そのドワーフの頭はほとんどハゲてしまっているが、顔中を覆うほど立派な顎髭が生えている。髭には白髭が混ざり、年齢は五十歳くらいだろうか。背は低いが筋肉質のガッシリした体格はドワーフの典型である。男湯から忍んで女湯に来たらしく、腰にタオル一枚というマヌケな恰好だ。
「うひひ、これはいい眺めだ。あのデカい女は、裸にも迫力があるな。おまけに美人のエルフの裸体まで拝めるとは、俺はなんて運がいいんだ。今日は最高の日だぜ、ありがたや、ありがたや」
ドワーフに覗かれているとは露知らず、四人はお湯に浸かったり、石鹸で体を洗ったりしながら、思い思いに温泉を楽しんでいる。
レイラは湯舟に体を伸ばしてくつろぎながら、隣でお湯に浸かるルミアナに言った。
「警護が非番の時は家でトレーニングばかりしていたが、ここの温泉宿に泊まってトレーニングして、温泉で汗を流すのも悪くないな。気分転換になる」
「そうね、温泉はいいものね。ところでレイラ、ナンタルからのお土産を陛下に渡していたけど、贈り物をするのならもっと考えた方がいいわよ。ワニの頭蓋骨とかじゃあ、陛下の気を引くのは難しいわよ」
レイラの視線が泳ぎ始めた。
「いや、別にあれは陛下の気を引くために渡したんじゃない。遠出したから、礼儀としてお土産を渡しただけだ。あれは・・・どうでもいいんだ」
「でも、レイラがすごく嬉しそうに渡していたから。・・・別に隠さなくてもいいのよ」
「な、何を隠しているというんだ。隠すことなんか何もない!」
突然ナッピーが言った。
「おしっこがしたい」
「ちょっと、お風呂の中でしちゃだめよ。その辺の藪の中で用を足してくるのよ」
「はーい」
ナッピーがガサガサと藪をかき分けて進むと、ドワーフと鉢合わせた。
「あれ、おじさん、こんなところで何をしてるの?」
「うわわ、しーっ、大きな声を出すんじゃねえ。後でお菓子を買ってやるからよ」
ナッピーは立ち上がるとキャサリンに向かって手を振った。
「ねえ、キャサリン、ここにおじさんがいるよ。お菓子を買ってくれるって」
「なんですって、男がいるの?それは痴漢よ、痴漢ですわ」
レイラは湯舟から飛び出すと、置いてあった剣を引っ掴んで叫んだ。
「なに、痴漢だと。国王の妹君さまを覗き見するとは無礼千万、頭から真っ二つに叩き切ってやろう。待て!」
「やべえ、裸を見ただけで真っ二つにされちゃ、たまんねえぜ」
ドワーフは全力で逃げ出した。女たちも全力で追いかけた。
「痴漢だわ、捕まえるのよ」
「無礼者、たたき切ってやる」
「おじさん、お菓子は?」
ルミアナは急いでバスローブをまとうと、三人のバスローブを掴んで後を追った。
「ちょっと、あんたたち、服を着なさい! 痴漢どころじゃないわよ」
まったく聞こえていない。
一方、こちらは男湯である。遠くから喧騒が聞こえてきた。俺は言った。
「なんだか女湯の方が騒がしいな。ミック、ちょっと様子を見てきてくれないか」
「ひええ、いくら陛下の命令とはいえ、それは危険すぎます」
と、そこへ藪の中からドワーフが飛び出してきた。それを見て俺は言った。
「おお、これはドワーフ殿ではないですか。お会いしたいと思っていたのです。少し話をしませんか。私はアルカナの・・・」
ドワーフが血相を変えて怒鳴った。
「バカ野郎、そんな呑気なことしてる場合じゃねえ、こちとら追われてるんだ」
すぐにドワーフを追って藪から次々に裸の女が飛び出してきた。
「痴漢だわ、捕まえるのよ」
「無礼者、たたき切ってやる」
「おじさん、お菓子は?」
「ちょっと、服着をなさい!」
それを見て仰天したミックがお湯の中に頭から転げ落ち、俺もお湯に飛び込んだ。
俺は叫んだ。
「うわわ、お前ら何してるんだ」
ドワーフを夢中で追いかけてきた女性たちは、自分たちが男湯に飛び込んだことに気付くと、大騒ぎになった。キャサリンは湯舟に飛び込むとお湯に体を沈めた。
