私と綾人がつき合っていたのは、もう十年以上前、一昔も前の大学生の頃の話だ。
 だからもうとっくに過去の話で、忘れられずにいる、なんてことは全然ないのだが。
 なぜかあまり薄まらない記憶。今も鮮明に覚えている、あの頃の情景。




「三吉さん、次の講義受けるよね? 隣いいですか?」
「あ、うん、どうぞ」

 大学一年生の春、
 前後左右どこを見ても知り合いのいない大学の構内で、最初に話し掛けてきたのが、アラサーの今になっても親しくしている、長田 麻衣子(おさだ まいこ)だった。
 麻衣子は偶然にも同じ地元出身で、大学では学部も学科も一緒、この春一人で上京し、はじめてのひとり暮らしで多少不安を感じている状況も一緒で共通の話題が多く、すぐに打ち解けて仲良くなった。




「雪妃ちゃん、どこかサークル入る?」
「ううん、まだ何も考えてない。バイトしなくちゃだし、あまり活動が頻繁なのは無理だから、よほど興味が湧いたものがあれば、かなー」
「けどサークル入ると人脈が広がるって、」
「って、言うよねえ」
「活動が頻繁でなければいい感じ?」
「まあ、そうだね」
「じゃあさ、実は私、すごく気になってるサークルがあるんだけど、雪妃ちゃんも一緒に見学に行かない?」
「え、何のサークル?」

 麻衣子が誘ってきたのは、学内のウインタースポーツ系のサークルだった。
 活動は基本的に冬だが、冬以外は登山やキャンプなどアウトドア系のイベントがあるという。スキーかー……雪国育ちだから一応滑れるけれど、インドア派の私は正直興味がない。

「スキーかボード、雪妃ちゃん滑れる?」
「うん、少しなら。麻衣子は?」
「やっぱり。滑れそうな顔してると思った。私は滑れるわけないじゃん」
「滑れるわけないじゃんて、なにを得意げに。じゃあどうして気になってるの」

 なんのことはない、すごく気になっている(・・・・・・・・・・)のはサークルの内容ではなく、そのサークルに入会したらしい一人の男子学生だった。



 必須科目の授業でよく一緒になるA山君は、入学式やオリエンテーションの時に偶然席が近くになり、彼を見かける度につい目で追ってしまうのだという。まだ一度も話したことはないそうだが。

「それ一目惚れでは」
「かもしれない、ちょっともう、やばい」
「普通に話し掛けてみればいいじゃない」
「それができないから言ってるの……ゼミも一緒のところ狙っているんだけど、どうしよう、こっそり誰かに聞こうか?」
「知らんがな、だけどこっそりは止めた方がいいんじゃない? 真正面から、堂々と」

 知的で物静かな雰囲気のため話し掛けようにも隙が無く、要するに仲良くなるきっかけが欲しいと。
 大分思いを募らせているようなので、見学だけならいいよと付き合うことにした。


 数日後、早速目的のサークルに立ち寄ってみれば、なんと狙い通りA山君が部室にいるではないか。彼だけじゃなく、よく見かける顔見知りの男女数名も集まっていた。
 お互いに、「あ」「あ」という感じ。

 サークル自体はあまり派手な感じはなく、飲み会が多いこともなく、真面目にちゃんと活動しているようで、交ざりたい時に自由気ままに参加できればいいらしい。先輩たちの印象も良く、朗らかで物知りで優しそう。

 A山君がその場にいたことで入会する気満々になってしまった麻衣子と共に、成り行きで入会届を書くことになった。
 でもまあ、多分こうやって、いつの間にか知り合いや友達が増えていくのだろうな。やってみてどうしても嫌だったら、ごめんなさいと言うしかない。


 楽しいと不安と、はじまりもはじまりの季節、お互いに仲良くなれそうな相手を探していた。
 ウインタースポーツもアウトドアも興味はなく、自分一人ならおそらくチャレンジはしない。だけど興味がない分野だからこそ世界が広がるような気がして、いいかもしれないと少し思った。


 その年の春、そのウインタースポーツサークルに入った一年生の男女比は、なんと全く同じだった。

 男子五名、女子五名、計十名。
 その中に麻衣子が片思いしているA山君や私と麻衣子もいる。そして私の視界にはほとんど入っていなかったのだが、後に私自身の彼氏となる男も、しれっと存在していた。