「えいっ!」
しかし剣を抜くこともできずに男は地面に激突して気を失った。
木の上に潜んでいたルフォンは飛び降りて、重力の力も借りて鷲掴みにした男の頭をそのまま地面に打ちつけた。
思い切り地面に頭を打ち付けた男は気を失う。
姿こそ見せなくても監視がバレてしまうようなお粗末な監視役ではルフォンたちに敵うはずもなかった。
「あっ、私がやったのに」
「女性の手を煩わせるわけには参りません」
ヴィッツが地面に顔をめり込ませて気絶する男にとどめを刺した。
これでルフォンたちを監視するものはいなくなったので気兼ねなく動くことができる。
「外は危険ですから。魔物に襲われてしまうこともあるでしょうね」
プジャンならルフォンたちが監視役を片づけた可能性には気づくこともあるだろう。
ただもう監視しているものはいないので何があったのかはルフォンたちしか知らずに闇の中。
外にいる以上は魔物に襲われることもあるので一概にルフォンたちがやったとも言えない。
一応の言い訳は立つ。
そもそも監視をつけていて、それがいなくなったのはお前らのせいだろと文句をつけることができたらの話である。
文句を言ってくる可能性は限りなく無いに等しいけど万が一を考えて証拠も残さない。
ヴィッツは魔法で死体を燃やして身元も死因も分からなくさせておく。
「それでは本格的に探しましょう」
毒草で、しかもあまり情報がないということはきっとそこらへんで簡単に生えているものでない。
ルフォンたちはとりあえず山の上の方に向かうことにしてみた。
イェミェンは色が独特なので視界に入れば分かる。
見える場所にあれば発見できるし、見えなかったら確認しにくそうな場所の目処をつけてそこから潰していこうと考えた。
「うーん、見えないね」
木の上に登ったルフォンが周りを見回す。
「若くて目がよろしいルフォン様でお見えにならないのなら私で見えるはずもありませんな」
山の上に来たけれど山もなだらかで思っていたよりも高くないので見渡せる範囲も広くない。
キョロキョロと周りを見てみたけどそれらしいものは見えなかった。
山は木が多くないのだが、上から見てみると何箇所か木が密集しているようなところがある。
何となく木々が密集しているところを目に焼き付けて、順に巡っていくつもりでルフォンたちは移動を開始した。
目を皿のようにしてイェミェンを探しているけれど一向にそれらしい葉っぱはない。
「やはり素人がそうした薬草や毒草を見つけることは難しいことなのかもしれないですね」
イェミェンについての情報も少ないので事前に調べた赤紫という色に関する情報も正しいかもわからない。
実は色が違ったり、季節によって色が変わる葉もあるのだから今は赤紫ではないなんてこともあり得る。
そんなことを考えながら歩き回っていた。
「ルフォン様……」
「うん、わかってる」
歩いているとまた人の気配をルフォンとヴィッツは感じていた。
気配は二人のことを囲むようにして多く感じられる。
監視役の人がまた来たのかと思ったけれど相手が堂々と姿を現してルフォンたちを取り囲んで監視ではないとすぐに分かった。
「ヘッヘッヘッ……」
身なりはお世辞にも綺麗とは言えない男たちが姿を現した。
先ほどの監視の連中はちゃんとした身なりをしていたので明らかに違っている。
囲う人数も頭数が多く、ルフォンたちを監視している人ではないことは確かである。
ニヤニヤと笑う男が顎をしゃくって何かの指示を出すと男たちの中の一人が斧を投げつけた。
ヴィッツがルフォンの前に出て受け流すようにして斧を地面に叩き落とす。
「あなたたち何者ですか?」
「お前らこそこんなところで何してやがる。ここは俺たちのナワバリ。よそ者が勝手に入ってきていい場所じゃねえぞ」
男たちはいわゆる山賊という連中であった。
「ただ俺たちはただの荒くれ者じゃねえ。無事に出たいというなら出してやってもいい……ただしそこの女を置いてくならな。そうすりゃそこのジジイの命だけは助けてやるってもんよ。紳士的だろ?」
ルフォンをいやらしい目で見て大笑いする山賊たち。
何も面白くなく、ただただ不愉快で不快だとルフォンは思った。
「あなたたちこそ、今逃げ出せば命だけは助けて差し上げますよ?」
「なんだと?」
「ちなみに私たちはイェミェンという植物を探しているのですが何か知ってはいませんか?」
「あぁ? お前らなんでアレを探しにきた!」
「ほう? 何か知っているようですね?」
「悪いがイェミェンはやれねえな。お前ら、こいつらをとっ捕まえて誰の差金が聞き出すんだ!」
山賊たちが一斉に武器を構えてルフォンたちに襲いかかる。
聞き出し方は指定されていない。
ルフォンに対して下卑た妄想を膨らませている奴もいたて気持ちの悪いニヤけ顔を浮かべている。
「あのリーダー風の男さえ無事でしたら他の者はどうなっても構わないでしょう」
「オッケー、人のこと嫌な目で見てくる罰は受けてもらうよ」
ある意味頭の中が桃色の妄想でいっぱいだったやつは幸せだったかもしれない。
その妄想のままに最後を迎えることになったのだから。
「なっ、速い……」
動き出したルフォンに山賊たちはついていけない。
両手のナイフで流れるように山賊を切りつけていくルフォンに全く反応ができずに何人かが喉から血を流して倒れていく。
「おい、こっちのじいさんを誰か」
山の中でも執事服のヴィッツは細めの片手剣で山賊の首を刎ねる。
素早く無駄のない動き、相手の次の行動を予想するように山賊の攻撃をかわして一撃で仕留めていく。
「な、なんだこいつら……」
十数人もいた仲間たちが次々にやられていくことに山賊のリーダーは顔を青くした。
山賊たちは全くルフォンたちの相手にならず、気づけば残ったのはリーダーの男とルフォンたちの実力の差がわかって怖気付いてしまっていた何人かの獣人族だけであった。
