「付いていく云々はお主たちの話だ、後でなさい。旅に出ることについてだが、その希望は叶えられん」
「……どうしてですか!」
予想外の答えに食いついたのはルフォンの方だった。
リュードも驚いたけど村長が理由もなく拒否をするとも思えず次の言葉を待つ。
「そもそもこの村は同族であらば来る者を拒むこと無く大きく発展してきた。その中にはここのことを聞きつけ移住してきた者もいれば旅の者、さらには出戻りまでいる」
確かにこの村は人が増え続ける珍しい村となっている。
最初は他と同じく少数の規模の小さい村であったが人狼族と一緒になり、いつしか噂が噂を呼んで世界中に散らばる竜人族と人狼族がちらほらと集まって村が大きくなっていっている。
それぞれの種族全体の総人数がどれほどいるのかわからないけど今村にいる竜人族、人狼族の数だけをそれぞれみても最大規模の村だとリュードはみている。
「この村は自由だ。来る者も、あるいは出て行く者も。ならばどうして出て行くことに許可なぞ必要あると思う」
「へっ?」
「えっ?」
「好きに行くと良いというのだ。……ただしせめて16の年を迎えてからにしなさい。だから優勝の賞品は別のものにしなさい」
これはリュードのミスだった。
村を出るには村長の許可が必要だと、勝手に思い込んでいた。
そう言われてみれば自由に村に出入りしている放浪の冒険者もいる。
一応まだ成人していないこともあるのでちゃんとした許可が必要だと思っていたけどそんなもの必要なかったのである。
今考えてみれば旅に出るのに村長の許可が必要なんてどうして考えていたのか。
思い込みとは恐ろしいものである。
村長に認めてもらい、許可をもらうために力比べで全力で頑張った。
実力はついたし無駄ではなかったとはいえそこまで必死になることもなかったのだ。
「ははっ……」
「リューちゃん?」
張り詰めていたものが切れた。
気負っていたつもりなんてなかったのに、やはり心のどこかで重責になっていた。
思い込んでそれに気づけないほど視野は狭くなっていた。
リュードは笑いが止まらない。久々に大笑いした。
気負いすぎていた自分、許可が入らないことに気づかなかった自分、そして今は一緒に行くとルフォンが主張してくれて一緒に来てくれるかもしれないことになんだかんだ安心している自分が何だか可笑しくて。
「…………落ち着いたか?」
「はい」
そんなに長くはないけど声を出して笑ったリュードは涙を拭いて、引いたりすることなく優しい目をして待っていてくれた村長を再び見据える。
「旅立とうとする若者を応援するのは当然のことだ。お金については私からいくらか用意しよう。だからシューナリュードもルフォンも希望を今一度考えてくると良い」
「「はい」」
ゆっくり大きくうなずく村長にリュードはこの人こそ村長として上に立つのがふさわしいと思い知らされた。
自分だったらドン引きしていただろうし顔に出ていただろうとリュードは思う。
「ではメーリエッヒだが……」
ーーーーー
「さてと……リュー、座りなさい」
ある意味許可を貰ったも同じ。
しかしせっかくの晴れやかな気分も短いもので家に帰ってすぐさま家族会議となった。
当然議題はリュードの旅立ちについて。
というかリュードについてこうとしているルフォンについてであった。
「お母さんは悲しいわ、こんな大事なことお母さんに内緒だなんて」
ハンカチを目に当ててヨヨヨと泣いてるよう見せるメーリエッヒ。
知っていたくせになんて突っ込んだところで無駄なので特に触れはしないでおく。
ヴェルデガーはメーリエッヒの隣で考え込むように目をつぶっている。
「それにルフォンちゃんまで巻き込んで……」
それに関して巻き込んだのはそっちだろと言いたい。
ルフォン自身の考えなのかもしれないけれどいくらか焚き付けたり、誘導した側面はあるはずだとリュードは思っていた。
「まずはお前からだ、リュー。旅に出るつもりなのか?」
メーリエッヒの茶番を無視して切り出したのはヴェルデガー。
その顔、その目からヴェルデガーの感情は読み取れないが怒っているようには見えない。
「うん」
「旅をするというのは楽なことじゃないぞ」
「分かってる。それでも世界を見てみたいんだ」
「俺も旅をしていた身だから反対なんてしない。できるわけもない。どこかに腰を落ち着けるのもいいが、時折また旅に出たいと思うような時もある」
リュードは真っ直ぐにヴェルデガーの目を見返して大きくうなずいた。
いつの間にこんなに息子が大きくなったのか。
まだまだ子供だと思っていたのに村長に肉薄してみせるほどの力をつけ、しっかりと自分の意思と目標を持っている。
少し前にヴェルデガーはルフォンの相談を受けたルーミオラからメーリエッヒが話を聞いているのを聞いてしまった。
息子から何の相談もなかったことにショックを受けたのだが自分の時も飛び出すように旅に出たことを思い出した。
自分の時も最終的には反対はされなかったけど反対されることへの不安や両親に相談することの気恥ずかしさはあった。
ヴェルデガーの聞くところによるとちょっとした勘違いもありそうだ。
リュードのことだから黙って旅に出るのではなくちゃんと許可をもらってから相談しようとしたのかもしれない。
それになんだかメーリエッヒとルーミオラで何か話が進んでいるので成り行きを見守ることにもしたのだった。
「……私だって反対なんてしないわよ。私の師匠も言っていたわ。いつか男の子は旅に出て大変な経験をして大きく成長して、ハーレムを作るものだって」
最後がおかしいぞとリュードは思う。
最終的にハーレムを作ることが目的になっている。
少しピリッとした雰囲気で始まった家族会議だったけれどヴェルデガーもメーリエッヒも顔は穏やかでどこまでも優しく、愛しみに満ちた目をしている。
引き止められるのも辛いけどこんな風に優しくされるとまた両親から離れ難くもなる。
第2の人生を歩み、前世の記憶があるリュードは多分両親にとっても変な子だったと思う。
なのにいつも2人は優しかった。
両親に甘えることが恥ずかしくてなかなか心を開かなかったりしても根気強く付き合ってくれた。
体の影響を受けるのか変に子供っぽくて反抗期のようになった時にはメーリエッヒが愛を持ってリュードをボコボコにしてくれた。
今となってはもう愛している親である。
「行ってきなさい。そして世界を見てくるといい。お前の家は父さんが守るから」
「父さん……」
「いつか気が向いたら帰ってきなさい。ここはリュー、あなたの家だから」
「母さん……」
目頭が熱くなる。
リュードは泣いてしまいそうになっている。
