人通りの少ない道をひとり歩く。タバコをくわえて。
口から煙を吐きだしても、誰も文句を言わない。
すれ違うのは、旧国道線を走る車だけ。
この時間、歩道にはほとんど人がいない。
さびれた街と言えば、終わりになるが……。
しかしこの静けさ。俺は嫌いじゃない。
近くの店は居酒屋や喫茶店、コンビニぐらいしかないけど。
それでも、この藤の丸という街は落ち着く。
ちょっと通りを曲がれば、灯りが少なく暗いため、おっかないところもあるけど。
俺みたいな作家崩れは静けさこそ、リラックスできる。
ネタに困った時は、この近所を歩き回るのが一番だ。
歩きタバコは良くないけど、まあ人と会ったらすぐに消すさ。
『SYO先生、どうか一回で良いので、ロリものに挑戦しませんか!?』
喫茶店で、担当編集の高砂さんの放った言葉が頭をよぎる。
「参ったな……」
高砂さんはまだ新人で、打ち合わせをしたのは3回目だ。
それほど、コミュニケーションが取れていない。
以前の編集は何も文句を言わない、おっさんだったし……。
ロリものねぇ。
書けないこと無いかもしれないけど、俺はそんな趣味ないし。
それに……今人気のあるムチムチシリーズは、“あいつ”をモデルにしているもんなぁ。
口が裂けても言えないよ。
元カノのことをエロマンガのキャラに使っているなんて。
気がつくと住んでいるアパートが目に入った。
俺の住んでいるアパートも、灯りが少なくてどこかおっかない。
所々、錆びているし二階へ昇る階段も何個か穴がある。
金に困ってなけりゃ、こんなところへ住まないよ。
「あ、おっさん!」
「え?」
見上げると、二階の柵から細い二本の脚をバタバタとさせる少年の姿が。
黄色のトレーナーワンピースを着ていて、下から見るとどうしても股間に目が行ってしまう。
まあ、中身はショートパンツなんだけど。
「おっさん! この前の話、オレちゃんと調べてきたぞ!」
「は? なにを言っているんだ?」
航太の話を聞きながら、階段を登る。
「ま、前に言ってたじゃん! おっさんはそういう店で童貞を使ったって!」
「……」
童貞は使うじゃなくて、捨てるものだと思うが。
なんか良く分からんが相手は、まだ中学生だ。
思春期だし、色々と考えているかもな。
話だけは聞いてやろう。
「オレさ、スマホで調べたんだぜ! そういう店で童貞は捧げられないんだって」
「一体どういう……」
「だからおっさんは、素人童貞だっ! 本当の童貞は捧げられてないってことなんだよ!」
自分の家にたどり着き、ドアの鍵を開けようとするが……。
頭が真っ白になり、固まってしまう。
この子は一体、なにが言いたいのだろう?
「お、おっさんはやっぱりモテないんだろ! 変に格好つけんなって。だからエッチな話しか書けないんだ!」
そう言うと、俺の顔目掛けて、ビシッと人差し指を指す。
「……」
なんて返したら良いんだ?
この子、どうしても俺をこけ下ろしたいんだよな。
きっと自分が童貞だから、俺も童貞であってほしいとか。
参ったな。変にプライドを傷つけたくないし、どうやって伝えるべきか。
「あのな、航太。確かに俺はピンク系の店で、童貞を捨てた。だけど、そのあと彼女が出来たから。もう世間一般で言う童貞じゃないと思うぞ?」
「はぁっ!? おっさんに彼女がっ!?」
大きな瞳を丸くして、驚いている。
俺ってそんなにモテないように見えるのか?
ちょっとショックだな。
「ああ、もう別れてだいぶ経つけどな……」
これで満足してくれただろうと、ドアノブを回そうとしたその時だった。
「ウソだっ!」
航太が顔を真っ赤にして叫ぶ。
アパート中に響き渡ったんじゃないだろうか。
その大声に俺もビクッと震える。
「航太……?」
「ウソに決まってる! そんな毎日ダセェ半纏を着ているような、おっさんを好きになる女なんて、この世にいるかっ!」
「それは……」
「本当にいたって言うなら、証拠を出せっ!」
なぜここまでこだわるんだ、この子。