人と希望を伝えて転生したのに竜人という最強種族だったんですが?〜世界はもう救われてるので美少女たちとのんびり旅をします〜

 行き詰まって困っている時に同じ境遇そうな人がいたのでどうにか協力体制を築けないかと思ったのだ。

「私1人ではもうどうしようもなくて……お願いです、彼を助けたいんです。助けてください!」

 一般人のミュリウォでは貴族に太刀打ちすることもできない。
 誰でもいいから助けや仲間が欲しいとミュリウォは明らかに年下の女の子たちに頭を下げた。

 話の内容にウソはなさそうだとルフォンは思った。
 誘拐話で同情をひいてルフォンたちに近づいて利益なんかあるはずもない。

 ルフォンが視線でラストに問いかける。
 トゥジュームについてルフォンたちはよく知らない。

 そもそもトゥジュームは通り過ぎるだけのつもりだったから深くも調べていないので地理に関しても不安がある。
 この国に長く住んでいるテミュンの助けがあればスムーズに行くこともあるのではとルフォンは考えた。

「目的は同じだしね……いーと思うよ?」

 それに行き詰まっていたところに新たな情報をくれた。
 一緒に行動してもいいんじゃないかとラストは思った。

「私たちも私たちで助けたい人がいるからそっちが優先だよ?」

「もちろんです。何となくですがあなたたちと一緒なら彼のところにたどり着ける、そんな感じがするんです」

「……うん、分かった。一緒に大切な人を取り戻そう」

「……ありがとうございます!」

 ルフォンとラストは婚約者を人攫いに誘拐された女性のミュリウォと行動を共にすることに決めた。

「でもさ、これからどーするの?」

 ミュリウォによると人攫いは貴族の危ない催し物と関わりがある可能性がある。
 つまりはリュードやトーイも貴族の元にいると思われる。

 しあしまだ可能性が濃厚ぐらいのものでこの国にも貴族は多く存在している。
 全ての貴族が関わっていることは到底あり得ない。

 催しだか大会だかもミュリウォが調べた噂の域も出ない。
 あったとしても時間も場所も分からない。

 何も分からない時に比べれば一歩前進したが次の一歩をどこに踏み出せばいいのか。
 片っ端から貴族を締め上げていってしまえばルフォンたちがお尋ね者になってしまう。

「……そうだね、まずは首都であるポータリアに行こうか」

 困ったら大都市に向かえ。
 これもリュードの教えである。

 何かに困ることがあって方針が定まらないならとりあえず大都市に向かうのだ。
 人も物も大きな都市には集まるので情報や出会いも集まってくる。

 貴族に関してなら田舎よりも大都市の方がいいことは言うまでもない。
 リュードがいた時は首都には寄らないつもりだったけれど事態が事態なだけに一度大きな都市である首都に向かうことにした。

「待っててね、リューちゃん」
 結ばれていたために手首の跡が痛む手首をさする。
 フワフワのタオルで結んでくれとは言わないが荒めの縄でキツく結ぶこともないだろうにと思う。

「ああ……くそっ……」

 見ると赤くなっていて、中々縄の跡が消えないぐらいに残っている。
 魔道具による魔力の拘束を受けているので大丈だろうと手の縄は外してもらえた。

 リュードとトーイはウバと名乗る女性貴族の私兵によって馬車に乗せられた。
 椅子もない箱のような馬車に乗せられて物のように運ばれていった。

 ウバの周りにいる私兵は女性がほとんどでリュードたちを世話してくれる私兵も多くが女性で男性は少しだけだった。
 やはり女性の方が立場が上のようで男性兵士はヘコヘコとしていた。

 馬車にある唯一の小さな窓から空を眺めるしかないような手持ち無沙汰な時間が流れて、トーイはふと自分の身の上話を始めた。
 トーイには婚約者がいて、婚約者の故郷に行って新しく生活を始める予定だった。

 身の回りを整理してさっさと国を移ろうとしていたところで急激な眠気に襲われて、気づいたら牢屋にいたと話してくれた。

「この国に住む女性はみんな強いですからね。きっと彼女も私のことなんか忘れて次に進んでますよ」

 膝を抱えて小さくなったトーイの雰囲気は暗い。
 婚約までしておいてそんな軽く忘れられるものじゃないとリュードは思うのだけど、女性を考えるベースがルフォンなのでなんとも言えない。

 ルフォンが世の一般の女性の枠に収まりきらない人であることは分かっている。
 リュードのことをルフォンは絶対に諦めないだろう。

 それが分かっているがゆえに一般的な女性がどうするのか分からないのだ。
 こんな状況で気軽に元気出せとも言い難い。

 ひとまず最悪ではない。
 なぜなら買われたという状況は悪いけれどわざわざ馬車にも乗せてくれているところを見ると意外と悪くはない人だとは思う。

 馬車に走ってついてこいなんて非道な奴がいないわけじゃない。
 奴隷を非合法的にオークションで買う人は悪い人だけど最悪最低な人では今のところないと言ってよかった。

 だからといってリュードの中の心象がプラスになることもないのだけど。
 ただ心の中でぐらいプラスなことを考えていないとトーイに引きずられて自分までネガティブな思考になってしまいそうだ。

「降りるんだ」

 馬車の戸が叩かれてトーイが飛び上がりそうなほど驚く。
 ネガティブな思考に耽っていたのか人が近づいていることに気づいていなかった。

 これぐらいでビビっていたらこの先に待ち受けるだろう扱いに持ち堪えられないぞとリュードはため息をついた。
 馬車で走ること数日、降りてみると目の前にはそこそこ大きなお屋敷があった。

 兵士にバレないようにこっそりと周りの様子をうかがう。
 塀が高くて外の様子はほとんど見えなかったが門から少しだけ外が見えた。

 町中ではなく町から離れたところか、少なくとも郊外のようである。
 馬車の中でも喧騒は聞こえてこなかったのでもしかしたらここも本邸ではなく、別荘か何かかもしれない。

