(ユウくんがうちに来る……今夜、うちに泊まる……)
ユウくんがうちに来たことは何度もあるし、泊まったことだってあるけど、それは全部昔の話。
私が小学生だった頃と今とじゃ、好きな人が家にくるって意味が、全然違うような気がした。
おかげで三島と別れてからうちに帰るまでの間、ずーっと緊張しっぱなし。
それは、ユウくんにも伝わったみたい。
「なあ、藍。本当に、急にやってきてよかったのか?」
「も、もちろんだよ。遠慮しないで」
ここで断ったら、ユウくんの行くところがなくなっちゃう。
それに、緊張はするけど、決して嫌なわけじゃない。
せっかく会えたユウくんが近くにいてくれるんだから、むしろ嬉しくもあるんだから。
そんなことを考えてるうちに、私の家に帰りつき、玄関の戸を開けると、それに気づいたお母さんが出迎えてくれた。
この時間だと、お父さんと一緒に喫茶店をやってるお店の部分で仕事をしてることも多いんだけど、今はたまたまお客さんが途切れていたみたい。
「お帰りなさい。部活どうだった?」
私が軽音部に入ろうとしていることは、お母さんにも話してある。
だけどまさか、そこで幽霊になったユウくんと再会したなんて、夢にも思ってないだろうな。
「うーん、色々あって、ちゃんと始めるのは明日からになった」
もちろんユウくんのことは話せないからごまかしてみるけど、お母さんは特におかしいとは思わなかったみたい。
それからちょっとだけ喋った後、お母さんはお店の方に行ってしまった。
お母さんの姿が見えなくなったところで、隣にいるユウくんを見る。
「おばさんも、俺のこと見えていないみたいだな」
「うん。三島の言ってた通り、やっぱりほとんどの人には見ないんだね」
実はさっき話している最中も、ユウくんはずっと私の隣にいたんだけど、お母さんはちっとも気づかなかった。
こうなるだろうなっては思ってたけど、ちょっとだけ不思議な感じがする。
「とりあえず、中に入ろうか」
「あっ。その前に、一度おじさんの顔見てくるよ。見えなくても、挨拶くらいはしておきたいから」
ユウくんはそう言って、お店の方に向かう。
それじゃ、私はその間おもてなしの準備をしないと。
昔は、そういうのは全部お父さんやお母さんがやってくれてたけど、今ユウくんの姿は私にしか見えないんだし、何よりもう前みたいな子供じゃない。
しっかりできるんだってところを見せなきゃ。
そうと決まれば、台所に行って、コーヒーの準備。
これでも喫茶店の娘だからコーヒーには詳しいし、ユウくんがどんなのを好きって言ってたかは、今でも覚えてる。
豆を選んで、お湯を火にかけ、沸騰するのを待つ。
そうしていたら、ユウくんがお店から戻ってきた。
「今、コーヒーの準備してるから、ちょっと待っててね」
「えっ? でも……」
「いいから、ユウくんは座ってて」
ユウくんをリビングに座らせたところで、火にかけたお湯が沸騰する。
用意していた豆を使って淹れて、カップに注いで、これでできあがり。
そうしてユウくんのところに持っていくけど、それを見てユウくんは困った顔をしてた。
「ごめん。俺、物に触れないから、飲んだり食べたりするのも無理みたい」
「あ……」
ユウくんは、カップに向かって手を伸ばすけど、それを掴むことはできずに突き抜ける。
「ごめんな、せっかく用意してくれたのに」
ユウくんが謝るけど、こんなの気づかなかった私が悪い。
ちょっと考えたら、すぐにわかったのに。
「わ、私こそごめん」
「ううん。わざわざ俺のために入れてくれて、ありがとな。藍、コーヒー入れられるようになったんだ」
私がお父さんとお母さんからコーヒーの入れ方を教わったのは、ユウくんが亡くなった後のこと。
ユウくんにも、飲ませてあげたかったのにな。
「あっ。でも飲むことはできなくても、匂いならわかるか」
「えっ?」
「コーヒーは、味だけでなく香りを楽しむものだからな」
ユウくんはそう言うと、そっとカップに顔を近づけて、ゆっくり息を吸う。
「うん、いい匂いだ。藍、ありがとな」