「父さん、母さん、リュード、旅に出るよ。この村を出て世界を見てくる」
グッと涙を堪えて言わなきゃいけないことをちゃんと両親の顔を見て告げる。
まだ旅に出るのは先だけど2人は頷いてくれた。
沈黙、だけど不思議と気まずくもない心地よい時間。
「バカァーーーーーー!」
そんな沈黙を打ち破る声。
これはリュードの家の声ではなく、お隣さんから聞こえてきた声だ。
続けてドアを激しく開ける音と走り去る音。
何が起きたかは聞かずとも分かる。
誰の声なのかといえば、言葉のチョイスと行動を見るとルフォンのようにも見えるのだが聞こえてきた声はやや太い男性の声。
つまり乙女のように家を飛び出したのはウォーケックだった。
メーリエッヒとヴェルデガーが顔を見合わせてため息をつく。
何があったのかは2人にも予想がついている。
「あなたが旅に出ることとルフォンちゃんを巻き込むことはまた別問題よ。そっちもちゃんと話してきなさい」
ウォーケックの痴態が聞こえてきて思い出したようにメーリエッヒがまた大きくため息をついた。
ルフォンが一緒に来ることについてはリュードもしっかりと話をしなければと思っていた。
「うん、行ってくるよ」
リュードは1度部屋に戻ってからルフォンのところに向かう。
ルフォンの家のドアはウォーケックのせいで大破していた。
ただ開けただけにしては大きな音がしたなと思ったら壊れるほど強く飛び出していったのだなと納得する。
「ルフォン、いるか?」
「リューちゃん、いるよ!」
親しき中にも礼儀あり。
ドアがないので仕方なく声かけながら入り口横をノックする。
玄関奥のリビングに当たるところからルフォンがひょいと顔を出して、さほど遠くもないのに嬉しそうに手を振る。
勝手知った家と普通に入っていくとウォーケックの騒動もなんのその、ルフォンとルーミオラは2人で優雅にお茶をしていた。
「話があるんだけど、今いいか?」
「うん、えっと……じゃあ」
「私はお父さんを探してくるわ。ドアも直させなきゃいけないし」
空気を読んでルーミオラが退席してくれてリュードとルフォンは2人きりになる。
ちょっとだけ黒いオーラを出していたルーミオラにウォーケックが無事で済むかはリュードには分からなかった。
「と、とりあえず座って……」
「悪いな……」
ルフォンが座っていた正面の席に座るとルフォンがいそいそと紅茶を淹れてくれた。
紅茶は外では高級なのだが魔力の豊富な土壌の村では薬草の横で紅茶も上手く育つので一定数育てている。
量はさほど多くなく村で消費する用の茶葉なのだが香りが良く、ルフォンは森で取れるハチミツを少し垂らしてくれるからほんのりと甘くてリュード好みになっている。
「旅に出る話だけどホンキなのか?」
「……うん。ごめんね、何にも言わなくて」
「別に謝ることじゃないよ。むしろその……嬉しかったよ」
驚きはした。外に興味があるようには見えなかったし冒険者をするタイプにも思えなかった。
ルフォンは魔人族でありながらその気性は穏やかで旅に出るようなものではないはずなのに。
村長の家で聞いた言葉を考える。
『私のお願いはリューちゃんと一緒に旅をする許可が欲しいことです!』
どう考えたってこうなった原因はリュードである。
けれどこれだけ思ってもらえて嬉しくないわけがない。
「ただほんとにいいのか? 俺は言っちゃ悪いけど特に目的もなく、当てもなく旅をしようって言ってるんだ。この村に帰ってくるかもわからない。危険だって当然ある」
「…………」
「俺が守ってやれる保証だって……」
「大丈夫だよ、リューちゃん」
俯いてリュートの言葉を聞いていたルフォンが顔を上げた。
その眼には決意が見て取れた。
「私はリューちゃんといれたらそれでいいの。……ううん、リューちゃんと一緒にいたいの。そのために力比べでも結果を出してきたの。
おかあさんには勝てなかったけど、自分のことは自分で守れるぐらいには、リューちゃんの隣にいられるぐらいには強くなったよ」
どこまでも真っ直ぐな視線にリュードは頬が熱くなり照れ隠しに紅茶を一口含む。
「ダメでも勝手についていく。私のお母さんもリューちゃんのお母さんも魔人族の女なら好きになった男は世界の果てまで追いかけて捕まえるって言ってた。
これは最初で最後の……譲れない私の意地」
真っ直ぐすぎる言葉。
ただリュードには今それに応えていいのか分からない。
リュードはまだ若い未熟者、世界を見てみたくて旅をしようとしている。
安定とは少し遠い。
人を愛していいのかどうか不安がある。
1人の女性を愛して幸せに出来るのかとてもじゃないけど不安でしょうがないのだ。
「分かってる……でもいつか! 私に振り向いてもらうんだ……今はまだリューちゃんに釣り合わないかもしれないけど……」
「……違う!」
そんな優柔不断で決めきれないリュードのせいでルフォンに悲しそうな顔をさせてしまった。
ルフォンが悪いとか釣り合わないとかそんな理由ではない。
それだけは伝えなきゃいけないと思った。
「これは全部俺が悪いんだ、俺が……」
「リューちゃん?」
「俺は失うのが怖いんだ」
リュードは前の人生を思い出していた。
回帰前には家族や親しかった幼馴染はリュードの手をスルリと離れていってしまった。
むしろリュードが離れて行ってしまった。
なんてことはない日常、ふとした幸せは簡単に崩れ去る。
今現在リュードはとても恵まれていて、すごく幸せな環境であると思っている。
幸せであれば幸せであるほど時に不安になるのだ。
重たい気持ちに支配されて体すら重たく感じ夢のようなこの時間が終わってしまう、そんな感覚に襲われることがあるのだ。
「リューちゃん……」
暗く沈んだような顔をしているリュード。
気づけばルフォンがリュードの隣にいて手を握っていた。
初めてみるような顔にルフォンはいてもたってもいられなかった。
「私はどこも行かないよ? だから心配しないで大丈夫だよ」
「ルフォン……」
「聞かせてほしいな、リューちゃんの気持ち」
「…………俺はルフォンに付いてきてもらえれば嬉しい」
優しく囁くような声に抗うことができない。
押し留めていた本音がするりと表に出てしまう。
「ルフォンのことが好きだ」
「うん……私もリューちゃんが好き。でも、今言うのはズルイよ」
ルフォンは頬を赤らめてリュードの告白を受け入れる。
今ルフォンがどんな気持ちなのかは揺れる尻尾を見ればよく分かる。
「そうだな……ルフォンがいてくれると嬉しいしルフォンのことは好きだ。これが俺の本当の気持ち」