 リュードとトーイは兵士に促されて屋敷の中に入る。
 通された部屋にはリュードたちと同じように上半身が裸で首輪をつけられている数人の男たちがいた。

 首輪を付けることはいいのだがなぜみんな上半身裸なのだ。
 奴隷は上の服を着ちゃいけない法律でもあるのだろうかとリュードは内心で苦々しい思いだった。

「なんだ、またほっそいのが来たな!」

 早速歓迎のご挨拶が飛んでくる。
 部屋の奥で偉そうに腕を組んで座っていた男がリュードたちの前に来る。

 身長が高いリュードよりも頭1つ大きく、体つきも全身が筋肉で覆われていてがっしりとしてデカい。
 筋肉魔法使いのバーナードよりも体格的にはデカかった。

 この男を基準としてしまえば世のほとんどの男性は細いと表現せざるを得ない。
 見下すような目をしている男にリュードは不快感を感じる。

 一方でトーイは怯えてリュードの後ろに隠れるようにしていた。
 殴り倒してしまいたい気持ちを抑えてリュードは男のことを無視した。

 問題を起こしてもいいことなどないからだ。
 むしろこの男の方から手を出してくれたら助かるのにと思っている。

 そうなれば殴り飛ばす口実ぐらいにはなる。

「チッ……」

 見逃してやったのはリュードの方なのに、視線を合わせないリュードとオドオドとしているトーイを怖気付いたらと思い込んだ男は盛大に舌打ちして席に戻る。
 奴隷の大将になったところで面白くもない。

 新入りを軽く威嚇しただけで、上下関係を教えてやったぐらいに考えていた。

「みなさん、お揃いで……」

「おい! 早くこの変な首輪を……」

 ウバが若い女性兵士を連れて部屋に入ってきた。
 仮面を取ったウバは妙齢の女性で声の感じと大きく印象のずれていない若い人だった。

 どうやら脳みそまで筋肉だったようで、リュードたちに食ってかかった筋肉奴隷がすぐさまウバに食ってかかる。
 首輪を外せとウバに迫ろうとした筋肉奴隷はウバの連れてきた女性兵士に一瞬で組み伏せられる。

「お望みなら首ごと切り落として取って差し上げましょうか?」

「はなしやがれ! このクソ女が……」

「口が減らない男だな!」

「うぎゃああああ!」

 魔力の使えない筋肉奴隷と魔力の使える女性兵士だと女性兵士の方が強かった。
 ボキリと鈍い音がして女性兵士は組み伏せた筋肉奴隷の腕を折った。

 ためらいのない制裁にトーイが顔を青くするがリュードはその様子を冷たく見ていた。
「連れて行きなさい」

「はっ!」

 外に待機していた兵士たちが男を引きずって連れて行く。
 己の立場を忘れるとどうなるのか、説明する前に見せつけられてしまう形になった。

 見事なかませ犬にされた筋肉奴隷だった。

「さて、愚か者はいなくなりました。単刀直入に用件を申しましょう」

 パンと手を叩いて場の空気を一度仕切り直してウバが話し始める。
 もう口を出せる者はいない。

「私が誰なのかあなたたちにとってはどうでもよく、私もお伝えするつもりがありません。興味があるのは……自由! それだけでしょう?」

 御大層なご高説の滑り出しとしては上々だとリュードは思う。

「私は奴隷を抱えるような趣味がありません。ならばなぜあなたたちを高い金も出して買ったのかと言いますと私には欲しいものがあるからです」

 ならばそれを金でも出して買うといいとリュードは思わざるを得ない。

「自由と私の欲しいもののトレード。実にわかりやすいお話でしょう。私の望むものを持ってきたら奴隷全員を自由にして差し上げます。ついでに今後のために持ってきた人にはいくらかお金でも差し上げましょう」

「……あんたの欲しいものってのはなんなんだ。ここにいる全員パンツしか持ってないぜ」

 奴隷の1人が当然の疑問を口にする。
 自由と引き換えにできるようなものを持っている人はここにはいない。

「何も今引き渡せと言うのではありません。近く、奴隷たちを競わせる秘密の大会が開かれます。その優勝賞品、それが私の欲しいものです」

「……つまりその大会とやらで優勝すればいいのか?」

「その通りです。分かりやすくて宜しいでしょう?」

「その大会は何をする大会なんだ?」

「それは始まってみないことにはなんとも言えません」

 なんだ、秘密の大会ってと根掘り葉掘り聞きたいところだけど目立ちたくないので疑問は思うだけに留めておく。

「どうですか? 優勝するだけでよいのですよ?」

 どうですかと聞かれてもこの質問に選択肢なんて有って無いようなもの。
 奴隷の身分で拒否権なんてあるはずもない。

 奴隷に興味がないのに奴隷を買った理由はその大会のため。
 それなのにやりませんと言って、はいそうですかとなるなんて思えるお気楽者はこの場にいなかった。

「反対の人もいないようなのでみなさんご参加ということで。早速大会の方に向かいましょうか」

 沈黙を肯定と捉えてすぐさま移動を開始する。
 まだここについて座ってすらいないと文句も言えず、リュードたちはまた馬車に逆戻りになった。

「お前たちはどうして奴隷になったんだ?」

 先ほど率先してウバに質問をしていた真人族の男が早速口を開いた。
 左目の上に小さな傷があり青色の髪を後ろで縛っている。
 
 体つきも鍛えられていて、この国の男性っぽさがない。
 質問する勇気もあるしリュードを見下すようにも見ていない。

 奴隷の中ではまともな人に見えた。

「なに?」

「言いたかなけりゃいいんだけどよ。俺はちょっと背伸びをしたら依頼に失敗しちまってさ。魔物にやられて仲間もみんな失っちまった。しかもよ、依頼主がきったねえ奴で、契約書の内容が失敗した時は一人一人に賠償金を請求するって小さーく書いてあって、生き残った俺1人に全員分請求しやがった。それで借金を返せず奴隷行きさ」