「う、ううん。こっちこそ、ありがとう」
「ん? なんで藍がお礼を言うの?」
「な、なんとなく」
私の入れたコーヒー、ユウくんに飲ませることはできなかったけど、少しは喜んでくれたかな。
そう思うと、なんだか嬉しかった。
それから私は、一度自分の部屋に入って、制服から部屋着に着替える。
普段は学校から帰った後の部屋着なんて適当に選ぶんだけど、今日は、一番可愛く見えるのはどれだろうって迷う。
「これ? それとも、こっちの方がいいかな?」
高校生になった今、自分がユウくんの目にどう映っているか、前よりもずっと気になる。
そうして着たのは、白のニットに、ピンクのショートパンツ。
ショートパンツは、裾に花のワンポイントがついていてお気に入りなんだけど、丈が短めなんだよね。
足、かなり見えてる。
「どうしよう。本当にこれでいいのかな? あぁっ。でもユウくんを待たせてるし、これ以上悩んでる時間なんてない」
結局、そのままの格好でユウくんのところに行く。
なにやってるんだろう。
可愛く思われたいのはもちろんだけど、特に見てってアピールするわけじゃないから、ユウくんはなんとも思わないよね。
なんだか、ムダに空回りしてるみたい。
「お、お待たせ」
「ああ、着替えたんだ。その服、とってもよく似合ってるよ。制服着てた時は綺麗って思ったけど、そういうのを着た時は可愛いな」
はうっ!
い、いきなり可愛いって言われた!
やっぱりユウくん、サラッとそういうこと言うよね。
そういうところは、昔から変わらない。
今の私が、その一言でどれだけドキッとしてるかも知らないで。
だけど可愛いなんて言われたらやっぱり嬉しいし、昔と同じ調子のユウくんを見ると、懐かしい気持ちにもなってくる。
「急に笑って、どうかした?」
「えっ? 私、笑ってた?」
全然自覚なかった。
けど、ユウくんに可愛いって言われて喜んでましたなんて、ハッキリ言うのは恥ずかしい。
「えっと……ユウくんがまたうちにいるのが、夢みたいだって思ったから」
咄嗟にそんなことを言ったけど、これだって嘘じゃない。
「ユウくん、前は毎日うちに来てて、お店じゃなくてこっちでご飯を食べることだってあったし、遊んでくれたり、私の宿題だって見てくれたでしょ。それが当たり前みたいになってたから、ユウくんが亡くなって、もう来ることもなくなった時、凄く変な感じがした」
ユウくんは亡くなったんだって、もうこの世にはいないんだって、頭ではわかってた。
それでも、まるで胸にぽっかりと穴が空いたみたいで、その隙間は、いつまで経っても埋まらなかった。
「藍……」
申し訳なさそうな声を︎出すユウくん。
けど、違うの。私は、寂しかったって言いたいんじゃないんだよ。
「だ、だからね、今こうしてユウくんがいてくれて、凄く嬉しいの。また、ユウくんと会えてよかった」
そう言って笑顔になると、それにつられて、ユウくんも笑った。
こうして、この話は区切りがついたし、次はこれからのことを考えないと。
「そユウくんが寝るための布団、用意しないとね」
ユウくんは布団にだって触れないだろうけど、それでも、床やソファの上に寝かせるわけにはいかないよね。
確か使ってない布団があったはずだから、お父さんとお母さんがお店に出てる今のうちに、コッソリ用意しておこう。
そう思ったけど、そこで私は、ひとつの問題に突き当たる。
(布団って、どこに敷けばいいの?)
昔ユウくんがうちに泊まった時は、空いている部屋に布団を用意してたけど、そんなことしたら、すぐにお父さんやお母さんに見つかりそう。
それはまずい。
じゃあやっぱり、布団なしで床かソファに寝かせる?
ううん、そんなのダメ。
わざわざ呼んでおいてそんなことさせるなんてできない。
やっぱり、布団はちゃんと用意しないと。
でも、どこに?
悩みながら考える。
うちの中にある、勝手に布団を用意しても、お父さんやお母さんには気づかれそうにない場所を。
そして考えた末に、そんな場所を一つだけ見つけた。
(私の部屋だ!)
