おじさんとショタと、たまに女装


 結局、掃除好きな航太は、俺の部屋を全て片づけると言い始め。
 もうかれこれ、数時間も大掃除している。
 畳に散らばっていたマンガ雑誌も、しっかりと本棚に並べてくれた。

 洗濯はしたのに、たたむのが面倒くさくてほったらかしの服も、ひとつ一つ畳んでタンスへ直す。
 まるでお母さんだな……。
 しかし、ずっと気になっていることがある。

 それは俺が原作を担当した、エロマンガが連載されている雑誌のこと。
 彼も男だから興味はあると思うが……まだ未成年の中学生。
 自分も思春期に経験があるから、読むなとは言えないが。
 母親の綾さんを考えると、気を使ってしまう。

「ねぇ、おっさん」
「ん? どうした?」
「あのさ……おっさんて、マンガが好きなの?」

 本棚に入りきらなかった古いエロマンガ雑誌を、束ねて紐で縛る航太。
 この雑誌が、18歳以上を対象としていることに気がついてないようだ。

「いや……好きというか。仕事上、必要でな」
「え、ていうことは、おっさんて漫画家なの!?」
「漫画家というか、その原作を書いているんだ」
 
 エロマンガだけど。
 
「すげぇ~ じゃあ作家なんだ……あっ、じゃあニートじゃないの?」
「違うよ」

 まだニートだと、思いこんでいたのか。
 確かに貧乏な暮らしだから、そう思われても仕方ないけど。

「そうだったんだ。じゃあ作家だけで食べてる、プロってやつ?」
「まあ、カツカツだけどね……」
「へぇ~ 良いなぁ。ねぇ、オレもおっさんのマンガを読んでみたい」

 ブラウンの瞳を輝かせる航太。
 断りづらいな。

「いいけど、綾さんには内緒にしてくれる?」
「うん! 約束な!」

 そう言うと、小指を差し出す航太。
 仕方なく、俺も小指を出して契りを交わす。

「じゃあ読んでみるね……んと、何ページがおっさんの?」
「えっと……150ページあたりかな」

 しばらく沈黙が続いたあと、航太の顔は真っ赤に染まってしまう。
 目を泳がせて、唇をパクパクとさせている。

「な、なにこれ……」
「その、航太も年頃だから、興味あるだろ? 俺の仕事はエロマンガの原作なんだ」
「聞いてないよ! バカッ!」

 喜ぶかと思ったら、めちゃくちゃ怒られてしまった。
 普通、この年頃なら喜んで読むだろうに……。

  ※

「で、でもさ……おっさんのエロマンガだっけ? ストーリーとか、キャラは全部おっさんが考えているんでしょ?」
「ああ、本当はネームが良いんだけど。俺は文字でしか表現できないからな……」
「やっぱりな! しょ、正直読んで見て思ったもん」
 
 何故か勝ち誇ったかのように、胸を張る航太。
 一体、何を言いたいんだろう。

「なにがだ?」
「ヘヘ……あんなコスプレイヤーがいるわけないよ。む、胸もアホみたいにデカいし……」
「はぁ、だから?」
「童貞くさいんだよ、いかにも童貞の考えたストーリーって感じ」

 そういうことか……。
 未だに俺をそんな風に見ているのか。

「あのさ、航太。別に自慢したいわけじゃないが……」
「なんだよ? おっさん、怒ったの?」
「全然、怒ってないよ。前にも童貞って言われたけど、俺。もう童貞じゃないぞ?」

 俺がそう答えると、航太は大きな瞳を丸くさせる。
 口を大きく開いて驚いていた。

「ウソだっ! 格好つけんなよ!」
「いや本当だって。大学に入ってすぐ、先輩に誘われて『そういう店』で経験させてもらったのさ」
「……」
 
 俺が童貞じゃなかったことが、よっぽどショックだようだ。
 肩を落として俯いてしまう航太。

「別に普通のことだろ?」
「……じゃない」
「え?」
「普通じゃないよっ! おっさんのバカっ!」

 急に顔を上げたと思ったら、涙目で叫び声をあげる。

「どういうことだ?」
「そんなお店を使うなよ! ”そういう”のはちゃんと取っておけ、バカ!」
「は?」

 童貞を取っておく?
 一体、なんのために。

「もう今日は帰る! あとの片づけは、おっさんがしろよな!」
「お、おい……」

 止めようとしたが、彼は急いで家から飛び出てしまった。
 泣きながら……。
 
 童貞なんてすぐに捨てるものじゃないのか。
 最近の子供は、わからないな。

 あれから数日経った。
 俺が童貞じゃなかったのが、よっぽど悔しかったのか。
 航太は怒って、俺の家に近寄るどころか、アパートの廊下にさえ現れない。
 
 一体なにが悪かったのだろうか?
 やはり、あれか。中学生ぐらいだと劣等感から、非童貞の俺がムカつくのかな。

 
 何度かコンビニで肉まんを購入し、アプリで当たったという噓で、彼の機嫌を取ろうとしたが。
 家から全然出て来ない。
 仕方ないので、自ら肉まんを頬張っていると、スマホが鳴り響く。
 誰かと思ったら、編集部の高砂(たかさご) 美羽(みう)さんだ。
 たぶん、この前の原稿の件だろう。

