今日、翠簾高校を卒業した。
 思えばこの三年間色々あったな……友達と遊んで、勉強に励んで……本当ならテニスもやる予定だったけど、あのトラウマからまだ立ち直れていなかったし、この学校にはテニス部がなかった。
 文学部に入ろうと思ったのは、新しい趣味として読書を追加しようと思ったから。同級生はいなくて、先輩だけだった。その頃は全然おしゃべりなんてなくて静かな部室だった。唯一、武蔵先生とだけ喋っていた。
 二年生になって、後輩は全く入らなくて、でもどこかホッとした自分がいた。あの出来事の二の舞になるなんて事がないから。でも、先輩が引退した後半年ぐらいは先生と二人っきりだった。多分、その時にあの事を打ち明けた。それをきっかけに武蔵先生とは距離がもっと近くなった。
 三年生になり、初めての後輩が入ってきた。それが雲英、光莉、大地だ。
「もしかしたら、神楽坂くんも入るかもよ。」
「まあほぼ帰宅部ですもんね。」
「入ったとしても幽霊部員かも?」
 この会話は大地が入る前に光莉と武蔵先生が交わした会話だ。この時の私は大地なんて全然知らない人だったから会話についていけなかった。
「あの子ってさあ、なんだかうさぎみたいじゃない?」
「確かに!いつもびくびく震えてますもんね。」
「よし、うさぎくんって呼ぶか。」
「賛成です!」
 本人がいないのに何故かあだ名まで決まっていた。その後しばらくしてから大地は本当に入部した。ただ、大地は幽霊部員にはならず、しっかりと部室に来ていた。多分根が真面目なんだろう。
 さて、大地のあだ名がうさぎくんとあったが、私から見ればあの三人はみんなうさぎだと思う。大地はさっき言った通り、光莉はいつも私や武蔵先生に懐いていて、ピョンピョン跳ねているイメージだ。雲英は何もせずただボーッとしていて、たまに寝ているマイペースなうさぎ。
 それから半年間、三人と武蔵先生と一緒に過ごしてきた。間違いなく、今までで一番明るい文学部だった。だから、私も毎日文学部に行くのが楽しかった。
 悩みが全く無かった訳でもない。一番は進路だ。教師になるのが私の夢だったが、過去のトラウマから本当になるべきなのかを悩んでいた。
 ある日の現代文の授業の後。私は武蔵先生に相談していた。
「うーん、なるほどね。」
 多分、ずっと一緒だったのは武蔵先生だったので、相談するならこの人だと思ったのだ。
「まあ、正解は私には分からないけど。やりたいと思ったんならとことんやってみればいいと思うし、やりたくないならやらない。ただそれだけだと思うよ。」
「うーん、ですよね。」
 結局、あんまり参考にはならなかった。
 後日の部活にて。その日は雲英は来ていなくて、大地と光莉がテスト勉強をしていた。
「感心だな。」
「はい。」
「先輩、ここ分かります?」
「ん?ここは……」
 ちゃんと習っていて覚えている所だったので、光莉に分かりやすいように解説した。
「なるほど!先輩、ありがとうございます。」
「どういたしまして。」
 この二人はどんな未来を歩くのだろうか。
「……二人は夢とかあるか?」
「夢ですか?」
「うん。」
「僕は特になくて……」
「私も特には決まってないです。でも、誰かの役に立てるようなそんな仕事をしたいと思っています。」
 光莉らしい答えだ。
「そうか。参考になった。」
「何のですか?」
「気にしないでくれ。」
「「?」」
 私はそれから悩みまくった結果、教師になる道を選んだ。引退までは三人をしっかり育てていく事に専念しようと思った。
 その矢先に、いきなり臨時休校になった。理由は分からなかったが、嫌な予感がして友達の無事を確認していた。同級生はみんな無事確認出来たが、何故か三人の無事は確認出来なかった。だから、武蔵先生に連絡した。
「武蔵先生?」
「須藤さん?どうかした?」
「良かった。いきなり休校になったから心配しちゃいました。」
「……そう。」
 今思えば、この時の先生の声はいつも以上にしわがれていた。
「一年のあの三人は大丈夫ですよね?」
「あっ、ごめん。ちょっと呼ばれたから切るね。」
「あっ、はい……」
 はぐらかされたような気もしていた。もう一度だけ三人に連絡してみようと思い、まずは大地に電話をかけた。
「もしも」
「大地ーー!」
 大地は出てくれたので嬉しくなって叫んだ。
「無事か!?」
「うん、無事……」
