〈神楽坂大地side〉
入学してから一ヶ月半が過ぎた。
その間も、ずっと岡田は話しかけてくるし、文学部はたまに行っているとか、あんまり変化はない……ような気がする。
委員会の方は、あんまり集まることはないし、放送当番も夏頃かららしいので、正直思ってたよりかは楽だった。
「あなた、友達いないの?」
「へ?」
個人面談の日、僕は武蔵先生にそう聞かれた。
「とも…だち…ですか…いませんよ、そんなの。」
「岡田くんと春原さんはどうなの。」
「……」
岡田はともかく、春原さんは……どうなんだろう?
ただのクラスメートにしては、結構話してる方だし、かといって友達なのかは……微妙だ。
「春原さんとは委員会も部活も一緒でしょ?もう友達なんでしょ?」
「んー……」
「そう悩むって事はもう友達なのよ。」
「そうですか?」
「うん。」
成績は問題なくて、人間関係だけが心配だと言われた。
「も、もういいですか?」
「だめ。後一個だけ。進路について。」
「進路……って、まだ一年ですよ?」
「一年生の内から動き始めてる子だっているわ。せめて進学か就職かどっちにするかは決めなさい。」
「え、何故まだ何も決めてないと?」
「まだ一年って言ってる子はたいてい何も考えてないって意味よ。」
「はー……」
この一ヶ月半で分かった事だけど、この武蔵先生、案外侮れない。的確な所をずばずば突いてくる。なんとなく苦手だけど、嫌いではないような……
その日の放課後。僕は文学部の部室にいた。
この日は珍しく春原さんは来てなくて、僕と部長さんと、先輩が一人の三人だった。
この先輩、名前は知らないし、話しかけた事もない。いつもヘッドホンしながら本を読んだり何か書いたりしている、物静かなイメージだ。いつもパーカーを着ていて、フードをしているので、僕は密かにパーカー先輩と呼んでいる。
「へえ、個人面談でそんな事言われたんだ。」
「はい……」
今は部長さんと個人面談の話をしている。
「まあ、確かにあの武蔵先生ならそんな事言うねー。」
「ははは……須藤先輩はどうなんですか。」
「私はねーまあやっぱり三年生だから進路の話がほとんどだったよ。」
「進路……」
今日の面談でもちらっと言われた進路の話に気が少し重くなった。
「須藤先輩はどうするつもりなんですか?」
「私は大学に行くよ。」
「やっぱり文学部ですか?」
「ううん。教育学部。」
「え?先生になるんですか?」
「一応その予定。」
ちょっと意外だったけど、部長さんのその性格なら合っているなと妙に納得した。
「君は?」
「まだ決めてなくて……」
「まあ、まだ一年生だもんね。ゆっくり考えるといいよ。」
「はい……」
「ねえ、雲英ちゃんはどうなの?」
「……はえ?」
部長さんはパーカー先輩に話しかけた。
「面談!昨日やったんでしょ?どうだったの?」
「別に、なんとも……」
パーカー先輩はそう言って、眠りに入ってしまった。
「あー、もう……」
「あの人、きらって言うんですね。」
「あー、あの子全然人と喋らないからなぁ。あの子は越水雲英っていうんだよ。」
「へぇー、越水先輩……」
「ん?あの子、君と同じ一年生だよ?」
「……へ?」
僕は耳を疑った。
「い、一年生?」
「うん。」
「あの見た目で?」
「私も最初見た時はびっくりしたよ。私と同い年でも不思議じゃないもん。」
「……」
「あの子、特に紹介してないし、三組って聞いたから、知らないのも無理はないね。」
「……い、一年生って事は僕と同じぐらいに入部したって事ですよね?何故あんなに馴染んでるんですか!?」
「入部したのは光莉ちゃんと同じぐらいだけど、あの時からあんな感じなのよね。」
「はあ……」
僕が言うのもなんだけど、摩訶不思議な同期だ。
世界は広いなぁ……
〈春原光莉side〉
その日、私は大学病院にいた。定期検診のために通院している。
検査、診察を終えて、今は会計待ちだ。
「光莉ちゃん?」
その時、誰かに話しかけられた。
振り向くと、そこには小川先生がいた。
「あ、こんにちは、小川先生。」
「また大きくなったね。」
「そ、そうですか?」
小さい頃は月一のペースで通っていたような気もするが、最近は年一で通っている。
当然、小川先生とも年に一回しか会わなくなった。
「うん。確か今は翠簾高校に通ってるんだよね?」
「え?何で知ってるんですか?」
