現在、メグマール地方には4つの王国がある。我がアルカナ王国、イシル公国、ネムル王国、そしてエニマ王国である。一方、メグマール地方を一つの帝国として統一しようと野望を抱く者がいる。それがエニマ王国のマルコム国王である。

 マルコムは近年拡大してきた自国の軍事力を背景に「メグマール帝国建国宣言」を一方的に発したが、これを受けて、アルカナ、イシル、ネムルの三国の国王がイシル公国の王都に集まり、今後の対応について協議することになったのである。

 イシル公国はアルカナの北に位置する。その北部は険しい山岳地帯で、その裾野にはエニマ川の源流である広大な森が広がる。緑豊かな森の国である。その果てしなく広がる森の奥地のどこかに、ハーフリングであるナッピーの故郷がある。もちろん人間にその場所を見つけることは不可能だ。

 イシル公国は古くから独自の宗教が信仰されてきた。ヤッカイ教という、森に住む多くの神々を崇める多神教で、昔からこの地に根付いていたシャーマニズムが発祥となっている。ヤッカイ教の司祭は森の神々と対話する能力を持つシャーマンであり、シャーマンは、ここイシル公国において政治的にも大きな影響力を持つという。そして、森に住むサルが神の使いとして大切にされており、王都でも、我が物顔で歩き回るサルの姿をあちこちで見ることができる。

 俺たちはイシル公国の宮殿の大広間に集まった。あくまで秘密会議なので参加者は少人数に限定され、俺と総務大臣のミック、大将軍のウォーレンとその部下、ルミアナが参加した。キャサリンやカザルら他のメンバーには、会議が終わるまでの間、宮殿の外にあるレストランで食事をしながら時間を潰してもらうことにした。今回、レイラには俺の警護ではなく、キャサリンの警護役として付き添ってもらった。いろいろな意味で「なにかあると厄介」だからである。

 俺たちが広間に入ると、すでに他国の面々が顔を揃えていた。ネムル国の国王は、エラル・アトソンだ。そういうと失礼だが、尖った顔をした痩せた男である。口先をせわしなく動かして、振る舞われたオードブルを食べながら、ワインを飲んでいる。

「んー、なかなかのワインですね、ホホホ・・・。あ、これはアルカナのアルフレッド国王様ですか、お初にお目にかかります」

「アルフレッドです。ネムル国のエラル国王ですか、よろしくおねがいします」

 エラル国王は神経質そうな表情で言った。

「こちらこそ、ほんと、よろしくおねがいしますよ。何しろ軍事力という点では、我が国はアルカナの半分にも満たない戦力しかありませんからね。でも、我が国がエニマ国に占領されることになれば、私どものところで産出される鉄や銅などの資源がエニマ国に渡ることになり、面倒なことになります。しっかり守っていただかないと、困りますよ」

 最初からアルカナ国とイシル国になんとかしてもらうつもりらしい。そうこうするうち、向こうから、イケメンほどではないものの、感じの良さそうな若い男が近づいてきた。イシル公国の国王、ルーク・ベアードだ。その横には、ひと目でシャーマンと分かる装飾を身にまとった背の低い老女が、ぴったりと並んで、何やら口やかましく国王に命じている。

「ほれ、ルーク様。今日は右足から歩き出すようにと、先程から何度も申しておるではないですか。左足から歩き出すのは不吉ですぞ、会談が失敗するやも知れませぬ。それと、人と話をする際には、方角に注意してくだされ。あとは・・・」

 はああ、イシル国では政治に宗教が強い影響を及ぼしているとは聞いてはいたが、これがそうか。俺の転生前の世界で言えば、風水か何かのたぐいだな。ルーク国王は苦笑いしながら、俺の方に歩み寄って、握手のため手を差し出した。

「イシル国のルークです。どうぞよろしく」

 と、話しかけたルーク国王の顔は俺の方を向かず、そっぽを向いている。何だろう、これがイシル式の公式な挨拶なのかも知れない。妙な気がしたものの、俺も真似をして、横を向いて握手しながら言った。

「アルカナ国のアルフレッドです、こちらこそ、よろしくおねがいします」

 すると、シャーマンの婆さんが不機嫌そうに言った。

「これ、アルフレッド殿、そっぽを向いたまま挨拶するとは失礼ではないか?」

「へ? しかし、ルーク殿もそっぽを向いておられるので、てっきり、そっぽを向いて挨拶するのが礼儀なのかと・・・」

「そんなわけないじゃろ。ルーク様は、今日は北の方角を向いて話をしてはならんのじゃよ。だから、やむを得ず、横を向いておるのじゃ」

 なんだそれは。イシル国はめんどくさい国だな。まあいいや、とにかく俺がルーク国王の東側に立てば、普通に会話ができるわけだ。俺は横に回り込むと挨拶をやりなおした。

「いやあ、失礼しました。イシル国はいろいろと決まり事が多いのですね」

「あはは、いやいや、これが厄介でして、私もほどほどにしてくれと司祭のお婆さんにはお願いしているのですが、かなりルールには厳格な方でして、一日中つきまとわれているのです・・・」

