人と希望を伝えて転生したのに竜人という最強種族だったんですが?〜世界はもう救われてるので美少女たちとのんびり旅をします〜

 大きく手を振るロセアの姿が見えなくなるところまで歩いてきた。

「2人きりなっちゃったね」

 少し嬉しそうに呟いてリュードの隣を歩くルフォンがちょっとだけリュードと距離を詰める。

「そうだな」

 ロセアと別れていきなり2人になった寂しさはあるもののそんなに気にはならない。
 本来は一人旅予定だったのに今は隣にルフォンがいる。

 1人で歩いていたことを想像すればもう1人いてくれる、しかもそれがルフォンというなら寂しさもほとんどないのと同じである。

「まずは……ツミノブ、だっけ?」

「そ、面倒だけど約束だからな」

 リュードの父ヴェルデガーはリュードが旅に出るに当たり約束、というか条件を出した。
 旅に出る条件というか、旅に出るならこれぐらいしてくれという条件である。
 
 旅に出るにあたってのお金は親や村長から餞別でもらったものやリュードが日頃から貯め込んできたお金があった。
 もらったお金もリュードが貯めてきたお金も結構な金額であり、金銭面での心配は少ないがお金は無限にあるものじゃない。
 
 お金なんて何もしなければただ出ていくだけでそのうち無くなってしまう。
 自分で稼ぐ必要も出てくるのでそのための方法として、どこでも仕事ができる冒険者になろうと思っていた。

 冒険者になるには特別な資格や能力は必要ない。
 誰でもなれる職業とも言える。

 しかし誰でもなれるからと言って楽な仕事ではない。
 中には雑用のような仕事もあるがメインの仕事は戦うことである。

 主に相手は魔物で怪我をするリスクや死ぬ可能性も十分あるような仕事でもあるのだ。
 旅をしながら稼ぐのには多くの選択肢はない。

 ヴェルデガーももちろんリュードがそうしてお金を稼ごうとしていることは分かっていた。
 魔物や色々な知識を知っているのと知らないのでは大きく生存率が変わる職業でもある。

 なので質や量を上げたい冒険者ギルドで冒険者を育成するための学校を設けているところがあるのである。
 ツミノブはそうした冒険者学校があり、ヴェルデガーはその冒険者学校を卒業して冒険者になることを条件に出した。

 こうして旅に出ている今はリュードがちゃんと約束の履行をしたかは確認のしようもないけれどちゃんと約束は守る。
 知識を得ることは悪いことではないし冒険者学校を卒業するとそのまま冒険者の身分を得られる。
 
 さらに成績優秀で卒業できれば冒険者の等級が1番下でなく1つ上でのスタートになるのでどうせなら優等生を狙うつもりだった。
 成績優秀なら早期卒業も出来るのでそういったところも頑張る理由になる。
 
 ヴェルデガーから推薦状も受け取っているし冒険者学校の知り合いに手紙も出しているとのことで、後は事前にもらった入学金を握りしめてツミノブに向かうだけである。
 幸いツミノブはさほど遠いところではない。
 
 行商もリュードたちの行き先を意識してルートを組んでくれていたのである。
 ひとまず目的地も定まり、ただ目的地に向かうのだが2人での旅は楽ではない。
 
 意外と夜が大変であった。
 夜の何が大変かというと火の番を2人で交代でやらなきゃいけないことである。

 夜に寝る魔物も多いが、夜になると夜に活動したりよるに凶暴になる魔物も存在している。
 魔物も知恵があるので大人数の相手よりも勝てそうな少人数の相手を狙う。
 
 しかも真っ昼間だけではなく闇夜に紛れて襲撃してくることもあるので気を抜くことができない。
 そのために火を絶やさないようにして見張りをしなければならない。

 もっと人数がいれば起きている順番をずらして回すのだが2人で交代で番をしなければいけない。
 これは中々大変である。

 夜中なのですることもなく警戒のために気を張りながら焚き火を見つめるだけなのは意外に精神的にも体力的にも消耗もする。

「旅って大変だね……」

 少しゲンナリした様子のルフォンがつぶやいた。
 大人数の時には感じなかった大変さを噛み締めている。

 特にルフォンは女の子で黒重鉄を掘りに行った時や行商のメンバーといた時には少し優遇されてきたところがあったけれど2人だとそうもいかない。

「やっぱりもう1人、2人ぐらいは仲間が欲しいところだな」

 ルフォンとの2人旅も良いものであるがこうした事情を考えるともう少し仲間が欲しいとは思った。
 ツミノブまでの途中は小さな村があるのみだったが民宿のような宿が一応はあったし、食料などの補給もできたので歩みを止めることなく進んでいた。
 
 ルフォンにとってはお風呂がないことが苦痛らしく時折お風呂入りたいと呟くこともあった。
 リュードも正直なところお風呂に入りたいけれど道中の村にそんなものあるわけもない。

 ルフォンは大きな町に期待しているようだけどリュードはそんなに甘くないことも分かっている。
 出来るだけ野営の必要がないように町や村を通りながら、さっさと歩みを進めてツミノブの町までリュードたちも到着した。
 
 冒険者学校もあるぐらいの都市の大きさにルフォンも興奮している。
 身を隠すクロークの下で激しく尻尾が振られていてお尻のところがふわふわしている。

 ただこれでもまだツミノブには入ってもいないのである。
 ツミノブはしっかりと城壁で囲まれた都市で中に入るための検問がある。
 
 サクサク進んでいるので長蛇とは言えないものの常に人が来て一定の長さの列ができ続けている。

「お、あの子可愛くね?」

「確かに、お前声でもかけてこいよ」

「なんで俺が。それに見てみろよ、横に連れが……獣人が一緒にいるぜ」

「チッ、むかつく顔してんな。あいつ角あるくせに」
 リュードたちの少し前に並んでいる奴らの会話が聞こえてきた。
 これまでも物珍しそうに見てくる視線は感じていたけれど露骨にいじってくる輩は初めてだった。

 リュードに聞こえているならルフォンにも聞こえている。
 尻尾に振りが弱くなっていき、ルフォンの機嫌が悪くなる。

「ルフォン、気にするな」

「だって……」

「これからもこういうことは山ほどある。いちいち目くじら立ててたら身が持たないぞ」

「むう……リューちゃんは気にならないの?」

 気にならないというとウソになる。
 あんな風に聞こえる音量で人のことをやいのやいの行ってくる連中なんて一人一人ぶん殴ってやりたいぐらいだ。

 しかし角を隠してでもしない限りは容姿を揶揄してくるやつは絶対に出てくる。
 そんな奴らを一々相手にしていては時間がもったいない。

 それに真人族の領域で問題を起こせば魔人族のリュードにとっては良い結果になることはない。
 殴りかかれば悪いのはリュードたちになる。

 仮に向こうのほうから殴りかかられても真人族の領域では魔人族に公平な判断なんて望めず、リュードが悪いことにされてしまうのは火を見るより明らかだ。
 ムカついてもいらぬ波風は立てないのがいい。

