「秀ちゃん……?」

 公安での出来事。偶然玲と遭遇する。
 首にはマフラー、腕には腕時計が。どちらも昨日秀也がプレゼントしたものだった。

「玲……。なんで、ここに」

 状況をうまく掴めない二人は、結局そんなことを聞くしかできることはない。お互い、公安にいるなんて考えるはずもなく、会えたということよりも何故の気持ちが強い。それに場所も場所である。
 秀也の言葉に対し玲は、

「こっちのセリフだよ。秀ちゃんこそ、……なんで」

 お互い気持ちは一緒であった。
 戸惑い――だけではない。お互いに衝撃と心苦しさといった感じであった。そんなドギマギが二人を襲い、この空間に静寂が訪れる。

 ………。
 無限のようにも感じるこの瞬間が、いつまで経っても終わらない。このまま黙り続けるわけにもいかない、そう思って口を先に開いたのは秀也だった。

「俺は、公安で働いてるんだ。隠してたってことになるけど、秘密にしなきゃいけなくて、今まで話せなかったごめん。今日は月末の活動記録を提出しに来たんだ」
「そ、そうなんだ。全然わからなかったな。……働いてるなら、お仕事の邪魔しちゃったよね。忙しいだろうから、私は行く――」
「待て、玲!」

 なぜか先を急ごうとする玲に怒鳴りつけて呼び止めた。彼女の表情に見える笑顔が、無理に作ったものだと容易にわかる。

「何しようとしてるんだよ」

 動揺は見せない。至って冷静に振舞う。ここで取り乱してしまえば、手遅れになると感じたから。

「……ん? 秀ちゃんには関係ないよ。私のことはいいから、お仕事続けて?」
「関係なくない。俺は公安の人間以前に、玲の幼馴染だ」
「………」

 秀也のその言葉を聞いて、もう誤魔化せないと悟った彼女は、途端に真剣な表情へと変える。
 しかしそれと同時に、必死に振舞おうとしていた秀也の冷静さがどんどん失われていく。だって、彼女の行動の理由がどうしても一つに絞られてしまうから。

「もう、わかってるはずでしょ? ここで働いてるなら、わざわざ聞かなくてもいいんじゃない?」
「じゃあ今すぐ引き返せ。この建物から出て、一緒に帰ろう。このまま先に進んでも、いいことなんて一つもないんだから」
「……それじゃダメなんだよ」

 こぶしを握り締め、何かに耐えながら話し続ける玲。

「ごめんね、嘘ついてた。昨日のデートは留学に行く思い出作りって言ったけど、本当はこっちの思い出作りだったんだ」
「あんなに楽しそうにしてたのに、あれも嘘だったのか? 全部、消えてもいいって思ってたってことなのか!?」
「違う!!」

 公安の入り口中に、彼女の叫び声が響き渡る。

「違う。昨日は本当に楽しかった。……一番幸せだったよ、素敵な思い出だったよ。……でも、どうしても耐えられないの」

 青ざめた表情で何かに怯えながら語る。今にも崩れてしまいそうなくらい、脆いように見えた。実際言葉は震えてしまっていた。

「いつからだ。追想転移を決意したのは、いつからだ」
「桜並木を守れないって知った日。それよりずっと前から考えたことはあったけど、全部あの日に決めたの」
「何が……玲をそこまで追い詰めた? 前から考えてたって言われても、そんな様子なかったじゃないか。ちゃんと笑えてたじゃないか!」

 そう問いかけた刹那、玲の様子が一転する。何と言えばいいだろうか、黒だ。負のオーラしか見えない。

「わからないの……? これだけ近くにいたのに、それでもわからないの!?」
「っ……」

 彼女はずっと苦しみ続けていたのだろうか。周りには迷惑をかけないように、表面上には出さず、内側に溜め込んでいたというのだろうかか。それともただ気付けなかっただけなのか。どちらにせよ、玲が抱え込んでいたことは事実。
 ということはつまり……、

「玲の、お母さんが原因……か?」
「そうだよ。どれだけ自分を殺せばいいの……? 私は、弁護士なんて望んでない。留学になんて行きたくない! ……優等生になんて、なりたくなかった!!」
「玲……」
「ずっとお母さんの奴隷だった。勝手に人生を、未来を決められてた。弁護士になるしかなくて勉強するしかなくて、その結果、皆とも打ち解けなくなって……。……なりたかったよ、先生。すごくなりたかったのに、その夢は諦めなきゃいけなかった。そうしなきゃ救われなかった。ねぇ秀ちゃん、教えてよ。私は自分を殺す以外、どうやって生きたらよかったっていうの!?」

 玲の痛々しい叫び声が、胸に刺さる。こんな彼女は見たことがなかった。感情をさらけ出し、思いのままにぶつける彼女は、最早何かに憑かれているようだった。
 こんなに壊れそうになるまで、独りで耐えていたとは。なんで、気付いてあげられなかったのだろう。もう遅いかもしれないのに、今になって後悔し始める。

 秀也はとにかく、玲を守りたかった。そのために公安に入った。だというのに、全然守れてなんていなかった。彼女が発する、大丈夫という言葉を信じ切っていた。その言葉に、絶対的な信頼を置いてしまっていた。
 村上の件以降、同じ学校の生徒は必ず守ると決意したはずなのに、一番守りたかった人を全然見ていなかった。
 頭の中に浮かぶのは、自分を責めるものばかり。

「俺が、守ればよかったんだ。もっと、玲の側に、隣にいればよかったんだ」

 それが答えであり、秀也の一番の失態。
 しかし、玲の反応は違った。

「……それじゃ、ダメなんだよ。だって、私がこうなった理由に、秀ちゃんも大きく関わってるから」
「っ……」

 それは、一体どういうことだろうか。

「もちろん、秀ちゃんが悪いわけじゃない。いつも私の心の支えだった」
「じゃあなんで――」
「私と一緒にいると、たくさん迷惑かけるから」

 そういわれて頭によぎるのは、昔の出来事。玲を無理やり連れ出したあの日の続きを。

「迷惑なんて考えなくていい。昔のことを気にしてるなら尚更だ。俺は迷惑だなんて一回も思ってない! 確かに玲のお母さんから嫌味は言われたよ。俺の母さんまで巻き添えにしたよ。でもそれがなんだ、玲を救うためには必要なことだろ!」
「私が耐えられないの! またあんなことが起こるかもって思うと、耐えられないの……。どうしても秀ちゃんにだけは、迷惑かけたくないから。私の願いは一つ、秀ちゃんに幸せでいてほしいだけ。そんな小さな願いも叶わないの……?」

 二人の息が荒れていき、肩で呼吸をするようになる。浅い呼吸でずっと攻防を続けている。
 少しだけ息を整え、秀也は告げる。

「だから、気にしないって言ってるだろ。今までのどんなことも迷惑だと感じたことはない! 俺の幸せを願うなら、玲なしで達成することは絶対にない! 本当に願うなら、俺のためを思うなら、こんなこと考えないでくれ!」
「……私がいなくても、どうせ大丈夫だよ。だって、私たちどれくらいの間話さなかったか、わかる? その間も秀ちゃんは生きていけたじゃん」

