人と希望を伝えて転生したのに竜人という最強種族だったんですが?〜世界はもう救われてるので美少女たちとのんびり旅をします〜

「さて、残るは一体だな!」

 もうこうなるとメルトロックゴーレムも敵ではない。
 最後なので出し惜しみもしない。
 
 ラストの矢がメルトロックゴーレムの肩に当たって爆発する。
 腕が吹き飛んで倒れかけたメルトロックゴーレムにリュードが素早く近づいて真横に切断する。

「これが最後か……」

 ラストは思わず呟く。
 早く終わらせたかった大人の試練。

 大人として認められたかったけど、きっと無理だろうと諦めていた大人の試練がとうとう終わりを迎えようとしている。

(なんで……?)

 終わるのは嬉しいこと。
 ようやく乗り越えられるはずなのに。

 胸が痛い。
 ギュッと何かに掴まれでもしたかのように胸が締め付けられて、終わりだと考えることを頭が拒否する。
 
 訳が分からない。
 なんでと思う。

 こんなダンジョンさっさと終わらせて、自分は周りからも大人として認められるんだと少し前まで考えていたのに終わってほしくないと今は思ってしまうのだ。

「どうして……」

「ラスト!」

「キャッ!」

 腕を掴んでリュードがラストを引き寄せる。
 上半身と下半身どちらが動くか見ていふと最後の抵抗なのかメルトロックゴーレムが腕を振り回した。

 ボンヤリとしていたラストに当たりそうだったのでリュードはラストを引っ張ったのである。

「おいっ、戦いの最中だぞ。大丈夫か? 何かケガでもしてたのか?」

 意図せずラストはリュードの胸に抱かれるような体勢になっている。
 心配そうな顔をしているリュードを見上げて、不思議な感情の理由が分かった。

「ラスト? 本当に大丈夫か?」

 リュードの顔を見ることができなくてトンと胸に顔を預けた。
 終わってほしくないんだとラストは気づいた。
 
 まだクゼナの件が残っているとは言ってもリュード一緒にいてくれたのは大人の試練を手伝ってくれるためだ。
 大人の試練が終わればリュードとはお別れとなる。

 それが大人の試練を乗り越えられる喜びよりも上回って嫌なのだ。
 嫌で苦しくて、寂しくて、別れを迎えたくなくて、自分は何とワガママな子なのかとモヤモヤする。

 自分がとても悪い子になってしまった気がする。
 この期に及んで大人の試練が終わらなければいいのにと思ってしまった。
 
 大人の試練を終わらせるためにリュードは必死に頑張ってくれているのに、ラストはそんな時間が終わってほしくないと考えている。
 頬が熱くて、少しだけ泣きそうな気分になる。
 
 今まで生きてきてこんなにワガママなことを考えたことなんてなかった。

「怪我がないならいい……」

 ラストの様子がおかしいこともリュードはわかっているけど何も言わない。
 震えるラストに何かがあった。

 ラストが自ら言う前に聞き出そうとするのは野暮である。
 ラストが落ち着くまで待った。
 
 その間、幸いにもメルトロックゴーレムは腕を振り回すだけで再生まで出来なかった。

「……もう大丈夫」
 
 ラストも落ち着いたのでこれまでと同じようにメルトロックゴーレムを細かくしていく。
 もはや作業と変わりない。

「おっと、出てきたな」

 元は左胸付近だったところをリュードが切り裂いた。
 中から赤っぽい拳ぐらいの球が転がり落ちてきた。

 メルトロックゴーレムの中から出てきた球なので少し警戒して触ってみたけれど熱くはなかった。
 これがメルトロックゴーレムの弱点であるコアだった。

「はい、これで終わりだ」

 リュードはコアをラストに手渡す。
 メルトロックゴーレムの体が少しずつコアの方に動きいてきていて気持ちが悪い。

「……大丈夫か?」

 沈痛な面持ちのラストはリュードの問いかけにゆっくりとうなずく。
 もう終わりは止められない。

 ここまできたら終わってしまうのだ。

「……長々と…………苦労させやがってー!」

 ちゃんと終わらせよう。
 ここで終わらせたくなくても終わらせなきゃいけないのだから。

 ラストは思い切り叫んでメルトロックゴーレムのコアを全力投球した。
 壁に叩きつけられてコアが砕ける。

 ガラスが割れるような音がしてコアが壊れて地面に散らばる。
 動いていたメルトロックゴーレムの破片たちの動きも止まり、一瞬周りが静まり返る。

 そしてメルトロックゴーレムが魔力の粒子となってダンジョンに還りはじめる。

「終わりだな……」

 そこら中にバラバラになったメルトロックゴーレムの破片が落ちているので魔力の粒子に包まれて、幻想的な光景が短い間だけど繰り広げられた。
 まるで攻略をダンジョンが祝福してくれているようであった。

「おめでとうございます! ……んん、どうかしましたか?」

 ボス部屋の扉が開いて、興奮したツィツィナが飛び込んでくる。
 道中も含めて文句のつけようのない完璧な攻略だった。

 喜んでいるだろうと思ったのだけどラストはなんだか考え込んだ表情をして、ツィツィナの予想とは全く違ったリアクションをしていた。

 リュードもラストが浮かない顔をしているのでなんだか喜べないで肩をすくめる。

「なんでもないさ。終わることには喜びもあるけど、寂しさだって感じる奴もいる」

 ちょっと当たりだけどちょっと違うリュードのフォローが入ってツィツィナはそんなものかと納得する。
 ラストの胸の内にあるのが寂しさだけでないことはリュードよ分かっていない。

