「装甲巨人兵は前進せよ、火炎魔道士の全部隊は火炎攻撃を開始、目標は前方城壁左翼」
俺は満を持して全部隊に指示を出した。目の前には黒々とそびえる巨大な城。火炎魔道士が火炎弾を次々に放つと、オレンジ色に輝く無数の火炎弾が尾を引いて飛び、黒い城壁に着弾して続けざまに爆発が巻き起こる。爆炎にさらされた城壁が徐々に真っ赤に加熱されると、やがて溶けるように崩れてゆく。
俺は魔界の帝王ザイームを、奴の最後の砦である暗黒要塞に追い詰めた。そしてついに最後の決戦の火ぶたが切られたのである。自らの過ちを認めることのない帝王によって、これまでどれほど多くの人々が死に追いやられたことか。奴は自らが正義であると主張し、抵抗する勢力を容赦なく葬ってきた。その悪行もこれで終わりだ。
その時、怒り狂った帝王ザイームの声が荒野に響き渡った。
「おのれ無知な民衆どもめ、我が信念の炎を浴びて滅びるがよい」
来るぞ。俺たちは身構えた。ザイームの最終魔法<プライマリーバランスの呪い>である。<プライマリーバランスの呪い>は超強力な洗脳魔法である。これを浴びた者は思考能力が麻痺させられて戦意を喪失してしまうのだ。ザイームによって<プライマリーバランスの呪い>を打ち込まれた多くの国は国民の活力が失われ、国家の経済が崩壊し、成すすべもなく次々にザイームの支配下に置かれていった。我が国も崩壊寸前にまで追い詰められた。だが、狂気の洗脳魔法をブロックする防御魔法の開発に成功することで我が国の経済は復活し、新たな魔法技術を開発し、戦力を整えて反撃を開始したのだ。
「<プライマリーバランスの呪い>発射!」
帝王ザイームの絶叫と共に暗黒要塞の頂点から、見るもおぞましいドロドロと波打つ赤い雲が放出され、我々の頭上に広がった。だが洗脳をブロックする魔法を用いる我々には通用しない。そうこうする間に、我が軍の激しい火炎攻撃によって暗黒要塞の左翼城壁は轟音と共に崩れ去った。
よし、一気に押し切ってやる。
「重装歩兵は城内に突入せよ、装甲巨人兵も続け」
ザイーム配下の御用翼竜兵が反撃に押し寄せるも、火炎魔道士の火炎弾によって次々に撃墜されてゆく。重装歩兵の大軍が帝王の玉座の間へとなだれ込む。装甲巨人兵も城の壁面を破壊して広間に突入した。燃え立つ黒い炎のようにも見える邪悪な玉座の前で、帝王ザイームが仁王立ちになっていた。
「おのれ愚かな大衆どもめ、我こそが正義、誰が何と言おうが私が正しいのだあああ」
絶叫する帝王。俺は全軍に向けて最後の命令を下した。
「ザイームを倒せ」
帝王めがけて無数の火炎弾が絶えることなく次々に撃ち込まれる。帝王の体は無数の爆裂に包まれ、目も眩むばかりの閃光がほとばしる。断末魔の悲鳴と共に帝王ザイームの体は消し飛んだ。ついに勝ったのだ。
画面にエンディングロールが流れる。ゲームクリア。そう、これはストラテジー・ロールプレイングゲーム。自分が国家の指導者となり、様々な内政を駆使して自国の国力を成長させ、敵対する悪の帝国を打倒するゲームである。俺はスコアを確認した。国民の幸福度が九十五パーセント。国民の幸福度を高く維持しながらザイームの帝国を完膚なきまで叩き潰すのは、高い難易度が要求される上級テクニックだ。俺の心は達成感に包まれた。
ゲームのエンディングが終わると、俺の意識はゴミだらけの薄汚い部屋に戻った。ここは築五十年になる木造のぼろアパートである。部屋の広さは六畳間。部屋には中古で買った大きなスチールの机があり、二十四インチのディスプレイとゲームPCが置かれている。キーボードの横には、すっかり冷めてしまった食いかけのコンビニ弁当とコーヒー缶が三つ。
ゲームの興奮から冷めると俺は気が抜けたように脱力し、大きなため息をつくと椅子の背もたれに大きく寄りかかった。古い椅子はぎしぎしと耳障りな音を立てる。ヘッドフォンを外して机の上にゆっくりと置いた。
