「最初から本気で行くぞ!」
デュラハンを相手に余裕をかましている暇はない。
リュードはクロークを脱ぎ捨てて魔人化する。
こんなこともあろうかと魔人化することを見越した緩めの服を着てきていた。
中には戦闘衣も身につけているし、魔人化する準備も万端だった。
尻尾がある以上ズボンのお尻の部分だけはどうにもならないので破けてしまうけど必要な破損だからしょうがない。
(……美しい)
戦闘の最中だというのにラストはそう思ってしまった。
血人族は竜人族や人狼族のように完全に見た目が変わってしまう魔人化ではない。
なので竜人族や人狼族のように真人族の姿と魔人化した姿の両方でそれぞれ好みがしっかりあるとは言い難い。
真人族よりは理解があって見た目に多少の好みはあるけれど、基本は真人族の姿が見た目の好みを語る上で基準とされる。
けれども血人族の魔人化には翼がある。
そのために血人族には翼の美しさという好みの価値観が存在している。
個人の好みなのでどのような翼が好きなのかは個人の感覚でしかないがラストの好みは美しくて力強い翼だった。
リュードは竜人族であり、竜ではない。
なので背中に翼は生えていないのだけれど、ラストは確かに見たのだ。
リュードの背中に翼が生えていたらこのようなのではないかという翼が。
ドラゴンのような分厚く力強い大きな翼が背中に生えていたのだ。
もしもリュードに翼があったならという完全にラストの妄想なのだけれど、本当に翼があったら戦闘中にも関わらず完全に見惚れてしまっていたかもしれない。
「ラスト、行くぞ!」
「あっ、うん!」
かもしれないじゃなく、妄想ですら見惚れていた。
リュードが本気を出したからとラストも本気を出して魔人化をする。
体の中の力に集中して、一気に爆発させるように解放する。
背中がムズムズとする感覚があってラストの背中に生えていた翼が大きくなった。
コウモリのような黒っぽい大きな翼が服を突き破りラストの背中から伸びて、ラストの瞳がより赤く鮮やかになる。
牙が伸びてチラリと唇の隙間から見える。
見た目の変化としては竜人族のリュードに比べると遥かに小さいがこれも立派な魔人化である。
ヴィッツが魔人化しても背中の翼と牙が伸びるぐらいでラストのように瞳までより鮮紅に染まるのは先祖返りであるからである。
「思ってたよりいいじゃないか」
「そ、そう? ならよかったかな」
血人族という名前にふさわしい魔人化であるとリュードは思う。
見た目の変化以上にラストから感じられる魔力もしっかりと強くなっている。
「さて……」
対峙するデュラハンは剣を持っていた。
投げて門を破壊したはずの剣である。
スケルトンなどと違ってデュラハンに関しては野生であっても生まれ持った時から武器を所持している。
拾った物であったりダンジョンから与えられた物ではない。
デュラハンから生み出された剣であってデュラハンの体の一部と言ってもいい。
生み出したのはデュラハンであるので何度でも剣を蘇らせることができる。
なので門に投げた剣は消滅させて新たな剣を作り出していたのである。
「改めて対峙すると強そうだな……」
大きな門を破壊するだけはあって圧力のような魔力を感じる。
出し惜しみなんてしていられないとリュードは持ってきた最上級の聖水を惜しげもなく剣に振りかける。
聖水の神聖力を受けて黒い刃が白い光を放ち出す。
ラストはムチを巻いて腰につけ、使い慣れた弓を手に取る。
矢と弓に聖水をふりかけてラストも準備する。
敵がデュラハンだけとなったのでムチよりも弓矢の方がいいと判断したのだ。
「こいよ、この戦い終わらせようぜ!」
リュードの声に反応してなのかデュラハンが乗っている鎧の馬の腹を蹴って走らせる。
デュラハンは馬の勢いを乗せた切り上げ攻撃でリュードを狙った。
ほんの一瞬正面から受けてみようかと思ったけれど危険だと瞬時に判断してリュードはデュラハンの切り上げを受け流す。
受け流したはずなのに手が痺れるほどの衝撃にデュラハンの強さを思い知る。
「クッ、ラスト、まずは馬からやるぞ!」
リュードに一撃加えたデュラハンはあっという間にリュードから距離を空けている。
馬に騎乗しての攻撃なので攻撃と移動が一体で反撃に出る隙もない。
一撃離脱が強すぎる。
馬の勢いも剣に乗ってくるし反撃ができない。
将を射んと欲すればまず馬を射よなんて言葉もある。
本当にその通りにする言葉でなく例え話なのだけど実際の場面でもそうするのが良さそうである。
「ラスト避けろ!」
しかしデュラハンもバカではない。
再び駆け出したデュラハンが狙ったのはリュードではなくラストだった。
まずは厄介な弓の使い手から倒してしまおうとデュラハンも戦略を考えていた。
「やぁっ!」
デュラハンの攻撃をラストが横に転がって回避する。
剣は空を切るがデュラハンは馬の足を止めない。
グルリと回ってきて再びラストを狙う。
「させるか!」
馬が急に反転して走るわけにもいかない。
弧を描くように走っているデュラハンの馬の軌道をリュードは読んでデュラハンに切り掛かる。
デュラハンもリュードを忘れていたわけがない。
けれどリュードは初めての状況なのに適切に対応をしていて馬の前に先回りするように剣を振り下ろしていた。
馬の足が止まり、立ち上がった馬の前足がリュードの頬を掠める。
多少無理矢理だったけれど上手くいった。
リュードとデュラハンの切り合いになる。
とりあえず馬の足は止められたけれど馬上から振り下ろされるデュラハンの剣は重たくて受け流すのも精一杯だった。
反撃もしっかりと防がれていて中々攻めきれない。
むしろリュードが押されている。
アンデッドであるデュラハンには腕の痛みという概念もない。
無理なストップアンドゴーも構わず、常に全力で剣を振り、想定していない角度からも剣が飛んでくる。
リュードも負けじと反撃をするけど様々な条件がデュラハンに有利であって攻めきれない。
最上級の聖水を使った神聖力を付与しているので当たりさえすればデュラハンにもダメージがある。