「良かった……急に臨時休校になったから、もしかして何かあったかと思って無事確認してたんだ。昨日からグループでも無事を確認してるのに誰からも返事来ないから心配してたんだぞ!?」
「ああ、それは……」
 大地はそこで詰まった。
「良かった……」
 とにかくその時の私は安堵していた。
「雲英と光莉からは連絡来たか?」
「……」
 大地はまた黙った。それで察した。多分、二人に何かあったのだと。
 この時、大地は何故か部室に来なかった時期だったので、一、二言話してから切った。
 雲英と光莉に連絡するのはためらった。本当に何かあったとして、連絡した方がいいのかしない方がいいのか迷った。
 すると、スマホが震えた。雲英からだった。私はすぐに出た。
「雲英か?」
「……はい。」
 かなり暗い声だった。
「大丈夫か?」
「……大地から何か聞きました?」
「いや、何も。」
「そうですか……」
 声が暗すぎたので何があったのか聞くのは辞めた。
「では……」
「うん、おやすみ。」
 とにかく今は休ませた方がいいと感じた。結局、その日光莉に連絡がつく事はなかった。
 次の日。普通に学校があったので私は登校した。ホームルームが終わった後。
「莉子ー!一緒に体育館行こう!」
「……ごめん、サボるわ。」
「は?」
「じゃあな。」
「ちょ、ちょっと!」
 私は部室に向かった。いつもは様子が違う雲英と大地がいた。
「よっ。」
「莉子先輩……」
「集会は?」
「サボっちゃった。」
「良かったんですか?」
「うん。先生の話聞くより君達の話聞いた方がいい気がしたから。光莉は?」
 二人とも答えなかった。
「春原さんなら入院中。」
 後ろから武蔵先生の声が聞こえた。
「武蔵先生!?」
「何で!?」
「私もサボって来ちゃった。」
「いや、教師がサボるって問題ですよね?」
「いや、あなた達のケアの方が大事な気もしたし。」
「で、入院ってどういう事ですか?」
「……実は。」
 雲英が全部話してくれた。光莉が事故に遭った事、それに至る経緯……
「うーん、そういう事が……それは辛かったな。」
 私は雲英の背中をさすってあげた。
 私はまだ引っかかっている事があった。
「で、大地はどうした?」
「え?」
「見るからに当事者の雲英より顔色悪いぞ。」
「それは私も気になってたんだよね。」
「……」
「大地、さっき僕のせいかもって言ってたでしょ?それと関係ある?」
「…………実は……」
 大地は自分の過去を話してくれた。
「そういう事だったんだ……」
「光莉って昔から優しかったんだな……」
「……」
 その時、一限終了のチャイムが鳴った。
「私、次授業あるから行かないと……」
「私も……」
「二人は?どうする?」
「……行きます。」
「……私も。」
「分かった。」
 本当はサボらせたい気持ちだったが、私はサボる訳にはいかなかったし、強引に止めるのもどうかと思い、そのまま見送ってしまった。やっぱりこうなった時の正解は分からなかった。
 家に帰ってからスマホで検索してしまった。女子高生のこの辺での事故のニュースはそんなに多くなかったからすぐに見つかった。
 やっぱり辛かった。これが知り合いの事だと思うと尚更に。
 あれから文化祭までは二人に会っていなかった。テストと文化祭の準備があったから。文化祭を楽しめるような気分でもなかったけど、クラスのみんなに余計な心配をかける訳にもいかなかった。
 武蔵先生はいつも通りに見えた。多分、見せかけている。でもミスが多かったし、手が震えている時が何度かあったから、心の中では不安でいっぱいなんだろう。そんな時になんて言葉をかけるのが正解か、やっぱり分からなかった。
 文化祭当日。
「本当にこれ着るのか!?」
「そう!早くして!」
 私は無理やりメイド服を着せられていた。
「……似合ってるか?」
「うん、いい感じ。ほら、これ持って宣伝行ってきな。」
「はい。」
 私は必死に宣伝に力を入れる。
 ふと、立ち入り禁止の先の部室が気になった。休憩がてらと入ったら、雲英と大地の二人がいた。やっぱり、文化祭を楽しめるような気分ではなかった。
 そんな二人に、私は自分の過去を話した。二人とも辛い過去を話してくれたのに自分だけ話さないのも失礼だと思ったから。
 判断は正しかったのかもしれない。二人はその後、楽しんだようだ。