確か、前来たのは一年前のこのぐらいで、しかもその時は会ってないような気がする……
「及川くんに聞いたよ。」
「あのヤロー……」
「後、聾学校に講演に行った事があるから、その時に先生に聞いたよ。」
私が中学生まで通っていた聾学校の生徒はほとんどこの大学病院に通院している。颯太ももちろん例外ではない。多分私よりも結構な回数通ってるから、その時にでもべらべらと喋ったのだろう。
「彼、心配してたよ。いきなり普通の学校に飛び込んでいじめられないかってね。」
「いやー……別に全くそんな経験がないっていう訳でもないんだけどなぁ……」
「まあ、四歳の頃までは普通に生活してたしね。」
「記憶は僅かですけどね。」
「それに君は強いしね。」
「そうですか?」
「うん。あんな事があったのに、めげずに頑張ってるんだから。」
「いや、それはお姉ちゃんだけがそばにいてくれたから頑張れただけで」
「あ、ごめん。ちょっと時間が……じゃあまたね。」
「あ、はい。」
小川先生は去ってしまった。
先生とは、確かあの出来事の後に出会ったんだよな。
小川先生は言語聴覚士で、主に子供の言葉指導をしているらしい。実際、私も指導してもらった。小川先生のおかげで今私がいると言っても過言ではない。
「春原さーん?」
「あっ、はい!」
いつの間にか呼ばれていたらしい。私は立ち上がった。
会計を済ませ、病院を出て、バスに乗った。
数十分後に高校前のバス停に着き、私は降りて、学校の駐輪場に向かう。
「あれ?春原さん?」
「?」
振り向くと、そこには神楽坂くんがいた。
「今から帰るの?」
「うん。春原さんも?」
「うん。」
入学してから一ヶ月半。
神楽坂くんは結構話しやすい。多分、これまで人とあんまり関わって来なかったからだろうか。話すスピードはゆっくりだし、とても分かりやすい。
それに、案外話しかけてくる事が多い気がする。やっぱり、彼は本当はもっと人と関わりたいのではないだろうか。
「途中まで一緒でもいい?」
「うん。」
私達は並んで自転車を押しながら歩き始める。
「今日は部活来なかったね。」
「ああ、今日はちょっと用事があったの。」
「へぇ……」
理由は聞いて来なかった彼なりの気遣いだろうか。
「そういえば、越水さんって僕らと同い年だったんだね。」
「そうだよ?知らなかった?」
「え……知ってた?」
「うん。だって私と同じ時に入ったんだから。」
「あっ、そっか……」
「越水さんと話したの?」
「ううん、部長さんが教えてくれた。」
「へぇー……神楽坂くんってさあ。」
「うん?何?」
「岡田くんとは頑なに話そうとしないのに、部長さんとは話すよね。」
「え?そう?」
「うん。少なくとも私にはそう見える。」
「言われてみれば確かに……」
神楽坂くんはまだ分かってないのだろう。
「あ、僕こっちだから。」
「うん。また明日。」
「また。」
私は神楽坂くんと分かれた。
たまにこうやって一緒に帰る事もあるけれど、そんなに長くはない。そもそも、住んでる場所が正反対なのだ。方向は一緒なのに。
更に数十分かけて家に向かう。
着いた頃にはもう真っ暗だった。星が見えている。今日は新月だ。
「ただいま。」
「おかえり!」
家にはお姉ちゃんがいた。
ダイニングの方に行くと。
「……は?」
思わず声が漏れてしまった。
“何であんたがいるの!?”
“おう。偶然お前の姉貴に会ったから、夕飯どうって誘われただけだ。”
夕方に話題に出た颯太がいた。
「ほら。ご飯だよ、手伝え。」
「はーい。」
私は箸を三人分出して並べる。
今日の夕飯は唐揚げだ。
「食べよう。」
「「いただきます。」」
“いただきます”
唐揚げはさくさくしていて美味しかった。颯太もこのお姉ちゃん特製唐揚げは大好きで、いつもたくさん食べている。なんなら、おすそ分けをもらっているぐらいだ。
“そうだ。颯太、小川先生に私の事話したでしょ?”
“ん?何の事だ?”
“とぼけるな。私、小川先生に高校に関して話した覚えはないわ。”
“そういえば話したかな。”
“プライバシーって知ってる?”
“俺らにプライバシーなんてないだろ。”
“あるでしょ。”
聾学校は聴覚障害者が通う学校なので、当然人は少ない。そのおかげで、噂が広まるのは早い。田舎と同じようなものだ。
“いや、分からないだろ。小川先生、去年の秋頃、講演に来ていたから、その時に先生に聞いたかもしれないぞ?”