デュラハンはそれをわかっているのか巧みに防御してくる。
巧みというか防御もリュードなら無茶な腕の角度もデュラハンには難しくないので防いでくるのだ。
騎乗しているので高くてやりにくいということもあるけどデュラハンには頭がない。
デュラハンは左手に剣を持ち、右手に頭を持って戦っている。
手に持った頭をリュードから遠ざけるようにしているために頭を狙うことができない。
フルフェイスの兜っぽい頭は中身がわからないがどう動いてもリュードの攻撃が当たらない位置にある。
これもまた厄介ポイントの一つだ。
リュードが足を止めた激しい切り合いでデュラハンの意識を引きつける。
「くらえー!」
しかし目がどこにあるかも分からない馬はラストが馬に向かって矢を放ったのを見ていた。
前に出てかわしてしまうとデュラハンが背中をリュードに晒すことになる。
馬は自分で考えて後ろにステップするようにラストの矢をかわした。
けれどデュラハンの馬は続けざまに放たれた2本目の矢までは気づくことができなかった。
いきなり動いたのでデュラハンは僅かにバランスを崩しており、これ以上動くとデュラハンを振り落とすことになってしまう。
見た目は不思議でも中身は知能が低めの馬。
判断し切ることができないでいたデュラハンの馬に矢が刺さり爆発する。
馬が倒れて、デュラハンが投げ出される。
鎧っぽい馬には爆発はあまりダメージがなかった。
ほとんど驚いて倒れただけのようなデュラハンの馬にリュードは剣を振り下ろした。
神聖力の助けもあったリュードは馬の首を切り落とし、デュラハンが立ち上がった時には馬はしっかりとトドメを刺されて動かなくなっていた。
「リュード後ろ!」
「おっと!」
痛みを感じないデュラハンは馬から落ちて地面に叩きつけられたとしても怯むこともない。
すぐさま切りかかってきたのをリュードはサッと回避する。
もしかしたら馬を倒された怒りなんてものもあるのかもしれない。
そのままデュラハンは攻勢を強めてリュードに切りかかり続ける。
「くっ、重たい!」
デュラハンの持つ剣は大きい。
質量だけならリュードの剣よりもさらに重そうに見える剣をデュラハンはコンパクトに振り回す。
リュードが同じような速度で剣を振ろうと思ったら絶対に腕のどこかを痛めてしまうだろうがデュラハンにはそれが出来る。
剣の技量も高く素早く攻撃は油断すると一気にやられてしまうほど破壊力がある。
一度立て直したくてもデュラハンがしつこくリュードに切りかかり、リュードはデュラハンの剣を防ぐのでいっぱいいっぱいになっていた。
反撃する隙もなく、重たいデュラハンの剣をなんとか受け流していた。
リュードは疲れを知らないスケルトンともここまで戦い通してきて体力的にも万全ではない。
このまま疲れを知らないデュラハンを前に防戦を続けてしまうと結果は目に見えている。
けれどリュードの顔にはまだ余裕が見えていた。
なぜならリュードは1人で戦っているのではないから。
「こっちもいるよ!」
デュラハンの斜め後ろに回り込んだラストが矢を放つ。
頭は手に持っているし目が見えているのかもアンデッドにしか分からない。
ただデュラハンはラストの矢に反応してみせた。
やはりこのデュラハンは剣士としても卓越しているとリュードは舌を巻く。
振り向きざまにデュラハンはラストの矢を縦に切り捨てようとした。
デュラハンの剣の刃が矢の先端に当たった瞬間、込められた魔力が爆発した。
「忘れてもらっちゃ困るよ!」
この戦いはラストとリュードの戦いで、1人じゃない。
「いいぞ!」
リュードもすぐさまラストに続く。
狙いたいのは弱点だけどデュラハンの弱点はわからない。
首を切り落としたいところだけどデュラハンの首はすでに落ちている。
怪しいのは頭だけど手に抱えた頭を狙うことは難しい。
とりあえずラストの方に振り向いて背中をさらすデュラハンを切りつける。
最上級の聖水は効果も高い。
アンデッドの中でも強敵であるデュラハン相手にもしっかりと効果を発揮して、デュラハンの背中が大きく切り裂かれた。
鎧が切り裂かれて中が露出する。
チラリと見える鎧の中は闇が広がっていてどうなっているのか分からない。
爆発で怯んだのも一瞬でデュラハンはすぐさまリュードに反撃を繰り出す。
「うっ……なんだこれ」
頭が痛くなるようなキーンとした音がした。
何かの鳴き声のようにも聞こえたそれと同時にデュラハンが黒い魔力に包まれる。
「うわっ、ヤバっ!」
「リュード!」
黒い魔力に包まれた剣がリュードに迫った。
振り下ろされた剣をリュードが間一髪でかわしてデュラハンが地面を叩きつけて衝撃で土煙が上がる。
ラストからはリュードは無事なのか土埃のせいで見えない。
デュラハンが出てくるかもしれないと身構えるラストの耳に金属音が聞こえてきた。
土埃の中で戦っている。
「うっ!」
呼吸もできないような土埃の中で黒い影が動き剣が目の前に現れる。
デュラハンにはリュードの場所が見えているらしく正確にリュードのことを追撃してきていた。
「チッ……ずるいな」
むやみに手を出すとやられてしまうので反撃は諦めて完全に防御に徹することにした。
受け流しを主体に回避しながら視界が晴れるまで必死に耐える。
デュラハンの姿がぼんやりとしか見えないために直前に来た剣に対応するしかない。
むしろリュードの集中力は最大限に高まって攻撃を防ぎ続けていた。
「うぐっ……!」
上手く防御できていたもののリュードの方も全くの無傷ではなかった。
デュラハンの魔力をまとった一撃はとんでもなく重たく、受け流した剣を持つ手が痺れていた。
圧倒的なパワーを完全に受け流すだけでもかなり難しいことだったのである。
魔人化しているのにも関わらずパワーで押されるのだから反省や焦りがリュードの頭の中に浮かんで剣の腕を鈍らせかける。
もっと力があれば、もっと技術があって完璧に受け流せたらと思わずにいられない。
デュラハンの剣をかわし切れなくて頬の鱗が弾け飛んで血が滲んでくる。
痛みに怯んでいる暇もない。