ルフォンもさることながら服に返り血すらつけていないヴィッツの腕前はかなりのものである。
山賊ごときのレベルでは2人にかすり傷一つ負わせることもできなかった。
「お、お命だけはお助けください!」
最初の勢いは何処へやら、山賊のリーダーは小さくなってルフォンたちに対して平伏する。
そんなリーダーの姿を見て獣人族たちも地面に膝をつく。
人数差もあるし、相手は小娘とジジイ。
余裕で勝てると思ったのに余裕で負けてしまった。
命のためならプライドも捨ててみせる。
助かるためならなりふり構っていられない。
「イェミェンについてお教え願えますか?」
ヴィッツは剣の血を布で拭いながら山賊のリーダーに目を向けた。
「そ、それは、その……」
「命が惜しくないというのならそのまま口を閉じていても結構ですよ」
「あ、いや、イェミェンがあるところまでご案内します」
剣を首に突きつけられてあっさりと陥落した。
ルフォンとヴィッツの二人では手に余るし処理も面倒であるので降参した残りの山賊は武装を解除して解放した。
運が良ければ魔物にも会わずどこかに辿り着くだろう。
本当なら山賊であるので捕まえてどこかに突き出したいのだけどプジャンの領地でそんなことをすれば目立つし、ゾロゾロと捕らえた山賊を連れて歩くわけにもいかない。
大部分は倒したし武装も解除して取り上げたので今後大きな問題になることはない。
「こ、こちらです」
山賊のリーダーに案内されて山の中を進んでいく。
山頂からでは見えない、山が裂けて人一人がようやく通れるぐらいの入り口がある洞窟に辿り着いた。
周りは木々が多めのところであるし、山頂から見るどころか近づかなきゃこれには気づけなかったとルフォンは思った。
体の大きな山賊では横になってようやく入れるぐらいの裂け目に入っていく。
覗き込むと中は空間が広がっていて洞窟になっていた。
ヴィッツが先に中に入り、警戒をする。
壁にかけてある松明に火をつけると中の様子が見えてきた。
「ここは……」
先に続いている洞窟ではなく広い1つの部屋のようになっている洞窟だった。
そして地面一面には赤紫色の葉っぱが生えている。
イェメェンだった。
外から見えるよりもはるかに広く感じられる洞窟の中にびっしりとイェミェンが生えていたのである。
「イェミェンを栽培していたのですか?」
ルフォンにナイフを突きつけられて洞窟に入ってくる山賊のリーダーにヴィッツは顔を向ける。
「栽培ってほどじゃ……上手く育つようには手を入れましたが元々ここに生えていたものです」
「うわぁ……こんなところにあったんだ」
「自然に生えていたものなら取っていっても構いませんよね?」
「はは……どうぞお持ちください。これが取る時に使ってました手袋とカマです。よければお使いください」
生えている状態では人に毒の影響を及ぼすものではないと言われてはいるけれど、イェミェンはそれでも猛毒の毒草である。
本当に影響がないとは言い切れないし、長時間触って確かめた人もいないだろうから手袋をして作業を行うのは正しい判断である。
分厚い手袋をつけたヴィッツがカマで丁寧にイェミェンを刈り取っていく。
その間もルフォンは山賊のリーダーの後ろに立って変なことをしないように監視する。
「不思議な匂い……だけどそんなに嫌じゃないかも」
ヴィッツがイェミェンをカマで切るとイェミェンの香りが洞窟に広がる。
匂いだけなら爽やかで良い匂い。
リュードがいたならシソみたいな香りだなと思ったことだろう。
イェミェンの必要量はそれほどでもないのだけど初めて作る治療薬なので失敗する可能性もある。
ギリギリの量でなく余裕を持って多めにイェミェンを採取した。
ただこれだけの量であっても一体どれだけの人を殺せる毒薬が作れてしまうことか。
「あぁ……」
イェミェンは育成が遅い。
あんなにいっぺんに取るものでもないし、大切に育ててきた苦労を思うと山賊のリーダーが泣きそうな顔になる。
イェミェンにもう関わることはないのだから気にしなければいいのに残念に思ってしまう。
「1つお聞きしたいのですがよろしくですか?」
「……なんでしょうか?」
「ここであなたたちにこんなことをさせていたのは誰ですか?」
「えっ! そ、それは……」
黒幕がいる。
ヴィッツはそう考えていた。
イェミェンは知る人が少ない毒草である。
たまたま山賊がここを見つけたとしても生えている葉っぱを見てイェミェンだと気づくはずもない。
こんな風に手袋を用意したり、手を加えて育成を補助したりするなんてことまずしない。
誰か知識のある人がイェミェンの育成を山賊たちにやらせているのだとヴィッツは勘づいていた。
うっすらと予想はできるのだけれど山賊のリーダーの口から出来れば吐いていただきたい。
「う……あ……グフっ! 分かった、言う、言うから暴力はやめてくれ!」
ヴィッツが突如として山賊のリーダーを蹴り飛ばした。
カマを捨てて剣を抜くヴィッツを山賊のリーダーは血の気の引いた顔で見る。
しかしヴィッツは口どもる山賊のリーダーに怒ったのではない。
「うぇ!?」
山賊のリーダーがいたところに紫色の液体が落ちてきて、地面がジュワジュワと音を立てながら溶けていく。
「どうにもあなたの差し金ではないようですが、あれが何か知っていますか?」
山賊のリーダーが見上げると洞窟の天井に巨大なクモがいた。
ヴィッツが山賊のリーダーを蹴り飛ばさなかったら地面のように溶けてしまっていただろう。
サッと山賊のリーダーの顔から血の気がひく。
「も、もうこんな時期だったか……」
「ほら、おじさん立って!」
地面にへたったままではいい的になってしまう。
死んだところで構いはしないけれど気分はよろしくない。
ルフォンが引っ張るようにして山賊のリーダーを立たせる。
「それであれはなんですか?」