「……私もリューちゃんと一緒に行く。私も子供じゃないよ。リューちゃんに守ってもらうだけの存在じゃないの」
ルフォンは12歳の時に悟ったのだ。
子供部門で優勝したリュードとテユノが並んでいる姿を見て自分の中の胸の痛みに耐えられなかった。
ただお隣さんの幼馴染というだけではリュードの隣にいられないのだと知った。
自分がリュードの隣にいたいのだと強く望んでいることをルフォンは気づいたのだ。
そしてこのままではリュードがどこかに行ってしまうような気もしていたのである。
だから努力した。
リュードの隣にいられるように。
リュードが自分を認めて隣にいてもいいと言ってくれるように。
テユノと競い、メーリエッヒに師事をしてルフォンは自分を高めてきたのである。
全部リュードと一緒にいるためだった。
勇気を出した告白を断られた時にはショックもあったけどリュードがルフォンをそうした対象として見ていないというわけじゃないことが分かって安心した部分もあった。
ただリュードはどこかに旅立とうとしている。
まだリュードと共にいてもいいと思ってくれるほど力を見せつけられていないのだと思ったルフォンは力比べでこれまでにないほど決死の戦いを見せたのだ。
「……俺から言わないと卑怯かな」
もう同じことなのだけど言わなきゃ男がすたる気がした。
「俺と一緒に来てくれるか?」
「……うん!」
顔を真っ赤にしても手は握ったまま。
ルフォンに握られた手から温かさが入り込んでくるようで、ルフォンに気持ちを伝えるたびに胸の奥の不安が消えていくようで、ルフォンの笑顔を見るたびに心が軽くなるようで。
「ありがとう」
「リューちゃんも私を守るとか考えすぎないで私に頼ってほしいな」
「そうだな……」
“自分を許せる時がきっと来る”
そんな言葉をふと思い出した。
前世からの意識があって1人でも生きていけるようにと努力をしてきた。
ルフォンや両親にすらどこか壁を作っていたのかもしれない。
「ルフォン…………」
「リューちゃ……へうぅ……!」
「ありがとう」
握られた手を外してルフォンの体に手を回して抱きしめる。
ルフォンはリュードのいきなりの行動に頭がついていかなくて背筋を伸ばした硬直している。
驚きで尻尾がボボボと大きくなった。
ほどなくして体から力が抜け落ちて尻尾が激しく振られる音だけが部屋に響く。
時間にしたら数秒もないけどギュッと抱きしめた。
「ありがとな、ルフォン」
何度も感謝の言葉を口にする。
ここ最近ないほどに心が軽くなっていくのを感じる。
「そのまま座っててくれるか」
「はい」
トマトのように顔を真っ赤にして背筋をピンと伸ばしたままルフォンはリュードの顔を見れずに視線を泳がせている。
リュードはルフォンの後ろに回るとポケットから部屋に戻った時に取ってきた箱を取り出して中のものを取り出す。
「ひょわぁ……」
手が前に回ってきて今度は後ろから抱きしめられると思ったのか奇妙な声を上げるルフォン。
けれどそうではなくリュードの手はすぐに首裏に戻ってくる。
「はい、終わり」
「これって……」
ルフォンが視線を下げると青い石が目に入る。
そっと手に取ってみるとそれは首の方にチェーンがつながっている。いわゆるネックレスというやつだ。
リュードの持ってきた箱の中身はネックレスだった。
これは本来ルフォンの誕生日にあげるつもりだったもの。
告白を断ってしまったので誕生日プレゼントをあげる機会を失ってしまった。
その後も一時期疎遠になったのであげられないまま部屋に置いたままだった。
今も本当は説得してリュード1人で旅に出るつもりで、お別れなら渡しておこうと思って持ってきていた。
魔人化しても切れないように長めで丈夫なチェーンの先に小指の爪ほどの大きさの青い石が付いている。
魔力に親和性が高くてなおかつ美しいブルームーンと呼ばれる宝石にも似た美しい石。
去年の力比べ優勝賞品としてこっそり希望してしたブルームーンを加工してもらったもので、リュードが練習を重ねて会得したいくつか付与魔法をかけてある。
売ろうと思えば結構な値段になること間違いなしの一品だと自負がある。
「ルフォンの誕生日に渡すつもりだったんだけど……機会を逃しちゃったから」
「嬉しい……ちゃんと用意しててくれたんだ」
「もちろんだろ。しかもただのネックレスじゃないんだ。
俺が付与魔法でいくつか効果を付けてある。解毒、防御、追跡の3つ」
宝石ではないが青く透けて見えるようなブルームーンをルフォンは指でつまんで光に晒して覗き込む。
説明を聞いているのか怪しいものだけど大きく期待されても困る。
だからそんな効果があるんだぐらいがちょうどいいだろうとリュードは笑う。
解毒は体内に入った毒を浄化してくれる。
毒の完全無効化も上達すればできるはずだけどリュードの技量はそこまで達してしていない。
なので毒の浄化が精々で浄化にも数分かかってしまうものではあるが着けているだけで毒を解毒してくれる。
竜人族なら毒は毒に強くて抵抗力が高い。
一方で人狼族には毒に対する抵抗力がないので効いてしまうために付けた。
体の能力そのものは高いので人狼族が持てば毒の浄化も早い。
防御は文字通りの防御効果がある。
最初に練習していたもので持ち主の魔力を得て全身に弱いながら防御の魔法を展開してくれる。
これも上達すれば守りも強くなるけど付与魔法とやら、意外と難しいのだ。
その上リュードの防御付与では打撃系に少し効果があるだけで斬撃にはほぼ効果がなかった。
ほんとに気持ち軽減してくれる程度のものなのだ。
今の時代では先生もおらず、付与魔法できるだけすごいようなので短い期間でやったにしてはできた方だと思うことにした。
そして追跡。追跡というと大袈裟であるがネックレスの場所を探せるようにする機能だ。
対となるヒモのついた石を用意して対応した付与魔法を付与してある。
こちらの石に魔力を込めるとネックレスの方に反応して引っ張られるという魔法である。
元々の目的はちょっと抜けたところのあるルフォンがネックレスを失くしてもいいようにと思って付与したのだけど旅に出るなら案外使うこともあるかもしれない。
反応する距離は魔力に応じるらしくて家中なら少しでも反応したけど村の逆に置いて試した時にはそこそこ魔力が必要だった。
ルフォンの魔力コントロールなら家中ぐらいが限界だろう。
リュードなら相当離れても大体の方向は察知出来る。
あんまり強いとは言えない、逆に強くないからこそ3つの効果を1つのネックレスに付与することができた。
「リューちゃん」
「んっ?」
「大好き!」
眩しいほどの笑顔。
なんだかんだとルフォンの望み通りになってしまった。
