ぴー、と甲高い指笛が春の青空に響く。
芝生に覆われた広い敷地を、犬たちが駆けて来た。指笛の主をめがけて。
二十頭もの犬にじゃれつかれ、エルシー・オブ・フォーラート=ウィンシェスタは笑いながら転げた。王宮で飼われている大型の猟犬だった。草の青い匂いが心地いい。すぐそばにはこの国の名のもとになった花、イフェイオンが咲き乱れている。春を告げる星形のかわいらしい花だ。早春から咲き始めたそれは、いまや満開となっていた。
「殿下、ドレスが汚れます!」
すかさず侍女のメイベル・オブ・シャルロー=リントンが言う。彼女はリーズ伯爵の令嬢で、侍女になってから一年ほどが経つ。
「いいじゃない、別に」
「殿下はイフェイオン王国の王女なんですよ。地面に寝転がってドレスを汚すなんて、品位に関わります」
メイベルが腰に手をあてて言う。ふわふわの金色の髪を揺らし、若芽のような緑の目でエルシーを見据える。
「仕方ないじゃない、倒れされたんだもの」
半身を起こし、エルシーは頬を膨らませた。まっすぐに伸びた金髪に草の破片がからまり、濃い緑の目には不満が強く浮かんでいた。
「またそんな幼いことをなさって。殿下は私よりも年上ですのに」
「十七歳よ。一歳しか違わないわ」
「それでも私より上です」
「細かいことは気にしないで」
「細かくありません! 指笛を吹くのもはしたないことでございますよ。この前は馬にまたがって生け垣を飛び越えて。ありえません」
エルシーは彼女と同じ緑の目を犬の一匹にむけた。
「別にいいじゃない、ねえ?」
ばう、と犬が答えた。グレイハウンドで、名をハーディという。
グレイハウンドは猟犬で、優しく愛情豊であるとされている。体高——肩までの高さ——は七十センチ前後で、頭の位置は大人の腰を超えるほどにもなり、後ろ脚で立ち上がればエルシーと同じくらいの背の高さになる。短毛のハーディの毛色は青みがかった灰色で、垂れた耳がかわいい。
「ああ、やはり殿下でしたか」
中年の男が小走りに走って来た。
芝生に覆われた広い敷地を、犬たちが駆けて来た。指笛の主をめがけて。
二十頭もの犬にじゃれつかれ、エルシー・オブ・フォーラート=ウィンシェスタは笑いながら転げた。王宮で飼われている大型の猟犬だった。草の青い匂いが心地いい。すぐそばにはこの国の名のもとになった花、イフェイオンが咲き乱れている。春を告げる星形のかわいらしい花だ。早春から咲き始めたそれは、いまや満開となっていた。
「殿下、ドレスが汚れます!」
すかさず侍女のメイベル・オブ・シャルロー=リントンが言う。彼女はリーズ伯爵の令嬢で、侍女になってから一年ほどが経つ。
「いいじゃない、別に」
「殿下はイフェイオン王国の王女なんですよ。地面に寝転がってドレスを汚すなんて、品位に関わります」
メイベルが腰に手をあてて言う。ふわふわの金色の髪を揺らし、若芽のような緑の目でエルシーを見据える。
「仕方ないじゃない、倒れされたんだもの」
半身を起こし、エルシーは頬を膨らませた。まっすぐに伸びた金髪に草の破片がからまり、濃い緑の目には不満が強く浮かんでいた。
「またそんな幼いことをなさって。殿下は私よりも年上ですのに」
「十七歳よ。一歳しか違わないわ」
「それでも私より上です」
「細かいことは気にしないで」
「細かくありません! 指笛を吹くのもはしたないことでございますよ。この前は馬にまたがって生け垣を飛び越えて。ありえません」
エルシーは彼女と同じ緑の目を犬の一匹にむけた。
「別にいいじゃない、ねえ?」
ばう、と犬が答えた。グレイハウンドで、名をハーディという。
グレイハウンドは猟犬で、優しく愛情豊であるとされている。体高——肩までの高さ——は七十センチ前後で、頭の位置は大人の腰を超えるほどにもなり、後ろ脚で立ち上がればエルシーと同じくらいの背の高さになる。短毛のハーディの毛色は青みがかった灰色で、垂れた耳がかわいい。
「ああ、やはり殿下でしたか」
中年の男が小走りに走って来た。