人と希望を伝えて転生したのに竜人という最強種族だったんですが?〜世界はもう救われてるので美少女たちとのんびり旅をします〜

「きゅ、休憩終わり! また泳ぐ練習するから手伝って!」

 バシャバシャと川に入って顔を水につける。
 水に慣れることからやっていけばいいなんて軽く誰かが言ったけれど水に慣れてないわけじゃない。

 今だって顔の赤みを取るために水に顔をつけている。

「ほら」

「う、うん……」

 リュードに手を引いてもらい、ルフォンは体をまっすぐに水に浮かして足を上下にバタつかせる。
 人に支えてもらっていると浮いていられる。

 そういえば手を握っている。
 気づいちゃったルフォンは途端に手が熱く感じられた。

 リュードの手が熱いのか、自分の手が熱いのかわからない。
 ひんやりとした川の水がかかっているはずなのに触れ合っているところが妙に熱く感じられた。

 その日も結構長いこと練習したけれどルフォンはリュードが手を離すと沈んでいってしまい、泳げるようにはならなかった。

「泳げるようにならなきゃ……」
 
 次の日も練習することになっていたのだけどリュードが用事で遅れることになった。
 1人で川に入っちゃいけない。

 大人しく待っていたルフォンだったけど欲が出た。

「リューちゃんがくる前に泳げたら……」

 きっと驚いて、喜んでくれる。
 浅くて流れの緩やかなところなら大丈夫だろう。
 
 そう思ったルフォンは思い切って少しだけ1人で練習することにした。
 誰もいない川、泳げないルフォン。
 
 いつもは心地よく感じられる川の冷たさがなんだか怖く感じられる。

「不安になっちゃダメ!」

 ふるふると頭を振って不安を追いやってルフォンもう少し深いところで顔を水につけてみようと思った。

「痛っ……ちょ、あっ!」

 何か硬くて鋭いものを踏んで足に痛みが走った。
 咄嗟に足を上げてしまったルフォンは川の流れと川底の苔に足を取られてひっくり返ってしまった。

 流れが緩やかなために故に川底が滑りやすくなっていたのだ。

 グルリと回転するようにしながら流されるルフォン。

 (柵があるから……)

 区切ったところは柵がしてあって流されても引っかかるようになっている。
 だから安心だと思った。

 背中がドンとぶつかり、柵の端までたどり着いたのだと柵に手をかけて顔を水から出した。

「あっ、えっ!」

 柵を作ったのはいつで、最後に点検をしたのもいつのことだろうか。
 ルフォンの体重がかかった柵はバキリと壊れて、ルフォンは柵の外に投げ出されてしまった。

 グルグルと水中で回り、上がどちらかも分からなくなる。
 まだろくに息も整えられていなかったのですぐに苦しくなってきて、恐怖心で体が動かなくなる。

(こんなところで死んじゃうのかな……)

 流されて死んだなんて知ったらリュードはショックを受けるだろうし、責任を感じてしまうかもしれない。
 リュードのせいじゃなくて自分が勝手したせいなのだからどうか責任に思わないでほしいな、なんて考えていた。

