「……おはよ、香坂」
「おはよー、大溝くん」
辺りを気にするような仕草で小声で挨拶してくる大溝くんにつられるよう、私も小さな声で挨拶を返した。
教室内で大溝くんと喋るなんて、少し前の私には想像もつかなかっただろう。
相変わらず前髪で目を隠したままの大溝くんだけど、あの日から趣味の悪い黒いマスクはしてきておらず、大溝くんから漂う黒い空気みたいなものは日々薄れてきているように感じる。
大溝くんと踊り場で話すようになってから、しばらく経った。
最近変わったことと言えば、こんなふうに教室で大溝くんと挨拶を交わすようになったこと。
おはようとか、じゃあねとか、たったそれだけの他愛のないものだ。
私から話しかけるわけじゃなく、あくまで大溝くんから。
みんなに話しかける第一歩として挨拶から始めたいと、大溝くんに言われたのがきっかけだ。
最初は大溝くんに言われて戸惑った。
だって、変に目立つことはしたくなかったし、大溝くんに関わることで私も敬遠されたりしたらどうしようと、少なからず思ったからだ。
自分自身の保身のために、断る言い訳を考えた。
けれど、短い時間だけど会話を重ねていくうちに、彼も普通の男子高校生なんだと実感した。
それと同時に彼に対して、私が一番他人に使いたくない言葉が、頭に浮かんだ。
頭を振り払って、忘れたふりをしたけれど。
周りがこちらを見る目は最初は形容しがたいもので、しいて言うなら、まるで奇妙なものを見るかのような、疑わし気な目だったように思う。
何度か凛花やそのほかのクラスメイトに「大丈夫?」なんて心配されてしまった。
けれど、そんなことが数日続いてしまえばみんなも慣れたようだった。
ちらちらとこっちの様子をうかがう人が何人かいるものの、そこまで視線が集中することはない。
大溝くんの悪い噂が広がってはいたものの、このクラスでの実害がこれまでにないことも、理由のひとつだろう。
だからと言って、彼に話しかけるような強者はこのクラスにいないけど。
……そして、もうひとつだけ変わったことがある。
それは、真結のことだ。
大溝くんと放課後話したあの日、家に着いてからスマホを忘れたことに気が付いた。
けれど、愛衣の面倒を見ていなきゃいけないから、翌日学校に行くまで取りに行けなかった。
画面は開きっぱなしだったはずだから、私の席の近くにいた真結は、もしかしたら私のスマホの中身を見てしまったかもしれない。
別に、見られること自体は普段だったらなんの問題もない。
だけどあの時は、開きっぱなしにしていたのがあの鬱々としたSNSのハッシュタグ検索画面だったから、真結に会うまで内心ひやひやしていた。
真結も凛花も、私の家庭が特殊で複雑なことを、少しだけ知っている。
だから、そこまで変に思うことはないかもしれない。
けれど、普段陰鬱な顔をしないようにしている私が、実は裏で病んでいたなんて知られたらと考えると、少しだけ気まずいと思うのは本心だった。
そこで、真結の態度だ。
あの日から、真結の様子が少しおかしい。
どこがおかしいかって聞かれるとはっきりとは答えられないけれど、明らかに前までと違う部分があるのだ。
それを指摘するのは難しいのに、これまでとは違う不自然さが、私にそう思わせる。
スマホは、何事もなかったかのように机の上に置かれたままで、それを真結が見たのかはわからない。
でも、真結はたぶん、見てしまったのだと思う。
普通友達がスマホを忘れていることに気付いたら、「スマホ忘れて行ったでしょ」とか、会った時に言うんじゃないかな。
私の席の近くに来た真結は、私がスマホを置いて行ってしまったことに気付かないわけがないから、意図的に話題に出さないのだろう。
真結の態度がいつもと違う理由が、私のスマホの検索画面を見てしまったから、という理由だったらいいけれど。
でも、理由はそれだけじゃないような気がしてしまう。
現に、大溝くんと私が教室で挨拶を交わすのを目撃されてから、どこか態度がぎこちないのだ。
真結は以前から、大溝くんのことを気にかけている素振りがあった。