 長い旅の中でムカつくやつをぶっ飛ばしていったら死体の山になるかもしれない。

「気にならないわけじゃないがわざわざ弱い奴らに突っかかっていくこともないだろ」

 声を潜めて冗談めかして言う。
 聞こえると因縁をつけられるかもしれないし、この方が冗談っぽく聞こえる。
 
 ルフォンがクスリと笑う。

「そうだね、あんなのリューちゃんには敵わないしね」

「ああ、だから気にするな」

 その後バカたちの興味は他に移ったのかリュードたちのことは忘れられた。
 結局ルフォンに声をかける勇気もない連中なのだ、相手にしなくて正解だった。
 
 検問の列も進んでいきリュードたちの番になる。

「通行の目的は?」

 きっちりと鎧を装備した衛兵がリュードたちに訪問の目的を尋ねる。

「冒険者学校に入学しに来ました」

 そう言って推薦状を衛兵に渡す。
 軽く内容を読んで確認する。

「よし、通れ」

 推薦状をリュードに返し、中に入れと顎をしゃくる。
 検問といっても全員が全員身分を証明できるものを持っているわけではない世界だ。
 
 よほど怪しくない限りはそのまま通してしまうのが基本である。
 今回は推薦状もあるし特に怪しいところもないのですんなり通してくれた。

「ありがとうございます」

 このような検査をするところには袖の下、いわゆる賄賂を要求してくるところもある。
 その点だけ考えればここはちゃんとしているほうかもしれない。

「わあ~」

 最初に寄った町なんかはまだ牧歌的な緩やかさもあったけれどツミノブはしっかりと騒がしさがあって都会的な感じがあった。
 門の中すぐということもあってか人が多く、ごった返している。

「まずは冒険者学校に行かないとな」

 冒険者学校への入学はいつでも可能だが授業の開始タイミングがある。
 この世界では四季にも近い感じで1年を4つの節というものに分けている。

 そして二節ごとに学校が始まるのだ。
 旅程が事情により遅れることはままあるので多少遅れてしまい、始まったときにいなくても構わないが授業の進度には遅れることになる。

 なので緩めに考えても大丈夫なのであるが成績優秀で卒業するためには始業の時からちゃんと通っておきたい。
 だからできるだけ早めに入学手続きを済ませてしまった方が良い。
 
 緩いと言っても機嫌はある。
 もし入学のタイミングを過ぎていてしまったら次を待たねばいけなくなる。
 
 二節、つまりは半年という期間待つのはリュードとしても避けたい。

「ねえリューちゃんあれ食べたい!」

 そんなことを考えているリュードに対してルフォンはのんきなものだった。
 というものの親の目はなくお金に余裕がある。

 少しぐらい贅沢しても怒る人はいないのだ。
 お昼として食べ歩きなんかしながら冒険者学校を探す。

 食べ歩きながら道中何人かに聞きながら冒険者学校を探す。
 ツミノブにおいて冒険者学校は有名なところである。

 新人冒険者は町にとっても賑わいとなるので冒険者学校に行こうとする新人冒険者にはみんな優しく、みんな快く道を教えてくれた。
 ある程度近くまで来ると大きな建物が見えてきて、それが冒険者学校だとすぐにわかった。

「すいませーん」

 学校と行ってもリュードが転生前に通っていた学校とは違っていて、イメージ的には大きな塾ぐらいの物である。
 大きな教室がいくつかと体を動かせるトレーニングルームや武器の扱いも許可されている訓練場、生徒専用の食堂なんかがある。

 寮のようなものもありお金がない人はそこで泊まることもできる。
 お金があるなら近くの宿に泊まることももちろんできる。

「はい、どういったご用件でしょうでしょうか?」

「入学しに来ました」

 リュードは推薦状を受付の女性に渡す。
 しっかりと一読して受付の女性がちらりとリュードとルフォンを見た。

 内容を読むとゴールド+クラスの冒険者からの推薦状だった。
 仮に偽物でもお金を払って入学するのなら基本的には問題もない。

「推薦状に問題はありません。ではこちらにお名前を書いていただき、入学金をお納めください。ご希望でしたら代筆も承っております」

 授業によっては怪我をする可能性もある。
 この冒険者学校では他の国からも人が集まり、身分は関係ないので一人一人に細かな配慮をすることは不可能。

 苦情が出てしまっては困るので入学届とともに免責書にもサインする。
 代筆も出来ると言われたがリュードとルフォンは自分で名前を書く。

 リュードたちの村ではみんな一様に教育を受ける。
 簡単な計算なんかも出来るし、もちろん文字も習う。
 
 なのでリュードもルフォンも普通に文字が書けるのだ。
 真人族にはまともに教育を受けられず字を書けない人も多くいる。
 自分の名前すらどんな字で書くのか知らない者だって少なからずいるのだ。

 そのための代筆である。
 受付の女性もリュードたちが字を書けるとは少し意外そうにしていたが自分の仕事の手間が減るだけなので何も口にはしない。

 サラサラと名前を書いて入学金の入った袋を受付に渡す。
 金額の確認をして空の袋を返してもらう。

「今期の授業が始まるのは明日からです。必要な物はこちらに書いてあります」

 受付の女性は入学届に判を押して必要なものが書かれた紙をリュードに渡した。

「教科書は近くの書店で販売しております。明日からなのでお早めに買いに行かれた方がいいと思います」

 必要な物は武器と何冊かの教科書、真面目に勉強するならペンとかで、そんなに量は多くない。

「泊まるところはどうなさいますか? 寮の方はまた空きがございますが」

「寮か……どうする、ルフォン?」

「どうしたらいいんだろうね?」

「そうですね、寮でなくてもこの辺りの宿は冒険者学校向けに安いところも多いですよ。寮ですと男女分かれてはいますがそれぞれ雑魚寝のような形になりますのでお気になさらないのなら寮がいいですが」