「もしもし?」
『あ、今よろしいでしょうか? SYO(ショウ)先生』

 SYOという名前は、俺のペンネームだ。
 本名の翔を、ローマ字に変えただけだが。
 
「いいですよ」
『前回の原稿について、ちょっとお話したいのですが、1時間後にいつもの“ライム”でいかがですか?』
「大丈夫です」

 電話を切った瞬間、腹がぐぅっと音を鳴らす。
 ライムという名前を聞いただけで、例のメニューが頭に浮かんできた。
 学生時代から利用している喫茶店。
 あそこはナポリタンが美味いんだよな……。

  ※

 約束した時間より早く、現地に着いてしまった。
 喫茶店、ライム。オープンしてかれこれ30年以上経つと聞く。
 学生時代から通っているが、昔ながらの喫茶店というスタイルが好きだ。
 
 今のご時世、喫煙者はどこも嫌われる。
 自分が住んでいるアパートでさえ、ベランダでタバコを吸っていたら、一斉に窓を閉められるし……。
 喫煙所も少ない。コンビニの駐車場か、このライムぐらいでしか落ち着けない。

 店のドアを開けると、鈴の音が鳴り響く。
 カウンターに立っていた初老の男性が、俺の顔を見てニコリと笑う。

「あ、翔ちゃん。久しぶりだね」
「ういっす。マスター」
「全く、まだそんな格好をして……”未来(みくる)”ちゃんが見たら怒るよぉ~」
「この半纏(はんてん)が一番、暖かいんすよ。あと、“あいつ”とは別れたって言ってるじゃないっすか」
「そうだった。ごめんごめん……好きな席いいよ」
「ちっす……」

 あいつの名前を出されて、つい動揺してしまった。
 もう別れて、3年近く経つのに……。


 店の中は俺以外、客が3人ほど。
 平日だし、午前だものな。
 マスターが持ってきた灰皿を受け取ると、一服させてもらう。
 天井に浮かぶ白い煙を眺めながら、ふとこの街に引っ越してきた頃を思い出す。


 俺の住んでいる区域、藤の丸(ふじのまる)町は、主に単身者向けのアパートやマンションが多い。
 それは、近くに大きなキャンパスがあるから。
 大勢の学生が、大学近くの寮やアパートを探す。
 俺は県外から引っ越して下宿する学生たちとは違う。実家は同じ福岡市内だし、頑張れば通える範囲だ。

 しかし、偏差値の高い国立大学への受験に失敗し、適当に受けた私立大学に入学すると両親に報告したら、猛反対された……。
 面倒くさくて逃げるように、この街で一人暮らしを始めた。
 それが約10年前のこと。
 
 卒業したら、さっさと出て行くつもりが、ダラダラとこの街に住み着いてしまった。
 まあ住み始めると、居心地が良いし。

 タバコを一本、吸い終える頃。
 店内の入口から、鈴の音が鳴る。

「あ、SYO先生。お待たせしました!」

 息を切らして店に入ってきた若い女性。
 この人が俺の担当編集、高砂 美羽さんだ。
 まだ出版社に入社して間もない、新人。

 多分、就職活動からそのまま使っているのだろう。
 黒い無地のジャケットに、スカートを履いている。

「お疲れ様です」
「いえいえ! こちらこそ、呼んでおいて遅刻してしまうなんて……」

 眼鏡をかけ直して、大きなトートバッグの中を漁り始める。
 落ち着きの無い人だ。

「俺が早めに来たんすよ。気にしないで下さい」
「そうでしたか……なら、打ち合わせを始めてもいいですか?」
「ええ」

 ここまでは、愛いらしい新人の女性なのだが。
 創作の話になると、性格が激変する。

「実はですね……SYO先生が書いている『ムチムチ、コスプレイヤー』なんですが。今回の連載で、一度休載にしたいのです」
「え、どうしてですか?」
「ちょっと表現し辛いのですが……もっと背徳感を感じられる若い……。いや幼い女の子をめちゃくちゃにするエロマンガが、私的には好ましいのですっ!」
「……」

 高砂さんはゴリゴリのロリコンだった。

「ですから、SYO先生。たまには趣味を変えて、ムチムチ女子大生からロリ体型に変えたら、どうでしょうか!?」

 そう言って、喫茶店のテーブルを平手で叩く地味な女性。
 普段は大人しい女の子なのに、創作の話になると興奮しがち。
 元々、俺が所属している編集部は男性が多かった。
 そりゃ成人男性向けのマンガ雑誌だからな……。
 若い女性は、働きづらいだろう。