「ここにあるイェミェンを時々食いに来ていた奴だ。いつもは外に刈り取ったイェミェン置いとけばそれ食って満足して帰っていくんだけど……来る時期なのを忘れていた。いや、いつもよりちょっと来るのが早いかもしれないな」
「なるほど。こんな強力な溶解液を放つ魔物何かと思いましたがこれがイェミェンの効果なのでしょう」
地面が溶けるほど強力な溶解液を持つ魔物の種類は多くない。
どうやらこのクモは元々溶解液を持つタイプの魔物であるが、イェミェンを摂取して溶解液を強化しているのだろうとヴィッツは推測した。
これまではとりあえずイェミェンがあったからそれでよかったけれど自分の領域であるところに人間がいるとクモは怒っていた。
「ひとまずここから出て戦いたいですね」
低い鳴き声で威嚇するようなクモとヴィッツは睨み合う。
それなりの広さがあるとはいえ洞窟の中ではやはり行動が制限される。
地面一面はイェミェンであるし洞窟の中で戦うことは危険が伴う。
外に出て広い場所で戦う方が戦いやすくリスクも少ない。
「ヴィッツさん先に出て! 私の方がすぐに出られるから」
入り口は狭くてヴィッツでも素早く抜けるのは難しい。
出るのをもたつけば危ない。
ルフォンは細いのでヴィッツよりはスムーズに洞窟を抜け出すことが出来るので、ルフォンがクモと対峙してその間にヴィッツに先に出てもらう。
「分かりました」
この短い時間でもルフォンが非常に優秀な強い人であることはヴィッツも分かっている。
ここは一度ルフォンに任せてみることにした。
「降りてこーい!」
ルフォンの言葉が通じたわけではないがクモが降りてくる。
もうイェミェンは取ったから見逃してくれるならその方がいいけれど、どうにもクモにそのつもりはないようだ。
降りてきて間近で見るとクモは結構デカかった。
人ほどの大きさがあり、威嚇するような音を出している。
クモはまずルフォンを狙った。
3人の中で1番小柄ですぐに倒せそうだと思ったからである。
一瞬でルフォンに接近してみせると1番前の足2本を使ってルフォンに攻撃を繰り出す。
ルフォンがナイフで防ぐと金属がぶつかり合うにも近い音がした。
見たよりも足の硬さと鋭さが高く、生身で受けるには危険だとルフォンは察した。
力も強く正面から受け切ることはルフォンには難しかった。
力が入りにくく短いナイフで力強い相手の攻撃をしっかりと受けることはやってはいけない。
素早く繰り出される2本足の攻撃をルフォンは受け流し、そして回避する。
その間にヴィッツが洞窟を抜け出し、続いて山賊のリーダーも逃げる。
「近くで隠れていなさい。勝手に逃げたら追いかけて私があなたにとどめを刺しますから」
「わ、分かりました……」
「ルフォン様、こちらは脱出しました!」
「分かった!」
そう返事はしても中々難しい。
クモの攻撃は激しく、移動速度はクモのほうが速い。
入り口に引っかかりでもしたらルフォンは一転ピンチに陥ってしまう。
焦らないことが大事だとルフォンは相手の攻撃を観察する。。
ルフォンは冷静にクモの攻撃をかわしながらそこに一定のリズムを見出していた。
(上、下、下、横……)
基本的には左右の足を交互で上や下、横から足を振ってくるのだけど、同じく繰り返される攻撃があることに気づいた。
「はっ!」
リズムの隙を縫ってルフォンがナイフで反撃する。
「浅い……けど十分」
浅く切り付けられてクモがのけぞる。
クモなどの虫系の柔らかい魔物は攻撃を受けるとほとんどの場合死に直結するので攻撃そのものをくらう経験が少ない。
なので痛みに弱く、浅い切り傷でも大きく怯む。
ルフォンはその隙に後退して洞窟の入り口に走る。
「ルフォン様!」
クモはすぐに立ち直ると走るルフォンの背中に向かって溶解液を吐きかける。
「ヴィッツさん、どいて!」
ルフォンは飛び込むように入り口に突入してそのまま抜けてくる。
溶解液のかかった洞窟の入り口が溶けていき、当たれば危なかったとルフォンはホッとする。
ルフォンを追いかけてクモも洞窟から出てくる。
「私もボーッと見ているだけではありませんぞ」
ヴィッツが剣に魔力をまとい、魔力が赤い炎へと変わる。
得意属性が炎であるヴィッツが魔法剣を発動させた。
洞窟と違って天井に行くことはできないので出てくるとなれば地面に行くしかない。
クモの着地に合わせて距離を詰めたヴィッツが剣を振り抜く。
足で剣を防ごうとするけれど所詮は虫の足。
硬さにも限度というものがあり、生身の肉体には火属性はよく効く。
ヴィッツの剣はスッパリとクモの足を切断した。
クモは悲鳴のような鳴き声を上げる。
「終わりだよ」
クモが怯んだ隙にルフォンは後ろに回り込んでいた。
ナイフをクモの腹に突き立てると一気に引いて、大きく切り裂く。
緑色の血が飛び散ってルフォンの頬にかかるが構わずナイフをしっかりと引ききった。
「流石でございます」
最後の最後まで油断は禁物。
瀕死の状態であるがまだクモは死んでいない。
ヴィッツは炎をまとう剣を大きく振り上げると一息にクモを真っ二つに両断した。
「ひぃぃ……アイツら何者だよ……」
これまでクモを怒らせないようにしてきた山賊のリーダーはひたすらに怯えていた。
勝てない相手、勝てても被害が大きそうだから手を出してこなかったのにルフォンとヴィッツは2人で簡単にクモを倒してしまった。
あれなら洞窟の中でも良かったのではないかと思うけれど、溶解液がイェミェンに落ちれば狭い洞窟の中では毒が発生するかもしれなかったので結果的にも外に出て正解だった。
山賊のリーダーは機会を伺って逃げようと思っていたのにそんな時間も隙もなかった。
あんな相手に戦いを挑んでいたのだと思うと背筋が冷たくなる。
敵わないのも当然だと己の愚かさを痛感する。
「さてと話の続きとまいりましょうか」
クモの死体も持っていけば冒険者ギルドで買い取ってくれそうだけど今はそんなことしていられない。
クモの魔石だけを取ってヴィッツが死体を燃やして山賊のリーダーに向き直る。
