」

 というや、再び姿が消えて見えなくなった。会場は驚嘆の声に包まれた。

「彼女はエルフのレンジャーで、幻惑魔法を駆使し、姿を消すことができるのです。しかも、恐るべき弓の名手でもあります。もちろん警戒厳重なエニマ国の宮殿に潜入することは容易ではありませんが、彼女なら十分にチャンスはあるでしょう。もちろん、暗殺が失敗したときは、決戦に臨むしかありません」

 ルーク国王が感心して言った。

「これはすばらしい計画ですね。ぜひ、三国同盟を締結したいと思います」

 一方、キャサリンは、レイラ、カザル、ナッピーと一緒に、地元の有名なレストランで食事をしていた。白いオシャレなテラスは、緑の木々がみずみずしい広場に面している。半乾燥地帯の埃っぽいアルカナとは大違いだ。しかし、キャサリンはご機嫌斜めだった。

「またしても、わたくしをのけものにして、お兄様だけで宮殿で秘密会議をするなんて面白くないですわ。わたしくしだって、お父様の娘なんですからね」

 レイラは、キャサリンのいつもの愚痴に諦めた様子で、淡々と言った。

「仕方ないことですよ、お嬢様。私だって本来なら陛下のおそばに仕えるはずですが、こうしてお嬢様の護衛を任されているわけです。ですが、なんの不満もございません。むしろ陛下のお役に立てて光栄です」

「そうね、レイラは近衛騎士だから、それで満足なのですわ。ところでレイラ。私のこの新しいドレス、どう思いますこと?」

 キャサリンはイシル国へお出かけするというので、ドレスを新調したようだ。色は派手なピンクを基調にして、白いフリル柄がスカートのあたりに幾重にも施されている。が、何と言ってもスカートの丈が今までになく短い。レイラはキャサリンの太ももを見てちょっと恥ずかしくなり、視線をそらせながら言った。

「う~ん、とてもよくお似合いだと思います。色もお嬢様らしくて、輝くように美しいですね。・・・ただ、その、なんと言いますか、短くないですか、その、スカートが」

「おほほ、これはこれでいいのですわ。最近、お兄様の周りには女性が増えてきたのです。それで、なんとなく私の影が薄くなってきたような気がして、心配になってきたの。それで気がついたのですわ。私には何かが足りないって」

「はあ、それで、何が足りないと?」

「色気よ!」

 キャサリンは、突然色気に目覚めたらしい。

「物語でも、ヒロインには色気がある方が受けるのよ! というか、人気の出る絶対条件ですわ。だから、まず衣装からですわ。王宮の仕立て屋に言わせると、肌を見せたほうが刺激的だと言ってましたの。足を大胆に見せるのは、ちょっと恥ずかしい気もするけど、どうかしら。まだお兄様には見せていないの」

 カザルが目を血走らせて言った。

「いい、断然、こっちのほうがいいですぜ、キャサリンお嬢様。ピンクもいいですけど、あっしの好みから言えば、黒くて、ひらひらがいっぱいあしらわれたドレスがいいです。手袋も黒いの、そして、何と言ってもハイヒールのブーツですぜ。ああ、たまらん」

「あんたの好みを聞いてるんじゃないわ、この変態ドワーフ」

 いつの間にか、あたりには多くのサルが集まっていた。イシル国の宗教であるヤッカイ教では、サルが神の使いとして大切にされており、我が物顔で町中を徘徊している。一方、サルの宿敵とも言うべきイヌたちは、肩身の狭い思いをしていた。そんな野良イヌが数匹ナッピーのそばに来て、ナッピーから食べ物を分けてもらっていた。ナッピーは野良犬たちと何やら会話していたが、ふいに、みんなの方を向いて言った。

「ねえねえ、この町のサルは乱暴で図々しいから、気をつけたほうがいいって、このイヌたちがみんな言ってるよ。人間に甘やかされて、付け上がっているんだって」

 カザルが言った

「へ、こんなエテ公なんぞ、どうってことないですぜ」

 ふと見ると、カザルの料理を載せた皿が、いつの間にか空っぽになっている。通りの反対側にある木の上で、カザルの料理をサルたちが手づかみで貪っている。

「くそ、やりやがったな」

 キャサリンがカザルを指さして笑った。

「おーほほほ、カザルは間抜けだから、サルにバカにされるのですわ。わたくしのように、威厳にあふれている人間は、サルにも見分けることができるのよ」

 キャサリンの料理も綺麗さっぱり無くなっていた。

「うえええ、なにこれ、いつの間に! 許さないわサルの分際で。レイラ、あのクソザルどもを捕まえてお仕置きするのよ」

 レイラは、キャサリンが騒ぎを起こさないようアルフレッドから監視の役目を仰せつかっているので、何かしでかさないかと内心ハラハラである。レイラは苦笑いを浮かべながら、キャサリンをなだめた。

「ここは我慢です、キャサリンお嬢様。この国では、サルは大切にされているのですから、暴力はいけません。料理は、私がすぐに代わりのものを用意させますので」

「仕方がないわね、レイラの頼みだから聞いてあげるわ。まったく運のいいサルたちね。もうお肉はいいから、甘いものが欲しいわ、それとお紅茶も」

 食い物を奪ったサルたちがそれで満足するかと思いきや、まるでそんなことはない。今度は、何やら目付きの悪いサルたちが、忍び足でキャサリンの周りに集まってきた。そして、スイーツを食べることに夢中になっていたキャサリンの頭に、一匹のサルが飛びついて、キャサリンの長い髪を数本引き抜いた」

「うひゃああ、いたたた。な、何すんのよ、このサル、痛いじゃないの。さては、わたくしの美しい金髪に目がくらんだのね。わたくしったら、あまりの美しさに、サルにも狙われるのですわ」

 野良イヌとひそひそ話していたナッピーが言った。

「あのね、サルたちは女性の長い髪を引き抜いて、自分たちの歯の掃除に使うんだって。長ければ長いほうが、歯を掃除したときに、気持ちがいいらしいよ」

 キャサリンが怒った。

「なんですって! わたくしのシルクのような金色の髪をむしって、あろうことか、汚い歯の掃除に使うなんて、許せませんわ。レイラ、今度こそ、サルどもを捕まえて、ぎゃふんと言わせるのよ」

「お、お嬢様。ここは我慢です、我慢。髪の毛でしたら、お嬢様の代わりに私の髪を、いくらでもむしらせてやります。サルたち、さあ、私の髪をむしりなさい」

 レイラはキャサリンの前に進み出てこうべを垂れ、サルたちに自分の頭を差し出した。サルたちの動きが一瞬止まった。自らの身体を犠牲にしても良いという、レイラの天使の如き献身的な姿が、サルたちを感動させたのだろうか、ああなんと美しい光景・・・。

 と思いきや、それはレイラの思い描いた幻想に過ぎなかった。次の瞬間、「ベチャ」という柔らかい音と同時に、レイラの磨き上げられた鎧に何かがぶつかって、地面にずるっと落ち、レイラは現実に引き戻された。

 野良イヌとひそひそ話していたナッピーが言った。

「あのね、サルたちは、気に入らない相手にウンチを投げつけるらしいよ」

 レイラの鎧には、次々とウンチが飛んできて、ぶつかって、地面に落ちた。レイラの頭が小刻みに震え始めた。

「が、がまん、がまん、がまん、がまん・・・・」

 ウンチをぶつけられても震えるだけのレイラをみたサルたちは、さらなる挑発行為に及んだ。キーキーわめきながら、自らの赤い尻をたたき始めたのである。中には、放屁するサルまでいる。震えるレイラの顔が、赤くなってきた。