 お互い、どんどん冷静さが欠けていく。配慮も忘れていき、言葉の殴り合いになっていく。

「……そんなわけない。そもそも俺は、玲を追想転移させたくなかったんだ。だから公安に入ったんだよ。玲が諦めてくれないと、俺の夢が叶わないんだよ。居場所なら俺が作る。だから――」
「じゃあそれは、叶わなくなっちゃったね」

 急に冷静になった彼女の姿を見て、途端に焦りが増す。だって、今の瞬間に、覚悟が決まったように見えてしまったから。
 玲は、秀也の背後にある転移室へと歩き出した。流石の秀也も、このまま黙って見ている訳がない。進もうとする玲の腕を掴み、物理的にその足を止めた。

「玲、お願いだもう一度考えてくれ! 俺は玲と一緒にいたいだけ、隣にいてほしいだけなんだよ」

 心からの願いを送る。これが最後な気がして、秀也の一番の本心を告げる。

「玲がいないと、俺は生きていける気がしない。幸せになんてなれない。それほど、もう大切になっちゃったんだよ」

 その言葉を聞くと、彼女は少しだけ笑みを見せて言った。

「じゃあ、この後の私をよろしくね」
「っ……、玲――」

 言いたいことが、まだたくさんある。伝えたいことが、伝えられていない。でもそれは、近くにいた警備員によって止められてしまう。
 追想転移は国民の権利。それを止める行為は、権利の侵害につながる。
 追想転移の利用者には、必ず警備員を同伴させる必要があり、警備員は利用者の身に何かがあった時に対応する。まさに、今この瞬間のように。
 普段公安で働いているときは、警備員なんて意識したことがなかったというのに、今ではこんなに邪魔に感じる。

 警備員の腕の中で精一杯暴れ、もがき、その拘束から抜け出そうとする。けれど、身動き一つとることすら適わない。
 もう、玲の行動を妨げるものは何もない。あとはただ進むだけ。

「玲!」

 必死に名前を叫ぶ。声だけでも届けられるのならば、そしてこの声が届くのならば。それだけが頼りだった。
 本当にもう、出来ることはないのか。このままただ黙って見続けることしかできないまま、時間だけが過ぎていってしまうのか。

 すると、遠くに見える玲が立ち止まり、秀也の方へ振り向いた。
 左目から一筋の涙が零れ、唇には力が入っていた。

「秀ちゃん」

 その後、最大限の笑顔を作って、

「大好きだよ」
「っ……!」

 最後にそう言った。
 そして彼女は、秀也の見えないところまで歩き、転移室へと消えていった。



 ごめんね、秀ちゃん。
 どうしてもダメだったの。私はもう、私が必要ないって思っちゃった。それに、これ以上苦しみに耐えたくない。
 一緒に過ごす日々は楽しかったけど、その時間が増えていくたびに秀ちゃんは、お母さんからまた嫌味を言われちゃうから。私のせいで傷つけてしまうことが一番嫌だから。……でも、本当に楽しかった。毎日が綺麗に色付いて、どれも私の宝物だった。だから思い出も全部、持っていかせてください。
 でも、でもね。たまに私を思い出してくれると嬉しいな。そうしてくれたら、私がやってきたことも報われるし、悪くない人生だったなって、思えるから。
 私はずっと、秀ちゃんの幸せを祈っています。記憶がなくなっても、それだけは絶対に変わらない。
 だから、笑顔でいてください。私の大好きな、秀ちゃんのままで。
 ありがとう、秀ちゃん。



 さっきまで建物中に響いていた二人の大きな声はなくなり、今では外の雨の音が聞こえるくらい、静かになっていた。
 玲がいなくなるとすぐに、警備員は秀也を解放した。その瞬間、膝から崩れ落ち、地に両手がつく。立っている気力なんてどこにもなかった。

 思考・判断能力は消え失せ、頭は空っぽになる。
 しばらく経った後に頭の中に流れてきたのは、今まで玲と過ごしてきた日々。それらが走馬灯のように駆け巡る。だから余計に、もう玲は戻ってこないのだと、帰ってくることはないのだと実感する。
 ずっと思い出の中に浸っていたいけれど、その思い出も共有する人がいないのだと、現実に戻される。

 なにも、できなかった。玲のために、力になっていると思い込んでいた。追想転移させないために、苦しませないために公安に入ったというのに、結果がこれではないか。
 お前はずっと、何をしてきた。五年間何もせず、きっかけができた時だけそれに乗っかっただけだ。ただ少しの手助けをしただけで、根本の解決なんてしなかった。
 彼女が求めていたことは、ずっとできていなかったんだ。

「ふっ、はは……」

 笑えてくる。
 誰が救うって? 結局、ただ救えていた気になっていただけじゃないか。自分がどれだけ無力だったのか、今知ることになるとは。

 もう、何もない。守るものも、目標も、生きる意味もない。人生さえどうでもよくなってくる。いっそ、秀也も追想転移してしまおうか。

「………。ダメだ」

 頭から、玲の笑顔が離れない。消えてくれない。どうしても、彼女を忘れたくないと心が叫んでいる。ただ絶望するだけじゃだめだと、この気持ちに慣れるなと訴えかけてくる。
 このまま、また何もできない訳にはいかない。体に気力が戻るのを感じると、すぐに立ち上がった。
 まだやることがある。これだけは、秀也が責務を果たさなければならない。

 窓口に事情を話し、玲の対応の担当をすることにしてもらった。他の誰にも、これだけは譲りたくない。
 自分の中の恐怖を押し殺し、覚悟を決めて転移室の扉を開く。
 追想転移が完了するには、およそ一時間ほどかかる。その長い間ずっと、玲が入っているであろうカプセルの前でただ待ち続けた。
 どれほど記憶を失っているだろうか。どれくらい性格が変わってしまっているだろうか。どうやったら、彼女をもう一度笑顔にできるだろうか。考えることはたくさんあった。そんなことを考えているうちに、一時間なんて時間はあっという間に過ぎ去っていった。

 目の前のカプセルが開きだす。その中にいる彼女の姿を、目に留める。

「っ……」

 そこで秀也が見た彼女は、

「……? 誰? お兄さん」

 どこか心配そうに見上げる、幼い子どもの姿だった。
 思わず、首を横に振る。だってこれは、昔の玲の姿だ。初めて会った時と変わらないくらい、ずっと前の玲ではないか。
 年齢が変わってしまうイレギュラー。以前、村上で体験した、時間軸が違う並行世界の自分と入れ替わってしまうイレギュラーが、彼女の身にも起こってしまったのだ。

 今は悲しんでいる場合じゃない。まだ、始まったばかりだ。仕事としての対応をしなければと自分に言い聞かせる。

「俺は水上秀也。れ――君、の名前、言えるかな? できれば、何歳かも教えてほしい」
「……高峰玲。九歳だよ」
「……!」

 玲の誕生日と年齢を照らし合わせる。すると、今ここにいる玲は小学三年生なのだとわかる。つまり、初めて秀也と会う前の玲なんだ。
 ……あんまりじゃないか。

 記憶がなくなっているとはいえ、秀也と未だに出会っていない頃の玲だと思うと、途端に悲しみが込みあがってくる。本当に、秀也と過ごした日々は全部なくなってしまったのだと思い知らされる。
 気が付くと目の前の彼女に抱きついていた。悲しんでいる暇はないと思っていたはずなのに、逃げていた感情に追いつかれてしまった。涙を流さずにはいられなかった。