 だがしかし、これで終わりではない。
 帰るまでがダンジョン攻略である。

 これがゲームなら外までテレポートでも出来る魔法でも出現するかもしれないけど現実は甘くない。
 地下十三階から地上まで戻らなきゃいけないのである。

「そうだね……無事に帰ってこそ、終わり……だね」

 階段の位置は入っている間には変わらない。
 それに登っていくための階段は壁際の端にあるし場所も覚えているので簡単に見つけられた。

 ボスが倒されたからか魔物も出てこなくて、溶岩地帯と雪原の暑さ寒さ以外は問題もなく進むことができた。

「う……暗っ」

「あっ、帰ってきたよ!」

 中が明るいというのも考えものだ。
 ダンジョンから出てみると辺りは暗く、ルフォンたちは近くで野営していた。

 いつの間にか外は真夜中になっていて、むしろ朝が近づいてきている時間であった。
 つまりほとんど一日に近い時間が経ってしまっていたのである。

「どうりで、眠くて、腹が減っているわけだ」

「ルフォン、私やったよ!」

 ダンジョンから出るまでの間にラストの様子は普通に戻っていた。

「おめでとー!」

 抱き合う2人。
 こうしてラストの大人の試練は幕を閉じたのであった。
 大人の試練は全て乗り越えた。
 ツィツィナが試練を問題なく乗り越えた報告を上げ、国の方で正式に攻略が認められた。

 ラストは正真正銘血人族の大人となったのである。
 長かったラストの旅も終わりを迎えるのだが、やるべきことはまだ残っている。

 最後のダンジョンを終えたラストたち一行は一度王城に戻ってヴァンに報告した。
 今度は謁見するための場所で多くの人に見られながらの報告となり、ヴァンもラストを抱き上げて喜びを伝えたいのを抑えて満足げにうなずくだけにした。

 そして一夜だけ休んで大きな馬車を借りて王城から出発した。
 向かうはクゼナのいるプジャンの領地である。

「早く行かなきゃ」

「そう焦るなここまでしっかりと準備してきたんだから」

 結局最後の最後までクゼナのことは後回しにしてしまったがなんの策もなかったのではない。
 ラストの大人の試練を進めたのにはちゃんとした理由があった。

 もちろんそれはクゼナを堂々と連れ出す口実のためである。
 クゼナをプジャンの反対なく連れ出すためには相応の理由が必要となった。
 クゼナと長時間接触してもプジャンに怪しまれない理由を作るためにラストの大人の試練を進め、成人のお祝いを利用しようと考えていたのだ。
 
 プジャンでも逆らえない相手は当然父親である国王になる。
 王様主催でラストの祝賀会を開き、クゼナを招待することとなればプジャンを止めるわけにはいかない。
 
 だからクゼナに接触する名目としては招待と送迎ということであった。
 ラストがヴァンにパーティーの開催とクゼナの招待をお願いをしたら二つ返事で祝賀会をやることが決定した。

 とりあえずラストがクゼナとレストの分の招待状を書き上げて足速にクゼナのところに向かったのであった。

「待っててね、クゼナ……」

 ラストとクゼナが仲がいいことは周りも知っているので祝賀会にクゼナを呼ぶことに周りは違和感を抱きはしない。
 自然とクゼナを連れ出すことができ、しかも安全な王城の方に連れて行ける。
 
 よくできたアイデアである。

「まずあいつの顔見ないといけないなんてな……」

 さっさとクゼナのところに行ってさっさと次に行きたいのだけど、まずはプジャンへの挨拶が先である。
 面倒なマナーだがここで焦ってはことを仕損じてしまう。

 大人の試練を乗り越えたこと、そして祝賀会をやることと招待状、さらにはクゼナも招待することを伝える。
 ラストの状況がどうなっているか知らなかったプジャンは驚き目を見開いて取り繕うこともできずに目元をひきつらせた。

「大人の試練……乗り越えたこと祝福する……」

 兄であるベギーオの領地で大事件が起きたことはその余波がプジャンの領地にも及んでいて仕事が増えたから知っている。
 嫌な予感はしていたが、まさかラストが無事に大人の試練を乗り越えてしまうことは予想外であった。

 しかもクゼナを連れ出すなんてと思ったが招待状には王様のサインが書いてある。
 クゼナが拒否することは難しい招待となっている。

 自分の方に送られた招待状はともかくクゼナの招待状をプジャンが口出しして止めるのは無理だった。

「お兄様はご出席なさいますか?」

 一応プジャンにも招待状は送ってある。
 敵対しているものの兄弟ではあるのでクゼナを誘ってプジャンを誘わないことはできなかった。
 
 ただプジャンがどうするかは目に見えて分かっている。
 なので無理に来ることはないとだけ最後に伝えて屋敷を後にした。

「チッ……」

 盛大に舌打ちしてプジャンは招待状を破り捨てた。
 クゼナを連れて行かれるのは癪だけど、どの道自分が用意する薬がなければ石化病でクゼナは死んでしまう。

 連れ出されたところでその期限は薬がなくなるまで。
 それほど長い期間でもなく、最終的に戻らねばならないのだから問題はない。

 招待状もプジャンは行かないのだから必要ない。
 王様のお誘いとなっているので断るのには正当な理由が必要だけど、まだベギーオの領地で起きたダンジョンブレイクの余波による仕事が多く残っている。

 領地維持のため仕事があると断りを入れてもウソではないし、それで何かを咎められはしない。
 浅はかなやり方だとプジャンはため息をついた。

 せいぜい楽しむがいいとプジャンは破り捨てた招待状を片付けるように部下に指示をした。

 ーーーーー

「あんな顔したプジャン初めて見た」

 プジャンの屋敷を離れたラストはクスクスと笑っていた。
 目があるのか分からないほど細目のプジャンの瞳を初めてみた気がした。
 
 面倒だと思った挨拶もあんな驚いた顔を見れるなら悪くないとラストは思った。
 大領主ともなると表情に感情を出さないものだけど、驚きを隠せないぐらいにラストのやり遂げたことはすごかったのだ。

 怒りの感情を見せなかったのでプジャンはまだ自分が上であるとでも思っているのだろう。
 しかしプジャンはモノランに狙われていることを知らず、そのために王城に捜査されていることも知らない。