まあ、それもあるんだけど。
“小川先生があんたから聞いたって言ってたからね。”
“まじか。”
“次からは勝手に個人情報話さないでね!”
“分かった。所で、冬馬って覚えてるか?”
“今中三の?忘れる訳ないよ。”
“またお前に会いたいって言ってたぞ。”
「ええー?」
思わず声に出してしまった。
冬馬というのは、私の一個下の後輩だ。
どうも私が転校して来た時からずっと恋していて、何回も告白されている。卒業式も告白された。返事はいつもノーだった。
“時間があったらねって伝えといて。”
“お前、会う気ないだろ。”
“会ったら好きです、一生そばにいてくださいって言われそう。最悪、聾学校に戻ってきてくださいとも言われそう。”
“あいつなら言いかねんな。まあ、好きな人が出来たと言えば諦めてくれるかもしれないぞ?”
“そう言われてもいないし、いたとしてもそれはそれで面倒くさい事になりそうだから嫌だ。”
“ふーん。”
颯太と現状報告し合って、その日は終わった。
〈神楽坂大地side〉
「大地ー!」
授業が終わった休み時間。僕の席にいつもの如く岡田がやってきた。
「何?」
「テスト範囲やばくね!?」
「……それ言いに来ただけ?」
「何で?友達なら当然の話題だろ。」
「別の友達にすれば?」
「お前も友達だろ。」
「んー……」
岡田は本当に純粋な瞳で見つめてくるので、あんまり無下に追い返すことが出来なくて本当に困っている。
「で、話戻すけど、俺らもうすぐ初めてのテストだぞ!?範囲やばくね?」
「それを今言ってて大丈夫?」
テストは来週だが。
「だって昨日まで部活あったんだから!仕方ねーだろ!」
「それを言うなら僕もだけど。」
「お前らは文化部だろうが!俺は陸上部!運動部!朝から夜まで練習!」
今、なにか引っかかるものを感じた。
「……お前ら?」
「ん?大地と春原の二人だろ。」
「ん?」
「今は三人で話してるんじゃないのか?」
「初耳だけど。そもそも彼女聞いてないよ。」
「え。」
少し前に席替えがあり、岡田とは席が離れたのだが、なんと春原さんの後ろの席になったのだ。
どうやら、彼は僕と春原さんの三人で話している気だったらしい。
「春原。」
「……」
彼女は返事しない。
今は休み時間だから、周りが騒がしくて多分聴こえてないんだろう。
仕方なく僕が肩を叩く。
「春原さん。」
「神楽坂くん?どうかした?」
彼女は振り向いた。
「岡田が話あるらしい。」
「そんなマジな感じじゃなくてだな……」
「え?何?」
「テスト範囲やばいよねって話。」
「ああー……」
と、丁度そこでチャイムが鳴ったので、岡田は爆速で席に戻った。この一ヶ月半ぐらいで彼が身に付けた技だ。将来役に立つかどうかは分からないが。
昼休み。僕は岡田から逃れるために部室に向かう。部室には越水さんだけがいた。部長さんはさすがに来ていない。春原さんも教室で食べる派だ。
僕は静かに椅子に座ってお弁当を食べる。今日は母さんが作った生姜焼きだ。
越水さんの方をチラッと見る。彼女は寝ている。いつもあの上着着てるけど、夏になったらどうする気なんだろうか……
「神楽坂。」
「!?はいっ!?」
いきなり越水さんに話しかけられて、びっくりしてしまった。思わずご飯が喉に詰まりそうになった。
「私の事は分かる?」
「あ、うん……越水雲英さんだよね?一年三組の。」
「うん。」
内心はドキドキしている。まさか越水さんと話す日が来るなんて……しかも、誰とも話さないためにここに来たというのに……
「あんたさ、友達いないの?」
「そりゃあ、いないからここにいるんですよ。」
「ふーん……あんた、本当はもっと友達欲しいんじゃないの?」
「は?」
予想外の言葉に僕はびっくりした。
友達が……欲しい?僕が?
「な、なんで……」
「じゃなきゃ、須藤とあんなに話さないでしょ。」
「……」
「あ、後春原。」
「……」
何とか反論したいが、言葉が出てこない。
「うるさいからここでは話さないで。」
「あ、はい……」
なんだ……単にうるさいから注意してただけか。
……あれ?今ホッとした?何で?
‘本当はもっと友達欲しいんじゃない?’
