ここは学園の中庭。周囲には草花や木々が生えており、ちゃんと綺麗に手入れされている。中央には大きな噴水があって、水しぶきが上がり涼しそうだ。
その噴水の近くのお洒落な長椅子には、ハルリアとセリアーナが居て話をしている。
あれからハルリアは礼儀作法の試験を受けた。難はあったものの、なんとかやり遂げる。
その後、試験が終えるとハルリアはセリアーナに誘われここにきた。
そして現在、ハルリアはセリアーナの手作りクッキーを食べながら他愛のない話をしている。
「ハルリアの姓……アルパスって、珍しいわよね」
「あーええ、そうね。この姓は、この国でも北のアーギス領土に多い」
そう言いハルリアは、北の方角に視線を向けた。
これは事実である。それとこのアルパスの姓は、ハルリオンの亡き母親の旧姓だ。
セリアーナはハルリアの様子をみて気になる。
「そうなのですね。そうなるとハルリアは、アーギス地方の出身ですの?」
「いや……あー、いえ……違いますわ。ワタシは……この王都の南にあるバーバビア領土、サザナギの村の生まれです。今はセルギスの森で一人で住んでいる、の」
「まぁ、それは……一人で暮らしてるなんて……色々あったのね」
それを聞きセリアーナは、余りにも不憫になりハルリアを抱き寄せ頭を撫でた。そして、セリアーナは涙ぐむ。
ハルリアはセリアーナの胸が頭に当たり顔を赤らめる。まぁ心の中では、ニヤケているのだが……。
「……そうね。あっ、そうそう……セリアーナはどこ出身なの?」
そう言いながらハルリアは、セリアーナから離れた。
「あっ、私は……このリュコノグルの城下町で育ったの。だから、貴族ではないのよ。そういえば、ハルリアも貴族じゃないのよね?」
「あっ、うん……そうなるわね」
「そっかぁ、じゃあ……二人の時は普通に話さない?」
セリアーナがそう言うとハルリアは驚く。
「ふ、普通に……って。ハハハ……どうだろう……」
どう話したらいいかハルリアは困る。普段の話し方が、男みたいなうえ汚い言葉だからだ。
そう弟子たちに散々言われ、打ちのめされ自覚していたからである。
「もしかして、言葉が汚いとか? それとも、変なナマリがあるのかなぁ」
「それは……そうね。言葉が汚いって言った方がいいかも。変にボロを出したくないかなぁ、って……」
「そっかぁ……でも、どっかで息抜きしないとバテちゃうよ。もし、私に気兼ねしてるなら……本当に気にしないよ」
それを聞きハルリアは頷いた。
「そうか……でもなぁ……。本当だな? だが……なぁ……」
「あーイライラする!? 分かった! こうしよう……あとでいいから、本当のハルリアをみせてね」
そう言いセリアーナは、ニコッと満面の笑みを浮かべる。
ハルリアはそう言われ、コクリと頷いた。そして顔を赤らめ、セリアーナに見惚れる。
(やっぱりアンリーナ……に、似てる。性格まで……でもまさか。もしそうだとしても、可能性は……どうだろうな)
そう思いながらハルリアは俯いた。気になるが聞けない、今の自分の姿では余計である。
「どうしたの? えっと……私、何かまずいこと言っちゃったかな……」
「あー、ううん……大丈夫。ちょっと考えちゃっただけ」
「そっかぁ。もし悩みごとがあったら言ってね」
それを聞きハルリアは頷いた。
それから二人は、しばらく話したあとこの場を離れる。
その時ハルリアは、セリアーナの姿がみえなくなるまで見守り考えていたのだった。
ここはリュコノグルの城下町にある宿屋のハルリアの部屋。そこには、ハルリア、ルミカ、カールディグス、メイミル、四人がテーブルを囲み椅子に座って話をしている。
「師匠? おーい」
そう言いルミカは、ハルリアの眼前に目掛けて手を振った。
だがそれに気づいていないのかハルリアは、ボーッとしている。
「どうしたんでしょうか? 戻って来てから、この調子ですし」
「カール様、もしかして師匠……恋煩いかな?」
「「え゛ぇ゛ぇ゛え゛え゛え゛ーー!?」」
まさかと驚きルミカとカールディグスは、声が裏返りながら叫んだ。
そして三人は、マジマジとハルリアをみる。
それに気づいたハルリアは、三人を見回した。
「ん? お前たち、なんでみてるんだ」
「えーっと……師匠、好きな人ができたのですか?」
「……。な、何を言ってる? そもそも、なんでそんな話になったんだ」
そうハルリアが言うと三人は、ホッと胸を撫で下ろす。