 この世界では奴隷という身分があるのだけど合法的な奴隷というものもある。
 リュードやトーイのようないきなり人権を剥奪された奴隷だけでなく、借金や犯罪行為などによって奴隷身分にされる人が一定数いるのである。

 主に借金で首が回らなくなった人が合法奴隷となるのだけど合法奴隷でも人権がないわけでない。
 合法奴隷を非道な扱いをすると奴隷を管理している冒険者ギルドや商業ギルドから制裁を受けることになる。

「……俺たちは攫われて奴隷にさせられたんだ」

「はぁ? 今時そんなことする奴……いるんだろうな。あんたらがそうだってんなら」

 人を攫って奴隷にすることは違法としている国も多い。
 それほど世界が綺麗でないことは冒険者であった者なら誰でも分かっているけれど、そんなことをしている人がまだいることに驚きが隠せない。

「そりゃ……なんて言ったらいいか分からないな。自己紹介もまだだったな。俺はウロダ。大会が始まったら敵になるか味方になるかも分からないが今は同じ奴隷仲間だ、よろしく頼むよ」

「俺はシューナリュードだ、よろしく」

「ト、トーイと申します。よろしくお願いします」

「しっかし人攫いで奴隷ねぇ……例の大会とやらがあるからそんなことやってんのかね?」

「……なるほど、確かにそうかもしれないな」

 ウロダのような合法奴隷がいるのに人攫いから違法な奴隷まで買う理由が腑に落ちる。
 その大会のために奴隷が欲しかったのだと考えると理由が分からなくもない。

 合法奴隷は大体の場合何かを失敗した人がなるものだから不安材料がある。
 違法な奴隷はどんな人が保証はされないが優秀な人な可能性がある。

 とりあえず色んな人を揃える意味で人攫いから奴隷を買ったのだろう。
 そうまでして欲しい優勝賞品とはなんなのだろうかの疑問は解消されない。
「今時綺麗な国の方が珍しいけどよ、こんなドロドロした国も珍しいよ」

 特殊な価値観に加えて、黙認された男奴隷と男奴隷を競わせる貴族の遊びまである。
 ウロダが世界の国々の内情に精通している人ではないけれどこんな国はそうそうあるものではないと断言してもよい。

 他にも何人か乗せられているのでそれぞれ簡単な身の上話をしたり、自己紹介したりをする。
 合法奴隷と違法奴隷が半々といった感じで残りの人はみな細い感じの人であった。

 移動が続くがリュードたち奴隷は何もしない。
 当然野営などの時間もあるわけだがそうした準備にも駆り出されることはない。

 手伝おうとするとむしろ座っていろと怒られてしまう。
 首輪にある効果は魔力を抑制し、魔法を使わせないだけであるので身体能力や意識に制限をかけられはしない。

 抵抗する意志を持てることはもちろん首輪ではそれを止めることができない。
 作業に参加させて何か武器になるものを隠し持たれたり、魔力が使えなくてもいいからと逃げられでもしたら嫌なので何もさせないのだ。

 一生魔力を使えなくてもいいからと覚悟できる人は多くないと思うが万が一の可能性も警戒はしておく。

「何もしない……というのも暇だな」
 
 リュードは首輪を触る。
 何かの金属で出来た首輪は小さい鍵穴があるだけでなんの変哲もないように見える。

 指を突っ込んで内側を触るとザラザラとした感触がある。
 少しデコボコとしていて、よく触って確かめてみると内側に魔力を抑制する効果を発揮する魔法を刻んであるようだった。

 壊せないものでもなさそうだとリュードは思う。
 少しばかり無茶すれば首輪を破壊して魔力を取り戻すことができそうではある。

 問題となるのは逃げるべきタイミングの方である。
 リュードの格好は未だに上半身裸。

 金も武器もない。
 戦いにおいては魔力が戻れば魔法が使えるので最悪武器がなくても構わないが、上半身裸でお金がないとただのヤバいやつになってしまう。

 この国で上半身裸の男がそこらをうろついていたら逮捕でもされてしまう。
 他の国でもギリギリアウトになりかねない。

 せめて体を隠せるものか服でも欲しい。
 何というささやかな願いだろうか。

 そしてもう1つは地理的な情報がないことが問題である。
 普段も特別立ち寄る国内の地形を頭に叩き込むことはなく地図を見て移動しているのだが、トゥジュームは通り過ぎるだけのつもりだったので余計に地図の記憶が薄い。
 
 ルフォンたちは今どうしているか。
 多分探してくれていると思う。
 
 ただ見つけることも楽なことではない。
 とりあえず逃げたところでルフォンたちとは合流することも難しい。
 
 今いる場所も分からなければ地形に関してはかなり記憶がおぼろげで、どこに逃げるかも分からなければルフォンたちの居場所も分からない。
 逃げられないのではなく、逃げた後の計画を立てられないから逃げない。

「ルフォン……ラスト……」

 ルフォンたちのことを考えると寂しさや懐かしさを感じる。
 ルフォンの作ってくれる温かい料理がまた食べたい。

 奴隷に出されるのはウバとウバの連れた私兵が食べ終わった後の残りになる。
 食事を出してもらえるだけありがたいのだけど具もないスープでは口寂しさも感じてしまう。

「食事出るだけでもありがたいと思わなきゃな……」

 わびしく奴隷で身を寄せ合って食事を食べる。
 奴隷は全部で五人。

 本当は六人いたけれど筋肉奴隷がリタイアしたまま帰ってこなかったのでこのまま五人でいくのだろう。
 リュード、トーイ、ウロダの他の奴隷の一人は合法奴隷で低ランクの冒険者だった人、もう一人は人攫いに攫われた奴隷でどこかで使用人をしていた人らしい。

