人と希望を伝えて転生したのに竜人という最強種族だったんですが?〜世界はもう救われてるので美少女たちとのんびり旅をします〜

「俺は君が、サキュルレストが好き、なんだ……」

 もうどうにでもなれとバロワは想いをぶちまけた。
 体全体がカッと熱くなって、レストの顔が見られなくて視線を伏せる。
 
 引かれていることだろうと思った。
 これまで兄妹として育ってきた相手に恋慕しているなんて。

 レストが泣きそうな顔をしているから、泣かせたくなくて正直に話すしかバロワにはなかった。
 全てが終わったと思った。

 嫌われてしまったのなら、嫌われてしまうぐらいならベギーオの剣で死ぬ方がマシだった。
 
「…………レスト?」

 なんの反応もない。
 どうせならキッパリと終わってくれればよかったのにとバロワは思う。

 平手打ちでもして病室を出て行ってくれればバロワも諦められるのにレストは何も言わなかった。
 伝えないつもりでいた思いを伝えた。
 
 もうこれ以上失うものは何もないのだとバロワが顔を上げてレストの顔を見た。
 レストは相変わらず泣きそうな顔をしていた。
 
 けれどレストは耳まで真っ赤になっている。

「れ、レスト……?」

「わ、私のことを……?」

「……そう。ずっと昔、レストは俺の手を引いて連れ出してくれた。不安で、寂しくて塞ぎ込んでいた俺に優しく笑いかけて遊ぼうよと声をかけてくれた。その温かさに、俺は惚れてしまったんだ」

 バロワは寂しそうに微笑んで自分の胸の内をさらけ出す。
 いいさ、どうせ実らぬ思いならここで話してしまっても構わないだろう。

 もう、止められない。
 全ての胸の内を晒してしまおうと思った。

「君がベキーオにやられそうになって体が勝手に動いたんだ。俺はどうなってもいい。君が傷付くのだけは許せなかった」

 レストにはそんな気がないだろうとバロワは思っている。
 兄妹だから恋愛感情なんて持つのはおかしいし、こんなことを言われても困るだろうと思いながらも最初で最後の機会だと思いの丈をぶつける。

 どんな言葉、どんな反応が返ってきても受け入れるつもりだった。

「…………?」

 しかし待てど暮らせどレストから反応は返ってこない。

「好きって、その、どういう……」

「……俺の言う好きってのは、1人の女性としてレストを好き……もっと言えば愛してしまっているんだ」

 恥ずかしさが込み上げる。
 そんな風に踏み込んで聞かれるとバロワも思っていなかった。

 最初は勢いで言ったけど段々ととんでもないことを言ってしまった後悔と恥ずかしさで胸がいっぱいになる。

「……私のこと、嫌いだったんじゃないの?」

「そんなことない!」

 ポソリとつぶやいたレストの言葉をバロワが強く否定する。

「嫌いになんてなるはずないじゃないか!」

「じゃあ、どうしていきなり冷たくなったの?」

「うっ、それは……」

 昔はバロワとレストで毎日のように遊んでいた。
 しかしある時からバロワはレストに対して線を引いたような態度を取り始めて、一緒に遊ぶことも減り始めた。

 当時のレストは何か嫌なことをしてしまったのかとか、お姉さんぶったのが嫌われたのかとか色々と悩んだ。
 思い返してみても原因は分からず、そのままバロワは今自分が治める大領地の前大領主の元に行くことになった。

 関係の修復はならず理由は分からずとも嫌われたのだとレストはひどく落ち込んだのだった。

「毎日遊びに誘うのが嫌だった? それとも年下の私がお姉さんぶったのが嫌だった? どうしていきなり冷たくしたの……」

「……好き、だったからだ」

 レストはずっと泣きそうな顔をしている。
 泣かせたくないバロワは内心狼狽えつつも全てに答える。

「好きならどうして……」

「俺とお前は兄妹じゃないか!」

 幼心にバロワは気づいてしまった。
 レストとは血が繋がっていなくてもヴァンに引き取られた以上兄妹であると。

 血縁的な遠さでは結婚に障害はないが、名目上兄妹であるレストと将来の関係を築くことはできない。

「好きになってはいけない……そう思ったんだ。でもレストが来てくれるのが嬉しくて、笑顔が見たくて……思いを断ち切れなくて。だからそっけない態度を取ったんだ。俺がこれ以上好きにならないように、好きになってしまわないように……」

 距離をおけばこの気持ちは消えていくだろうとバロワは思った。
 でも思いは消えなかったし、嫌われているのだと思ったレストは関係を修復したいとまた近づいてきた。

 そこで物理的に距離を空けることにした。
 頭も良くて優秀だったバロワは大領主の元で学びながら過ごすことになり、レストと離れることになった。

 それで自分の感情に蓋をしたつもりだった。
 けれど運命の悪戯だろうか、バロワはまたレストと会う機会があった。
 
 王城などへの挨拶なんかでは時期をずらしたり領地経営が忙しいなどと理由をつけていたのだけど、ラストが大領主になることになった。

 そして若いラストの補助としてレストが付くことになったのだ。
 久方ぶりに見たレストは美しい女性となっていた。

 蓋をした思いは心の奥底に隠れていただけで消えてはいなかった。
 その笑顔を見た時にバロワはまだ自分に伝えてはいけない思いがあることに気づいてしまったのである。
「じゃあ私に冷たくなったのも、ベキーオたちと行動を共にすることがあったのも全部……」

「君のため、なんだ」

「どうして……そんなこと1人で抱えて……」

「お、俺が勝手にやったことだ! だから……そんな顔をしないでほしい」

 レストは今にも泣き出しそうな顔をしている。
 何一つ知らなかった自分とそんな自分のために悩んで一人で大きな悩みを抱えたバロワのことで感情がぐちゃぐちゃになっている。