「なんで、って。師匠が、ボーッとしてたからですよ」
「ルミカ……ああ、それでか。いや、すまん……昔のことを思い出してたんでな」
「昔のこと? でも、なんで急に……」
そうカールディグスが問いかけるとハルリアは、真剣な顔で窓の方をみる。
「……今日、知り合ったヤツが昔……好きだった女に似てた。姓、までもな」
「なるほど……って、えぇぇえええーー……」
驚きルミカはそう叫んだ。カールディグスとメイミルも、時間差で驚き同じく叫ぶ。
「待って、ハルリア様……その人と関係はもったんですか?」
「カール……いや、ないとは思う」
「思うって、覚えてないの?」
そうメイミルに聞かれハルリアは、頭を抱え悩み始める。
「……実はな。その頃の記憶が、曖昧で思い出せん」
「それって、どういう事ですか? 今日、あった人が……十五なら」
「カール、十五……十六年前ってことだ。だいたい二十九か、三十ぐらいか」
ハルリアはそう言い必死に思い出そうとした。
「ですね……。でも、思い出せないって……普通じゃありません。なぜでしょうか……付き合ってたのですよね?」
「ああ……ルミカ、付き合っていた。そのことは、覚えてるんだがな」
「変ですね。その頃って、何があったんですか?」
そうカールディグスが聞くとハルリアは、んーっと思い出そうとしている。
「あの頃か。確か……なんかの任務をしてた。その時の記憶も途切れてる」
「じゃあ、もしかして……その時に記憶が……」
「メイミルの言う通りかもしれません。そうなると……その女性と関係があったかは、分からない」
そうカールディグスに言われハルリアは、コクッと頷いた。
「可能性は……低いはずだ。それに……旧姓のままで、この町に居るとも思えねぇからな」
「そうですね……それに今日、会った人が……その女性の子とも限りませんし」
「ルミカ。ああ……まぁそうだとしても、オレの子供じゃねぇかもだしな」
そう言いハルリアは、ふぅ~っと息を吐く。
「だけど師匠、可能性もないとは言えないよ」
メイミルはそう言い、ジト目でハルリアをみる。
「確かに、師匠の女性遍歴は……」
「カール、いや……まぁそうだな。ハハハ……」
そう言いかけハルリアは、言い返す言葉がみつからず苦笑した。
「まぁそのことは、追々分るでしょう。それよりも明日は、僕たちの番です」
「そうです……明日でした。思い出したら、緊張してきちゃいましたよ」
「うん、そうだね……大丈夫かなぁ」
そう三人が言うとハルリアは、近くにあった棒を手にする。するとその棒で、カールディグス、メイミル、ルミカ、三人の頭を順に軽く叩いた。
「何を緊張してやがる。お前たちなら大丈夫だ。それに、試験と言っても……紙のテストと面接だけだしな」
「そうですね……師匠の言う通りです」
そうルミカが言うとカールディグスとメイミルは頷く。
そしてその後ハルリア達は、そのことと今後のことを話していたのだった。
……――翌日。
ここは王立騎士養成学園。そして面接のために用意された部屋だ。
この部屋の隣には、控室がある。そこには十数人の男女が居て、椅子に座り自分の番がくるのを待っていた。
勿論その中には、ルミカとカールディグスとメイミルもいる。そう既にペーパーテストは終わっていた。
ルミカ達は順番がくるのを、今か今かと待っている。
するとルミカの名前が呼ばれた。
それを聞きルミカは、面接の部屋に向かう。
カールディグスとメイミルは、それを目で見送っていた。
★☆★☆★☆
ルミカは一礼をして部屋に入る。
目の前には、三人の面接官がいた。その中には、ダギル学園長とロイノビがいる。
(あの時の……。面接官をするってことは、それだけの実力者……権力者ってことよね)
そう思いながらルミカは、ダギル学園長たち三人の前まできた。そして、軽く頭を下げる。
するとロイノビに「座りなさい」と言われた。
それを聞きルミカは、椅子に腰かける。
ダギル学園長たちはそれを確認すると自己紹介をした。その後、ルミカの面接が始まる。
そしてロイノビは、ルミカの書類を読み上げた。
「ルミカ・クライグ、十八歳……兵団第一部隊に所属。……見習いですか。それでは、まだ実戦の経験がない訳ですね」
「いいえ、あります。任務で、一度だけですが」