「わ、私が毎朝早起きして、ピカピカに磨き上げている神聖な近衛騎士の鎧にウンチを投げつけて穢(けが)し、しかも、汚い尻を叩いて侮辱するとは・・・。ア、アルフレッド様、わ、わたくしは、・・もう、我慢の限界でございます・・・」

 レイラが巨大な長剣をジャキンと引き抜いた。

「アルフレッド様、お許し下さい」

 振りかざした刃が、ギラリと光る。レイラの目が燃えている。

「殺す!」

 レイラのあまりの剣幕にたじろいだカザルが言った。

「あ、あっしは、お仕置きするだけでいいと思いやすぜ」

「いいや、殺す。絶対殺す。すぐに殺す」

「そうよレイラ、あの生意気なエテ公どもに、容赦なんかいらないわ」

 レイラが電光石火でサルたちに切りかかったが、サルたちはすばしこく、蜘蛛の子を散らす如くにパッとその場を飛び退くと、一目散に逃げ出した。

「まてええ、逃がすもんか」

 これを見た野良イヌたちも、サルたちへの日頃のうっぷんを晴らすいい機会だと思い、一緒になってサルたちを追いかけ始めた。

「あのね、イヌさんたちも、協力するって」

 キャサリンが鼻息荒く言い放った。

「よし、イヌたちも、あたいについてきなさい。レイラ、サルはあそこの宴会場に逃げ込んだわ。突撃よ」

 宴会場では、折しも、結婚披露宴がとり行われようとしていた。司会者の男が会場に集まった大勢の人たちに向かって叫んだ。

「それでは、新郎新婦の入場です!」

 ドアを激しくぶち破って、レイラとキャサリンが宴会場に躍り込んだ。

「サルはどこよ!」

「サルを出せ」

 宴会場は、唖然とした空気に包まれた。

「な、なんだ、何かの演出か? 余興か?」

 遅れて入ってきた本物の新郎新婦があっけにとられ、棒立ち状態でいると、キャサリンが新郎にズカズカと歩み寄り、鼻先がぶつかるくらいに、にじり寄った。

「あんた、変装したサルじゃないでしょうね?」

「ひいい」

 新郎の顔はサルに似ていた。カザルが慌てて言った。

「キ、キャサリンお嬢様、まずいですぜ。ここは結婚式の披露宴です」

「なんですって? 披露宴の席でサルをかくまうとは、不届きな連中ですわ」

「いやいや、不届きなのは、あっしらの方ですぜ」

 野良イヌたちから話を聞いていた、ナッピーがドアを指さして言った。

「サルは向こうの出口から逃げたって」

「よし、逃がすものですか」

「うりゃああ」

 出口のドアをぶち破ると、怒涛のごとく飛び出した。

「サルはあの雑貨屋に逃げ込んだって」

 折しも、雑貨屋には、強盗が押し入っていた。

「カ、カ、カネを出せ」

 覆面をした強盗と思しき男が、カウンター越しに、剣のようなものを店主に突き出している。剣の先が震えている。

「兄貴、やめましょうよ、こんな店じゃ、たいしてカネもありませんってば」

「う、うるせえ、やると決めたらやるんでぇ。もう3日も何も食ってないんだ、もう限界だ。やい、おやじ、おれは昔、軍隊で人を殺したことだってあるんだ。か、カネを出さないと、本当に刺すからな、ホントだぞ」

 そのとき、凄まじい音がして、雑貨店の入り口のドアが吹き飛び、レイラとキャサリンが雑貨屋になだれ込んだ。

「サルはどこよ!」

「サルを出せ」

 強盗はドアが吹き飛んだ勢いに仰天して床に転がったが、すぐに立ち上がるとレイラとキャサリンに剣を向けて身構えた。が、いかにも素人っぽい構えで、手がガタガタ震えている。キャサリンはまったく動じることなく、強盗に言った。

「あんたたち、ここにサルが逃げ込んだでしょう?知らないとは言わせないわ」

「お、俺たちはサルなんか見ていないぞ」

 レイラが長剣を、強盗の鼻先に突き出して言った。

「なんでもいいから、サルを出しなさい。出さないと首が床に転がることになります」

「ひえええ」

 強盗の兄貴分と思しき男が、弟分に向かって言った。

「お、おまえ、そういえばサルにそっくりだよな。おまえ、行け」

「えええええ、あっしはサルじゃないですよ」

 キャサリンが言った。

「あんたがサルだって?ちがうわ、こんなブサイクなサルじゃなかったわよ」

「兄貴、ひどいよ、この人たち」

「う、うるせえ」

「ところで、あなたたち、ここで何してるのかしら」

「あー、いや、なに、お店のお手伝いですよ、なあ、みなさん」

 お店の主人も店員も、激しく首を横に振った。

「違うっていってるわ。手伝いたいなら、こっちを手伝いなさい。あなたたちも、サルを捕まえるのよ。行くわよ」

 ナッピーが外を指さして言った。

「サルは、あの小窓から外に逃げたって」

 キャサリンが叫んだ。

「なによ、窓が小さくて通れないじゃないの。レイラ、窓を壊すのよ」

 カザルが驚いて言った。

「いやいや、窓を壊さなくても、入り口から外に出ればいいと思いますぜ」

「いいえ、窓から出るのよ。レイラ、やりなさい」

 レイラが窓枠ごと壁をぶち壊すと、キャサリンが通りに飛び出した。向こうにサルの姿が見えた。

「いたわ! あそこよ。あんたたちも、ぼさっとしてないで、早く追うのよ!」

「兄貴、なんで、あっしら、こんなことしてるんですか」

「うるせえ、黙ってろ。見ろ、こいつらイカれてるぞ、今逃げたら何されるか、わかったもんじゃねえ」

 通りには商人たちの持ち込んだウマやヤギたちが、道端でのんびりと干し草をはんでいた。ナッピーが通りを走りながら叫んだ。

「みんな~お願い、サルを捕まえるのを、手伝ってえ~」

 ナッピーの調教(テイマー)の能力は絶大だ。ナッピーのお願いを耳にしたウマとヤギの群れが、たちまちサルを追う一団に加わった。

 先頭のキャサリンに続いて、猛牛のごとく目を血走らせたレイラが続き、必死に追いかけるカザル、吠える野良イヌが十数匹、気弱な強盗が二人、さらにナッピーとウマ三頭、ヤギ七匹が加わった、意味不明の大集団が通りを怒涛のように駆け抜ける。
 通りは行き止まりになっていて、行き止まりには八百屋が店を構えていた。店の主人が店先で暇そうにあくびをした。

「ふあああ。いやあ、今日はちっとも客が来ないな」

 そこへサルが走ってきた。サルは一瞬だけ立ち止まり、店の主人の顔を見ると、素早く店の中へ逃げ込んだ。

「おや、サルか。これは縁起が良いな。お客さんがたくさん来るかも知れないな、うひひ」

 どどど、と地鳴りがしたので、店の主人がふと顔をあげると、通りの正面から土煙を上げながら、血相を変えた大集団が全速力で店に向かってくるのが見えた。主人は仰天して腰を抜かした。