「きゃあ、お兄様のえっち。いや、こっち見ないで」
レイラは俺の前で全裸のまま、直立姿勢で言った。
「ここ、これは陛下、とんだご無礼を。このドワーフが我々を覗き見しておりましたので、追いかけて捕まえに来たのです」
レイラは、いつの間にかドワーフの腕をガッチリ捕まえている。いかに筋骨隆々のドワーフと言えども、レイラに捕まったら逃げられない。ルミアナが慌ててレイラの体にバスローブを被せた。
「いててて、わ、悪かった、あっしが悪かった。謝るから許してくれ」
キャサリンがお湯に沈んだまま叫んだ。
「いいえ許しませんわ、ムチ打ちですわ。ムチ打ちの刑よ」
それを聞いたドワーフは、ニヤけた表情を見せた。
「えへへ、もしかして、お嬢様があっしの体にムチ打ちしてくださるんですかい?」
キャサリンはドワーフの変態っぽい表情を見て赤くなった。
「わ、私はそんなことしませんわ、変態! ムチはレイラにやってもらうのよ」
「レイラって誰ですかい・・・」
レイラはドワーフの腕をねじ上げながら言った。
「レイラは私だが」
「げええ、あんたがムチ打ちなんかしたら、即死ですぜ。勘弁してくだせえ」
「おい、それはどういう意味だ? 本当に死ぬかどうか試してみようか」
俺はお湯に沈んだまま言った。
「まあまあ。このドワーフも反省しているようだし、許してやらないか。実のところ俺はドワーフという種族と話をしてみたかったんだ」
「まあ、お兄様ったらいつも異種族には甘いですわね。いいですわ、ルミアナも役に立ってるし、このドワーフも王国に貢献するのでしたら、特別に許してあげますわ」
一行は衣服を整えると温泉宿に戻った。宿の広間でカザルが頭を下げた。
「今回の件は本当に申し訳ないと反省してる、女湯はもう二度と覗き見しないぜ」
俺はドワーフに言った。
「私はアルカナ国の国王、アルフレッド・グレンだ。そなたの名前は?」
「あなたは国王様でしたか。あっしはカザル・アイアンハンドと申しやす」
「ドワーフと言えば鍛冶の卓越した技能を持つと聞くが、カザル殿も鍛冶職人なのか」
「その通りでやす。今は少し事情があってあちこち渡り歩いてやすが、腕には自信がありやす。機会があればご披露しますぜ」
「それは楽しみだな。ところで、ここにはどのような用件で来られたのですか」
カザルは腕を組み、少し悩んでいるような表情を見せた。
「実は湯治(とうじ)のために温泉に来たわけではないんでさ。ちょいと仲間の鍛冶屋から、特殊な鉱石を取ってきて欲しいと頼まれたんでやす。それがこの近くにある廃鉱山の中にあるってんで、来てみたんですが、中には蟻の化け物が居て襲ってくるんです。それでどうしたものかと、この温泉宿に泊まって考えていたところなんでさ。
見たところ、国王様のお仲間には屈強な戦士やエルフ様がおられるようなので、その鉱石を探すのを手伝っていただけるとありがたいんでやすが」
俺はレイラとルミアナの方を見た。
「私は陛下が行くところなら、どこへでも従いますが」
「私もかまいませんよ。それに、古い坑道の中から魔法石が見つかることも多いのです。地中深くから魔法石の成分が浸みだしてきて結晶化するからです。もしかすると魔法石が見つかるかもしれません」
魔法石! ついに魔法石が見つかるかも知れない。魔法の練習を始めてからどれほどこの時を待っただろうか。魔法石を使って実際に魔法を発動してみたい。これは行くしかあるまい。俺は迷うことなく言った。
「よし、カザル殿を手伝うことにしよう。明朝に出発ということでどうですか」
「そいつはありがたい。頼みやすぜ」
翌朝一行は出発した。ミックは温泉宿に残って温泉に入っていた方が良いというので、残りのメンバーとドワーフの六名で廃鉱山へ向かった。キャサリンはクッキーがいっぱい詰まったリュックをまた背負ってきた。俺がリュックを軽く叩いて言った。