元々誰にでも分け隔てなく接する子ではあったけど。
あの日の放課後、私と大溝くんがなにか喋っていたことにも気付いているし。
そこから態度が変わったような気がしてしまうのだ。
私と大溝くんが小さく挨拶を交わしていることに最初に気付いたのも、真結だった。
確証はない。
邪推かもしれない。
けれど、もしかして、真結は——。
◇
「えー、次に、文化祭についてです。文化祭委員は進行をお願いします!」
六限のLHRの半ば、いつもよりはりきった朝霞さんの声に、教室内は盛り上がりを見せた。
期末テストまで残り一週間をきった今日、十月にある文化祭の出し物を決めるらしい。
今年もまたそんな時期がやってきたのか。
去年を思い出し憂鬱になっているのはきっとこのクラスで……いや、学校で私ひとりだろう。
誰にも気付かれないよう、小さくふっと息を吐き出した。
言い終えた朝霞さんと書記をしていた土井くんと入れ替わるように、文化祭実行委員の凛花とクラスメイトのひとりが教壇にあがる。
「それでは、何をやりたいか周りの人と意見を出し合ってください! 五分後に意見をまとめます!」
その凛花の言葉を皮切りに、教室の至る所から賑やかな話し声が聞こえてくる。
「期末テスト前なのに、文化祭の準備かあー。なんか急に忙しないねー」
真結がこちらに近づいてきて、唇を突き出しながらそう言った。
「でも、いい息抜きになるよね」
真結の言葉を受け、教壇を一旦下りてこちらに来た凛花が、金に近い茶色の髪を耳にかけながら笑って言った。
たしかに、机に向かい続けるのも息が詰まるよね、ふつうは。
学校行事は好きだけど、放課後に時間を取られてしまうから、それだけが不安だ。
出し物が決まったら文化祭委員が企画書を生徒会に提出し、選考が行われる。
飲食系は例年人気で、校内での出店数も決まっている。
かなりきちんと企画書を練らないと通らない。
一次企画で通らなかったら、もう一度クラスで出し物の選定と企画書の提出を行わなければならない。
その上、飲食の枠は埋まりきっているだろうし他クラスとのかぶりはだめだから、できる出し物は限られてしまう。
だから最初の企画提出が、文化祭を楽しむための肝なのだ。
……なんでこんなに詳しいかって、去年文化祭委員を担当したからだ。
家の用事があるから遅くまでは残れないと、あらかじめ伝えていた。
けれど、一年生の時のクラスは部活動をやっている生徒がかなり多くて、どこにも所属していない私ともうひとり、先ほど凛花と一緒に教壇に立っていた根本さんが押し切られて文化祭委員になった。
去年はそれで、痛い目をみたんだ。
かなり苦い思い出だ。
そんな気持ちは一旦胸の内にしまって、私の席の近くに集まって三人でお喋りしがてら、ああでもないこうでもないと意見を出し合った。
「それじゃあ、意見のある人は挙手お願いしまーす!」
五分の話し合い時間はあっという間に終わり、教室のそこかしこから意見が飛び交い活気づいている。
出された意見が次々と黒板に書かれていくのを、静かに目だけで追っていった。
タピオカ、ベビーカステラ、パンケーキ、焼きそば、たこ焼き、チュロス……、今年も飲食系の希望が多いみたい。
もちろん、私だってやるなら絶対飲食がいい。
ベビーカステラとか、簡単だしおいしいし、いいんじゃないかな。
そのほかには脱出ゲーム、お化け屋敷などの意見が上がった。
「じゃあ、この中から多数決を取って決めたいと思いまーす!」
多数決を取って同票で残ったのは、ベビーカステラとたこ焼き。
僅差でタピオカだった。
意見が拮抗していてなかなか案がまとまらない。
……ふと、黒板に書かれたラインナップを見て思いつく。
普段だったら、挙手なんて絶対しないだろう。
良くも悪くも目立たない、普通の生徒のひとりとしているために優等生に擬態する私は、当たられた時こそ答えるけれど、それ以外ではひっそりとなりを潜めているんだから。
だけど、前までの自分を変えたいと現に行動に移している人物が隣にいることでいつの間にか感化されたのか、自分の意に反して私の右手はそろりと上がった。