「なな、なんだありゃあ。どう見てもお客さんじゃねえよな」

 店の主人に向かって、キャサリンが大声で叫んだ。

「おやじさーん、サルを見なかったああ?」

「サ、サルならたったいま、店の中に入っていったけど・・・」

「よし、突入!」

「うわわ、お客さん、ダメだよ」

 キャサリン、レイラに続いて人間、犬、ヤギ、馬などが次々に店内になだれ込む。野菜や果物が飛び散る、転がる、もうめちゃくちゃである。

 店の中へ入ると向こうに出口が見えた。サルは出口から逃げてゆく。それを見たキャサリンも出口から外へ飛び出そうとしたが、出口のすぐ下は水路だった。気付いたキャサリンは、すんでのところで踏みとどまった。

「きゃあ、な、なんでこんな町の真ん中に水路があるのよ、あぶないじゃないの」

 しかし、あまりの勢いで店の中に突入したものだから、後続の連中が勢い余ってキャサリンに次々にぶつかり、野菜や果物と一緒にそのまま全員が水路に落ちてしまった。当のサルはといえば、頭上のロープにぶら下がって、尻を叩いている。

「うわわ、流される」

「きゃああ」

 一行は、水流に押されて水路を流れていった。

ーーーーーー

 その頃、宮廷では三国同盟の調印式を終えて、ルーク国王ご自慢の庭で祝賀パーティーがとり行われていた。

「乾杯」

 緑の多いイシル国では、庭園もまた素晴らしい出来栄えである。きれいに刈り込まれた庭木が歩道の両側に整然と並び、歩道には白い玉砂利が敷き詰められている。花壇には美しい花が咲き乱れ、香りが漂い、可憐な蝶も舞っている。庭の中央にある広場で、イシル国のルーク国王が居並ぶ外国の要人たちに庭を解説していた。

「あちらが、女神の滝になります」

 庭を囲む高い石造りの外壁の、ひときわ高いところから、かなりの水量の滝が流れ落ち、豪快に水しぶきをあげていた。滝が流れ出す場所の左右には、大理石で作られた見事な女神の像が腕を広げている。

「我が国の宗教では滝はとても神聖な場所で、大変に縁起が良いとされています。私も毎朝、国民の幸福を願って、この滝に向かって祈りを捧げています。この滝を作るために、わざわざ町の真ん中に水路を掘って水を引き込んでおります。どうぞ、よく御覧ください」

 みんなの視線が滝に注がれているその時である。

「ひいいいいい」

 太ももむき出しでピンク色のドレスを着た女が、ふいに滝の上から飛び出し、回転しながら滝壺へ落ちていった。

「うお、何だ?」

「女が落ちていったぞ」

 一瞬、背筋がざわっとした。キャサリンか?いやいや、キャサリンはレイラと食事をしているはずだ。こんなところにいるはずがない。それに、レイラを見張りとして付けたんだから、大丈夫だ。

「ああああああ」

 甲冑を着た、巨大な女が滝壺へ落ちていった。見誤るはずもない、レイラである。あいつら、何をしてるんだ。どうやったら、あんなところから出てくることになるんだ。

 しかも、二人の女に続いて大量の野菜、ドワーフ、ハーフリング、キャンキャン吠えるイヌが十数匹も落ちてきた。さらに、男が二人、ウマ三頭、ヤギ十匹も落ちてきた。周囲は大騒ぎになった。これを見た司祭の婆さんが仰天し、腰を抜かしたまま滝を指さして叫んでいる。

「不吉じゃー、不吉じゃー、女が滝から落ちてきたぞいー」

 これはやばい。俺は知らんぞ。他人だ、他人のふりをするんだ。俺は反対側を向いて、必死に見ないふりをした。

 キャサリンとレイラは滝から落ちたショックで、ずぶ濡れのまま池の中で茫然(ぼうぜん)とへたり込んでいたが、やがて俺の姿を発見するや、ものすごく嬉しそうな顔をして大声で叫びながらこちらへ向かって走ってきた。

「お兄様、お兄様、アルフレッドお兄様あ~~」

「陛下、陛下、アルフレッド陛下あ~~」

 俺はうろたえた。

「うわ、わ、やかましい、声がでかいぞ、静かにしろ!」

 一斉に、周囲の視線が俺に降り注いだ。ひそひそ声が聞こえる。

「あの女は、アルカナ王国の、アルフレッド殿の関係者らしいな」

 もはや言い逃れはできない。滝のそそぐ池では、イヌがわんわん走り回り、ウマやらヤギやらが徘徊して、動物園状態になった。宮殿の品格がぶち壊しである。ルーク国王がこちらへ向かって歩み寄ってきた。これはまずい。だが、ルーク国王の顔は、それほど怒ってはいないようだった。むしろ、なんだか嬉しそうにも見える。なぜだろうか。

「アルフレッド殿。こちらが、妹のキャサリンお嬢様ですか?」

 キャサリンが言った。

「そうよ、わたくしがキャサリンですわ。というか、なんでこの人、横を向いて話するのよ。わたくしをバカにしているのかしら」

「いや、そうじゃなくて、お国によっていろいろ複雑な事情があるんだよ。そこは立ち位置が悪いから、キャサリンはこっちにきなさい」

 ルーク国王がキャサリンの正面に向き直って言った。

「私が、イシル公国の国王、ルーク・ベアードです。ルークです。私の宮殿の美しいお庭にようこそ、おいでくださいました。心から歓迎いたします」

 ルークがおもいっきり作り笑いをすると、キラリと歯が光った。ははあ、これはキャサリンに惚れたな。まあ、キャサリンは金髪美少女の最上級品みたいな外見をしているからな。おまけにピンクのミニドレスが、滝から落ちて、ずぶ濡れでスケスケだ。妙なスイッチが入るのも無理はないな。しかし、キャサリンの性格を知ったら驚くだろうな。

 だが待てよ、これは好都合ではないか。キャサリンとルーク国王がくっつけば、イシル国の王族とアルカナ国の王族が親戚になるから、強力な関係を築ける。しかも、あのキャサリンが俺の周りをずっと付きまとうこともなくなる。俺はキャサリンに水を向けてみた。

「やあ、キャサリン。どうだい、ルーク様は素敵なお方だろう」

「まあまあ、ですわね。でもお兄様には及びませんわ。お兄様に比べたら、ナメクジみたいなものですわね」

「こ、こら、キャサリン。失礼だぞ」

「ははは、これは手厳しいですね。キャサリン様はお兄様が、よっぽどお好きと見える」

 ルーク国王はそう言いながら笑ったが、俺を見る視線に、どことなく殺意を感じる。そこへ例の司祭の婆さんが飛んできた。

「これ!何を血迷うとるのじゃ、ルーク殿。この女は、アルフレッド殿に女難の厄(やく)をもたらしておる元凶の一人じゃぞ。貧乏神に取り憑かれておる、そんな女に近づいてはならん。不吉を招き入れるだけじゃ」

 ルークが意地になって言い返した。

「うるさい、うるさい。キャサリン様は、女神の滝から落ちてきたのだぞ。これは間違いなく女神様の思し召しだ。絶対にそうだ」

 ふと気がつくと、ずぬ濡れの二人の男が池の中に呆然と立っていた。俺は不思議に思って、男たちに尋ねてみた。

「失礼ですが、お二人は、どちらの方でしょうか」

 男たちは我に返って、慌てた様子で答えた。

「あ、兄貴とあっしは、強盗で・・・」

 兄貴分が弟分の頭を思い切り殴りつけた。

「違います。お嬢様の、その、お、お友達です。そうです、今日、お友達になりました。町の雑貨屋で偶然に出会いまして、サルを捕まえるお手伝をさせていただいたんですよ、あははは、いや、お手伝いは大変でした。本当に死ぬかと思いました」