リュードはルフォンと旅に出る。
これからの旅が辛いものになるとしてもルフォンだけは守り抜くとリュードは心の中で誓った。
「ああ、俺も好きだよ」
素直にそう言えて、やっとリュードは回帰する前の自分からシューナリュードというこの世界に生きる人になれた気がした。
地図上では村がある位置は一面広い森林になっていて、存在しない村となっている。
東西南北のうち南に遥か下っていくと海にぶち当たり、それ以外の方角それぞれ別の国と接している。
一応森林地帯を所有している国はあるのだけれど国の管理も一切入らない無国籍地帯と言ってもいい。
村は森林の中の東寄りに存在している。
西の国とは大きな山脈を隔てているし、北の国とは森の真ん中を通る大河と合流するそこそこ大きな支流をいくつも渡らなきゃいけない。
つまり西と北の国に行くには現実的でなく、村がある森林が接している程度の関係性しかない。
残るのはといえば東の国となる。
実際村で行なっている行商は東の国に出向いて行なっている。
ごくごく稀にあちらから来ることもあるけれどほとんどは村から赴いて物の売り買いをしている。
森が危険で護衛などの手間を考えると商人側が来ることが厳しいから東の国から商人が来ることはほとんどないのだ。
こちらからいけば立場が逆になるとはいかなくても足元を見られることは少ないし、対等に交渉出来るからそうしてもいるのだ。
まあそんな行商事情はどうでもよい。
村がある森は基本人が立ち入らない未開の地に近い土地であるのだが、リュードとルフォンはそんな森を西に渡って西の国と森とを隔てる山脈に来ていた。
そうはいってもこの山脈を越えても西の国には着かない。
西側は3つ山脈が並ぶように走っていて、今来ているのは一番手前の低い山脈である。
この3つの山脈を越えなきゃ1番近い町にも着かないのである。
一番低い山脈でも越えようと思ったらかなり大変そうな険しさと高さがある。
ただ今回山脈を訪れたのは山を超えて西の国に行こうとしているからではない。
「ルフォン、大丈夫か?」
「うん、全然ヘーキ」
「へぇ……2人とも体力あるね。僕はもう結構疲れたよ」
「鍛冶屋の息子がそんなんでいいのか?」
「ハンマー振るのとはまた違うからね」
正確にはリュードとルフォンの2人だけでもない。
他にも来ている人は数人いて鍛冶屋の息子で竜人族のラッツや村長打倒候補の1人の人狼族のケルクなど含めて6人で移動している。
事の起こりはといえば数日前だった。
村を出ることに許可はいらないと言われてルフォンとも和解した後、何をお願いするか2人で考えていたところ武器が必要ではないかという結論に達した。
もちろんリュードもルフォンも武器は持っている。
力比べで使った刃潰しされた武器とは別に鍛治をやっているラッツの父親が作った武器を村人なら誰しもが所持している。
狩りが解禁され時に大体の人は作ってもらえるのだ。
ただそれらの武器は本気の一振りかと聞かれればそうではない。
量産品なんて言えば殺されてしまうけれど実際村人に行き渡るようにそこそこの品質で作っているのが現状である。
やはり本気で打った一本は品質が違う。
ラッツの父親は頑固な昔気質タイプなので気に入らなきゃ本気の剣を打ってくれない。
そこで村長へのお願いの形をとって本気の武器を造ってもらおうと考えたわけで意外なことにラッツの父親は二つ返事で引き受けてくれたのだ。
元より力比べで優勝していたリュードやルフォンには注目してしたらしく次に武器を作るならこいつらだと予感があったと笑って言っていた。
ただし条件なのかお願いなのか、リュードたちにやってほしいことが1つあった。
武器を作るための材料が足りないというのである。
リュードとルフォンに取りに行く手伝いをしてほしいというのが武器を作る条件だった。
自分の武器のためだし快く引き受けたのだけど足りない材料というのが黒重鉄という金属で、今いる西側にある山脈から取れるものである。
なので西の山脈に向かっていたのである。
竜人族、というかこの村の武器製作は少し特殊で真人族があまり使わない黒重鉄を使う。
普通の鉄と似たような性質を持つのだけど見た目も名前の通り真っ黒な金属。
鉄よりも硬いらしく力で振り回す扱いが多い竜人族にはピッタリな金属なのである。
逆に真人族の方ではあまり使われない金属で、理由として鉄よりもはるかに重い金属で同じサイズで剣を作っても重さは黒重鉄が重たくなりすぎるからなのだ。
竜人族にしてみればその重さもいいのだけど真人族では重さのために取り回しに苦労する人の方が多い。
量産品にも普通の鉄にわずかに黒重鉄を混ぜたものが使われているのだけど力の強い竜人族なら黒重鉄多めの重たい剣でも問題はあまり生じない。
ラッツの親父の本気の剣では黒重鉄多めの剣を作ろうとしているようで多めの黒重鉄が必要だった。
現在は黒重鉄の備蓄はさほど多くはなく黒重鉄を掘り出してくることが必要になったのである。
場所の特殊性もさることながら鉱山を適当に掘ればいいというものでもない。
当然リュードとルフォンの素人2人だけでとはいかない。
鉱床の有る場所を知っているものや戦力兼掘り出し係としてリュードとルフォンの他に4人が一緒について来てくれていたのである。
道中は魔物も少なく夜の襲撃もなかったから比較的楽に進み、遠くに見えていた山も次第に近づいてきた。
いつのまにか木々も消えてところどころ地面に緑が見えるのみになっていき、やがてそり立つ崖とそこにポッカリと空いた洞窟の入り口に着いた。
「まあ今のところそんなに困難もないな」
「そうだね。このまま何事もなく終わればいいね」
日も傾いてきていたので洞窟の入り口前で一夜を過ごし、準備を整えてから洞窟に足を踏み入れた。
洞窟の道幅は広めであるが全員が横並びに移動できるほどの幅はない。
前中後の3つに分けて各2名ずつで洞窟の中を進む。
リュードとルフォンは中衛、前衛には案内のリッツがいて魔力を込めると光る魔道具のランプをそれぞれ前中後それぞれで1つずつ持っている。
この洞窟ははるか昔に見つけられたもので、長いこと黒重鉄が取れる鉱山として重宝されていた。
自然の洞窟をさらに掘り進めていて中は思いの外広く続いている。
それほど複雑に掘られたものではないが迷子なる可能性などもあるのでちゃんと道を知っているリッツなどの案内は必要である。
進んでいくと少しだけ中の様子が変わる。
最初の部分は天然の洞窟なのだが中が採掘のために掘られたり整えられた部分となっているので様子が違うのだ。
