翌日、叡正は信と弥吉とともに佑助の元へ向かっていた。
「あのさ……、あいつも忙しいだろうから、絵を見せてもらったらすぐ帰ろうな……」
叡正は後ろを歩く信に向かって、なるべくにこやかに声を掛けた。
信はチラリと叡正を見ると小さく頷いた。
(わかってくれた……のか?)
叡正は不安な気持ちを抱えたまま、静かに前を向いた。
「すみません、叡正様……。俺が余計なことを言ったばかりに……」
叡正の隣を歩く弥吉が、申し訳なさそうに叡正を見上げていた。
「気にするな」
叡正を弥吉を見ると微笑んだ。
(佑助が留守で、信もすんなり諦めてくれれば一番いいんだが……)
叡正がそんなことを考えているあいだに、三人は佑助の住む長屋の前に着いた。
軽く戸を叩くと、中から佑助の声が聞こえた。
(ああ……、留守じゃなかったか……)
叡正は静かに肩を落とした。
すぐに戸が開き、佑助が三人を見て戸惑いの表情を浮かべた。
「永世様……? それにこのあいだの……。どうされたのですか?」
佑助は三人を順番に見た。
「あ……、突然来てしまってすまない……。その……おまえの絵を見たいという者がいて……。本当に申し訳ないんだが、また見せてもらえないだろうか……?」
叡正は佑助から目をそらしながら、なんとかそれだけ口にした。
「また絵を……ですか……?」
佑助は戸惑いがちに聞いた。
「ああ、本当に申し訳ないんだが……」
叡正は申し訳なさから自然と頭が下がった。
「あ、そんな……! 大丈夫ですから……! 頭を上げてください! こんな絵でよろしければいくらでも……。さぁ、皆さんとりあえず中に入ってください」
佑助は慌ててそう言うと、三人に長屋に入るように促した。
「本当にすまない……」
叡正はそう言うと、おずおずと長屋の中に入った。
「すぐにお茶を入れますね……」
「あ、絵を見たらすぐに帰るから、本当に大丈夫だ……!」
叡正は慌てて土間に向かおうとした佑助を引き留めた。
「え、しかし……」
「本当に大丈夫だから!」
「そ、そうですか……?」
佑助は戸惑いながら、足を止めると三人と一緒に座敷に上がった。
「えっと……絵ですね……」
佑助はこの前と同じ箱から絵の束を取り出した。
「絵が見たいとおっしゃったのは、こちらの方ですか……?」
佑助は信をチラチラと見ながら、叡正に聞いた。
「あ、ああ。すまないな……」
佑助はおずおずと信に絵の束を差し出した。
信は軽く頭を下げると、絵を広げて見始める。
「……絵に興味がおありなんですか?」
熱心に絵を見つめる信に佑助が声を掛けた。
信は何も答えず、ただ絵を見つめ続けている。
重苦しい沈黙が長屋を包んだ。
「そ、そうなんです……! 信さんも絵が上手くて……! ね、叡正様!」
「あ、ああ……! だ、だからいろんな絵を見てみたかったらしいんだ! ちょっと絵に入り込むと周りの声が聞こえなくなるみたいで……!」
弥吉と叡正が慌てて、佑助に言った。
「あ、そ、そうなんですね……」
佑助は二人の勢いに戸惑いながら、かすかに微笑んだ。
「ああ、だから気にしな……」
「これは誰だ?」
叡正の言葉を遮るように、信が唐突に口を開いた。
「え……?」
佑助が信を見る。
信は絵を広げ、亡者の首を切り落としている鬼を指さしていた。
「これはこの世を描いたものだと聞いた。じゃあ、これは誰だ? 誰のことを描いている?」
信の言葉に、佑助の目が見開かれる。
「信、この世の絵って言ってもこれは抽象的な表現で……」
叡正はそう言いながら佑助に視線を向けた。
佑助の顔は真っ青だった。
「ゆ、佑助……?」
もともと佑助の顔色は悪かったが、今は倒れてしまいそうなほどだった。
「お、おい……、佑助……?」
佑助は茫然としていて、叡正の言葉は届いていないようだった。
(ま、まずいな……。とりあえず話題を変えて……)
「そ、そういえば、おまえの友人は元気か? 確か……そう、茜といったか……」
叡正がそう口にした瞬間、佑助が弾かれたように叡正を見た。
(え……?)