 キャサリンがむくれて言った。

「そのことは思い出したくもありませんわ」

 いやいや、俺も聞きたくないぞ。レストランで大人しく食事しているはずの妹が、どんだけ無茶苦茶なことをすると、ウマやヤギと一緒に宮廷の滝から落ちてくるというのか。まわりに及ぼした被害が恐ろしくて聞けないわ。

 キャサリンの友達と聞いて、ルーク国王がしゃしゃり出てきた。

「キャサリン様のお友達ですか、そうですか、そうですか。キャサリン様のお友達なら、大歓迎です。これも何かの御縁ですので、パーティのお食事を召し上がっていってください」

 ルーク国王が指さした先には、大きな焼肉の固まり、焼き立てのパンやケーキ、色とりどりの果物など、豪華な料理が山積みになったテーブルが並んでいる。給仕のメイドたちが頭を下げた。

「や、やったぞ!これで飯が食えるぞ」

「やりましたね、兄貴、ううっ」

 手を取り合い、泣きながら喜んでいる。よっぽど大変な目にあったのだろうか。

 レイラが俺のそばに来ると、申し訳無さそうに大きな体を小さくして言った。

「申し訳ありません、アルフレッド様。性悪なサルたちに挑発されたもので、つい、カッとなって暴走してしまいました」

「いや、何の話かさっぱりわからんが、気にするな。キャサリンを止められる者などアルカナには誰も居ない」

 もはや祝賀会はめちゃくちゃである。ルーク国王と司祭は、キャサリンを巡ってののしりあっている。エラル国王は飲み過ぎでゲロを吐いている。ミックは迷惑をかけた貴族たちや押しかけた市民たちに頭を下げまくっている。ナッピーは動物たちと池で水遊びをしている。ルミアナはどこかへ姿を消した。

 大丈夫なのか?三国同盟。

 戦争を行うには莫大な費用が必要となる。戦費をどのように調達するか?エニマ国もアルカナ国も、その問題に直面していた。

 ここはエニマ国、マルコムの王城である。王の執務室では、国王マルコムとエニマ国の財務大臣が話し合っていた。マルコムが言った。

「私は戦費を金貸しから借りたいと考えている。増税すれば国民の士気を下げることにもなりかねない。我が国には、まだ、おカネを借りるだけの余地はあるだろう」

「いいえ閣下、おカネを借りることはやめましょう。確かに今のエニマ国の国力であれば、金貸しからおカネを借りる余力はあるでしょう。しかし、借りたおカネは、いずれ必ず返さなければなりません。軍事費が足りないからと言ってカネを借りれば、それは将来の世代へのツケとなるのです。将来の世代にツケを回して、それで戦争に勝てたとしても、それが本当に勝ったと言えるのでしょうか」

「うむ、それは一理あるな。では、新しく金貨や銀貨を発行してはどうか?」

「いいえ閣下、金(ゴールド)も銀も、在庫がほとんどありません。余剰な金銀は、戦費調達のためにすでに使い切っています。金銀が無ければ、おカネは作れません」

「それは厳しいな」

「そうです、厳しいのです。ですが、その厳しさを我が国の国民たちにも十分に理解させる必要があります。国民を甘やかせてはいけません。おカネが足りないなら、税金を上げて税収を増やすことが正しい方法です。軍事費を増加するには、そのぶんだけ国民に負担してもらわねばならないのです」

「しかし、国民の支持率が下がってしまうではないか」

「国民を甘やかせてはいけません。国家の財政はすべて国民から徴収する税金で賄わねばなりません。財源が足りなければ増税するのが当たり前。それをしっかりと国民に知らしめる、それが責任ある王国政府のやりかたです」

「わかった、お前に任せよう。ところで、アルカナ国は、どうやって軍事費を調達しているか知っているか?」

「スパイの報告によれば、アルカナ国の政府は借金をどんどん増やしているとのことです」

「なんと愚かな」

 マルコムが笑う。

「アルカナは借金が返せなくなって財政破綻するに違いない。借りたカネは返さなければならないのだからな」

ーーーーーー

 一方、ここはアルカナ国である。俺は執務室に財務大臣のヘンリーを呼び、戦費の調達について指示を出した。

「エニマ国との戦争に備えて、食料や武器の備蓄をすすめたい。王立銀行からの借り入れを増やしてくれ」

「お言葉ですが陛下、王立銀行からの借金をこれ以上借金を増やしますと、おカネを返せなくなって財政破綻します。どうか増税をご検討ください」

「ヘンリーの気持ちもわかるが、その考え方は間違いだ。なぜなら、そういう問題を解決するために、私はアルカナ王国に王立銀行という仕組みを作ったからだ。王国政府が王立銀行から借りたおカネは返す必要がない」

「おカネを返す必要がないとは、狂っています」

「いやいや、王立銀行だからこそ、おカネを返す必要はないのだ。このことは以前にも説明したはずだ。

 もし民間の金貸し業者からおカネを借りたのであれば、必ず返さなければならない。返さなければ金貸し業者は大損するからだ。困ることになるだろう。

 一方、王立銀行は『信用創造』という方法で新たにおカネを発行し、王国政府に貸している。王立銀行も王国政府も、どちらもアルカナ国だ。だから自分がおカネを発行して自分に貸しているのと同じだ。実質的に貸し借りの関係はない。アルカナ国として見た場合、単におカネを発行することに過ぎないのだ」

「しかし、王立銀行の貸したおカネが戻らなければ、王立銀行が損をするのではないですか」

「いや、損はしない。銀行券を印刷して王国政府に貸しているだけだから、何も損をしないのだ。もちろん厳密に言えば紙幣の印刷代金は損するだろうが、それは『通貨の発行費用』だ。どんなおカネも、発行するためには費用がかかる。例えば金貨を鋳造するにも鋳造費用がかかる。それと同じだ」

「それでは、どれだけ王立銀行から借金を増やしても、陛下は何の問題も起きないとおっしゃるのですか?」

「そうではない。王立銀行がおカネを発行して王国政府に貸し、それを政府が軍事費などとして財政支出すれば、結果として世の中のおカネの量が増加する。世の中のおカネが増えると、物価の上昇を引き起こすことが考えられる。これをインフレというのだ」

「それはそうです。おかねを増やせば、おカネの価値が毀損(きそん)するからです。おカネの価値が水増しされて減るから、物価が上がるのです」

「いや、それはまったく考え方が間違っている。インフレになる理由は、おカネの価値が毀損(きそん)するからではなく、みんなが商品をたくさん買うからだ。

 王国政府がたくさんおカネを使えば、そのおカネはアルカナの人々に支払われることになり、人々の持つおカネの量が増える。すると、おカネを持った人々は、そのおカネを使ってより多くの買い物をするようになるだろう。その結果、市場では商品が足りなくなって、より高い値段でも売れるようになる。だから商人は価格を釣り上げ、値段が高くなるのだ。決しておカネの価値が下がったからではない。

 仮にどれほどおカネを発行しても、市場で商品の売れる量が増えなければインフレは生じない。あくまでも商品が売れすぎることでインフレが生じるのだ。

 従って、あまり多くのおカネを王立銀行から借りると、世の中のおカネの量が増えすぎて商品が売れすぎ、インフレになる。それを防ぐためには、市場価格を注意深く観察し、借りるおカネの量を加減すれば良いのだ」