 正直なところ動けそうな人はウロダぐらいだとリュードは思う。
 奴隷で蜂起して兵士たちを制圧することはほとんど無理である。

 奴隷がそんなことをして失敗すれば次はない。
 筋肉奴隷がどうなったのか末路は知らないが自由放免とはいかないだろう。

 無理に行動を起こす時ではない。
 何もしなくていいなら楽だし大人しく従っておく。

 でも分かりやすく無遠慮に監視をされていては気が休まらないなとリュードはスープを一気に飲み干した。
 何もしない、何もさせてもらえないまま、馬車に揺られること数日が経った。
 
 何もすることがないので話題すらもなくなり無言でみな方々をただ見つめる。

「これは……よくないな」

 古びた看板が窓から見えた。
 マヤノブッカと書かれた看板に都市の名前が見えて、ため息混じりにつぶやいた。

 この都市の名前はリュードも知っていた。
 行きたいところを地図上でピックアップするのと同様に行きたくないところ、避けるべきところもピックアップをする。

 マヤノブッカは行きたくないところ、あるいは避けるべきところとしてリュードはピックアップしていた。
 どうしてマヤノブッカが避けるべきところであるのかというとマヤノブッカという都市は治安が最悪なのである。

 マヤノブッカは緩衝地帯に存在する都市であった。
 複数国の間に存在していて明確な支配者が存在せずにどの国にも属さない無法地帯となっている。

 どの国からもアクセスがしやすく、攻めやすくて守りにくい地形でありながら便利な位置にあるために戦争のたびに支配者が変わった。
 結局マヤノブッカはどの国でも簡単に手を出せてしまうために手を出せなくなってしまったのである。
 マヤノブッカに明確な支配者はいないが時の支配者層は存在する。
 無法地帯に近い町にも関わらず歩いている人に女性がそれなりに見受けられる。

 これは現在マヤノブッカにおける実質的な支配者はトゥジュームであるからである。
 何かのきっかけで容易に支配者が変わりうるので今現在はトゥジュームであるぐらいの意味しかないが、マヤノブッカでトゥジュームのイベントが行われるのも納得ができる。

 各国の法や統制の及ばない都市は奴隷を使ってイベントを開くにはうってつけの場所だとリュードは思った。

「あれは……」

 窓から見える巨大な建築物にリュードは目を奪われた。

「あれはコロシアムですね」

「コロシアムだって?」

 町の中心の方にある円形の建築物がだんだんと見えてきた。
 かなり大きくてどこかでみたことあるような形をしていると思ったがトーイが何なのか教えてくれた。

 前世で教科書かなんかで見たことがある古代の円形闘技場に形が似ていたのである。

「ここは昔交通の便の良さから宿場町や娯楽を提供する町として発展しました。けれども今でもそうした側面はありますし、マヤノブッカで提供される娯楽に関しては特に表でできないようなものが主流らしいですけどね」

 トーイが軽く説明してくれる間に馬車は町中を進んでいく。
 途中まではコロシアムの方に向かっているのかと思ったけどあるところから方向を変えてコロシアムを横に眺めながら移動していった。

「降りるんだ!」

 馬車が止まってリュードたちは下された。
 そこは宿の前で、そこからもコロシアムのことがよく見えていた。

 完全にマヤノブッカの中に入ってしまっている。
 これまで町中でリュードたち奴隷を下すことはなかったのだが、マヤノブッカで奴隷を咎める者などいないので堂々と下ろせたようである。

 窮屈だった馬車からようやく解放されてリュードは体をグーっと伸ばす。
 これ以上進むと他国に入ってしまうような場所に来てしまった。

 逃げることも難しいしルフォンたちと合流できる可能性はもっと低くなってしまったとため息しか出てこない。

「昔は合法奴隷だとか剣闘士と呼ばれる戦う専門の人がいて、コロシアムで戦いを見せ物にしていたらしいです。人々が熱狂し、大きなお金が動く場所だったみたいですが今はどうなんでしょうか……?
 見たところコロシアムは綺麗そうですし、例え都市が荒れても戦いを見せ物にすることは人気があってやれそうなので、今でもやっていそうですけど」

「なるほどね」

「喋ってないで早く来い!」

 まだトーイの説明は続いていた。
 大人しく従っているのに話しているだけで苛立ったように命令される。

 一々上から目線でイラッとすることこの上ないが、ウロダによると奴隷の扱いとしてはまともで優しい方だと言う。
 荒いのは言葉遣いだけで暴力的なことはない。
 
 一々上から目線ではなく一々暴力なクズも奴隷を買う奴には珍しくない。
 特に違法な奴隷なら酷い目にあわされることだって可能性としてないものでもないのだ。
 
 合法奴隷なら合法な分保護された権利があるが違法奴隷にそれはない。
 貧相でも飯を提供し、荒く怒鳴りつけるが殴りはしない。
 
 良い扱いではないが、奴隷という身分で見ると悪くない扱いなのである。

「お待ちしておりました、レディコルソタス。そちらの方々が今回の参加者でいらっしゃいますか?」

 宿の前に変な仮面を付けた男性が立っていた。
 仮面の男性はうやうやしくウバに一礼するとその後ろにいるリュードたちにチラリと視線を向けた。

「そうよ」

「複数人の参加者がいらっしゃいますのでお一人、お気に入りの方をお選びください」

「……そうね。あなたよ」

「……俺?」

「そう。若いし体つきもがっしりしてるわ。それに未だに反抗的な目をしている」

 お気に入りがなんなのか知らないけれどリュードはお気に入りに選ばれた。
 ただお気に入りとは思えない理由で選ばれたなと思った。
 
 リュードたち奴隷一人一人に腕輪が付けられていく。
 首輪の次は腕輪かと舌打ちしたい気分を我慢して腕を差し出す。
 
 装飾品ばかり増やさないで是非とも服が欲しいものだと思う。
 腕輪には数字が書いてあり、333がリュードの腕輪に刻まれていた。
 
 その数字になんら意味もないものであるはずなのにゾロ目であることに何かの意味を感じてしまう。
 腕輪にはいくつかの窪みがあって他の奴隷の腕輪には白い石が一つ窪みに嵌め込まれたが、リュードの腕輪には赤い宝石が一つ嵌め込まれた。

