発光キノコの群生する空間は思いのほか広く、出口を探すことに苦労したが、やがて立坑へ続く坑道を発見した。下へ向かう真っ暗な坑道を進む。レイラの足取りは普段と変わらないほどに回復していた。

 カザルが標識を確認したところによれば、立坑までは、そう遠くはないという。やがて前方の暗い坑道の奥から、滝が流れ落ちるような水音が聞こえてきた。進むにつれ、音は岩壁に反響しながら次第に大きくなる。

 広い空間に出た。どうやらここが目的地の立坑らしい。ランタンの光の先には、停止したままの大きな水車小屋が浮かびあがった。水車小屋には赤錆びた配管が接続されていたが、配管は途中で欠落していた。外れた配管からは水が激しく吹き出し、排水溝に流れ落ちている。跳ね返る水音が空間にわんわんと響いている。本来なら水は水車の羽を回していたのだろう。

 部屋の奥行きはおよそ二十メートル。一行はゆっくりと部屋の中央部へと近づいた。そこには、十人ほどの人が乗れる大きな木製のゴンドラが置かれており、その上端から上へ向かってかなり太いロープが伸びている。どうやら、これが立坑を地上まで昇るためのゴンドラのようだ。

 上を見上げると部屋の天井は円錐状になっており、その頂点にはゴンドラが通り抜けるのに十分な大きさの穴が開いている。これが立坑だろう。その立坑から三本のロープが垂れ下がっている。一本のロープはゴンドラに繋がっているが、もう二本は滑車を伝って水車小屋の中に入っている。

 カザルが水車小屋の中に入って内部を調べていたが、すぐに小屋から出てきた。

「旦那、この水車小屋の装置でロープを巻き取って昇降用のゴンドラを地上の階へ引き上げるようですぜ。ただし、水車が動いていないので、そいつを直さないと上へはいけやせん。欠落した配管をつながないとダメみたいでさあ」

 欠落した配管をつなぐための配管を探した。ハンマーや釘のようなものは見つかったものの、肝心の交換用の配管は見つからなかった。

 カザルが言った。

「旦那。配管がないなら、きのう倒した巨大サソリの足の殻を利用しやしょう」

 工作はドワーフのカザルにとってはお手の物で、サソリの足を手に取ると、拾ったハンマーと釘でたちまち配管を水車に導くことに成功した。とはいえ、もともとの配管よりもサソリの足のほうが太く、継ぎ目から水が漏れ出し、出てくる水の三割程度しか利用することはできなかった。

「水の量が三割でも、上昇速度が遅くなるだけですから、大丈夫ですぜ」

 なんとか廃鉱山を脱出できそうだ。一行がゴンドラに乗り込んだ。カザルは水車小屋で昇降レバーを操作し、ゆっくりと上昇を開始したゴンドラに後から飛び乗った。ゴンドラは一分間に一メートルという、恐ろしくゆっくりしたペースで上昇を続ける。これでは地上に到達するまでに一時間以上かかるだろう。

 俺はカザルに尋ねた。

「本当にこれで地上に出られるのか?」

「管理室で見た地図じゃあ、ゴンドラの終点から山の斜面へ向かって水平方向に坑道が掘られているらしいですぜ。そこから地上へ出られるみてえでやす」

 レイラの顔色はすっかり良くなっており、もう心配はなさそうだ。

 ゴンドラはロープで吊り下げられているだけなので、前後左右に大きく揺れる。キャサリンの顔色がどんどん悪くなり、気持ち悪そうだ。やばいな、乗り物酔いか。こんな狭いゴンドラで吐かれたら、連鎖嘔吐反応を引き起こしてしまうぞ。

「うええ、わたくし吐きそうですわ。サソリ肉をぜんぶ出しそうですわ。ルミアナ、乗り物酔いを止めるポーションはない?」

「そうですね、乗り物酔いに効くポーションはあります。ただ副作用がありまして・・・気分がハイになってしまうのです。とんでもなく上機嫌になってしまいます」

「まあ、そんなの問題ないですわ。くださいな」

 キャサリンはルミアナからポーションを小さな容器に分けてもらうと、一口で飲み干した。キャサリンの乗り物酔いはすぐに解消した。おまけにすっかり上機嫌になって、鼻歌まで歌いだした、いい気なものである。

「ふんふんふ~ん。お兄様、わたくしとってもいい気分。廃鉱山のかび臭いゴンドラに揺られているうちに、無性に歌を歌いたくなりましたわ」

 背筋を冷たいものが走った。生命の危険を察知したのである。あの不毛の大地でブラックライノを発狂させたキャサリンの歌である。そんなことは露知らず、カザルがのんきに言った。

「いいねえ、美人のお嬢ちゃんの歌声が聞こえるなんて、最高だ・・・」

 そこまで言いかけたカザルの口を俺は片手で必死に押さえ付けた。俺の目が血走っている。カザルの耳元でささやいた。

「死にたいのか、おまえ。キャサリンの歌は精神攻撃なみのオンチなんだぞ。余計なことをしゃべると焼き殺すからな。これから俺のいう事に相槌だけ打て。それ以外は一言もしゃべるな」