ふと壁に目を向ける。薄汚れて黄土色に変色した壁紙には、何かが貼られていた跡がくっきり残っている。前の住人は相当なヘビースモーカーだったのだろうか、いや、前の前の住人かもしれない。ほとんど見捨てられたようなぼろアパートの壁紙など、何十年も張り替えていなくて当然だろう。いや、そんなことはどうでもいい。
アメリカのサブプライムローンバブルが崩壊し、リーマンショックの余波が日本に押し寄せた翌年、俺の務めていた会社は倒産した。それまでは、高給取りとは言えないまでも、そこそこの暮らしができる程度の所得はあった。正社員だったし、それなりに仕事に打ち込み、社内の評価も高く、役職にも付けた。夢のある仕事じゃなかったが満足はしていた。だが会社が倒産して失業してからは、まるで世界が変わってしまった。今じゃコンビニの店員でなんとか生きながらえているありさまだ。
俺は腹が立っていた。なぜこんなことになってしまったのか? インターネット上には「貧困は自己責任だ」と書き込む連中が大勢いて、貧しい人を叩いている。本人の努力が足りない、スキルを磨け、働けるだけありがたいと思えと説教する。驚くべきことに、叩いている連中が裕福な立場というわけではなく、実は俺と同じような底辺の存在なのだ。そんな底辺の連中が、自分たちより貧しい人々を叩いて自己満足に浸っている。荒んだ社会になったものだ。
だが、連中が言うように自己責任がすべてなのだろうか? 少なくともバブル崩壊は自己責任じゃないし、それがなければ大勢の人たちが生活に苦しむこともなかったではないか。結局は個人がこつこつと努力したところで、そんな真面目な人々が想像もつかないところで起きる、もっと巨大な汚い出来事によって、すべての儚い努力は押しつぶされてしまうのだ。
会社が潰れたのはなぜなのか、リーマンショックとは何なのか。会社が倒産して以来、俺はネットを使って経済について調べまくった。そして、今までの自分が経済について何も知らなかったことに、痛いほど気付かされた。それだけではない。ほとんどの国民も自分と同じ知識レベルであり、経済について何も知らないまま生きていることを知った。日々の生活、日々の労働に忙殺され、経済について考える暇など無いのが正直なところだろう。だがそのために、どれだけの人々の、こつこつ積み重ねた努力が無駄になり、あるいはそうした努力の成果が一部の人間にすべて吸い取られてしまっていることだろうか。
だが、何年も経済について考え続けてきた俺には、経済の本質についていくらか理解できたという自信が生まれていた。そしてその知識を元に、いろいろな政党のマニフェストを調べては政策の是非を評価し、投票所に足を運んでは選挙のたびに世の中が変わることを期待した。
それだけでは飽き足らず自らネットにサイトを立ち上げ、SNSで経済政策に関する情報を発信したりもした。だが政治は何も変わらなかった。政治だけでなく、世論も変わらなかった。新聞には今日も「日本は借金まみれでダメになる」「社会保障を削減しないと財政が破綻する」といった記事が溢れ、国の借金を増やさないためと称して、マスコミ総出で世の中を増税に追い込んでゆく。増税。その先にあるのは日本経済の死である。
ゲームの世界ではいくらでも国家を豊かにできる。その方法もわかっている。だが現実の世界はまったく逆の方向に向かっている。国も国民もどんどん貧しくなるばかりだ。だが俺の力では何もできない、分かっていても何も変えることができないのだ。行き場のない絶望感が、生きることの虚しさを一層?き立てる。俺にせいぜいできる事は、皆が盲目的に信じている「努力」というやつで、徐々に少なくなってゆく椅子取りゲームの椅子にしがみつくために、あがいてみるだけなのだ。椅子を増やすという考えはないのだろうか。いつもそんなことを考えて堂々巡りしてしまう。
もう疲れたので寝ることにした。また明日も同じことの繰り返しなのか。幸いなことに俺は不眠症にまるで縁がなく、ベットに入るといつも速攻で眠りに落ちるのだ。せめて夢だけでも良い夢をみたいと思った・・・。
・・・・・・。