 まな板の上の鯉とでもいうのか。
 知らないというのは幸せなことである。

「ラスト!」

「クゼナ!」

 ベッドの上のクゼナとラストが抱擁を交わす。
 病床に伏せるクゼナのところまでは外の話があまり入ってこない。

 プジャンの手の者も多いので無駄な話をクゼナの前ですることも少ない。
 大事件のダンジョンブレイクのことでさえもつい先日聞いたばかりだった。

 多分ラストのことと関係があると思いながらもダンジョンブレイクの顛末さえも知らなかったクゼナはラストのことを心配していた。

「体は大丈夫?」

 ペタペタとラストの体を触って無事を確かめる。
 ラストぐらい健康体でいて欲しいとクゼナは本気で思っている。

 元気そうなのは見て分かったけれど確かめずにはいられなかった。
「私は大丈夫……くすぐったいよ。クゼナの方こそ体はどう?」

「大人しくしてたから薬はちゃんともらえてる。だから病気も大きくは進行してないから元気だよ」

 ラストと会って以来、ラストの計画に気づかれてはならないとクゼナは特におとなしくしていた。
 プジャンはそんなしおらしくしているクゼナに満足して何も疑わなかった。

 薬もいつも通りもらって飲んでいたのでほんのちょっと石化した部分が広がったぐらいでほとんど変化はなかった。
 まあダンジョンブレイクのおかげでプジャンも忙しくてクゼナを気にかける暇もなかったのもある。

 ラストは大人の試練を乗り越えたこととそれに伴って祝賀会を開くのでクゼナを王城に連れて行くことを話した。
 プジャンにも報告済みで気兼ねなく出発出来ることもちゃんと伝えておく。

「ラスト……おめでとう!」

 自分の治療のことよりもまずラストが大人の試練を乗り越えられたことのお祝いを述べるクゼナ。
 ラストの手を握りしめて、うるっとして泣きそうになっている。

「へへっ、ありがとう。あとはクゼナを治すだけだね」

 クゼナは自分のせいでラストが大人の試練を失敗することになったらどうしようと思っていた。
 これで治療するのにも憂いは完全になくなった。

「私も準備は必要だし時間もこんなだから泊まっていく?」

「そうだね。そうさせてもらおうかな」

 時間的には昼時を過ぎたぐらい。
 出発に遅すぎることはないけれどクゼナにも出発する準備というものが必要だ。

 今から準備して出発となると遅い時間になってしまう。
 早急に準備をして、明日出発するのが賢いやり方である。

「……じゃあどうだ、もう治療を始めてみないか?」

 リュードがニヤリと笑う。
 実際のところクゼナの準備はそんなに時間もかからないとは思う。

 それに準備をやるのはクゼナに使える使用人がやる。
 クゼナが動けないので仕方ない。

 リュードたちはクゼナも含めて半日フリーであることが確定した。
 軽く石化病の治療を始めちゃってもいいのではないかと考えたのだ。

 王城についてから治療を始めてもいいのだけど、一回二回で終わる治療でもなく、複数回分けて経過観察もする必要がある。
 あまり長時間留め置くとプジャンに怪しまれる可能性が高くなるので今からやれるならやっておけば後々楽になる。

 あとは薬の加減も見て首都に戻ったら調整し直すべきかどうかも見ておかねばならない。

「どう、クゼナ?」

「……うん、やってみる」

 どうせ今やれることは少ない。
 治すことが本当に可能なのか不安だし、得体の知れない針治療なる方法に対しても不安がある。

 でもいつかやらなきゃいけない。
 ならば今やって後でやっても同じだ。

 ここで一歩を踏み出さねばならないのだ。
 クゼナは覚悟を決めた。

「一つやる前に言っておくべきことがある。針治療はここでは俺しかできないから、俺が針治療をやることになる」

「うん、それは知ってる」

「その……裸になってもらうことが必要なんだけど、それは大丈夫か?」

「はぁ?」

「リューちゃん?」
 
「えっ、ええ? 裸!?」

 3人が動揺を見せる。
 いや、リュードも動揺している。

 聞いてないと全員が叫びそうになる。
 言い出しにくくて、言い出せなくて、いつしか忘れていた。

「ちゃ、ちゃんと大事なところは隠してもらうから! ただ服の上からだとちょっと難しいんだ!」

 村にいた爺さんクラスならそれも可能かもしれないけどリュードにはとてもそんな芸当はできない。
 それに針に薬を塗る都合上布の上からでは薬が拭われてしまう。

 針治療のためには服を脱いでもらう必要があるのだった。

「むっ……よくないけどクゼナのためだからしょうがないけど針治療2人きりでは絶対にやらせないかんね?」

「私も側で監視するからね」

「信用ないなぁ」

「えっ、私の意思は?」

 裸になるのはクゼナなのに、なぜかやる前提でラストとルフォンが答える。
 リュードが病気の女の子を治療と称して襲うようなゲスな真似をするケダモノではないことは2人にも分かっている。

 それでもリュードも若いオス。
 普段はそうした一面を見せることがないのでふとした瞬間に欲望に支配されてしまうことだってないとは言い切れない。

 クゼナも2人ほどではなくてもそれなりに美形な顔出しをしている。
 ラストの姉妹、ヴァンの娘なら美形なことも当然である。

 触るまでいかなくても見るぐらいの魔がさしてしまう可能性が少しでもあるなら監視すべきだと二人の意見は合致した。
 リュードとしても手伝ってもらうつもりだったし、やましいことがなくてもやましいことがあったなんて冤罪の疑いをかけられても困るのでいてくれると助かるとは思っていた。

「じゃあ準備して始めようか」

「準備って何が必要?」

「清潔なタオル……かな?」

「私まだ裸になっていいって言ってないよー?」

「タオルね、オッケー。ほら、リュードは出てって。脱ぐとこまで一緒にいることないでしょ」

「おーい…………はぁ、やるっきゃないか」

 最終的にため息をついてクゼナも治療を始めることに同意する。
 やるつもりだったのだからそれが変わらないだけの話。

 近い年齢の男性に肌を晒すことは非常に恥ずかしいことであるけれど治療のためだと自分に言い聞かせる。
 リュードと実はひっそり部屋の隅にいたヴィッツは部屋を追い出される。
 ラストがクゼナの味方であるメイドさんに王城へ行く準備ととりあえず清潔なタオルの用意をお願いする。
 バレないようにと信頼できるメイドさんだけがなんてこともないように装いながら動いている。