 抱きしめたその身体はとても華奢で、高校生の秀也が力を入れてしまえば、砕けてしまうのではないかと思える。それほどに小さくて幼い。……さっきまでの玲と違う部分がありすぎる。ここにいる玲はさっきまで話していた彼女ではないのだと、頭が追いつく。

 どこかで信じたくない自分がいた。玲が追想転移して、記憶を失い、そして年齢さえも変わる。それが何かの間違いなのではないかと、心が勝手にその事実から目を背けていた。
 でも、こうして触れることで、それが現実なのだと目が覚める。今現在の事態へと強制的に戻される。

 彼女に限って、年齢まで変わってしまうなんて思いつきもしなかった。文字通り最悪の状況と言っても過言ではない。
 服装も何もかも変化しているため、追想転移する前に身に着けていたマフラーと腕時計――それらもなくなっている。本当に思い出ごと持っていったということだ。

 彼女がいたという証拠は、秀也が持っているブレスレットだけになってしまった。もしかしたら、桜並木もそういう理由で守りたかったのだろうか。自分の存在を示すために。今となってはその答えを聞くことも出来ないけれど。

 彼女の境遇を考えれば考えるほど、涙が溢れてくる。果たして、彼女に少しでも幸せな瞬間はあったのだろうか。報われることはあったのだろうか。記憶を失う前にそれがあったとしても、こうして最後には何も残っていない。そんなことばかり頭によぎる。

「どうしたの? お兄さん」

 ずっと目の前にいる幼い玲を抱きしめたまま、泣いてしまっていた。だから戸惑ったように聞いてきたのだ。この幼い玲からしたら、不審に思っても仕方がない。記憶がない玲にとって秀也は、初めて会った他人なのだから。

 しかし顔を上げてみると、彼女の表情は秀也を訝しむものではなかった。むしろ心配しているように見え、どこまで優しい人なのだと、温かすぎる人だと思い知らされた。
 年齢や記憶が変化しても、それでも変わらない玲らしさに触れることで、先ほどの決意を思い出す。

「ごめん、なんでもないよ」

 涙を拭いて、安心してもらえるように笑顔を見せる。

「いきなりで悪いんだけどさ、まず俺に付いてきてくれないかな。今の君には記憶がないんだ。……難しくてわからないと思うけどさ、それはゆっくり分かっていけばいいから。だから、今は俺を信じてくれないかな」
「うん」

 そう言ってくれた玲の手を繋いで、共に公安を出る。
 外はまだ大雨で、遠くを見ても青空一つ見えない。空から一切光が差し込まないこの現状が、二人のこれからを指しているようだった。


 いつも通りの帰路のはずなのに、隣に連れている幼い玲が理由で、落ち着くことがなかった。
 帰る途中に色々なことを考えた。主にこれからのこと。まずは、玲の母――高峰(のぞみ)さんに事情を伝えなければならない。
 昔、玲を連れ出した時に一度だけ対面した。あの時は、ただ怒りが飛び交ってきただけ。まともな会話なんてしたこともなく、秀也の印象は、玲を苦しめた張本人という認識、ただそれだけだった。今回もあの時の二の舞になることは、すでにわかりきっている。

 隣にいる玲は、常にそわそわしている様子だった。当然のことだが、初対面の人と見知らぬ土地を歩いている状況で、落ち着いている方が不思議だ。
 それでも、文句も弱音だって一つも零さなかった。今日はバイクを使わずに、雨の中をずっと歩いている。いつもより移動に時間がかかっているというのに、彼女は黙って手を繋いで付いてきてくれている。それがなんとも、玲らしいところだった。

 秀也は責任として、これからも玲と関わっていこうとは思っている。ただ、心を許してくれるかどうかに対して不安を抱いていた。本当に笑顔にさせることができるのか、そしてその適任は本当に自分なのか。悩みが一つずつ増えていく。

 二人の家の前に着く。玲の母、望さんは働いているため、家にいるかはわからなかったけれど、とりあえずインターホンを押すことにした。幸いなことに、応答があった。

『はい。どちら様ですか?』
「お久しぶりです。隣に住んでいる、水上秀也です」
『……何の用ですか』

 名乗っただけで、この反応。やはり相当嫌われているようだった。会話すら困難に感じるけれど、それでもここは頑張りが必要なところだ。

「大切なお話があります。状況は……こちらに来てもらうと分かると思います」

 そう言うと、インターホンからぷつんと音声の切れた音が聞こえた。こちらに向かってきているようだった。
 これから、幼い玲に自分の母親を見せることになる。こんなにも厳しい母親だ、拒絶反応を示さなければいいのだが。

 今接している限り、幼い玲は少しだけ性格が違っていると感じる。追想転移する前に比べて、表情の明るさが増している。天真爛漫さをより大きく感じ、活力も多少見られる。
 そんな彼女に、この母親を見せるのはかなりのショックとなるかもしれない。玲の追想転移の原因は、心的外傷が基本であるため、再び心に傷を負ってしまうのは良くない。それが一番の不安である。

 そんなことを考えている間に、望さんは出てきた。

「一体何の用ですか。玲なら今は――」

 迷惑そうに歪めていた表情が、すぐに変わる。秀也の隣にいる存在に気付いたようだ。
 腐っても母親。突然幼くなったところで、識別は容易だろう。

「な、どういうこと……? その子は、……玲? 何があったっていうの!?」
「順を追って説明します。だから、少しだけ時間をください」

 大雨のため、玄関に入れてもらえることになった。そこで詳細を話し始める。秀也が公安に勤めていること、玲が追想転移してしまったこと、そのイレギュラーで年齢まで変わってしまったこと。
 追想転移に至った理由は、今は敢えて隠した。

「なんでこんなことに……。やっぱり、またあなたが誑かしたんじゃないの?」

 望さんからの敵意が、既に秀也に向けられている。けれど、こうなることは予想できていた。こんな程度じゃ怖気づいたりはしない。

「いいえ。俺は玲を助けてあげることはできませんでしたけど、迷惑でなかったことだけは断言できます」
「そんなの、あなたの主観での話でしょ? 結果、玲に毒となるなら迷惑と変わらないじゃない」
「……そう言うと思ってたよ」

 この人は、自分が元凶だなんて思ったこともない。そもそも自分が正しいと思い込んでいる以上、疑惑は全て他人へと向けられる。そんな人に言葉をぶつけるのは、少々難しい。

「高峰玲さん。はっきりと申しますが、俺は玲をあなたのところへ帰すことに、かなりの抵抗があります」
「……は? 何を言ってるの、子どもを親の元に返すことは当たり前でしょ。ましてやこんな状況で」
「そもそも、あなたは玲を子どもとして見たこと――いや、一人の人間として見たことがあるんですか。俺はそこすら疑ってるんだけど」