「しっ……!」

 何かがルフォンの尻尾を掴んだ。
 敏感で他の誰にも触らせたことない尻尾を誰かが鷲掴みにしてルフォンを引き上げる。

「プハッ!」

 ルフォンの尻尾を鷲掴みにしたのはリュードであった。
 リュードはルフォンが柵を伝って顔を出した一瞬を見ていた。

 柵が壊れてルフォンが川に投げ出されてリュードは慌てて川に飛び込んだ。
 目一杯腕を伸ばして掴んだらそれがたまたま尻尾なのであった。

「ルフォンの馬鹿野郎!」

 珍しくリュードがルフォンに怒った。
 一歩間違えれば、どころかリュードが来なかったら、あとほんの少しでも遅れていたらルフォンは死んでしまっていた。

「ごめんなさい……」

「あれほど1人で入るなって……」

 ボロボロと泣き出すルフォンは震えていた。
 そんなに怖くないと思っていた水が少し怖くなってしまった。

 リュードが来なかったらと考えると恐ろしく、リュードが説教するまでもなくルフォンは反省していた。

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

「分かった……分かったからさ」

 泣かれると弱い。
 ルフォンだって溺れたくてこんなことをやったのではない。

 滑って転び、柵が脆くなっていたという不幸が重なった。

「ほら、泣くなよ……」

 そっとリュードの上着をかけてやるとルフォンはそれに顔を押し当てて嗚咽して泣いてしまった。
 もう怒るに怒れない。

 リュードはそっとルフォンの背中をさすって泣き止むのを待った。

「ごめんね、リューちゃん」

 ひとしきり泣いたルフォンは目が真っ赤になっていた。

「もういいって、だけど1人で川に入るなんてこと2度としちゃダメだ。それだけはわかってくれよ?」

「うん……」

「……いや、もうさ、そんなに練習しなくてもいいんじゃないか?」

「えっ?」

 見捨てられた。
 ルフォンはそう思った。

 止まったと思った涙がまた溢れ出しそうになって視線を下げて堪えようとする。

「ルフォンは……料理もできるし誰よりも優しいし…………可愛いし、なんでも出来るだろ? 1つぐらいできないことがあったって不思議じゃないし、それがまた可愛いっていうとあれだけど、こう完璧でいるよりも隙があった方がいいっていうか」

 慰めようとして言葉をつなぐリュード。
 でも上手くまとまらない。

「……言ってて訳わかんなくなってきたな。その、つまりアレだ。ルフォンが溺れたら俺がさ、絶対に、何度でも助けるからさ。あんまり無理はするなよな」

「リュー……ちゃん?」

「多少泳げて損はないけどさ、泳げなくたって俺がいるから」

「リューちゃぁん!」

「なんだよ、もう泣くなって……」

 1つぐらい弱点があってもいい。
 それをリュードが疎ましく思わず可愛いとまで思ってくれるなら。

 もう何回か練習してみたけどルフォンは泳げるようにならなかったから、もう泳ぐ練習をするのはやめた。
 出来ないことに時間をかけるよりリュードが喜んでくれるような、例えば料理の腕を上げることなんかに時間を使おうと思ったのである。

「絶対に、何度でも……」

「ああ、絶対に、何度でもだ」

 だからルフォンは分かっていた、リュードが助けに来てくれるって。
 タコのクラーケンに関して他言しないようにかんこう令が敷かれて、クラーケン討伐のお祭りもゆっくりと熱が冷めつつあった。
 そうこうしている間にも北側から進められていた犯罪者、魔物一掃作戦は順調に進んでいって多くの悪人が捕らえられた。

 これは他から流れてきた、きていないを問わずに捕らえていた。
 一掃作戦によりヘランド王国はクラーケン討伐と合わせて非常に平和で安定的な国となったといってもいい。

 作戦も終わったので国境線の封鎖も解除された。

「私たち、ここに残ります」

 リュードも入院していたのだけどルフォンの方が死にかけたということもあって長く病院にいることになった。
 ようやくルフォンも退院して、国境封鎖も解かれたということで今後どうするかを話し合っていた。

 そこでエミナが意を決したように切り出した。

「えっ、どうして……?」

 予想もしていなかった言葉。
 ルフォンは意外な言葉に驚きを隠すことができない。

 すっかり一緒にいることに慣れてしまった。
 本来どこか拠点となる場所を決めてそこで別れるという話だったことも忘れてこの先ずっと一緒に旅するつもりでいた。

 リュードとしてもエミナたちと無理に別れようとは思っていない。
 ルフォンのようにずっと一緒だとは思ってなくともまだ別れるような時じゃなさそうだと思っていた。

「私、クラーケンの討伐に参加して自分の無力さを改めて痛感しました」

 けれどエミナの考えは違っている。
 同じアイアン+でもリュードは今回の討伐の英雄。
 
 魔法1つでクラーケンを翻弄してみせて、戦いを大きく優位なものへと導いた。
 ルフォンもルフォンで目覚ましい活躍とは言えなくても確実にクラーケンの足を傷つけていて、タコが途中で襲ってくるなんてことがなければ危なげすらなかった。

 対してエミナは魔法部隊として参加して、ドランダラスの指示のもとで魔法を放っていた。
 しかしエミナの放つ魔法はリュードの魔法のような効果はなく、その他大勢の参加者の1人でしかなかった。