「ううむ・・・しかし、これはルールの問題です。そもそも、国の財政は税収の範囲で行わなければならないと昔から決められています。国家の運営におカネが必要なら、税金で集めるのが古くからのならわしです。借金はしない、それが守るべきルールです」

「それも間違いだ。古くにそんなルールはない。昔の政府は税収だけではなく、金貨を鋳造することで財源としていた。アルカナ王国も金があれば金貨を鋳造して財源にする。金がないから銀行券を発行しているのだ。おカネを発行して財源とすることは、むしろ古くからのならわしだ。

 しかも、ルールとは時代によって、その時の状況によって変わるべきものだ。現在のルールに盲目的に従うだけでは、やがて新しい時代に適合できなくなる。状況に合わせて柔軟にルールを変えてきた国家だけが生き残る。ルールを決めて盲目的に従ったところで、結果が出る保証はないのだ。

 ちなみに、私が夢で体験してきた世界では、政府の財政支出で生じた物価上昇を『インフレ税』と呼んでいた。政府が税金を課さなくとも、物価が上昇することで実質的に国民負担となることから、インフレ『税』と呼んだわけだ。そういう見地からすれば、通貨発行は税とも言えるぞ」

「いいえ、税金は国民から直接取り立てなければ駄目です。国民を甘やかせてはいけません。税は政府に対する服従の証です。誰が誰を支配しているのか、国民に思い知らせるべきです」

「いや、その必要はない。税金は支配の道具ではない。

 そもそも増税すれば、ろくなことにならない。増税は脱税を助長する。税金が少ないうちは国民も黙って払うだろう。しかし税金を上げれば多くの国民が税金を逃れようと考えるだろう。あの手この手で脱税するようになり、国民の納税モラルが低下する。

 また、金持ちの中には徴税官に賄賂を渡して税金を逃れようとするものも現れ、王国政府に腐敗が蔓延する。

 また、重税を嫌って金持ちが国外へ逃げ出すこともある。そうした連中はさまざまな事業を行っている場合が多いので、事業を担う連中まで国外へ逃げてしまうことになる。そうなれば、アルカナの産業に悪影響が出るだろう。

 それに、重税は国民のやる気を損なうものだ。懸命に働いて得たおカネの大部分を税金として王国政府に取られてしまうなら、働く気を無くしてしまうだろう。これでは産業は活気づかない。仮に物価が上昇したとしても、自分で稼いだおカネの大部分が自分の所得になるなら、もっと多くのおカネを稼ごうとして働き続けるだろう

 アルカナ王国は必要な時に必要なだけおカネを発行できる。その特権を自ら放棄するとは、愚かな判断だ」

「左様ですか・・・アルカナ国の国王は陛下ですので、私の考えがどうであろうと、陛下のご命令には従います。せいぜい、破綻しないことを祈っております」

「ああ、よろしく頼む」

 ヘンリーは、まったく納得していないようだ。不機嫌そうに部屋から出ていった。まあ、仕方がないことだ。それまで自分が信じていたことを変えることは、本当に難しいからだ。

 国家財政の財源をどのように確保すべきか。古代より方法は二つある。一つは税収、もう一つは通貨発行である。国家は税収と通貨発行の両方を財源としてきたのである。ローマ帝国も、江戸幕府もそうだった。

 しかし、銀行が発明される以前の世界では、通貨発行を財源にすることには大きな制約があった。銀行が発明される以前の世界では、おカネは金や銀のような貴金属を鋳造して作られていたからだ。そこで、その制約を克服するために、俺はこの世界で銀行を作った。銀行の仕組みである『信用創造』を利用すれば、金や銀とは無関係に、おカネを自由に作り出すことができるからだ。

 中世以降、銀行制度は経済を飛躍的に発展させてきた。なぜなら、銀行の仕組みを利用すれば、金や銀とは無関係に、信用創造によっておカネをどんどん発行することができたからだ。これによって世界貿易の拡大や産業の急速な発展に伴う通貨需要に柔軟に対応することができたのである。これを利用しない手はない。

 ただし、通貨発行を財源とした場合、やりすぎると物価高、すなわちインフレを招くことが問題となる。このインフレがあまりに酷くなると、社会に悪影響を及ぼすようになる。

 だから、通貨発行によって市場での需要が増えすぎ、財の生産が追いつかなくなるとまずい。逆に言えば、財の生産が追いつく限り、おカネは増やしてもまったく問題ないことになる。ということは、本当に重要なのは、おカネではなく『国家の生産能力』だ。おカネは経済を動かすための道具に過ぎない。おカネは、それだけでは何の役にも立たないものだ。

 経済を拡大するには国家の生産能力をいかにして高めるかが重要になる。生産とは人間の行う活動であり、人間が働けば働くほど生産能力は向上する。つまり「いかにして人々に働いてもらうか」が鍵になる。しかし強制労働ではだめだ。長続きしないし不幸を生むだけだ。それではまるでジャビ帝国と同じではないか。

 そうではなく、ウマの鼻先にニンジンをぶら下げるようにして、人々を誘導するほうがいい。そのニンジンに当たるのが「おカネ」だ。人間はおカネの魅力に弱い。おカネが欲しくて一生懸命に働く。そして人々が働けば働くほど、より多くのモノやサービスが生み出される。技術開発がすすみ、設備も作られる。そして生産能力が高まるのだ。使い方さえ正しければ、おカネは成長の呼び水になる。だからこそ、おカネは経済を動かす道具なのだ。

 新たに発行されたおカネには、価値の裏付けが何もない。だが、そのおカネを求めて多くの人が働けばモノやサービスが生み出され、それがおカネの価値の裏付けとなる。 

 問題はインフレだ。中世時代は、現代のように技術も生産設備も十分に発達していない。ほとんど人海戦術の世界だ。だから、通貨を発行すればインフレを招きやすい。だが、エニマ国との戦争に負けるわけにはいかない。

 その昔、アメリカの南北戦争において、時の大統領リンカーンが戦費を調達するために膨大なおカネを発行し、戦争に勝ち、奴隷解放を成し遂げた。だが、大量に発行されたおカネのために、後にインフレを引き起こした。とはいえ、もしこのときリンカーンがインフレを恐れて通貨を発行せず、戦費の調達ができなかったとしたらどうだろうか?歴史は大きく変わっていただろう。ある意味で、通貨発行が新たな世界の扉を開いたのだ。

 中世時代はインフレになりやすい。供給力が低いからだ。だが、我がアルカナ国では、これまで生産活動をしてこなかった数千人のスラムの住人が生産活動に参加したことから、物を作り出す能力が大きくなった。灌漑や施肥で農業の生産性も高まって、農民の余剰労働力も生まれている。我が国では、おカネを増やすことの必然性が高まっているのである。

 ひと騒動あったものの、無事に三国同盟は結ばれた。だが、それだけで安心はできない。本格的な戦闘が始まる前に、少しでも多くの戦力を整える必要がある。そこで、ルミアナが以前に話していた「魔導具」とやらを探そうと考えた。

 ルミアナの話によれば、魔導具が眠っている可能性のある古代エルフの遺跡が、王城の地下にあるらしいのだ。そう、毎日ウンチを投げ入れていた、例の『穴』である。王国農場で堆肥を作るようになってからは、もう一年以上、ウンチを投げ入れていないので、そろそろ探検しても匂いで気絶する心配はないだろうと考えたのである。ルミアナを呼んで話をしてみることにした。