「お、俺の命を助けてくださいますか?」
山賊のリーダーはもはや抵抗は無駄だと悟り、地面に平伏する。
「正直に話せば考えましょう」
「こ、ここを管理しているのは大領主だ! 俺たちはたまたまここを見つけて、毒草だなんて知らなかったんだが大領主がここを管理するなら犯罪行為は見逃してやるって……」
「大領主とはサキュロプジャン様のことですか?」
「そ、そうだ!」
予想通りすぎて何の感想も浮かんでこないとヴィッツは小さくため息を漏らした。
ここら一帯はダンジョンが近い。
ということはちゃんと領主が管理している可能性が高い。
なのに山賊がいて、毒草を育てているなんておかしな話であると分かっていた。
こんなお粗末な山賊がバレずに活動できるはずがない。
ましてイェミェンのような特殊な毒草を育てているなんて話はまずあり得ない。
そうなると何かしらの後ろ盾があることは簡単に推測できた。
こんなことをできる後ろ盾も限られているので導き出せる答えとしてはここを管理している領主であるプジャンが関わっていることである。
「こんなことになっちまったことがバレたら俺も消される。お前らの目的はあの毒草なんだろ? じゃあもう目的は果たされたんだから俺もずらかってもいいよな?」
「好きになさい。もう2度とこんなことしないのがあなたの身のためですよ」
「あ、ありがてぇ! 足を洗って真っ当に生きることにするよ!」
本当に足を洗うなんてこと信じられたものではない。
けれども今はこの山賊のリーダーを連れて行って突き出す時間がないから逃すのである。
ぺこぺこと頭を下げて山賊のリーダーは逃げていく。
ギリギリまで切り捨てるか迷ったけれど案内もしてくれたし一度だけチャンスを与えることにした。
「もっと山の中を駆けずり回ることになるかと思いましたが早めに用が済みましたね」
「見つかってよかったね」
「量は確保しましたし……」
ヴィッツは洞窟の入り口から火の魔法を中に放つ。
イェミェンに火がついて燃え広がっていく。
「プジャン様が関わっているならあまり良いことでもないでしょうからそのままにはしておけません。煙を吸い込んでは危険なので行きましょうか」
「これで薬の材料は揃いそう?」
「あとはすぐに使わなければいけないものを除いて準備はできております。すぐに使わねばいけないものも入手は難しくないので揃ったも同然でございます」
「やった! これでクゼナちゃんを助けられるね!」
「……ありがとうございます」
「なにが?」
「領主様やクゼナ様を助けようとしてくださいましてでございます」
「友達だからね」
「言うほど友達だからで他人を救おうとしてくれる人はいないものなのですよ」
「でもいるにはいるでしょ? 私とリューちゃんはね、友達なら全力で助けるの!」
「そのようには存じております。けれどやはりそうであってもありがたいことはありがたいのです。この私に出来ることはルフォン様に感謝致すことぐらいですので、言わせてください。ありがとうございます」
「ふふ、どういたしまして」
ヴィッツはこれまで神に祈ったことが一度もない。
血人族の神にもその他大勢の神のどれにもである。
祈ったり、あるいは感謝を捧げることで何かが変わることなんてないのだと思っていた。
けれどもルフォンやリュードとの出会いはまさしく神の導きであるとヴィッツにも思えた。
2人にも感謝をするのだけれどラストに良い出会いをもたらしてくれたことは幸運とだけで片付けるにはあまりにも運が良すぎる。
初めてヴィッツもラストが熱心に祈っていた血人族の神様に感謝をしたのであった。
「あっ、帰ってきた」
ルフォンたちがダンジョンの前に帰ってくるとすでにリュードたちはダンジョンの攻略を終えていた。
ダンジョンは大人の試練としても一般的なレベルだったのでリュードたちにとっては余裕だった。
トロールのダンジョンよりもレベルが低いのでコルトンも特にラストの実力を疑ったりすることもなかった。
コルトンはダンジョンから出ると次の大人の試練のことが書かれた紙の入った封筒を渡してさっさと次に行ってしまったので今はいない。
「どうだ、採れたか?」
「うん、いっぱい採れたよ」
ルフォンはヴィッツの抱えていた袋の口をあえて大きく開けて中身を見せる。
中からは普通の緑色の葉っぱが見えた。
一応薬草の部類には入るけれどそこらに生えているものであるし珍しくもなんともない薬草である。
わざとらしく袋の中からも取り出して、一度わざとらしく頷いて袋の中に戻してみる。
これ一連の行動は事前に打ち合わせしていた通りの動きである。
もちろんイェミェンもあるのだけれど袋の底の方に入っている。
わざと袋の中を見せるというちょっと不自然な行動は監視対策のためにやっていることである。
別行動で山に入った理由を監視している人たちに見せたのだ。
実は毒草取りだけど上から薬草をかぶせて隠し、監視している連中にも暇だから薬草を取ってきたと思わせる作戦だ。
よくよく見るとリュードも若干演技くさいけれど遠くから監視している連中には分りゃしない。
「採れたか?」
「うん!」
リュードが声を抑えて聞いてみるとルフォンはニコリと笑って答える。
監視も大人の試練の最中に呑気なものだと呆れ返っているかもしれない。
はたまたルフォンたちにつけた監視が帰ってこない事に焦っているかもしれない。
けれどのほほんと安い薬草を取って喜んでいるルフォンたちがまず監視を片付けたなんて監視たちは思ってもみない。
魔物にでも見つかってやられたバカを監視に行かせてしまったと監視のリーダーが反省するぐらいのものである。
袋の底まで確認はしないけれどルフォンの様子を見ればイェミェンを採ってこれたことは分かる。
頭を撫でて褒めてやると嬉しそうに尻尾を振っていた。
「次はバロワ兄さんのところですね」
封筒の中を確認してラストがため息をつく。