「なるほど……。んー……王立魔法学園を出たばかり。ですがなぜ、兵団……それも第一部隊に? あの学園を出たのであれば、他の道もあったと思いますが」
そうロイノビに言われルミカは、考えてから話し始める。
「はい、そうですね。ですが、どうしても憧れの人の下に居たかったのです」
「……それは、ハルリオン様でしょうか?」
「勿論、そうです。最初は、噂だけでした。学園に入ってから、色々と学んでいるうちにハルリオン様のことを聞く機会が増え……。この人の下で……という思いが」
ルミカは自分の発した言葉に対し顔を赤らめる。
「それで、隊にですか。ハルリオン様に会ったことは?」
「あります。短期間でしたが、色々と実戦でも学ばせて頂きました。ですが今は……」
そう言いルミカは泣きそうな表情になった。……だがこれは、半分演技である。
「うむ、ハルリオンは……未だに行方不明のようだな。それでその実践とは、ハルリオンが行方不明になった時の任務か?」
そうダギル学園長に問われルミカは、涙を拭う仕草をした。
「……そうです。あの時、任務を終えたあと……どこに行ってしまったのか」
「なるほど……その様子では、フラッと姿を消したようだな」
ダギル学園長はそう言い呆れた表情をする。
(どこに行きおった。まさか……女の所か? だがそれだけなら、戻ってくるはずだ)
そう思いダギル学園長は自問自答していた。
その後もルミカは、色々と聞かれる。
そして面接が終わりルミカは、一礼する。
(ふぅ~、なんとか終わりました。まさか学園長と師匠が知り合いだったとは……。恐らく師匠、昨日の時点で気づいてましたよね。……教えてくれれば、もう少し上手く応えられたと思うのですが)
そう考えながらルミカは、入って来た場所と違う扉から退出したのだった。
次はメイミルの番だ。……――メイミルは部屋に入るなり、なぜか驚き立ちどまった。そして額から大量に汗を搔いている。
(な、なんで居るの……)
いやメイミルだけではない。なぜかダギル学園長までもが、額から汗を掻き顔を引きつらせていた。
(ど、どういう事だ? なんで……ここに居る。それも名前まで偽って……。それに行方不明と聞いていたが、まさかハルリオンの所に……)
そう言いダギル学園長は、ハァ~っと溜息をつく。……お互い知っているようだ。
「どうされました? 早くこちらに……」
ロイノビはそう言いながら隣に座っているダギル学園長を横目でみる。
「……学園長、どうかされましたか?」
明らかに様子がおかしかったためロイノビはそう問いかけた。
「あーいや、大丈夫だ。そうだな……そこに立っていては面接にならん」
そう言いダギル学園長は、ジト目でメイミルをみやる。
「は、はい……」
そうメイミルは言い、慌ててダギル学園長の目の前まできた。そして、軽く頭を下げると椅子に座る。
するとロイノビは、メイミルの書類をみながら口を開いた。
「なるほど……貴女も兵団第一部隊にですか。まさかとは思いますが、ハルリオン様の行方不明になった時の任務に……」
「勿論、同行していました。ですが……」
「そうですか。では質問を変えます。ここに剣術が得意と書かれていますが。これはハルリオン様から教わってでしょうか?」
そうロイノビに問われメイミルは首を横に振る。
「いえ、剣術の方は以前から習っていました。父と兄の影響もあり……」
「ほう、なるほど……そうですか。そうなると貴族か、もしくは平民でも兵士をしている家柄。ですが、この国にセルビノズという姓は聞いたことありません」
「……そうなんですか? 家は平民で貧しいので、それほど多い姓じゃないのかもしれません」
そう言いメイミルは、チラッとダギル学園長をみた。
するとダギル学園長は、呆れた顔をしている。
「そうだな……その姓は、余り聞かん。……一人は知っとるが」
「学園長は知っているのですか。なるほど……では、私が知らなかっただけですね」
そう言いロイノビは、再びメイミルの書類をみた。
「……なぜこの学園に入ろうと思われたのですか?」
「はい、師匠……ハルリオン様が居なくなって。剣を磨くなら、騎士養成学園がいいと思ったからです」
「んー、学びたいという事でしょうか? これは教師採用のための……」
そうロイノビが言いかけるとメイミルは真剣な顔になる。
「分かっています。ですが、教えながらでも学ぶことはできると思っているので」