 だが、この目の前にいる高砂(たかさご) 美羽(みう)さんは違う。
 元々ロリ好きで、なおかつ百合が大好物。
 母体である博多(はかた)社の採用担当は彼女を見て、女性向け雑誌を扱う”BL編集部”へ配置したが、問題が生じた。
 彼女の性癖が強すぎて、女性作家たちからクレームが殺到。

 仕方なく、男性向けの編集部へ異動された……。
 しかし本人は、この左遷を喜んでいる。
 むしろ転職だと叫ぶほど。

「あの……高砂さん。いきなり『ムチムチシリーズ』を、休載はまずくないですか?」
「いいえ! 前々から思っていたんですよ! SYO先生ならロリっ娘を無理やり襲うような、鬼畜ものを書けそうだって!」
「……」
 
 酷い偏見だ。
 
「だって、文字でしか表現できないのに。あの妙にリアルな女子大生! まるで実体験を基に書いているとしか思えません!」
「それはその……」

 返答に困っていると、喫茶店のマスターがメニューを持って来た。

「いらっしゃい。あれ? ひょっとして、翔ちゃんの新しい彼女さん?」
 
 天然なマスターらしい誤解だ。
 でも話が逸れて、好都合かもしれない。

「えぇ!? 私がSYO先生の彼女だなんて、おこがましいですっ!」
 
 先ほどの勢いは消え失せ、両手を左右にブンブンと振る高砂さん。
 創作に関しては暴走しがちな女性だが、恋愛や私生活になると大人しくなってしまう。
 ここは、俺が助け舟を出そう。

「マスター、この人は編集部の高砂さんだよ。前にも何回か来たろ?」
「ああ~ そう言えば、そうだったね、ごめんごめん」
 
 年上のマスターが頭を下げると、高砂さんは慌てだす。
 
「いえいえ! あ、それより注文ですよね? えっと私は……」
 
 一生懸命、メニューを眺めているが、今のままでは注文できない。
 逆さまだからだ。
 
「高砂さん。カレードリアとかどう? ここのは美味しいらしいよ」
「え、そうなんですか? じゃあ私はカレードリアを一つお願いします!」
「カレードリアね。翔ちゃんは、いつもの大盛りでいいかな?」

 いつものとは、ナポリタンのことだ。
 
「うん。それでお願いします」
 
 マスターが「あいよ」と注文を取ると、カウンターの奥へと去っていく。

「はぁ、ビックリした。私、こういう喫茶店って慣れてなくて……」
「そうですよね、俺はこの店長いんで。ていうか、毎回天神(てんじん)からここまで来てもらってすみません」
「全然構いませんよ。私も編集部にずっといると、気を使うので」

 本来なら出版社のある繫華街、天神まで俺が行くはずなのだが。
 年がら年中、金が無くてヒーヒー言ってるので、編集部から藤の丸(ふじのまる)まで来てもらっている。
 さすがに汚いアパートで打ち合わせは、気まずいので。この喫茶店を利用しているが。
 まあ、俺の狙いはこの店の会計が、編集部の経費になることだ。
 ナポリタンを大盛りで食べて、食後に飲むコーヒーとタバコが最高。
 
 でも、カレードリアか……。
 相手が若い女性だし、勝手に好きだろうと勧めてしまった。
 本当は違う。

 学生時代。
 あいつといつも、バイト帰りにこの店へ寄っていたから、癖になっているだけ。

『マスター、ナポリタン大盛りとカレードリアね!』
『ちょっと! 翔ちゃん、私はまだ決めてないよ?』
『でも、お前。毎回悩んだうえでドリアじゃん』
『そうだけどさ……酷くない!?』

 別れて3年も経つのに。
 まだ忘れられないのか、だせぇな。俺って……。

 人通りの少ない道をひとり歩く。タバコをくわえて。
 口から煙を吐きだしても、誰も文句を言わない。
 すれ違うのは、旧国道線を走る車だけ。
 この時間、歩道にはほとんど人がいない。

 さびれた街と言えば、終わりになるが……。
 しかしこの静けさ。俺は嫌いじゃない。
 近くの店は居酒屋や喫茶店、コンビニぐらいしかないけど。
 それでも、この藤の丸(ふじのまる)という街は落ち着く。

 ちょっと通りを曲がれば、灯りが少なく暗いため、おっかないところもあるけど。
 俺みたいな作家崩れは静けさこそ、リラックスできる。
 ネタに困った時は、この近所を歩き回るのが一番だ。
 歩きタバコは良くないけど、まあ人と会ったらすぐに消すさ。

『SYO先生、どうか一回で良いので、ロリものに挑戦しませんか!?』

 喫茶店で、担当編集の高砂さんの放った言葉が頭をよぎる。

「参ったな……」

 高砂さんはまだ新人で、打ち合わせをしたのは3回目だ。
 それほど、コミュニケーションが取れていない。
 以前の編集は何も文句を言わない、おっさんだったし……。

 ロリものねぇ。
 書けないこと無いかもしれないけど、俺はそんな趣味ないし。
 それに……今人気のあるムチムチシリーズは、“あいつ”をモデルにしているもんなぁ。
 口が裂けても言えないよ。
 元カノのことをエロマンガのキャラに使っているなんて。