事前に聞いていたデュラハンよりもずっと強く、ダンジョンブレイクのためにこうなった異常な個体である可能性が頭をよぎった。
「う……」
受け流し切れなくて剣先が腕を掠めた。
効くかわからないけど雷属性の魔法を試してみようかとも考えた。
「やっと見えた!」
けれどもリュードが魔法を試す前にラストが土埃の向こうにうっすらと姿の見えたデュラハンに向かって矢を放った。
リュードに集中し、視界の悪い土埃の中でデュラハンは飛んでくる矢に気づくことが遅れた。
間に合わないので回避ではなく防御しようと剣の腹でラストの矢を叩き落とそうとした瞬間に矢は爆発した。
何か触れた瞬間に爆発してしまうので切ろうが叩き落とそうが関係ない。
「離れろ!」
またデュラハンにほんのわずかな隙ができる。
リュードは素早くデュラハンの懐に入り、デュラハンの脇腹を力いっぱい殴り飛ばした。
デュラハンが吹っ飛び、土埃の中から飛び出してきて地面を転がる。
ちょうど舞い上がった土埃も落ち着いてリュードの姿も見えるようになった。
リュードの体には防ぎきれなくて何箇所かに傷があった。
これぐらいで済んだのなら運良くて軽い方なのだけど、竜人化した姿でケガをしたことなんてルフォンでも見たことがなかった。
「リュード、大丈夫?」
「もちろんだ。むしろ……」
むしろ楽しいとすら思ってしまっている。
こんな風に実力の拮抗した相手と戦うことは滅多にない。
自分の未熟さに気づき、全力で防御させてもらえることでより改善点も見えてくる。
不謹慎だという輩もいるかもしれないけれど戦い1つ1つが自分を伸ばす糧となるのだ。
戦いの中に喜びを見出す。
転生前までの自分ならあり得ないことだけど今の竜人族のリュードはもう骨の髄まで魔人族である。
戦いに生きる一族の考えがリュードの中にも染み付いていた。
あれだけ激しく動いたけれど、動いたことで体を魔力が巡り疲労感もそんなにない。
今なら反撃まで及ばなくてもデュラハンの攻撃を受ける気はしないとすら思えるほどに気分が高揚している。
リュードは戦闘中にも関わらずまた1つ成長をしていっているのである。
「いいぜ、まだ戦おうか」
ベッコリと脇腹の鎧を凹ませたデュラハンが立ち上がる。
黒い魔力は相変わらずデュラハンを覆っていて、見ているだけで威圧感がある。
リュードとデュラハンが同時に駆け出して剣が交わる。
正直まだ反撃まで手は回らないけれど防御に徹すれば負ける気はしない。
手にかかっていた衝撃がだいぶ小さくなった。
デュラハンが弱くなったのではない。
リュードがより効率的にデュラハンの攻撃を受け流して防いでいるのである。
「チャージショット!」
射線がリュードに被らないように回り込んだラストが弓を射る。
「おっと……」
なんだ、とリュードは疑問に思った。
これまでリュードを殺す気でしっかりと狙ってきたのに今の一撃はなんというか、狙いがちょっと外れていたように感じられた。
リュードが迷いなく回避することを選ぶような位置に剣を振り下ろされて違和感を覚えた。
まさか疲れてきたなんてことあり得るはずがない。
意図があると思ったのだけど戦いの最中思考にふけるわけにはいかず気づくのが遅れた。
「なっ!」
「危ない!」
ラストが矢を放っていたことはわかっていたデュラハンも3度目の射撃となると馬鹿でもないので対策を練ってきた。
爆発する矢は防御してはならなくてかわさなくてはいけないと学習している。
リュードは力ではデュラハンに敵わないので受け流すか回避を防御行動として取っている。
かわせそうならかわした方がいいのは当然のこと。
デュラハンはリュードがかわすだろうことを予想して少しズレた軌道で剣を振り下ろした。
これまであまり体をうごしてこなかったデュラハンがサッと横に動いた。
デュラハンの後ろからはラストの矢が飛んできていた。
なんとデュラハンは巧みにリュードのことをラストの矢の前に誘導してみせたのだ。
「うぅっ!」
触れれば魔力が爆発するので矢に触れて防御してはいけない。
咄嗟の判断でリュードは体を捻って矢を回避した。
けれども矢をかわしたリュードに間髪入れずにデュラハンが切りかかる。
下から切り上げるデュラハンの剣をリュードは受け流すことができずにまともに防御してしまった。
リュードとデュラハンの剣がぶつかって力勝負になる。
しかし保たれた均衡は一瞬だった。
デュラハンの力はリュードの力よりも強いので当然である。
ミノタウロスの時もケガをしていて奇襲でなければ力で勝つことなんてできやしなかった。
疲れもケガも関係のないデュラハンは普通にフルパワーでリュードとの勝負に挑んできた。
後ろに大きく吹き飛ばされたリュードはあえてその勢いを受け入れた。
空中で姿勢を整えて着地でもう一度後ろに飛び上がって下がりデュラハンと距離を取る。
「ラスト!」
追撃を警戒していたリュードの方にデュラハンは来なかった。
「あっ、こっち?」
リュードを吹き飛ばしたデュラハンはすぐさまラストの方に走り出した。
先ほどから周りを回って弓を射てくるラストのことを厄介だとデュラハンは判断した。
先に倒すべき相手はリュードの支援をしているラスト。
デュラハンは恐ろしい速さでラストとの距離を詰めてきた。
「ラスト!」
「私だって戦えないわけじゃないんだからね!」
ラストも後ろに下がりながら腰につけていたムチを取ってデュラハンに攻撃する。
神聖力で淡く光るムチが迫ってもデュラハンは止まらない。
ムチを切り裂きながらさらにラストと距離を詰めて目の前まで近づいた。
黒い魔力をまとう剣がラストに振り下ろされる。
「舐めるなぁ!」
ラストは実戦経験に乏しい。
剣などの主だった武器はあえて距離を取ってきたし戦う必要もほとんどなかった。
大人の試練ではリュードが前に立ってラストは弓で戦っていたし接近戦闘おける経験はあまりなかった。
それでも持ち前の身体能力でラストはデュラハンの剣を回避した。
ただラストの回避はリュードと違って動きが大きく何回も回避を続けられるものじゃなかった。
段々と回避がギリギリになっていくのはラストが慣れてきたからではなくデュラハンがラストを捉えつつあったから。