「治療にかこつけてうら若き女性の肌を見られるとは役得ですな?」

「冗談でもやめてください……」

 そんな風に言われると意識してしまうとリュードは苦い顔をする。
 リュードだって集中しなきゃいけないのにそんなことで針を鈍らせるわけにはいかないのだ。
 
 あくまでも健全たる治療だけど、ただリュードも健全たる男子なのである。
 目をつぶって頭の中から邪念を追い出そうとする。
 
 さほど時間もかからずラストが準備ができたと呼びにきたので薬と針を持ってクゼナの部屋に向かう。
 
「あ、あんまり見ないでくださいね!」

 ベッドの上で一糸纏わぬ姿となり、仰向けで真っ直ぐ体を伸ばしているクゼナ。
 胸など大事なところはタオルを被せてあるが薄布一枚では裸と変わりない。

 なぜかピンと体の横に手をつけて気をつけでもするようにしているクゼナは顔を真っ赤にしている。

「その……ごめん。まずは仰向けじゃなくてうつ伏せでいいんだ」

「……二人の馬鹿ぁー!」

 プルプルと震えて泣きそうな顔をして叫ぶクゼナ。
 体を起こすとタオルがはだけてしまうので下手に動くこともできない。

 リュードを早々に追い出して準備を進めたのはラストとルフォンである。
 聞けばよかったのにとりあえず仰向けだろうとよくも分からずに進めてしまって、クゼナにもそうするように言った。

 リュードもリュードで伝えなかった責任はある。
 準備を始めてしまったので勝手に部屋に入るわけにもいかず、ヴィッツの余計な一言のせいで集中力を高めていたのでそんなことを伝え忘れていた。

 仰向けでやることもあるのだけど、今回は恥ずかしさとあるだろうし背中からやっていこうと思っていた。
 仰向けで受けたいなら別にリュードは構わないけどきっとうつ伏せの方がいいだろう。

「一回後ろ向いてくれる?」

「そうだな」

 パッと顔を隠したクゼナは首まで真っ赤になっている。
 石化する前に恥ずかしさで死んでしまいそう、あるいは死んでしまいたいぐらいの気持ちであった。

 何回も部屋に出入りするとプジャンの監視に気づかれるかもしれない。
 リュードは後ろを向かされて目を瞑る。

 ゴソゴソと音がしてクゼナが体をうつ伏せにする。

「よし、完璧!」

「完璧! じゃないわよ! 後で覚えときなさいよ!」

「も、もう大丈夫か?」

「はい…………もうどうにでもしてください…………」

 よかったといえばよかったかもしれないとリュードは思う。
 クゼナも極度の緊張でガチガチになっていたのが多少ほぐれた。

「とりあえず、まずは顔をこっちに向けて」

「顔、こう?」

「ん、そう」

 まだ顔が熱くてあんまり見られたくないけどわがままも言ってられない。
 このまま枕に顔を押し付けていたかったけどリュードの言う通り横を向いて赤くなった頬をさらけ出す。

「まずはここからだ。痛いかもしれないけど我慢しろよ」

 痛いなんて聞いてない。
 そう口を開きかけたクゼの頬に何かが触れた。

 そこは頬の石化したところだった。
 石のところにもわずかであるが感覚が残っている。

 何かが頬に触れているのが感じられる。
 リュードはハケに薬をつけると慎重に石の部分にだけ薬を塗り込む。

「どうだ……?」

「……んっ…………」

「……よしっ」

 変化が見られず失敗も頭をよぎった瞬間、少しだけジワリと頬の石化部分が小さくなったのをリュードは見逃さなかった。

「どうだ、大丈夫か?」

 薬が体にどんな影響を及ぼすかリュードには分からない。
 もしかしら痛みがあるかもしれないと思って先程は警告しておいたのである。

「うん……なんていうのかな、頬がすごく熱いような感じがするけど痛くはないよ。まだ我慢できるかな」

 何か熱いものでも頬に押し付けられているようだ。
 痛みよりも熱さに近い感覚が頬にあって、クゼナは顔を歪めた。

 頬を拭い去ってしまいたい衝動に駆られるが枕を握りしめてグッと我慢する。

「す、すごいじゃんリュード!」

「うん……うん! 良さそうだな!」

「な、なになになに!? どうなってんの。教えてよ!」

 自分の頬の上の出来事なので当の本人のクゼナにはその変化が見えていなかった。

「小さくなってるよ!」

 小さくなり始めたら早かった。
 みるみる間に頬の石化部分は小さくなっていき、頬には灰色の液体がじわりとにじんで残されていた。

 それをラストが慎重に拭き取ってやると、そこは薄く赤くなったクゼナの肌があった。
 石化の治療が成功している! とラストは1人大喜びで目を輝かせている。

「どうやら薬は本物みたいだな。ルフォン、ラスト、これを石化しているところに直接塗ってくれないか。ただ一気に治療すると危ないかもしれないからちょっとずつやっていこう」