 カザルは俺の殺気に恐れをなし、小刻みに首を縦に振って了解した。俺はキャサリンに言った。

「キャサリン、残念ながら歌はダメらしいぞ。カザルが言うには、ドワーフの鉱山はとても神聖な場所だから、歌を歌うとドワーフ鉱山の神様が怒って罰が当たるらしい。とても残念だけど、歌はやめてくれ」

 カザルが口を塞がれたまま激しく頷いた。キャサリンはむくれ顔になった。

「なによ・・・ドワーフ鉱山の神様って度量が狭いのね、歌を愛(め)でる心もないのかしら。それに比べてアルカナの神様は心が広いのよ。そうそう、わたくしは子供の頃、よく教会の中で歌を披露したものですわ。神父様と信者さんたちの前で歌うの」

「本当かよ、その教会はどこにあるんだ。王都アルカにあるのか」

「そうよ、アルカにあったの。でも、なぜかその教会は潰れちゃったの。信者さんが全員逃げてしまって。残念ですわ、もっと歌を歌って聞かせようと張り切っていたのに」

「そ、その神父さんは大丈夫だったのか」

「教会は潰れたけど、神父さんは大丈夫だったわ。でも、なぜか今までの信仰を捨てて、悪魔崇拝者に改宗したらしいわ。そんな変な人だから教会が潰れたのね。自業自得よ」

 キャサリンの歌を聴いたために、信者が全員逃げて、教会が潰れて、神父が悪魔崇拝者になったのか。死人が出なかったことが奇跡だ。いや、考えてみると、このキャサリンの歌も「貧乏神の魔法」の一種なのかも知れない。すごい威力だ。

 一時間後、ゴンドラは立坑の頂上に到着した。一行がゴンドラを降りると、地上の出口へ向かう坑道が横方向に伸びていた。もうすぐ地上に出られる。出口が近いとわかると、歩く足にも自然と力が入る。だが、坑道の先は土砂で埋まっていた。

 カザルが言った。

「ちくしょうめ、ここまで来たってのに」

 ルミアナが言った。

「ちょっと待って、何かいるわ」

 坑道の暗がりの中には、たくさんの光る眼があった。野生動物のようだった。ナッピーが俺たちを制して前に出た。

「待って待って! あたしがお話してみる」

 光る眼の正体はプレーリードッグに似た動物たちだったが、大きさはその二倍はありそうだ。数は三十匹ほど。特にこちらに危害を加える気はなさそうだ。

「この子たちは、地面に穴を掘って生活しているんですって。地表からこの坑道まで穴を掘って、ここを巣穴にしているみたい。ほら、この穴が地上に繋がっているそうよ」

 ナッピーが指さした先には、動物が通り抜けられるほどの大きさの穴が開いていて、穴の向こう側から風が流れてくる。確かに外に繋がっているようだ。

 キャサリンは喜びながら穴に駆け寄ると、頭を突っ込んだ。

「わあい、ようやく地上に出られますわ、やりましたわ」

 しかし、尻がつかえてしまった。

「なによ、こんな狭い穴は通り抜けられませんわ。穴を掘り広げてくれないかしら」

 ナッピーがテレパシーで動物と交渉した。

「掘り広げてくれるって言ってる。でも条件があるって。キャサリンが持っているナップザックのクッキーを、ぜんぶ欲しいんですって」

 キャサリンがナップザックを両手で抱えながらいった。

「えーいやよ。これはお兄様に食べさせるんですから」

 俺は内心おお喜びだったが、いかにも残念そうな声で言った。

「あー、キャサリン。それは嬉しいんだけど、ここから抜け出さないと、みんな死んでしまうよ。クッキーを食べられないのは残念だけど、その動物たちに全部あげてくれないか」

「・・・仕方ないですわ、分かりましたわ。そのぶん、お城に帰ったら、この三倍のクッキーを焼いてあげますからね、楽しみにしていてね」

 ぐは、やぶ蛇だった。半分はミックに食わせよう。

 キャサリンはリュックをまるごと動物に差し出した。動物はぴょこっとお辞儀をしたように見えた。動物たちはリュックからクッキーを取り出すと、皆でさっそく食べ始めた。しばらく食べた後、ナッピーに何かを話したようだ。

「あまり、おいしくないそうです」

 キャサリンが真っ赤になった。

「なんですって! 生意気な、毛を全部むしってやるわ、赤裸にしてやるわ」

 暴れるキャサリンを一行がなだめていると、動物たちが穴の中に入り、すごい勢いで土をかき出しはじめた。穴は見る見る広がった。その穴を通って一行は地上に生還した。

 そこは、高層湿原のお花畑だった。王都アルカ周辺の乾燥した大地と異なり、広々とした湿原に小さな沼や池が点在し、大きな樹木も点在する。山は緑の木々に覆われ、その彼方に蒸気を吹き出す火山が見える。

 キャサリンが言った。

「地上に出たのはいいけど、ここはどこなのかしら」

「大丈夫だよ、いま、ピピを呼んでみるから」

 ナッピーのテレパシーはかなり遠くまで伝わるらしい。しばらくするとツバメほどの大きさの小鳥が上空を回り始めた。ナッピーの友達で、ピピという名の小鳥だ。

 ピピの先導で、俺たち一行は無事に王都へ戻ることができた。