夏。太陽はずっと雲一つない青空から顔を出し、蝉はここぞとばかりに鳴いている。
 夏休み中の教室は静かだった。窓から外を覗くと、野球部が大きな声で掛け声をしながらグラウンドを駆けている。
     私もそんなふうになりたい。

 びっくりして目を開くとそこはいつもの部屋だった。カーテンが閉め切ってあり、光が一つも入ってこない。そんな部屋。時計を見ると午前9時だった。いつからだろう。こうなってしまったのは。
 一階のリビングへ行くと冷めた朝食がラップにかけられて置いてあった。そしてお弁当も。私の両親は共働きだ。だからお父さんは私が起きている時間にはほとんどいないし、お母さんも夜は会えるけど朝私が起きる時にはもう出かけている。冷めきった朝食を食べていると横にあったお弁当が目にはいった。きっとお母さんが忙しいのに昼食がお弁当なのには理由があるはず。でも私は今までの2年間気づかないふりをしている。
 朝食を食べ終わるとまた自分の部屋にもどり、スマホを開いた。インターネットは楽だ。現実を忘れられる。今日も私は親の願いなんて無視してスマホを触っている。スマホを触っているとある広告が目に入った。よく見てみると
「貴方の趣味を分かち合おう」
なんて書いてある。そんなのどこにでもいるような趣味を持った人だけの集まりだろう。と思い、無視しようとしたが、なぜか無視できなかった。アプリを入れるだけなら、、と思い入れた。アプリの名前はrencontreだった。どういう意味なのかわからなかったが気にしなかった。
開いてみるといろんなグループチャットがあった。歌をみんなで歌おう。とか、〇〇くん推しの人語り合いましょう。とかだった。結局趣味っていってもこんなものか、と興味を失いつつあったとき、あるチャットのタイトルが目にとまった。
「虫が好きな人話をしませんか?男性も女性も歓迎します。」
 そう書いてあった。信じられないと思った。私が学校で馬鹿にされ、気持ち悪いと言われた趣味をもつ同士がいると知ったからだ。すぐチャットに入りたいとおもいメールのようなものを送った。すると、入る前にアンケートに答えてと言われ、アンケートが送られてきた。アンケートの内容は性別や年齢を問うものだけでなく、好きな虫の種類を聞かれたりとさまざまだった。これを送ってきた人がいうには本当に虫が好きな人が確認するためだという。やっと回答がおわり、チャットに入ると、チャットの人たちが挨拶してくれた。チャットには私を入れて5人しかいなかったが、それでも同じ趣味を持つ人を見つけられて嬉しかった。みんなの自己紹介を見て開いた口が塞がらなかった。チャットに書かれた自己紹介はこんなものだった。
みなみ「こんにちは。私は高校3年生だよ。お父さんが虫が好きでそこから私も好きになったの。好きな虫は南米のモルフォチョウよ。羽が凄く美しいでしょう?」
涼「どうも。高一の涼です。好きな虫はタマムシで、理由は日本にもいるし綺麗だから。」
尚「こんにちは!僕は高ニの尚っていいます。みんなと少し違って僕はダンゴムシとかよく見かける虫が好きかな。」
夢「あ!見てなかった。紹介が遅れちゃったけど、中三の夢です!仲良くしてね。好きな虫はてんとう虫かなぁ?ほら、なんかちっちゃくて赤くて可愛いじゃん?」
 みんな凄い。そう思った。みんなまだ成人していないのに。同じ趣味を持つ人が少ないのに全然気にしていないかのよう。自分がまだ自己紹介してないことにやっと気づいて送った。
雪「こんにちは。高校二年生の雪です。いろんな虫が好きだけれど、特にモンシロチョウが可愛くて好きです。」
 どんな話をするんだろう、とわくわくしていると最初に紹介してくれたみなみさんが何か送ってきた。
みなみ「みんなで虫の写真送り合おー!」
 そう書いてあった。困った。最近は外に出ていないから写真があまりない。そう迷っているうちに他の人はだんだん送ってくる。もう無理だとおもってチャットを抜けようとしたけど、この人たちとそれだけで別れるのは悲しかった。学校に行けてない、つまり不登校だということを伝えてみようと思った。いつもはそんな勇気ないのに、今日は言えそうな気がした。