 気がつくと住んでいるアパートが目に入った。
 俺の住んでいるアパートも、灯りが少なくてどこかおっかない。
 所々、錆びているし二階へ昇る階段も何個か穴がある。

 金に困ってなけりゃ、こんなところへ住まないよ。

「あ、おっさん!」
「え?」

 見上げると、二階の柵から細い二本の脚をバタバタとさせる少年の姿が。
 黄色のトレーナーワンピースを着ていて、下から見るとどうしても股間に目が行ってしまう。
 まあ、中身はショートパンツなんだけど。

「おっさん! この前の話、オレちゃんと調べてきたぞ!」
「は? なにを言っているんだ?」
 
 航太の話を聞きながら、階段を登る。
 
「ま、前に言ってたじゃん! おっさんはそういう店で童貞を使ったって!」
「……」

 童貞は使うじゃなくて、捨てるものだと思うが。
 なんか良く分からんが相手は、まだ中学生だ。
 思春期だし、色々と考えているかもな。
 話だけは聞いてやろう。

「オレさ、スマホで調べたんだぜ! そういう店で童貞は捧げられないんだって」
「一体どういう……」
「だからおっさんは、素人童貞だっ! 本当の童貞は捧げられてないってことなんだよ!」

 自分の家にたどり着き、ドアの鍵を開けようとするが……。
 頭が真っ白になり、固まってしまう。
 この子は一体、なにが言いたいのだろう?

「お、おっさんはやっぱりモテないんだろ! 変に格好つけんなって。だからエッチな話しか書けないんだ!」

 そう言うと、俺の顔目掛けて、ビシッと人差し指を指す。

「……」

 なんて返したら良いんだ?
 この子、どうしても俺をこけ下ろしたいんだよな。
 きっと自分が童貞だから、俺も童貞であってほしいとか。
 参ったな。変にプライドを傷つけたくないし、どうやって伝えるべきか。

「あのな、航太。確かに俺はピンク系の店で、童貞を捨てた。だけど、そのあと彼女が出来たから。もう世間一般で言う童貞じゃないと思うぞ?」
「はぁっ!? おっさんに彼女がっ!?」

 大きな瞳を丸くして、驚いている。
 俺ってそんなにモテないように見えるのか?
 ちょっとショックだな。

「ああ、もう別れてだいぶ経つけどな……」
 
 これで満足してくれただろうと、ドアノブを回そうとしたその時だった。

「ウソだっ!」

 航太が顔を真っ赤にして叫ぶ。
 アパート中に響き渡ったんじゃないだろうか。
 その大声に俺もビクッと震える。

「航太……?」
「ウソに決まってる! そんな毎日ダセェ半纏を着ているような、おっさんを好きになる女なんて、この世にいるかっ!」
「それは……」
「本当にいたって言うなら、証拠を出せっ!」

 なぜここまでこだわるんだ、この子。

「いいから早く出せよっ! 証拠をさ!」

 と涙目で叫ぶ、航太。
 一体、なにをここまで必死になっているんだ?
 わからん……。

「証拠って例えば?」
「そ、そうだ……彼女っていうんなら、連絡先。L●NEとか」
「ああ。それならあるさ」

 別れたからと言って、絶縁したわけじゃない。
 相手はどう思っているか知らないが……。
 俺は“あいつ”を嫌いになって、別れたんじゃない。自分が釣り合わない男だって思ったから。
 仕方なく、俺から別れを切り出したに過ぎない。

 だから今でも思い出は、大事に残している……。
 電話番号にメールアドレス、L●NEや各SNSもお互いにフォローし合う仲だ。
 ジーパンのポケットからスマホを取り出すと、アドレス帳を開く。
 開いてすぐに、あいつの名前が出るように設定してある。

 未来と書いて、みくる。
 それが俺の付き合っていた彼女の名前だ。

「これでいいか?」

 航太にスマホを突き出したは良いが、頬が少し熱くなるのを感じた。
 なんか元カノと、イチャイチャしているところを、見せつけているような気がして。

「見せて」

 俺の手からスマホを奪い取ると、じーっと眺める航太。
 しばらく黙って見つめていたが。スマホを掴んでいる指が震え始める。
 そして何を思ったのか、鉄骨製の廊下にスマホを叩きつけた。

「なっ!?」
「こんなの、ウソだっ! おっさん。男友達のアドレスを、女の名前に変えたんだろ?」
「……なんでそんな回りくどい嘘をつくんだよ。本当に俺が付き合っていた女の子だって」

 スマホが壊れていないか、急いで拾い上げる。
 どうやら、正常に機能しているようだ。
 しかし、画面に亀裂が入っている……。
 ひどいな。

「じゃ、じゃあそこまで言うなら、写真とか無いわけ?」
 
 割れたスマホの画面を見て、罪悪感を感じているのか、航太は視線を逸らしている。
 そんなに人の元カノが、知りたいかね?
 ため息をついて、数年前の写真を探してみる。
 学生時代にデート帰り、プリクラを二人で撮ったやつがある。
 これならあいつが、俺の腕に手を回しているし、良いだろう。