何故かその言葉がずっと脳に残ったまま午後の授業を受けた。
そして放課後。テスト期間のため部活は休みだが、勉強をしようと部室にやって来た。
誰もいない部室は珍しくて、新鮮な感じがする。
図書室でも良かったのだが、勉強をしている生徒というのは意外に多かったため、仕方なくここにやって来たという訳だ。
僕は早速現代文の教科書とワークを開いて取り組み始める。
どれくらい時間が経っただろう。かなり夢中になっていて周りも見えていなかった。
今日はこれぐらいでいいかと思い、手を止めた時には夕暮れ時になっていた。
「お、やっと終わった?」
「!?」
声がしたので、そこを向くと……
「武蔵先生!?」
「やあ。」
いつの間にか武蔵先生が隣に座っていた。
「い、いつからそこに?」
「んー、一時間前ぐらいからかな?」
「え……」
気づかなかった。どんだけ夢中になってたんだよ……
「てか、先生何でここにいるんですか?」
「ん?たまたまここを通りかかったら勉強している君の姿が見えたから。」
「それで一時間も?」
「うん。そろそろ門しまるよ。」
「え!」
「テスト期間だもん。門がしまるのは早いよ。」
僕は無言で急いで帰りの支度をする。
「では!」
僕は部室を出るが、何故か武蔵先生も付いてくる。
「……何ですか?」
「職員室まで一緒に歩こうよ。」
「い、いや……」
「そんなすぐにはしまらないよ。」
「はあ……」
流れで一緒に歩く事になってしまった。
「ちゃんと交流があって良かったよ。」
先生がぼそっとそう言う。僕は首を傾げた。
「春原さんでしょ?岡田くん、須藤さん……」
岡田に関してはあっちが勝手に話しかけてくるだけで、交流してる訳でもないんだけど……
「あ、後、越水さん。」
「え。」
その名前を聞いた瞬間、あの言葉が脳裏に浮かびあがる。
‘本当はもっと友達欲しいんじゃない?’
「今日、あの部室で昼休みに越水さんと話してたでしょ?」
「知ってたんですか?」
「うん。たまたま見えちゃった。」
この人、よく部室の前を通ってるな……
「私も越水さんの言う通りだと思うな。」
「え?」
「本当は友達が欲しいって事。」
「……聞いてたんですか。」
「うん。」
この人は本当に嘘をつかない。だからこそ、苦手というか……
「だってそうじゃなきゃ毎日部室に来ないでしょ。」
「ま、毎日という程では……」
「うん。それに須藤さん、春原さんとよく話してるでしょ?」
「ま、まあそれは否定できませんけど……」
「まあ、須藤さんが強引って事もあるけど、それよりも多分神楽坂くん自身が話したがってるんじゃない?」
「……」
「それに気づいてるかは分からないけど、それに蓋をしている。」
「……」
何も言い返せなかった。越水さんの時もそうだ。
「じゃあ、またね。」
「え!?」
いつの間にか職員室まで着ていて、武蔵先生は中に消えていった。
僕はもやもやした思いを抱えながら帰途についた。
「ただいま……」
「おかえり。」
家には母さんが既に帰っていた。
「夕飯出来てるよ。」
「ありがとう。」
今日はミートソースパスタだった。
「いただきます。」
僕は食べ進めるが、今日の事が忘れられない。
「大地?」
「ん?ごめん。何?」
「……分かってる?」
「……うん。」
「大切な人なんか作るもんじゃないわよ。いなくなった時、とっても辛いんだから。自分のせいなら尚更ね。」
「……うん。」
母さんはあの事を言ってるのだ。いや、それだけじゃない。父さんの事だ。
父さんは、失踪している。僕が小さい頃に。何故いなくなったのかは分からない。仕事は順調だったはずだし、何も問題がなかったように感じる。少なくとも、僕が聞いている範囲では。
失踪とはいえ、まだ母さんは引きずっていて、更にあの出来事だ。こうなるのも仕方ない。
大切な人なんか作らない方がいい。その方がお互いに幸せだから。
その、はず、なのに……
‘本当はもっと友達欲しいんじゃない?’
何回もこの言葉が脳内でリピートされる。
〈春原光莉side〉
「よっしゃー!」
この声がさっきから続いている。
テストから数日後。現在、テストが返却されている。
初めてのテストだった事もあって、結果はまずまずだ。
授業が終わった後。岡田くんがこっちにやって来る。
「大地、春原!学年何位だ!?」
岡田くんは謎の勝負をしていて、こうやってテスト返却が終わる度にこっちに来て、点数を聞いてくる。
「僕学年103位……」
「んー、まずまずだな……俺は!三位!」
「ほえー。」
「春原は?何位?」
「……二位。」
「「え!?」」
神楽坂くんと岡田くんの声が重なった。
「春原、お前以外に優秀なんだな!?」
「以外にって褒めてる?」
というか、点数の見せ合いしたから、何となく予想はつかないものだろうか?