ユウくんがうちに来たことは何度もあるし、泊まったことだってあるけど、それは全部昔の話。
私が小学生だった頃と今とじゃ、好きな人が家にくるって意味が、全然違うような気がした。
おかげで三島と別れてからうちに帰るまでの間、ずーっと緊張しっぱなし。
それは、ユウくんにも伝わったみたい。
「なあ、藍。本当に、急にやってきてよかったのか?」
「も、もちろんだよ。遠慮しないで」
ここで断ったら、ユウくんの行くところがなくなっちゃう。
それに、緊張はするけど、決して嫌なわけじゃない。
せっかく会えたユウくんが近くにいてくれるんだから、むしろ嬉しくもあるんだから。
そんなことを考えてるうちに、私の家に帰りつき、玄関の戸を開けると、それに気づいたお母さんが出迎えてくれた。
この時間だと、お父さんと一緒に喫茶店をやってるお店の部分で仕事をしてることも多いんだけど、今はたまたまお客さんが途切れていたみたい。
「お帰りなさい。部活どうだった?」
私が軽音部に入ろうとしていることは、お母さんにも話してある。
だけどまさか、そこで幽霊になったユウくんと再会したなんて、夢にも思ってないだろうな。
「うーん、色々あって、ちゃんと始めるのは明日からになった」
もちろんユウくんのことは話せないからごまかしてみるけど、お母さんは特におかしいとは思わなかったみたい。
それからちょっとだけ喋った後、お母さんはお店の方に行ってしまった。
お母さんの姿が見えなくなったところで、隣にいるユウくんを見る。
「おばさんも、俺のこと見えていないみたいだな」
「うん。三島の言ってた通り、やっぱりほとんどの人には見ないんだね」
実はさっき話している最中も、ユウくんはずっと私の隣にいたんだけど、お母さんはちっとも気づかなかった。
こうなるだろうなっては思ってたけど、ちょっとだけ不思議な感じがする。
「とりあえず、中に入ろうか」
「あっ。その前に、一度おじさんの顔見てくるよ。見えなくても、挨拶くらいはしておきたいから」
ユウくんはそう言って、お店の方に向かう。
それじゃ、私はその間おもてなしの準備をしないと。
昔は、そういうのは全部お父さんやお母さんがやってくれてたけど、今ユウくんの姿は私にしか見えないんだし、何よりもう前みたいな子供じゃない。
しっかりできるんだってところを見せなきゃ。
そうと決まれば、台所に行って、コーヒーの準備。
これでも喫茶店の娘だからコーヒーには詳しいし、ユウくんがどんなのを好きって言ってたかは、今でも覚えてる。
豆を選んで、お湯を火にかけ、沸騰するのを待つ。
そうしていたら、ユウくんがお店から戻ってきた。
「今、コーヒーの準備してるから、ちょっと待っててね」
「えっ? でも……」
「いいから、ユウくんは座ってて」
ユウくんをリビングに座らせたところで、火にかけたお湯が沸騰する。
用意していた豆を使って淹れて、カップに注いで、これでできあがり。
そうしてユウくんのところに持っていくけど、それを見てユウくんは困った顔をしてた。
「ごめん。俺、物に触れないから、飲んだり食べたりするのも無理みたい」
「あ……」
ユウくんは、カップに向かって手を伸ばすけど、それを掴むことはできずに突き抜ける。
「ごめんな、せっかく用意してくれたのに」
ユウくんが謝るけど、こんなの気づかなかった私が悪い。
ちょっと考えたら、すぐにわかったのに。
「わ、私こそごめん」
「ううん。わざわざ俺のために入れてくれて、ありがとな。藍、コーヒー入れられるようになったんだ」
私がお父さんとお母さんからコーヒーの入れ方を教わったのは、ユウくんが亡くなった後のこと。
ユウくんにも、飲ませてあげたかったのにな。
「あっ。でも飲むことはできなくても、匂いならわかるか」
「えっ?」
「コーヒーは、味だけでなく香りを楽しむものだからな」
ユウくんはそう言うと、そっとカップに顔を近づけて、ゆっくり息を吸う。
「うん、いい匂いだ。藍、ありがとな」
「う、ううん。こっちこそ、ありがとう」