「ほら、この写真ならもう納得か?」

 再度、航太にスマホを差し出す。
 今度は投げるなよ。

「んん……」
 
 眉間に皺を寄せ、スマホを覗き込む。
 まだ疑っているようだ、唸り声を上げて首を傾げる。

「合成写真じゃないぞ? ほら、二人とも仲良さそうだろ?」

 自分で言っていて、超恥ずかしい。
 過去とはいえ、のろけだからな。

「なんかさ……地味じゃね? おっさんの元カノって」
「そ、それはこいつがファッションとか、あんまり興味なくてだな……」

 彼の言う通り、元カノの未来は地味な女子だ。
 通っていた大学には、芸術学部があって、ある時偶然知り合った仲。
 普段は趣味であるマンガのことしか、考えていないから地味と表現されても仕方ない。
 だが、写真まで差し出したのに、それではあまりにも未来がかわいそうだ。

「ねぇ、おっさん。付き合っただけで、何もしてないんじゃないの?」
「はぁ!?」
「こんな地味女のどこに惚れたの? オレだったら、罰ゲームでも嫌かな」
「……」

 別れたとはいえ、未来は俺が初めて付き合った彼女だ。
 ここまで言われる筋合いは無い。
 というより、彼氏である俺が許せない。
 あいつの素晴らしいところは、全部知っているつもり。
 なら、それを証明してやりたい!

「わかった……そこまで言うなら、航太。俺の家に来いよ」
 
 気がつけば、俺の方がムキになっていた。
 どうしても元カノの名誉を、挽回させておきたいから。

「え? な、なんで……」
「俺の元カノにそこまで言っておいて、逃げるのか? ちゃんと見ていけ。あいつの凄さを教えてやる」
「は、はぁ? なんだよ、ただ地味女だって言っただけじゃん!」
「それが嫌なんだ。部屋にプリントしたあいつのアルバム集があるから、見ていけよ」
「アルバム集? キモい! おっさん、別れてもまだ引きずってんの?」

 航太に指摘されるまで、気がつかなかった。
 元カノを収めた写真集を、長年大事にしている自分に……。

 自分でもなぜここまで元カノのことで、怒っているのか分からなかった。
 ひょっとして、まだ引きずっているから……。
 好きだから怒りを覚えているのか?

 いきなり自宅に誘われた航太は動揺していた。
 しかし俺はそんな彼を無視して、航太の腕を掴む。
 掴んで気がついたことだが、かなり細い。手のひらに収まりそうだ……。

「ちょっ、おっさん……悪かったって」
「いいや! とりあえず、あいつの写真集を見ていけ。そしたら俺の言っていることも分かる」

 自宅の扉を開くと、ゴミだらけの汚い部屋が見える。
 この前、航太に掃除してもらったというのに、3日で元に戻ってしまった。

「うわっ……なんでこんなに汚くしてんの?」

 ドン引きする航太を無視して、早く家に上がるよう促す。

「いいから、さっさと入れ。写真集を出してくるから……」

 俺がいつも作業したり、食事するちゃぶ台の前に航太を座らせると。
 押し入れの戸を開き、ダンボール箱を漁り始める。
 もう何年も見てないから、どこにあるか分からない。

 しびれを切らした航太がため息をつく。

「はぁ……もういいよ、おっさん」
「待て待て! この辺にあったから……お! これだ」

 ちょっと埃をかぶっているが、間違いない。
 昔、付き合っている時。未来からもらったコスプレ写真集。
 航太の言う通り、あいつは普段、地味な女の子だったけど。

 変わった趣味があって、一つはマンガを描くこと。
 もう一つは、好きなアニメやマンガのキャラクターになりきること。
 つまり、コスプレイヤーだ。

 コミケが開催された時、かなり際どいコスをするのが好きだった。
 その趣味のおかげで、よく写真集を自作しては俺にプレゼントしてくれた。

「ほぉれ、これでも地味だって言えるか?」

 ちゃぶ台の上にぶ厚い写真集を、何冊も載せてやる。
 自分のことのように、自慢気に。

「な、なにこれ……」
「俺の元カノ、未来のコスプレ写真集だ」
「こんなの別れても、ずっと持ってるとかキモい」
「……」

 確かにそう言われたら、そうか……。

 ~10分後~

 航太はあれから黙々と、未来の写真集を眺めている。
 一冊、読み終えるとすぐ次の写真集に手を出す。
 だが終始無言。

「……」

 眉間に皺を寄せて、未来のコスプレ写真を眺める航太。
 特に反応はない。
 それはそれで、寂しい。
 ここまで攻めたコスプレ写真を見せてやっているのに……。
 同じ男なら、興奮してもいいだろ。