「くっそー!○☆#%$¥……」
何て言った?周りが騒がしいのと岡田くんの喋るスピードが早すぎて聞き取れなかった。
もちろん、これが初めてではない。これまでも何回かあった。聞き返してるかはその時によるけど。
まあ、多分次は負けないぞとか悔しいとか言ってるんだろうな……
この二ヶ月ぐらいで大体のパターンは掴めている。
「大体テスト期間に入るまで勉強してなかったのが悪いんだろ。」
「ぐっ……言い返せん。」
むしろ、約一週間の勉強で学年三位は普通にすごいと思う。
「お前らは文化部だから、いっくらでも勉強出来るんだろうが!」
と、そこでチャイムが鳴り、岡田くんは爆速で席に戻った。
後ろで神楽坂くんが何か言っているが、聞き取れない。
そして授業が全て終わり。
「春原さん、行こうか。」
「うん。」
席替えで席が近くなったのと岡田くんのおかげで神楽坂くんと話す事が増えた。
「今日は何の本読もうかな。」
「……神楽坂くん?何言ってるの?」
「え?」
「今日委員会だよ。」
「忘れてた。」
神楽坂くんは真面目だが、何故か委員会の日程だけ忘れる。
今回は視聴覚室だったので、そこに行き、委員会が始まった。
テストが終わったので、一年生も放送に参加する事が決まった。しかも、私達は一年一組なので、一年生のトップバッターだ。
神楽坂くんの顔が青ざめている。緊張しているんだろう。
「二人とも、最初は業務的連絡だけしてくれればいいよ。」
「は、はい。」
放送は昼休みに流れていて、業務的連絡に加えてトーク、質疑応答、朗読などをやっている……らしい。ただ、私は放送を聞き取れないので、あんまりよく分かってない。
と、なると頼みの綱は神楽坂くんなのだが……
「……」
彼はずっと黙ったままだ。果たして大丈夫だろうか……
委員会は終わったが、確認のために私達は残っている。
「まず、自己紹介して、これを話して。」
「はい。」
委員長さんの説明を何とか聞き取っている。
放送当番は一週間ごとに交代で行っている。つまり、一週間乗り越えなければならないのだ。
「神楽坂くん、大丈夫?」
「だ、だ、だ、だ、大丈夫……」
「大丈夫じゃない声だよ。」
彼は今にも消えそうな声でそう答え、更に心配になる。
「大丈夫!%$☆@☆○……」
武蔵先生が神楽坂くんに何か言っているが、聞き取れない。多分、励ましているんだろう。
そして解散となり、二人で部室に向かう。
彼の顔はまだ真っ青だ。
「本当に大丈夫?」
「む、無理……」
「んー……そもそも放送って何やってるの?」
「ん?ああ、そっか、聞き取れないんだったね。」
「うん。」
神楽坂くんとはあんまり聞き取れないような事はなくて、話がしやすい。
「んー、テスト前はもうすぐテストだよとかテストに関してのトークとか、後は何かの小説の朗読とか……後たまに音楽流したり。」
「へぇー……でも最初は業務的連絡だけなんでしょ?出来る、出来る。」
「後、簡単なトークと質疑応答って言ってたけど……出来るかな。」
質疑応答というのは、放送委員会に宛てた質問に答える、ただそれだけの事らしい。
「そういえば、秋に体育祭と文化祭あるんだね。」
「うん、そうだね。」
さっき渡された台本に、文化祭と体育祭に関する連絡が書かれていた。
「ほぼ同時期にあるから、準備大変そう。」
「須藤先輩に聞いたけど、一年生は文化祭は展示だけらしいよ。だからまだ楽な方らしい。」
「僕、ずっと展示がいいなぁ……」
「はは……」
そんなこんなを話した数日後。
遂に初回の放送当番がやって来た。
四限目が終わった後、神楽坂くんと急いで放送室に向かった。
「そんなに急がなくても大丈夫だったのに。」
そこには武蔵先生と委員長さんがいた。
「よし、始めようか。」
「はい。」
少し打ち合わせをしてから、私と神楽坂くんはマイクの前に座った。
「そこのボタン押して。放送が始まるから。」
「はい。」
私は指示されたボタンを押した。
心臓がドキドキしている。多分神楽坂くんも同じだろう。