「ん? なんで藍がお礼を言うの?」
「な、なんとなく」
私の入れたコーヒー、ユウくんに飲ませることはできなかったけど、少しは喜んでくれたかな。
そう思うと、なんだか嬉しかった。
それから私は、一度自分の部屋に入って、制服から部屋着に着替える。
普段は学校から帰った後の部屋着なんて適当に選ぶんだけど、今日は、一番可愛く見えるのはどれだろうって迷う。
「これ? それとも、こっちの方がいいかな?」
高校生になった今、自分がユウくんの目にどう映っているか、前よりもずっと気になる。
そうして着たのは、白のニットに、ピンクのショートパンツ。
ショートパンツは、裾に花のワンポイントがついていてお気に入りなんだけど、丈が短めなんだよね。
足、かなり見えてる。
「どうしよう。本当にこれでいいのかな? あぁっ。でもユウくんを待たせてるし、これ以上悩んでる時間なんてない」
結局、そのままの格好でユウくんのところに行く。
なにやってるんだろう。
可愛く思われたいのはもちろんだけど、特に見てってアピールするわけじゃないから、ユウくんはなんとも思わないよね。
なんだか、ムダに空回りしてるみたい。
「お、お待たせ」
「ああ、着替えたんだ。その服、とってもよく似合ってるよ。制服着てた時は綺麗って思ったけど、そういうのを着た時は可愛いな」
はうっ!
い、いきなり可愛いって言われた!
やっぱりユウくん、サラッとそういうこと言うよね。
そういうところは、昔から変わらない。
今の私が、その一言でどれだけドキッとしてるかも知らないで。
だけど可愛いなんて言われたらやっぱり嬉しいし、昔と同じ調子のユウくんを見ると、懐かしい気持ちにもなってくる。
「急に笑って、どうかした?」
「えっ? 私、笑ってた?」
全然自覚なかった。
けど、ユウくんに可愛いって言われて喜んでましたなんて、ハッキリ言うのは恥ずかしい。
「えっと……ユウくんがまたうちにいるのが、夢みたいだって思ったから」
咄嗟にそんなことを言ったけど、これだって嘘じゃない。
「ユウくん、前は毎日うちに来てて、お店じゃなくてこっちでご飯を食べることだってあったし、遊んでくれたり、私の宿題だって見てくれたでしょ。それが当たり前みたいになってたから、ユウくんが亡くなって、もう来ることもなくなった時、凄く変な感じがした」
ユウくんは亡くなったんだって、もうこの世にはいないんだって、頭ではわかってた。
それでも、まるで胸にぽっかりと穴が空いたみたいで、その隙間は、いつまで経っても埋まらなかった。
「藍……」
申し訳なさそうな声を︎出すユウくん。
けど、違うの。私は、寂しかったって言いたいんじゃないんだよ。
「だ、だからね、今こうしてユウくんがいてくれて、凄く嬉しいの。また、ユウくんと会えてよかった」
そう言って笑顔になると、それにつられて、ユウくんも笑った。
こうして、この話は区切りがついたし、次はこれからのことを考えないと。
「そユウくんが寝るための布団、用意しないとね」
ユウくんは布団にだって触れないだろうけど、それでも、床やソファの上に寝かせるわけにはいかないよね。
確か使ってない布団があったはずだから、お父さんとお母さんがお店に出てる今のうちに、コッソリ用意しておこう。
そう思ったけど、そこで私は、ひとつの問題に突き当たる。
(布団って、どこに敷けばいいの?)
昔ユウくんがうちに泊まった時は、空いている部屋に布団を用意してたけど、そんなことしたら、すぐにお父さんやお母さんに見つかりそう。
それはまずい。
じゃあやっぱり、布団なしで床かソファに寝かせる?
ううん、そんなのダメ。
わざわざ呼んでおいてそんなことさせるなんてできない。
やっぱり、布団はちゃんと用意しないと。
でも、どこに?
悩みながら考える。
うちの中にある、勝手に布団を用意しても、お父さんやお母さんには気づかれそうにない場所を。
そして考えた末に、そんな場所を一つだけ見つけた。
(私の部屋だ!)