「…………もう一度言って」

「な、何を?」

「私のことをどう思っているか」

「す、好きだ……」

「その後も言ってくれたでしょう?」

「あ……あ、愛してる……」

 もう何かを考えるのは止めた。
 今はバロワの思いに応えたいと思った。

「愛してるってことは……男女の関係になりたいって、こと…………よね?」

「まあ、そう言うことにはなるけど」

 バロワとレストは兄妹。
 男女の仲になるのは許されないこと。

「私、実は知ってたの」

「……何を?」

 この期に及んでバロワの気持ちを知っていたなんてことはないはずだ。
 なら何を知っていたと言うのか。

「バロワ君は私の兄ではないんでしょ?」

「な……」

 レストもバカじゃない。
 いきなり現れた兄が本当の兄でないことは分かっていた。

 上手く理由を付けていたので他の人は気づかなかった。
 でも幼心ながらに疑っていたレストはバロワとも仲がよかったので聞き出そうしたことが多々あった。

 厳しく言い付けられていたので兄妹ではないとは言いはしなかったバロワだが所詮は子供である。
 ポロリと以前の生活について漏らすことや王様ではない父親に対する思いがこぼれることがあった。

 だからレストはバロワは実の兄妹ではないことを分かっていた。
 兄妹だけど兄妹じゃない男の子であると知っていたのである。
 
 バロワに同じような境遇を感じて、そして同じような思いをバロワに抱いていたのであった。
 同じく母のいないバロワとレストは近いものがあった。
 
 大切な者を亡くす痛みを知っていたのだ。
 嫌われたと思って、落ち込んでレストはバロワの存在の大きさに気がついた。

 レストもバロワのことが好きだったのであった。

「兄妹かどうかなんていいの。私は……私もあなたが好き……」

 子供の頃の思いとはもう違っているかもしれない。
 だけどバロワが助けてくれた時やベキーオの凶刃から身を挺して守ってくれた時のことを思い出すと胸が高鳴る。

「レスト……でも」

「もう私もあなたも大人よ? どうしていつまでも身分に縛られている必要があるのよ。あなたは私が好きで、私はあなたが好き。そのこと以外に何を考える必要があるというの?」

「レスト……」

 もう言葉は要らなかった。
 見つめ合う2人の顔がゆっくりと近づき、そして重なった。

 ーーーーー

「それでぇ〜そのまま告白されちゃって」

 女性陣がキャアキャアと声を上げる。
 ワイワイとステキな話だと盛り上がっていて、リュードとヴィッツは大人しく気配を消して話を聞いていた。

 ともあれ、レストとバロワの結婚の話は政略結婚などではなかった。
 バロワは本気でレストと結婚することを決めて、全てを捨てる覚悟をした。

 つまりバロワは王様の実の子でないことを公表して、大領主の座を辞して身を綺麗にしてからレストと結婚しようというのだ。
 今ごろバロワは身辺整理をして、王様に事の次第を報告していることだろうとレストは言う。

 ヴァンがどうするのかは分からないけれど真剣にレストのことを考えて決めた覚悟なら最後には受け入れるだろう。

「ラスト……歓迎してくれないの?」

 ラストは一人複雑そうな顔をしていた。
 裏で助けてくれていたことやバロワが実の兄妹でなかったことを初めて知った。

 反対する理由なんてないのだけどこれまで敵かもしれないと思っていたバロワがレストと結婚するという事実を受け入れ難くあった。

「ううん、そうじゃなくて。なんていうかちょっとまだ理解できてないっていうのかな。あとは……」

「あとは?」

「お姉ちゃんのことこんなに待たせたバロワのこと一回ぐらい殴らないと気が済まないかな」

 この感情はなんだろうとラストは思った。
 それは話を幸せそうな顔をして話すレストを見て、バロワに姉を取られることに対しての嫉妬であった。

「ふふ、大丈夫。きっとこの回り道も必要なものだったから」

「むぅ……」

「それよりもおめでとうって言って。あなたには祝福してほしいわ」

「……うん、おめでとう」

「ありがとう、ラスト」

 レストはラストのことをぎゅっと抱きしめる。

「幸せにね、お姉ちゃん」
「いっくぞー!」

 意気揚々と先頭を歩くラスト。
 行く道を間違えているのでもないのでリュードとルフォンも大人しくついていく。

 リュードたちはティアローザの国境付近までやってきていた。
 グルリと大きく国の中を一周し、誘拐事件のために行ったり来たりしたティアローザも終わりだと思うと多少の感慨深さもある。

「ええと、出国ですね。…………ん?」

 国境の関所を守る衛兵がラストの顔を見て首を傾げた。
 末端の兵士なので王族のことなんてほとんど知らないのであるが、ラストをどこかで見たことがある気がしていた。

 もしかしたら何かの行事の時にでも見たことがあるのかもしれない。
 けれどこの国で血人族は別に珍しくもない。

 どこで見たかも思い出すことができず衛兵はそのままラストたちを国の外に送り出した。

「じゃじゃーん、国外に脱出ー!」

 ラストは見送りに来たのではない。
 当然勝手についてきたのでもない。

 自らの意思と目的を持ってリュードたちについてきていたのである。

 ーーーーー

 仕事もひと段落ついてのんびりとしていたところ、ラストは王城に呼び出された。
 ついでにリュードとルフォンも呼び出された。

「わざわざ足労いただいてすまないな。今日君たちに来てもらったのは全てのことが終わり、お礼をしようと思っていたからだ」

 実際まだやらねばならないことはあるが、リュードたちを拘束せねばならないようなことは終わった。
 冒険者であり世界を自由に旅するリュードたちをいつまでも取り調べで縛り付けておくことは申し訳ない。

 なので何か今回のことに関するお詫びとお礼をしてまた二人には自由に旅を続けてもらおうとヴァンは思っていた。

「黒重鉄なる金属を扱える職人を探していると聞いた」

 お礼といえばお金であるけれどリュードたちがお金に興味が薄いことは事前に調べてある。
 何か欲しいものでもないかと調べたかったけど周りに調べられそうな人もいないので本人に聞くほかはなかった。

 そんな時にヴィッツからリュードたちが黒重鉄を扱える職人を探していることを聞いたのである。

「レストを助けてくれたお礼に職人を見つけたいと思ったのだがこの国も狭くはない。黒重鉄を扱えることをうたっている職人がいるのかもしれないが見つけるのは容易くはない」