「こんにちは。これからお昼の放送を始めます。」
神楽坂くんが話し始める。
「担当は一年一組の神楽坂大地と」
「同じく一年一組の春原光莉です。」
「「よろしくお願いします。」」
ここまでは順調だ。
「さあ、という事で初の一年生が担当という事になりました。どうですか?」
「神楽坂くんは緊張しています。」
「いや、僕じゃなくて君は……」
最初は簡単な雑談をして、業務連絡、音楽を流してその日の放送は終わった。
「それでは明日もまたお聴きください。これで放送を終わります。」
そして放送を終えた。
「うん、二人とも良かったよ。」
「初回にしてはよくやった方だよ。」
「「ありがとうございます!」」
私と神楽坂くん顔を見合わせて微笑み合った。
その様子を見た二人がにやにやし出した。
「なんですか?」
「ううん、二人良い感じだなって。」
「そうですか?」
「うん。」
二人とも頷いた。
そうかなと思いつつ、何だか嬉しくなった。
その日の放課後。
「すっごく良かったよ、二人の放送!」
部室にて、私と神楽坂くんは須藤先輩に褒められていた。
「ほ、褒めすぎですよ先輩。」
「いやいや、私本当に楽しかったんだから!」
「み、身内だからって言い過ぎじゃありませんか?」
「いやいや!」
謙遜する神楽坂くんととにかく褒めまくる須藤先輩。それがなんだか微笑ましかった。
ふと隅を見ると、越水さんが寝ていた。彼女とは、入部の時に自己紹介した時ぐらいでほぼ話した事がない。神秘的な存在のような感じがする。
〈神楽坂大地side〉
無事に一週間放送当番を終えた金曜日。
その日、僕は春原さんと一緒に帰っていた。自転車を押しながら校門を出た時。
学ランを着た男の子が立っていた。うちの制服はブレザーなので、誰かの彼氏か兄弟かなと思っていた時。
「まじ……?」
春原さんが声を出した。
「神楽坂くん、ちょっと待っててくれる?」
「?うん……」
春原さんは自転車を置いてその少年の元に行った。知り合いだろうか?
二人は何かを話している。声は出してなくて、手で話しているように見える。よく見ると、少年の耳には補聴器がはめられていた。ということは、あれは手話だろうか……
手話が出来ない僕はただ見ることしか出来ない。何を話しているのかは分からないが、何となくモメているように見える。
僕の感覚で十分ぐらいで話が終わった。
「待たせちゃってごめん。」
「ううん。誰?知り合い?」
「うん……歩きながら話そっか。」
「あ、うん。」
彼女は自転車を動かして歩き始めた。僕もそれに合わせて歩き始める。
「彼ね、一個下の後輩なんだ。」
「前の学校の?」
「うん。」
彼女は中学生まで聾学校に通っていたらしい。小中高とあるが、高校からはこの普通の学校に通う事にしたらしい。
「昔から私の事が好きでね、いつも告白してくるの。」
「……は?」
「私が別の高校に行く事が分かると、更にしつこくてね。」
「は、春原さんはあいつの事……」
「大事な後輩ぐらいにしか思ってないよ。」
「うん……」
あれ?今ホッとした?
「特にどこの高校かは教えてなかったんだけど、幼なじみが教えちゃったみたいで。今日こうして押しかけてきたらしい。」
「なるほど。」
それでモメていたのか……
「それは大変だったね。」
「で、一個謝らないといけないんだけど。」
「ん?待たせた事なら気にしてないよ。」
「いや、まあ、それもあるんだけど。神楽坂くんを彼氏にしちゃった。」
「へ!?」
か、か、か、か、か、彼氏!?どんな話をこじらせてそうなった!?
「なんで!?」
「好きな人でも出来たかって聞かれて、出来てないよって言ったんだけど、ならあの男は誰だってなって、友達って説明したけど、な、何故か彼氏と勘違いされちゃって。」
「はあ……」
「めんどくさいから彼氏って事にしちゃった。本当にごめん!」
「い、いや、いいんだけど」
いや、良くはないか?
「僕と春原さんって友達なの?」
「え?違うの?私は友達だって思ってるよ。」
「あ、うん……」
……ん?何故今友達か確認した?