「ルミアナ、お前が以前に話していた古代エルフの遺跡のことだが、王城の裏庭にそれらしき入り口が見つかったぞ」

 ルミアナが目を輝かせ、いかにも興奮した様子で言った。

「本当ですか陛下、それは素晴らしいです。ついに古代エルフの神聖な遺跡をこの目で見ることができるんですね。きっと神殿もあるに違いありませんわ。今すぐにでも参りましょう。どこですか?」

「あ、いや、待て。いま、使用人たちに水洗いさせているからな」

「は? 水洗い? なぜ遺跡を水洗いなどしているのですか?」

「いやまあ・・・私は埃っぽい場所では、くしゃみが出るんだ。あらかじめきれいにしておかないと」

 そこへ、遺跡の清掃をしていた使用人のリーダーが入ってきた。

「陛下、ご報告申し上げます。遺跡の中には、ウンチらしきものはほとんどありませんでした。排水路のような設備があって、放り込んだウンチは、どこかへ流れ出していたものと思われます。ウンチの匂いも気になるほどではありません。念のため、陛下のご指示の通り、床は丹念に水洗いしておきましたので、ウンチを踏むことはないでしょう」

 大きなルミアナの目が、ますます大きくなった。慌てて俺は言った。

「いやあ、遺跡は長年放置されていたので、野良犬の巣になっていてな、イヌのウンチが溢れていたのだ。それで水洗いを・・・」

 使用人が怪訝な顔をして言った。

「お言葉ですが陛下、野良犬など、おりませんが・・・・」

「ええい、もう下がってよい。ご苦労さまだった」

ーーーーーー

 翌日、俺たちは古代エルフの遺跡探検を行うことになった。メンバーは俺の他に、ルミアナ、レイラ、カザル、もちろんキャサリンも一緒である。ミックは万一に備えて遺跡の入り口で待機することになった。

「アルフレッド様、お気をつけて」

 探検だというのに、キャサリンは相変わらずピクニック気分である。例によって手作りの食べ物を持参してきた。カザルがそれを見て言った。

「キャサリンお嬢様、その背中に担いでいる巨大な棍棒は何でやすか?」

「棍棒とは失礼ね、これは、わたくしが今朝、丹精込めて焼いた『パン』よ」

 パンと言っても、バゲット、つまりフランスパンのような長くて固いパンである。それにしても、キャサリンの作るものは相変わらずサイズが大きい。長さ1.2メートルはあるだろう。どう見ても棍棒にそっくりだ。

「でも、焼き方を少し失敗して、ちょっと固くなってしまいましたわ」

「いや、こういうパンは、ちょっと固いほうが美味しいんですぜ」

 と言いながら、カザルがキャサリンの背中のパンに触ったが、黙ってしまった。

「どうした、カザル」

 と言いながら俺もさわってみた。確かに固い。人を殴り殺せるほど硬い。これはもはやパンと呼ぶより凶器である。それにしても、どうやったらこんな殺人パンが焼けるのだろうか。

「キャサリンは、なにか特別な方法でパンを焼いているのか?」

「いいえ、本で読んだ通りに作ってますわ。そして、かまどの前でパンに向かって『おいしくなーれ』って、一生懸命に念じているのですわ」

 ははあ、それがあやしいぞ。キャサリンは「貧乏神の勇者」だというから、無意識のうちに意図しない「貧乏神の魔法」が発動している可能性がある。つまり、美味しく焼けるように念じているつもりが、無意識に貧乏化の魔法が発動して、逆に『絶対食えない代物』に変化しているのかもしれないのだ。

 しかし、そんなこと思いもよらないキャサリンは張り切っている。

「さて、食料も持ったし、遺跡に出発ですわね」

 遺跡に通じる穴を垂直に十五メートルほど降りると通路が横方向へ伸びており、そこから三十メートルほど横に行った通路の突き当りが広い空間になっていた。空間の中央の壁には大きな石の扉がそびえている。この扉の向こうに遺跡があるのだろう。しかし、分厚い石の扉はどれほど押しても微動だにしない。扉を囲む石には、様々なレリーフが施されていた。扉にはエルフ文字の碑文が刻まれている。ルミアナが碑文に近づいて、文字を解読する。

「イグラム歴1025年・・・都市ラスクを封印し、我らこの地を去る。いつの日か再びこの地に戻る日まで・・・炎の熊と月の狼に守られて」

 扉の上には熊と狼の頭部をかたどったレリーフ板が並んでいる。ルミアナは腰に手を当てて、しばらく考えていたが、やがて魔法素材の入ったバックを探り始めた。

「ルミアナ、何かわかったのか?」

「ええ、陛下。これはきっと魔法を鍵にした封印ですわ。炎の熊とは、熊の爪を素材に使用する腕力向上の魔法、使用時に炎のような赤い光を出します。月の狼とは、狼の牙を素材に使用する敏捷性向上の魔法、使用時に月の光のような、淡い青い光を出しますわ。たぶん、この魔法をレリーフに向けて使うことで、封印が解けるかと」

 ルミアナが熊と狼のレリーフに向かってそれぞれに呪文を唱えると、カチリと音がして、びくともしなかった石の扉が動き出した。扉はゴリゴリと岩を引きずる音と共に下へゆっくり下がってゆく。それと同時に、真っ暗な扉の奥に続く通路の両側の壁に、ひとりでに明かりが灯った。どのような仕掛けなのかわからないが、壁に取り付けられた燭台の上にある石が輝いている。おそらく魔法を利用した照明なのだろう。

「すごいな、かなり古い遺跡だと思うが、まだ設備が生きているんだな」

「そうですね、放棄されたのは今から1000年以上前のはずですから、驚きですね」

 遺跡の内部は石造りである。材質はアルカナではありふれた砂岩のようだ。表面はザラザラしているが、きれいに四角く切り出された石が丁寧に組まれている。広い通路を少し進むと左右に細い脇道がいくつも現れた。周囲の壁には木の扉が数多く並んでいる。その扉の一つを開いて、中に踏み込んでみた。内部はあまり広くないが、小部屋がいくつも繋がっていた。中を見回していたルミアナが言った。

「小部屋がたくさんあることから、これは、古代のエルフたちが住んでいた住居の跡じゃないかしら。入り口の碑文にも『都市ラスク』と刻まれていたから、ここはエルフたちが住む街だったはず」

 カザルが周囲を見回して退屈そうに言った。

「はあ、エルフの住居でやすか。でも、何もないですぜ」

「それは、エルフがこの場所を去るときに、貴重品をすべて運び出してしまったからでしょうね。おカネになりそうな目ぼしいものは、何も残ってないでしょう」

 キャサリンが何かを見つけたようだ。

「あら、これは何かしら」

 キャサリンが何気なく壁から突き出したレバーを引いた。かちりと音がして、カザルの足元に開いた無数の小さな穴から、真っ赤な炎が吹き出した。

「うわあ、あちちち。な、なんだこれは」

 ルミアナが言った。

「気をつけてカザル、それはたぶん暖炉の跡よ。暖炉の周りを囲んでいた柵などが無くなっているからわかりにくいけど。仕掛けはまだ生きているのよ」

「あぶねえ、あやうく焼き殺されるところでしたぜ。キャサリンお嬢様、危ないから、やたらと、そのへんのレバーに触らないでくだせえ」

「あら、わかったわ。レバーには触らないわ」

「やれやれ、キャサリンお嬢様には気を付けていただかないと、なにせ貧乏神の勇者なんだから、こっちがとんでもないことに巻き込まれるんですぜ。・・・ところで、この小さい部屋はなんだ?」