俺は満を持して全部隊に指示を出した。目の前には黒々とそびえる巨大な城。火炎魔道士が火炎弾を次々に放つと、オレンジ色に輝く無数の火炎弾が尾を引いて飛び、黒い城壁に着弾して続けざまに爆発が巻き起こる。爆炎にさらされた城壁が徐々に真っ赤に加熱されると、やがて溶けるように崩れてゆく。
俺は魔界の帝王ザイームを、奴の最後の砦である暗黒要塞に追い詰めた。そしてついに最後の決戦の火ぶたが切られたのである。自らの過ちを認めることのない帝王によって、これまでどれほど多くの人々が死に追いやられたことか。奴は自らが正義であると主張し、抵抗する勢力を容赦なく葬ってきた。その悪行もこれで終わりだ。
その時、怒り狂った帝王ザイームの声が荒野に響き渡った。
「おのれ無知な民衆どもめ、我が信念の炎を浴びて滅びるがよい」
来るぞ。俺たちは身構えた。ザイームの最終魔法<プライマリーバランスの呪い>である。<プライマリーバランスの呪い>は超強力な洗脳魔法である。これを浴びた者は思考能力が麻痺させられて戦意を喪失してしまうのだ。ザイームによって<プライマリーバランスの呪い>を打ち込まれた多くの国は国民の活力が失われ、国家の経済が崩壊し、成すすべもなく次々にザイームの支配下に置かれていった。我が国も崩壊寸前にまで追い詰められた。だが、狂気の洗脳魔法をブロックする防御魔法の開発に成功することで我が国の経済は復活し、新たな魔法技術を開発し、戦力を整えて反撃を開始したのだ。
「<プライマリーバランスの呪い>発射!」
帝王ザイームの絶叫と共に暗黒要塞の頂点から、見るもおぞましいドロドロと波打つ赤い雲が放出され、我々の頭上に広がった。だが洗脳をブロックする魔法を用いる我々には通用しない。そうこうする間に、我が軍の激しい火炎攻撃によって暗黒要塞の左翼城壁は轟音と共に崩れ去った。
よし、一気に押し切ってやる。
「重装歩兵は城内に突入せよ、装甲巨人兵も続け」
ザイーム配下の御用翼竜兵が反撃に押し寄せるも、火炎魔道士の火炎弾によって次々に撃墜されてゆく。重装歩兵の大軍が帝王の玉座の間へとなだれ込む。装甲巨人兵も城の壁面を破壊して広間に突入した。燃え立つ黒い炎のようにも見える邪悪な玉座の前で、帝王ザイームが仁王立ちになっていた。
「おのれ愚かな大衆どもめ、我こそが正義、誰が何と言おうが私が正しいのだあああ」
絶叫する帝王。俺は全軍に向けて最後の命令を下した。
「ザイームを倒せ」
帝王めがけて無数の火炎弾が絶えることなく次々に撃ち込まれる。帝王の体は無数の爆裂に包まれ、目も眩むばかりの閃光がほとばしる。断末魔の悲鳴と共に帝王ザイームの体は消し飛んだ。ついに勝ったのだ。
画面にエンディングロールが流れる。ゲームクリア。そう、これはストラテジー・ロールプレイングゲーム。自分が国家の指導者となり、様々な内政を駆使して自国の国力を成長させ、敵対する悪の帝国を打倒するゲームである。俺はスコアを確認した。国民の幸福度が九十五パーセント。国民の幸福度を高く維持しながらザイームの帝国を完膚なきまで叩き潰すのは、高い難易度が要求される上級テクニックだ。俺の心は達成感に包まれた。
ゲームのエンディングが終わると、俺の意識はゴミだらけの薄汚い部屋に戻った。ここは築五十年になる木造のぼろアパートである。部屋の広さは六畳間。部屋には中古で買った大きなスチールの机があり、二十四インチのディスプレイとゲームPCが置かれている。キーボードの横には、すっかり冷めてしまった食いかけのコンビニ弁当とコーヒー缶が三つ。
ゲームの興奮から冷めると俺は気が抜けたように脱力し、大きなため息をつくと椅子の背もたれに大きく寄りかかった。古い椅子はぎしぎしと耳障りな音を立てる。ヘッドフォンを外して机の上にゆっくりと置いた。
ふと壁に目を向ける。薄汚れて黄土色に変色した壁紙には、何かが貼られていた跡がくっきり残っている。前の住人は相当なヘビースモーカーだったのだろうか、いや、前の前の住人かもしれない。ほとんど見捨てられたようなぼろアパートの壁紙など、何十年も張り替えていなくて当然だろう。いや、そんなことはどうでもいい。