「こっち……がっ!」
もうラストの回避も限界。
そのタイミングでリュードがデュラハンの後ろに迫った。
完全にリュードのことを見ていない隙をついてリュードは剣を振り下ろす。
体の向きからリュードのことなど見えていないと思い込んでいた。
実際デュラハンにはリュードが見えていない。
だってデュラハンには目がないからである。
ではスケルトンなどの目がない魔物はどうやって周りを知覚しているのか。
それは魔力を感じ取っているのである。
魔力は生きているものが必ず発している。
実際スケルトンは大雑把にしか魔力を感じられず視界と同じように見えているような範囲にないと感じられない。
けれどデュラハンにまでなると違う。
例え真後ろであっても隠れていてもデュラハンには見えているのである。
剣を上げてリュードの攻撃を防御したデュラハンは振り返りながら後ろのリュードの腹に回し蹴りを決めた。
「リュード!」
モロに食らってしまったリュードはぶっ飛んでいく。
大きな剣を振り回すデュラハンの力は強く、たかが蹴りであっても油断できない威力がある。
しかしラストが心配する暇もなくデュラハンはラストの方へと攻撃を再開した。
「甘いよ!」
ラストもやられっぱなしではいかない。
回避は難しいと判断して大きく飛び上がったラストは翼を羽ばたかせた
背中の翼は飾りではない。
魔力を込めて羽ばたかせると空を飛ぶことができる正真正銘の翼なのである。
ただし長時間飛んでいるとすごく疲れるし魔力も結構使う。
有翼種の人たちのように自在に飛んでいられるってことではない。
ラストはというか血人族はあんまり空を飛ぶ人たちでもないので飛行はできるけど、飛ぶのもあまり上手くない。
ただ今は不慣れな飛行でも十分でデュラハンの攻撃圏から離れることができた。
「うへっ!?」
追撃の手はないと思っていたらデュラハンはまだ諦めていなかった。
デュラハンは剣を逆手に持って腕を上に引く。
上半身も逸らして力を溜めて、魔力が剣を持つ左腕を中心に渦巻く。
ラストの背中にぞくりとした感覚が走り嫌な予感がする。
「ヤバっ……!」
門を破壊した時と同じく剣を投擲するつもりだとすぐに察した。
飛ぶことに慣れていないラストはようやく飛行体勢が安定したところでどこかに飛んで回避するまで動くことができない。
やるならこのまま飛ぶのをやめて落ちるぐらいだけどそうなると今度はデュラハンも飛ぶことを想定しながら戦ってくる。
もう一度飛んで逃げることなんて許してはくれないだろう。
「……私も、出来る。私なら倒せるとでも思った?」
守られているだけが自分じゃない。
こんな時にもちょっとリュードが何とかしてくれるんじゃないかと考えている自分がいることに気づいた。
ほとんどリュードに頼りっぱなしのような気がしてきて自分に苛立った。
もう子供じゃない。
大人の試練を乗り越えて大人になる。
ただ誰かの後ろで守ってもらってばかりの自分から脱するんだと覚悟を決めた。
門が壊された時リュードは多くの冒険者がいる中で1人前に出てデュラハンの剣を防ぎ切った。
何かに立ち向かう勇気。
リュードの背中からラストはそれを感じていた。
「負けない!」
デュラハンが腕を振り、剣を投げた。
黒い軌跡を残して真っ直ぐラストに向かって剣が飛んでいく。
どうしてそんなことをしてしまったのかラストには分からない。
多分リュードみたいにって考えたからリュードみたいにしようとしたんだと思う。
ラストは持てる魔力を可能な限り弓に込めた。
両腕を振り上げて、力一杯振り下ろす。
何とラストはデュラハンの剣に対して弓をぶつけにいったのである。
かなり丈夫に作られた弓ではあるが、そんな用途を想定はしていない。
先祖返りの膨大な魔力を込めてデュラハンの剣と衝突した弓は悲鳴を上げた。
剣との衝突、そして膨大な魔力によってラストの弓は粉々に砕け散った。
代わりにその効果はあった。
ラストはデュラハンの剣を弾き返すことに成功した。
それもデュラハンの方に向かって剣は飛んでいった。
「リュード……あとは任せたよ」
魔力が無くなって背中の翼がシュルシュルと小さくなる。
砕けた弓で両手も傷ついているし、ゆっくりとラストは空中から落ちていった。
「よくもやってくれたな!」
激しく魔力同士がぶつかった結果に弾き返したデュラハンの剣はすごい勢いで飛んでいき、デュラハンの左腕を切り落とした。
デュラハンも避けようとはしていたけれど間に合わなかった。
さらにそこにリュードが迫る。
左腕を切り落とされたデュラハンは完全に隙だらけで防御方法となる剣も持っていない。
ラストが命懸けで作ってくれた大きなチャンスを逃してはならない。
時間が経ってリュードの剣に込められた神聖力は失われているけれどリュードの力まで失われたわけじゃない。
「おりゃああああっ!」
切られることに抵抗する魔力の反発を押し切ってデュラハンの体を袈裟斬りに真っ二つにする。
神聖力がないと非常に手応えが重たかったがリュードの魔力と力はデュラハンの抵抗を跳ね除けた。
胴体が真っ二つにされてデュラハンの重たい鎧の体がガシャリと音を立てて地面に倒れる。
「まだ死なないのか」
アンデットに対して死なないのかという言葉は不適切かもしれないが、デュラハンは真っ二つにされてもまだ動いていた。
デュラハンの体がくっついても嫌なので足を切り、2つになった胴体を離しておく。
思い切り剣を振り下ろさなければ足も切れず、聖水をかけてからやればよかったと後悔した。
「どうやったら倒せるんだ、これ? まあいい。ラスト、大丈夫か?」
とりあえずデュラハンは無害化された。
動いていると言っても腕でゆっくりと地面を這いずっているだけで脅威ではない。
倒すのは後回しにして、ラストに駆け寄る。
飛べたことも驚きだったけど剣を弾き返すなんてことも驚きだった。
ラストは地面に落ちたけど大きなケガはなく、お尻をさすっていた。
ラストの翼による飛行は翼による補助をしながら魔法で飛ぶ行為になる。