初めて?の友達だから?うん、そうだよな……
うんうん……
数日後のホームルームにて。
その日は放送で体育祭についての説明があった。四チームに分かれて競技を行うらしい。誰か知らない先生の長らしい説明が終わったあと、チーム分けの発表があった。赤、黄、緑、青の四チームあり、クラス毎に分かれてるのではなく、個人で振り分けられているらしい。そして、僕は青だった。
この後はチーム毎に集まって色々決める事があるらしいので、指定された教室に向かう。
「大地!一緒だな!」
「げっ……」
最悪な事に岡田と一緒になってしまった。
「げっとはなんだ、げっとは!?」
いつか聞いたような言葉を聞きながら教室に向かう。
教室はもう既に何人かが集まっていて、熱気に包まれていた。
体育祭、だるいな……
〈春原光莉side〉
最悪な事に知り合いが一人もいない。
体育祭のチーム分けで、私は緑のチームになった。神楽坂くんや岡田くんとは別のチームだ。更に、武蔵先生や須藤先輩とも別のチームらしい。
同じクラスの人は何人かいるが、誰とも仲良くないし、話した事もあんまりない。
どうしようと周りを見渡していた時、私は一人だけ知っている顔を見つけた。
私はその人の元に行く。
「越水さん。」
「あ……春原。」
「嬉しい。覚えてくれてたんだ。」
「当然。一緒に入部したでしょ。」
それを聞いてなんだか嬉しくなった。
「……で、なんで私の所に?」
「ん?」
「なんで私の所に来たかって。」
「ああ。知っている人がほとんどいなくて。唯一いたのが越水さんだったから。」
「神楽坂は?」
「別のチーム。」
「ふーん……残念だったね。」
「?何が?」
「いや……でもいいの?めっちゃこっち見て噂されてるけど。」
「そうなの?」
確かに周りを見ると、大声で話している人もいるけど、ヒソヒソこっちを見て話している人が多いような気がする。
「何話してるか分かんないから平気。」
「……このままだと変な噂たてられるけど?」
「へ?」
変な噂?何の事だろう?
「私の噂、聞いた事ない?」
「ない。クラスではあんまり話さないし、仲良しなの、神楽坂くんと岡田くんぐらいだから。どんな噂があるか知らないけど、私なら全然大丈夫だから。それよりも、知っている人と一緒にいる方が楽。」
「ふーん……」
そのタイミングで先生が入って来たので、その話はそこで終わりになった。
越水さんの噂……それが何となく気になった。
その日の昼休み。私はお弁当を持って部室に向かった。最近暑いので、北側にある部室で涼みながら食べようと思ったのだ。
そこには……
「須藤先輩、越水さん、神楽坂くん。」
部室常連メンバーが勢揃いだった。
「おっ、光莉!お疲れ!」
「お疲れ様です。」
「今、丁度体育祭の話してたんだ。」
まあ、このタイミングなら話題は自然とそうなるか。
「須藤先輩、どこのチームになったんですか?」
「それが、青!大地と一緒!」
「おお。」
「しかも須藤先輩、団長になったんだ。」
「えー!?」
須藤先輩が、団長……団長姿の須藤先輩を想像する。
旗を持って、『みんな行くぞ!』とみんなを引っ張る姿が予想できる。
「なるほど。」
「光莉は?」
「緑です。雲英ちゃんと一緒です。」
「ん?」
それを聞いた雲英ちゃんが頭を上げた。
「いつから下の名前呼びになった?」
「今から。だって一緒のチームで、一緒の競技だよ。」
「そうなのか?」
「はい。」
私と雲英ちゃんはパン食い競走、二人三脚に出場する事になったのだ。
「神楽坂は徒競走、パン食い競走、借り物競争、綱引きに出るぞ。」
「すご。」
「岡田のゴリ押しで……」
ずーんという効果音が聞こえて来そうなぐらい落ち込んでいる。多分、そんなに出るつもりはなかったんだろう。
「で、期待の団長は?」
「おいおい、そこまで言うなよ。」
「徒競走、二人三脚、借り物競争、台風の目、リレーだよ。」
神楽坂くんが代わりに答えた。
「へぇー。台風の目ってなんですか?」
「五人で長い棒を持って走る競技。」
「へぇー……」
そんな競技があるのか……
と、そこで雲英ちゃんがおもむろに立ち上がって、どこかに行ってしまった。
「はは、あいつは自由人だな。」
「あ、そういえば。」
「ん?どうした?」
私は気になっていた事を聞いてみることにした。
「須藤先輩、雲英ちゃんの噂って聞いた事あります?」
「雲英の?」
「何それ?」
神楽坂くんも食い付いてきた。
「何か雲英ちゃんがそんなような感じの事を言ってたんで。」
「ふーん……一年の事はあんまり聞かないからな。知らないな。」