「こちらがお気に入りの証となっております。皆様腕輪や腕輪に嵌め込まれた石は無くさないようお気をつけください」

 裸に赤い宝石の腕輪をしていれば嫌でも目立つ。
 宝石だけでも外して捨てたいが、これから宝石が意味を持ってくる可能性があるのでそんなことはできない。

 上半身裸に首輪、腕輪という前衛的スタイルでももう今は恥ずかしさも感じない。

「始まるまではこちらで待機です」
 
 そしてリュードたちは今度は宿の部屋に閉じめられることになった。

 ーーーーー
 馬車が宿になっただけで外出も許されないまま二日も監禁状態で時間を過ごした。
 部屋な分多少広いので軽くトレーニングでもして時間を潰していると、また馬車に押し込まれて移動となった。

 やっぱりかという思いがリュードにはあった。
 今度は長距離の移動ではなくすぐに目的地に着いた。

 馬車を下りると目の前には巨大なコロシアムがあった。
 
「これからはあなたたち自身の力で頑張ってください。優勝すれば富と自由。忘れないでください」

 そっちもしたことを忘れるなよ、そう思いながらリュードたちはウバと別れて変な仮面をつけた男に案内されてコロシアムの中に入っていく。
 薄暗い通路を抜けてコロシアムの真ん中にある闘技場に入る。

 中はすでに熱気に満ちていて、真ん中の四角いステージのような闘技場を囲む客席では多くの観客が歓声を上げている。
 そして闘技場の上ではリュードたちも同じく首輪に腕輪、上半身裸の男たちが血で血を洗う争いを繰り広げている。

 闘技場の横では仮面の男たちが死体を荷馬車に投げ込み、血をモップでバケツに集めている。
 もう大会は始まっていて、すでに何戦か終えた後のようだ。

「うっ……!」

 トーイが凄惨な光景と濃い血の匂いにやられて嘔吐する。
 これからやらされることの予想がついてリュードの気も重くなる。

 後ろからは続々とリュードたち以外の奴隷も入ってくる。
 ほとんどのものが闘技場の上で繰り広げられる光景に顔を青くしている。

 大会の様子を見せつけるように少し置かれた後、広めの部屋に連れて行かれた。
 後からも来ていたが当然先にも来ている奴隷たちが部屋にはいた。

 どちらかといえば細い方の人が多く、戦えそうな人の方が少なく見える。
 リュードたちも入ってくると部屋はいっぱいになる。

「集めたもんだな……」

 これだけ多くの奴隷をどこから集めたのだとリュードは顔をしかめた。
 人が集まっているせいか、なんだか部屋の湿度が高い気がする。
 
 ある程度人が集まったところで仮面の係員が部屋に入ってきて奴隷たちは並ばされる。
 三列ほどに並ばされた列の前の方を覗くと箱の中に手を突っ込んでいるのが見えた。
 
 列はさっさと進んでいき、リュードの番になる。
 箱に手を入れて中のものを1つだけ引けと言われて、言われた通りに中のものを手に取って列を外れる。
 
 箱の中にあったのは折り畳まれた紙で、リュードは手に取ったものを開いて確認する。
 今行われているのは参加する奴隷たちを組分けするためのくじ引きであった。
 
 紙にはどの組みであるのか文字と絵が描かれている。
 世の中には文字が読めないものもいる。
 
 奴隷になるぐらいの人なら読めない人である確率も高くなるのでそのために絵でも組が分かりやすくなるように工夫がしてある。
 細やかな配慮に痛み入るばかりであるとため息が漏れてしまう。

 リュードはフェアリー組という可愛らしいフェアリーの絵が書いてある組になった。

「あっ、同じですね」

 横からリュードのくじを覗き込んだトーイも同じものを持っていた。
 他の人のを見てみるとゴブリンとかコボルトといったものが書いてある。

 ちょっと可愛らしく書かれた絵のためか少し幼稚園の組分けみたいだと感じた。
 そして幸いなことにウロダを含めたウバの別の奴隷たちとは別の組になった。

「同じがいいのか、悪いのか……それも分からないな」

 そしてそのまま部屋で待機となった。
 ゴブリン組の奴隷が呼ばれ、次にコボルト組の奴隷が呼ばれ、部屋の奴隷が減っていく。
 
 いつ呼ばれるのか分からない緊張感に自然と鼓動も早くなる。
 トーイはずっと青い顔をしたまま時々吐きそうにえづいているがそれも仕方のないことである。

 ほとんど人がいなくなり、最後の組がフェアリー組だった。
 相変わらず横で血や死体をせっせと片づけている中で闘技場上に武器がばら撒かれる。

「ルールは簡単だ。生き残れ。武器は好きに使え」

 どう戦うのかと思ったら、床に落ちた武器を好きに拾って戦うことになるようだ。
 何とも雑なルールである。

「さて、どうぞお上がりください」

 言い方は丁寧だけど実際のところ選択肢はない強制と変わりがない。
 なぜなら後ろには槍を持った男たちが立っていて、拒否権など与えない圧力をかけてきているからだった。

「行こう、トーイ」

 最後の最後まで抵抗して変な端っこや真ん中に追いやられるより早く闘技場に上がっていい場所、いい武器を見つけておくのが良いだろう。
 リュードと同じ考えの人でサッと闘技場に上がった人もいた。