魔力が無くなって落下したラストだったけれども飛行は魔法であって魔力がなくなった瞬間に解けるものではなく落ちる速度は意外とゆっくりだった。
ふわりと落ちていって最後あと少しのところでドスンと落ちたのでお尻は痛んでもケガはなかったのである。
「立てるか?」
「うぅ〜気持ち悪い〜」
「魔力不足だな」
デュラハンの剣を弾き返すのに魔力をほとんど使ってしまった。
ラストは魔力が多いので経験したことがなかったが、魔力が無くなるとほとんどの人には異常が出る。
全くのゼロになると気も失ってしまうこともあるし、ラストのように魔力がギリギリまで少なくなると気分が悪くなってしまうこともある。
気分が悪いだけならまだ軽い方なので問題はない。
リュードが手を差し出すとラストは遠慮なく手に体重をかけて立ち上がる。
「デュラハンはもう倒したも同然だ」
ラストの無事を確認してリュードは笑顔を浮かべる。
まだデュラハンは倒していないのでトドメを刺しにいこうとラストの手を引く。
「うん、気持ち悪いな」
デュラハンはまだ動いている
上半身は真っ二つになって足もどうにか破壊したし左腕もラストによって切り離されている。
なのにデュラハンは倒されていない。
腕のついた上半身は這いずって動いているし、足や腕のない上半身部分も動こうとしているのかカタカタと震えている。
「もうちょい分断してみるか」
どうしたら倒せるのか分からなくてリュードは聖水をかけた剣でデュラハンをさらに切ってみる。
気味が悪い光景でどれだけ細かくしてもデュラハンが倒せそうな気がしない。
「うーん……」
「何か気づいたか?」
ただ倒せない不死の魔物であると聞いたこともない。
方法がきっとあるはずだ。
「んと、多分だけどデュラハン、あれに向かってない?」
「あれ? あれは……頭か」
デュラハンはリュードたちが近くにいても目もくれていない。
目的に向かって移動しているようにラストには見えていた。
デュラハンが向かっている先には転がっている黒いデュラハンの頭があった。
近くにいる敵よりも頭の方に向かうことを優先しているとラストは感じていたのだ。
ラストの言葉でようやくリュードもデュラハンが頭に向かっていることに気づいた。
そう言われてみると戦闘中もリュードの攻撃に対してやや頭を庇うようにしていた気がしないでもないと思った。
戦闘中は難しくて頭を狙ってみようと考えもしなかったが、大して必要もないものなら側に置かずに両手で剣を振った方が強そうなものである。
常に頭を持っているには理由がある。
「つまりあれがデュラハンの弱点なのか?」
リュードが頭の方に近づいていくとデュラハンの動きがわずかに早くなる。
デュラハンにとってこの頭が大切なものであることは間違いないと予感させる珍しい変化だった。
大丈夫か不安だけど頭を手に取ってみる。
見た目はフルフェイスの兜だけど首のところから中を見ようとしても真っ暗で見えない。
どうなってるのか疑問には思うけれど、触って確かめる勇気も出ないので秘密は秘密のままにしておく。
「リュード来てるよ!」
「あぶね!」
まじまじと頭を見ているといつの間にかデュラハンがリュードの後ろまで来ていた。
剣を出して腕だけでブンブンと振って襲いかかってきたので距離を取る。
ちょっと距離を取れば簡単に危険では無くなる。
慌ててまたリュードに接近しようと腕で這うが、リュードもデュラハンの上半身から距離を取る。
腕力が強いので這いずる速度も意外とバカにできない。
「で、これをどうしたらいいんだ?」
単純に破壊すればそれで終わるものなのか。
必死になっているデュラハンを見れば頭をどうにかすればいいことは分かるのだけど単に壊せばいいものかと首を傾げる。
ダンジョンが閉鎖されていたのでデュラハンまで討伐するような高ランクパーティーもいなかった。
いたらデュラハンの弱点ぐらい聞けることができたのだろうが、今回はさらっとしたデュラハンの情報しか聞けなかった。
デュラハンを倒すのにどうしたらいいのかという知識はリュードの中にもなかった。
とりあえず聖水をかけた剣でぶった切ってみてまだ動くようなら考えようと思った。
「んじゃこうしてみれば?」
もっと手っ取り早い方法があるとラストは聖水の瓶の蓋を開けるとデュラハンの頭にふりかけた。
アンデット系の魔物には聖水を直接振りかけても効果がある。
むしろ聖水を直接かけられるのならその方が効果は高い。
効率の悪い方法なので行うことは少ないけれど動けないデュラハン相手なら剣にふりかけて使うよりも効果がある。
「アッツ!」
「えっ、ごめん!」
ラストがデュラハンの頭に聖水をかけるとカタカタと震え出した。
反応があるので効果があるとラストは惜しげもなくデュラハンの頭に聖水をかけ続けた。
すると突然デュラハンの頭が熱くなった。
持っていられないほどの熱を発し、リュードはデュラハンの頭を放り投げた。
「だ、大丈夫?」
「なんなんだ……危ない!」
デュラハンの頭は大きく振動している。
その異常な様子を見てリュードは危険を察知した。
ラストがまた聖水を振りかけようと取り出して蓋を開けた時、振動していたデュラハンの頭がピタリと止まった。
ヤバいと思ったリュードは咄嗟にラストに覆いかぶさるようにして地面に伏せた。
『デュラハンの頭にはな、聖水をかけちゃいけないんだぜ。なぜなのか誰も知らんが聖水をかけるとな、デュラハンの頭は大爆発を起こすんだ。リスク覚悟で手早く倒したいなら試してもいいかもしれんがな!』
全てが終わった後にそんな話を聞いた。
現段階ではそんなことを知る由もないラストは安易にデュラハンの頭に聖水をかけてしまった。
リュードも知らなかったのでナイスアイデアと思っていた。
「うっ!」
デュラハンの頭が爆発した。
聖水をかけたから爆発したのではなく、最後の抵抗だとすら思っていた。
黒い魔力を撒き散らし同じく黒色の煙が上がって、頭があった周りには小さいクレーターが出来ていた。
「いてて……」
「リュード! 大丈夫!?」
「背中が……ちょっと痛いかな。 せっかく服も破けないようにしてたのにな……」