 カザルが小部屋を覗き込んだ。中には柄付きのブラシが見えた。カザルがそれを手に取ろうと小部屋の中に入ると、突然、四方の壁から水が勢いよく吹き出した。

「ぐは、げほげほ、うげー、おい、止めてくだせえ」

 ルミアナが言った。

「気をつけてカザル、それはシャワーか、あるいは洗濯場ですね。こんな水の少ないアルカナで、どこからこれだけの水を確保しているのか不思議です」

「ゲホゲホ、こんなのシャワーなんかじゃないですぜ、あやうく溺れるところだった。お嬢様、だからレバーにはさわるなと・・・」

「何よ、レバーなんか触ってないわ。この赤いボタンを押しただけよ。青いボタンを押したら、水が止まったの。本当に不思議ですわね」

「レバーもボタンもダメです。お嬢様は何も触らないでくだせえ」

 ルミアナが言った。

「あ、それと、エルフの古代文明を調査した報告書では、家庭で出るゴミを吸い出して捨てる装置も洗い場の近くにあったらしいから、カザルも気をつけてね」

「うぎゃ、もう遅いですぜ。あっしの尻が吸い込まれました」

「まあ大変、キャサリンお嬢様、そっちの停止レバーを引いてください」

「え、でも、レバーにはさわるなって言ったわ」

「いまはいいんだよ」

「え、どれよ」

「そっちの、黄色いレバーです」

 キャサリンが全身の力を込めて、赤いレバーを引いた。それは逆噴射レバーだった。ぼんという噴射音とともに反対側の壁まで吹き飛ばされたカザルは、壁に顔面をうちつけた。カザルは立ち上がるとヤケクソになって叫んだ。

「ええい、エルフの住居はもう、こりごりだ。先へ進みましょうぜ」

 エルフの住宅おそるべし。というか、貧乏神キャサリン恐るべし。俺たちはエルフの居住区をあとにして、先へ進むことにした。広い居住区を抜けると道は広場に突き当たった。見たところ遊具もある。昔はエルフの家族たちが、ここで憩いのひとときを過ごしていたのだろうか。

 道は広場で行き止まりである。遺跡はこれで終わりなのだろうか。先へ進む道を探して広場をしばらくうろうろしていたが、先へ進む入り口は見当たらず、一行はここで休憩することにした。
 広場には壁に面して半円形の大きな池があり、池に面した壁には3つの大きなライオンの顔が彫り込まれている。その口からは水が流れ落ち、水音と共に波紋が広がっている。半円の池の縁に沿って人間や動物など様々な形の白い石像が並んでいる。池の周囲には石のベンチが設置されており、一行はそれぞれ思い思いの場所に座って休憩した。ルミアナは広場を囲む石壁を一人で丹念に調べていたが、やがて俺のところに戻ってきた。

「やっぱり通路は見当たりませんね」

「そうか。ここはエルフの古代遺跡に間違いないのだろうが、残念ながら住居だけの遺跡なのかも知れないな」

 俺の腰掛けていたベンチの前には白い馬の石像が立っていた。しばらくするとキャサリンが歩いてきて、馬の石像を眺め回し、馬のお尻を軽く叩きながら俺の方を見て言った。

「思い出しますわね。お兄様ったら、子供の頃は馬が怖くて乗れなかったのですわ」

「はは、そうか。そりゃあ馬は大きいから怖かったんだよ。当たり前じゃないか」

「子供の頃のお兄様は臆病で馬に乗れなかったけれど、お兄様が『私のお馬さん』になるのは得意でしたわね。私がお兄様の背中にまたがると、とても喜んで、はあはあ言いながら這い回っていってましたわ。懐かしいですわ」

 カザルが変な目で俺を見ている。

「ち、違う。お前とは違うからな。いや、あれだ、お馬さんごっこだ。子供の頃に兄が妹のお馬さんになってあげるのは、よくあることじゃないか。普通だぞ、普通」

「いいえ、お兄様は大人になっても、ときどき私のお馬さんになってくれましたわ。あの日、毒で倒れてしまってからは、ちっともお馬さんになってくれなくて。キャサリンは悲しいのです。恥ずかしがらなくていいですわ。ほら、お馬さんになって」

 この変態兄妹が!

 そうこうするうちに、キャサリンは石像の馬によじ登って、その背中にまたがると楽しそうに跳ね始めた。

「おウマは上手、おウマは上手、おウマは上手・・・」

 喜んでキャサリンが跳ねていると、いきなり馬の首が取れて、そのまま池の中にぼちゃんと落ちて沈んでしまった。キャサリンは唖然として首が沈んだ池を見つめた。

「あらら、おウマさんの首が取れちゃいましたわ」

 すると突然、地鳴りがして、地面がビリビリと振動し始めた。俺は叫んだ。

「き、キャサリン、今度は何をやらかしたんだ」

 首の取れた馬にまたがったキャサリンが叫んだ。

「な、な、何も悪いことはしてませんわ。お馬さん首が勝手に取れて、なくなってしまっただけよ」

「へ、陛下、御覧ください。池の水が・・・」

 レイラが指差す方を見ると、池の水がどこかへ吸い込まれるように、どんどんなくなってゆく。池の水位が下がるにつれて池の底へ続く石の階段が姿を現してきた。そして階段の先には金属の扉があり、水がなくなると扉が左右に開いて、奥へと続く真っ暗な通路が現れた。まさか馬の石像の首がスイッチになっていたとは。

「こ、これは・・・」

「隠し通路ですね、進みましょう」

 隠し通路にはこれまでと違って照明がなく、真っ暗で何も見えない。俺とルミアナは<灯火球(ライト・オーブ)>の魔法を念じた。オレンジ色に明るく輝く二つの球体が空中に浮遊し、周囲を照らす。

 魔法に使う魔法石は、以前に閉じ込められたドワーフの坑道で手に入れたものだ。ルミアナからもらった「魔法石袋」に入れてきた。魔法石袋に魔法石を入れておけば、魔法石をいちいち取り出さなくとも魔法を念じるだけでよいのだ。

 通路は折れ曲がったり、枝分かれしたり、複雑な構造をしている。どうやら迷路、ダンジョンのようである。外敵が侵入した際に時間を稼ぐために作られたに違いない。俺たちは道に迷わないよう、床にチョークで印を書きながら慎重に進んだ。

 曲がり角の多い通路をしばらく進むと、急に長い直線に出た。前方が暗くて見えない。何か嫌な予感がする。周囲に気を配りながら慎重に進むと、突然、前方から巨大な<火炎弾(ファイア・ボール)>が飛んできた。火球の大きさは通路一杯に広がっており、逃げ場はない。驚いたキャサリンとカザルが叫ぶ。

「きゃああ」

「うおお、やべえ」

 不意を突かれて驚いたが、俺は魔法攻撃に対する防御も十分に訓練している。では、どのようにして魔法を防御するのか。<火炎弾(ファイア・ボール)>の魔法は、魔力で火球の軌道をコントロールしている。だから、敵から放たれた火球も、自分の魔力を使ってその軌道をコントロールできるのだ。

 俺は正面から飛んできた火球に向かって<火炎弾(ファイア・ボール)>を強く念じると、火球を反対側へと弾き飛ばした。俺の魔力レベルが相手の魔力レベルよりも強ければ、相手の魔法を弾き返すことができる。逆に言えば、強力な魔力の相手なら攻撃を弾き返すことは難しい。その場合は避けるしかない。