 雑魚寝かとリュードは内心ため息をつく。
 タダで泊まれる寮なので期待はしていなかったけれど寮と呼ぶにも粗末な感じはある。

 正直に言って知らないやつと同じ部屋で寝るのは嫌である。

「雑魚寝はちょっと嫌かな……」

 ルフォンもリュードと同じ気持ちで眉をひそめていた。
 特に鼻がいいルフォンはあまり他の人が近くにいることが好きでない。

 狭い部屋で他人の中で寝るのは苦痛である。
 それに寮に寝泊まりする人が綺麗だとは言えないのは仕方ない。

 リュードなら近くに、下手すると密着しててもいいぐらい特別。
 寮か宿か、2人とも同じ気持ちなので答えは決まった。

「どこか宿を探すことにします」

「わかりました。それではご入学おめでとうございます」

「どうもありがとうございました」

 受付の女性に礼を言って冒険者学校を出る。
 ひとまず前日にはなってしまったが授業に間に合って入学することができた。

「次は教科書買いに行くの?」

「うーん……いや、まず宿を探そう」

 多くないといっても何冊も本があれば重い。
 マジックボックスのカバンはあんまり人前で見せられないので教科書を先に買ってしまうと本を抱えて宿を探すことになるかもしれない。

 先に荷物を置いておける宿を探した方がいい。
 授業が始まるのは明日だから時間はそれほど多くない。
 
 受付におすすめの宿でも聞いてみればよかったと思いながら少し歩いてみる。
 冒険者学校から遠くなく、かつ高くない宿がいい。

 店員も落ち着いていそうで静かに休める宿を探す。
 
「申し訳ございません。もう空いている部屋はございません」
 
「満室でございます」

 しかし良さそうだと思って入ったところ全敗。
 ことごとく断られてしまった。

 聞いてみると今年は冒険者学校に他国から来ている人が多く、寮ではなく宿を取っているので埋まってしまっているとのことだった。
 他国から来る人には貴族や身分の高い人が多い。
 
 世話係や護衛のような付き人も来るので自然と入学者よりも人数が多くなり宿も余裕がなくなる。
 もう授業開始の前日なので良さそうな宿はほとんど空きがない。

 さらにはリュードたちが行商もやっていたように今時期は商売で動いている人もいるので空きが余計に少なかった。

 しょうがないので先に教科書を買いに行くか。
 そう考えていたら、ふいにルフォンがリュードの服を引っ張った。

「リューちゃん、あそこはどう?」

 ルフォンを指差した方を見る。

「雰囲気は悪くないけれど宿屋の看板はないぞ?」

「下にあるよ」

「あっ、ほんとだ」

 宿屋っぽいけれど宿屋じゃないと最初見た時は思った。
 とても印象良く見えたけれどドア上に掛かっているはずの宿屋の看板がないので宿をやっていないように見えた。

 けれどよく見るとドア横、地面に上に掛けるタイプの小さな宿屋の看板が置いてあった。
 落ちてしまったのか元々そうしていたのかリュードには分からない。

 ともあれ、落ちた看板を片付けていないのなら宿はやっているはず。
 こういう時のルフォンの勘は鋭いので期待はできるとリュードは思った。

「いらっしゃい」

「すいません、宿ってやってますか?」

 ドアは鍵もかかっておらずに開いていて、いらっしゃいという言葉で出迎えてくれた時点で半ば答えは出ているようなもの。
 宿をやっているか一応念のために聞いておく。

「宿はやってるし、部屋も空いてるよ。あー、あはは、看板かい? ちょっと前に酔っ払いが壊しちゃってね。わかりにくくてゴメンね」

 対応してくれたのは恰幅の良い中年の女性で豪快に笑う様を見れば性格も良さそうだった。
 掃除をしていたのか手に持ったほうきを置いて部屋の状況を確認しに行く。

 掃除の途中だったみたいだけれど必要ないくらい中は綺麗だし、手入れも行き届いている。

「えっと、じゃあお部屋2つ……」

「1つ」

「空いてますか……ルフォン?」

「お部屋1つ空いてますか?」

 リュードの言葉に被せてルフォンが前に出る。

「はっはっはっ、若いねー。今の空きだと4人部屋になるけど1部屋でいいかい?」

「えっ、あの2……」

「大丈夫です」

 まるでリュードがいないかのように会話が進む。
 宿のおばちゃんは何かを悟ったような優しい目でルフォンを見て、完全に会話の相手をリュードからルフォンに替えてしまった。

 とりあえず1部屋は確保できたので宿の説明を受ける。
 冒険者学校の入学者であることを確認された。

 それで分かるのは長期宿泊ということ。
 料金は10日ごとの前払いで少しお安めにしてもらった。
 
 元がそれなりに安いのでかなりお得な感じがする。
 朝夕は希望すれば食事も出してくれ、食事代も宿泊料に含まれているのでとりあえず希望しておいた。
 
 掃除や布団の交換、消灯時間などのサービスについて聞いて部屋の鍵を受け取った。
「仲が良いのも悪くないけどうちの壁はそんなに厚くないから気をつけな!」

「いでっ!」

 豪快に笑いながらおばちゃんはリュードの背中を叩いた。
 魔人族に対して偏見もないようでかなり良い人である。
 
 ただ流されるままにリュードはルフォンと4人部屋を2人で使うことになってしまった。

「……あの、ルフォン?」

「…………これからも旅を続けるならこういうことってあると思うの」

『意外とね、外の広いところじゃ男は意識しないものよ』

「それにお金だって2部屋も取ったらもったいないと思うんだ」

『意識させたいなら密室! 同じ部屋の中が絶対よ』

「リューちゃんは私と一緒じゃ……イヤ?」

 ルフォンの頭にはとある人物から聞いたアドバイスがこだましていた。
 
『なんならベッドにでも潜り込んじゃいなさい。あの子だってベットの中じゃある意味狼よ』

 結構大胆なことをした。
 緊張でうるんだ瞳で見られてリュードは何も言えなくなる。
 
 確かに間違ったことは言っていないので反論の余地もない。
 若い男女が1つ屋根の下でけしからん云々なんて旅の中では言ってられない。
 
 今は言える時だったと思うけれど言えるタイミングは完全に過ぎ去ってしまった。
 いざ必要に迫られて同部屋を悩むくらいなら今から経験しておいた方がいいかもしれないとリュードも覚悟を決める。
 
 なかなか大胆な行動であるがもちろんこうした行動はルフォンが急に自分だけで考えたものではない。
 実は一部屋にしてくれないかなんて大胆さが出てきたのにはメーリエッヒの教えがあってのことであった。

 ルフォンはメーリエッヒに戦い方を習っていたがメーリエッヒは戦い方だけを教えていたわけでない。
 メーリエッヒはルフォンのリュードの対する気持ちを知っていた。
 
 なので時として純粋すぎるルフォンに知識の伝授も行っていた。
 少し、いやかなり攻撃的で実践することもはばかられる知識もあったけれど、ルフォンは勇気を出して実践できるものをやってみたのだ。