竜人化の解けたリュードは苦々しく笑う。
爆発の衝撃と痛みで魔人化を維持できなくなってしまった。
ただ魔人化した丈夫な体は爆発に耐えてくれ、背中に痛々しい火傷を負っただけで済んだ。
リュードが魔人化していなかったらそのまま爆発で死んでいたかもしれない。
丈夫な竜人の体に感謝である。
竜人化しても破れないようにと大きめサイズの服を着ていたのだけど、結局背中部分が爆発で消し飛んでダメになってしまった。
ラストもリュードが守ってくれたのでケガはなかった。
押し倒された時リュードの顔が近くにあってドキドキしていたぐらいだった。
「う……よいしょ。押し倒して済まなかったな。ケガはないか?」
痛む背中をおしてリュードが立ち上がって再びラストに手を差し出す。
リュードが無事ではなさそうなので今度はあまり手に力をかけることなく立ち上がる。
「ううん、特にケガはないかな。ちょっと背中が……」
「背中? 背中がどうかしたか?」
「……うぇっ、うん、何でもない! 大丈夫、ケガもないし背中も何でもないよ!」
「そうか? それならいいんだけど。……スケルトンが消えていくな」
スケルトンたちが魔力の粒子となって消えていく。
ダンジョンのボスデュラハンを倒したのでダンジョンブレイクが終了したのだ。
ダンジョンブレイクで出てきた魔物は普通の魔物と変わりがなく、魔力の粒子となって消えるものではない。
けれどダンジョンから出てきたばかりの魔物はまだダンジョンと繋がりが残っていて完全に野生の魔物とはなっていないのである。
ダンジョン周りにいたスケルトンたちはダンジョンからまだ出てきて時間が浅かったのでダンジョンに還っていく。
「リューちゃーん!
終わった?」
「ああ、こっちは終わった!」
それでもブレイクから時間が経って野生と同じようになっているために残っているスケルトンはいる。
ルフォンはスケルトンの異常を見てリュードたちが勝ったことを察してヴィッツに任せて状況確認に来た。
デュラハンはいない。
2人は無事に立っている。
実はリュードの背中はぼろぼろだけどルフォンから見えていなかった。
「リューちゃん!」
「ルフォン、やったぞ!」
「さすがリューちゃん!」
「ああ、でもまだ終わりじゃない! ルフォン、ラスト、残りのスケルトンを片付けるぞ!」
「分かった!」
「でも私武器持ってないよ?」
「ほれ、俺の予備の剣だ」
リュードはマジックボックスの袋の中から予備で持っていた普通の鉄で作られた剣を取り出してラストに渡す。
リュードに合わせたものじゃなく普通の剣である。
「もう邪魔する奴もいないし剣ぐらい使ってもいいんじゃないかな?」
「……そうだね!」
リュードはポーションも取り出して1本をラストに渡す。
「これ飲んどけ」
「何これ?」
「ポーションだ。少しでも体力回復させておいた方がいい」
「あ、うん……あれ、これ苦くない……」
覚悟を決めた表情でポーションを飲んだラストは驚いた。
ポーションといえばマズイものなのだけどリュードに渡されたポーションは苦くなく飲みやすかった。
リュードお手製の味改良ポーションはほとんどジュースみたいなレベルまで改良されていたのであった。
デュラハンもいなくなり、スケルトンがダンジョンに還ってだいぶ数が目減した。
あと少し、これで最後だと自分を奮い立たせてリュードたちはスケルトンと戦い始めた。
モノランが頑張ってくれて、ルフォンとヴィッツも加勢していたので残っているスケルトンはそんなに多くもなかった。
そんなにめざとく全部を倒す必要もない。多少離れていて向かってこないスケルトンは後で落ち着いてから探して処理しても問題はない。
「ラスト、本当に大丈夫か?」
どうにもラストの動きがおかしいとリュードは感じた。
何がおかしいのか聞かれても困るのだけど動きに違和感があるのだ。
ラストは普通レベルには剣も扱える。
剣は特に特別な作りでもなく普通のもので取り回しに苦労はないはず。
見ていて変、というかあまり見れないのである。
やたらと消極的でリュードの前に出てこない。
やっぱりケガでもしてるんじゃないかと思ったが後ろを振り返ってみるとラストは普通に戦っている。
ただ周りを、リュードの方を気にしながら戦っているように見えた。
ケガをして、それがバレないように無理をしているのではないかと心配になった。
「やっぱり背中を……背中…………ラスト?」
さっき背中が何かと言いかけたので背中を痛めたのだとリュードは確認しようとした。
しかしラストはリュードに背中を見せない。
まるで鏡に映っているかのようにラストはリュードの正面をキープする。
2人して円を描くように移動する。
なぜかラストの表情は必死だ。
理由がわからなくて困惑する。
ケガをしているにしてもあまりにも態度がおかしすぎる。
「ラスト……?」
「な、なんでもないの! 別に背中も痛くないしなんでもないの!」
「わぁ、可愛い翼!」
「ほら、申しましたでしょう? 昔はよくパタパタと動かして見せてくれたものです」
周りのスケルトンはおおよそ片付いた。
ルフォンとヴィッツもリュードたちに合流しに来た。
「み、見ないでぇ!」
リュードに背中を見せないラストの後ろから2人は来た。
そんなルフォンが見たのはラストの背中だった。
魔人化して大きくなった翼によって背中が破けてしまっていて、白い陶磁器のような背中に小さくて可愛らしい翼が一対見えていたのだ。
ラストは途端に顔を真っ赤にして飛び退いた。
誰にも背中が見られないようにみんなから距離を取った。
ラストの態度がおかしかったのはこの背中の翼を見られたくなかったからである。
リュードやルフォンのように先祖返りのラストは通常状態でも翼が残ってしまっていた。
ただミニチュアで非常に可愛らしい翼なのでラストはいつからか翼を見られるのが恥ずかしくなってしまったのである。
だからリュードに対して正面を向き続けたり戦いの最中は前に出なかったりした。
魔人化して戦うなんて戦闘経験のないラストは背中が露わになってしまうことなんて想像していなかった。