 全職人を一軒一軒回って黒重鉄を扱えるか聞いて調べていくことは非効率的である。
 国内は未だ混乱の影響があって仕事は忙しく、人海戦術で探そうにも人手が割けない。

「時間もかかるし、もしかしたらいない可能性だってある。そこでどうだ、確実にいるところに行ってみる気はないか?」

「黒重鉄を扱える職人が確実にいるところですか?」

「そうだ。ドワーフの国に行ってみるつもりはないか?」

「ドワーフ……」

「ドワーフの国ならば黒重鉄を扱えるドワーフの職人も1人ぐらいはいるだろう」

「ですが、ドワーフといえばあのドワーフですよね?」

 魔人族がいるこの世界ではドワーフが存在している。
 真人族の分類上はドワーフも魔人族になるのだけどドワーフは自分たちはドワーフでありドワーフという種族なのだと主張する。

「そう、あのドワーフだ。閉鎖的で偏屈、他の種族を受け入れないドワーフだ」

 そしてドワーフとは優れた鍛冶技術を持った種族なのである。

「俺の聞いたことがある話だと何のツテもなく行ったとしても国内に入れすらできないと聞きましたが」

「そうだな。だからドワーフの国ドワガルの前にはドワガルに入ることを諦められない人や商人を相手にする小さい集落まで存在する」

「それじゃあ……」

 職人を探す探さない以前の問題である。
 ドワーフは非常に閉鎖的で自分の気に入った者か昔から交流のある者しか受け入れない。

 はるか昔はそんなことがなく、全ての鍛冶はドワーフから始まると言われるほどにドワーフが世界中の武器を作っていた。
 みんながドワーフの武器を求め、ドワーフもそれに応えていたのでドワーフが持つ交流はとても多かった。

 しかしドワーフを変えてしまったのは真魔大戦であった。
 ドワーフは真魔大戦の時に微妙な立場に置かれた。

 真人族からするとドワーフは魔人族だった。
 けれどドワーフには魔人族とは違うのだというドワーフのプライドがあった。

 魔人族側はドワーフの武器を作る技術が欲しくてドワーフを引き入れようとしたがドワーフは魔人族側につくことに抵抗があった。
 ドワーフはあくまでも中立を保とうとした。

 真魔大戦においてはどちらにもつかず武器が欲しいというなら作り、必要なら直すと職人としての立場を貫いたのだ。
 その判断は結果的に間違いであった。

 真人族はドワーフが味方にならないのなら敵だとした。
 魔人族側につかれてしまうぐらいならドワーフを捕らえて利用してしまおうと考えた。

 そのために真人族はドワーフを攻めた。
 世界に散らばったドワーフたちは捕らえられ、真人族はドワーフをはるかに上回る数でドワーフの国を攻め落とそうとした。

 ドワーフの国は単一の都市がすなわち国であり、その唯一の都市は天然の要塞でもあった。
 己のプライドのためにドワーフは必死に抵抗して戦った。
 守り抜いて、そして最後までドワガルは落ちることがなかった。
 しかし国は守れても多くの者が亡くなった。

 深い悲しみと真人族への恨みはドワーフを鎖国へと導いた。
 魔人族へは直接の恨みなくても戦争は真人族と魔人族の間に起きたものであったので、そうした側面から魔人族への恨みもあった。

 長い時間をかけてもドワーフは他種族への不信感を忘れず、真人族への強い恨みはいつしか他の種族全体への不信感になって残った。
 つまるところ、黒重鉄を扱えるような職人がドワーフにはいるかもしれないけれど、ドワーフに武器を直してほしいとお願いしても聞き入れてはくれないという話なのだ。

「普通の人ならドワガルに入ることすらできないだろうな。だが我々は違う」

 ヴァンはニヤリと笑う。

「血人族はドワーフと交流があるのだ」

 血人族は奴隷とされていた他の種族を助けて吸収することで自由と国を勝ち取りティアローザを興した。
 奴隷とされていた者の中には少なからずドワーフもいたのである。

 真魔大戦が終わり、戦争の影響が落ち着く中でティアローザはわざわざ護衛をつけてドワーフをドワガルに返しまでした。
 恨みは忘れない。

 けれど受けた恩も忘れない。
 ティアローザはドワガルにとって数少ない友好国であったのである。
 
 ヴィッツから黒重鉄なる金属のことを聞いた時ヴァンはすぐにドワーフのことを思いついた。
 ドワーフに紹介してほしいとせがんでくる輩は大勢いる。
 
 武器だろうが防具だろうがドワーフ製のものは今や手の届かない貴重なもので誰しもが憧れを持つ。

「我々の紹介なら武器の修繕くらいの融通はきかせてくれるはずだ。自分の足で行ってもらう必要はあるがな。どうだ、これはお礼になるかな?」

「もちろんです!」

 ドワーフが存在していることは知っていたので一度会ってみたいとは思っていた。
 同時にドワーフたちがどのような態度で他種族を見ているかも知っていたので会うことも厳しいと分かっていた。

 このような形でのお礼になるとはリュードも予想しなかったが悪くない話である。

「どう思う、ルフォン」

「うーんとね、私はいい包丁が欲しいかな?」

「賛成みたいだな」

 質問の答えとしては一歩先を行き過ぎている。
 ルフォンはドワーフの国に行くことを前提にして答えてリュードは思わず笑ってしまう。

 以前どこかでドワーフが作った包丁は切れ味の高さとそれが衰えないことで有名だと聞いた。
 今の包丁も悪くないけどより良いものがあると聞いたら欲しくなってしまうのは当然のことだ。

「どこにしてもリューちゃんが行くところが私の行くところだからね!」

「分かったよ。でもルフォンの行きたくないところは俺の行きたくないところでもあることは覚えといてくれよ?」

「うん、もちろん!」

 自分のことを考えてくれるリュードにルフォンも笑顔になる。

「話はまとまりました。是非ともドワーフにご紹介していただければと思います」

 次はどこに行こうか悩んでいたところだ。
 これで目的地もできるしちょうどいい。

「そうかそうか。お礼と言っておいてなんだが一つお願いがあるのだ」

「お願いですか? 俺たちにできることなら手伝いますけど……」

 お礼としてドワーフのことを紹介するのにそこに加えてお願いするのは不躾なことである。

 だがドワーフのところに行くのならとお願いしてみることにした。

「…………」

「……ええと?」

 とりあえず聞いてみるだけ聞いてみようとリュードは聞く体勢なのだが、ヴァンはスッと目をつぶって言葉を発さない。

「お願いとは、ラストを一緒に連れて行ってやってくれないかということだ」

「お父様!?」

 呼び出されたはいいけど蚊帳の外にいたラストが予想外の言葉に驚いた。
 ラストはきっと二人に対する用事が終わったら次に話があるのだと思って寂しそうにリュードとルフォンを見ていた。

