せっかくいい雰囲気だったのに台無しだとラストは怒っていた。
 リュードたちは今馬車を飛ばしてラストの領地に来ていた。

 元々レストを迎えに来るつもりだった。
 けれどかなり予定を前倒しして、馬にはかなり無理をしてもらった。

 そうしたのには同然理由がある。

『サキュルレストは預かった。無事に返してほしければマガミタ山に来い。ただし王や騎士団にこのことを伝えたらサキュルレストの命はないものと思え。
 サキュロベギーオ』

 矢に結び付けられていた手紙の内容がこれだった。
 姿をくらましたベギーオからのものでレストを誘拐してラストを誘い出そうとしているものであった。

 マガミタ山とはリュードも知っている山だ。
 ペラフィラン、もといモノランが住んでいる山のことで山頂にモノランがいることを除けば周りに人や魔物はおらず、寄ってもこない隠れるのに最適な場所である。

 どうやらベキーオはそこに隠れていてラストのことを待ち受けているようだった。
 真っ直ぐにマガミタ山に向かわないでラストの領地に来たのは確かめるためである。
 
 前触れもなく怒りの表情を浮かべて帰ってきたラストに使用人たちは驚いていた。
 誘拐してないけど誘拐したと嘘でラストを誘導している可能性もある。
 
 そのために一度屋敷に立ち寄ったのだ。
 帰ってみると使用人たちはすっかり困り果ててしまっていた。
 
 ラストは大人の試練のためにいないし、レストは数日前からいきなりいなくなって行方知れずだからだった。
 処理すべき案件も溜まっているが使用人ではどうしようもない。
 
 レストのことは探しているが誰も何も聞いてなければ行き先も知らなかった。
 手紙の内容はハッタリではないとリュードたちは頭を抱えた。

「こんなやり方許せない。俺たちにも手伝わさせてくれ」

 リュードはラストが何かを言う前に自分から申し出た。
 近々捕まるか、逃げ切るだろうと思っていたベギーオがまさかこんなことをしでかすなんて思いもしなかった。

 レストは知らない仲じゃない。
 ラストの姉だし、誘拐して人を誘き出そうとするなんて卑怯なやり方に怒りが湧いてくる。

 レストだって腹違いであってもベギーオの兄妹であるはずなのに、よくこんなことができるものだ。

「……うん、私からもお願い。お姉ちゃんを助けるの手伝って」

 迷った時間はほんの一瞬だった。
 嫌だと言っても、断ったとしてもリュードたちがこんなことを見逃すはずがない。

 こんなことをしておいて話し合いで解決する気はベギーオにはないと誰でも分かる。
 自分だけで解決できる問題ではない。

 リュードとルフォンの手助けがあるなら心強く、ベギーオも仲間を連れてくるなとは言っていない。

「私も……」

「それはダメ」

 クゼナもレストのことは友人だと思っている。
 ラストほどクゼナとレストの仲は良くなくても、クゼナがラストを大事にしてくれていたことは知っているのでレストはクゼナのことを大切な友達だと思っている。

 クゼナもレストを助けに行きたい。
 だけどクゼナには石化病があって、まだ完治していない。

 灰色の足はまた固くなり始めていて、無理をすれば折れてしまうかもしれない。

「嫌よ! 私にも手伝わさせてよ!」

「しゃあ、クゼナにはお願いしたいことがあるんだ」

「……なに?」

「私の領地をお願いできない?」

 足が悪い以上クゼナが一緒に来ることはリスクであり、足手まといになってしまう。
 でもクゼナにはクゼナしかできないことがあるとラストは考えていた。

 レストがいなくなって数日が経って、領地の経営は滞りつつあった。
 文官として処理できる仕事を処理する人はいても好き勝手に出来るものではない。

 誰かがこの溜まった仕事を回していかなきゃいけない。
 けれどラストはすぐにでもレストの元に向かわなきゃならず、レストは誘拐されてていない。

 信頼できる身内はおらず誘拐と領地どちらも立てられない状況に見えるが、今ここにはクゼナがいる。
 クゼナの実の兄であるユゼナがプジャンに領地を奪われる前はユゼナが中心となって、クゼナがその補助をしていた。
 
 つまり領地経営の心得はクゼナにもある。

「私やお姉ちゃんの代わりに領地を任せられる人はクゼナしかいないの。だからお願い。私の領地を守ってほしい」

「…………ラスト、強くなったね」

 頭を下げるラストにクゼナはうなずいて答える。
 ラストは少し見ない間にすごく強い子になっていた。

 力の話ではない。
 クゼナが連れていけない理由をクゼナの出来ることで傷つけないように考え出した。

 素直に頭を下げて最後は真っ直ぐにクゼナの目を見据えた。
 昔は物静かでお人形さんみたいな子だった。
 
 環境がそうさせたのか人と目を合わせることをしなくて、自分の意思を貫き通すことが苦手だった。
 クゼナが少し強く見つめるとすぐに折れてしまうような繊細なラストはいなくなってしまった。

 今はしっかりと自分の意思を伝えて、クゼナの目を見返して信頼し、そんな姿にクゼナもラストを信頼した。
 自分にしかできないこと。
 そんな風に言われては断ることもできない。