「またクッキーを持ってきたのかい」
「せっかく作ったんだから、食べたい時にいつでも食べられるように持ってきたのよ。それに鉱山の中で迷子になったら、食べるものが無いとこまるわ。賢い判断でしょう」
「おいおい、迷子になるとか、縁起でもないことを言わないでくれよ」
廃鉱山の入り口は一時間ほど山中を歩いたところにあった。見たところカザルの言っていた蟻の怪物は居ないようだ。立ち入り禁止の立札があって、入り口のドアには南京錠がぶら下がっていたが、鍵はかけられていない。ドワーフのカザルが言った。
「鍵は先日あっしが外したんでさ。さ、中に入りやしょう」
ドワーフが持参したランタンと宿から借りてきたランタンを灯して、ゆっくりと坑道の中へ進んだ。まだ怪物の気配はない。周囲の壁はひびが多くて崩れそうだったが、丸太の木枠で坑道をしっかりと支えているから大丈夫だろう。
天井にはところどころにランタンを吊るすためのフックが下げられているが、ランタンはなく、足元に壊れたランタンの残骸が転がっているだけだ。坑道の入り口から奥に向かってかすかに空気が流れている気がする。
ナッピーが声をあげた。
「あーあー、すごい、声がひびくね。」
俺は慌てていった。
「しーっ、化け物がいるらしいから、大きな声を出したらダメだよ。」
レイラが先を進むカザルに言った。
「カザル殿、化け物の気配は無いようだが、それが出るのはもっと先なのか?」
「あ? ああそうでやす、もう少し奥の方でさ。ところであっしは入り口に置き忘れたものがあるんで、取ってきやす。ここでちょっと待っててくだせえ。」
そういうとカザルは急ぎ足で入口へ戻ろうとした。その時、坑道の入り口付近で丸太の折れる音と岩が次々に崩れる音が響き渡った。風圧とともに岩の砕けた粉塵が吹き抜ける。大規模な落盤が発生したようだ。地響きが収まると、一行は慌てて入口へ戻ったが、坑道は崩れた岩で完全に塞がれていた。
「うひひ、これはいい眺めだ。あのデカい女は、裸にも迫力があるな。おまけに美人のエルフの裸体まで拝めるとは、俺はなんて運がいいんだ。今日は最高の日だぜ、ありがたや、ありがたや」
ドワーフに覗かれているとは露知らず、四人はお湯に浸かったり、石鹸で体を洗ったりしながら、思い思いに温泉を楽しんでいる。
レイラは湯舟に体を伸ばしてくつろぎながら、隣でお湯に浸かるルミアナに言った。
「警護が非番の時は家でトレーニングばかりしていたが、ここの温泉宿に泊まってトレーニングして、温泉で汗を流すのも悪くないな。気分転換になる」
「そうね、温泉はいいものね。ところでレイラ、ナンタルからのお土産を陛下に渡していたけど、贈り物をするのならもっと考えた方がいいわよ。ワニの頭蓋骨とかじゃあ、陛下の気を引くのは難しいわよ」
レイラの視線が泳ぎ始めた。
「いや、別にあれは陛下の気を引くために渡したんじゃない。遠出したから、礼儀としてお土産を渡しただけだ。あれは・・・どうでもいいんだ」
「でも、レイラがすごく嬉しそうに渡していたから。・・・別に隠さなくてもいいのよ」
「な、何を隠しているというんだ。隠すことなんか何もない!」
突然ナッピーが言った。
「おしっこがしたい」
「ちょっと、お風呂の中でしちゃだめよ。その辺の藪の中で用を足してくるのよ」
「はーい」
ナッピーがガサガサと藪をかき分けて進むと、ドワーフと鉢合わせた。
「あれ、おじさん、こんなところで何をしてるの?」
「うわわ、しーっ、大きな声を出すんじゃねえ。後でお菓子を買ってやるからよ」
ナッピーは立ち上がるとキャサリンに向かって手を振った。
「ねえ、キャサリン、ここにおじさんがいるよ。お菓子を買ってくれるって」
