「旦那様がご不在のままで葬列なんて……」
「隆宗様もまだ幼いというのに……」
「隆宗様がお可哀そうです……」
 寺に向かう葬列の中、後方では奉公人たちのひそひそとした声が行き交っていた。

 奥様の葬列は、喪主となるはずの旦那様が不在という異例の事態となった。

 麻の(かみしも)を纏った隆宗の耳にも奉公人の声は届いていたが、隆宗はただ真っすぐに前を見つめていた。
「隆宗様……」
 隆宗の隣を歩きながら、乳母がそっと隆宗の手を握る。
「大丈夫です」
 隆宗は隣を歩く乳母にそっと微笑んだ。
「早く母上を送って差し上げなければ……」

「隆宗様……」
 乳母は目尻の涙を拭うと、隆宗の手を握る手に力を込めた。
「そうですね……。今の隆宗様の姿を見て、奥様もきっと安心していらっしゃいますよ……」
 乳母の言葉に、隆宗はそっと目を伏せた。
「そうだといいのですが……」
「ええ、きっと……」

 青空の下、異例の葬列は様々な想いを乗せてゆっくりと寺へと進んでいった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「隆宗、大丈夫かな……」
 日が沈みかけた空を見つめながら、弥吉が小さく呟いた。
「ああ、そろそろ帰ってくる頃だな……」
 弥吉の言葉に、男も門の方を見つめた。

「旦那様は、どうして帰ってこないの?」
 弥吉は不思議そうに男を見上げる。
 男は静かに目を伏せた。
「旦那様は……お忙しい方だから……」
「どんなに忙しくても、普通奥様の葬列には帰ってくるんじゃないの?」
 男は苦笑した。
(弥吉もいろいろわかるようになってきてるんだな……)

「まぁ、いろいろあるんだ……」
 男の言葉に、弥吉は納得のいかない顔を浮かべていた。

 そのとき、門が開く音がした。

「あ、帰ってきたんじゃないか?」
 弥吉はすぐに門に向かって駆け出した。
「おい、まだいろいろあるだろうから、邪魔するんじゃない!」
 男も弥吉を追って走り出した。

 男が弥吉に追いついたときには、すでに弥吉が隆宗を呼び止めた後だった。
(あいつは……)

「隆宗様、申し訳ありません……!」
 男は慌てて弥吉の頭に手を置き、強引に頭を下げさせた。
「なんだよ! 心配で来ただけだろう!」
 弥吉は男の手を振り払うと、男を見上げた。
「心配でも、隆宗様は疲れていらっしゃるだろうから、日を改めろ!」

「いえ、大丈夫ですよ。弥吉の顔が見れて私も嬉しかったですから」
 隆宗は穏やかに微笑む。
 その笑顔はいつもの隆宗のようだったが、男は少しだけ違和感を覚えた。

「弥吉、来てくれてありがとう。でも、大丈夫だから」
 隆宗はなんでもないことのように笑った。

 葬列に参列していた者は、隆宗に一礼して屋敷に戻っていき、門のそばには隆宗と弥吉、男の三人だけになっていた。

「弥吉、おまえは先に戻って土の準備をしていてくれ」
 男はそう言うと弥吉の頭を撫でた。
「え!? なんで!?」
「俺は隆宗様とお話しがあるから」
 男の言葉に弥吉と隆宗は同時に首を傾げる。
「俺はここにいちゃダメなの?」
 弥吉が不満げに言った。
「早めに仕上げたい器があるからな。俺を助けると思って、先に準備して待っていてくれ」
 男はそう言うと微笑んだ。
 弥吉はまだ不満そうな顔をしていたが、息を吐くとしぶしぶ頷いた。
「わかったよ。準備しておくから、すぐ来てよ」
 弥吉はそう言うと、背を向けて窯の方に戻っていった。

「えっと、お話しというのは……?」
 隆宗は不思議そうに男を見上げた。
 男は微笑むと、隆宗の前に膝をついた。
「隆宗様……、無理をなさっていませんか?」
 男の言葉に、隆宗の瞳が揺れる。

「無理など……しておりません。この家の次期当主として、父上がいない屋敷は私が取り仕切らなければ……」
「隆宗様……」
「母上に言われたのです。支えてくれる奉公人たちを守れと……。私がしっかりしなくては……」
 隆宗の目には涙が溢れていた。

「隆宗様……」
「私がしっかりしなくてはいけないのです……」
 隆宗の声は、涙でかすれている。
 男はそっと隆宗の頭を撫でた。
「そんなに無理をなさらないでください。奥様もそんなことは望んでいないはずです。泣いても、弱音を吐いてもいいのです。隆宗様のことは奉公人や私、弥吉が支えていきますから」

 男の言葉に、隆宗の顔が歪む。
 堪えていたものが溢れ出すように、隆宗の頬を涙が伝った。
「奉公人たちを守ることも大切だとは思いますが、今は私たちが隆宗様を支えるべきときです。以前申し上げたでしょう? 私たちは家族なんです。ツラいときくらい甘えてください」
 男はそう言うとにっこりと微笑んだ。

 隆宗はこみ上げるものが抑えきれなくなったように、声を上げて泣き始めた。
 両手で顔を覆って泣く隆宗を、男はそっと抱き寄せた。
「葬列……、よく頑張りましたね」
 男はポンポンと震える隆宗の背中を叩く。

「ち、父上は…………」
 男の肩に顔をうずめながら、隆宗が小さく呟いた。
「どうして……戻ってこないのでしょう……。母上が……死んだのに……。私や……家のことなど……どうでもいいのでしょうか……?」
 隆宗の言葉に、男はなんと返していいのかわからなかった。
「母上や……私のことが……嫌いなのでしょうか……? どうでもいいと思うほど……」

「そんなこと……ありませんよ……」
 男はそれだけ言うのが精一杯だった。

「あの……お願いが……」
 隆宗が鼻をすすりながら言った。
「はい、何でしょうか」
「私が泣いたこと……弥吉には言わないでください」
 隆宗は男から離れると、袖で涙を拭った。
 隆宗の顔は少し恥ずかしそうだったが、葬列から帰ってきたばかりのときより表情がずっと柔らかくなった気がした。
 男は年相応の可愛らしいお願いに、思わずフッと笑う。
「はい、弥吉には決して言いません」
「ありがとう……ございます」
 隆宗は少しだけ顔を赤らめると、サッと身を翻した。

「心がラクになりました……。ありがとうございます。しかし、私は次期当主ですから、これからもっと精進してみんなを守れるようになります。だから……ずっとそばで見守っていてください」
 男は隆宗の背中を見つめた。
(こんな小さな背中に……いろんなものを背負おうとして……)
 男は思わず目を伏せた。
「はい、見守り支えます」
 男は静かにそう答えた。

「ありがとう……ございます」
 隆宗は涙でかすれた声でそう言うと、屋敷の中へと入っていった。

「まだ……あんなに小さいのに……」
 ひとりになった男は、屋敷の中へ消えていった小さな背中を思い出し、強い胸の痛みを感じていた。