 まずは密室で二人きり。
 広い外とは違って部屋の中ではリュードもルフォンを意識するに違いないとメーリエッヒは言っていた。

「もちろんイヤじゃないけど……」

 こうなってしまってはリュードの負けなのだ。
 大人しく一緒の部屋に泊まるしかない。

 リュードは照れ臭そうに頭をかく。
 リュードの方はいいのだ。

 どちらかといえばルフォンの方が気遣うことが多いのではないのかなと思うのだ。

「なんか気になることあったら言ってくれよ? ちゃんと直していくから」

「うん、わかった。リューちゃんも何かあったら言ってね」

 この際だから気になることとか意見のすり合わせはしていこう。
 夫婦間であっても些細な不満がたまり続けることだってある。

 余裕があるうちにルフォンが気になることがあるなら積極的に直していこうと前向きに考える。
 パッと花が咲いたように笑顔になったルフォンを見て、しっかりと理性だけは保っていこうと心に決めたリュードであった。

「じゃあ俺はこのベッド使うから」

 リュードはベッドの1つに座り寝心地を確かめる。最高級は望むべくもないが悪くない。
 安宿や野宿に比べると天国みたいなものである。

「えっと、私は……」

『ベッドに潜り込んじゃいなさい』

 ウインクしながら簡単に言っていたメーリエッヒの顔が頭をよぎって、少し頬が熱くなる。
 ルフォンは慌てて頭を振って邪悪な考えを追い払う。

 1部屋にするのも必死に頭を巡らせて言い訳したのに同じベッドに寝るなんてもはや言い訳のしようもない。
 子供のころならともかく今そんなこと言えない。

 さっきも恥ずかしくて目がうるんでしまっていたぐらいなのに。

「こっち、かな」

 ルフォンが選んだのはリュードの隣のベッド。
 ベッドは離れているとはいっても隣でさある。

「ま、まあ好きにするといいさ」

 リュードは一緒に寝るとは言われなくて少しホッとしていた。
 実際ルフォンがやたらとリュードのことを見ていたので半分ぐらいは考えていることがばれていた。

「宿も確保したし教科書買いにいこうか」

 ちょっとまったりしてしまった。
 もう日が傾いてきているので閉まる前に早く教科書を買いに行かなければいけない。

 冒険者学校でもらった必要なものが書いてある紙には教科書を売っている書店も書いてあった。
 早速その書店に向かった。
 
 宿から一番近い書店はこじんまりとしていて雰囲気の良いお店である。

「ありがとうございまし……」

「おっと」

 書店に入ろうとした時、開きっぱなしの入り口から出てきた女の子とリュードがぶつかった。
 体躯の良いリュードは少しよろけただけだったけれど、ぶつかった女の子は倒れて尻もちをついてしまった。
 
 女の子が持っていた本が床に散らばる。

「ごめん、大丈夫?」

 リュードが手を差し出す。

「こ、こちらこそごめんなさい。私もちゃんと前見てなかったです」

 女の子がリュードの手を取り立ち上がる。
 恥ずかしさからかうつむき気味の女の子の頬は少し赤くなっている。

「はい、これ」

「ありがとうごさいます」

 ルフォンが女の子が落とした本を拾って渡すと慌てたように受け取って頭を下げる。

「どうもすいませんでした!」

 女の子はもう一度頭を下げると足早に去っていった。

「怪我はない?」

「ああ、俺は大丈夫」

 あれだけ走れれば女の子にも怪我はないだろう。
 女の子の後姿を見送ってリュードたちは書店に入った。

「何をお探しで?」

「これを探しています」

 店主の老人に必要なものがかかれた紙を見せる。

「冒険者学校かい。たった今中古のやつの最後が売れちまったから新品しかないけどいいかい?」

「中古もあるんですか?」

「ああ、あるぞ。今はないけどな。冒険者学校が時間をかけて作った教科書はなかなかためになることも書いてあるがなんせ本はかさばるからな。卒業した後まで持っていられない連中から買い取って後の入学者に安く売ってやるのさ」

 冒険者学校が後ろにいても教科書となる本はなかなか高価なものになる。
 そして冒険者としてやっていくのに有益なことが書かれていても本を荷物として持ち運ぶことは現実的でなく、旅をする冒険者にとっては正直邪魔でしかない。

 そこで教科書を書店では買い取りをしている。
 書店はわざわざ商品を新しく仕入れなくてもいいし、本がいらない人は多少のお金が帰ってくるし、新しい入学生は安く本を入手できる。
 
 合理的なリサイクルである。そもそもこの世界では大量消費社会ではなくて中古で使うことも一般的なので何らおかしくない話である
 リュードも安いなら中古でも構わないと思う。
 
 ただ、今は中古がないので新品で購入するしかない。
 このようなこじんまりした店でも中古が残っていないなら他でも残っていないと思われる。

 他の店を回っている時間もない。
 そもそも中古の存在を知らずに新品で買うつもりだったから新品でも何の問題もない。

「新品2冊ずつでいいかい?」

「はい、お願いします」

「はいはい……ちょっくら待っててくれ」

 店主の老人は奥に消えていき2冊ずつ同じ本を持って来ることを繰り返した。

「これでいいかな?」

 持ってきた本のタイトルを紙に書かれたものと突き合わせて確認する。間違いはない。
 お金を渡して商品を受け取る。

「教科書がいらなくなったらぜひうちに売りに来てくれよ。綺麗なら高く買い取るから」

 無事教科書も買えた。
 後は明日からの冒険者学校で良い成績を残してさっさと卒業するだけである。
 特に期待はしていない。
 約束だから冒険者学校に通うのだし問題さえなければそれでいいと思っていた。

 けれど初日から気分は最悪だった。

「あれ、あいつあの時の獣人じゃん。隣のかわいこちゃんもあれ獣人だったのか」

「へぇー、あんま獣人とかないわって思ってたけどあの子ならアリじゃね?」

 もう2度と会うこともないと思っていた。
 ツミノブに入るときに人のことをデカい話し声で獣人獣人と言ってくれた馬鹿どもが冒険者学校にいた。

 リュードは身長も高く目立つし、ルフォンも今回はフードをかぶっていないので周りの目をよく引きつけた。
 勝手にあるとかないとか、また獣人だの聞こえる音量で会話するものだからルフォンだけじゃなくリュードも苛立っていた。