 話を聞けば聞くほどお別れの時であると寂しさとか悲しさが心を占めて、重たい気分になっていた。
 ところがいきなり名前を出されて慌てた。

 しかもその内容が内容なだけにポカンとした顔でヴァンのことを見つめている。

「ドワーフたちは警戒心が強いからな。紹介状だけではお礼を果たせるか、どうにも不安でな。血人族の王の娘が来たとあればドワーフでも雑に扱えはしない」

「……それだけではない、ですよね?」

 ヴァンの口にした理由が取ってつけたように感じられるのはリュードだけでない。
 名前を出されたラストも納得がいっていない顔をしている。

 王の娘が来たならドワーフも丁寧な対応をするだろうが、そこまでする理由はなくちゃんとした使者を同行させるのでもよいだろう。

「やはりこれでは納得してくれんか?」

「俺はそれでも構いませんが……」

 リュードがラストを見る。
 別に嫌ではないのだけどそんな理由で、とは思わざるを得ない複雑な顔をしているラスト。

 行かされる本人が納得していない。

「……私は間違っていた。ここで色々なことを学び、大領主として実際の経営も学ぶことによってそれで十分であると考えてきた。けれど今回の事件で思ったのだ。
 世の中は広く、思い通りにならないことの方が多い。それでも時には突き進んでいくことは大事であるし、その気概を持つことが大切なのである。そのためには世界をもっと広い視野で見る必要がある」

 ゆっくりと息を吐き出したヴァンは本音を語る。
「ラスト、お前は真っ直ぐに育ってくれた。だから今度はそのまま大きく育って欲しいのだ。リュード君とルフォン君、君たちは強く、柔軟でありながら成長の途中にいる。ラストにもきっと良い刺激になる。どうか、我が娘の成長に一役買ってくれないか」
 
 ベギーオはあまりにも視野が狭くなってしまった。
 王座に固執して周りが見えなくなった結果、暗い考えも平気で持つようになってしまった。

 ラストにはもっと世界を見て、自由に物事を考えてもらいたい。
 その過程で王への自覚や心構えが出来てくればよいなとは思うが、そうではない道を選ぶこともヴァンはよいのではないかと考えていた。

「……大領主としての仕事はどうするんですか?」

 一瞬ニヤつきかけた顔を引き締めてラストが問う。
 現在もラストに与えられていた領地は緊急措置として直轄地になっている。

 けれどラストは大領主の座を剥奪されたわけでもなく、未だに大領主である。

「こたびバロワも大領主の座から退くことになった。ラストが持つ領地以外は大領主の座が空席となってしまう。しかし次から次へと任せられるほど大領主の座も軽くはないし、未だにベギーオやプジャンの領地では混乱が続いている。
 そしてさらに事の真相が混乱を避けるために伏せられているためにベギーオの母方の一族が口を出してきていてな。このままでは何をしでかすか分からない」

 この期に及んでラストに手を出すことはないと思うけれど、ベギーオの復讐だとラストに手を出してる可能性は排除できない。
 領地問題もベギーオの一族についても時間が必要となる。

 ラストが国内で大領主として仕事をするより一度国を離れた方がさまざまな事でいいだろうとヴァンは考えていた。

「大領主は剥奪はしないがしばらくは大領主としての仕事は休んでもらう。その間に今一度制度も見直すつもりだ」

 バロワの出自についても公表せねばならない。
 モノランの件にも手をつけなきゃいけなくてやることはまだまだ山のようにある。

 ラストには世界を見てもらういい機会だし、ヴァンとしてはラストのために国内の色々なところを見直すいい機会なのである。
 外の世界が安全とは言えないが、経験が積める分外の世界にいる方がよっぽどいい。

「正直男の側に置いておくことは気が進まないが……」

 リュードは実力もあって、大人の試練で非常に多くのことに貢献してきたので信頼もしていい。
 しかしながら男女的なことを考えてしまうと果たして信頼してもよいものかとヴァンは悩む。

 滅多に人を褒めない堅物のコルトンが誉めていた人物を疑いたくはないのだけど、やはり男親としての心配はある。

「これは国としての頼みではなく、私個人の頼みだ」

 立ち上がってゆっくりとリュードに頭を下げるヴァン。
 こんな風に頭を下げるのは子供の頃に母に怒られた時ぐらいのものだった

「俺はこのお願い聞き受けても大丈夫だ。二人はどう思う?」

 一緒に旅することについてはよほど変なやつでもないなら旅してもいいと思う
 ただしそれはちゃんと本人が希望していることが前提だ。

 ヴァンからのお願いではあるがラストにとっては寝耳に水な話であったようだし意思確認は必要である。

「私は……二人と旅したい! ……かな?」

 まず答えたのはラストだった。
 ヴァンの話を聞きながら思わずニヤニヤとしてしまっていた。

 大領主の仕事も大切であるけれどリュードとルフォンと旅ができたらどれだけ幸せなことかと思うのだ。
 行けるなら、行きたいというのがラストの本音である。

「……うん、私もラストならいいかな」

「ほ、本当!?」

「でも言っておくよ」

「な、何でしょうか!」

「第一夫人は、私だよ?」

「へっ?」

 これは暗にルフォンがラストのことを認めたと言ってもよかった。
 ラストの顔が真っ赤になっていく。

 第一夫人は私ということは第二夫人ならいいともとらえられる。
 つまりはラストがリュードのそばにいることをルフォンは許容するということなのだ。

「べ、別にそんなんじゃないって!」

「もう! 分かってるよ!」

「うぅ〜!」

 リュードには言ってなくてもルフォンにはもう知られてしまっている思いがある。
 旅を共にするということはそうしたちょっと男女的なこともやるのだろうかなんてラストは少しだけ考えてしまった。

「お父さんは認めませんからね!」

 ラストのリュードを見る目がどうにもおかしい。
 頼んだ手前撤回することも出来ないけれどヴァンの中にある不安がより一層大きくなってしまった。

 ということで、ドワーフの国であるドワガルにはリュードとルフォン、そしてラストの三人で向かうことになったのであった。
「目指せドワガル!」

 旅に出ることが出来る!
 しかもリュードとルフォンと一緒!