「……ハルリオンの受け売りか? アイツも同じようなことを言ってたことがあったが」
そう言いダギル学園長は、メイミルを見据えた。
「そう、ハルリオン様の教えは尊いです。ですが……アタシは、いつも怒られてましたけどね」
「そうか……そうだな」
ダギル学園長はそう言い眉をハの字にしメイミルをみる。
(……ハルリオンの下で、だいぶ成長したようだな。うむ……まぁ、しばらく様子をみるか)
そうダギル学園長は考えていた。
その後メイミルは、面接が終わり扉へと向かい歩き始める。
(……とりあえずは、難関を突破した。けど……どうして、フォローしてくれたんだろう? でも、あとでなんか言われるだろうなぁ)
そう思い苦笑するとメイミルは、扉を開け廊下に出たのだった。
次はカールディグスの番だ。……――既にカールディグスは席に着き面接を受けている。
ロイノビはルミカとメイミルと同じようなことを聞いた。
「……――ここまではいいでしょう。それで、貴方の真の目的は違いますよね。ここに書かれていることとは?」
「それは……以前、話したように婚約者であるハルリアのことが心配です。それは事実……ですが、書類に記載したことも本当のこと」
「なるほど……教師をしたい、そして……自分を磨きたいと」
そうロイノビに問われカールディグスは頷く。
「はい、もしハルリアが試験に落ちたとしても……教師になりたいです」
「うむ、良い心がけだが。そうなると兵団第一部隊の副隊長の座を失うことになるぞ」
そうダギル学園長は問いかける。
「分かっています。それでも……」
「そうか……質問を変えよう。他に聞きたいことがあるのでな」
ダギル学園長は一呼吸おき再び口を開いた。
「ルビアと云う姓は、隣国のライラルズに多い……それも貴族にな」
「それは……その通りです。父親は確かに貴族でしたが、こちらに……」
ダギル学園長にそう問われカールディグスはそう言い俯く。
「という事は、自国と身分を捨てこっちにか。そこまでするからには、色々あったようだな」
「そうみたいです。父が母と結婚した時には、既にこの町に居ましたので」
「居た……という事は、本当の父親じゃないってことか?」
そうダギル学園長が聞くとカールディグスは頷いた。
「そうなります。母は、父と出逢う前に……既に私を」
「なるほどな。それで、自分の父親が誰か知っておるのか?」
「……それを、なぜここで話さねばならないのでしょうか? もし知っていたら、どうなると……」
そう言いカールディグスは、ダギル学園長を睨んだ。
「いや、言いたくないのであれば良い。だが、その様子では知っているようだな」
「ええ……勿論です。だけど、既に会っていますので……。それ以上、望むつもりはありません」
「そうか……まあいいだろう。ロイノビ、あと聞きたいことはあるか?」
そうダギル学園長が問いかけるとロイノビは、首を横に振る。
「では、一週間後に生徒との方と一緒に外の掲示板に結果を張りますので」
そうロイノビが言う。
「分かりました。よろしくお願いします」
そう言いカールディグスは席を立った。その後、一礼をすると扉の方へ歩き始める。
(……本当の父親ねぇ。まぁ……どうなんだろう。ははは……)
そう思いカールディグスは苦笑した。
一方ダギル学園長は、カールディグスをみている。
(……うむ、まさかな。もしそうだとして、アイツが……知っていて傍におくか? それはないな。だが……似ていなくもないか、若い頃のアイツにな)
そう思考を巡らせながらダギル学園長は、カールディグスが扉を開け廊下に出るまでみていたのだった。
……――翌日。いよいよ今日は、ハルリアが受ける実技試験の日だ。
「フゥ~、実技って何をするんだ?」
そう言いながらハルリアは、騎士養成学園の門を潜る。
★☆★☆★☆
ここは騎士養成学園の受付。ハルリアは、順番を待っていた。
(受付? なんで、わざわざする。ただの確認……だとしても、する必要ねぇよな)
そう考えているとハルリアの順番がまわってくる。
「おはようございます。この書類に、お名前、受験番号、受ける実技試験、各種の記載をしてください」
「あ、おはようございます。分かりました……」
そう言われハルリアは挨拶したあと書類に記載していく。
(……なるほどな。種目別で審査する訳か。剣術系以外は、魔術系、格闘術系、弓術系、槍術系……この中から選ぶ。さて、どうする?