「なあ、どうだ? こいつ、脱ぐとすごいだろ? 着やせするタイプでさ、胸もGカップあるらしいぜ」

 と写真の中の、胸を指差す。
 すると、航太は舌打ちをして苛立つ。

「ちっ、うるせぇな! おっさんが巨乳好きってだけじゃん! だいたい、うちの母ちゃんの方がデカいし……」

 なんか変な自慢大会になってしまった。

  ※

「それでどうだった? 俺の元カノ、全然地味じゃないだろ。趣味でコスプレする、エロいおねえちゃんじゃないか?」
「……」

 不満そうに胸の前で、腕を組む航太。

「お前も男だから、思うだろ? こんなエロいお姉さんを彼女にしたい、とか?」
「全然! むしろだらしない身体って思った! 見ていてイライラする!」
「え……」
「ていうかさ、思ったんだけど。この豚女って、あのエロマンガに出てくるモデル?」

 そう言って航太が指差すのは、部屋にある本棚だ。
 ずらっと横に並ぶエロマンガ雑誌。
 俺が原作を担当しているムチムチシリーズ。毎度、作品の中で集団に襲われている女子大生……。
 航太はそのヒロインが、元カノ。未来じゃないかと聞いているのだ。

 今まで指摘されたことは無かったので、心臓を掴まれるような思いに駆られた。

「その……うん。あいつをモデルに描いているよ」
「ふ~ん」

 汚物を見るかのような、冷たい目で俺を睨みつける。

「正直さ。このコスっていうの? オレが、着た方が似合うと思う」
「え?」

 一体、どうしたらそうなるんだ。

「今、なんて言った?」
「だ~から! オレの方が、この衣装。絶っ対似合うと思うって言ったの!」

 胸の前で腕を組み、自信たっぷりと言った顔で、俺を睨む航太。
 どうして、男の彼が女キャラのコスをしたがるんだ?

 ~それから数日後~

 航太は一体、どうしてあんなことを言ったのだろう……。
 そんなに俺の元カノ、未来がエロくて羨ましかったのか?
 だからと言って、悔しくて自ら女のコスプレをしたいと思うかな。
 最近の若者はよく分からん。

 
 担当編集の高砂さんに言われた通り、初のロリものに挑戦しているが。
 思うように原稿が進まない。
 今まで書いていたムチムチシリーズは、元カノをモデルにしているから、書きやすい。
 航太に見せた未来のコスプレ写真集を、今でも大事に持っているのは、資料としても利用しているからだ。
 まあ、他にも使用用途が無いわけじゃない……。
 
 それに対して、今回のロリものはモデルがいない。
 インターネットでマンガや合法グラドルなどを参考に描いてみるが……難しい。
 キーボードを叩いてはいるが、ずっとエンターキーばかり。
 白紙のまま。
 今日は原稿を書くのを諦めて、コンビニへ酒でも買いに行くかと立ち上がった瞬間。

『ピンポーン』と玄関のチャイムが鳴った。

 ひょっとして、お隣りの美咲(みさき) (あや)さんか?
 いや、航太だったりして?
 相手が誰か確認もせずに、玄関のドアを勢い良く開いた。

「ちわっす、宅急便です。ここにサイン良いっすか?」
「……」

 一気に萎えてしまった。
 チャイムを鳴らしたのは、屈強な身体の宅配業者だったから。
 とりあえず、言われた通りにサインを書いて、荷物を受け取る。

「あざーす!」
「ど、どうもおつかれさま……」

 受け取った荷物は、大きなビニール袋だった。
 手に持つと随分、軽い。
 なんだろ? こんなの注文した覚えはないけど。
 玄関のドアを閉めて、送り主を確認する。

『博多社 “出ちゃった”編集部、高砂(たかさご) 美羽(みう)

「なんだ、高砂さんか……」

 でも、一体なにを送ってきたんだ?
 書類にしては軽いし……。
 とりあえず、ビニール袋を開けて中を確認してみる。

 すると中には、薄い透明のビニール袋が三つ入っていた。
 なんだろうと取り出してみたら……大人の俺が、持っていちゃいけないモノが混入している。

「セーラー服と体操服、それにスク水……」

 三つともビニール袋で梱包されているから、新品だと思うが。
 このご時世、こんなものを俺が所持していたら、変な人だと誤解されそう。

 なにかの間違いだと、スマホを取り出して高砂さんに電話をかけようと思ったら。
 一枚の用紙がひらりと、床に落ちた。
 便せんだ……高砂さんからのメッセージらしい。

『SYO先生、進捗いかがですか? これ資料として使ってください』

 彼女のメッセージを読んで、思わず吹き出してしまう。

「ブフッ!?」
 
『ムチムチシリーズより、リアルに描いて欲しいので。ロリっ子が着る制服を用意しました。たくさん妄想してください!』

 そういうことか……。
 しかしこの人、よく出版社に採用されたな。
 ん? まだメッセージには続きがあるみたいだ。

『追伸。その制服は全部、私のお古ですので。使用後は好きにしてください。捨てても売っても』

「……」

 捨てても逮捕、売っても逮捕になるんじゃないか。
 というか……この古着で一体、どう物語を想像すればいいんだ?
 