次の大人の試練もまたさらに別の大領主の領地であった。
こうなってくると大領地4つと直轄地1つ、全て回らなきゃいけないのではという気がしてきた。
1つの領地につき、1つの大人の試練。
数的にも一致するし可能性が高く思える。
「バロワ兄さんのところはそうでもないけど、そうなると次に考えられるところが厄介ね」
先のことを考えてラストがまたため息をつく。
「とりあえず材料は揃いましたので計画の次も考えましょうか」
このままダンジョン前にいたってしょうがないので一度町に戻る。
会話は移動しながら。
「治療薬を作るのは後回しにしまして、サキュロバロワ様の領地に向かいましょう」
「どうして!」
ようやく治療薬ができると思ったのにヴィッツの言葉を聞いてラストが驚いた表情を浮かべる。
バロワの領地に優先して行くべき理由が分からなかった。
「治療薬を作るための設備が確保できないのです」
町で薬草集めをしながらヴィッツは治療薬を作るための設備があるところを探した。
石化病の治療薬を作るためには高等な設備がいくつか必要であったからである。
火とガラスの瓶でもあればできるというものではないのであり、そのような設備があるところは相当限られる。
かつ、知りもしない相手に設備を貸し出してくれるところは多くない。
プジャンの領地内にはいくつかその候補があった。
けれどもプジャンはそうした施設を押さえていた。
実際何かの薬を作っているのかもしれないけれど、設備がある施設にはプジャンの息がかかっていてとてもじゃないが秘密裏には使えなかった。
設備のグレードを落とせば使えそうなところはあったけれど、絶対に薬作りを成功させたいなら設備のグレードは落とせない。
「結果としてプジャンの領地で治療薬を作ることは難しいという結論にいたりました」
「安いところ使って失敗なんかしてられないし、プシャンの領地内でやってるとバレるかもしれないもんな」
ならば早くプジャンの領地を抜けて隣のバロワの領地に行って改めて探した方がいい。
このままプジャンの領地にいてもただ怪しまれるだけでもある。
それにラストの大人の試練だって続けていくにもバロワの領地に行くのが良い。
「うぅ〜分かったよぅ……」
ヴィッツの説明にラストは不服そうにうなずいた。
理由は分かるのだけど治療薬まであと一歩なのにクゼナから離れるのは嫌だった。
だなワガママを言える状態でないことはラストにも分かっている。
クゼナを助けるためには必要なことだから仕方がない。
それにプジャンに見つかることの方が厄介な事になる。
ということで町に戻ったリュードたちはすぐに準備を整え集めた薬草を抱えてバロワの領地に向かい始めた。
ーーーーー
苛立ちは募っていく。
早く助けたいと焦る気持ちがラストを苛立たせるのだ。
せめてもう少し待ってくれとクゼナに伝えたかった。
けれど何度もクゼナのところに出入りするのもまた目をつけられる可能性高めてしまう。
時間も惜しいのでそのまま移動してきていた。
「それでバロワってのはどんな奴なんだ?」
敵を知れば百戦危うからずともいう。
バロワが敵かは知らないけど知っておいて損はない。
次もプジャンにみたいに何かしてくる相手なら警戒は怠れない。
強硬な手段を取ってくるのか、回りくどい手を好むのかでも変わってくる。
リュードに聞かれたラストはあごに手を当ててバロワのことを考える。
「私から見るとバロワ兄さんは……あんまり分からない人」
「分からないってなんだ?」
「プジャン兄さんやベギーオ兄様はあからさまに私のことを敵視している感じがするけどバロワ兄さんからはあんまりそんな感じがしないの。中立って感じだけど、だからといって私が何かされてもバロワ兄さんは何もしない。攻撃も手助けも何もしないの」
敵意のある目で見られた記憶はない。
だからといって味方してくれた記憶もなかった。
「プジャン兄さんやベギーオ兄様がやっていることをただ黙って見ているという点では敵だけど、直接何かされことはないかな。
どっちかっていうとお姉ちゃんの方が関係は近いのかな? 確かほとんど同い年で、2人は挨拶ぐらいしてたと思う」
ラストとは表面的な挨拶を交わすぐらいだけどレストと会話しているところは見たことがあることを思い出した。
レストもあまり他の兄弟とは仲が良くなく会話する方ではないのに珍しくバロワとは話していたから覚えている。
ただバロワが敵対しないのはラストに対してだけではない。
他の兄弟に対しても敵対しないのである。
妨害や監視をつけることはないけれど、他の人が領内でそのような行為をしていてもバロワは特に気に留めることもないだろうとラストは思う。
「じゃあこのままプジャンの監視がついてても……」
「気にしないかもしれない」
バロワの領地に差し掛かっても相変わらず監視の目の存在を感じていた。
バロワが気にしないならこのままリュードたちの監視を続けるつもりなのだろう。
自分の領内でコソコソする奴がいても気にしないとはそれでいいのかと多少不快感をリュードは感じていた。
監視がなくなれば楽だったのにとリュードは内心舌打ちをしたい気分だった。
とりあえずはバロワの領地に治療薬を作るための設備があることを願うのみである。
監視がついている弊害は大きい。
監視と言いながらも手を出してこない保証なんてものもないので気を抜くことが出来ず、常に見られている感覚がある。
旅の最中なので気を抜いていられはしないのだけど、いつもよりもひとつ上の警戒を求められるので精神的に疲れてしまう。
「ふぅ……あれ使えたらなぁ」
見られている事によって色々と制限もある。
気は抜けなくても気兼ねなくやりたい事ぐらいいくつかあるのだけどそうしたこともできないでいる。
「確かにな」
1番負担なのはマジックボックスの袋が使えないことである。