 頭に血が上ってきて、最初は意識していた敬語も気付けば外れていた。

「あるに決まってるじゃない。急に何を言い出すかと思ったら……、他所の親に対してなんなのその態度は? 今の発言は流石に失礼でなくて?」
「じゃあなんであんなに、玲は苦しんでたんだよ。やりたくないことをずっとやらされて、なりたくもない夢を目指すことになって、挙句の果てに留学まで行く。決めたの全部あんただろ」

 敬語どころか、普段の口調の悪さの制御すらままならない。秀也の心に宿っている、静かに燃えた黒い炎のような怒りが、爆発していた。
 先ほどは腐っても親だと思っていたが、今は人間かどうかすらも疑う。こんなにも相手を尊重する心がない人に出会ったのは初めてだ。こんな人に玲を預けてはダメだと再度思う。

「苦しんでた? 私は進むべき道を教えてあげただけ。あなたが勝手に私を悪者に仕立て上げてるだけじゃない」
「だったら、玲はこんなことになってない。玲は確かに言ってた、どれだけ自分を殺せばいいか分からないって。夢も諦めなきゃいけなかったって。そうやって子どもを縛り付けるのが親なのかよ」
「私がいつ間違ったことをしたっていうの? 私は玲のためにいつも――」
「……ふざけんな!!」

 あまりの声量と勢いに、隣にいる玲がびくんと体を震わせる。
 自分でも感情を抑えられなかった。だって、信じられない言葉が望さんの口から聞こえてきたから。

「玲のため? ふざけるのもいい加減にしろよ。勉強以外させずに常に孤立させ、勝手に人生を決める人が親を騙ってんじゃねぇよ。外の世界も、心から笑うこともできてなかったんだぞ? 追想転移した理由、お前以外あり得ないだろ」
「他人の家庭に口突っ込むんじゃないわよ! 子どもの分際で大人に楯突こうだなんて、生意気にも程があるでしょ!」

 もう、止まらなかった。

「こんな大人に従うくらいなら、死んだ方がマシだ。玲だってそう思ったから、今こうなってるんだろ。それに、子どもの運命を決めるのは大人じゃない。どう生きるかを決めるのは、俺たちだ!」
「っ……。言わせてみたら随分なこと言うじゃない……。でも私に従っていれば、社会に出た後も安定した生活が手に入るんじゃないの? そこまで頭が回らなかったのかしら」
「その過程をないがしろにしていい理由なんてない。玲は、あんたの地位と名誉を守るための道具じゃない。……お前に、玲の親を名乗る資格はない!」

 言いたいことを吐き出して、息切れが生じる。呼吸を忘れるくらい、頭に血が上っていたようだ。

「……だから、玲をあなたの下に返すことはできない。責任をもって、うちで預からせていただく」

 二度も苦しめたくなかった。二回目の人生だからといって、環境の変化が起きなければ結局同じ道を辿るだけ。
 それに、話していて分かる、会話でどうにかなる人ではないということを。望さんと対面するまでは、どうにか改心してもらおうとしていた。もちろん説得によって。
 しかし、この短い会話の中で話など無駄でしかないと察する。望さんの中にある、自分が正しいという絶対的に覆らない柱がある限り、改心なんてありえないのだから。

 怒りなどとうに越え、軽蔑、見下しが生まれてきた。もはや笑えてくるくらい。

「……何を言っているの? 玲は私の子よ? 玲を育てるのは、私がやるのよ!」

 恐らくこの人は、恐怖政治を敷いて再び玲を殺すだろう。望さんは自分の地位を上げるために、玲を弁護士にさせようとした。留学させたのは、法曹キャリアとしてのメリットがあるから。
 玲を孤立させたのも、能力の低い人間と関わらせたくないから。一体、どんな性根ならこんな考えが生まれてくるのだろう。

「あなたの下に帰して、玲が幸せになる未来はない。これ以上、不幸になんてさせたくない。俺は、玲を幸せにしたい!」

 それだけ言って、逃げるように玲を抱きかかえて高峰家を出る。事実上、秀也がやっていることはただの誘拐。でも、それでもよかった。彼女が苦しまない未来を選べるのなら、明るい未来を歩いて行けるのならば。

「ちょっと、何してるのよ!」

 後ろから怒鳴り声が聞こえてくる。このまま自分の家へ入ったところで、あまり意味はない。家が隣同士というのがここに来て仇となる。

 その時だった。

「!」

 ちょうど、秀也の母――水上恵美が帰宅してきたのだ。家の前で鉢合わせすることになり、お互いの顔を見て沈黙する時間が発生する。でも、ここで立ち止まっている暇はない。後ろから追いかけてきているだろうから。

「あら秀也。どうした――」
「ごめん、ちょっと任せる」

 それだけ言って、自宅に駆け込む。しばらくしてもインターホンは鳴らなかったし、扉を叩かれることもなかった。さっきの言葉だけで察してくれたのか、母が外で話してくれているのかもしれない。

 秀也とのさっきの会話は、あくまでも大人と子どもの間でのもの。それが大人同士ではどう転ぶか分からない。秀也の望む方向へ転んでくれと、あとは願うのみ。
 問題は、秀也の母が味方でいてくれるかどうか。状況把握すらできていない母が望さんと会話することで、話は秀也が悪者へと捻じ曲げられる。状況的にも誘拐したことに間違いはない。果たして、そんな状態でうまく事が運ぶのだろうか。

 考えているうちに、隣にいる玲のことを思い出す。そういえば、ずっと言い合いを見せられた後にこうして連れ去られている訳で、心境がどうなっているかさえ把握できていない。
 許可も得ないまま、一緒に住ませようとしていたことに気付き、一度ちゃんとした話をしようと決める。

「玲、ちょっと話がある」
「……どうしたの?」

 幼い玲は、秀也に対して少しだけ不審な目を向ける。

「今の玲には記憶がないって、さっきも話したと思う。だから家族も誰かわかんないと思うんだ。さっき話してたのが、玲のお母さんで、俺はなんでもないただの他人」
「………」

 事実を全て包み隠さずに言う。なるべく彼女の気持ちを大事にしたいから。

「俺はね、これから玲と一緒に暮らしたいんだ。まだ何もわからない玲と一緒にいて、同じ道を歩んでいきたい。嫌だったらいい。お母さんと一緒に暮らしたいなら、俺はそれを尊重する」

 さらっておいて何を言っているのだろう。今更玲を尊重したいだなんて、やっていることは結局、望さんと一緒なのかもしれない。自分の都合を押し付けているだけなのかもしれない。

「玲のやりたいようにしてくれていい。もし、どっちも嫌だったら、記憶がない人を一時的に預ける施設だってある。そこに行けば、優しい人が必ずいるから、安心はできる。それでもいい」

 実際、自分の家庭を受け入れられなくて施設に入る人は少なくない。追想転移した理由の大部分が家庭であれば、尚更。
 記憶がない彼女に、いきなり決めろというのは酷かもしれない。ついさっきの言い合いの中では、秀也の険しい姿しか見せられていないのだ。
 それでも秀也を選んでほしかった。たとえ玲が望んでいても、あの人の下へ行ってほしくない。

「……玲、俺を選んでくれないか? 怒ってばかりだったけどさ、絶対に笑顔で過ごせるように頑張るから。幸せにするって約束するから。だから、……どうかな?」

 つい本音を口に出してしまうほどだった。それくらい自分を選んでほしいという欲が出ている。
 幼い玲は少し下を向き、答えに迷っているようだった。でもそれほど長い間ではなく、一分も経たないうちに顔を上げた。
 そしてこう答えた。