どれでも大丈夫だが……そうだな。この中で、最も苦手なものにするか)
そう考えがまとまると剣術系以外は、魔術系を選んで書き込み受付の女性に渡した。
受付の女性は、書類を確認すると順番の札をハルリアに渡す。その札には、剣術五番で魔術七番と記載されている。
因みに剣術の実技の順番は、既に決められていた。
(どっちも、奇数か。五と七……ごな……こなごな……粉々。あー……いや、何を考えてるんだ。オレは……)
そう考えながらハルリオンは、二枚の札を受け取り指定された場所へ向かう。
★☆★☆★☆
ここは剣術系の実技試験を行うために用意された敷地である。
ハルリアはここにくるなり、使用する木の剣を選んでいた。
(まぁ……安全のためなんだろうな)
そう思いながら木の剣を握り使いやすいものを探している。
他の受験生も自分の使う武器を選んでいた。
剣術系の実技試験は、対戦と対物の両方をやる。
対戦の武器は、木の剣を使用。対物戦は、自分が所持している武器を使う。持っていない場合は借りることが可能だ。
因みに対戦で負けても実力がある場合は合格である。
選んでいたハルリアは一本の木の剣を握った瞬間、ニヤリと笑みを浮かべた。
(これがいい。大きさ……重さも、それにグリップも手に馴染む)
そう思いハルリアは剣を一振りしてみる。
するとそれをみていた金色に青が混ざったミディアムヘアの男性は、ハルリアに声をかけた。
「女性にしては、中々いい剣さばきですね。ですが、実戦ではどうでしょうか?」
その声を聞きハルリアは振り返る。
「それは、ワタシに言っているの?」
「ええ、そうですよ。ですが、これは……なんて可愛らしい。これほどの可愛い女性に逢ったことがありません」
「はあ? そうなのですね。それで、それだけでしょうか」
そうハルリアが言うとその男性は首を横に振った。
「これは、失礼。僕は、マルルゼノファ・ヴィクトノスと申します。それとバドルフ・ヴィクトノスは、父ですよ。あー、勿論……知っていますよね?」
「え、ええ……勿論ですわ。ヴィクトノス伯爵家と云えば、有名ですもの……」
そう言いハルリアは、作り笑いをする。
(まさかバドルフ様の……それもバカ息子が、なぁ。伯爵も、呆れるほどだと聞いてたが)
そう思いハルリアは、マルルゼノファから目を逸らした。
因みにマルルゼノファは三男であるためか、余り期待されていないらしい。
「あーそうでした。ワタシは、ハルリア・アルパスです。よろしくお願いしますね」
ハルリアはそう言い軽く会釈する。
「名前も素敵ですね。そうそう、もし良ければ試験が終わったら……お茶でもしませんか。美味しいカフェを知っているのですが」
「そうなのですね。ですが、知り合いとこの町に来ていますので。申し訳ありません……今日は、お断りします」
「分かりました。では、時間があるときで構わないですので」
そう言いマルルゼノファは顔赤らめハルリアをみた。
「そうですね。その時は……」
そう心にもないことを言いハルリアは、心の中で吐き気を模様している。
その後ハルリアとマルルゼノファは、他者の対戦が始まるためここを離れた。
そして二人は、用意された観覧席で対戦をみる。
(……なんで、オレのそばから離れねぇ。野郎がそばに寄って来ても、なぁ)
そう思いながらハルリアは溜息をつき、チラッとマルルゼノファをみた。
ハルリアはマルルゼノファと一緒に、最初に対戦する組を観覧していた。勿論ハルリアは、一緒に居たくないのだが……。