雪「すみません。私、いわゆる不登校で、外にでるのが最近怖くて、写真持っていないんです。」
 言えた。でも反応を待つのがただただ怖かった。するとみんなからメッセージがきた。
尚「何言ってんの。平日のこの時間にチャットで会話してるってことはみんな雪ちゃんと同じってことだよ?」
夢「そうそう。私たちもそんな感じだから大丈夫だよ。」
涼「写真はネットで見つけたのとか、昔撮っていた写真なんだよ。」
みなみ「説明不足だったね。ごめん。まぁだから気にしなくて良いからね。」
 そうか。確かに平日に中高生がチャットではなしているということはみんな学校に行っていないことになるはずだ。
 それから毎日5人で話すようになった。
 3ヶ月くらいたったある日涼くんが話があると言ってきた。みんな何か大切な話だとなんとなく理解して、涼くんがメッセージを送ってくるのを静かに待った。
涼「あのさ。もし嫌だったら申し訳ないんだけどみんなで外で会ってみない?」
 びっくりした。涼くんがそんなこと言い始めるなんて。
みなみ「っていうかみんなどこに住んでるの?遠かったらどっちみち会うことできないじゃん」
 確かに。みんなどこに住んでいるのだろうか。
夢「私は東京。」
みなみ「私も。」
涼「えっ、俺もだ」
尚「悪いけど僕は静岡だよ」
雪「よかったー。みんな東京かと、、私も静岡」
 まさか尚くんと近くに住んでるなんて。少し嬉しい。いや少しじゃない、凄く嬉しい。でも他3人には会えないのかと思うと悲しい。
涼「尚と雪ちゃんは会うの難しいけど夢ちゃんとみなみは会ってみない?」
夢「ここのみんなに会うなら私は頑張ってみようかな。」
みなみ「私はお母さん厳しいから、学校行かないのに遊びに行くなんて無理。ごめんね。」
早くも涼くんと夢ちゃんは会うことになったみたい。でもインターネットでできた友達と会うの怖くないのかな?でもこのチャットの人たちは大丈夫そう。
涼「じゃあ明後日〇〇に集合でいい?」
夢「はーい」
 今日はこの話で会話は終わった。
3日後。最近夢ちゃんと涼くんの会話がない。会えたんだろうか。どうだったんだろう。気になるな。
     着信音が鳴った。涼くんだ。
涼「悪い。このチャット抜ける。」
え、、?理解できないどうして。そう聞く前にもう抜けていた。
夢ちゃんなら何か知ってるかもと思った。他の2人もそう思ったらしい。
雪「夢ちゃんならなにか知ってるかな。」
みなみ「私もそれ思った。会った時何かあったのかな?」
尚「最近夢ちゃんもチャットで話さないもんね。」
だんだん不安になって行く。どうしたんだろう。頭の中が混乱する。
 夜、お母さんがいつもより早く帰ってきた。どうしたの?と聞くと、仕事がたまたま早く終わったらしい。久しぶりにお母さんと話す時間。何を話せばいいか分からなかった。学校に行けなくなってからお母さんは怒ったことなんて一度もない。なんとなく察したのだろう。そう考えているとお母さんが口を開いた。
「最近何かいいことでもあった?」
一瞬ぎくりとした。やはりお母さんはすごい。私は顔に出しているつもりなんてないのに。お母さんは続けてこう言った。
「でも今日はあまり元気ないわね。」
やはりお母さんには隠し事できない。諦めてチャットのことを洗いざらい話した。共通の趣味を持った人に出逢えたこと、その中の2人が最近おかしいこと、全て話した。するとお母さんは
「雪ちゃんは会ったりしたらだめよ。もしかすると年齢を偽った人かも知らないし。事件に巻き込まれたくないでしょ。」
と言った。確かにそうだ。でもそんなこと言われたら、夢ちゃんか涼くんのどっちかが悪い人みたいになってしまう。夢ちゃんが事件に巻き込まれたんじゃないか。涼くんは犯罪目的で近づいたんじゃないか。そう考えてしまった。
 

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