「静かに!」

 ボコボコにして窓から投げ捨ててやろうか。
 我慢が限界を迎えて実力行使に出る前に教師が来てくれて助かった。

 もちろん助かったのは馬鹿どもの命である。

「私はキスズ、元シルバーランクの冒険者だ。君たちの戦闘訓練の授業を担当する」

 目つきの鋭い、茶髪の短髪の男性。
 元からなのか威厳を出したいのか険しい顔つきに教室が静かになる。

「まずは君たちの実力を見ておこう」

 腰に差した剣を触り、教室を見回しながらキスズがニヤリと笑う。

「訓練場に行くんだ」

 キスズの指示で訓練場に向かう。
 いきなりのことに生徒たちは動揺を隠せない。

 訓練場に着くと早速キスズが剣を抜いた。

「今から互いに戦ってもらうわけだが、俺に挑戦したいという奴がいたら前に出ろ。受けてやる。俺を認めさせることができたら戦闘訓練の授業を合格とし、今後は出なくても良し。もし仮に俺に勝つことができたら優秀点も付けてやろう」

 生徒たちにざわつきが広がる。
 成績優秀で卒業するためには優秀点というものが必要だった。

 各授業を優秀な成績で修めれば優秀点というものがもらえて、それが一定以上卒業時に持っていると成績優秀での卒業になるのだ。
 ルフォンに目配せして、挑戦しようと意図を伝える。

 リュードが前に出ようとしたよりも早く1人の生徒が前に出た。

「僕が挑戦してもよろしいですか?」

 それはリュードたちのことをいじっていた馬鹿どもの1人であった。
 中途半端な長さの金髪、雰囲気イケメン、高くもなく低くもない身長。
 
 見れば見るほど鼻につく。
 嫌いというフィルターも多いに関係あるのだがちょっと微妙なラインの容姿であることは否めない。

「もちろんいいさ」

「サンセール・オライラオン、お手合わせ願います」

「あー、おう、いつでもこい」

 サンセールの武器はごく普通の剣。
 リュードの目には構えも普通で特別強そうには見えない。

 キスズはサンセールが構えても腕を上げないでダラリと下げたまま興味なさげにサンセールを見ている。

「行きますよ?」

 その様子にサンセールが苛立つ。

「いつでも来いと言っているだろ。戦場ではいちいち自己紹介もしないし相手が構えるのを待っていることもないんだぞ」

「分かりました!」

 感情を隠すこともなくムッとした表情のサンセールがキスズに切り掛かる。

「はっ!」

 リュードにはサンセールの剣の振り下ろしを見て分かる。
 あいつは強くない。

 偉そうに前に出てきたと思えば飛んだ拍子抜け。
 キスズは限界までサンセールの剣を引きつけ動いた。

 サンセール手を叩いて剣を落とさせ、素早く腹に蹴りを入れた。
 特別早い動きではなかったけれど無駄が少なく、サンセールの実力なら何をされたのかよく分かっていないだろう。

 蹴りは完全に決まった。
 二転三転と後ろに転がったサンセールは腹を抱えたまま起き上がれない。

 もうサンセールに戦闘継続の意思は見られない。

「不合格」

 冷たくキスズが言い放つ。
 サンセールの仲間たちにサンセールを医務室まで運ぶように言いつける。

 リュードが相手していたら蹴りを入れて、顔面にも一発入れていたのでずいぶんと優しい終わらせ方である。
 ましてや戦場ならサンセールは今頃物言わぬ死体になっている。

「他には?」

 サンセールがあっさりやられたのを見て、一気にみんなの挑戦する気が削がれてしまった。
 さすがシルバーランクの冒険者は冒険者学校に通うような駆け出しには負けるつもりがないようだ。

「はい」

「おっ、2人もいるか」

 他にいようが前に出るつもりだった。
 リュードとルフォンが軽く手を上げて一歩前に出た。

 元々目立っていた2人が前に出たので生徒がさらにざわつく。

「どっちからやる? まあ男の方から来て、俺の体力でも削ればお嬢ちゃんにもチャンスぐらいあるかもしれないな」

「……私が行く」

 あの教師、死ぬかもしれないなとリュードは思った。
 隣に立つルフォンが怒っているのをリュードは感じている。

 村では互いの性別は尊重する。
 男女で分けることはあっても見下して差別することはない。

 それにルフォンだって村では相当な実力者であってプライドもある。
 キスズは少し火をつけてやるぐらいの気持ちで軽く言ったが、ルフォンにとってひどく侮辱されたように感じた。

 ルフォンだってただ守られるだけの存在ではない。

「おっ、お嬢ちゃんが先かい?」

 ルフォンが怒っていることを察せないキスズは余裕の態度を崩さない。

「行くよ」

「おっ、おっ?」

 ナイフを抜き様に距離を詰めた。
 慌てて剣を構えようとしたが間に合わず何かを察知してキスズは後ろに飛び退いた。

 正しい判断だ。
 キスズが腕を持ち上げようとしていたルート上をルフォンのナイフが切り裂いた。
 
 キスズの行動を先読みしての攻撃。
 剣に手をやることを予想して先回りして切り付けていたのである。

 回避行動も取らないであのまま腕を上げていたら手首から先は無くなっていた。
 結果は空しい空振りに見えるけれど、空振りが何を狙っていたのか分かっているキスズの顔から余裕が消えた。