「なんですって、男がいるの?それは痴漢よ、痴漢ですわ」
レイラは湯舟から飛び出すと、置いてあった剣を引っ掴んで叫んだ。
「なに、痴漢だと。国王の妹君さまを覗き見するとは無礼千万、頭から真っ二つに叩き切ってやろう。待て!」
「やべえ、裸を見ただけで真っ二つにされちゃ、たまんねえぜ」
ドワーフは全力で逃げ出した。女たちも全力で追いかけた。
「痴漢だわ、捕まえるのよ」
「無礼者、たたき切ってやる」
「おじさん、お菓子は?」
ルミアナは急いでバスローブをまとうと、三人のバスローブを掴んで後を追った。
「ちょっと、あんたたち、服を着なさい! 痴漢どころじゃないわよ」
まったく聞こえていない。
一方、こちらは男湯である。遠くから喧騒が聞こえてきた。俺は言った。
「なんだか女湯の方が騒がしいな。ミック、ちょっと様子を見てきてくれないか」
「ひええ、いくら陛下の命令とはいえ、それは危険すぎます」
と、そこへ藪の中からドワーフが飛び出してきた。それを見て俺は言った。
「おお、これはドワーフ殿ではないですか。お会いしたいと思っていたのです。少し話をしませんか。私はアルカナの・・・」
ドワーフが血相を変えて怒鳴った。
「バカ野郎、そんな呑気なことしてる場合じゃねえ、こちとら追われてるんだ」
すぐにドワーフを追って藪から次々に裸の女が飛び出してきた。
「痴漢だわ、捕まえるのよ」
「無礼者、たたき切ってやる」
「おじさん、お菓子は?」
「ちょっと、服着をなさい!」
それを見て仰天したミックがお湯の中に頭から転げ落ち、俺もお湯に飛び込んだ。
俺は叫んだ。
「うわわ、お前ら何してるんだ」
ドワーフを夢中で追いかけてきた女性たちは、自分たちが男湯に飛び込んだことに気付くと、大騒ぎになった。キャサリンは湯舟に飛び込むとお湯に体を沈めた。
「きゃあ、お兄様のえっち。いや、こっち見ないで」
レイラは俺の前で全裸のまま、直立姿勢で言った。
「ここ、これは陛下、とんだご無礼を。このドワーフが我々を覗き見しておりましたので、追いかけて捕まえに来たのです」
レイラは、いつの間にかドワーフの腕をガッチリ捕まえている。いかに筋骨隆々のドワーフと言えども、レイラに捕まったら逃げられない。ルミアナが慌ててレイラの体にバスローブを被せた。
「いててて、わ、悪かった、あっしが悪かった。謝るから許してくれ」
キャサリンがお湯に沈んだまま叫んだ。
「いいえ許しませんわ、ムチ打ちですわ。ムチ打ちの刑よ」
それを聞いたドワーフは、ニヤけた表情を見せた。
「えへへ、もしかして、お嬢様があっしの体にムチ打ちしてくださるんですかい?」
キャサリンはドワーフの変態っぽい表情を見て赤くなった。
「わ、私はそんなことしませんわ、変態! ムチはレイラにやってもらうのよ」
「レイラって誰ですかい・・・」
レイラはドワーフの腕をねじ上げながら言った。
「レイラは私だが」
「げええ、あんたがムチ打ちなんかしたら、即死ですぜ。勘弁してくだせえ」
「おい、それはどういう意味だ? 本当に死ぬかどうか試してみようか」
俺はお湯に沈んだまま言った。
「まあまあ。このドワーフも反省しているようだし、許してやらないか。実のところ俺はドワーフという種族と話をしてみたかったんだ」
「まあ、お兄様ったらいつも異種族には甘いですわね。いいですわ、ルミアナも役に立ってるし、このドワーフも王国に貢献するのでしたら、特別に許してあげますわ」
一行は衣服を整えると温泉宿に戻った。宿の広間でカザルが頭を下げた。
「今回の件は本当に申し訳ないと反省してる、女湯はもう二度と覗き見しないぜ」
俺はドワーフに言った。
「私はアルカナ国の国王、アルフレッド・グレンだ。そなたの名前は?」
「あなたは国王様でしたか。あっしはカザル・アイアンハンドと申しやす」