佑助の口が何か言いたげにわずかに動く。
「おい、どうしたんだ……?」
叡正の言葉に、佑助はきつく目を閉じた。
「ご存じなかったのですね……。茜は……随分前に亡くなりました……」
「え……?」
叡正は目を見開いた。
「そう……だったのか……。すまない……、無神経なことを……。病気か何かだったのか……?」
叡正の言葉に、佑助はゆっくりと目を開ける。
「いいえ……、火事で……」
佑助はそう言うと、叡正に視線を向けた。
「亡くなる少し前、茜は永世様に会いに行くと言っていたのですが……その様子ですと、茜には会えていないのですね……」
「え……、俺……に?」
叡正は茫然と佑助を見つめた。
「いや……、俺が茜に会ったのは、おまえと一緒にいたあのときが最後だ。茜が俺に会いに行くと言ったのは……いつのことなんだ?」
「永世様が出家された後のことです。何か思いつめた様子で、伝えなければいけないことがあると言っていました……」
「伝えなければいけないこと……? いや……、俺が出家してから会いに来た者は誰もいないから……」
叡正にはなんのことだかまったくわからなかった。
叡正の言葉に、佑助は静かに目を伏せた。
「そうですか……。会いに行く前に……死んでしまったのですね……」
佑助はゆっくりと信の持っている絵に視線を移した。
「あの火事で死ぬべきだったのは……私でした」
叡正は何も言うことができず、ただ佑助を見つめていた。
「私が死ねば、こんなことにはならなかったのに……」
佑助は苦しげに目を閉じた。
「この絵は、私が見た光景をそのまま描いたものです。茜が死んだときの、あの光景を……」
佑助の言葉は、静かな長屋に重苦しく響いた。
「あのさ……、あいつも忙しいだろうから、絵を見せてもらったらすぐ帰ろうな……」
叡正は後ろを歩く信に向かって、なるべくにこやかに声を掛けた。
信はチラリと叡正を見ると小さく頷いた。
(わかってくれた……のか?)
叡正は不安な気持ちを抱えたまま、静かに前を向いた。
「すみません、叡正様……。俺が余計なことを言ったばかりに……」
叡正の隣を歩く弥吉が、申し訳なさそうに叡正を見上げていた。
「気にするな」
叡正を弥吉を見ると微笑んだ。
(佑助が留守で、信もすんなり諦めてくれれば一番いいんだが……)
叡正がそんなことを考えているあいだに、三人は佑助の住む長屋の前に着いた。
軽く戸を叩くと、中から佑助の声が聞こえた。
(ああ……、留守じゃなかったか……)
叡正は静かに肩を落とした。
すぐに戸が開き、佑助が三人を見て戸惑いの表情を浮かべた。
「永世様……? それにこのあいだの……。どうされたのですか?」
佑助は三人を順番に見た。
「あ……、突然来てしまってすまない……。その……おまえの絵を見たいという者がいて……。本当に申し訳ないんだが、また見せてもらえないだろうか……?」
叡正は佑助から目をそらしながら、なんとかそれだけ口にした。
「また絵を……ですか……?」
佑助は戸惑いがちに聞いた。
「ああ、本当に申し訳ないんだが……」
叡正は申し訳なさから自然と頭が下がった。
「あ、そんな……! 大丈夫ですから……! 頭を上げてください! こんな絵でよろしければいくらでも……。さぁ、皆さんとりあえず中に入ってください」
佑助は慌ててそう言うと、三人に長屋に入るように促した。
「本当にすまない……」
叡正はそう言うと、おずおずと長屋の中に入った。
「すぐにお茶を入れますね……」
「あ、絵を見たらすぐに帰るから、本当に大丈夫だ……!」
叡正は慌てて土間に向かおうとした佑助を引き留めた。
「え、しかし……」
「本当に大丈夫だから!」
「そ、そうですか……?」