 こんな婆さんに一日中つきまとわれて、よく気がおかしくならないものだな。そう思っていると、突然、シャーマンの婆さんが俺を指さして叫んだ。おれは思わず、後ずさった。

「きえええ」

「ななな、なんだ、どうした?」

「お主の顔に、ものすごい女難の相が出ておるぞ。お主は、周りに厄介な女が大勢取り巻いておるじゃろう。相当に厄介な・・・」

「いや、まあ、確かにそうなんだが・・・」

「まだまだ、そんなものじゃないぞ、これからもっといっぱい寄ってくるぞ。やばい女がいっぱい、いひひ」

 ルーク国王が言った。

「これ、失礼なことを申すな。陛下は清廉潔白なお方だ」

「いやいや、わしはアルフレッド国王様のことを案じて、事実を述べ、注意を喚起しておるだけじゃ。はあ、・・・それに比べてルーク陛下は、女難どころか、まったく女が近寄ってこないのう。女っ気がゼロじゃ。困ったもんじゃ」

「やかましいわ! お前の占いを信じていろいろやったが、まるで駄目だったではないか。寄ってきたのは動物のメスばかりだ。城にメス猿の大群が来たときは、どうしようかと思ったぞ。半分はお前の責任なんだからな」

 ルーク国王は、しばらくハアハアと肩で荒い息をしていたが、気を取り直して言った。

「で、では皆様、本題に入りましょう」

 それぞれの国の国王と国防関係の大臣たちは、大広間の中央に並べられた机の前に着席した。正面のルーク国王が切り出した。

「周知のごとく、エニマ王国のマルコムが、無礼にも『メグマール帝国建国宣言』なるものを一方的に発表し、こともあろうか、われわれ三カ国の王に対して、国王の座を辞し、マルコムの配下に下れとの書簡を送り付けてきた。断じて許しがたい行為である。しかも我々がその要求を飲まない場合には、メグマール地方の統一のために、武力の行使も辞さないとのことだ。そこで、我々三カ国は、このエニマ国の無礼なる振る舞いに対して、どのように対処すべきか考えたい」

 酔っ払って真っ赤な顔をしたエラル国王が言った。

「いやもう、皆様にお任せしますよ。ういい、我が国は、まるで軍備が弱小で役に立ちませんからな」

 俺は横目でエラル国王を一瞥(いちべつ)してから言った。

「それでは、三国で軍事同盟を結びましょう。そして、もしエニマ国が我々のいずれかの国を侵略した場合、団結して撃退することを誓うのです。同盟を結び、こうした我々の方針をエニマ国に伝えておけば、簡単に攻めてくることはできなくなるでしょう」

 ルーク国王が頷きながら言った。

「確かにそのとおりですね、アルフレッド殿。しかし、それでもエニマ国が侵略してきた場合、具体的に、何かプランはありますか?」

「そうですね、もしエニマ国が侵略してくるとすれば、軍事的に最も弱いネムル国に最初に攻め込むでしょう。ネムル国はエニマ国の東側にあります。もし連中がネムル国に攻め込んだなら、エニマの西にある我がアルカナと貴国のイシルが西側からエニマ国に攻め込むことになります。

 最初にアルカナ軍がエニマ川の南側を占領し、その後、エニマ川の中流付近から北側に渡河し、北のイシル軍と合流して、そのまま西にあるエニマ第二の城塞都市ハナンを包囲します。そうすれば、ネムル国へ進撃したエニマ国の本隊も引き返さざるを得ないでしょう。撤退するエニマ軍を後方からネムル軍に追撃していただき、できる限りエニマ軍を疲弊させます。あとは、エニマ国に休戦を迫ることになりますが、応じなければ、ハナンの近郊で決戦になるかも知れません」

 大将軍のウォーレンが興奮気味に言った。

「うはは、決戦ですな。エニマ国を叩きのめして見せましょうぞ」

 俺はウォーレンを制して言った。

「それは頼もしい限りです。ですが、決戦となれば、双方とも甚大な被害が避けられないので、できれば避けたいものです。我が方には、暗殺のプロであるエルフがおりますので、いざとなれば、決戦を避けるための最終手段として、マルコム国王の暗殺という方法も考えられます」

 会場がざわめいた。ルーク国王が言った。

「アルフレッド殿、マルコム国王を暗殺するなど、とうてい不可能と思われますが、何か策でもあるのですか?」

 テーブルで囲まれた真ん中の空間に、ルミアナがすっと現れ、言った。

「陛下のご命令とあれば、マルコムを暗殺してみせましょう」

 というや、再び姿が消えて見えなくなった。会場は驚嘆の声に包まれた。

「彼女はエルフのレンジャーで、幻惑魔法を駆使し、姿を消すことができるのです。しかも、恐るべき弓の名手でもあります。もちろん警戒厳重なエニマ国の宮殿に潜入することは容易ではありませんが、彼女なら十分にチャンスはあるでしょう。もちろん、暗殺が失敗したときは、決戦に臨むしかありません」

 ルーク国王が感心して言った。

「これはすばらしい計画ですね。ぜひ、三国同盟を締結したいと思います」