そのために魔人化して翼が大きくなった時に服の背中側が破けてしまっていたことに気づくのがだいぶ遅れたのだ。
デュラハンの頭が爆発してリュードに押し倒された時に地面の感触が背中に直に当たるのを感じてようやくラストは背中が丸見えなことに気づいた
「ふむ」
「ダ!」
「ふふーん」
「ダメェ!」
ルフォンと視線を合わせてちょっとしたイタズラ心で2人して後ろに回ってみようとする。
ものすごい勢いで後ろに下がるラスト。
このままではどこかに行ってしまいかねないのでほどほどところでやめておく。
「ラスト、ほら」
リュードは最初に投げ捨てたクロークの土を払ってラストに投げ渡す。
「着とけ」
かく言うリュードも爆発のために背中丸出しなのだけどラストの背中の方が大事である。
「あ、あんがと……」
リュードサイズのクロークはラストにはちょっと大きい。
フードまで被ってラストはようやく恥ずかしそうにみんなの側にきた。
「モノラン、そっちはどうだ?」
「だいぶ消耗しました。ですがまだ動けますよ」
「もうちょいで終わりだ。背中に乗せてくれないか?」
デュラハンは倒されてダンジョンブレイクは終わった。
スケルトンの援軍はもう来ないし、あとは町のスケルトンを倒すだけである。
デュラハンにある程度統率されていたからスケルトンはチッパに向かっていた。
けれどもうデュラハンはいないのでスケルトンは方々に散ってしまっている。
道中チッパに向かってるっぽいスケルトンはモノランが轢き倒してチッパに向かう。
「早いねぇ」
「うん、景色が流れてく……」
行きはそんな余裕がなかったけれどデュラハンを倒して少しだけ余裕ができた。
空は日が傾いてきてわずかに赤みを帯びてきていた。
そんな中をリュードたちを背中に乗せたモノランが駆け抜ける。
行きよりも遅いけどそれでもリュードたちが走るより断然速い。
「町が見えてきた」
冒険者ギルドの防御魔法はすでに無くなっていた。
聖職者たちの神聖力が尽きて冒険者ギルドは冒険者と聖職者たちの必死の防衛で守られていた。
疲労が限界に近くなっていたけれど倒せば倒すだけスケルトンが減っていく。
新しく追加で来るスケルトンが無くなり、疲労を上回る希望が今の彼らを突き動かしていた。
疲れ果てた冒険者たちは聖水も武器に振りかけるのではなく、もう直接スケルトンにかけて倒したりしていた。
「デュラハンを倒したぞー!」
冒険者が倒れるのが先か、スケルトンが倒れるのが先か。
ギリギリのところで最後の希望がやってきた。
残りの魔力を振り絞ったモノランが演出も兼ねて雷を落とす。
最初来た時とは比べ物にならない細い雷だけど冒険者たちに何が来たのか知らしめるには十分であった。
「あれは!」
モノランがギルド横に着地する。
このまま倒れて眠ってしまいたい衝動に駆られながらもモノランは雷の神様のために、信仰の復活のためには必要だとピシッとかっこよく体を伸ばした。
「デュラハンは倒した! ダンジョンブレイクは終わってもうスケルトンはこれ以上増えないぞ! みんな、あとはこのギルドの周りのスケルトンだけだ!」
黒い神獣にまたがり、黒い剣を持った黒い姿の冒険者。
全てが黒いその姿はお話にあるような英雄とは違っているのだけど、その場にいる人々にとってはリュードは英雄だった。
“黒き英雄”
冒険者の間で噂されることとなる新たなる時代の若い冒険者の2つ名が生まれた瞬間だった。
「みんな、戦うぞ!」
リュードの姿を見たレヴィアンが剣を振り上げた。
ひょっとしたらというぐらいだった希望が確実なものとなった。
冒険者たちが残りの力を振り絞り、残った聖水をみんなで分けて武器にかけて聖職者すらも武器を持って戦う。
生きている者の生への執着がそこにはあった。
誰ももうスマートさなんてない野蛮な戦いが全ての最後を飾り、地面がスケルトンの骨で白く染まっていく。
「これで……最後だ!」
体力に自信があったリュードでも全身がドロの中にでもいるようで、持っている剣が途方もなく重たく感じられる。
真っ直ぐに振り下ろした剣はスケルトンを真っ二つに両断し、勢いを止めきれずに地面を叩きつけてしまった。
赤い。
人の血ではない。
空が赤くなっていたのだ。
朝から始まり、夕方までかかった戦い。
時間にすればたった1日にも満たない長い戦いが終わった。
「う、うぉぉぉお!」
レヴィアンが雄叫びを上げた。
それがきっかけだったようにみんなが武器を投げ出し、声を上げ、隣の人と抱き合った。
チッパの町が守られたとは言いがたいけれど魔物を退け避難してきた人や冒険者たちは守られた。
勝ったのだ。
涙を流し、ダンジョンブレイクが終わったことを実感し、命あることに感謝した。
「リューちゃん!」
「リュード!」
「おわっ!」
ルフォンとラストがリュードに抱きつく。
受け止めようとしたけどリュードも限界で、3人して地面に倒れ込んだ。
「今回ばかりは死ぬかと思ったな」
「私はリューちゃんと一緒なら大丈夫って思ったよ!」
「私もみんなと一緒ならなんでもできる気がするよ!」
ずっと一歩間違えると終わりを迎えてしまうような危機的状況にあり続けた。
モノランがいなかったらリュードたちはスケルトンに囲まれて悲惨な最後を迎えていたはずである。
「雷は最高だ! 雷の神様ありがとうございます! 雷の神獣に感謝を!」
誰かが地面に座るモノランにお礼を捧げ始めた。
別にお礼することももちろん考えているけれどリュードが説得した通りに雷の神様に対する信仰は高まったようだ。
体力の尽きた冒険者や聖職者たちは次々と地面に倒れ込むように寝始めた。
もう後処理も、帰って寝ることも出来なかった。
「モノラン……最後に頼みがあるんだ」
最後の力を振り絞ってリュードは立ち上がった。
ギルドの横で丸くなるように休んでいるモノランのところまで行った。
「何ですか? もう私も動けませんよ」
「分かってる……俺もだ。もう宿に戻る元気もない。ただこの地面で寝るのはちょっと嫌でな。モノランを枕にしてもいいか?」