 これほど最高なことは人生に他にないとラストは思った。
 後顧の憂いであったベギーオもブジャンもいなくなった。

 雷の神様の神殿を建てることも正式に決定して、雷の神様の復興の中心地になる国を守ってくれるとモノランも約束もしてくれた。
 ついでにラストがいなければレストも気兼ねなくバロワとの失われた時間を埋めていけることだろう。

 鼻歌でも歌いながら歩きたい気分のラストは腰に剣まで差している。
 弓矢がメインの武器であることに変わりはないけれども、扱うことのできずに遠ざけていた剣や槍といった武器にも憧れがあった。

 これまで使っていた弓はデュラハンによって壊されてしまった。
 とりあえずで代用の弓は用意したが特注品に比べると劣ってしまう。

 ムチも持ってはいるけど殺傷力に関しては刃物の1つでも持っておいた方がいい。
 久々に持った剣は重くて子供の頃に習ったことは全部忘れてしまっていたがやっぱり剣が武器としては主流である。

 それに剣ならばという理由が一つあった。
 剣ならリュードが扱える。

 扱えるなら基礎的なことも教えることができる。
 なので日が落ちてきて野営の準備をした後にリュードが少しずつラストに剣を教えてあげていた。
 
 寝るまでの短い時間、次の日に影響が出ない程度にラストは剣の鍛錬にも励んでいた。
 そうしながら目指している行き先はドワーフの国ドワガルである。

「はぁ……これはなかなか大変だな……」

 この世界には様々な文化を持つ国が存在する。
 一般的な価値観はリュードが前にいた世界よりもやや古い考え方が主流で男性優位な価値観が多い。

 これには魔物という存在も大きい。
 常に身の回りに脅威が存在するために戦える人がいなければ生活は成り立たない。

 魔物と戦う冒険者は男性が多いので自然と男性優位な社会になってしまうのだ。
 ただそうではない国も存在する。
 
 全く異なる価値観や逆とも言っていい価値観を持つ国も中には存在している。
 これまでの旅の中ではリュードとルフォンは平等であった。
 
 泊まる宿も相談して二人で決めて役割分担もちゃんと行ってやってきていた。
 何か人と話すときにはリュードが前に出ることは多いぐらいで、勝手気ままに何かをやったりすることは少ない。
 
 何かの食材や香辛料を見つけてルフォンがこっそり買ってきたりすることもあった。
 しかしそれは個人の自由で使えるお金の範囲なので問題もない。

 道が広ければ並んで歩くが狭ければリュードが人避けも兼ねて前を歩くのがいつものことであるが、今はリュードが一歩下がってルフォンとラストの後ろを歩いている。

「宿はどうする、リューちゃん?」

「好きにして……ください」

 リュードたちが今いるのはトゥジュームという国で町を見回る兵士や歩いている住人の多くは女性である。
 普通の国では小さいお店では男女どちらの人もお店をやっているものだけど、大きいお店では男性が店主で女性が店員ということも多い。

 けれどこの国では女性が店主で男性が店員で逆なことはほとんどない。
 なぜならこのトゥジュームという国はかなり特殊な国であるからだ。

 トゥジュームにおいては女尊男卑、女性優位であり男性よりも女性の方が完全に上の立場にある国なのである。
 どうしてトゥジュームという国に来ることになったのか。
 
 ドワガルはティアローザと友好国ではあるが決して物理的な距離が近い国ではなかった。
 むしろ遠いとすらいえる距離がある。

 なのでドワガルまで長い旅路を行かねばならず、トゥジュームはその途中にある国だったのである。

「そんな言葉遣いじゃなくてもよくない?」

「いや……周りの目が冷たいんだよ」
 
 リュードとルフォンとラストの間に上下はないのでタメ口でも何ら問題はない。
 普通の国なら誰も何も思わず普通の会話に視線を向けられることもない。

 しかしトゥジュームでは違う。
 女尊男卑な価値観のあるトゥジュームでは男であるリュードが女であるルフォンやラストにタメ口を使っただけで周りがいい顔をしない。

 男のくせに女にタメ口を使っていると渋い顔をして視線を向けられる。
 非難されるような視線で見られてはリュードも気まずい気分になる。

 郷に入っては郷に従えと偉い人が言っていた。
 悪目立ちしてしまうぐらいなら目立たぬ方がいい。

 意地になってタメ口を貫き通すぐらいなら周りが何も思わないようにちゃんと話せばいいのだ。
 どうやらリュードがちゃんとしていないとチクリと注意されるのはルフォンたちらしく、男を教育していないのかと言われるみたいだ。

 明らかに外から来た冒険者に価値観を押し付けるのはどうかと思うが道行く人がみんなそんなだから一々反論もしてられない。
 ここは少し我慢である。

「疲れた!」

「なんだか新鮮だけど落ち着かないね」

「私はこんなリュードでもいいかな?」

「勘弁してくれ……」

 リュードは宿のベッドに倒れ込む。
 疲れる理由はただ言葉遣いだけではない。

 決して女性より前に出ず、常に恭しい態度を取って丁寧な言葉遣いで接する。
 奴隷でもあるまいしと思うのだけど周りからじろじろと見られるのは落ち着かないのでしょうがない。

 ただしすごく気疲れしてしまうのである。
 宿でもちょっとだけ問題があった。
 空き部屋の都合から四人部屋を二つで男女に分けるか、四人部屋一つで済ますかの選択があった。

 お金にも余裕があるし四人部屋二つで男女分けて使おうと思ったのだけど宿屋の店主がいい顔をしなかった。
 この店主も当然女性なのだが男性が一人で四人部屋を悠々と使うことに眉をひそめられたのである。

 たった一泊するのにもそんな顔をされて、仕方なく四人部屋を三人で使うことになった。

「別にいいじゃん……」

 二部屋借りてもらった方が宿の利益になるというのにそれを上回って男性が一人で部屋を使うことが嫌だなんていうほどの非常に頑なな女性社会。
 トゥジュームのことはその手前の国の時点で聞いていたが、話に聞いていた以上に徹底している感じがある。