 足を見ると際どいところまで石化してしまっている。
 おそらくちゃんと薬を塗るのにリュードではダメだ。

 リュードは安全策を取って2人に任せることにして針の用意に取り掛かった。
 薬が効くとわかれば、リュードからしてみればここからが本番である。
「終わったよー」

 足を無理矢理持ち上げるのは危険が伴うので無理せず塗れるところだけを塗った。
 クゼナは恥ずかしさも忘れ、枕に顔を押し付けて薬が石化を治していく熱さに耐える。

「ぐっ……うぅ!」

 冷たい水に足を突っ込んで冷やしたい。
 薬を拭い取ってしまいたい。

 そんな衝動に耐えていると足の石化が薄くなっていく。

「おおっ……すごい」

「ただやっぱりこれだけじゃ厳しいか」
 
 進行が進んだ足の方は1回では石化が普通に戻り切らない。
 塗るだけで治ればよかったのだけどそう簡単にはいかない。

「クゼナ、これから針を打つから出来るだけ動かないでくれ」

「分かった……けど私の体どうなってるの?」

「薬が効いてる。もう少しだけ我慢してくれ」

「ほ、本当!? ……じゃあ頑張る!」

 リュードは薬につけておいた針を取り出す。
 針といっても裁縫なんかに使うものよりもはるかに細く、打ち方を間違えなければ体に痛みもない極細の針である。

 流石のリュードも緊張する。

「いくぞ、動くなよ」
 
 ゆっくりと深呼吸してクゼナの体に針を打ち込む。
 習いはしたけれど針治療というのはメジャーなやり方じゃない。
 
 さらに人に施術したことも数えるほどしかない。
 針の主な役割は少量の薬を直接体内に入れながらツボを刺激して血行を促進することにある。
 
 針につくほんの僅かな薬の量がキモとなるのだ。
 多く体内に薬を入れてしまうとそれだけでクゼナは体が持たなくなる。

 ルフォンとラストが固唾を飲んで見守る中リュードは1本1本針を打っていく。

「くぅ……」

 クゼナが枕を掴む手に力が入る。
 針そのものは多分痛みがないのだけど、針に塗られた薬のせいで針を打たれたところがひどく熱く感じられる。

 打たれるたびに熱いところが増えて、打たれたところの熱が広がっていって全身が燃えるような熱さを感じている。
 歯を食いしばって耐える。

 無事に治ったら食べ歩きでもするんだ。
 自分の足が自由に動いて、石化していない頬を晒して外を歩くんだ。

 そう自分に言い聞かせてクゼナは耐える。
 耐えるクゼナの体が玉のような汗をかき始める。
 
 けれどそれは透明無色な汗ではなく、濁った灰色をした奇妙な汗だった。

「よし針は終わりだ」

 全ての針を問題なく打ち終えた。
 リュードは大きく息を吐いて自分の汗を拭う。

 少し時間を置いて針と薬の効果が浸透するのを待ってリュードは針を回収していく。

「2人とも拭いてあげて」

 回収したところから灰色の汗を拭くようにルフォンとラストにお願いする。
 汗が垂れてシーツに染み込まれて灰色のシミを作る。

 クゼナの息は荒く、続々と灰色の汗が出てきて止まらない。
 タオルはあっという間に灰色の汗ではびしゃびしゃになり、拭くのが追いつかないぐらいだった。

 リュードは二人に拭くことは任せて針の処理をする。
 他の人が薬に触れたら危ないからよく針を拭き取ってしまっておく。

 クゼナは体が溶けてしまいそうな熱さを耐えに耐える。

「ねえ、これって大丈夫なの?」

「大丈夫……だと思うけど」

 不安そうなラストを安心させるように断言できない。
 なんせリュードも初めてだからこれが正しい反応と言い切れないのだ。

「だと思うけどって何!」

 クゼナが耐えているものが熱さだとリュードは分かっていない。
 痛みがあるものだと思っているので大きな違いでなくても体験したことがないのでクゼナの気持ちを理解はしきれない。

 ベッドがこんなことになるなんて予想していなかった。
 滝のように灰色の汗をかいてしまっているせいでベッドはいつの間にか灰色に染まってきている。

 こんなことになると分かっていたならもっと別の場所でやったのにと思う。
 顔からも汗が吹き出しているので枕も気づいたら灰色になっている。

 体は大丈夫でも寝具は総とっかえが必要だなとリュードは灰色になったベッドシーツを見て思った。
 
「あとはクゼナ次第だ」

 どうなるのか。
 それはクゼナが耐えてみないと分からないのであった。
「ラストはね、この怖い話を聞くとおねしょしちゃって……」

「クゼナ!」

 クゼナは馬車の中で気持ちよく復讐した。
 裸でさせられる必要もない仰向けにさせられてタオルだけ乗せられて隠すことも許されなかった恨みは忘れていなかった。

 気分は悪くないのでラストの恥ずかし話の1つぐらいはうっかりと口に出してしまうというものだ。
 治療を終えたクゼナは朝まで泥のように眠った。
 
 薬の効果が切れて短い間は朦朧としながらも後処理のために頑張っていたのだけど、体力を消耗したのか寝てしまい朝まで起きてこなかった。
 灰色の汗にまみれたクゼナをルフォンとラスト、信頼のおけるメイドさんでどうにか処理した。
 
 ベッドはちょっと無理そうだったのでクゼナは服を着せた後リュードが別の部屋のベッドに運んだ。
 疑われないようにクゼナは体調を崩してベッドに粗相をしてしまったのだということにしてあった。

「お願い一緒に寝て! なんて言ってさ」

 ご機嫌のクゼナであるけれどやはり一回の治療で完治させることはできなかった。
 石化したところは針治療などで改善し、治療直後は完治したようにも見えた。

 しかしまた時間が経つと足の一部に石化したところが戻ってしまっていた。
 けれどたった一回の治療でもその変化は感じることができた。

 朝早くに目が覚めたクゼナは体に起きた変化に驚いた。
 体が軽かった。

 石化していない部分も石になったかのように重たくて、常に気力が湧かないような状態だった。
 目を開けて上半身を起き上がらせる動作だけでも大変な寝起きだったのだが、目が覚めてパッと上半身を起こすことができた。

 体の気だるさに比例するように頭も上手く働かなかった。
 ぼんやりとする時が多くて、寝ても覚めても変わらなかった。

 それなのに頭の中もスッキリとしていた。
 世界が明るく感じられ視界が開けたような気がして、朝のひんやりとした空気が心地よく感じられた。

 体に感じられた変化は一番最初に感じたことではない。
 まずしたのは上半身を起こして、頬を触ったことだった。

 撫で回したり、力入れてみたり、つねったり。
 硬い感触はなく柔らかな頬を取り戻せてクゼナは涙した。

 頬の石化のせいで人と顔を合わせるのも嫌になっていた。
 ガサガサとして顔の表情が動くたびに違和感があって日常の不安を煽っていのである。

 そんな頬の石化がなくなっていた。
 滑らかで柔らかな頬の感触しかないと喜びで涙が頬を伝い、頬に触れたままの指を伝って流れ落ちた。

 ただまだ分からないと起きたばかりのクゼナは思っていた。
 鼓動が速くなり、深呼吸を繰り返す。

 勇気を振り絞ってクゼナは布団を一気にめくった。
 そう人生は甘くない。
 
 クゼナの足はまだ灰色のままであった。
 けれど厳しいばかりでもない。
 
 太ももの付け根まで進行していた石化は太ももの半ばまで肌色に戻っていたのだ。
 そして石化している部分も灰色で固くはあるのだが石のようにガチガチではなく、多少足の曲げ伸ばしができるほどの柔らかさになっていた。
 