 魔法でもダメージは与えていたので役に立っていないわけではなかったけれど、役に立っていると誇れるような成果は何一つない。
 エミナは戦いの中で悔しさを覚えた。

「この先にお2人がどんな旅をしてくのか、それは私には分かりません。でもこのままだと、私がいるときっといつか2人の足を引っ張ってしまいます……」

「そんなこと……」

「待ってください。最後まで、私の話を聞いてください」

 リュードもルフォンもきっと足手まといなんじゃないと言ってくれるし、困ったら仲間なんだから助けてくれると言ってくれる。
 けれどそうじゃない。

「嫌なんです。私の力不足のせいで2人に苦労をかけたり、もしかしたらケガしちゃうことが。2人は大丈夫って言ってくれるけど私が大丈夫じゃないんです」

 自分が足手まといになっている。
 魔法の強さも立ち回りもまだ未熟で、何もかもが足りていない。

 2人がどう思っているかではなく自分がどうなのかである。

「エミナちゃん……」

「これまでリュードさんとルフォンちゃんの強さと優しさに甘えてきてしまいました。でもそれじゃダメなんです。自分でなんとかしないと……またきっと2人に甘えちゃいます」

 決意に満ちたエミナの目。
 初めて出会った時の頼りなさげで自信のなさそうな少女だった頃の目とはだいぶ違っている。

 リュードとルフォンが大好きで、強いとわかっているからこそ迷惑をかけたくないと思うのだ。
 2人と一緒にいてエミナも強いということが分かってきた。

 2人に頼ることのない環境に身を置いて努力を重ねなきゃいつまでも甘えてしまって、2人にふさわしい自分になることができなくなるとエミナは考えていた。

「2人はどうするんだ?」

 ヤノチとダカンにも視線を向ける。
 いきなりエミナだけ残るとは考えにくい。

 3人で話し合ったようであるのでリュードには答えはわかっていた。

「私たちもここに残ってエミナと組んでパーティで活躍していくつもり。故郷も近いし、なんてたって困ったらこの国の王様が助けてくれるしね」

「俺はヤノチがいるところが俺のいるところだから」

 3人でここを中心に活動する。
 今は大干潮があるから少しだけ大変な時期になるけどそれを過ぎれば国内は犯罪者も少なく、魔物も程よいレベルになっているはずだ。

 トキュネスやカシタコウも近く、何かあれば3人はすぐにでも国に帰れる。
 今はクラーケンや一掃作戦で国内の話題は持ちきりなのでトキュネスやカシタコウの話が入ってきてエミナたちのことが身バレする可能性も低い。

 ちょうど良い場所だろう。
 3人で決めたことのようだし文句もない。

「でも…………」

 声が震える。
 泣かないと決めはずなのに。

 我慢してもし切れない。
 ググッと上がってきた感情と目に熱いものが溜まって視界がぼやける。

「もじ……わだしがもっど、強くなっで2人の、隣にだっでも、いいと、思えるどぎがきだら」

 こぼれないようにと言葉を詰まらせながら言い進めるけれど、もう止まらなかった。
 こんな情けなく言うつもりなんてなかった。
 もっと、成長したのだと。
 精神的にも成長したと、堂々と言うつもりだったのに。

「まだ、わだしといっじょにだびじでぐれまずがー?」

 ヒドイ。
 ちゃんと言葉にもなってない。

 涙が溢れて、前が見えなくなる。
 今はそれでよかったかもしれない。

 呆れ顔でも優しい顔でも見えていなければ関係ない。

「もちろんだよ!」

 エミナにあてられて感極まったルフォンはギュッとエミナを抱きしめる。
 ルフォンの体に手を回してエミナも抱きしめ返す。
 
 互いに頭を肩に乗せあい、泣き合う。
 ヤノチも我慢できずに泣き出す。
 
 ダカンは顔を逸らして体を震わせているけど泣いているのが丸わかりである。
 リュードも鼻の奥がツンとして込み上げてくるものがあったけれど必死に堪えた。
 
 これは一生の別れではない。
 2度と会えないんじゃないから泣くものかという薄いプライドのようなものを持って、1人でも涙の別れにしないと涙を抑え込んだ。
 
 目がウルついていたけどどうにか流すのだけは耐え抜いた。
 その日はみんな目が腫れるまで泣いた。
 
 リュードも油断するとウルっと来ちゃうのでしばらく動けず、ルフォンとエミナは抱き合って泣いたまま疲れてしまったのかベッドで寝てしまった。
 ダカンも泣き疲れて眠そうにしていたのでリュードは引きずるようにして部屋に連れて行った。