「いいよ。お兄さんと一緒に住んでも」

 純粋な表情だった。我慢をしているわけではなく、本当に秀也を選んでくれたと伝わってくる。
 それだけで胸が熱くなった。涙が零れた。多少は無理をさせたのかもしれないけれど、それでも自分を選んでくれたことがこんなにも嬉しいとは。この涙が何故か少しだけ恥ずかしく思い、幼い玲を真正面から見られなかった。

「? どうしたの?」
「ご、ごめん。なんでもないよ」

 もう涙は我慢せずに流すことにした。


 秀也の母が家の中に入ってきたのは、約十五分後だった。二人の話の結末によっては、玲をあの人の下へ返さなければならない。玲の許可をもらっても、それが無に帰すことになる。
 自分の親に賭ける――信じるしかできなかった。

 母の声は、ただいまというものの後に続き、

「玲ちゃん、どこに寝かせるとかは決めてるの?」

 などと、なんとも生活感のある一言だった。ということは説得ができたということだろうか。

「母さん……、いいの?」
「いいも何も、秀也が決めたことでしょ。あなたが不思議がってどうするの」

 流石としか言いようがない。母はかしこまった話をせずに事を進めようとしているので、ただそれに乗ることにする。
 それに、母は玲の生活の心配しかしていないようで、先ほどまで不安がっていた秀也が馬鹿らしくさえ思えてきた。それでも、玲と一緒に住む許可、望さんへの説得までしてくれたことに変わりはない。だから、母が作ってくれたこの流れを遮ってでも伝える。

「ありがとう、母さん」
「何言ってるの。こういう時の親ってものでしょ?」

 玲には悪いことを承知で実感するけれど、こんなにも秀也は家庭というものに恵まれていたらしい。その分、今まで玲が感じられなかった温かさというものを、これから与えていきたいと思う。

 そこからは、ひたすらこれからのことを話すだけだった。考えが足らなかった部分なのだが、女の子を住まわせるのは一筋縄ではいかない。生活用品を揃えなければならないし、寝るところも問題だった。
 普通に考えれば、既に家を出た兄の海人の部屋を使うのが妥当だろう。しかし、最初のうちは誰かが一緒に寝た方がいいということになり、初めは秀也の部屋で就寝をともにすることになった。

 こういった日常のことを考えられるくらいには、秀也の心は修復されていた。これからは平和な日常を送ることに重点を置き、秀也が背負わなければいけない責任を、果たそうと思う。
 本当はもっと真面目に受け止める必要はあるのだけれど、なんだかこうも心が軽いと、重苦しく感じることも少なくなる。目の前のことに対して努力しようと思える。まずは、玲を笑顔にさせてみせる、そう決意した。


 その日の夜、追想転移する前の玲からもらったブレスレットの、パワーストーンの意味を調べた。
 色とインターネットの資料を照らし合わせて判断すると、このブレスレットは翡翠石で作られていることがわかった。翡翠に込められているのは、『人生の成功を守護する、奇跡の石』というもの。

 翡翠の意味を知って選んでくれたのかはわからない。それでも、彼女らしい優しさ、温かさを感じる。玲が遺してくれたもの、ブレスレットに込められた意味。それらを再確認することで、ただのプレゼントとして捉えることができなくなる。より大事なものとして心に残り続ける。

 たぶん、涙脆くなってしまった。ブレスレットに思いの一部を感じるだけでまた泣いてしまう。
 これからは幼い玲を見なければいけないのに、まだどこかで彼女を探している自分がいる。幼い玲の中に宿る、過去の玲を見ている。

 『大好きだよ』最後に伝えてくれた言葉。この言葉がずっと、頭の中で居座り続けている。この好きの意味はどういったものか、それに今まで応えられていたのか、今後どう受け止めたらいいのか、そんなことばかり考えてしまう。そして、秀也自身の想いも伝わっていたのだろうか。
 いつまで経っても、答えは出なかった。


 次の日。学校は終業式であったが、秀也は登校することができなかった。
 昨日、追想転移に向かう玲の腕を掴んで止めた。その行動は人権侵害であり、公安の人間のあるまじき行為として罰せられ、一週間の謹慎処分と、一ヶ月の公安への勤務停止を下された。
 この謹慎中に年も越すことになる。

 そういえば、玲の年齢が変わってしまったことで、彼女が陽ノ森高等学校に登校することは二度とない。その結果、生徒会活動に支障がきたしてしまうことに気付く。
 引継ぎという形で秀也が副会長から会長に変わることができれば良いのだが、生憎しばらくの間登校することができない。つまり、冬休み明け後も数日間は生徒会に参加できないため、会長の枠は誰かに取られてしまっても不自然ではないのだ。ここまで来たら、秀也が玲の代わりを務めたいと思っているのに。


 玲を引き取った日以来、夜は同じベッドで寝ていた。最初こそ幼い彼女は、接し慣れていない秀也と就寝を共にすることに戸惑いを隠せないでいたが、今では親子のように秀也の胸にくっついて寝ている。
 一緒に過ごしている以上、肩の力が入ったままというのは喜ばしくない。なるべく玲に負担はかけたくないのだ。けれど寝ている姿を見ると、そういった様子には見えず、いつも可愛らしい笑顔を浮かべている。だからそのような部分では安心できていた。
 玲にとって、記憶がないというのは不安材料でしかない。と言っても、記憶が戻ることのない過去を忘れているわけだが。そんな空っぽの部分を、秀也はこれからの思い出で埋めていきたい。

 だからこそ、気を許せる相手というのは貴重だったりする。追想転移する前の彼女にはなかった居場所、それを作り出し、これからの記憶をより良いものにする。そう決めたのだ。
 秀也の胸に顔を埋め、幸せそうにぐっすりと寝ている玲を見て、守りたいと思った。この笑顔をずっと、絶やさないと誓った。


 正月。
 年越しの瞬間に大きな出来事はなく、次の日の朝を迎えた。
 正月といえど、謹慎処分の最中の秀也は初詣にも行けない。ひたすら自宅で過ごしている訳だが、静かな正月も良いものだとこんな時に思う。
 秀也が起きると、隣で寝ていた玲も目を覚ました。起こしてしまっただろうか。

「おはよう、玲」
「ん……、おはよう」

 やはり眠たそうにしていて、目を擦っていた。

「年、明けたな」
「……明けたね」

 玲に対して、あけましておめでとうとという言葉が言えなかった。こんな時に意識してしまうとは、過去の玲を。
 居場所を作ることに精を出していたはずなのに、切り替えていたはずなのに。まだどこかで、幼い玲の中にいる彼女の存在を探している。面影を探している。
 正月という年一回のイベントなのに、めでたいはずのものに心が盛り上がれなかった。

 朝から家族皆でおせちを食べ、正月特番を見て団欒し、ひたすら穏やかに過ごす。
 テレビを見ている玲は、とにかく面白そうに笑っていた。こっちが微笑んでしまうくらい、純粋な笑顔だった。
 もしかしたら過去の玲は、このようにテレビを見て、誰かとその気持ちを共有することさえもできていなかったのかもしれない。そう思うと――。