 数日もすれば石化しているところは再び固くなってしまうが希望を持つには十分な状態だと言えた。
 むしろ状態としては好都合だった。
 
 足の石化は目立つし完全に隠すのは難しい。
 治ってしまうと演技しようにも違和感が出てしまう。
 
 クゼナはあえてまだ灰色の足を見せつつどうにか馬車に乗り込んで屋敷を出た。
 石化した足が見えていれば、それを疑う者はまずいないだろう。

 本当は治るのだと大声で叫んで回りたい。
 じわりじわりと進行して体を蝕むこの病気は不治の病ではなくなったのだと自慢したいぐらいだ。

 だけどもうちょっとだけ秘密のまま。
 さらにその上プジャンの監視ひしめく屋敷から脱出出来た。
 
 自由にもなったので口も軽くなってしまうのは当然の話であるのだ。

「あ、あれはまだ子供だったから! ……もう許してぇ!」

 クゼナの復讐に顔を真っ赤にするラスト。
 小さい頃のおねしょ話なんてされたいはずもない。

 正直な話タオル2枚だけかけて仰向けにピンと寝転がる姿はリュードにも忘れがたく印象的すぎた。
 クゼナが復讐するのも理解はできる。

「ふーんだ! ……まあでも、石化病は本当に良くなったし、これぐらいで許してあげる」

「あれもわざとじゃなかったんだってぇ〜」

「華やかで、賑やかで良いですな」

 ポツリとヴィッツがつぶやく。
 ヴィッツはいま馬車の御者をしていて、その隣にはリュードが座っている。

 なので馬車の中には女性陣しかいないが声は丸聞こえだ。
 一緒に乗りなよとは言われたけどまだクゼナの足も全快していないのでゆったり座れるように席を譲って御者台に座ることにした。

 わいわいと女の子同士で話すのも楽しそうで席を譲ってよかったとリュードは思う。

「……昔最後に会った時のサキュルクゼナ様は領主様が大領主になられるために離れてしまう時でしたのでご病気のこともありまして、非常に暗い目をされておりました。領主様もサキュルクゼナ様もあのように笑えておりますのはリュード様のおかげでございます」

「……まあ俺のおかげなことは否定しないよ」

 少なくともクゼナの病気についてはリュードがいなければならなかった。

「でもさ、俺だけのおかげではないよ」

 最後まで諦めなかった。
 ラストはクゼナのためにモノランを止めようとしたし、治療薬があると分かって頑張った。

 クゼナもあるか分からない治療法を待って、辛酸を舐めながらプジャンの元で耐え忍んだ。
 二人は諦めなかったから今がある。

 あとはもうちょっとでもラストかクゼナの性格が悪かったらリュードは協力なんてしなかったかもしれない。
 ひたむきさが石化病を乗り越えさせたと言っても過言でない。
「そうかもしれません。だからと言いましても、感謝しなくていいということではありません」

「そうだな……でも言われると照れちゃうだろ」

 あまり謙遜しすぎても態度が悪く見えてしまう。
 リュードはヴィッツが感謝していることは十分に理解した。

 実際のところリュードの働きは大きい。
 リュードでなければ解決し得なかった問題もあった。

 素直にそうですねと言うのは恥ずかしいけど感謝する相手がそう思っているのに否定するのも違う。
 謙遜もある程度でやめて受け入れておくことにした。
 
「若干の気掛かりもございますがそちらの方もさほど時間はかからないでしょう」

 ヴィッツの気掛かりとはベギーオのことである。
 ベギーオはダンジョンブレイクの一件について全く責任も取らずに姿をくらましてしまった。

 いまだに捕まっていないのでその消息も不明のままである。

「もはや何かができるとは思いませんが……ベギーオ様も執念深いお方ですから」
 
 賢ければ国外逃亡でも図っているだろうけど、リュードもベギーオの行方は気になっていた。
 もうヴァンも隠してベギーオを追うことは出来なくなった。
 
 国の指名手配として手配されて、ベギーオは大々的に探されている。
 良心が少しでも残っているなら自首でもするだろうがリュードなら国から出て二度帰らない。

 理性も良心も残っていなかったら何するか分からないとなった時に心配なのである。
 ただし王城まで行ってしまえばラストの勝ちだ。
 
 王城に手を出せるほどの力もベギーオには残されてないから捨て身で臨んでも凶刃がラストに届くことはほとんどないだろう。
 ただやはりベギーオの消息に関する情報でもあれば安心はできるのにと思わざるを得ない。
 