実は先祖返りは特に秘密でもなかったので先祖返りのことをバラすのはラストとリュードたちにとってフェアじゃないと思ってマジックボックスの袋のことをバラしていた。
秘密を教え合うということで仲を深める目的もあるけれどマジックボックスの袋を使いたかったということも大きい。
やっぱりマジックボックスの袋が使えると便利なのである。
二人にも教えたのである程度の荷物はマジックボックスに移している。
しかし監視の目がある前でいきなり知らない荷物を出すわけにはいかない。
多少の荷物は誤魔化しながらマジックボックスに出し入れすることはできるのだけど、ルフォンご自慢の香辛料やコンロといった大きな物は誤魔化せない。
その他の持っているように見えないアイテムも出すことが出来ない。
目に見える物は持って歩かなきゃいけないのだ。
「あとは体ぐらい洗いたいなぁ……」
女性用にテントを張っているけれどそれでも人の目があることは気になってしまう。
簡単な水浴びすらも出来ない。
ラストとは違う理由でルフォンも苛立っていた。
綺麗好きなルフォンはリュードがシャワーやお風呂部屋を作る魔法で部屋を作って周りから姿を隠して外で体を綺麗にしたりする。
しかしいくら壁を作っても覗かれるかもしれないと思いながらそんなことするつもりにはなれなかった。
プジャンの領地も離れたしどこかで監視役を消してしまってもいいかもしれないとも思い始めた。
ただ監視から隠れる場所が少なくてバレないように監視に接近するのも難しい。
監視側も隠れられるように距離を空けているので遠いこともまた状況が良くない。
確実に倒せる時でなければ逃げられてプジャンに報告されてしまう。
まあ監視がバレましたと報告する以外に何を報告することもないのでバレてしまっても構わない気もする。
クゼナを早く助けたいラストと監視にイラつくルフォン。
状況は着実に前に進んでいるはずなのに雰囲気は少々よろしくなかった。
面倒なことにラストは大領主なので大人の試練の前に大領主としてのマナーとしてバロワのところにご挨拶に伺う。
特にラストに興味もなさそうなので挨拶に行かなくてもいいじゃんと文句を垂れながらもラストはすっぽかすこともしない。
バロワが何も言わなくともプジャンあたりが文句を言ってくるかもしれないからちゃんとしているのだ。
「久しぶりだな、ラスト。元気そうで何よりだ」
「バロワ兄さんもお元気そうで」
レストは姉なので当然として、プジャンも細目ではあったけれどラストとはどことなく似た感じを受けた。
兄妹ではあるので似ていたところがあってもおかしくはない。
けれどバロワは少しラストとは違った感じの印象がある。
兄妹だからと似るものでもないので、似ていないからなんだという話ではあるが似てないなとリュードは思った。
キリッとした顔立ちの偉丈夫で、細身な印象のある血人族の中でもがっしりと体型の男性だった。
ちょうどどこからか帰ってきたのか大きな剣を背負ったままラストを迎え入れたバロワは確かにラストとそこまでバチバチする雰囲気がない。
「大領主になったがどうだ、楽な仕事ではないだろう?」
「ええ、姉の助けもあってどうにかやれています」
「……姉の、サキュルレストはどうだ? 元気にしているか?」
「はい、おかげさまで」
「そうか、よろしく伝えておいてくれ」
「分かりました」
プジャンの時とは違って少し言葉を交わす。
親そうな雰囲気はないが、全く交流を持たない訳でもなさそうであった。
「くれぐれも気をつけろよ」
「……ありがとうございます」
思っていたよりも悪い人じゃなさそうだ。
リュードはバロワのことをそう思った。
ーーーーー
次の大人の試練は魔物の討伐であった。
ダンジョンの攻略と並んでこちらも大人の試練としてはよくあるやり方である。
大体が都市部周辺ではなく、遠く離れた田舎の魔物の討伐が多い。
弱い魔物が出やすいということだけではない。
大人の試練であることを口実にして冒険者が少なかったり人手が回らない田舎の魔物を討伐させるのである。
都市部周辺では冒険者に狩られてしまうということもあるし、色々と都合よく大人の試練だからと使われることもままある話だ。
今回ラストが赴く場所も遠く、ど田舎であった。
人がよく通るところにいる魔物というのは人が厄介な敵であることを知っているので道を通っているとあまり襲われることはない。
けれど田舎の魔物というのはそういうことが分からない魔物も多いのか結構襲いかかってきたりもする。
人という脅威が少ないために学ばないのである。
こうした魔物が強いことなんてないのだけれどこんな魔物が大人の試練の対象だったら楽なのにと思ってしまう。
途中でモノランに会うなどの問題が発生したこともあったけれどリュードもルフォンもそれなりに旅慣れていて、ヴィッツも何でもできる。
最初こそ文句を言っていたラストも手慣れてきたし、移動に関しては黙々と歩く子であった。
クゼナのことで少しスピードアップしたこともあってギリギリだったスケジュールも少しだけ余裕が出来てきていた。
「お待ちしておりました」
予定よりも巻いて大人の試練に指定された地点の近くの村までやってこれた。
村の外ではすでにコルトンが野営をしており、村に近づくラストたちに気づくと頭を下げた。
先回りして待っているなんて面倒なことをしないで一緒に行けばいいのにと思うのだけどそう出来ない事情でもあるのだろうと考えておく。
試験官として見届けるのに親しくならないようにしているのかもしれない。
村についたラストが村長に挨拶をしに行く。
すると以前に出て行った人の家がまだ空いているのでそこに泊まってはどうかと提案してくれた。
宿代としていくらか村長に渡して安く家に泊まることが出来ることになった。
行ってみると人がいないと聞いていたけど家は綺麗で泊まらせてもらうのがありがたいぐらいであった。