 いや、やめだ。過去の彼女のことはあまり考えないようにする。今存在するのは、目の前にいる玲なのだ。過去のことを考えても引きずってしまうだけ。今の彼女を幸せにするには、思い出すことは不必要。
 ……でも、少し悲しかった。過去の玲から離れ、幼い玲を大事にすると、秀也の知っている彼女が手の届かないところに行ってしまうようで。

「玲、テレビ面白い?」
「うん。この人達面白いよ!」

 テレビに映っているのは、正月ならではのお笑い番組。小学生の趣味に合っているのかはわからないけれど、彼女が満足しているのでこれでいいだろう。

「お笑い好きなのか?」
「んー、あんまりわかんないけど、なんかね? みんなを笑わせようと頑張ってて、それで私も笑顔になってるとすごいなーって思っちゃうの」
「……そっか」

 深く考えるのはやめよう。


 お昼になる直前、秀也の携帯に着信があった。和哉からだった。
 玲が追想転移した翌日、実はその時も和哉からの連絡があった。けれど、その時は頭の整理の方でいっぱいだったため、電話に出れていなく、そのままだったのだ。

「もしもし?」
『あ、もしもし? あけましておめでとう、シュウ』
「……ああ。おめでとう、カズ」

 和哉に対しても、おめでとうの言葉を出すのに時間がかかった。

『大丈夫か?』
「なにが?」
『しばらく学校に来れないって聞いた。それに……』

 その後の言葉はなかなか続かれなかった。なんとなくその名前と事実を言うのに、躊躇ったのではないかと思った。

「ああ。まあそれなりに上手くやってるよ。まだまだ大変だけどさ」
『……だよな。家、隣って言ってたよな? 会いに行ったりしたのか?』
「まあ、うん。その辺は今度詳しく話すよ。……そのことなんだけどさ」

 それから秀也は、玲の年齢が変わってしまい、今は九歳であることを話した。それから、秀也が謹慎になった理由も。

『……シュウ、お前全然大丈夫じゃないだろ』
「いや、今はさ、今いる玲のために頑張ろうって決めたから。落ち込んでる場合じゃない……っていうか」
『シュウ、そんな強がる必要ないって。なんでそこまで責任感じてるのかは知らないけどさ、ここでシュウまで壊れたら元も子もないだろ』

 一番の友達なだけあって、心の中は悟られているようだった。心の通じ合った相手だと、嘘すら簡単につけないらしい。

「……ありがとう。でもさ、限界じゃないんだよ。救われることもたまにあるからさ、まだ頑張れる気もするんだよ。だから、俺が学校行った時に、たくさん話でも聞いてくれ」
『おう。寝るまで付き合ってやるぞ』
「そこまではいい」

 そうして通話を切る。
 なんだか久しぶりに話した気がしたけれど、秀也にも心強い味方がいるということに改めて気付かされた。
 幼い玲にとって、こんな存在が見つかればいいなと、秀也もそのうちの一人になれればいいなと、そう思った。


 年が変わったこともあって、玲のことについて真剣に家族と話すことになった。正月くらい、真面目な話を忘れてもいいと思ったけれど、両親揃って言い出すのだから、仕方ないだろう。
 ちなみに玲は、たった今お風呂に入っているため、会話が聞こえることはない。

「今まで聞いてなかったけど、玲ちゃんはどうして追想転移したの?」
「家庭でのストレスと、やりたいことが出来なかったこと。それと……俺がちゃんと見ていなかったことが原因だ」

 そんなつもりはなかったのに、つい自虐に走る。今まで罪悪感が消えることはなく、自分自身を許すことなんて簡単にできそうにない。そんな心が勝手に喋りだしたのだ。

「……そう。あまり、自分を思い詰めすぎるのもよくないから、そこは気を付けるのよ。玲ちゃんだって、秀也のせいなんて思ってないだろうし」
「……うん」

 自分でもびっくりするほどの空返事だった。
 母が続けて話す。

「それにしても、家庭のストレスは……どうしてあげるのが正解なのかしら」
「普通の日常を一緒に送ればいいと思う。玲にとっては、小さな幸せを積み重ねることが、何よりの幸せだと思うから」
「そうね」

 誰かと遊ぶことすらなかった彼女にとって、秀也たちのように過ごすことは非日常なのだろう。でも、それを当たり前にしてあげたい。本当に些細なことからだが、そのたびに笑顔になるのならばそれが一番だろう。
 また、話のついでに秀也は悩みの種を打ち明ける。

「一緒に暮らしてて思うことなんだけどさ、たまに過去の玲を思い出しちゃうんだよ、……今の玲を見て。それがどうしても治らなくて、困ってるっていうか……」
「どうして困ってるの?」
「だって、今の玲を幸せにするなら、過去の玲を引き合いに出すのは違うと思う。もちろん、一緒に楽しいことをするっていうことは、過去の玲もできなかったことだけどさ。でも、面影とか探しちゃうのはダメだろ」

 そう弱みを見せるように言った時、今まで一言も発さなかった父が、満を持して話し始めた。

「それは違うんじゃないか、秀也。過去を引きずらないのは大事だが、過去を振り返らないのは違う」
「そんなことは分かってるよ。でも、それとこれとは状況が違うだろ」
「結果、秀也が満足する未来が来ればいいけどな」

 吐き捨てるように言った父を見て、なんだか苛立ちを覚える。
 全然理解ができなかった。今の玲のためを思って、幸せにするために必要なことではないか。正直秀也だって、やりたいわけではない。忘れたいわけではない。けれど、それでも今の彼女のために行動しようと決めてしまったから、頑張っているのではないか。
 そんな文句をぶつけてやろうとした時、

「お風呂あがりましたー」

 と、玲がお風呂から戻ってくる。
 父に反論しようと思っていたのに、これからは会話を聞かれてしまうため、この時点で終了となる。三人は何もなかったかのようにいつも通りに戻った。

 もし、父のいうことが本当だとして、……本当に、玲を思い出してもいいというのだろうか。


 自分の部屋に戻るとすでに幼い玲がいた。秀也の机に向かって何かしている。

「何してるんだ?」
「んー? お絵描き」

 なんとも可愛らしい。幼いといっても、他の子よりも彼女は大人びているように見えていたから、お絵描きなどの子どもらしいことをするとは思っていなかった。女の子であるのだから、それくらいは素直にしたいのだろう。
 だからこそ、こういう場面を見ると心が穏やかになるし、玲がやりたいことを出来ているということにも繋がって、とても安心するのだ。

 全く許可は取っていなかったけれど、興味本位で彼女が描いていたものをちらりと覗く。
 すると、描いていたのは……桜の木だった。

「……さ、桜?」
「うん。今日夢見たの」
「初夢ってやつか」
「そうなのかな? あのね、あまり覚えてないんだけど、知らない男の子が夢で出てきたの。私がすごく困ってる時に、その男の子が助けてくれたの。手を引っ張ってくれたの」
「………」
「その時に見た桜がすっごく綺麗で! とてもキラキラしてたの! その桜が夢なのに頭から離れなくて、つい絵で描きたくなっちゃった」
「……そう、なのか」