 しばらく経ってから光莉が目を覚ましたと大地から連絡が来た。本当に嬉しかったし、安堵した。
「莉子先輩はお見舞い行かないんですか?」
「うん。ちょっと受験勉強が忙しくてな。光莉によろしく言っておいて。」
 ちょっとだけ嘘をついた。受験勉強については嘘でもなかったんだけど、本当はもっと別の理由だった。病室に行くのがちょっとだけ怖かったのだ。光莉がいる病院は、テニスをやめた後輩が入院していた病院だったから……
 ある日、私は雲英と大地に呼ばれて部室にいた。
「光莉ちゃんが退院するのでお祝いでお茶しませんか?」
 まさか、大地がそんな提案をするなんて……嬉しく思ったが。
「遠慮するよ。三人で行って」
「莉子先輩!」
「絶対!」
「「行きましょう!」」
「お、おう……」
 二人の圧に押されて行く事になってしまった。
 退院当日、病院まで三人で迎えに行く事になった。少し緊張したし、知り合いに会わないか不安だったが、そのような事はなかった。
「まだかな。」
「早く会いたいな。」
 しばらく待ってると、光莉が出てきた。
「光莉ー!」
 私は真っ先に走った。
「会いたかったー!」
 久しぶりの光莉の顔。まだ怪我している箇所はあったが、元気そうだった。
「莉子先輩、会いたかったです。」
 光莉はそう言った。
 その後はみんなでカフェに行ってお茶をしながらおしゃべりをした。やっと日常が戻った感じだ。
 光莉が学校に復帰した日の朝、大地と光莉はお互いに告白した。やっとくっついた。
「いやー、長かったな。」
「うん、本当に良かった。」
「本当におめでとう。」
 私、雲英、武蔵先生がお祝いした。やっと、心残りがなくなった。
 三学期になると、受験勉強のために学校に来ない人が増えてきた。私は少しでも学校生活を満喫したかったし、光莉にも会いたかったから。試験の日が近くなった時にはさすがに休んだけど。
 それからは卒業式前日までは休みだったので、じっくり休んだ。
 卒業式前日。式のリハーサルが終わり、帰ろうとした時。
「莉子先輩!」
 大地が教室にやってきた。
「おう、大地どうした?」
「この後時間ありますか?」
「?ああ、あるが……」
「良かった!来てください!」
「えっ?」
 私は大地に引っ張られるように部室に行った。
「須藤さん!」
「合格」
「卒業」
「おめでとうございます!」
「わっ!」
 まさかのサプライズパーティーだった。といってもそんな大げさな物じゃなくて、本当にこぢんまりとした、簡単なパーティーだったけど、嬉しかった。
「……これ、もし私が予定あったらどうするつもりだった?」
「いや、その心配はほぼなかったわ。須藤さんの友達に予定あるか聞いてたから。」
「……」
 そういえば、友達になんとなく今日予定あるかとしつこく聞かれた気がした。
 そして、パーティーを楽しみ、武蔵先生、雲英、光莉、大地に感謝を伝えた。
 次の日。私はしっかり卒業した。
「先輩ぃぃぃ……おめでとうございます……」
「大地、泣きすぎ。」
 式と最後のホームルームが終わった後。私は後輩三人と会っていた。
 大地は意外に涙脆かった。
「莉子先輩ぃぃぃ!大学になっても頑張ってください!」
「なんか文面おかしいけどありがとう。」
「たまには遊びに来てください。」
 光莉も泣いていて、雲英だけは泣いていなかった。涙目にはなっているけど。
「あっ、須藤さん!良かった、間に合って。」
 武蔵先生がやってきた。
「武蔵先生。」
「卒業おめでとう。これ、どうぞ。」
「えっ。」
 小さな花束だった。
「いいんですか?」
「うん。文学部、部員の数は一応多いから、部費で。」
「はあ……ありがとうございます。」
 私は花束を受け取った。
「莉子ー!行こう!」
「うん!今行く!」
 この後は同級生達と打ち上げに行く予定だ。
「じゃあ。」
「はい。」
「では。」
「絶対に遊びに来てくださいよ!」
「約束だよ!」
「うん。」
 私は校門に向かって歩き出した。
 校門を出た所で、後ろを振り向いた。四人は既に背中を向けていて、中に入ろうとしている所だった。その背中は頼もしく見えた。
 四人の存在が私の何かを変えてくれた。四人に誇れるぐらいまでに成長しないとな。
「莉子ー!早くー!」
「待てー!」
 私は未来に向かって、一歩踏み出した。この瞬間から新しい今が始まる。