「そうですか……」
特に得られたものはなかった。
雲英ちゃん……
〈神楽坂大地side〉
激動の一学期が終わり、夏休みに入った。
と言っても、体育祭の練習、部活があるので学校に行く日もある。
その日は珍しく武蔵先生からの招集で、部室にいた。もちろん、あの三人もいる。
「今日、話したいのは、文化祭についてなの。」
「文化祭……」
体育祭が終わったらテストを挟んで文化祭がある。
「我が文学部からも展示が決まったの。」
「展示?」
「そう。読んだ本の感想やおすすめ、自作の小説などね。」
「はあ……」
このメンバーは真面目に部室に来て読書したり小説を作ったりしている。おしゃべりはするが、感想を言い合ったりはないが。
「という事で、今日から文化祭の準備に取りかかるわよ。」
「えっ?今日から?」
「夏休み明けたら体育祭や文化祭の準備、テスト期間でここに来る事少なくなっちゃうからね。」
「なるほど。」
そんな訳で、文化祭の準備をする事になった。
「おすすめの本……」
僕はおすすめの本について書く仕事を任されたが、おすすめの本が思い付かない。
すると、春原さんが寄ってきた。
「神楽坂くんが今まで読んできた本の中で印象に残ってるやつないの?」
「んー……」
強いて言うならば……
「蒼空、かな?」
「何それ?」
「作家さんもマイナーであんまり知らない人多くて。僕もそれを取るまでは知らなかったんだけど、世界観が独特というか……」
「へぇー。それ書けば?」
「いいのかな?」
「うん。神楽坂くんがおすすめしたいならそれ書けばいいと思う。」
別におすすめという訳でもないんだけど……でも、他にないし、その本にするか。
僕は早速図書室に行ってその本を借りる。実をいうと、その本は持っているのだが、手元にはない。
部室に戻り、その本を読みながら取り組む。
んー……まずはあらすじ?いや、なんて書けばいい?この本は……
作業に熱中して数時間後。
「みんなー!武蔵先生から差し入れのアイスー!」
「わーい!」
僕達は早速アイスにかじりつく。
僕はバニラ味、春原さんは抹茶、越水さんはチョコ、須藤先輩はいちご味を選んだ。
「冷えてて美味しー!」
「うま……」
今日はとにかく暑い。ここは北側の部室なので、まだマシなのだが、廊下はむわむわと蒸し暑い。
「ねえ!今度の土曜日、時間ある?」
須藤先輩がそう言い出した。
「土曜日?まあ、特に予定はないですけど……」
「私も……」
「この文学部メンバーで遊びに行かない?」
「このメンバーで?」
「そう!私さ、文化祭終わったら引退するんだよね。」
「あっ……」
須藤先輩は三年生なので、秋で引退とは聞いていたが……そっか。しかも、さっき、夏休みが明けたらあんまり来る機会がないかもと武蔵先生も言っていた。
「だからこのメンバーで思い出を作っておきたいの!」
「いいですね。」
「僕も賛成です。」
数ヶ月前の僕ならそんなことは言わなかったのに……自分の事さながら変わりようにびっくりしている。
「雲英は?」
「……」
「ねえねえ、雲英ちゃん!行こうよ!」
春原さんがそう言う。
春原さんと越水さんは体育祭で一緒のチームで、しかも二人三脚のペアにもなったおかげで、仲良くなっている。春原さんの一方的にも見えるけど。
「んー……」
「ねえ!」
「お願い!」
越水さんに須藤先輩と春原さんの二人が詰め寄っている。
「分かった……行く……」
「本当!?やったぁ!」
「決まり!楽しみだ!」
僕はあの日以来、越水さんが少し怖い。僕の全てを見透かして来そうで……
そして夕方。自然解散で、越水さんは帰り、僕と春原さんも一緒に帰る事にした。
廊下を歩いていると、どこからか声が聞こえる。
「越水さんってさ」
知った名前が聞こえて、僕は足を止めた。
「神楽坂くん?」
「あ、ごめん……」
僕は再び歩き出そうとするが。
「実はウチらの一個上なんだって。」
「ええー、まじ?」
一個上?越水さんは僕らと同じ一年……で後輩はいないはず……
「どうやら男とヤりまくって、妊娠して流産したらしいよ。」
「まじー!?」
「でそのショックで引きこもって留年したらしいよ!」
「まじ!?やだ、ウチの彼氏取られないようにしないと!」
本当か否かは分からない。ただのデタラメかもしれないが、どうも引っかかってしまう。
「神楽坂くん?」
「あ、ごめん。」
彼女には聞こえてなかったらしい。もしくは聞き取れなかったか。
それはともかく、越水さんの噂って、これの事だろうか。
僕はもやもやが残ったまま帰途についた。