「……ふふっ、よろしいですよ。魔力も通ってないのできっとフカフカですよ」
とんでもないお願い。
でもリュードならばとモノランは快くお願いを受け入れてくれて、丸まった体勢から少し体を伸ばしてくれる。
「ありがとう……」
「わーい」
「モノランありがとう!」
「あっ、ちょっとあなたたちは許可して……まあいいです」
リュードが倒れ込むようにモノランの上に寝る。
それを見てリュードの後ろにいたルフォンとラストもモノランのお腹にダイブしたのだ。
許可したのはリュードだけだったのがもう2人も寝てしまった。
神獣であったころはみんな近寄り難くしてきて人と仲良くすることもなかったとモノランは話を聞いていた。
こんな風に人と仲の良い神獣がいても良いではないかとモノランは思った。
「今回は特別ですよ」
3人を囲むようにモノランは再び丸くなって寝始めた。
ダンジョンブレイクを解決した次の日、みんなは疲労困憊な状態であったが少しずつ動き出さねばならなかった
大きな作業としては町中の掃除である。
スケルトンは互いにぶつかり、押し潰してでも進むので町中の至る所に骨が落ちていた。
人骨を使って何かを作ることはできず素材にはなり得ないのでただ片付けるしかない。
「おっ、魔石だ」
「こちらに」
「はいよ」
だからスケルトンって奴は不人気な魔物であるのだけどボーンフィールドダンジョンは一定の人気がある。
理由はダンジョンのスケルトンは確率で魔石を落とすのである。
スケルトンが落とす魔石なのでそんなに良いものでもないけれど、それなりに落ちるので集めると数があって収入になるのだ。
元ダンジョン産スケルトンも不思議なことに魔石をドロップする。
魔物の原理はいまだに解明されない謎なので理由は誰にも説明できない。
でも落ちるもんはありがたく頂戴する。
掃除しているとそこらかしこに魔石も落ちていてそれも拾う作業があった。
リュードは骨をほうきで集めながら見つけた魔石を拾い上げてヴィッツの持っているカゴの中に放り込んだ。
町の修繕費用にも充てられるので適当に骨を片付けて、ついでに魔石を拾いを繰り返す。
こうした魔石も大事である。
門の修繕や命をかけて戦ってくれた冒険者への手当て、聖職者に対する補填など、これからチッパが必要とするお金は莫大なものになる。
魔石のお金はそうしたところに当てられることになるのでみんな疲れた体を動かして掃除と魔石拾いを手伝っていた。
「はぁ〜」
「すごいね……」
掃除だけで数日もかかった。
町の外には白い骨の山が積み重なり、改めてスケルトンの多さを思い知った。
チッパの街を救おうと来た援軍はブレイクが始まってから20日が経ってようやく到着した。
もはやダンジョンブレイクは終わったと隣の町まで報告を飛ばしたし掃除もおおよそ終わっていたので来てもらった意味は薄かった。
とりあえず援軍たちには周囲に散らばってしまったスケルトンの掃討や町の修繕を手伝ってもらうことになった。
完全に遅れてしまったことは分かりきっているので援軍も何も文句は言わずに従った。
この援軍にベギーオ、つまりは来るべき大領主は参加していない。
それどころか援軍は近くの領主が危機を聞きつけて独自に組織して送ってくれたものであったのだ。
ベギーオはどうしたのか。
誰もその疑問を口にすることが出来ずにみなが自分のすべきをことをただ全うしていた。
どの道援軍を20日も待っていたなら絶対に持たなかった。
軍とは言わなくてもそれなりに冒険者なりをまとめて送り出すぐらいならもっと早くもできただろうに大領主は何をしていたのか。
「遅くなってしまって申し訳ございません」
ダンジョンブレイクから数日が経ってリュードたちのところをコルトンが訪ねてきた。
相変わらずの仏頂面であるが口元が青くなっていたり目元に傷があったりと無事な様子ではなかった。
コルトンにも何かがあった。
そう思うに十分なケガをしていた。
「今回につきまして、調査も行いましたがサキュルラスト様とシューナリュード様によるデュラハンの討伐が認められました」
4人と1体ではデュラハンのところに向かったのだけど実際にデュラハンと戦ったのはリュードとラストであり、2人で倒した。
異常事態の中でデュラハンを倒したのだし大人の試練がなんちゃと難癖をつけられても押し切るつもりではいた。
けれど今回はコルトンの方からダンジョンを攻略したのだと認めてくれた。
これはリュードの手回しのおかげもあった。
リュードは事前にジグーズにデュラハンはラストと2人で討伐したものであることを言い含めておいた。
ジグーズも何かを察したように任せておいてくださいと返事をしていた。
周りの人もリュードたちが最大の功労者であって、わざわざそう言うからには必要なことだと分かっていた。
コルトンが調査のためにと話を聞いてみるとその場にいなかったのにみんなが口を揃えてリュードとラストが2人でデュラハンを倒したのだと言うのだ。
国の執政官の取り調べにウソをつけば重罪になるのにみんなそれでも構わないと言ってくれたのである。
そもそもウソでないので捕まりもしない。
そしてコルトンも捕まえる気などなかったし普通にそうなのだろうと思った。
お堅くはあるのだけどそんな融通も効かないものでもない。
今回の事態は明らかに常軌を逸した事態であって通常通りと固執して処理することには限界がある。
「本来でありましたら私が同行して見届ける必要がありましたが私自身の都合と、今回起きたこと、そして周りの証言を勘案しまして、ラスト様がダンジョンを攻略なさったのと少なくとも同程度のことはしたと判断できます。
なので大人の試練は乗り越えたとみなします。つきまして大人の試練の期限にしましても事態の重大さを考えまして、延長することとします」
任された権限を最大限に使ってコルトンはラストに便宜を図った。
上に報告を上げてもこれぐらいのことが起きているなら文句を言うことはできないはずである。
何しろラストは今や一都市の救世主、下手をすればダンジョンブレイクから国を救った英雄であるのだから。