頻繁に来るところではないから魔物が住み着いているかもしれず警戒しながら進んでいく。
人が2人通れるぐらいの洞窟では大きな剣を振り回すわけにもいかずリュードは槍を持っている。
槍も練習していたことがあるので突き主体でもそれなりに戦える。
ルフォンみたいにナイフをうまく扱えればよかったけどあまり練習したことない。
慣れないナイフと練習したこともある槍なら槍を使おうとなったのだ。
進んでいくと洞窟は少し狭くなった。
しかしあまり余裕という余裕が無いとはいえ触れ合わない程度には離れられるはずなのに、時折腕が触れ合うほど近づいて歩くルフォン。
ぴたりとくっつくのではなく時々触れる程度だから狭いからしょうがないと言われればそれまでだし、リュードがすごい意識しているみたいになるから何も言い出せない。
触れる部分を意識しないようにしながらどこまでも闇が続いて見える洞窟の先を警戒する。
ゴツゴツとした天然の岩肌からだんだんと整備された人工的な滑らかさを持つ壁が入り混じりいくつか道分かれもし始める。
確かにラッツと離れてしまえばこの暗い洞窟では迷子になってしまう可能性もあると思った。
最初は余裕を見せていたルフォンもランプの明かりだけの密室空間に不安を覚え始めた。
わざとらしく腕を当てたりすることをやめてそっとリュードの服の裾を掴んでいる。
リュードとしても振り払うつもりもなく受け入れるが後ろの後衛組がそれを見て渋い顔をしていることには気づいていなかった。
変化に乏しく真っ暗で時間も分からない中で何回か分岐を曲がり、サクサク進むリッツについていくと広い空間にたどり着いた。
「ここが採掘場所だよ」
入ってきたところから逆側の端までギリギリランプの光が届くぐらいの広さ。
壁に近づいてみるとところどころ黒く、そこが黒重鉄が混じっているところらしい。
リュードは収納魔法であるマジックボックスの魔法がかけられたカバンからツルハシを取り出すと黒くなっているところに目掛けてツルハシを振り下ろす。
しっかりと振り下ろさないと先がずれて上手く砕けずツルハシでの採掘作業は案外難しかった。
ここまで魔物に遭遇はしていないけどいないとも限らない。
交代で採掘と見張りをして時々休憩を挟んだりして、とにかく黒重鉄の鉱石を集めた。
砕いた鉱石を持ってみると重たい黒重鉄を含んでいるからかずっしりと重い。
収納魔法がなかったら持って帰るのも一苦労だった。
これも製作者であるリュードの父であるヴェルデガーに感謝しなければいけない。
収納魔法がかけられたカバンも実はヴェルデガーの作品であった。
今現在この世界の魔法は大きく衰退していて収納魔法も珍しい技術となっているのだがヴェルデガーは本で得た知識と卓越した魔法の技術を持って収納魔法も扱える。
お風呂といいヴェルデガーの知識欲は様々な利益を村にもたらしている。
「なあ、鉱山ってこんなジメジメしてるもんなのか?」
何度目かの休憩の時、人狼族の男の1人がリッツにそんなことを聞いた。
確かに周りに水気がない割には空気がベタッとした感じはあることはリュードも感じていた。
「いや、何回か来てるけどこんな感じは初めてだな」
過去にもここに来ているリッツが首を傾げる。
ひんやりとはしていてもこんな感じで湿度が高い雰囲気の場所ではない。
「あとよぅ、ちょっとだけ変な臭いがするんだけど毒とかじゃなさそうだけど……」
「あっ、たしかにちょっと臭うね」
臭うという言葉にルフォンと別の人狼族のケルクが賛同する。
変な臭いとは何だろうかと少し意識して嗅いでみると竜人族の鼻ではほんのりとしか感じられないけど何かの臭いがたしかに感じられた。
今まで作業に夢中で気づかなかったけどこうベトっと汗かくのは湿度のせいだし、何か変な臭いもしていたようだ。
でもなんか嗅いだことある臭いな気がするんだよなとリュードは思った。
「どっかからか漏れてきてるのか?」
リュードのそんなつぶやきを受けて人狼族の3人が鼻をひくつかせて臭いの元を探す。
「うーんとね、こっち……かな」
ルフォンがフラフラと採掘場所の奥の方に向かっていくのでリュードもとりあえず付いて行ってみる。
「近い……」
何もないように見えるところで立ち止まると四つん這いになって鼻を地面に近づけて嗅ぎ出す。
「あっ! ここだ……」
「ルフォン!」
「ルフォン! シューナリュード!」
臭いの元を見つけて勢いよく顔を上げたルフォン。
突如として手をついていた地面が崩れ、油断していたルフォンはそのまま吸い込まれるように穴に落ちていく。
とっさにリュードがルフォンの服を掴むも穴はさらに広がって足元が崩れ落ち、リュードもルフォンとともに落ちていった。
「ルフォン掴まれ!」
リュードは落ちながら強引にルフォンを抱き寄せる。
グッと腕で抱き抱えてルフォンを守ろうとする。
真っ暗で周りも見えず下までどれほどあるのか、上からどのぐらい落ちたのか全く分からない。
落ちていることだけが今わかる唯一のこと。
何にしても永遠に落下が続くわけでもなく、すぐにでも地面に激突してもおかしくはない。
何か対策を取らねばリュードが抱えるルフォンはともかくリュードは即死しかねない。
ヴェルデガーのように慣れていれば瞬間的に考えて魔法を使えたのかもしれないが今のリュードに適切な魔法をイメージする余裕も発動することもできない。
だから本能で扱えるただ一つの方法を取った。
直後、3度の衝撃。
「ヴッ……ルフォン、無事か?」
「うん、私は大丈夫だけどリューちゃんは……?」
「少し待ってほしい……」
リュードは落ちながらとっさに竜人化をした。
ある意味肉体の強化である竜人化を持って衝撃に備えたのである。
全身に生えた鱗、さらには魔力を全身にたぎらせて強化しダメージを軽減させた。
そのおかげで怪我や骨折はなかった。
けれど衝撃は強く、背中を打ち付けて呼吸が一瞬できなくなるほどだった。
なんとか抱きしめていたルフォンも無事だった。
多少の衝撃は伝わっていたけれどリュードがほとんど引き受けてくれたおかげで全く怪我もない。
骨は折れていないが全身が砕けたような痛みがある。
幸い個人の装備品を入れておくマジックボックスのカバンは身につけていた。
見えないながらルフォンが手を伸ばしてカバンを探す。
「ルフォ……ちょ、そこはダメだ」
「あ、ご、ごめん!」
見えないので変なところに手をついてしまった。
ルフォンは顔を赤くしながら手の位置を慎重に調整してリュードのカバンに手を伸ばす。
そしてカバンの中からポーションを取り出してリュードに飲ませてあげる。
ダメージが激しすぎて竜人化も解けて体も動かせない。