「……今は喜びを噛み締めるのが優先だろ」

「そうでございますね」

 警戒することも大事だけど喜ぶべきことは喜ぶべきなのだ。
 小さな不安を心配しすぎて喜びを減じてしまうのはもったいない。

「……!」

「リュード様?」

 木の影で何かが光った。
 変な会話をしたせいで周りに気を張ってしまっていたリュードはそれを見逃さずに御者台から飛び上がった。

 剣を抜き、放たれた矢を両断した。

「何者だ!」

 襲撃。
 今話していたベギーオか、もしかしたらプジャンの可能性もある。

 馬車に誰かが向かってくることを警戒していたが矢を放った男はすぐさま引いてしまい、追撃してくる人もいない。
 たった一人でたった一本の矢を放って逃げた。

 狙いは馬車の方だったけれど運良く誰かに当たることを願って放ったにしてもあまりにもお粗末だと言わざるを得ない。

「リュード様、こちらに」

「ど、どうしたの!」

 急に馬車が止まってルフォンたち三人は中でもみくちゃになっていた。
 何かがあったのだと出てきた時にはもう襲撃者はいなくなっていた。

「……これはまた古風なやり方だな」

 ヴィッツがリュードが切り落とした矢を拾う。
 二つに切られた矢には手紙が結びつけてあった。
 
 咄嗟に矢を切り落としたので切った時には気づかなかった。

「読まさせていただきます」

 ヴィッツが矢に結びつけられた手紙を取って、内容を読み上げ始めた。

「……これは」

「どう致しましょうか?」

 手紙の内容を聞いたリュードたちは一様に顔をしかめた。

「ど、どうしたらいいかな、リュード?」

 ここで判断すべきはラストなのだが手紙の内容はすぐに判断を下すには難しいものだった。

「こんなウソつく必要はない。つまり本当ってことだろう。なら……」

 リュードはどうすべきか自分の考えを述べた。

「この状況ではそうする他にないでしょうな」

「……面倒だけどやるしかない」

「うん、リュードのいう通り動こう」

「予定変更だ」
 せっかくいい雰囲気だったのに台無しだとラストは怒っていた。
 リュードたちは今馬車を飛ばしてラストの領地に来ていた。

 元々レストを迎えに来るつもりだった。
 けれどかなり予定を前倒しして、馬にはかなり無理をしてもらった。

 そうしたのには同然理由がある。

『サキュルレストは預かった。無事に返してほしければマガミタ山に来い。ただし王や騎士団にこのことを伝えたらサキュルレストの命はないものと思え。
 サキュロベギーオ』

 矢に結び付けられていた手紙の内容がこれだった。
 姿をくらましたベギーオからのものでレストを誘拐してラストを誘い出そうとしているものであった。

 マガミタ山とはリュードも知っている山だ。
 ペラフィラン、もといモノランが住んでいる山のことで山頂にモノランがいることを除けば周りに人や魔物はおらず、寄ってもこない隠れるのに最適な場所である。

 どうやらベキーオはそこに隠れていてラストのことを待ち受けているようだった。
 真っ直ぐにマガミタ山に向かわないでラストの領地に来たのは確かめるためである。
 
 前触れもなく怒りの表情を浮かべて帰ってきたラストに使用人たちは驚いていた。
 誘拐してないけど誘拐したと嘘でラストを誘導している可能性もある。
 
 そのために一度屋敷に立ち寄ったのだ。
 帰ってみると使用人たちはすっかり困り果ててしまっていた。
 
 ラストは大人の試練のためにいないし、レストは数日前からいきなりいなくなって行方知れずだからだった。
 処理すべき案件も溜まっているが使用人ではどうしようもない。
 
 レストのことは探しているが誰も何も聞いてなければ行き先も知らなかった。
 手紙の内容はハッタリではないとリュードたちは頭を抱えた。

「こんなやり方許せない。俺たちにも手伝わさせてくれ」

 リュードはラストが何かを言う前に自分から申し出た。
 近々捕まるか、逃げ切るだろうと思っていたベギーオがまさかこんなことをしでかすなんて思いもしなかった。

 レストは知らない仲じゃない。
 ラストの姉だし、誘拐して人を誘き出そうとするなんて卑怯なやり方に怒りが湧いてくる。

 レストだって腹違いであってもベギーオの兄妹であるはずなのに、よくこんなことができるものだ。

「……うん、私からもお願い。お姉ちゃんを助けるの手伝って」

 迷った時間はほんの一瞬だった。
 嫌だと言っても、断ったとしてもリュードたちがこんなことを見逃すはずがない。

 こんなことをしておいて話し合いで解決する気はベギーオにはないと誰でも分かる。
 自分だけで解決できる問題ではない。

 リュードとルフォンの手助けがあるなら心強く、ベギーオも仲間を連れてくるなとは言っていない。

「私も……」

「それはダメ」

 クゼナもレストのことは友人だと思っている。
 ラストほどクゼナとレストの仲は良くなくても、クゼナがラストを大事にしてくれていたことは知っているのでレストはクゼナのことを大切な友達だと思っている。

 クゼナもレストを助けに行きたい。
 だけどクゼナには石化病があって、まだ完治していない。

 灰色の足はまた固くなり始めていて、無理をすれば折れてしまうかもしれない。

「嫌よ! 私にも手伝わさせてよ!」

「しゃあ、クゼナにはお願いしたいことがあるんだ」

「……なに?」

「私の領地をお願いできない?」

 足が悪い以上クゼナが一緒に来ることはリスクであり、足手まといになってしまう。
 でもクゼナにはクゼナしかできないことがあるとラストは考えていた。

 レストがいなくなって数日が経って、領地の経営は滞りつつあった。
 文官として処理できる仕事を処理する人はいても好き勝手に出来るものではない。

 誰かがこの溜まった仕事を回していかなきゃいけない。
 けれどラストはすぐにでもレストの元に向かわなきゃならず、レストは誘拐されてていない。

 信頼できる身内はおらず誘拐と領地どちらも立てられない状況に見えるが、今ここにはクゼナがいる。
 クゼナの実の兄であるユゼナがプジャンに領地を奪われる前はユゼナが中心となって、クゼナがその補助をしていた。
 
 つまり領地経営の心得はクゼナにもある。

「私やお姉ちゃんの代わりに領地を任せられる人はクゼナしかいないの。だからお願い。私の領地を守ってほしい」

「…………ラスト、強くなったね」

 頭を下げるラストにクゼナはうなずいて答える。
 ラストは少し見ない間にすごく強い子になっていた。

 力の話ではない。
 クゼナが連れていけない理由をクゼナの出来ることで傷つけないように考え出した。

 素直に頭を下げて最後は真っ直ぐにクゼナの目を見据えた。
 昔は物静かでお人形さんみたいな子だった。
 
 環境がそうさせたのか人と目を合わせることをしなくて、自分の意思を貫き通すことが苦手だった。
 クゼナが少し強く見つめるとすぐに折れてしまうような繊細なラストはいなくなってしまった。

 今はしっかりと自分の意思を伝えて、クゼナの目を見返して信頼し、そんな姿にクゼナもラストを信頼した。
 自分にしかできないこと。
 そんな風に言われては断ることもできない。
「分かったよ。ラストの領地は私に任せて。だけど絶対に、レストを助けてね」