  ※
 
 ビニール袋から制服を取り出し、畳の上に広げてみる。
 確かに高砂さんが学生時代、使用していたもので間違いないようだ。
 だって、どの服にも彼女の名前が書いてあるから……。

『2-A 高砂 美羽』

 つまり彼女としては、中学2年生ぐらいのヒロインを書いて欲しいってことか?
 でもな、身近なところにそんな子供はいない……いや、いる。
 お隣りの美咲さん家。航太は確か中学2年生。

 って、俺は何を考えているんだ。あの子は男だ。
 こんな制服を着るわけないだろう。

「高砂さんも一体、何を考えているんだか……」

 近所のコンビニから出ると、駐車場にある喫煙所へ向かいタバコに火を点ける。
 
「はぁ~」

 夕陽でオレンジ色に染まった空へ、白い煙が漂う。
 煙が目に染みるから、自然と目を細めてしまう。
 半纏を着ているとはいえ、12月だ。
 外でタバコを吸うのもしんどい。

 この辺で喫煙できる場所も少ない。
 公園なんて無いし、居酒屋も店内での喫煙はダメ。
 唯一許されているのは、昔から利用している喫茶店のライムだけ。
 あとは、コンビニの駐車場ぐらい。
 価格だけ上げるくせに、喫煙者には厳しいんだもの……やってられないぜ。

 と心の中で、ぼやいていると。
 聞き覚えのある甲高い声が聞こえてきた。

「あんまり近づくなって! オレはお前のこと、何とも思ってないんだよっ!」

 視線を空から地上におろすと、コンビニの前を通る一人の中学生が目に入った。
 低身長で華奢な体型だから、学ラン姿が似合わない。
 かなりサイズが大きいようで、ぶかぶか。
 制服を着ているというよりも、制服に着られているという感じ。

「いいじゃん、航太くん。引っ越してきたばかりだから、この辺詳しくないでしょ?」

 一人の女子中学生が、少年の左腕に絡みつく。
 かなり積極的な女の子だ。
 嫌がる彼を無視して、自身の胸を肘に当てつけている。

「そんなの頼んでないって! オレ、女とは仲良くなりたくないから、早く帰れよ!」
「えぇ~ 航太くんさ、クラスの子と馴染めてないじゃん。だから私が一番目になりたいの」
「頼んでない!」

 なんだ、青春している中学生カップルか……と思ったが。
 不機嫌そうに歩いている少年の横顔を見て、ドキッとした。
 航太が……女の子と歩いている。

 別におかしなことではない。
 彼も中学生だし、14歳だ。ルックスも良い方だし、女の子にモテるだろう。
 それなのに……なぜ俺の胸は痛みを訴えているんだ?
 ショックを受けているのか。
 子供だと思っていた彼が、急に大人の階段を上っているようで。

  ※

 気になった俺は、さっさとタバコを灰皿に投げ捨て、二人のあとをつけることにした。

「よう、航太!」と手を振ればいいのに、なぜかこの二人がどうなるか。とても気になる。
 堂々と背後に回るのは、気が引けるので。時々、電柱に隠れて監視している。
 どうやら、帰る方向が女の子と一緒のようだ。

「ねぇ、航太くんさ。料理とかする?」
「するけど」
「え!? すごい! 私とか全然作れなくてさぁ、ママにシチューを教えてもらったけど。焦がしちゃった」
「……まあ、いいんじゃない? 最初が肝心なんだし」
「嬉しい~ じゃあ今度、航太くん。レシピ教えてくれる?」
「別にいいよ……」

 遠目から見れば、中学生同士の愛らしい会話なのに。
 あの女の子が航太と仲良くなると思うと……胸が苦しい。
 別に悪いことじゃない。
 彼だって、友達がいないと嘆いていた。喜ぶべきだろう。
 俺みたいなアラサーといるより、ずっと。

  ※

 女子中学生は今度、航太からレシピを教えてもらえると聞いて、喜んでいた。
 俺の家でもあるアパートの前で、手を振る女の子。

「またね、航太くん!」
「うん……」

 ぎこちない顔で、一応手を振る航太。

 俺はと言えば、アパート近くの電柱から彼を監視中。
 このまま航太が階段をのぼって、自宅の扉を開けるのを待った方が良い……。
 そう考えていたのに、俺の脚は自然とアパートへ向かう。

 学ラン姿の航太へ声をかける。

「よう、航太! 見たぞ~ お前、モテるんだなぁ」

 動揺を隠すため、わざと年上の男を気取り、からかう。
 すると航太は顔を真っ赤にして、怒り始める。

「なっ! おっさん、見てたのかよ!?」
「ああ、コンビニで買い物してたら、二人が仲良く歩いてたからさ。可愛い子じゃないか?」

 と肩をすくめてみる。
 俺にからかわれて、航太はかなり苛立っているようだ。
 小さな肩を震わせて、俺を睨みつける。

「お、おっさんて……」
「へ?」
「おっさんは、あんなペチャパイの女子中学生が可愛いのかよっ!?」

 俺は耳を疑った。
 
「は?」
「見損なったぜ! このクソロリコン!」
「……」

 なんか色々と誤解されてしまった。

 航太と同じ中学に通っている、女子中学生のことだが。
 彼が言うには転校して以来、付きまとわれてうっとうしいと言っていた。
 それを聞いた俺は、なぜか安心する自分に気がつく。
 どうしてだろう……。