ルフォンはそんなリュードの上に乗ったままペタペタと体を触って怪我ないか確認した後、離れるのも不安なのかそのままピタリとリュードにくっついた。
多少ニヤリと笑っていることにリュードは当然気がついていない。
暗闇で目が使えないと他の感覚が鋭敏になる。
上に乗っているルフォンは柔らかいしほんのりと甘い良い匂いがする。
上半身に乗ってリュードに密着できる喜びが隠し切れなくてパタパタと振られている尻尾が巻き起こす風がふわりと頬を撫でる。
どこがとは言わないけど体の一部が元気になってしまいそうでこれもまた辛い。
「……そろそろ動けそうだ」
「まだ休んでてもいいんじゃない?」
「そうもいかないよ。みんなも心配してるだろうしね」
ポーションの効果もあって全身の痛みが落ち着いてきた。
頭が冷静になるにつれ自分が置かれている状況が何となく分かり始め、なおかつ分からないことが出てきた。
とりあえず洞窟の中で地面の崩落があって落ちたことは理解した。
どれほどの高さから落ちたのかは知らないけれど滞空時間からすると相当高いはずである。
そんな高さから落ちても無事な竜人族の体の丈夫さに感謝する。
「光よ」
ルフォンに上から退いてもらって、手に魔力を集めるようにして呪文を唱えるとポワッと光の玉が手のひらの上に出来て周りを照らし出す。
この周りを照らすだけの魔法は詠唱が簡単でリュードでなくても簡単に使えるぐらいのものである。
一切の光がなくすっかり暗闇に慣れてしまった目がいきなりの光に慣れるまで時間がかかる。
少しずつ目が慣れてきてようやく周りの状況というかどんな場所にいるのかが見えてきた。
どこかの部屋のようだった。
床、壁、天井が木を材料とした人工的に作られた四角い部屋の中にリュードとルフォンはいた。
上を見上げると天井に大きな穴と向こうに広がる暗闇。
無事に済んだのは固い地面じゃなくこうして天井を突き破って落ちたためにダメージが多少軽減されたからだった。
そしてここにきて人狼族の3人が言っていた変な臭いをリュードも強く感じることも出来た。
リュードにはその正体も何となく予想がついていた。
「ここは……船か」
そしてその臭いと今いる場所や感じている奇妙な感覚から状況を推測した。
不規則にわずかに揺れ動く体、部屋に転がる樽や木箱。
そして前世で嗅いだことのある臭い。これは海の臭いだ。
これらのことを全て総合すると船の上にいるのではないかと推察した。
「船? 船ってあの?」
「んー……多分ルフォンが考えてるやつとは違うもっとデカい船だと思う」
ルフォンが首を傾げる。
フネと聞いてルフォンがイメージするものと今リュードが口にしたもののイメージはおそらく違う。
海は村から南にあるけれど南までは距離もある上に町もないからまずそちらにはいかない。
なので村の人々は基本的に海というものを実際には知らないのである。
距離があるために潮の臭いも届かないのでルフォンがそうした臭いを知らなくても無理はない。
そして船もここまで来るのに使ったような川を渡るための小舟ぐらいしか見たことない。
海を渡るような大型の船があることもルフォンは分かっていないのだ。
けれども大型の船の中にいるというのもリュードの予想でしかない。
確定的なことが分かるまではまだ状況は分かっていないに等しい。
とりあえずと思って部屋にある樽や木箱の中を調べてみたけど、どれも中身は空で綺麗なものだった。
仮に船だとして、山の中から落ちてきてどうして船に落ちるのか理解もできない。
なぜ相当衝撃も大きな音もあったはずなのに誰も来ないのか。
船だと仮定しても説明できないことが多い。
「ルフォン、部屋を出てみようと思うけど武器だけは構えておいてくれ」
「分かった」
何があってもおかしくない。
最初に持っていた槍は休憩している時に手放していて置いてきてしまった。
リュードはマジックボックスから予備の剣を取り出しておく。
ルフォンは腰に差していたナイフを抜く。
部屋にある唯一のドアの前にリュードは立つ。
ルフォンと一度視線を交わしてうなずき合うとドアをそっと開ける。
ドアは小さく軋む音を立てて開く。
少し待ってみるけれど何も現れずリュードはドアの外を覗き込んでみる。
分かっていたけれど外に出るはずもない。
部屋の外は廊下になっていて、廊下にも明かりはなく真っ暗な闇が広がっている。
どっちにいっていいかも分からないからひとまず右に行ってみることにした。
途中の分岐は無視して真っ直ぐ進み続ける。
「うわっ、キモチワル……」
進んでいった先に運が良く階段を見つけられて上がっていく。
何事もないように2階分上がると甲板に出た。
そこに奴らがいた。
「どうやら友好的じゃ、なさそうだな」
カラカラと音を立てて動く骨。
魔の魔力に当てられて意思を持たない魔物とかした骨の魔物であるスケルトンが甲板にワラワラと存在していた。
甲板に上がってきたリュードたちに反応したスケルトンたちは持っていた武器を構えてリュードたちに対峙してくる。
何十体もいるスケルトンを前にリュードは少し吐きそうな気分がしていた。
動く骨が気持ち悪くないわけがない。
逆にルフォンは魔物としてしか見ていないようで平気である。
前世の記憶があるとこういったところで不都合がある。
元は人とはいえ、こうなってしまっては分類は魔物になる。
油断すれば殺されて、時間が経つと同じようにスケルトンになってしまうかもしれない。
やるしかないのだ。
「いくぞ!」
「うん!」
ジリジリと距離を詰めてくるスケルトンにリュードたちの方から打って出て先手を加える。
左手に発生させている光の玉に魔力をさらに加えて光を強くして戦えるように光量を確保する。
前に出たリュードは適当に1番近くにいるスケルトンに剣を叩きつける。
古ぼけた盾で防ごうとしてきたけど力が弱くそのまま押しつぶされるようにスケルトンはバラバラに砕け散った。
魔力が濃ければそれに応じて多少強くなるスケルトンであるはずなのだけれどここはそんなに魔力が濃くないのか力が弱く動きも鈍い。
リュードが横薙ぎに剣を振るだけで3体のスケルトンがバラバラになる程骨も脆く、復活してくるような様子もない。
ルフォンの攻撃でも簡単にスケルトンたちは倒せていって、最初こそ気持ち悪くてやりにくい感じがあったリュードでも簡単に処理できてしまった。
光属性や炎属性が必要なほど強化された相手だったら厄介なところであった。
数が多くて危険もあるかもしれないと思っていたけれど思っていたよりもあっという間にスケルトンを片付け終えてしまった。