「ドワーフと言えば鍛冶の卓越した技能を持つと聞くが、カザル殿も鍛冶職人なのか」
「その通りでやす。今は少し事情があってあちこち渡り歩いてやすが、腕には自信がありやす。機会があればご披露しますぜ」
「それは楽しみだな。ところで、ここにはどのような用件で来られたのですか」
カザルは腕を組み、少し悩んでいるような表情を見せた。
「実は湯治(とうじ)のために温泉に来たわけではないんでさ。ちょいと仲間の鍛冶屋から、特殊な鉱石を取ってきて欲しいと頼まれたんでやす。それがこの近くにある廃鉱山の中にあるってんで、来てみたんですが、中には蟻の化け物が居て襲ってくるんです。それでどうしたものかと、この温泉宿に泊まって考えていたところなんでさ。
見たところ、国王様のお仲間には屈強な戦士やエルフ様がおられるようなので、その鉱石を探すのを手伝っていただけるとありがたいんでやすが」
俺はレイラとルミアナの方を見た。
「私は陛下が行くところなら、どこへでも従いますが」
「私もかまいませんよ。それに、古い坑道の中から魔法石が見つかることも多いのです。地中深くから魔法石の成分が浸みだしてきて結晶化するからです。もしかすると魔法石が見つかるかもしれません」
魔法石! ついに魔法石が見つかるかも知れない。魔法の練習を始めてからどれほどこの時を待っただろうか。魔法石を使って実際に魔法を発動してみたい。これは行くしかあるまい。俺は迷うことなく言った。
「よし、カザル殿を手伝うことにしよう。明朝に出発ということでどうですか」
「そいつはありがたい。頼みやすぜ」
翌朝一行は出発した。ミックは温泉宿に残って温泉に入っていた方が良いというので、残りのメンバーとドワーフの六名で廃鉱山へ向かった。キャサリンはクッキーがいっぱい詰まったリュックをまた背負ってきた。俺がリュックを軽く叩いて言った。
「またクッキーを持ってきたのかい」
「せっかく作ったんだから、食べたい時にいつでも食べられるように持ってきたのよ。それに鉱山の中で迷子になったら、食べるものが無いとこまるわ。賢い判断でしょう」
「おいおい、迷子になるとか、縁起でもないことを言わないでくれよ」
廃鉱山の入り口は一時間ほど山中を歩いたところにあった。見たところカザルの言っていた蟻の怪物は居ないようだ。立ち入り禁止の立札があって、入り口のドアには南京錠がぶら下がっていたが、鍵はかけられていない。ドワーフのカザルが言った。
「鍵は先日あっしが外したんでさ。さ、中に入りやしょう」
ドワーフが持参したランタンと宿から借りてきたランタンを灯して、ゆっくりと坑道の中へ進んだ。まだ怪物の気配はない。周囲の壁はひびが多くて崩れそうだったが、丸太の木枠で坑道をしっかりと支えているから大丈夫だろう。
天井にはところどころにランタンを吊るすためのフックが下げられているが、ランタンはなく、足元に壊れたランタンの残骸が転がっているだけだ。坑道の入り口から奥に向かってかすかに空気が流れている気がする。
ナッピーが声をあげた。
「あーあー、すごい、声がひびくね。」
俺は慌てていった。
「しーっ、化け物がいるらしいから、大きな声を出したらダメだよ。」
レイラが先を進むカザルに言った。
「カザル殿、化け物の気配は無いようだが、それが出るのはもっと先なのか?」
「あ? ああそうでやす、もう少し奥の方でさ。ところであっしは入り口に置き忘れたものがあるんで、取ってきやす。ここでちょっと待っててくだせえ。」
そういうとカザルは急ぎ足で入口へ戻ろうとした。その時、坑道の入り口付近で丸太の折れる音と岩が次々に崩れる音が響き渡った。風圧とともに岩の砕けた粉塵が吹き抜ける。大規模な落盤が発生したようだ。地響きが収まると、一行は慌てて入口へ戻ったが、坑道は崩れた岩で完全に塞がれていた。