アルカナ国の一行が城を離れたあと、謁見の間にはハロルド国王とマルコム皇太子が残っていた。皇太子は不満だった。苛立ちを隠そうともせず、ハロルドにぶちまけた。
「父上、なぜあそこまで隣国を信用するのですか?」
ハロルド国王は、また始まったかという表情でため息をついて言った。
「お前も知っておろう。我々にはシャビ帝国という強大な敵がいる。あのような強国に一国で立ち向かうことはできぬ。我々のような小国は団結せねばならんのじゃ」
皇太子は興奮して語気を強めた。
「父上は団結だの友情だのと言うが、考えが甘すぎる。そんな約束はどうなるかわからないじゃないか。そんなものに頼るのではなく、我が国がこのメグマール地方を統一し、シャビ帝国に対抗する強大な国家になるべきだ。我が国にはその力がある」
「それも確かに一つの方法だろう。だが世界はそんな単純なものではない。状況は常に変化する。自然環境一つとっても雨の多い年が続くときもあれば、干ばつの続くときもある。疫病が流行することもある。氾濫が起きるかも知れんし、火山が噴火することもある。環境が変われば、それまで強かった国が弱くなり、弱い国が強くなることもある。なぜなら、それぞれの国には他国にはないそれぞれの強みがあるからだ。
多くの国が協力し合えば、仮に一つの国が弱っても別のところが強くなり、互いに支えあうことができる。もしすべての国が統一されて一つの国になってしまえば、誰もカバーしてくれない。弱体化すれば、おしまいなのじゃ」
「しかし父上、環境の変化に応じて常に正しい選択をするならば、我が国が弱体化することはございません。むしろ帝国のようにすべての権力を集中し、正しい選択を国家の隅々にまで徹底する方が、遥かに強大な力を発揮できます」
「もちろん常に完全に正しい判断で国を運営することができれば、お前の言う通りかもしれん。しかし誰であろうと完全に間違いない政治を行うことはできん、間違えて失敗する時が必ずある。もし一つの統一国家であれば、その失敗の影響はその国家全体に広がり、その地域全体が弱体化することになるのだ」
「・・・わかりました父上。今回は父上のご判断に従います」
マルコム皇太子は、どこか軽蔑したような表情を浮かべて、足早に謁見の間を後にした。
―――
城を出たマルコムが向かった先は、エニマ軍の施設だった。強固な石造りの建物の壁にはエニマ国の国旗と共に、赤地に獅子の姿をあしらった旗が下げられている。マルコムは石の階段を足早に上ると、両側に衛兵の立つ立派な扉を開け、部屋に入った。
部屋にはエニマ国の大将軍ジーン・ローガンが待っていた。
「マルコム殿下、アルカナの国王との会見はいかがでしたか」
「ああ。腰抜けの父は、アルカナ王国の河川工事計画を承諾した。あんな剣もろくに使えない軟弱なアルフレッド国王の要望など、突っぱねれば良いものを」
「まったく殿下の仰せの通りにございます。エニマ川の上流を押さえられてしまえば、アルカナの軍門に下るようなもの。今のエニマ国は昔のエニマ国とは違います。我が軍の兵力はアルカナ軍を遥かに上回っております。何を恐れることがありましょう」
「まったくだ。二言目には団結、団結というが、そのために相手国の顔色を見ていては、成すべきこともできないではないか。真の平和のためには、メグマール地方を統一した大帝国が必要なのだ。そして、その中心こそ、エニマ国なのだ」
「その通りでございます。街の様子をご覧になりましたか。メグマール帝国を意味する赤地に獅子の旗が、エニマ国の旗と共に多くの家々に掲げられています。今やエニマ国の国民の多くもメグマールの統一を望んでおります。エニマ国による統一は国民の願いでもあるのです」
「大将軍ジーンよ」
「はっ」
「時が来たなら、私は覚悟を決めるつもりだ。その時には頼んだぞ」
「はっ、地獄の果てまでマルコム殿下にお仕えいたします」
ーーー
俺が城に戻ると、ジェイソンが待っていた。
「これは陛下、アルカナ川の工事の件でエニマ国へ訪問されていたそうで、お疲れ様でございました。エニマ国側の反応はいかがでしたか」
「ありがとう、おかげさまで成功だった。ハロルド国王が工事を承諾してくれたことで、心置きなく工事を進めることができる」
「それは大変喜ばしいことです。そうそう、河川工事にお役立ていただきたいと思い、本日は我が領地から馬を十頭お届けに参りました。城内の厩舎に繋いでおりますので、どうぞお使いください」
「それはありがたい。資金協力の件といい、ジェイソン殿には本当に感謝申し上げます」
「いえいえ、私が王国から受けている恩義に比べれば安いものでございます。ところでエニマ国に続いてロマラン国を訪問されてはいかがですか。陛下がご即位されてからまだ一度もロマランを訪問されていないと存じますが。交通の要衝でもありますし、早めに関係を深められては」
「確かにおっしゃる通りかも知れませんね。さっそく準備させます」
「お聞き入れいただきありがとうございます。それではこれで失礼させていただきます」
ジェイソンは慇懃無礼(いんぎんぶれい)でいけ好かない男だが、いまのところとても協力的だ。本当は何を考えているのかわからないが、今は使えるものは何でも使い、一刻も早くアルカナ川を復活させなければならない。