 リュードとしては肩身が狭く感じるのだけどそうしたことに抵抗がないなら住みやすい国だとは言われていた。
 女性が男性を守る国なので魔物が討伐できない非力な男性でも構わず、偉そうな男性に辟易した女性はこの国に移ってきたりもする。

 ここまで徹底しているので治安も良くて、唯一の価値観の元に団結して相互協力も盛んで結びつきも強い。
 ヒモになりたい男性も女性が稼いでくるし周りが助けてくれるので多少顔が良ければ何もせずに暮らせてしまうなんてうそぶくやつもいた。

 だからといって男性の権利が軽んじられていたりするのでもないので価値観に合えば悪くない国である。
 確かに道は綺麗だし荒れて暴れるようなものも見かけはしなかった。

 統制が取られていて安定している国ではある。

「さっさとこの国を抜けて行こう」

 価値観はそれぞれなので否定するつもりはなくてもリュードには合わない。
 女性を下ではなく、対等に扱ったとしても白い目で見られるのでたまったものではない。

 食事や買い物のためにも外に出なきゃいけないと思うと憂鬱な気分になってくる。

「いい男連れてんね?」

 宿の部屋で料理するわけにもいかないので外で食事を取る。
 料理の注文なんかもルフォンとラストに任せてリュードは小さくなって黙っておく。

 適当に選んだお店だったけれどそれなりに繁盛していて席は埋まっている。
 当たり外れの多い外食だけど今回は当たりの雰囲気があるなと少し期待していた。

 料理を待っていると隣のテーブルに座っていた冒険者らしき女性が声をかけてきた。

「ふーん、私の好みの顔してるね。どうだい、そんなひ弱そうな女たちじゃなくて私のところに来ないかい?」

 男性が女性に声をかけるようにトゥジュームでは女性が男性に声をかける。
 特に成功するとも思っていない、要するにナンパみたいなものだ。

「ありがとうございます。でも俺には彼女たちがいますので……」

「そうかい? でも気が変わったら私のところに来な。可愛がってあげるよ」

 角が立たないように丁寧にお断りする。
 基本的に軽いナンパなら無理矢理に続けるようなことはしない。

 トゥジュームにおける男性の良し悪しの基準は顔が大きな割合を占める。
 顔さえ良ければ養ってもいいなんて思う女性も少数派ではないのだ。

 リュードは間違いなく顔がいい。
 その上でトゥジュームに多くいる男性の特徴としてはナヨっとした人が多いのだけど、リュードにはナヨっとした雰囲気はない。

 キリリとした、力強い印象のあるリュードは周りの視線を自然と集めていた。
 何も白い目ばかりが向けられているのではなく、そうではない視線も意外と多かったのである。

「この国だとリュードもモテモテかもねー」

「この国だとってなんだ……ですか」

 自分が上とか相手が上とかじゃなくて互いに尊重できるのがいい。
 例えモテたとしてもこの国だとリュードの価値観とは合わなすぎる。

 料理が来て食べている間も見られているような、なんとなく気まずい感じが常にあった。

「可愛い男の人連れていますね」

 消耗品の補充にお店を回る。
 こういう時に声をかけられて褒められるのは大体ルフォンかラストなのに今日ばかりはリュードへの褒め言葉を二人が聞かされることになる。

 慣れない褒めにリュードも気恥ずかしい気分になり、可愛い子だからちょっとおまけしちゃうなんてしてくれた。
 いいんだか悪いんだか分からなくなってきてしまう。

「ちゃんとしてそうだし、強そうだから心配ないと思うけど気をつけるんだよ。最近ここいらで人を攫ってる奴らがいるって噂だからね」

「人攫いですか?」

「ええ、あくまでも噂だけど顔のいい男を選んで誘拐する話があちこちから聞こえてきてるんだよ。まだここだと大丈夫だと思うけどもっと大きな都市に行くなら気をつけておいた方がいいよ」

 顔の良い男性を狙った人攫いとはまたトゥジュームならではの話だとリュードたちは驚く。

「リュードも攫われちゃうかもね?」

「そうだな、そん時は守ってくれよ?」

「まっかせなさい!」

 まさか攫われることなんてない。
 攫いに来たってリュードたちを倒して攫える程の人が来たら人攫いなんてやらずとも稼げるだろう。

 リュードの軽い冗談にラストが胸を張って答える。

「ありがとうございます」

「……これ、あの子たちには秘密だよ」

 お店のおばちゃんはリュードにこっそりとお菓子を渡してウインクした。
 確かに顔がいいとそれなりにこの国ではチヤホヤされそうな気配はあった。

 ーーーーー
「だいぶ良くなってきたじゃないか」

「ホント?」

「ああ、筋がいいよ」

「ふふん、とーぜんよー!」

 そう言いつつもラストは嬉しそうにニコニコと笑う。
 やはりセンスがあり、それを活かせるだけの身体能力もあるとリュードは思った。

 リュードがラストに剣を教えてからラストは目に見えて上達していった。
 小さい頃、まだ周りから本気で牽制される前に基本的なことは学んでいたので少し教えてやると剣にもすぐに慣れた。

 リュードやルフォンと組み手する形で戦い、早くも実戦でも使えるだろうレベルにも到達していた。
 飲み込みが早くて師匠であるリュードも大満足である。

「外だと気兼ねなくていいな」

 町を出発して人の目がなくなったのでようやくいつも通りに接することができる。
 こうして普通に話している方が一歩下がって丁寧にするよりも遥かに楽である。

 リュードとラストが修行をしている間にルフォンは取り出したコンロで料理を作っていた。
 家に備え付けるサイズのコンロを持ち歩いて外で使うなんて人は他にはいない。

 ラストもビックリしていたけどリュードとルフォンなら有り得るか、と微妙な納得の仕方をしていた。
 ティアローザでは監視の目がある可能性が排除しきれずにほとんど使えなかったのでルフォンもコンロをようやく使えてルンルン気分である。