 なんというか、秀也の中の雑念が吹っ飛んだというか。
 たった今言っていた夢というのは、明らかに過去の玲の記憶だ。
 追想転移した者の記憶が継承されるという話は聞いたこともないし、あるはずもない。そもそも変わったのは記憶だけでなく、人間そのものも変わっている。
 でも何故か、幼い玲には一部の記憶がある。これも追想転移のイレギュラーの一つなのだろうか、とにかく普通では起こり得ないことが起こっている。
 追想転移というシステム自体、SFと言っても過言ではないのだから、イレギュラーが一つ増えたと解釈しても不思議ではない。

 幼い玲が桜を知った――思い出したことにより、秀也は気付いた。
 今までは過去の玲のことは忘れ、今の彼女が望むことをたくさん与えようと思ってきた。だって、性格も好みも違うと思っていたかあら。

 でも桜の絵を描いている彼女の表情はどうだろう。好みが違うだなんて言えるはずもないくらいの笑顔。
 もし過去の玲と違わないのであれば、過去の玲が出来なかったことを、今の彼女に与えればいいと思えた。
 忘れなくてもいいのだ。わざわざ目を逸らす必要も、頭から取り除こうとする必要もない。今まで秀也は、今の玲を考える最中に過去の玲を思い出すのは失礼かと思っていた。でも、同じ喜びを与えられるのならばそれでいい。

 それに、玲が桜並木を守りたがっていた理由もやっとわかった気がする。なぜ忘れていたのだろう。だってあの時、彼女は桜にあんなにも見惚れていたではないか。その景色が、彼女の記憶に鮮明に焼き付いていたのだ。だからこそ、あの桜並木が大事にしていたのだ。
 そう思うと、連れ出した秀也も悪いことをしたのではないと、今改めて思う。あの時の記憶が、玲にとっての宝物になっていたのだとしたら、その宝物を今度は秀也が精一杯輝かせていこう。

「玲、もうそろそろ俺は学校に行き始める。そうしたらさ、帰ってくるのが少し遅くなるんだ。それでも待っててくれるかな?」
「うん! もちろんだよ」

 その日から玲は、秀也のことを『秀也お兄ちゃん』と呼ぶようになった。呼び方が一緒でないことに多少の寂しさを覚えたが、『秀ちゃん』と呼べる間柄ではないことは理解しているつもりだ。それでも、まさかお兄ちゃんと呼ばれるとは思っていなかったけれど。

 兄弟がいない玲にとって、兄のような年齢の秀也は、近しい存在に見えたのだろう。
 彼女の両親は離婚し、家での望さんはただでさえあんな横暴っぷり。そうなってしまうと、家の中で心を許せる相手は存在しなかっただろう。友達を作ることもあまり許されていない中で、兄弟という立場は過去の玲にとって本当に望むものだったのかもしれない。その気持ちが、今の玲にも通じているのかもしれない。

 本物の兄弟になるというのは不可能だが、心を開いてくれるのならそれでいい。
 玲が笑顔でいられるのなら、それでいい。


 約二週間後。
 冬休みが明け、その一週間後に謹慎が明けた秀也は、しばらくぶりの登校ということになった。
 公安勤務を明かせられないため、謹慎の理由は家庭の都合で通しているようだった。だから休みの理由を皆に問いただされることもない。
 しかし和哉だけは事情を知っているため、朝一番に話しかけてきた。

「シュウ、久しぶり」
「うん。久しぶり」
「どうだ、体調っていうか気分の方は」
「あ、あー……」

 そういえば和哉と電話で話した時は、まだ沈んでいるときだったかと思い出す。

「それなんだけどさ、今――」

 そうして和哉に電話では話せなかったことを話す。主に一緒に暮らしている件について。

「シュウ、早く言え」
「すみませんでした」
「まあでもさ、落ち込んでばっかりじゃないなら本当によかったよ。でもやっぱり、自分を追い込み過ぎるのは良くないと思ってる」
「わかってる。それに、こうやってカズに全部吐き出せてるから、気は楽なんだよ」
「ならよかったよ」

 このクラスから村上と玲がいなくなり、籍に空きができた状態でこれからは日常が進む。秀也には和哉のような仲間がいるのだと改めて気付き、この友達を大事にしていきたいと素直に思った。

 放課後はやはり生徒会。秀也がいない間も生徒会は開かれ続け、二人不在の中でも奮闘していたらしい。ここに来て、秀也の一喝が効いたようだった。
 今日の活動内容は、新しい会長候補について。当然玲が追想転移したことは皆に知れ渡り、もうこの学校に来れないことくらい把握している。
 だからこそ、新たな会長を決めなければいけないのだ。
 副会長は秀也なわけだが、こういった状況な以上、どうやら会長になる権利は平等にあるらしい。だから、生徒会に所属している人であれば誰でも可能だとか。
 もちろん、新たに選挙をして、生徒会に所属していない人がなるという選択肢もある。その方法を含め、皆で話し合う必要があった。

 けれど秀也は、どうしても会長という座が欲しかった。
 プライドなんかはどうでもよく、他の生徒会メンバー全員に頭を深く下げて懇願した。そしてもう一つ、秀也のわがままを聞いてもらうために、再び頭を下げるのであった。
 その結果、新たな会長には秀也が就任することになった。わがままも全て呑んでくれて、望んだ環境ができあがる。
 これで、秀也が為すべきことを果たすことが出来る。


 その日からの活動はひたすら忙しかった。
 校内で人を呼び寄せ、校外でも暇さえあれば活動し、公安の繋がりを使って区役所にも出向いた。
 仕事が増えた分、帰りは遅くなって毎日玲を待たせることになった。それでも玲はいつも秀也の帰りを、笑顔で出迎えてくれる。その笑顔で明日も頑張ろうという気持ちになれた。
 この生活もあと少しで終わる。仕事が完遂されるまで我慢してほしい。


 三月十二日。
 陽ノ森高等学校では三年生が卒業し、受験関係の都合上で在校生はしばらく家庭学習期間となっている。この期間を使って、秀也は玲を連れてお出掛けをすることにした。

「秀也お兄ちゃん、どこに行くの?」

 場所も告げずに家を出て、近くにある目的地に向かって歩く。

「ん、そんなに遠くないから楽しみにしてな」

 今日は秀也が裏で回していた作業を、彼女に見せるために外に出ている。もっとも、裏工作といっても頭を下げてまでお願いした件のことであるから、秘密にしていたのは玲にだけなのだが。

 人通りが次第に多くなっていく。視界にそれがどんどん映っていき、ずっと見せたかったものを見せることができる。ここで玲が見たものとは――

「わぁ……!」

 瞳をキラキラと輝かせ、色鮮やかなそれに釘付けになっていた。他の建物や人には目もくれず、それしか目に入っていないよう。秀也としても予想通りの反応だったため、この一瞬だけでも努力した甲斐があったものだ。