「それではサキュルラスト様の3つ目の大人の試練の内容についてご説明させていただきます」
借りた家のリビングにみんなとコルトンが集まっていた。
魔物の討伐は流動的である。
いくら気をつけていたって冒険者が倒してしまうこともあるし、魔物同士のナワバリ争いなどが起きてしまうこともある。
下手すると魔物がいないなんてこともあるので魔物の討伐の試練は直前まで大人の試練の内容は明かされない。
「3つ目の大人の試練はミノタウロスの討伐です」
「はあっ!?」
コルトンの口から飛び出してきた魔物の名前にラストが驚く。
いや全員が驚いていた。
「ミノタウロスなんて魔物がどうしてこんなところにいるのよ!」
半人半牛、牛頭人身とも言われる魔物。
頭が牛で体が人のような姿をしていて、非常に凶暴で力が強く強靭な肉体を持っている。
見た目の特徴から分かりやすい魔物ではあるのだけれど能力は高く、頑丈でありながら多少の知恵も持っている。
ダンジョンにいるならボスクラスの魔物であって簡単な相手ではない。
むしろ難しい部類に入る魔物である。
発見されたらギルドの方からすぐにでも討伐の依頼が高ランクの冒険者に出される。
それほどの危険性があって大人の試練として2人で戦う魔物ではないはずだ。
「あんた何言ってるか分かってんの?」
我慢しきれずラストがコルトンに詰め寄る。
挑むにはリスクが大きすぎる。
異常な試練であることはコルトンにも分かるはずだ。
やるならヴィッツやルフォンも入れてほしいぐらいで、むしろそれぐらいが最低ラインな難易度である。
「……そう言われましても私も仕事でやっているだけですので」
ムスッとした不機嫌そうな表情を崩さないコルトンは冷静に答えた。
元々怒っているかのような表情なのでラストの行動をどう感じているのかは顔から読み取ることができない。
「……はぁ」
一介の役人にしかすぎないコルトンに詰め寄っても勝手に大人の試練を変更する権限なんてものもない。
どうしようもないのはコルトンも同じなのである。
ラストはため息をついて項垂れた。
「試練おやめになられますか?」
「……やめないよ!」
コルトンにある権限としては試練を止めるかどうかか聞き受けることだけである。
だが何もしないでここで引くことはできない。
「まあやるだけやってみよう。ダンジョンと違って逃げることもできるし、正面からわざわざ挑むこともない。ダメそうなら策を考えればいいし、何回だって挑めばいいんだ」
やってみるだけやればいい。
ダンジョンだったらボス部屋は閉じてしまうので生きるか死ぬかしかないけれど、ダンジョン以外なら逃げることだってできる。
準備をし直すことも、罠や策を用意することだってできるのだ。
代わりに地形の問題や他の魔物の乱入などダンジョンでは考えられない問題もあるので一長一短なところはある。
とりあえず偵察だけでも行って考えてみればいい。
「うぅ〜、よくそんな余裕でいられるね?」
「余裕なわけじゃないさ。やるだけやってみるってだけ」
「それがよゆーなのー!」
「どうせやることになるんだから覚悟を決めてんだよ」
「こっちは覚悟なんてまだ決まってませーん!」
正直な話、リュードもミノタウロスを余裕な相手だなんて言えはしない。
戦ったこともないので正確な評価も下せないが少なくとも大変な相手であることは間違いない。
だがやるしかないのならやる方向で思考を持っていく。
どうやって倒すのかを考えた方がいいだろう。
「この村の北にいるそうなので後はご自分でお確かめください。ちなみにミノタウロスは下級らしいです」
さらっと大事なことを言ってのける。
ミノタウロス討伐と聞くと単に倒せばいいとだけ思いがちである。
しかし倒すことの前にまずはミノタウロスを探すことから始めなければいけないのである。
ここがまたダンジョンとは違う厄介なところである。
大まかな場所は教えてくれるけれど魔物もジッと一箇所にとどまっているものではなく動くので、情報集めや痕跡集めをして魔物を探さなきゃいけない。
とりあえずコルトンは村の北側にいるらしいと言うことを教えてくれたけれど北側だけでは探すことも難しい。
そして下級という情報もあった。
こちらは捜索には直接関係がなくミノタウロス本体に関わる情報だ。
同名の魔物であっても大きく個体差がある魔物もいる。
ハイトロールのように再生力特化かパワー特化なんて違いがあることもあるし、ミノタウロスの場合は大きさにバラツキがある。
ギルドが主観で分けるもので若干の曖昧さはあるけれど、ミノタウロスは上中下と3つに分けられている。
下級とはミノタウロスの中でも小さめの個体ということで、体の大きさが強さに直結してくるミノタウロスでは弱い個体であると同義でもある。
中級や上級に比べれば楽な相手。
あくまでミノタウロスの中で比較した場合ではあるが。
「下級か……なら少しは希望があるな」
まだ楽観視することのできないのには変わりないが少しは勝てる希望も見えてくる。
そしてミノタウロスに関してリュードには別の思惑も持っていた。
「それでは一度失礼します。大人の試練に挑まれる時はお呼びください」
深く礼をしてコルトンは家を出ていく。
「あーぁ……また面倒な相手だなぁ」
ラストがボヤく。
リュードも同じ感想だから何も言わない。
大人の試練も折り返しなのに一切手を抜いてこない。
ミノタウロスなんて大変な相手だけどギルドが依頼を出せばやりたがる冒険者は少なくない。
むしろ喜んでやる人もいるはずなのに、それを大人の試練としてやらせるとはなかなか性格の悪いことをする。
「まずは情報収集だな。旅の疲れもあるからちょっとのんびりと人に話でも聞いて情報を集めるとしようか」
ど田舎であるので道のりは遠く、魔物の襲撃もあった。
そんなに疲れるものでもないけれど野外に泊まることではあまり癒されないので疲れは溜まっていく。
ちゃんと体調を整える必要性もある。