 しかし気を引き締めるには遅かった。
 かわされて終わりになんてしない。

 ルフォンはさらにキスズとの距離を詰めていた。
 突き出されたナイフを剣で防ぎ、火花が散る。

 ナイフは1本ではない。
 素早く繰り出された2本目の攻撃を回避しようとしたがかわしきれずに頬が浅く切れる。

 続けて蹴り。
 太ももにクリーンヒットしてキスズの顔が痛みに歪む。

 そして蹴りから戻した足を軸にして回し蹴り。
 キスズが手でルフォンの足を受け止めるがそれで止まるほど甘くない。

「ぐっ!」

 衝撃を受けきれず手ごと胸に回し蹴りが当たる。
 後ろに倒れるキスズにチャンスとばかりにルフォンが迫る。
「ま、参った!」

 手で制するようにしながらキスズは降参の言葉を口にした。
 ルフォンのナイフがキスズの首ギリギリで止まり、キスズは生唾を飲み込む。

「合格、合格だ! 優秀点もやる!」

 わずかな沈黙があって、ルフォンがナイフを引いた。
 まさか本当に殺すつもりはなかったと信じたい。

 ナイフが引かれたのを見てキスズが長く息を吐く。
 下手に相手を挑発するからこうなるのである。

 見た目で相手を判断することなどやってはならない。
 強そう弱そうという印象に左右されて相手を甘く見て痛い目を見るのは自分なのである。

「やったよ、リューちゃん!」

 褒めて!とルフォンがリュードに頭を差し出す。
 周りの目があるので恥ずかしいが、気にしても仕方ない。

 ルフォンの方が大事なので撫でてやるとルフォンはほんのりと頬を赤くして笑顔を浮かべる。
 尻尾もパタパタ振られていて嬉しそうな感じが見ていて分かる。

「次は俺ですね?」

 体力を削るどころかプライドすら粉々に打ち砕かれたキスズはふらふらと立ち上がった。
 すっかり機嫌の治ったルフォンを下がらせてリュードも剣を抜いた。

 真っ黒な剣に周りの男子から声が漏れる。
 そうだろう、カッコいいだろうとリュードもちょっと鼻高々である。

「待て」

「何ですか?」

「その子と君は知り合いかい?」

 その子とはルフォンのこと。

「はい、同郷出身でここまで一緒にきました」

「君とその子……強いのはどちらだい?」

 所詮は冒険者学校の生徒たちだろうという考えがキスズの目を曇らせた。
 ちゃんとしていればサンセールのようなちゃらんぽらんなやつの雰囲気とリュードとルフォンがまとう空気感は違うことに気づけていたはずだ。

「そりゃあリューちゃんの方がすっごく強いよ!」

 リュードの代わりにルフォンが答えた。
 リュードとルフォンは直接本気で戦ったことはない。

 戦ったところで互いに気を使って本気の戦いにはならない。
 本気で戦うにはお互いの距離が近すぎるのだ。
 
 仮に本気で戦った仮定して考えると、リュードにとってもルフォンの速さやナイフの扱いの変幻さは厄介だろうけど負けはしないと思う。
 けれども簡単な戦いではないことだけは確かだと言える。

 勝ち負けはともかく最低でもルフォンと対等な実力はあると自信は持てる。

「じゃ、じゃあ君も合格だ。もちろん優秀点もやる」

 先程までの態度は何処へやら、顔をひきつらせたキスズはあっさりとリュードに合格を出した。
 周りは不満げな反応を見せているけれどキスズもこれ以上失態を演じるわけにはいかない。

 リュードとしては疲れない方がいいに決まっているので断るつもりはない。
 わざわざ周りに実力を見せつけてやることもない。

「なら俺も挑戦する!」

「私も!」

 最初のサンセールが弱かっただけでキスズもそれほど強くないのではないか。
 生徒たちが我先にと前に出た。

 何にしても今なら弱っていると見ていた。

「行こうか、ルフォン。これで今日は自由だ」

「うん、何しようか?」

 戦闘訓練の授業は合格をもらったのでもう出なくてもいい。
 リュードたちは帰ってしまったので知らなかったが、まるで鬱憤を晴らすように調子に乗って挑戦した生徒の何人かが医務室送りにされていたのだった。
 次の日も授業は続く。
 ガラリとドアが開いて年配の女性が入ってきて教卓の前に立つ。

「ごめんなさいね。本当は昨日が私の授業だったのに急用が入って。私はケイヤ。知識系の授業を担当するわ」

 ケイヤは教科書を開いて内容を掻い摘みながら読み上げていく。
 全員が全員文字を読めるわけではないからこうした形式の授業になるのは仕方ない。

 仕方ないとはいえ眠くなる授業なことは否めない。
 開始早々すでに意識を刈り取られている生徒が何人もいる。

「冒険者のランクは下から順にアイアン、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナとなっていてそれぞれ+と−がありますので15段階に分かれていることになります。昔はもっと大きく分けていたのですが近年の冒険者の多様化により……」

 まず冒険者の説明を始めている。
 冒険者のクラスはケイヤの説明の通り15段階もある。

 昔は+や−がなく5段階であった。
 けれど同じランクでの程度の差が出てきたり、魔力が流出した関係で世界の人々の力が弱くなって改めてランク分けを考えるに至ったため段階を増やしたのである。

 冒険者学校卒業段階で与えられるランクはアイアン−。
 当然のことながら登録したばかりの人と同じである。
 
 成績優秀者になると一つ上のアイアンクラスがあたえられる。
 今時の基準で言えばアイアンでようやく駆け出しクラスになる。

「およそ500年前の真魔大戦で……」

 ケイヤの話は続く。気づけば歴史に関する話を始めていた。
 ふと読み上げられたところが教科書のどこだったかを探す。

「……ちゃん、リューちゃん!」

「あ……ああ、ルフォン」

「もう終わってるよ?」

 気づいたら周りはみんな帰って誰もいなくなっている。

「なにかあったの?」

「んー、ちょっとね」

 正直言って歴史に関してはちょっとした自信があった。
 死んでから転生するまでの間にこの世界であった出来事をまとめた本を読んだ。

 もはや朧げな記憶だけど中々読んでみると面白かったし記憶に残っているものもある。
 他の人より知っていると思っていた。

 けれどリュードはケイヤの話を聞いて、そして教科書を見て驚いた。
 魔力が無くなるきっかけになった戦争から今日ではおよそ500年が経っていた。
 
 400年ではなく500年。
 リュードはずっと真魔大戦を400年前だと思っていたのに実は真魔大戦は500年前の出来事だったのである。

 実際リュードの記憶では神様に真魔大戦は400年前だと言われていた。
 神様の記憶違いでないのなら、転生するまでの間に何と100年もの時が経ってしまっていた。
 
 これを驚かずにいられるだろうか。
 現代史だと思っていた出来事はすでに100年前の出来事になっている。

 現代というには時が経ち過ぎている。
 みんなと同じスタートライン、古いことをちょっと知ってるから少しだけ前にいるのだけど時代に取り残された気分。

 予想だにしなかった展開にショックを受けて教科書の内容を読み漁ってしまった。
 魔力が世界に再び満たされてから、つまりリュードがこの世界に来たことによって世界が救われてから100年が経っていたのである。
 
 もちろんそのことによる世界の変化は起きているのだけれどリュードはまだまだそのことを知らない。

「こりゃちゃんと学ばなきゃな……」

 意外な衝撃と共に歴史について成績優秀を取るためにはまじめに勉強しなきゃならないことにも気がついた。
 こうして日々色々なことを学んでいく。

 冒険者学校の授業は様々である。
 歴史のような勉学、戦闘訓練のような戦い、そして実際に外に出た時に必要になりそうな知識まで色々なことを学ぶ。

 野営のやり方や保存食を使った簡単な調理、装備の手入れや裁縫の仕方。
 野草の見分け方や魔物の解体、はては天気の見方なんてことも教えてもらった。

 授業の中には講座だけのものも多く、ちゃんと聞いていれば合格や優秀点をもらえるものもあった。
 魔物の解体なんかは実際にやれれば優秀点だった。

 村で狩りをしていたリュードには楽勝だったし、ルフォンも時折狩りに参加していたので優秀点を貰える程度にはできた。
 他にもサバイバル系の授業ではリュードは何の問題もなく、ルフォンもリュードの手助けもあって優秀点をもらって合格していった。