「綺麗……!」
「だろ? もしかしたら思ってたものとは違うかもだけど、これは、俺にとっての宝物でもあるんだぞ」

 幼い玲の瞳に映っているのは、深い記憶の中にある……桜並木。
 過去の玲の思いを、今の玲を通して知った時から、桜並木を守る計画を立てていた。どうしても学校の力ではどうにもならないということで、公安伝いに区役所まで行き、この工事を管轄していた人と話すことも出来た。
 しかし秀也一人の力ではどうにもならなかった。偉い人と話すことが出来ても、ただ押し返されるだけ。そのため、陽ノ森高等学校の生徒だけでなく、校外の人にも協力を仰いで署名活動をした。
 過去の玲がどうしても解決できなかったマンション設立の案件。その計画のためには、確かに桜の木のサイズが大きすぎた。この計画を白紙にすることはもちろん不可能。

 だから秀也は、木の伐採ではなく剪定の提案をした。
 桜並木を守りたいと考えている人が多いことを説くための署名活動。その上での剪定案によって慈善団体に直接交渉することもでき、ようやく叶えることができた。

 桜は既に剪定されてしまったため、見た目の豪華さこそ薄れてしまった。ただ学校の敷地内は全て保護することができたため、何も変わらず華やかで綺麗なままの桜の木が残っている。
 だからといって敷地外まで広がる並木道が綺麗でないということではない。初めてここを通った人がいれば目を奪われるだろうし、見慣れている人も綺麗には見える。

 ただ、玲が感動したものとは少し違っているだけだ。満足するものを見せられないのではと心配だったが、先程の反応を見ている限り、心配など無用だったらしい。
 もっと時間が経ち、彼女が高校二年生になった時には、この桜が大きくなって、剪定される前の完全体になってほしいと思う。今は満足できていても、過去の玲が目を奪われた桜はこんなものではないと知ってほしい。だからこれからもこの桜並木を守り続ける。

 隣にいる玲はまだ桜に釘付けで、下手をすれば声をかけるまでずっと立ち止まったままなのではないだろうか。それほど彼女の瞳に綺麗に映っているようだ。

「玲、大丈夫?」
「あ、うん。大丈夫だよ。見惚れちゃってた」
「そっか。初夢で桜の夢見てたって言ってたから、どうしてもこの桜並木を見せてあげたかったんだ。最近帰りが遅かったのも、そのせいだ。ごめんな」
「ううん。ちょっと寂しかったけど、大丈夫だよ!」

 彼女の表情から笑顔は一切消えることなく、言葉の端々全てに嬉々とした様子が見られた。
 ちなみに、玲は四月から近くの小学校に通い始める。もちろん、過去に秀也と玲が通っていた小学校。
 国の制度として、追想転移した後は一定期間、回復の時間を与えられている。その期間がそろそろ終了し、普段通りの生活をさせなければならないのだ。流石にこのままずっと家で過ごさせるわけにもいかないということ。
 そのため、小学校三年生までの過程を秀也が時々教えていた。正直三年生の範囲なんて正確にわかるはずもなかったから、教えすぎな部分もあるかもしれないと危惧している。そんな悩みも、今となっては幸せな悩みかもしれないが。

 並木道を少し歩きながら、玲に話しかける。まだ周りをうきうきで見ていた。

「そういえば、来月から学校だけど、不安か?」
「緊張はするけど、頑張れるよ」
「そっか。でも、無理はしなくていいんだからな。いきなりで辛かったらいつでも俺に言うこと」
「うん。でもね、夢があるからなるべく頑張りたいの」
「……夢?」

 そんな話は初めて聞いた。今日まであまり家から出なかった玲であるから、なりたいものを見つけることも難しいはず。
 その後彼女は、何かを誇るように話し始めた。

「うん! なりたいものを見つけたの。私ね、先生になりたいんだ」
「………へ、へぇ」

 まさかその単語が出てくるとは思わなかった。

「まだ学校に行ってないのに、憧れたんだ……。テレビで見たりしたのか?」
「ううん。私ね、秀也お兄ちゃんみたいになりたいの」
「俺?」
「うん。記憶がない私をずっと見てくれてたでしょ? 私も秀也お兄ちゃんみたいに、困ってる人を優しく助けてあげたいの。だから、先生になりたい!」
「………」

 幼い玲は、夢として過去の玲の記憶を見ることができていた。性格は違えど、共通点として思考も似るのだろうか。それとも、同じく夢で記憶を見たとか。
 そんな詳しいことはわからないけれど、同じものを志すからには、きっと強い理由がある。桜の夢だって、過去の玲の強い意志と思い出があったからこそ見れた。

 玲が初めて先生になりたいと言ったのはいつだったか。確か秀也が遊びに連れ出した時だった。その時に、彼女は突然言い出した。
 もしかすると、過去の玲も秀也を見て、教師になりたいと言ったのだろうか。あの時に彼女は救われたと言っていた。だとしたら、その手を引っ張った秀也自身に憧れて教師を志した可能性は十分にある。
 予想もしなかった理由に、突然胸を打たれる。熱いものが満たしていた。
 玲がいなくなった時の悲しみ、過去の玲の知らなかった思い、隣にいる玲の思い。それらすべてが秀也の心に深く響いている。玲がいなくなった後も、彼女は秀也にたくさんのものをくれている。たくさんの感情を与えてくれている。

「秀也お兄ちゃんどうしたの?」

 突然様子が変わった秀也に、心配してくれた。知らぬ間に涙も流していたようだ。

「……ごめん。なんでもないよ」

 今悲しみたいわけではなく、ただ今の玲に伝えたいだけなのだと。だからこれ以上涙が零れないように必死にこらえて、真っすぐに見て伝える。

「なれるよ。玲ならきっと、いい先生になれる。だってさ……」

 過去の玲も、今の玲も変わらない部分。

「だってこんなにも、温かいんだから」

 こらえようとしてくる涙が、どんどん溢れてくる。もう、歯止めなんて聞きやしない。だから、せめて笑顔で告げた。

「うん。ありがと!」

 そう満面の笑みで応えてくれた。
 記憶も性格も年齢も、秀也への呼び方さえ違う。けれど思考や信念は近しいものを感じた。

 秀也はかつて望んだ姿に、果たしてなることはできたのだろうか。変われてなんていないのかもしれない。苦しい思いをしている人を助けたくて、公安に入ることを決意した。その結果、良い方向には向かうことができなかったかもしれない。
 でも、それが全て悪い方向に傾いたとも思えなかった。救いたかったと思う気持ちはあるけれど、それよりも誰かを笑顔にさせたい気持ちの方が強かった。悲しみを取り除くよりも、その更に先の幸せに近付かせたい。そうして、なりたいものを変えていく。自分が満足する姿に近付いていく。

 追想転移というシステムが一種の自殺行為だったり、人生を諦めてしまった人の行く末だったりするのかもしれない。今の自分の力だけでは、たくさんの人を救うことはできないかもしれない。そうだとしても、今目の前にいる人のための行動はできる。だから、人を笑顔にさせるための努力は欠かさない。まずは玲がずっと笑顔でいられるように、居場所を作り続ける。

 ここにはいない、彼女の面影を噛みしめながら――

「玲、今日はたくさん遊ぼうか」
「うん!」

 手を繋いで二人は歩み続ける。幸せという名の、明るい未来へ。
 進む方向を疑ったりはしない。だって二人の進む道は、こんなにもキラキラと輝いているんだから。