「武器はまだ手をつけないでください。勝手に拾いましたら失格とさせていただきます」

 失格になったらどうなる。
 などと言う質問をぶつけるつもりはない。

 真ん中が武器が良いとか端に良いものが落ちているとそんなことはない。
 多少の偏りは武器を落とした係員の匙加減であって、基本的には均等に、武器の種類もまばらに広げられている。
 
 ポジション取りには悩んだ。
 真ん中に行く気はないがあまり隅にいても逃げ場がなくなる。
 
 周りの武器の様子を見ながら、リュードたちはやや隅寄りの闘技場端に陣取ることにした。
 後ろがないことは怖いが真ん中の乱戦に巻き込まれる方が嫌だったのだ。
 
 わざとステージアウトでもしない限りは殺されることもなく失格になるはずだろうから最悪負けたフリして落ちたっていいと思っていた。
 最後まで闘技場に上がることをためらってしまっていた奴隷たちは無理矢理真ん中の方に槍で移動させられている。
 
 あれでは周り全てを警戒しなきゃいけないし、武器の取り合いにもなる。
 真ん中の争いはおそらくかなり激しいことだろう。
 
 およそ50人ほどが1組のようで、部屋にいた残りの数からすると多い。
 別の部屋にもくじ引き会場があったようだ。
「周りの人全てが敵です。倒して、殺して、生き残ってください。この勝負が終わりを迎えるのはいつなのか、それはお教えできません。始まりましたら、周りに落ちています武器はご自由にお使いください。では始めてください」

「えっ?」

 盛大な合図もなく、ぬるっと始まるバトルロイヤル。
 全員があっけに取られたように動きが止まる。

 動き始めるのが早かったのはやはり闘技場に早く上がったような人たちだった。
 
「トーイ!」

 リュードは近くに落ちていたメイスをトーイに投げ渡す。
 どう見てもトーイに戦いの心得はない。

 当然剣なんか振ったこともないだろうし扱い方も分からないはずだ。
 それなら剣を持つよりも殴るだけでいいメイスの方が扱いやすいのではないかと思った。

 剣よりも頑丈だし、振り回しているだけで脅威になる。
 次にリュードは長剣を拾い上げる。

「おい、それは俺が目をつけていたやつだぞ!」

 スタートの合図があまりにもあっさりとしすぎていて出遅れてしまった男が手近にあったナイフを取ってリュードに襲いかかる。
 男もリュードの拾った剣に目をつけていたのだがリュードに先に取られてしまい逆上した。

「るせえ、早いもん勝ちだ!」

 男の動きは早くない。
 リュードは男の手からナイフを弾き飛ばすと接近して頭を掴んで床に叩きつけた。

 前歯ぐらいはぐらつくかもしれないけど死ぬよりはいいだろう。
 ジワーっと鼻血が広がり、男が動かないのを確認してリュードはトーイのところに戻った。

 武器を取り合う者、すぐに武器を見つけて戦う者、全く何もできずにやられる者。
 阿鼻叫喚の闘技場の上に熱い歓声が降り注ぐ。

 命をかけた戦いを見せ物にして興奮しているのはおそらく貴族たちであろう。

「チッ……くだらない……!」

 一方では命をかけて必死に戦い、一方ではそれを娯楽として見ている。
 なぜ同じ人でもこれほどまでに立場が違うのか。

 怒りが湧いてくる。

「わ、私はどうしたら……」

「このまま気配を消して突っ立ってるのが1番いい。もし見つかったら俺が戦うし、俺が間に合わなかったらそのメイスを振り回して敵を近づけちゃいけないぞ」

「わ、分かりました!」

 青い顔をするトーイはメイスを持つ手が震え、今にも倒れそうになっている。
 ここで倒れたら死あるのみなので何とか踏みとどまっていた。

 トーイに戦闘経験がないこともそうだが、こんなに萎縮してしまってはとてもじゃないが戦えない。
 まだリュードの村の子供の方が強い。

 けれどリュードたちも二人固まっているせいか手を出してくる人もいない。
 わざわざ二人もいるところに手を出す必要がないからだ。

「こんなところで何静観決め込んでいるんだい、お嬢さん」

 ただしそれも乱戦極まる最初のうちだけである。
 人が減り、乱戦が徐々に落ち着いてくると二人固まって突っ立っているリュードたちは目立ってくる。

 ここまで戦っていないリュードとトーイ。
 一人は顔も青いし細っこく、リュードの方はまだ実力が分からない。
 
 リュードも竜人族の身体的な特性上筋肉がつきにくくガタイがいいように見えにくい。
 非常に引き締まった体ではあるが、筋肉が大きく目立っているのではないので外見だけで周りと比べるとさほど強そうにも見えない。
 
 戦ってこなかったと言うことはそれほど強くないから隠れていたのだろうと考える人がいてもおかしくない。
 残っているのはそれなりに戦える人が多い。
 
 終了の条件が時間なのか、人数なのか分からないがライバルは減らしておいて損はない。
 少なくとも弱いことがバレバレのトーイぐらいはやってしまおうと大男がニヤついてリュードたちの前にやってきた。

「みんなが勝手に戦ってるだけさ」
 
 男の武器は斧である。
 すでに誰かの頭をかち割った後なのか血が滴っている。
 
 大男が斧を振り下ろし、リュードが一歩前に出てそれを剣で受け止める。
 苦しそうな表情を浮かべて何とか受けたようにみせた。

「フハハハハっ!」

 リュードも簡単に倒せそうな相手であると大男は思った。
 調子に乗って斧を振り回し、周りの人も大男に任せておけばライバルが減るだろうとリュードたちのことは放っておくことに決めた。