他にもスケルトンがいるかもしれないので少し警戒しながらも周りの状況を確認してみることにした。
「やっはりか……」
縁まで行って下を覗き込むと水の上だった。
ほとんど揺れもない水面にスケルトンの骨を投げ込んでみると確かに波打つ。
予想通りの今いる場所は船の上であるようだ。
ルフォンが想像していた小舟ではなくリュードが想像していた大きい船。
スケルトンがいるような船にしては綺麗な船であることに対してところどころ不自然に壊れていたりもする。
中でもマストが酷く破損していて根本からポッキリと折れて船の上から落ちかけている。
落ちてきた穴はどうなっているのか確認しようと見上げてみる。
そのままでは光が届かなかったのでもう少し魔力を強めて光を強める。
光の玉を出しているリュードに眩しいほどの光になってようやくギリギリ光が届いて上の様子も見えた。
ゴツゴツとした岩肌でよく見てみると落ちてきた穴らしきものがあった。
「リューちゃん……後ろ!」
「いつの間に……」
どこか出口はないかと壁に光を当てようとしてグルグルと船の縁を周り、船首に差し掛かったところでルフォンに服を引っ張られた。
下の階から上がってきたのかスケルトンが甲板に出てきていた。
ただ先ほどのスケルトンとは異なっている姿のスケルトンがいた。
ローブを着て杖を持ったスケルトンと側に控える高価そうな武器を持ったスケルトンが1体ずつ。
まとっている雰囲気が他のスケルトンとは明らかに違う。
「スケルトンメイジか!」
生前の記憶があるのか魔法の知識を有し魔法を行使することができるスケルトンがごく稀に存在する。
人間の魔法使いには及ばなくても前衛で戦う戦士には十分魔法は脅威となり得るために戦闘の際にはさっさと潰しておきたい魔物である。
気付いた時にはそこにいたスケルトンメイジが杖を持たない骨むき出しの左手をこちらに向けた。
「俺の後ろに!」
魔法を警戒してルフォンを守るように前に出るが一向に魔法は発動しない。
それどころかスケルトンメイジと一緒にいるスケルトンも抜き身の剣は持ってはいるのに襲いかかってこようとしていない。
リュードは気付いた。
そもそも魔法を使う気なら手ではなく補助具である杖の方を前に出すだろうことに。
ならば魔法も使わないのに手のひらをこちらに向けている意思は何なのか。
「戦う気がない……ということか?」
元々意志のない魔物であるスケルトンから敵意なんてものを感じはしない。
さらにこのスケルトンからは攻撃の意思すら感じさせない。
リュードとルフォンは顔を見合わせる。
まだ距離もあるし攻撃されても反応できる。
試しにリュードが剣を下ろすとスケルトンメイジが1度うなずいた、気がした。
「あーあー、聞こえますか」
「リューちゃん、何か変な声聞こえる!」
「大丈夫だ、俺にも聞こえてる」
「あぁ、良かった」
スケルトンメイジが手を振っている。
「今話してる、というか伝えてるのはあんた……なのか?」
耳で聞こえている感覚よりも頭の中に響いてくるみたいに言葉が聞こえてきている感じがする。
「そうだよ。初めまして、初めてのお客さん」
カチカチと音を立ててスケルトンメイジが笑っている。
笑っているように見えているだけなのだが間違いなく笑っていると思えるから不思議だ。
「そう警戒しないでおくれ。他のみんなも僕が言い聞かせてるからもう攻撃もしないから」
スケルトンメイジがスッと手振ると後ろのスケルトンたちが一歩下がる。
「…………いいだろう」
「ありがとう。歓迎するよ。こんなところで話すのも何だからどうぞこっちに」
リュードは剣の鞘をカバンから取り出して腰につけて剣を収め、ルフォンもリュードにならってナイフをしまう。
背を向けて階段の方に向かうスケルトンメイジを追いかけるか一瞬悩んだ。
ルフォンも不安そうだしこのまま切り倒してしまった方がいいなんて考えも浮かぶも、なるようにしかならないかと考え直して付いて行ってみる。
いざとなれば竜人化でもすれば負けはしない。
ルフォンはリュードにピタリとくっついて離れない。
ついていった先はリュードたちが落ちた階にある一室だった。
隅にベッド、壁際に大きめのデスクと客室のような雰囲気のある部屋になっている。
部屋にはデスクのためのイスが1つに、リュードたち用なのかイス2つが部屋の真ん中に不自然に置かれている。
物が少なく整然と整理された部屋なのに真ん中に元々イスが2つ置いてあったとは考えにくい。
「まあ座っておくれ。そのクッション付きの良いイスはこの船に2つしかないんだ。といってももう座る人もいないからね、イスも座ってもらった方が嬉しいだろうさ」
そう言ってデスクのイスに座るスケルトンメイジ。
確かに見てみるとスケルトンメイジが座っているイスは木で作られたシンプルなもので勧められたイスはクッションが打ち付けてある少しお高めのイスだった。
勧められるままにリュードとルフォンはイスに座る。
ルフォンは少しイスをリュードの近くに寄せていた。
「さぁて、まずは自己紹介といこうか。僕はゼムト。ゼムシュトーム・ヘーランドって名前で、僕の横に控えているのが多分ガイデン・マクフェウス」
「多分……?」
「そっ、多分さ、お嬢さん。あいにく僕は骨で個人を認識できる能力はなくてね」
「俺はシューナリュードでこっちはルフォンだ」
「よろしくね。そうだな……僕の、僕達の身の上話を聞いてもらいたいところだけど長くなるから先に君達がどうしてここにいるのか聞こうかな」
「どうしてと言ったって……」
リュードは簡単にここまでの経緯、特に話すこともないのでサラッと穴が空いて落ちたらここに居た旨の話をした。
「それはまた運がなかったね。ここは西の山脈、僕らからすれば東の山脈のシコウザン山脈だね。それにしても驚いたな。山脈を越えた先、さらに東にあるルーロニアまでの間の死の森に住んでいる人がいるなんてね」
「死の森?」
「濃い魔力に覆われ凶悪な魔物が闊歩する不干渉地帯が死の森さ。僕達の間では普通の生き物は近寄ることすらできない超危険な森と言われてるんだよ。
そもそも大きい山を越えなきゃいけないから行こうと思っても行けるものでもないけどさ」
「へぇ〜……」
知らなかったとリュードは感心した。
言われてみれば強い魔物が多く危険なところかもしれないとは思っていた。
しかしそんな物騒な名前で呼ばれているなんて思いもしなかった。
村の大人達が強いからリュードの村では魔物に苦しんだこともない。
長らく住んできたのでちゃんと危険なラインも分かっているのでよほどのことがなければ死者なんかは出ない。
魔力についても薬草の品質が良くなる程度の認識しかない。