 外でも温かくて美味い飯が食べられるので旅もあんまり苦にならない。

「それじゃあ今日はこれぐらいにしようか」

「はーい! おーわり! 私さ、知らなかった。こんな国があるなんてさ。世界って広いんだね」

「いや、俺も知らなかったよ」

 ラストは剣を収めると焚き火の近くの地面に座って休む。
 トゥジュームに関しては知らずともラストが世間知らずだったと言い切ることはできない。
 
 国によって様々な文化があるわけであるし一つ一つの国全てについて知っている方がおかしい。
 ただトゥジュームは特殊すぎる。
 
 リュードやルフォンだってトゥジュームのことを知らなかったし、トゥジュームに入る前に聞いた話よりもトゥジュームの価値観は極端であった。
 
「ティアローザの国内を回るだけでも大冒険だったのにこんな風に旅できるなんて夢みたい! それも、友達と一緒に……」

 少し顔を赤くするラスト。
 ベギーオを倒した後はいつリュードとルフォンとお別れになるかということばかり考えていた。

 もう二度と会うこともない。
 そんなことを思っていたのに何の責任も必要性もなく、また二人と旅ができることが楽しくてしょうがない。

 見るもの全てが輝いて、聞くもの全てが新鮮に聞こえる。
 最初の出会いがアレだったのでリュードがラストに丁寧な態度を取ることがなく、今こうして敬語を使われるというのも中々面白いと思っていた。

「へへ……なんだろう、疲れちゃったのかな? 眠く……なってきた…………」

「ラスト?」

「リュー……ちゃん」

「ルフォン! 二人ともどうした……」

 眠そうに目をこするラスト。
 知らぬ間に疲労が溜まっていたのかと思ったが料理をしていたルフォンが倒れるように意識を手放して寝てしまった。

 眠くても料理の最中に寝ることなんてあり得ない。
 リュードは慌てて立ちあがろうとしたが体に力が入らない。
 
 グラリと視界が大きく揺れてリュードも何か異常事態が起きていることを悟った。
 まぶたが重くなっていき、頭がぼんやりとし始める。
 
 思考が鈍って霧がかったように感じられる。

「これは……毒か?」

 相手を殺すタイプの毒ではない。
 睡眠薬に近い、相手を無力化する毒だと気づいた。

 一体いつから、どこから、誰が。
 毒に強いリュードでさえ効いてきているのだからルフォンやラストに耐えられるはずもない。

 いつの間にかラストも目を閉じて寝息を立てていて、起きているのはリュードだけであった。
 もしかしたら気づかない間に長時間毒にさらされていたのかもしれない。

 剣を杖のようについて力の入らない体を支えて耐える。
 おぼつかない足取りでテントの方に向かう。

 耐え抜けば荷物の中に解毒薬がある。
 この睡眠薬のようなものに効くかは分からないけれど何もしないよりはマシだ。

「あれー? まだ起きていますよ」

「本当だな。こりゃ気合があって高く売れそうだ」

「どうする?」

「殴って気絶させろ。どうにか耐えてるだけだから衝撃与えりゃ眠んだろ」

「了解」

 すごく遠くでうっすらと話しているように声が聞こえた。
 変な感じに歪んで聞こえるのでなんと言っているのかリュードには分からない。

 しかし実際はそれほど遠くでなく近くにいた。
 視界もぼやけて歪み、自分が前に進んでいるのかも分からなくなってきた。

「ごめんねー」

 何かをされた。
 頭を殴られたのだけどただひどく衝撃を受けたことだけしか頭は理解してくれず、衝撃によって必死に手放すまいとしていた意識が遠のいていった。

「ふーん、金目のもの持ってそうだね」

 毒を撒き、リュードを殴りつけたのは数人の女性たちだむた。
 リュードたちの荷物を見てニヤリと笑う彼女たちは噂の人攫いであった。
 
「あ、姉御! こいつ、無茶苦茶重いです!」

「ああ? しゃあねえな……みんなで運ぶぞ! まずは男の方が優先だ」

 リュードは相当鍛えているのでそうは見えずともかなり重量感がある。
 女性一人や二人では持ち上げられもせず、その場にいた全員でリュードを持ち上げる。

 人攫いにとってリュードは商品。
 丁寧に傷つかないように運んでいった。

 リュードたちにバレないように荷物を乗せる馬車は遠くに置いてあったことを人攫いたちは疎ましく思った。

「んっ……」

 リュードが運ばれていってからさほど時間もたたず、ルフォンが目を覚ました。

「あっつい……」

 毒に耐性の低いはずのルフォンがこれほどまでに早く目を覚ましたのには理由があった。
 なんだか胸元が熱い。

 ルフォンがスッと胸に手を入れて取り出したのはネックレスである。
 リュードが誕生日にくれたものでルフォンはいつもこのネックレスを身につけていた。

 ネックレスが熱いほどに熱を持っている。
 このネックレスにはリュードが解毒の魔法をかけていた。

 無効化出来るほどの強力な作用は及ぼせないが解毒の効果は確実に発揮されていた。
 ルフォンの体内に入り込んだ毒をネックレスが解毒してくれていたのである。

 ぼんやりとネックレスを見つめている間にもその効果は発揮され続け、頭がはっきりとしてくる。

「リュー、ちゃん? ……リューちゃん!」

 リュードがいない。
 ラストはとうとう地べたに横になって眠っているが、リュードの姿がどこにもない。

「リューちゃーん!」

 この眠くなった原因と戦いにいったのかと思ったが、テントの側にリュードの剣が落ちていた。
 剣も持たずに戦いに行くはずもなく、こんな風に地面に剣を捨て置くこともしない。