 何回かギリギリのところで防いでみせる。
 斧を受けてふらついたリュードに大男はチャンスだと大きく斧を振り上げた。

 リュードは足元にあったナイフを軽く蹴った。

「ぬっ、おっ!」

 スッと床を滑ったナイフはリュードの頭をかち割らんと踏み出そうとした大男の足の下に入った。
 突然足の下に異物が入ってきて、大男は足を滑らせた。

 盛大に足を滑らせた大男は後ろに倒れて頭を打ち付ける。
 それで気でも失っていたならよかったのに、大男の頭は固くてひどい痛みを受けただけだった。

「ぐ……」

「そのまま寝ておけばよかったのにな……」

 周りから見たら偶然の出来事だった。
 斧の勢いを殺しきれずにふらついたリュードの足に落ちていたナイフが当たった。

 それがたまたま大男の足の下に滑り込んで、大男が足を滑らせた。
 リュードは大男に近づくと思い切り大男の頭を蹴り飛ばした。
 
 首が飛んでいきそうな一撃は優男にも見えた男が放つ威力ではなく、しっかりと鍛え上げられたものの蹴りだった。
 しかしリュードが実は強かったと理解したのは蹴り飛ばされて蹴りの威力を身をもって知った大男だけであった。

「はい、そこまででございまーす!」

 リュードが大男を倒したタイミングで係員が呑気に終了の合図を出した。

 闘技場の上に立っているのはおよそ十人ほど。
 半分にも及ばない奴隷だけが生き残り、バトルロイヤルは終了した。
「武器はその場に置いて、闘技場を降りてください。もし、仮に、隠して持って降りたりなどしましたら命の保証は致しません」

 それでもこっそり持っていこうとした男がバレてどこかに連れて行かれた。
 軽い冗談だろうと周りの奴ら言っていたが問答無用の連行に慈悲はない。

 同じ轍は踏みたくないのでリュードも武器を投げ捨てる。
 トーイはそっとメイスを床に置いて闘技場を後にする。

「あ、ありがとうございます、リュードさん。おかげで助かりました」

 吐いてしまいそうな顔色のままトーイが頭を下げる。
 リュードと同じ組でなかったらトーイは今頃馬車に積まれて運ばれていたことだろう。

 このくだらない大会がいつまで続くのかは分からない。
 けれどこの調子で人が減っていく形式で戦いが続くのならトーイが生きていられる時間はそう長くはない。

 いつまでも守ってやることはできない。
 リュードはトーイを見返しただけで何も言わなかった。

 また控え室のようなところに戻される。
 ずいぶんと目減りした奴隷たちの中にウロダの姿があった。

 さらっと見たところくじ引き時にいた人たちと同じメンツがいるように見えた。

 ウバの他の奴隷たちは見当たらなかったのでウロダに聞いてみると静かに首を振った。
 低ランクの冒険者の奴隷の男なら希望はあると思ったがどちらも生き残ることができなかった。

 他にも控え室があるようなので全体で何人いて、何人残っているのか分からない。
 外を見るとすでに日が落ちてきていて、この後の展開もわからない。

 残された奴隷たちを確認してみる。
 バトルロイヤルはある程度の振り分けだったのかトーイのような明らかに戦い慣れしてなさそうな人が全くいなくなっていた。

 あの形式なら当然だが残っているのは多少でも腕に覚えがある人になるだろう。
 それぞれが距離をとって誰も口を開くことなく時を待つ。

「今日はこれで終わりですのでお帰りください」

 係員が来て外に出るように言われて、リュードたちはコロシアムの外で待つウバたちにまた馬車に乗せられて宿に戻った。
 悲しいかな、二人減った馬車は広い。

 しかし広々と使えるなんて明るい気分にはとてもなれなかった。
 そこからまた宿で監禁状態で過ごした。
 
 コロシアムからわずかに歓声が聞こえてくるのでバトルロイヤルが続けられているのだとリュードは思った。
 二日後、もはや慣れてきてしまった馬車に乗り込みコロシアムに向かう。
 