これはヤバいなとリュードは頭の片隅で感じた。
旅に出る前に思わぬところで常識のズレが見つかった。
これは幸運なのか不幸なのか分からないけれど自分で自分のことをそれなりに常識的だと考えていたのは危険な考えだったことを思い知った。
ベラベラと死の森にある村から出てきたと言わない方がいいかもしれない。
死の森に普通に住んでいるリュードたちは実は異常者集団になるのかもしれないのだから。
「上の穴からね……じゃあ半分僕達のせいみたいなものかな!」
ゼムトがカラカラ音を立てて笑う。
「それってどういうこと?」
人間臭さ溢れるゼムトに恐怖も薄れてきたのかルフォンの態度もいつも通りになってきている。
「マストが折れていただろう? あれはちょうどここの上のところにぶつかって折れてしまったんだよ。それで天井の一部が崩落してしまってね。
1度崩れると脆いもんで段々と崩れた部分が広がっていって……やがて君達が落ちた穴にまでなったというわけさ」
「なるほど。それであんな穴が……」
「まあ、人間手持ち無沙汰になるといろいろやるからね。石投げつけてみたり魔法ぶつけてみたりしたのも悪かったかもしれないね」
穴が空き始めた理由もマストが折れた理由も同一のもだった。
しかし穴が広がったのはどうにもゼムトにも原因がありそうだ。
バツが悪そうに頭をかいているけれど表情が分からないから反省しているかどうか怪しいものである。
声色はややおちゃらけた感じでどうにも感情が読みきれない。
「君たちがここに落ちてきた理由は分かった! ではでは、次は僕たちの話を聞いておくれよ!」
これこそ本題とばかりにゼムトが自分たちの話をし始める。
リュードもこうなった経緯は気になるので聞くつもりでいたが有無を言わさず話し始めるゼムトに押しが強いなと思わざるを得なかった。
「まずは僕たちだけど……」
ゼムト達は山脈を越えた西にある国、ヘランド王国の騎士達であった。
東のルーロニアや王国のさらに西にある国、南の大陸との海上貿易の中心として王国の南側の都市はとても栄えていたのだがある時から海上貿易に陰りが見え始めた。
クラーケンという大型の魔物が商船を襲い始め、貿易量がグッと減ってしまったのである。
そこで王国はゼムト達を始めとするクラーケン討伐メンバーを編成したのだった。
貿易が減り獲物に飢えていたクラーケンはすぐさまゼムト達の船に襲いかかり、ゼムト達もクラーケンを退治しようと反撃した。
1日半にも及ぶ戦いで傷ついたクラーケンは逃げ出した。
当然ゼムト達もクラーケンを追いかけたのだがこれがいけなかった。
長い戦いは海の上での方向感覚を失わせ、確認も甘いままにクラーケンを追いかけた
クラーケンは洞窟に逃げ込んだ。
寝ずに戦い、鈍った判断力はこのことをチャンスだと思わせてしまったのである。
ゼムト達は迷いなく洞窟に船を進めてクラーケンを追いかけた。
結果だけ見ればクラーケンは討伐された。
また丸一日かかった戦いの末にクラーケンは船に引き上げられて魔石や素材になりそうなところは剥ぎ取られて、残りは宴会の食材にされ食べきれないところは魔物が集まらないようにその場で魔法で燃やした。
クラーケンを船に乗せて移動するのは難しく先に処理するしかなかったのだけどこれがまずかった。
討伐できた喜びと戦い通しの疲労で注意が散漫だった。
気付いた時には洞窟の入り口は無くなっていたのである。
方角を確認し何人かが海に潜って調べた結果、海面のはるか下に入り口が見つかった。
入口が無くなった原因は大干潮。
何十年に1度起こるとんでもない引き潮がたまたま洞窟の入り口を見せていたのである。
戦いの最中に潮が引いていたのだが海のど真ん中で戦っている最中では気づけなかった。
そのことに気づかないまま時間をかけて戦ってしまったゼムト達は引き潮が収まって洞窟の中に閉じ込められてしまったのであった。
命さえあれば良いと泳いで脱出を試みた者もいた。
けれど洞窟の中は暗く、水中も当然に光がない。
真っ暗な闇を照らしながら長い時間泳いでかなり下にある入り口まで行くのは容易いものではない。
しかも運の悪いことにクラーケンを倒したがために小さい魔物が戻ってきてしまい、水中に潜るのも難しくなった。
絶望に支配される中、洞窟にはまだ先があるからと一縷の望みをかけて入り口とは逆の洞窟の奥に船を進めた。
風もないため魔法で少しずつ進める当てのない旅。
食料はそれほど多くもなく次の大干潮まで保つはずもない。
時間の感覚もなく進んでいくと広かった洞窟は徐々に狭くなり、天井の少しだけ突き出た岩にマストが衝突した。
クラーケンとの戦いで脆くなっていたマストはポッキリと折れてしまい、同時にみんなの心も折れた。
暗闇と不安、底知れぬ絶望に押しつぶされて狂ったり食料不足で倒れていく仲間。
船を登ってくるサイズではないがそんな船員たちの死を待ち望む海の中に潜む魔物。
もはや立ち直ることもできずにバタバタと人が減っていき船の維持すら難しくなっていった。
「あの時は辛かったよ……どんな励ましの言葉も意味を成さない。ただ死を待つのみの、永遠にも思える時間……」
そんな時ゼムトはもう1度大干潮が来れば船だけでも外に押し流されるかも知れないと思い、クラーケンの魔石の魔力を使って船に保全の魔法をかけた。
やがてゼムトも気力が尽きて死に、船は完全に無人船となった。
それからどれほどの時間がたったのか。
ゼムトは目覚めた。
骨だけの体、スケルトンというアンデッドタイプの魔物として。
ただ他と違っていたことがある。
他の船員たちもスケルトンになっていたのだが何故なのかゼムトは記憶と魔力を維持したままアンデット化していた。
意思がありそうな魔物はガイデンのみで、他はただのスケルトンとなっていた。
けれどガイデンもいつ終わるのかも知れないスケルトン状態にいつしか人の心を失ってしまっていつしか話すこともなくなったのだ。
元々生前からゼムトに付いて守ってくれていた習慣の名残りかガイデンらしきスケルトンはゼムトにずっと付いて回る。
意思のある魔物は他のスケルトンに比べて上級のようでゼムトの命令を他のスケルトンは聞く。
今座っているイスもスケルトンに持ってこさせたものだった。
屍肉が腐り落ち骨になって魔物になるまでどれほどの時間が必要なのかは不明だが少なくとも1年やそこらではないはず。
魔物になってからも相当時間が経過したはずなのに船はこの洞窟の中のまま。
今はたまたま穴の下に船があるけれど波の動きによっては少し場所は変わることはあるけれど外に出ることはなかった。