私が手を上げたことに気付いた凛花が目をまあるくして、こっちを見る。
「お、珍しいじゃん。なに? 詩央」
凛花のその言葉に急に教室内がしんとして、視線が一斉にこちらへと向けられた。
そのたくさんの視線にたじろいでしまう。
目立つのは苦手だ。
でも、と口を開く。
「……たこ焼きとベビーカステラだったら、一緒にできそうじゃない? 材料は違うけど、ベビーカステラもたこ焼き機で簡単に作れるし。たこ焼き機持ってる人がたくさんいればの話だけど」
愛衣のおやつに、ホットケーキミックスを使ってたまに作ることを思い出して、そう告げた。
タピオカまでは、手が回りそうにないけれど。
緊張していると「いいじゃーん! そうしよそうしよー!」という声が教室から上がった。
「俺んちたこ焼き機あるから持って行くわー!」
「あたしも、あたしもー!」
数名の男女が機械を持っていると名乗りを上げてくれて、なんとかなりそうだ。
凛花もこっちを見て親指を立てながら「ナイス!」なんて笑ってる。
……言ってみて、よかった。
緊張で強張っていた体からやっと力が抜け、ほっと胸を撫でおろした。
◇
「文化祭の企画、通ったよーん!」
長かったテスト期間が終わりを告げ補講期間に入った七月上旬、晴天の今日。
上機嫌で教室に入ってきた凛花のその言葉に、教室内は色めき立った。
凛花の言葉に、安心して一息つく。
飲食ということは、夏休み中に集まったとしても数える程度だろう。
去年の劇みたいに焦って台本を作って段取りを汲んだり、練習したり、小道具の準備をしたりとてんてこ舞いだったのと違って、今年は夏休みの間に時間をかけて準備する必要はあまりなさそうだ。
……ほんとに、よかった。
七月の下旬から始まり八月いっぱいのたっぷりとある夏休み、お盆期間を除いて私に課されるのは、主に普段の家事に加えて愛衣の世話だ。
去年は保育料が月ごとでかかってしまうからと、私が休みなのをいいことに、お母さんが勝手に愛衣の休園届を出していた。
私に確認も取らずに勝手に決めてしまったからなすすべもなく、私はクラスの文化祭準備によりにもよってほとんど参加できなかったのだ。
……文化祭委員なのに。
なかなか準備に来れない私にクラスのみんなは優しかった。
家の用事なら仕方ないよねと、笑って許してくれた。
——だけど、聞いちゃったんだ。
あの日の記憶が、まるで昨日のことのように鮮明に思い出された。
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陽が落ち始めた夕暮れ時の校舎を、私は走っていた。
教室の前に辿り着いて、息を整える。
「詩央ちゃんってさあ、」
そんな言葉が聞こえてきたのは、一年二組、自分の教室のドアに手をかけようとした瞬間だった。
ぴくっと手が震えて、思いがけず呼ばれた自分の名前に、背中を嫌な汗が伝っていくのがわかった。
高校一年生の夏休み、全然行けていなかった劇の練習にやっと顔を出せる日ができた。
……と言っても、もう練習も終わりかけであろう夕方に。
クラスのグループラインで、準備の進捗や参加者など大体のことは把握していた。
私が夏休みの練習に参加できたのはそのときが三回目、夏休みも終盤に差し掛かった暑い日だった。
協力的なクラスだった。
部活をやっている人がほとんどだったのにも関わらず、多くの人が部活前や終わった後に練習したり小道具の作成をしていたらしい。
私と同じく委員をしていた、今も同じクラスで凛花と文化祭委員をやっている……根本さん。
彼女を中心に多くのクラスメイトが、練習に参加していた。
私が文化祭委員として仕事できたのは最初の企画案を作成することくらいで、それ以外はほとんど彼女に任せきりだった。
だから、何を言われても仕方ないと思ってた。
……そう、思っていたけれど。
ガラス張りになったドアからひっそりと教室の中を覗き込むと、人影がみっつ。
先の言葉を言ったのはクラスメイトで、その輪にいるのは根本さんだった。
根本さんだけには、迷惑をかけるからと家の事情をおおまかに話していた。