 ウバの心にもない応援を聞き流して控え室に行くとテーブルが置いてあった。
 促されるままに席に座り、奴隷たちが集まると食事が運ばれてきた。
 
 肉や野菜、魚など豪勢な料理。
 正直宿の飯もさほど美味しくなかったので目の前の料理が美味しそうに見えて仕方がない。
 
「皆様にはしっかりと英気を養っていただきたく思いまして。遠慮なく食べてください」

 やや鼻につく言い方だなと思うけれど今は食べられる時に食べておかねばならない。
 一欠片の体力が後々響いてくることだってあり得るのだ。

 リュードは肉中心に食べていく。
 味も絶品でちゃんとした料理人が作っていることが分かる。

 本当に変な大会だと食べながら思う。
 ここで飯を食わせる意味が理解できない。

 他の参加者たちも食い溜めるように食事を腹に詰め込んでいく。
 お上品に召し上がっていたのはトーイぐらいである。

「それでは次に参りましょうか」

 食事も終え、リュードたちは移動させられる。
 コロシアムではなく、外に案内されると荷馬車が並んでいた。

 四角い箱を半分にしたような荷物を乗せるだけの荷馬車。
 ウバのところの馬車はまだ屋根があった箱型だったのに少しグレードが下がったようにも感じる。

 それぞれ馬車に乗るように指示されて乗り込むと馬車が移動を始めた。
 全ての馬車が同じ方向に行くのではなくて、別々の方向に移動する。

 またリュードとトーイは同じ馬車に乗り込み、ヒソヒソと会話をする。

「……どこに行くんでしょうか」

「さあてな……」

 目的が分からない。
 時折町中に止まっては1人、まだ1人と降ろされていく。

 本当に町中になのでこんなところで戦うのかとリュードは首を捻った。

「リュ、リュードさぁぁん!」

「トーイ……頑張れよ!」

 1人ずつ降ろされるので当然トーイとはお別れになる。
 リュードよりもトーイの方が先に降ろされて絶望したような目でリュードの乗った馬車を見ていた。

 こうして馬車の上にはリュード1人となった。
 町中を抜けて、マヤノブッカの郊外にまで馬車は来ていた。

 町外れにある小さな小屋の前でリュードは降ろされた。

「それではこちらです」

 小屋の前にいた変な仮面の係員が小屋の中に入っていく。

「こちらからお降りください」

 小屋の中には地下へと続く階段があった。
 後ろから槍を突きつけられてはどうしようもなくリュードはため息をついて階段を降りていく。
「ちょっといいですか?」

「なんだい?」

「情報屋さんがどこにいるか知らない?」

「……知らないね」

 ジッとギルドの中を見ていたルフォンは酒場の隅に座る年配の女性に声をかけた。
 当たりだとルフォンは思った。
 
 流石に一発ではなく三人目でようやくの当たりてあるが、前の二人は怪訝そうな目でルフォンを見たり鼻で笑ったりされた。
 どちらの人にしても情報屋なんか知らないか、知っていてもろくな情報屋しか知らないだろう。
 
 対して年配女性は何の反応もないように装っているが何の反応もないように見せていることが逆に怪しい。
 昼間のギルドの隅で気配を消してジッと一杯のお酒を飲み続けているのも何かの事情がある。
 
 この女性が情報屋だとルフォンはそう思った。
 ルフォンたちはトゥジュームの首都を訪れていた。
 
 冒険者ギルドでは情報を得られないし、聞いたところで噂程度では話にならない。
 そこでここは一つ情報のプロを頼ってみようと考えた。
 
 金さえ払えば情報屋はどんな情報でも教えてくれる。
 表で言えないことでも情報屋ならば手にれられる可能性が大きい。

 大都市であれば大体情報を商品として扱う情報屋が一つはあるものだ。
 大っぴらに店舗を構えているものでないのが情報屋というものなのでまず探すことから始めなければならない。
 
 情報屋がいる場所は知らなきゃ辿り着けないが店に行く以外にも大きな情報屋ならアクセスできるところもある。
 多くの場合冒険者ギルド周辺に一つはそうした情報屋がらみの人がいて、情報収集も兼ねた窓口があるはずだとルフォンはリュードから聞いていたのだ。

 これまでは情報屋を利用する必要性がなかった。
 なのでルフォンも手探りで探していたが、冒険者とはまた違う雰囲気をまとう年配の女性が情報屋だと確信して目の前に座る。

「今すぐ情報が欲しいの」

 テーブルの上に金貨を一枚を置く。
 口をつけかけていたジョッキから口を離して驚きの視線をルフォンに向ける。

 金貨といえば日常じゃほとんど使われない高額貨幣である。
 今日一日これで全員にお酒を奢ると言っても足りる可能性があるぐらいの金額である。

「……何のことか分からないね。そんなもの人に見られると危ないからしまいな」

「トゥジュームの貴族がやっている大会について知りたいな」

 もう一枚金貨を上乗せする。
 前に冒険者ギルドでやったのと同じやり方だが金額が違う。

 ルフォンは交渉事が得意ではない。
 相手が情報をくれてやると言うなら言い値を払うつもりだし条件があるなら飲むつもりもある。

 仮に騙したのなら今のルフォンはそれを許すことはないし、お金を奪って逃げるとしてもルフォンから逃げ切れる人はそう多くはない。
 金貨を見せられて動揺もしない人は多くない。
 
 何の関係もない人でも嘘を並べ立ててでも金貨を欲するだろうに年配の女性はわずかな動揺を見せただけで金貨に対して欲を見せてこない。
 商売人の香りがするとルフォンは感じた。

 大きな金額に手を出さないあたりに情報屋であるという確信が深まる。

「もうそこでやめな」

 もう一枚をさらに重ねたところで年配の女性がルフォンを止める。
 年配の女性は正直なところ内心では迷っていた。
 
 金額にではなく、こんな金額を出せるルフォンという人物が分からなくて迷った。
 今テーブルに乗せられているものだけでもポンと出せる金額ではない。

 これほどの金額を出して、まだ出してくるような気配まであった。
 雰囲気的にこの国の人間ではなさそうだとは思っていた。

 素性の分からない相手に関わるのはリスクが多い。
 ただ金の力はバカにならない。
 
 大きな金額を出せるだけで汚い仕事をやる人を雇うこともできる。
 これだけの金額を出せる相手を誤魔化してのちに問題にならないとも限らない。
 
 関わるべきか、完全に否定してしまうべきか。
 下手すると情報屋全体が危機に晒されてしまうかもしれない、そんなことを考えていた。

 言葉少なに金を積んで圧力をかけてくるルフォンは只者ではない雰囲気をまとっている。
 リュードを助けたいという覚悟がルフォンにいつもにはないような威圧感をまとわせているのだ。

「…………分かった。場所を変えるよ」

 金貨が積まれていく異常な光景。
 昼間、冒険者ギルドの隅で行われていることなので周りに気づかれておらず注目されていないが、一度見つかると視線が集まってしまう。

 この若い女性を動かしているのは何なのかと年配の女性は気になった。

「……あんたの仲間かい?」

「はい」

「そうかい。付いてきな」

 年配の女性について冒険者ギルドを出るとラストとミュリウォがいた。
 三人で冒険者ギルドの中をうろついていると目立ってしまうのでルフォンだけで情報屋を探していたのだ。

 見つけたのかという二人の視線にルフォンはうなずき返す。
 ルフォンは情報屋についていき、ラストとミュリウォはルフォンについていく。

 冒険者ギルドからそう遠くない酒場の奥にある執務室のような小部屋に年配の女性はルフォンたちを連れてきた。

 正面には大きなデスクがあって、壁には地図が貼ってある。
 けれど窓もない部屋には一つの出入り口からしかアクセスできないようになっている。

 年配の女性はマントをかけてそのままデスクの椅子に座る。