 しかし、俺が彼女を「可愛い子」だと表現したことで、航太の怒りを買ってしまった。
 どうやらあの女子中学生に気がある……と大きな誤解をしているらしい。
 参ったな。

  ※

 それから数日経ったが、彼の誤解は解けず。
 アパートの廊下で出会っても、無視されてしまう。
 嫌われたかと思ったころ。玄関のチャイムが鳴った。

 宅配便か? と思い、壁にかけている時計に目をやったが、もう夜の8時だ。
 一体誰だろう、とのぞき窓を確認したら、明るい緑のトレーナーワンピースを着た少年が立っている。
 航太だ。

 勢い良く扉を開くと、航太が少し驚いた顔をしていた。

「わっ! もうちょっとゆっくり開けろよ……」
「あ、すまん」

 最近話せなくて、寂しかったから……とは言えないしな。

「ところで、おっさん。おでんとか嫌い?」
「え、おでん? 好きだけど……」

 俺がそう答えると、航太はブラウンの瞳を輝かせる。

「ちょっと作りすぎたから、持って来たんだ!」

 と大きな圧力鍋を差し出す。
 鍋いっぱいになるまで、具が入っているようだ。
 蓋から、はみ出ている。
 作りすぎた……というより、最初から俺用に仕込んだのでは?

「あ、ありがとう」

 鍋を受けとろうとしたが、なぜか彼は拒む。

「おっさん、家に入れてよ。鍋を温めてあげるからさ」
「え? それは悪いよ……お母さんの綾さんにも、怒られそうだし」

 俺がそう指摘しても、航太は首を横に振る。
 黙って顎をクイっと横に向ける。隣りの家を見ろ、と言いたいようだ。
 玄関から顔を出して、右側を見ると。

『あははは! 嫌だ~』
『いいじゃん、綾さん綺麗だもん』

「……」

 また男を連れ込んでいるのか。
 そりゃ家に居たくないよな。
 年頃だし。
 
 相手は同性の子供だから、別に悪いことじゃないだろ。

「よし、入っていいよ。汚い部屋だけどな」
「やった! おっさんてさ、料理とかしないタイプでしょ?」
「まあ……昔はやっていたんだけどな。面倒くさくてな」
「そんなんだから、あの豚女に振られたんだよ」

 と笑いながら、玄関で靴を脱ぐ航太。
 ていうか、俺の元カノ。豚女って名前にされたのか。
 
   ※

 温め直したおでんを、ちゃぶ台の上に置く航太。

「ほら、おっさん。熱いからちゃんと、ふぅ~ ふぅ~ しろよな」

 首からひよこ柄のエプロンをかけて、胸を張る。
 でも彼の言うように、おでんが入った皿から、湯気が立っている。
 美味そうだけど、熱そうだ。

「いただきます」
 
 ぶ厚い大根を箸で掴み、かじってみる。
 たったひと口だというのに、口の中が温かくなった。
 そして作ってくれた航太の優しさが、身体に伝わってくる。
 何年ぶりだろう……こんな手作りの料理は。

 気がつくと目頭が熱くなっていた。

「どう? おっさん?」
「ああ……すごくうまいよ」

 それ以外の表現方法を俺は知らない。
 だが航太には、俺の気持ちが伝わったようだ。
 手を叩いて喜んでいる。

「やった! オレの方が料理うまいだろ! あの豚女よりさ!」
「……」
 
 まだ元カノと張り合っているのか。
 確かに未来は、そこまで料理が上手じゃなかったな。
 お互い忙しかったし、喫茶店やコンビニ飯が多かった。

  ※

 おでんを全て食べ終えると、航太がちゃぶ台から皿を持ち上げる。
 そしてシンクの中で洗い始めた。
 もう同棲しているカップルのような関係だな……。

「ところで、おっさんさ」
「なんだ?」
「さっきから気になってんだけど……あのカーテンレールにかけている服ってなに?」
「いいっ!?」

 思わずアホな声が漏れてしまう。
 彼に言われるまで忘れていた。
 担当編集の高砂さんから、送られてきた資料……。
 セーラー服、ブルマにスク水。
 とりあえず服にしわが出来ないように、部屋のカーテンレールにかけていたんだ。
 
「まさか、元カノが置いていったの?」

 皿を洗っている航太の背中から、無言の圧力を感じる。

「いや……あれは編集部から送られてきた資料だ」
「ふぅん。そう言われたらサイズが小さいもんね。中学生ぐらい? おっさんは誰に着せたいの?」
「あ、あの……それは」

 どうする、俺。