「あんな巨大な火の玉を弾き飛ばすなんて、さすがはわたくしのお兄様ですわ」

 <火炎弾(ファイア・ボール)>は次々に打ち込まれてきたが、飛んでくる火炎弾の魔力はそれほど強くない。やがて魔法石が切れたのか、火炎弾は飛んでこなくなった。通路の突き当りまで進んだが、敵の姿はない。よく見ると石壁に親指ほどの穴が空いている。この穴から火炎弾が飛び出してきたのだろう。壁に炎の魔導具が埋め込まれているに違いない。俺はルミアナに尋ねた。

「この壁に埋め込まれている魔導具を取り出して利用できないかな」

「いいえ、壁と一体化されているので、壁を破壊して取り出すと壊れてしまうでしょう。杖の形をした携帯型の魔導具でなければ利用は難しいかと」

「それは残念。魔導具がほしいなあ」

 その後、しばらく進むと、通路の前後から石のこすれるような音が聞こえてきた。どこかで扉が開いている音だ。それが止むとすぐに、前後から多数の足音が響いてきた。音は急速に大きくなる。ルミアナが叫んだ。

「何かくるわ、しかも前後から挟み撃ちだわ」

 俺は言った。

「レイラは前方を、カザルとルミアナは後方を頼む」

 通路の前後の暗闇から、ほぼ同時に、四、五匹の犬に似た動物が飛び出してきた。鋭い歯をむき出している姿は、一瞬、犬のように見えたが体には体毛はなく、関節につなぎ目がある。これは犬型の人形だ。いわばロボットである。おそらく魔法の力を利用して動いているのだろう。

「行きます!」

 前方を守っていたレイラが、突進してくる犬人形に向かって駆け出すと、気合とともに剣を大きく横に振り回した。横に並んで突っ込んできた二匹の犬人形の頭が、ほぼ同時に砕け散り、二匹は右壁にふっ飛んだ。返す刀であとに続く犬人形の胴体を上から真っ二つに切り捨てる。その動きは流れるようだ。

 さらに、後続の犬人形がレイラに飛びかかる。大きく開いた顎がレイラの喉元に迫る。即座に鋼鉄の盾で犬の顎を打ち付ける。衝撃音と同時に、犬人形の頭が折れ曲がる。その間に残りの一匹もレイラに飛びかかり右腕に噛み付いた。だが堅牢な近衛騎士の鎧には歯が立たない。噛み付いた犬人形を、大きく腕を振って地面に叩きつけ、その胴体を剣で刺し貫いた。

 あっという間に、前方の敵は片付いてしまった。後方を守っていたルミアナは、接近する三匹の犬人形の頭部を素早い弓で射抜く。そして、突っ込んできた残る二匹の犬人形をカザルが上からハンマーで叩き潰した。今回は俺の出る幕はなかった。

 レイラは、壊れて床に転がった犬人形をまじまじと見ながら言った。

「陛下、何ですかこれは?犬の形をした人形のようですが、このような生き物は初めてみました」

「これは生き物じゃない。おそらく魔法の力で動いている人形のようなものだ」

 犬人形から矢を引き抜きながら、ルミアナが言った。

「そうです。古代エルフは魔法の力で動く『魔法人形』を作り、戦闘や労働に利用していました。犬の形をしたものや、人間の形をしたものなど、様々な種類があります」

 破壊された犬人形をナイフで切り裂いてみた。比較的柔らかい粘土のような材料に、木材の骨格を埋め込んで作られている。どうやって動いているのかまったく想像もつかないが、魔法を使っていることは確かなようで、ちょうど心臓のあたりに数個の魔法石が埋め込まれていた。

 人形に仕込まれていた魔法石は簡単に取り出すことができた。これまであまり手に入らなかった青や黄色の魔法石を手に入れることができ、思わぬ収穫である。

 ルミアナは、犬人形をナイフで解体しながら言った。

「これは遺跡を守るガーディアンの一種ですね。ガーディアンがいるということは、この遺跡にはかなり重要な何かが保存されているに違いありません」

 しばらく進むと小部屋に出た。天井には小さい丸い穴がいくつも開いている。こういうところでは、だいたい何かが出てくるものだ。タン、タン、タンという音が響き渡り、その音が終わると同時に天井の穴から、灰色の丸いかたまりが次々に落ちてきた。それは拳ほどの大きさで、地面に落ちると開いて蜘蛛のような形になった。

 それを見たキャサリンが剣を抜きながら自信満々に言った。

「まあ、こんなちっこい奴なら、わたくしでも倒せますわ。えい」

 キャサリンの剣が蜘蛛に触れた瞬間、バチッと音がして電撃が走った。蜘蛛のガーディアンは、瞬間的な電撃を放つ攻撃能力を持っているようだ。キャサリンは驚いて、尻もちをついてしまった。数匹の蜘蛛がキャサリンに素早く這い寄ってくるとその体に取り付き、次々と電撃を放ち始めた。

「ひゃああ、あああ、ひい」

 床に転がって悶えるキャサリン。それを見たレイラが駆け寄る。だか、全身金属のプレートアーマーで覆われたレイラは、たちまち蜘蛛の電撃攻撃の餌食になってしまった。鎧に取り付いたロボット蜘蛛が次々に放つ電撃で体が麻痺して、剣を振るうこともできず、四つん這いになった。

「きゃあ、いやあ、はああ」

 俊敏なステップで蜘蛛の電撃を避けていたルミアナだったが、頭上の穴から落ちてきた蜘蛛に隙をつかれ、ひるんだ隙に四、五匹の蜘蛛に取り付かれてしまった。

「あああ、はああ、うううん」

 キャサリンとレイラとルミアナが悲鳴を上げて床の上で悶えている。この様子を見たカザルが興奮した様子で俺に言った。

「・・・三人の美女が床の上で悶えている・・・こ、これは、めったに見れない光景ですぜ旦那、どうしやしょう」

「ば、ばか。喜んでいる場合か、早く助けないと・・・。しかし蜘蛛が近すぎて、私の魔法だと仲間にもダメージを与えてしまう。直接武器で蜘蛛だけを叩かないと」

「でも剣やハンマーのような金属製の武器は使えませんぜ。蜘蛛の電撃で、こっちも感電してしまいます。金属じゃない武器が必要ですぜ」

「金属じゃない武器か・・・木の棍棒のような・・・」

 俺はカザルと顔を見わせた。棍棒といえば、キャサリンの焼いた「殺人パン(バゲット)」があるではないか。俺とカザルは、キャサリンの近くの床に転がっていた棍棒のようなパンをひっつかむと、力任せに蜘蛛を殴りつけた。パンの硬さが尋常ではないためか、蜘蛛がもろいためかわからないが、数回殴ると蜘蛛は壊れて動かなくなった。

 俺とカザルはパンを振り回して蜘蛛を次々に破壊して、彼女たちを救出した。

「はあはあ・・・お兄様、助かりましたわ。ところで、その手に持っている棍棒は何かしら。わたくしが今朝焼いてきたパンにずいぶん似てますこと・・・」

「あ、これか・・・これはその・・・カザルがこれを使おうと言ったんだ」

「うわ。ち、ちがいやすぜ、あっしは『金属製じゃない武器が必要だ』って言っただけです」

 キャサリンはムッとした。

「まあ、食べ物をおもちゃにしちゃいけないって教わらなかったの?バツとして、いま手に持っているパンは、あとで自分たちで食べるのよ。わかった?」

 まったな、こんな棍棒みたいな硬いパンは食えないだろ。悪いが、ドサクサに紛れて、後で捨ててしまおう。

 俺たちは先へ進んだ。