「なるほど……番号札は、このためか」
そう言いながらマルルゼノファは、真剣な表情で対戦をみている。
「ええ、そうみたいですわね」
ハルリアは適当に返答した。
「あっ、ハルリア。ここにいたのね……探したわよ」
その声を聞きハルリアは、振り返る。
「セリアーナ、そうなのね」
そうハルリアが言うとセリアーナは頷いた。そして、ハルリアのそばまでくる。
「ごめんなさい、ここいいかしら?」
そう言いセリアーナは、マルルゼノファをみた。
「あっ、だが……他も空いてるぞ!」
「そうですわね。ですが、私はそこがいいのです」
「言っている意味が分からないんだが」
なぜか二人の言い合いが始まってしまう。
それをみたハルリアは呆れた表情になる。
(ふぅ~、これじゃ落ち着いてみてられん。それに、他の者の迷惑になる……仕方ない)
そう思いハルリアは、持っていた木の剣で二人の頭を軽く叩いた。
「いい加減にして、騒いでると迷惑になるわ。それに、いいところを見逃したらどうするの」
そう言いハルリアは、二人を睨みつける。
「そうだね……ごめんなさい」
「いや、僕こそ申し訳ない。どうしても、ハルリアさんのそばで観戦したかったんだ」
「私も、ハルリアと……。でも、違う方が空いていたわね」
ばつが悪くなりセリアーナは、そそくさとハルリアの左側の席に着いた。
「……一試合目、終わっちゃったわ。どっちが、勝ったのかなぁ」
そう言いハルリアは、がっかりする。
「そうだな……残念だ」
「本当に……ごめんなさい!」
本当に申し訳ないとセリアーナは、手を合わせ深々と頭を下げた。
「まぁ、いいわ。それより、ワタシの順番……もうすぐだから準備してくるわね」
そう言うとハルリアは、立ち上がり歩き始める。
「ハルリア、頑張ってね」
「頑張ってください、ハルリアさん……応援しています!」
二人はそう言いながら手を大きく振った。
それをみたハルリアは、軽く手を上げる。
「ええ、勿論ですわよ」
そう言いハルリアは、札をみせるため教師の方へ向かった。
それを確認すると二人は、話し始める。
「行っちゃったわね」
「そうだな。ああそうそう、僕は……」
マルルゼノファは自己紹介し始めた。
するとセリアーナも自己紹介する。
「ねぇ、マルルゼノファって……もしかしてハルリアのことが好きなの?」
「ああ、好きだ。いや……一目惚れ、って言った方がいいだろうな」
「そうなのね。ハルリアって、女の私がみても可愛いし……なんか惹かれるものがあるのよ」
そう言いセリアーナは、うっとりとした。
「分かりますよ。僕も今日、出逢ったばかりですが……惚れましたから」
なぜか二人は、ハルリアのいい所を言い合いし始める。そして、盛り上がっていたのだった。
ここは剣術の試験会場。あれからハルリアは順番の札をみせるために受付の教師の所にいった。その後、確認が終えると待機場所で試合をみる。
(……ほう、剣は二本でもいいのか。まぁ、オレには必要ないがな。さて、そろそろ……か!?)
そう思いながら、チラッと右を向いた。と同時に、ダラダラと額から大量の汗をかき青ざめる。そして、固まったまま正面を向いた。
(……なんで、隊長……いや、学園長がここに……。変じゃない……だが、まさかバレないよな……いくらなんでも)
そう思考を巡らせる。
すると前の組の対戦が終えた。
その後、ハルリアの五の番号と対戦相手の番号六が呼ばれる。
(ふぅ~……こんな姿じゃバレねぇよな、流石に……。そんなことよりも、こっちに集中だ!)