 料理や裁縫の分野はルフォンの得意分野なので優秀点をもらい、料理が出来なくもないリュードはギリギリ優秀点をもらったりと問題はなかった。
 ただ料理の先生のリュードに対する距離が少しばかり近かった気はした。

 判定の甘さがあったにせよ、優秀点は取ったもん勝ちである。

「そろそろ最後の授業である実戦訓練について話しておこう」

 魔物学と称した低ランクの魔物の知識を教える授業。
 担当はキスズである。

 長い間授業を真面目に受けてきて、ようやく冒険者学校卒業の時も見えてきた。
 実戦訓練は文字通り実戦で魔物と戦う訓練である。
 
 町の外に出て魔物との戦いの経験を積んでいく訓練になるのだが、ツミノブの冒険者学校においての実戦訓練は他の冒険者学校と異なったものになる。
 このツミノブの近くには何と低ランクのダンジョンが存在している。
 
 ツミノブは元々町が先にあってダンジョンは後から現れたのでダンジョンで出来た町でないが、たまたま出来たダンジョンのために大きなった都市である。
 ツミノブのダンジョンは危険度が低く管理がしやすかった。
 なのでお手軽ダンジョンとして初心者なんかに人気のダンジョンとなっていて、そこに目をつけた人がいた。
 貴族相手に冒険者としての知識や技術を教えていた者が安全に魔物との経験を積ませる方法としてダンジョンを利用することを思いついたのである。

 限られた貴族相手に行われていたものがいつしか学校となった。
 けれど今でもダンジョンで実戦の訓練ができるのだ。
 
 ツミノブの冒険者学校はその点で人気の冒険者学校だった。
 湧く魔物は決まっていて、数も多くなく安全に実戦経験が積める。
 
 時間が経てば復活するし生徒を連れて実戦訓練のために魔物を探し回らなくて良いので学校としても非常に便利。

 魔物が限られるという点での問題はある
 魔物は無限と言ってもいいぐらいに湧いてくるが、次から次へと出てくるのではなく一定の時間を置かねばならない。

 一度挑むと多少の時間はおかねばならないのだ。
 なのでダンジョンの実戦訓練に挑めむために条件が存在する。
 
 これが合格や優秀点の数である。
 合格数が一定以上かつ3人以上のパーティー。
 
 これが実戦訓練に挑むための最低条件。
 一般に世の中の冒険者たちはパーティーと呼ばれる複数人での活動を基本としている。
 
 1人や2人での活動がないとは言えないけれどそうしている人は少ない。
 理想と言われているのは4人から6人。
 
 前衛後衛がバランス良くいるのが良いとされ、人数が多過ぎても少な過ぎてもいけない。

 訓練に使われていると言ってもダンジョンはダンジョンなので危険はある。
 最低数とされる3人、これがいなければ中に入ることも許されないのだ。

 3人以上揃えれば挑めるのであるが、それなりに人数のいる冒険者学校ではそれぐらいの基準は簡単に満たすことができる。
 さっさと卒業して冒険者となりたいみんなはどうしても先に入りたい思う。

 そんな時、順番を決めるために必要なのが優秀点になる。
 優秀点が多いものが優先。
 
 これが成績優秀者が早期卒業できる理由でもある。
 優秀点が多いとパッと入り実戦訓練を終えることができてパッと卒業することができるのだ。

「1人探さなきゃいけないのか……」

「2人とか3人でもいいんじゃないの?」

「いや、1人だ」

 リュードとルフォンは2人なので最低数まであと1人必要とな?。
 最大では6人まで許されるのであるがリュードは誘い入れるにしても1人がいいと考えていた。
 
 人付き合いが面倒だから、とかではない。
 最後の最後に優秀点をもらい、成績優秀者として卒業するためには1人であるのが望ましいからである。
 
 大人数で挑めば難易度は下がり、攻略は簡単になる。
 つまり成績評価も相対的に低くなってしまう。
 
 最低人数の3人でしっかりとクリアするところを見せつけられれば自ずと評価は高いものになる。
 なのでリュードとルフォンの2人に誰か引き入れるなら1人がいいのである。

 最悪の場合2人でも許容できる。
 けれど実戦訓練まで時間の余裕があるので、できる限り1人の人を探すのがいい。
 
 これまで合格も優秀点も多いから実戦訓練が無難でも成績優秀な気がしないでもない。
 しかしどうせやるなら最後まで優秀のままいきたいのである。

「けどなぁ……」

 人を探すと言っても楽ではない。
 それなりの学校生活で周りは周りで仲良くなっていた。
 
 それに比べてリュードとルフォンは2人だけでいつも一緒。
 非友好的なつもりは一切ないのに誰も話しかけてもこない。
 
 初日のキスズインパクトが強すぎたのかもしれないと今更ながら反省する。
 実際キスズのこともあったし美男美女のリュードとルフォンの間にみんな入っていけなかった。
 
 実戦訓練では連携なんかも見られるので置き去りにして戦うわけにもいかない。
 せめて連携は取れるぐらいの人が欲しい。
 
 リュードとルフォンの優秀点で見ると優先的に入れるはずなのだが、実戦訓練としてダンジョンにはいるために必要な条件をクリアするのに苦労しそうだった。
 実は話しかけてきた奴がいないこともない。
 
 それは大体がルフォン目当てだったので、当然の如くそんな奴らは却下である。
 しかもパーティーのバランスも考えなくてはいけない。
 
 ルフォンは当然前衛になるし、リュードも基本は前衛なので引き入れたい人材は後衛になることも考えていた。
 リュードは魔法も使えるので後衛でもいいといえばいい。
 
 教師はリュードを前衛で剣を振るタイプだと思っているから魔法を使ってみせて意外性をアピールするのも悪くはない。
 最終的には誰でもいいから1人入ってくれないかなとため息をついた。