眼鏡の奥で驚いたように目が見開かれた後、香坂さんはできることをやってくれればいいよ、なんてそのときは笑ってくれた。
ふたりの言葉を受けて困っているように見えたその姿を見た瞬間、息が詰まった。
そして、続けられる会話に。
「用事があるって言ってたんだっけ? それにしても来なさすぎじゃない?」
「それは言えてる。根本ちゃんに任せすぎだし」
「クラスのみんなも、部活あるけど時間作って来てるのにね」
「グループメッセージ見る時間はあるのに、練習は来られないんだね。変なの」
憤りの込められた言葉の数々に、胸をえぐられた。
でも、本当のことだから反論のしようがない。
根本さんは困ったように口をつぐんだまま、その輪の中にいるだけだった。
「……そもそもさあ、劇になったのって企画がかぶったからでしょ? 詩央ちゃんがもっと時間取れていたら、もっといい案になってうちらの企画書が通ったかもしれないのに……」
「あ、根本ちゃんを責めてるんじゃないよ? 放課後残って企画書作ってたの見てるし」
「詩央ちゃんもやってたのは知ってるけど、結局すぐ帰ってたよね? お迎えとか言ってたっけ。テニスコートから帰るとこ見えてたし」
ちくりと棘のある言葉がひとりから放たれた。
「……けど、香坂さん、委員引き受けてくれた時、放課後は家の用事があるからって困ってたよね……。私はやってみてもいいかなって思ったからいいけれど……」
消え入りそうな声で弁護してくれた根本さんのか細い声。
その言葉に肩が震えて、当時のことを思い返す。
クラスの考えをまとめて作った企画書は、いい出来だったと思う。
それもこれも根本さんが放課後に時間を割いてくれたからだ。
私ももちろん時間の許す限り一緒に頑張ったけれど、根本さんの努力に比べればちっぽけなものだった。
彼女たちの言う通り、私がもっと頑張っていれば、企画は通ったのかもしれない。
やりたくもない劇なんてやらずに、夏休み中に集まることもなく、休みを謳歌できたのかもしれない。
根本さんには、なんの落ち度もない。
そう思うと申し訳なさ過ぎて、何も言う気になれなかった。
小道具の一個か二個、それかせめて片付けだけでもと思って来たけれど、こういう言葉を聞いた直後に教室の扉を開ける勇気は、私にはなかった。
「ていうか、そもそもお迎えって、親の仕事じゃない?」
「だよねー?」
「ほんと、どんな親だよって感じ。親の顔が見てみたいわー」
「なんにせよ、『かわいそう』だよね。詩央ちゃんって」
吐き捨てられるようなその言葉に、さっと心臓が冷えたのを覚えている。
悔しかった。
だって私は、やりたくて家のことをやっているんじゃない。
お母さんがもっと、頑張ってくれたら……。
そうしたらもっと、私だって……。
そんな思いがこみ上げた。
握りしめた拳は汗でびっしょりだったのに、指先は冷たかった。
私は結局、踵を返してもと来た道を帰ったんだ。
◇
『かわいそう』——。
そう言われたのは、そのときが初めてじゃなく実は二度目だった。
二回も言われれば、さすがに気付いた。
そのときに、生まれて初めて「ああ、やっぱりわたしってかわいそうなんだ」とやっと自覚した。
最初にそう言われた時のことを思い出す。
たしかそれは、中学校に上がってすぐのことだった。
「親睦会しようよ!」
クラスの誰かが言い出した。
近辺三校に通うほとんどの小学生は、その三校の中心部にある学校に集められ中学生になった。
だから、同じ小学校出身の人とは既に仲がよかったけれど、初対面の人も半数近くいた。
親睦会。その言葉に反対する人はいなかったように思う。
もちろん私も賛成していたし、わくわくしていたのを覚えてる。
担任に許可も取って、お店の予約などはクラスを取り仕切っていた女子二人と男子二人が中心となって、段取りよく進められていた。
日曜日の十三時からボーリング場で遊んで、その後は近くのファミレスで夕ご飯を食べる。
簡単な会だけど、クラス内はとても盛り上がりを見せていた。