そう考えるとハルリアは、パンッと頬を両手で叩き気合いを入れた。そのあと対戦場所へと向かい歩き始める。
その様子をダギル学園長はみていた。
「ロイノビ、ハルリアとは……もしかして……」
そう言いハルリアを指差した。
「そうですが、どうされました?」
「いや、ハルリオンと同じ髪色だと思ってな」
「なるほど……ですが、髪色など同じ者は存在すると思います」
そう言われダギル学園長は、首を横に振る。
「確かに、居るかもしれない。だが……少ない。いやハルリオンの家系でも、あの髪色は……ほぼ居ないのだ」
「それは、どういう事でしょうか?」
「銀色は珍しくない。だが、赤まじり……。あの髪は……カーベリアスティア国、特有の色なのだよ」
「カーベリアスティアといえば……既に滅んでいるのでは? 確か数百年も前に……」
それを聞きダギル学園長は頷いた。
「……もしかして、ハルリオン様は?」
「うむ、ハルリオンの家系……いや、その遥か先の先祖がそうだったらしい。それも、唯一の生き残り。それとハルリオン以外の家の者は、違う色の髪をしているとのことだ」
「では、かなり珍しいのですね。……そうなると、ハルリオン様との血縁者でしょうか?」
そう言いロイノビは、ハルリアに視線を向ける。
「そうかもしれん。……んー、だがアイツが……自分の血縁者をそばに置くか? それも、弟子としてだ」
「それはどういう意味でしょうか? 私であれば、そうしますが」
「普通ならそうだろうな。だがハルリオンは、そうしないだろう。前に質問したことがあったが……。もし自分に子供ができたら、そばに置かんと言っていた」
それを聞きロイノビは不思議に思い首を傾げた。
「なぜでしょうか? 普通なら、心配だと思いますが」
「そうだな。……ハルリオンは、自分のそばに置けば甘やかすからだそうだ」
「そういう事ですか……ハルリオン様は、自分に厳しい方のようですね」
ロイノビがそう言うとダギル学園長は真剣な表情になる。
「だから、不思議なんだ。もしあのハルリアが自分の子供じゃないとしても、血縁者の可能性は高い。それに気づかないってのも、あり得ん気がするのだ」
「確かに……どういう事でしょうか?」
「分からん。まぁ、それは……あとでハルリアに聞いた方がいいだろう」
それを聞きロイノビは、コクッと頷いた。
その後ダギル学園長とロイノビは、対戦をみるためハルリアに視線を向ける。
そして二人は、その後も話をしながら対戦をみていたのだった。
ハルリアは対戦相手と見合っている。そう試合開始の合図を待っていた。
(……対戦相手が男? 前の組は同じ性別だったが……どういう事だ? まぁ、問題ないがな)
そう思いながらハルリアは、対戦相手の黄緑色で短髪の男を見据える。
「ケッ、女かよ。これなら、楽勝だな」
そう言い放ち黄緑色で短髪の男は、ハルリアを馬鹿にしたような目でみた。
(コイツは駄目だ……人の本質を見抜けてねぇ。それに戦場では、男も女も関係ない。女だと見くびれば、その時点で敗北する……油断するからな)
そう考えハルリアは、ジト目で黄緑色で短髪の男をみる。
すると開始と合図された。
それと同時にハルリアは、素早く木の剣を抜き黄緑色で短髪の男へと向かい駆け出す。その動きは凡人なら、まずみえないであろう。
「……!?」
黄緑色で短髪の男は、木の剣を抜くもハルリアを見失った。
「遅いっ!!」
そう言いハルリアは、黄緑色で短髪の男の背後をとる。それと同時に木の剣を即座に持ち直して、右から左へと振り切り右の脇腹に当てた。
すると黄緑色で短髪の男は訳も分からないまま、勢いよく場外に飛ばされる。
それをみていた周囲の者たちは、いったい何が起きたのか分からず呆気にとられた。
「……勝者五番!!」
そう告げられ辺りに歓声がわく。
それを聞きハルリアは物足りなそうな顔になるも、一礼をしてこの場を離れる。
(なんだこりゃ? これでも手加減したんだが……いくらなんでも、弱すぎる。女以下か? これで、コイツが受かってたら……最悪だぞ)
そう思いハルリアは、ハァーっと溜息をついた。
「これは……あの構え、それに戦い方が似てる。戦法まで、ハルリオンは教えたというのか?」
「まさか学園長、あの動きがみえていたのですか?」
「ああ、勿論だ。まさか……ここまで、アイツに似ているとはな。ハルリアは、まだ十五……強すぎる。まるでハルリオンのように……」
そう言いダギル学園長は、ハルリアを目で見送る。
「ハルリオン様の再来……いえ、これは新たな逸材です」
「……そうだな。だが、何かが引っかかる。なぜここまで、アイツに似ているのだ?」
「そうですね……ですが、国としては必要な人材です。凄いことですよ!」
ロイノビは、目を輝かせ興奮していた。
「うむ、まぁそのうち分かるか……。それに、ハルリオンのことを聞く都合もあるからな」
モヤモヤするもダギル学園長は、そう言い考えるのをやめる。
(なんか……つまらねぇ。まさかこの学園、こんなヤツラばかりじゃねぇよな)
そう思いながらハルリアは、セリアーナとマルルゼノファがいる観覧席の方へと向かったのだった。