「うーん……」

 悩んでみても答えは出ない。
 とりあえず1人っぽそうなのを捕まえて話でもしてみる他方法はない。

「ルフォンはどんな人がいい?」

 一時的にとはいえだ、パーティーを組むのだから出来るだけルフォンの希望に沿った人がいい。

「……リューちゃんに色目を使わない人かな?」

 ルフォンは真剣な顔をして答えた。
 冗談でも何でもなく本気の答えである。

「あとはあんまり男の人だとイヤ、かな。それぐらいかな?」

 少ない条件には見えるけれど希望を叶えようとおもうとひとまずと半分の人が選択肢から消える。
 いや、むしろ半分以上が消えると言っていい。
 
 女性の冒険者は最近増えてきているとは言っても男性と比較するとまだまだ少なく、冒険者学校でも女性の割合は2割ほどしかいない。
 8割ほどが選択肢から消えたことになる。

 自分が1人の女の子に絞って声をかけていたら、それは外から見たらただのナンパではないか?なんてふと思った。
 ただでさえルフォンを独占しているいけすかない野郎なんて話が立っているのに、女好きみたいな扱いをされるのは勘弁願いたい。

 実はこうした話はサンセール一行が嫉妬で流した噂、というか単なる悪口が独り歩きしたものだった。
 リュードは噂の発生源は知りもしないが、噂の内容は耳がいいのでちょいちょい聞こえたりしていた。

「はぁ、とりあえず帰ろう」

「ため息ついちゃダメだよ?」

 もう授業は終わり、人はいない。
 教室での作戦会議も良いアイデアは出なかった。
 気分を切り替えて晩御飯の話でもしながら教室を出ようとした。

「きゃっ!」

 誰もいない教室に入ってくる人なんていないと思って油断していた。
 リュードたちと入れ違いに教室に入ってこようとした人がいた。

 ルフォンと会話しながら出ようとしていたリュードとぶつかってしまった。
 確かこんなこと前にもあったなとデジャブを感じる。

「ごめん、大丈夫?」

「ごめんなさい……てっきりもう誰もいないと思って」

 尻もちをついた女の子にリュードが手を差し出す。

「あれ、君……」

「あっ、あなたはあの時の」

 デジャブではなかった。
 ぶつかったのは前に教科書を買いに行った書店の出入り口でぶつかった子であった。
 
 女の子の方もリュードを覚えていたようで驚いた顔をしている。
 同時に同じ人に2度もぶつかってしまった恥ずかしさで顔が赤くなっていく。

 光の当たり具合によっては深い藍色にも見える髪、クリクリした大きな目が特徴的な可愛らしい少女。
 体格は小柄でルフォンよりも小さく、リュードを前にすると小動物のようだ。

「書店でぶつか……会いましたね。ええと……」

「俺はリュード、こっちはルフォン」

「リュードさんにルフォンさんですね。私はエミナと言います。何回もぶつかってしまってほんとごめんなさい」

「いやいや、俺も注意不足だったからお互い様だよ」

 ぶつかってしまったことにどちらが悪いとか言ってもしょうがない。
 互いに注意不足だったのである。

「人のいない教室にそんなもの持って何の用?」

 ルフォンが当然疑問を口にする。
 そんなものとはエミナの手に持たれたホウキのこと。

 学校だし魔法を使うための補助道具として杖を使うことはあるけどホウキを使うことはまずない。
 空を飛ぶ道具として使うこともない。

「あ、これはお掃除するためです」

「掃除?」

 ルフォンが首を傾げる。掃除が何なのか分からないということではない。
 何でエミナが掃除をしているのかが分からないのである。

「はい、私もここに通ってるんですがあんまりお金がなくて。冒険者学校卒業後に冒険者として活動したお金から天引きで返済する制度もあるんですけど、同時にこんな風に冒険者学校の雑用をこなして支援してもらうことも出来るんです」

 ホウキを持ち上げてエミナはニッコリと笑顔を浮かべた。
 エミナは朝と学校終わりに掃除を手伝い、その代わりに学費の軽減と多少のお金の支援などを受けていた。

 冒険者学校にはこうした支援のシステムもある。
 細々としたやらねばならないことが冒険者学校でも発生するのでそうしたことを行ってくれる生徒にはお金を払ったり、単位の助けを出したりするのだ。

「雑魚寝を嫌がって宿なんてとらなきゃもっと余裕あるんですけどね」

 あははと笑ってエミナが頭を掻く。
 多くの人と寝ることに抵抗がない人もいるけれど嫌がる人も多い。

 村ではお風呂が普及して皆体を綺麗に保っていたが広く世界を見るとお風呂などは一般的ではない。
 身なりを小綺麗にしているのはまだいい方で臭くなるまで何もしない人だっているのだ。

 かく言うリュードたちも雑魚寝を嫌がったのでエミナの気持ちはよく分かる。

「何か手伝おっか」

「えっ? いいですよ、そんなこと」

「いいのいいの、リューちゃんがぶつかっちゃったお詫び」

 エミナからホウキを奪って床を掃き始めるルフォン。

「あ、あれ?」

「諦めろ、受け入れて掃除をした方が早いぞ。俺も手伝うから、何をしたらいい?」

 思いつきの突拍子もない行動だけど、こうしたお人好しなところもルフォンの良いところである。
 掃除をして少しでもお金を稼いで冒険者学校を卒業しようとするのは立派な行いだ。

 応援したいとルフォンは思った。
 だからちょっと手伝ってあげて掃除が早く終わるのならその方がいい。
 
 他にも教室の掃除はあった。
 どうせなら最後までやろうとリュードとルフォンの手伝いもあって掃除はさっさと終わった。
 
 冒険者学校を出てから向かう方向が同じということでエミナも途中まで一緒に帰ることになった。
 帰りながらエミナのことを聞く。
 
 エミナはこの国の出身ではなく他の国から来ていた。
 どうにか自分の力で生計を立てたくて冒険者になるために冒険者学校に通うことにした。
 
 最初は宿に泊まるつもりはなくて雑魚寝で我慢するつもりだったのだが、先にいた人たちがちょっと綺麗な感じでなかったために宿に泊まることにした。

「情けないですよね。冒険者になろうっていうのに他の人と寝るの我慢できないなんて」

 伏し目がちにエミナは言ったけれどリュードたちは試すこともなく雑魚寝を断念したので何も言えなかった。 
 その後もエミナと教師の悪口なんかを言いながら歩いているとリュードたちが泊まっている宿に着いた。

「ここが私が泊まっているところです……って何ですかその顔?」

 思わず笑ってしまう。
 不思議な偶然もあるものだ。

 エミナが泊まっている宿とリュードたちが泊まっている宿は同じであった。
 これまでエミナに会うことはなかった。
 
 それはエミナは掃除のためにリュードたちよりも早くに宿を出発していたからで会うことがなくて知らなかったのも当然のことである。