アメリカのサブプライムローンバブルが崩壊し、リーマンショックの余波が日本に押し寄せた翌年、俺の務めていた会社は倒産した。それまでは、高給取りとは言えないまでも、そこそこの暮らしができる程度の所得はあった。正社員だったし、それなりに仕事に打ち込み、社内の評価も高く、役職にも付けた。夢のある仕事じゃなかったが満足はしていた。だが会社が倒産して失業してからは、まるで世界が変わってしまった。今じゃコンビニの店員でなんとか生きながらえているありさまだ。
俺は腹が立っていた。なぜこんなことになってしまったのか? インターネット上には「貧困は自己責任だ」と書き込む連中が大勢いて、貧しい人を叩いている。本人の努力が足りない、スキルを磨け、働けるだけありがたいと思えと説教する。驚くべきことに、叩いている連中が裕福な立場というわけではなく、実は俺と同じような底辺の存在なのだ。そんな底辺の連中が、自分たちより貧しい人々を叩いて自己満足に浸っている。荒んだ社会になったものだ。
だが、連中が言うように自己責任がすべてなのだろうか? 少なくともバブル崩壊は自己責任じゃないし、それがなければ大勢の人たちが生活に苦しむこともなかったではないか。結局は個人がこつこつと努力したところで、そんな真面目な人々が想像もつかないところで起きる、もっと巨大な汚い出来事によって、すべての儚い努力は押しつぶされてしまうのだ。
会社が潰れたのはなぜなのか、リーマンショックとは何なのか。会社が倒産して以来、俺はネットを使って経済について調べまくった。そして、今までの自分が経済について何も知らなかったことに、痛いほど気付かされた。それだけではない。ほとんどの国民も自分と同じ知識レベルであり、経済について何も知らないまま生きていることを知った。日々の生活、日々の労働に忙殺され、経済について考える暇など無いのが正直なところだろう。だがそのために、どれだけの人々の、こつこつ積み重ねた努力が無駄になり、あるいはそうした努力の成果が一部の人間にすべて吸い取られてしまっていることだろうか。
だが、何年も経済について考え続けてきた俺には、経済の本質についていくらか理解できたという自信が生まれていた。そしてその知識を元に、いろいろな政党のマニフェストを調べては政策の是非を評価し、投票所に足を運んでは選挙のたびに世の中が変わることを期待した。
それだけでは飽き足らず自らネットにサイトを立ち上げ、SNSで経済政策に関する情報を発信したりもした。だが政治は何も変わらなかった。政治だけでなく、世論も変わらなかった。新聞には今日も「日本は借金まみれでダメになる」「社会保障を削減しないと財政が破綻する」といった記事が溢れ、国の借金を増やさないためと称して、マスコミ総出で世の中を増税に追い込んでゆく。増税。その先にあるのは日本経済の死である。
ゲームの世界ではいくらでも国家を豊かにできる。その方法もわかっている。だが現実の世界はまったく逆の方向に向かっている。国も国民もどんどん貧しくなるばかりだ。だが俺の力では何もできない、分かっていても何も変えることができないのだ。行き場のない絶望感が、生きることの虚しさを一層?き立てる。俺にせいぜいできる事は、皆が盲目的に信じている「努力」というやつで、徐々に少なくなってゆく椅子取りゲームの椅子にしがみつくために、あがいてみるだけなのだ。椅子を増やすという考えはないのだろうか。いつもそんなことを考えて堂々巡りしてしまう。
もう疲れたので寝ることにした。また明日も同じことの繰り返しなのか。幸いなことに俺は不眠症にまるで縁がなく、ベットに入るといつも速攻で眠りに落ちるのだ。せめて夢だけでも良い夢をみたいと思った・・・。
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