佑助は戸惑いながら、足を止めると三人と一緒に座敷に上がった。
「えっと……絵ですね……」
佑助はこの前と同じ箱から絵の束を取り出した。
「絵が見たいとおっしゃったのは、こちらの方ですか……?」
佑助は信をチラチラと見ながら、叡正に聞いた。
「あ、ああ。すまないな……」
佑助はおずおずと信に絵の束を差し出した。
信は軽く頭を下げると、絵を広げて見始める。
「……絵に興味がおありなんですか?」
熱心に絵を見つめる信に佑助が声を掛けた。
信は何も答えず、ただ絵を見つめ続けている。
重苦しい沈黙が長屋を包んだ。
「そ、そうなんです……! 信さんも絵が上手くて……! ね、叡正様!」
「あ、ああ……! だ、だからいろんな絵を見てみたかったらしいんだ! ちょっと絵に入り込むと周りの声が聞こえなくなるみたいで……!」
弥吉と叡正が慌てて、佑助に言った。
「あ、そ、そうなんですね……」
佑助は二人の勢いに戸惑いながら、かすかに微笑んだ。
「ああ、だから気にしな……」
「これは誰だ?」
叡正の言葉を遮るように、信が唐突に口を開いた。
「え……?」
佑助が信を見る。
信は絵を広げ、亡者の首を切り落としている鬼を指さしていた。
「これはこの世を描いたものだと聞いた。じゃあ、これは誰だ? 誰のことを描いている?」
信の言葉に、佑助の目が見開かれる。
「信、この世の絵って言ってもこれは抽象的な表現で……」
叡正はそう言いながら佑助に視線を向けた。
佑助の顔は真っ青だった。
「ゆ、佑助……?」
もともと佑助の顔色は悪かったが、今は倒れてしまいそうなほどだった。
「お、おい……、佑助……?」
佑助は茫然としていて、叡正の言葉は届いていないようだった。
(ま、まずいな……。とりあえず話題を変えて……)
「そ、そういえば、おまえの友人は元気か? 確か……そう、茜といったか……」
叡正がそう口にした瞬間、佑助が弾かれたように叡正を見た。
(え……?)
佑助の口が何か言いたげにわずかに動く。
「おい、どうしたんだ……?」
叡正の言葉に、佑助はきつく目を閉じた。
「ご存じなかったのですね……。茜は……随分前に亡くなりました……」
「え……?」
叡正は目を見開いた。
「そう……だったのか……。すまない……、無神経なことを……。病気か何かだったのか……?」
叡正の言葉に、佑助はゆっくりと目を開ける。
「いいえ……、火事で……」
佑助はそう言うと、叡正に視線を向けた。
「亡くなる少し前、茜は永世様に会いに行くと言っていたのですが……その様子ですと、茜には会えていないのですね……」
「え……、俺……に?」
叡正は茫然と佑助を見つめた。
「いや……、俺が茜に会ったのは、おまえと一緒にいたあのときが最後だ。茜が俺に会いに行くと言ったのは……いつのことなんだ?」
「永世様が出家された後のことです。何か思いつめた様子で、伝えなければいけないことがあると言っていました……」
「伝えなければいけないこと……? いや……、俺が出家してから会いに来た者は誰もいないから……」
叡正にはなんのことだかまったくわからなかった。
叡正の言葉に、佑助は静かに目を伏せた。
「そうですか……。会いに行く前に……死んでしまったのですね……」
佑助はゆっくりと信の持っている絵に視線を移した。
「あの火事で死ぬべきだったのは……私でした」
叡正は何も言うことができず、ただ佑助を見つめていた。
「私が死ねば、こんなことにはならなかったのに……」
佑助は苦しげに目を閉じた。
「この絵は、私が見た光景をそのまま描いたものです。茜が死んだときの、あの光景を……」
佑助の言葉は、静かな長屋に重苦しく響いた。