 クゼナも石化病が治っていたらとは思わずにはいられない。
 けれども足手まといになってしまうのはクゼナとしても本望ではない。

 レストとラストのピンチに自分で出て行きたいと思わずにはいられないが、側にいるだけが助けるということではない。
 今はリュードやルフォン、ヴィッツがラストの側にいる。

 ならばとクゼナは思う。
 自分の出来ることでラストを助ける。

 少しでもラストが領地のことを心配せずにレストのために全力を尽くせるように、クゼナは自分の出来ることでラストを助けようと思った。

「必ず助けて戻ってくるよ。そしたら今度こそ王城に行ってお祝いしよ」

「うん。……ラストとレストの2人を頼みます」

 石化病を治す方法も見つけてくれたリュードとルフォンなら。
 頼れるのはこの二人しかいないけどこの二人に頼れるならきっと大丈夫であるもクゼナも信じられた。

 クゼナはリュードとルフォンの二人に深々と頭を下げた。
 馬車の中でもラストは自慢げにリュードのことを話していたほどだから直接の活躍を見ていなくても力は分かっているのだ。

「任せとけ。こんな卑怯な野郎に負けはしないさ」

 レストを誘拐するなんてバカな真似をしたものだ。
 大人しく国から出て一生怯えて暮らしていればよかったものをとリュードは思う。

 レストを取り戻してベギーオに罪を償わせる。
 クゼナに領地のことを任せてリュードたちはすぐさまマガミタ山に向かって出発した。

「それにしても目的は何だろな」

 クゼナも降りたし全速力で走るためにリュードも馬車の中にいた。
 ラストを呼びつけたいことは分かるのだけど、その先をどうしたいのか理解に苦しむ。

 問題を起こした挙句に逃げ出したのはベギーオでそれらラストのせいじゃない。
 ラストに何かをしたとしてもベギーオが許されることはなく、むしろ罪は重たくなってしまう。

 国内に留まれば留まるほどにベギーオのリスクは上がっていくのに最終的な目的はどこにあるのだろうか。
 まさかラストを人質に王様と交渉でもする気なのかと考えてみるけどどれも無理がある話で、丸く収まりそうな答えは出てこない。

「分かんない……昔からベキーオは私のこと敵対視してたけど……ここまでのことするなんて」

「仮に成功したところでベキーオの立場なんてないのにな」

「それに正面から戦わないなんて卑怯者だね」

 王様であるヴァンが特に可愛がっているラストに手を出せば残った慈悲すらなくベギーオは窮地に追い込まれることは目に見えている。
 狂人の考えは理解し難い。

 リュードはため息をついた。

「まあなんでもいい。俺たちは俺たちのできることをするまでだ」
 
 ベギーオを倒してレストを助ける。
 そして全てを終わらせて美味いもんをたらふく食べるのだと前向きなことを考える。

 徒歩では何日もかかった道のりでも馬を使えば早い。
 ずっと走り通しで馬にはかなり無理をさせることになってしまったが渓谷手前の町までかなり早く来ることができた。

 そこで宿を取り、馬車と馬を預ける。
 どの道山は馬車で登っていくことができないのでここで置いていき、残りは徒歩で移動することにした。
 
 休憩もそこそこにマガミタ山に向かった。

「来いと言われたどこに行けばいいんだ?」
 
 さて山の入り口まで来たはいいものの、そこからどうしたらいいのか分からない。
 ざっくり山に来いと指定されたが麓から山頂まで山の範囲は意外と広い。

 山頂にはモノランがいるので山頂まではいかなくてもどこに行けばいいのか言われていない。

「お待ちしておりました」

 入り口付近には誰もいない。
 とりあえずと思って少し山を登ったところにリュードたちを待ち受ける人がいた。

 頬のこけた怪しい目つきをした長身の男。
 どうやら血人族らしく、リュードも剣に手をかけて警戒する。

「あれはイセフよ。ベギーオの右腕ね」

 ろくに話したこともないけどベギーオの腰巾着だったイセフの顔は知っている。
 ベギーオよりも直接的に嫌味を言うクソ野郎だとラストは思っていて、イセフのことは嫌いだった。

 兄にはお似合いの副官だとは逆に思う。

「お姉ちゃんはどこ、無事でいるの?」

「……こちらに」

「答えなさいよ!」

「落ち着け」

 ラストの質問を無視してイセフは背を向けて歩き出す。
 今にもイセフに襲いかかりそうなラストを止める。

 イセフは道案内に来ているだけだ。
 ここで後ろから襲い掛かってもレストは助けられないどころか不利になってしまう。

 人質を取られている以上は慎重に動かねばならない。
 ラストは強く手を握り締めてイセフの後を追う。

「どこに向かってるんだ?」

 イセフは一言も口を開くことなく道を歩いていく。
 以前リュードたちが通るはずだった山の中腹ぐらいのところをグルリと通って反対側にいく道だった。

 道中でモノランにあって山頂まで行ってそこから下りていったから途中からは知らない道となる。
 入り口側から来て4分の3ほど進んだところに山がえぐれたような平らなところがあった。

「よく来たな、我が妹よ」

「お姉ちゃん!」

「おいおい、俺は無視か?」

 そしてそこにはレストに剣を突きつけるベギーオの姿があった。

「勢揃い、だな」

 ベギーオだけではなく、プジャンとバロワの2人までベギーオの後ろにいた。
 ラストを始めとして大領主が四人ともこの場に揃っているのだ。

「あんたお姉ちゃんに何をしたの!」

「はっ、うるさいから少し教育してやったのさ。自首しろだのこんなことやめろだの俺の耳を煩わせてくれたからな」

 剣を突きつけられたレストの頬は赤く腫れ上がっていた。
 話し合いで解決出来ないかと説得を試みたレストにベギーオは暴力で答えていた。

「何が目的なの!」

 今すぐにでも助けたいけどレストの首に剣が迫っていて動けない。

「お前だよ」

 ベギーオの目は濁っていてそれでいながら深い恨みと怒りが見える。