「父上、なぜあそこまで隣国を信用するのですか?」
ハロルド国王は、また始まったかという表情でため息をついて言った。
「お前も知っておろう。我々にはシャビ帝国という強大な敵がいる。あのような強国に一国で立ち向かうことはできぬ。我々のような小国は団結せねばならんのじゃ」
皇太子は興奮して語気を強めた。
「父上は団結だの友情だのと言うが、考えが甘すぎる。そんな約束はどうなるかわからないじゃないか。そんなものに頼るのではなく、我が国がこのメグマール地方を統一し、シャビ帝国に対抗する強大な国家になるべきだ。我が国にはその力がある」
「それも確かに一つの方法だろう。だが世界はそんな単純なものではない。状況は常に変化する。自然環境一つとっても雨の多い年が続くときもあれば、干ばつの続くときもある。疫病が流行することもある。氾濫が起きるかも知れんし、火山が噴火することもある。環境が変われば、それまで強かった国が弱くなり、弱い国が強くなることもある。なぜなら、それぞれの国には他国にはないそれぞれの強みがあるからだ。
多くの国が協力し合えば、仮に一つの国が弱っても別のところが強くなり、互いに支えあうことができる。もしすべての国が統一されて一つの国になってしまえば、誰もカバーしてくれない。弱体化すれば、おしまいなのじゃ」
「しかし父上、環境の変化に応じて常に正しい選択をするならば、我が国が弱体化することはございません。むしろ帝国のようにすべての権力を集中し、正しい選択を国家の隅々にまで徹底する方が、遥かに強大な力を発揮できます」
「もちろん常に完全に正しい判断で国を運営することができれば、お前の言う通りかもしれん。しかし誰であろうと完全に間違いない政治を行うことはできん、間違えて失敗する時が必ずある。もし一つの統一国家であれば、その失敗の影響はその国家全体に広がり、その地域全体が弱体化することになるのだ」
「・・・わかりました父上。今回は父上のご判断に従います」
マルコム皇太子は、どこか軽蔑したような表情を浮かべて、足早に謁見の間を後にした。
―――
城を出たマルコムが向かった先は、エニマ軍の施設だった。強固な石造りの建物の壁にはエニマ国の国旗と共に、赤地に獅子の姿をあしらった旗が下げられている。マルコムは石の階段を足早に上ると、両側に衛兵の立つ立派な扉を開け、部屋に入った。
部屋にはエニマ国の大将軍ジーン・ローガンが待っていた。
「マルコム殿下、アルカナの国王との会見はいかがでしたか」
「ああ。腰抜けの父は、アルカナ王国の河川工事計画を承諾した。あんな剣もろくに使えない軟弱なアルフレッド国王の要望など、突っぱねれば良いものを」
「まったく殿下の仰せの通りにございます。エニマ川の上流を押さえられてしまえば、アルカナの軍門に下るようなもの。今のエニマ国は昔のエニマ国とは違います。我が軍の兵力はアルカナ軍を遥かに上回っております。何を恐れることがありましょう」
「まったくだ。二言目には団結、団結というが、そのために相手国の顔色を見ていては、成すべきこともできないではないか。真の平和のためには、メグマール地方を統一した大帝国が必要なのだ。そして、その中心こそ、エニマ国なのだ」
「その通りでございます。街の様子をご覧になりましたか。メグマール帝国を意味する赤地に獅子の旗が、エニマ国の旗と共に多くの家々に掲げられています。今やエニマ国の国民の多くもメグマールの統一を望んでおります。エニマ国による統一は国民の願いでもあるのです」
「大将軍ジーンよ」
「はっ」
「時が来たなら、私は覚悟を決めるつもりだ。その時には頼んだぞ」
「はっ、地獄の果てまでマルコム殿下にお仕えいたします」
ーーー
俺が城に戻ると、ジェイソンが待っていた。
「これは陛下、アルカナ川の工事の件でエニマ国へ訪問されていたそうで、お疲れ様でございました。エニマ国側の反応はいかがでしたか」
「ありがとう、おかげさまで成功だった。ハロルド国王が工事を承諾してくれたことで、心置きなく工事を進めることができる」
「それは大変喜ばしいことです。そうそう、河川工事にお役立ていただきたいと思い、本日は我が領地から馬を十頭お届けに参りました。城内の厩舎に繋いでおりますので、どうぞお使いください」
「それはありがたい。資金協力の件といい、ジェイソン殿には本当に感謝申し上げます」
「いえいえ、私が王国から受けている恩義に比べれば安いものでございます。ところでエニマ国に続いてロマラン国を訪問されてはいかがですか。陛下がご即位されてからまだ一度もロマランを訪問されていないと存じますが。交通の要衝でもありますし、早めに関係を深められては」
「確かにおっしゃる通りかも知れませんね。さっそく準備させます」
「お聞き入れいただきありがとうございます。それではこれで失礼させていただきます」
ジェイソンは慇懃無礼(いんぎんぶれい)でいけ好かない男だが、いまのところとても協力的だ。本当は何を考えているのかわからないが、今は使えるものは何でも使い、一刻も早くアルカナ川を復活させなければならない。