私の母親はいまでこそあんなだらしない感じだけど、小さい頃の私はそれを不満に思うことも、ましてや嫌だとも思ったことがなかった。
というより、今と比べ物にならないくらいしっかりしていたのだ、昔は。
物心つく前からいない父親の存在を気にしたことがないのは、私が愛情たっぷりに育てられ、幸せな二人暮らしを送っていた証拠だ。
このクラスの親睦会へ行きたいと言う私の言葉にも、お母さんは二つ返事で快諾してくれた。
今年三十三歳になる私の母親は、学生時代に私のことを妊娠し、たったひとりで私を育ててきた。
だけど、それに苦労を感じたことも、寂しさを感じたこともない。
一日中母親を独占して天気のいい日には公園に行って一緒に遊んだ。
参観日には休みを取って来てくれた。
遠くに出かけたりはあまりできないとか多少の不便さはあったけれど、私は不満なんてひとつもなかった。
だけど、その生活も母親も、突然変わってしまう。
そう、愛衣が生まれたから——。
私が小学校高学年の頃、母親のお腹が急に大きくなったと感じた。
ここに詩央ちゃんの妹がいるんだよと、愛おしそうにお腹を撫でていたお母さんの姿。
それはとても幸せそうで、見ている私も幸せな気分になった。
だけど、うちにはお父さんがいないのにどうして?という疑問はずっと消えないままだった。
そうこうしているうちに、妹が生まれた。
それが愛衣だ。
早生まれで人一倍小柄な愛衣は、体調を崩しがちだった。
結果として、私は行けなかったのだ、その親睦会に。
行きたかったけど、行けない理由ができてしまったのだ。
どうしても仕事を休めないと言う母親に代わって、私がその日に愛衣の世話をすることになったから。
『かわいがってあげてね、お姉ちゃんなんだから。』
『お母さんのこと、助けてね。お姉ちゃんになるんだから。』
そんなふたつの言葉を刷り込まれた私は、まんまと母親の都合のいいように育ってしまっていた。
物分かりが良すぎる子供に、育ってしまったのだ。
仕事で家にいないお母さんに代わって妹の世話をすること、掃除や洗濯、料理などの家事をすること。
それらは自然と身についたわたしの生活の一部のようなもので、私がやるのは当たり前のことになっていた。
周りから憐れまれるようなものでは、決してなかったはずだった。
これがわたしにとっての普通で、幸せで、誇りなのだと、そのときはそう信じていたからだ。
お母さんが仕事で大変だから、お姉ちゃんなんだからしっかりしなきゃという気持ちが、当時の私を毎日奮い立たせていたのだ。
まるで、ボロボロになっても悪役に立ち向かうヒーローのように。
実際、小さく年の離れた妹はとてもかわいかった。
きっと、かわいがってあげてねなんて言われなくても、そうしていたと思う。
たとえ、半分しか血が繋がっていなかったとしても。
世話をするのは私の仕事、親睦会に行けないのは仕方のないこと。
そうやって、どこか心に区切りをつけていた。
『ごねんね、行けなくなっちゃった』
クラス全員が参加するはずだったのに、私が軽々しく行けないなんて言うものだから、大ブーイングだった。
だけど、妹のお世話をすると言ったら嵐のようだった非難はおさまって、次に言われたのがこれだ。
『かわいそうだよね、詩央ちゃんって』
ぼそっと呟かれた友達の悪気のないたったひとこと。
それをたしなめるような周りの声。
その言葉に、なんでそんなことを言われないといけないのだろうと胸を痛めた。
そう思ったことがこれまでに一度もなかったわけじゃないけれど、他人からはっきりと告げられたその言葉にショックを受けたのははっきりと覚えている。
私は私のまま変わってなんかいないのに。
変わったのは私じゃなく、周囲を取り巻く環境だったのに。
だから、それからはそう思われないよう、必死で隠してきた。
家のこと、家に対して不満に思う自分自身のこと、やりたいことも、なにもかも。
他人に言われて一番惨めになる言葉、そんな言葉をもう二度と言われることがないように——。
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