それに北側にいるなんてコルトンの情報だけ信じて探し回っては時間や体力の無駄になる可能性もある。
村の人に聞いて情報を確かめる必要があった。
ある程度ミノタウロスのいる場所のあたりをつけられれば楽になるし、バッタリと遭遇してしまう危険も減らせる。
「ということで、俺とラストが話聞いてくるからルフォンはヴィッツと美味いものでも作ってくれよ」
外では焚き火しかなかった。
手間をかけた料理なんてものは作れない。
できて軽く炙って温めるぐらいなのでリュードは温かいちゃんとした料理に飢えていた。
「期待してるぞ、ルフォン」
「そー言われちゃ断れないね。期待してて!」
ちょっとだけリュードとラストを2人きりで行かせることに抵抗を覚える。
けれど料理を期待していると言われては断れない。
『あれよ、胃袋掴んどきゃ大体の男は捕まえておけるわよ』
なんて自分の母親が言っていたことを思い出すルフォン。
実はルーミオラは料理が得意でなく、料理を何パターンかしか作らなくてそれをぐるぐるとループさせていた。
ウォーケックはそれで満足だったけれどルフォンはそうもいかない。
飽きがくるし、たまには別の料理も食べたくなる。
そんなわけで自分で作り始めたのが料理を始めた1つのきっかけでもある。
始めたきっかけはそんなではあるが続けている理由はリュードが美味しいと言ってくれるからである。
ついでにヴィッツにまだ聞けていない香辛料のことでも聞いてみようと前向きに考えた。
「それじゃあまず村長だな」
リュードとラストは家を出てまず村長のところに向かった。
話を聞くなら村の偉い人がいいだろうと思ったからである。
そうしてとりあえず目につく人に声をかけてミノタウロスについての情報を集めていく。
村の人はみんな協力的で出来る限りのことを教えてくれる。
村であるので規模は大きくなく人は多くないために情報収集もそれほど時間のかかることではなかった。
集まった情報は多少のズレはあってもまとめると1つの場所を指し示していた。
この村の北にある大きな湖付近にミノタウロスが出るというのであった。
魚が取れる大きな湖で村の人も漁をするので困っている。
小型の小動物系の魔物しかほとんど出てこない平和な村であったのに少し前からどこからか迷い込んできた。
まだ村まで来たことはないのだけどやはり不安でたまらないと話す村人もいた。
「確かにこんなところに現れたら不安だよね」
「そうだろうな」
ミノタウロスは牛型の魔物が突然変異的な進化を遂げてなることも稀にある。
かなり希少な例ではあるがいきなり現れたならそんなことが起きた可能性も否定できない。
後はどこかのナワバリ争いに負けて逃げてきたことも考えられる。
むしろこっちの方が現実的。
少なくとも追い払ってほしいという村人の期待がのしかかってくる。
料理ができるまではまだ時間があるだろうとミノタウロスをどう倒すか考えながらゆっくりと村を歩く。
「ねえ、旅って楽しい?」
「なんだいきなり。旅か、楽しいよ。ラストは楽しくないのか?」
急に口を開いたラストの質問にリュードはサラリと答える。
「あ、そっか、これも旅っちゃ旅か……そうだね……楽しい、かな」
リュードは楽しいと答えた。
そして今やっていることもある種の旅だろうという言葉にラストは一瞬面を食らった。
ほんのわずかに楽しいと口に出すことに迷いがあった。
楽しくないことは決してない。
楽しいのだけどクゼナのとことか大人の試練のこととか大事なことを抱えているのに、それでも楽しいと思ってしまっていて、それを口に出していいのか迷ったのだ。
それでも楽しい。
そう思える、そう言える。
自分が旅を楽しいと思っていることにラストは気づいた。
「楽しいんだ……」
思えばこんな風に旅に出て外を自由に歩くなんてことあまり経験がない。
まだ比較的平和だった子供の頃も王族なので護衛はついていた。
他の領地にラストが赴くことも少なく、大領主になってからは王の直轄地以外に行った記憶なんてほとんどない。
直轄地に行くのも馬車に乗って護衛に囲まれていた。
自分で歩いて宿も探して、さらにその上自分で準備して野営するなんてことあり得ないことである。
色んなことが初めてで最初は文句も言っていた。
今は慣れてきて文句も言わないしむしろ積極的に自分から動いて準備すらしている。
そんなことを感じるような旅じゃないのに思い返してみればとても楽しんでいた。
「あるいは……」
ラストは隣を歩くリュードの横顔を見た。
ご飯は何かなと上機嫌なリュードはうっすらと笑顔を浮かべている。
他の人との旅だったらこんなに楽しかっただろうか。
楽しいと思えるには楽しいなりの理由がある。
きっとリュードが一緒だから。
「ううん、これは違うの……」
ラストは頭を振って自分の中に浮かんだ考えを振り払う。
リュードとラストは今はこうして並んで歩いているけれど本来立場も違う同士である。
大人の試練が終わってしまえばお別れで、関わりなんてなくなってしまう。
「友達……そう、友達だから……」
それでも友達ではある。
きっと友達だから旅していても楽しいのだ。
なんだか妙に頬が熱い。
なぜなのか、ミノタウロスもリュードと共にならば倒せる気がしてくるラストなのであった。
ーーーーー
翌日の昼までのんびりと休んだ。
リュードとラスト、それにルフォンとコルトンは村の北にある湖を目指して出発した。
ミノタウロスと戦う時にはルフォンは手を出しちゃいけないけれど、道中の魔物と戦う時にルフォンが戦ってはいないルールはない。
そこに問題がないこともコルトンには確認済みである。
なので魔物に遭遇したらルフォンをメインにして戦っていく。
ヴィッツは荷物番として家でお留守番ということになっている。
別に盗みを働く不逞の輩がいるなんて思っちゃいない。
やってもらうことがヴィッツにはあったのである。