「げっ、なんか起きちゃってますよ!」

「チッ……しょうがないな。目的は果たしたし、ずらかるぞ」

「ええっ! なんか色々ありそうですよ!」

「この毒だって無限に使えるもんじゃねえんだ。こんなすぐに起き上がるやつ強いに決まってんだろ。とっとと逃げる。これが長く生き残るために必要なことだよ」

「もったいないなぁ……」

 ルフォンが大声でリュードを探すものだから人攫いたちに気づかれてしまった。
 人攫いたちは遠くからリュードを探しているルフォンの姿を見てさっさと撤退してしまう。
 
 リュードがいなくなった。
 匂いで探そうにも料理の途中で倒れてしまったために鍋の焦げついた臭いが広がっていて鼻も効かない。

 ラストだってそのままにしておくわけにはいかない。
 ルフォンは青い顔をして、一人どうしたらいいか必死に考えていた。
「ここはどこだ……?」

 頭がぼんやりとする。
 思い切り頭から水でも被りたい気分だとリュードは思った。

 リュードが目覚めたらそこは知らない場所だった。

「目が覚めましたか?」

「あんたは?」

「私はトーイと申します。あなたも攫われたんですね」

「攫われ……た?」

「ええ、ここは人攫いの連中のアジトのようです」

「どういうことだ……ん? ……チッ」

 起きあがろうとして気がついた。
 手が後ろで縛られている。

 荒めの縄でギチギチに縛られていて全く動かせる余裕もない。
 リュードは運動神経もいいので手が使えなくともなんとか上体を起こすことができた。

 ブンブンと頭を振り、思考をはっきりとさせる。
 周りの様子を確認する。
 
 四方のうち三方は壁。
 残る一方には壁の代わりに鉄格子が嵌め込まれている古典的な牢屋の作りである。

 牢屋の中には複数人の男性がいた。
 およそ十人ほどがいてみな手を縛られていて、何故なのか全員が上半身裸にされている。

 視線を下げるとリュードも上の服を脱がされていた。
 こうなる経緯を思い出そうとしてみるけどこうなる前の記憶は朧げでぼんやりとしてうまく思い出せない。
 
 必死に思い出そうとしても全然ダメ。
 そういえば遠くから歪んだ女性の声が聞こえてきたような気がする。
 
 細かいことは思い出せないが、頭のぼんやりした感じと違って頭の後ろがズキリと痛んだ。
 頭を打ち付けたのかと思ったけどそれにしては位置がかなり上のところが痛い。

 殴られたのだなと察した。

「ここは人攫いのアジトって言ったよな? ちょっとどういうことなのか分からなくて説明してもらっていいか?」

 時間が経つにつれて頭ははっきりしてくるけれど記憶はぼんやりしたままだ。

「……申し訳ないですが私たちにもよく分からないんです。おそらくですがここ最近話題になりつつある人攫いに攫われたのだろうというのがみんなで導き出した答えです」

「そんな話チラッと聞いたな……」

 いつだかお店の人に警告されたことを思い出す。
 顔の良い男を狙った人攫いがいるなんて話を聞いた覚えがあった。

「この国は他の国とは違うことご存知でしょう? 中には男性を奴隷として所有している貴族もいたり、そうした貴族に男性を斡旋する人もいるのです」

 非常に残念なことではあるが人身売買や奴隷などの暗くて重たい闇の話はこの世界に存在している。
 真魔大戦によって世界の秩序は大いに乱れた。

 戦争の時代では真人族が魔人族を、魔人族が真人族を奴隷としていたのだが、戦争が終わってそれぞれ奴隷としていたものが解放されたが奴隷という文化そのものは消えはしなかった。
 長い時が経って落ち着きを取り戻してきた今では奴隷を完全に禁止する国もあるのだけれど、禁止する国があっても世界がそれにすぐに追従するものでもない。

 そしてこの国では女性貴族による男性奴隷というものが半ば黙認されているのであった。

「ですがこの国でも人攫いなんてなかったのですけどね……どうしてこんなことになったのか、私たちにも分かりません」

 トーイが首を振る。
 奴隷が黙認されていても人攫いがいるなんて話は聞いたことがなかった。

 ここ最近になっていきなり出てきた話でトゥジュームが長いトーイでも不思議でならなかった。

 一般的な奴隷といえば人攫いにあって奴隷になるのでなくて借金などで首が回らなくなって破産した人が借金の方として奴隷に身を落とす。
 奴隷商人が借金を引き受ける代わりに奴隷として相手も引き受けて、労働力としたりして借金の返済をしてもらう奴隷が普通な話である。

 つまりは合法的な奴隷が現代における奴隷で、悪くイメージされる全く人権もない奴隷は今時多くある話じゃないのだ。
 人攫いによる奴隷は違法な奴隷となる。
 
 まして同じ国内で奴隷となる人を捕らえて売り買いするなんてとんでもないことであった。

「……ここがどこかは分かるか?」

「いえ……気づいたらもうこの牢屋でしたので。脱出するつもりですか? それも難しいですよ」

「なぜだ?」

「これのせいですよ」

 トーイはアゴをしゃくるように首を見せる。
 首には白くて太い首輪が付けてある。

 見ると全員に同じ首輪が付けてある。
 リュードも見えないけれど肩を動かしてみると首輪が付いていることが分かった。

「……これは?」

「どうやら魔法を封じる魔道具のようです。一応ここにも魔法を使える人がいるんですが全く使えなくなってしまっていて、多分この首輪のせいです」

「……マジかよ」

 体の中に魔力はある。
 リュードは目をつぶって魔力を動かしてみるけれど一切の魔力が体の外に出ない。

 魔力が体の外に出ないということは魔法が使えないということ。
 魔力が放出できないという体感したことない感覚にリュードは困惑する。

「魔法を使えなくする魔道具なんて真魔大戦の頃の技術で魔道具なんて安物ではないはずなんですけどね……全員に付けられているなんてことを考えるとただの人攫いではないかもしれないです」

 後ろ手に縛られた縄ぐらいは協力でもすれば解くことはできるけれど、剣も何もない今魔法が使えないと逃げ出すことは難しい。
 だから変に抵抗する意思を見せて不味いことになるぐらいなら大人しく従っている方が安全であるとみんな諦めていた。

 死んだ目をして床に座り込んでいるのもそんな諦めからきた姿勢だった。
 運良く逃げられたとしても場所もわからなければ先の見通しも立てられない。

「ほらお前たち、出番だよ!」

 黒い布で顔を隠した女性が牢屋の前にやってきた。
 手に持った棒で鉄格子を叩いて牢屋の中のみんなを威嚇して注意を集める。

 トーイはビクついているがリュードはそんな脅しで恐怖を感じはしない。

「大人しく並んで出てくるんだ!」

 鉄格子の扉を開けて、また鉄格子を叩いて出てくるように命令する。
 捕らえられた男たちはみな不安そうに視線を合わせて誰かが先に行かないかと様子を伺っている。