 ーーーーー

「こんなはずじゃ……こんなはずじゃなかったのにーー!」

 次の日、エミナはベッドに籠城した。
 早速出発とは流石のリュードもそうはいかなかった。

 というのもいい話になってしまったのは次にどうするかの話し合いの最中であって、実はまだ次の目的地も定まっていなかった。
 あたかも明日お別れのような雰囲気があったのだけれど、特に出発の予定があったわけではなかった。

 あんな風にお別れの挨拶を交わしたのだから決意が鈍らないうちに早めに出発しようとは思う。
 だから少しだけエミナが勇み足だった感じは否めないのだ。

 ルフォンと次の目的地の相談のために部屋に来たのだけどエミナは布団を被って出てこない。
 クールにお別れを言うつもりだったのに号泣に次ぐ号泣。

 泣きじゃくる様は子供ドン引きレベルであった。
 その上泣きに泣いたために目は完全に腫れていてとても2人に合わせる顔がなかった。

「エミナ、出てきてくれよ」

 とりあえず話し合って目的地は決めたので出発しようと思えば出来ないこともない。
 しかし最後の最後でこんな布団の中からお別れするだなんてとてもじゃないけどできない。

 困ったようにリュードがベッドに座ってエミナを揺すってみる。

「……てください」

「なんだって?」

「リュードさんの、あの、もう1つのあの姿で抱きしめてください!」

 エミナの声を聞こうと静まり返った部屋の中、布団をかぶっているがためにくぐもった声が響き渡る。
 リュードの困った顔がエミナには想像できた。

 恥ずかしさと散々泣いたために疲れていたエミナは完全に暴走した。
 少なくともしばらく会う事はない。
 
 もう恥ずかしさの頂点にいるのだから多少の恥はかき捨てとばかりに顔も見えないこともいいことにエミナは思いついた欲望を口にした。
 何を言ったのか、分かっているけど分かっていない。

 段々と口にしてしまった言葉を自分で理解できてしまって顔が熱くなってくる。
 涙が枯れるほど泣いたはずなのに恥ずかしさでまた涙が出てきそうな気分になる。

 放った言葉はもう取り消せず、相手の反応を待つしかない。
 けれどなんの反応もなく布団の外は静かで、布団の中の自分の鼓動しか聞こえない。

 呆れられているのか、怒っているのか、まさか無言でみんな出ていってしまったのか。
 そんなことはしないだろうと思いつつもエミナは段々と不安になってきた。

 いなくても嫌だけど、いたらいたで恥ずかしさで死んでしまう。
 あまりにも沈黙が長くてそっと布団をあげて外を確認した瞬間だった。

「ひゃっ……!」

 強い力で引っ張られて布団が上に剥ぎ取られる。
 ベッドの横に誰かがいるといると視線を向けるとそこに立っていたのは布団を後ろに放り投げるリュード。

 しかも竜人化した姿であった。

「きゃ…………」

 布団を放り投げたリュードはすぐさまエミナの口を手で塞いだ。
 ここで悲鳴なんて上げられたら人が飛んできてしまう。

 エミナが口を押さえた拍子にバランスを崩して後ろに倒れたものだから自然と押し倒すような形になってしまった。

「シィー」

 リュードはエミナの口を塞いでいない方の指を口に当てて騒がないように言う。
 エミナはこくりとうなずいたのでリュードは手を離した。

 エミナのお願いを聞いたリュードは困った顔をしてルフォンに視線を送っていた。
 抱きしめてほしいなんてお願いルフォンが許すわけないと思ったからである。

 しかしなんと意外なことにルフォンは険しい顔をしながらもリュードにうなずいてみせた。
 許可が下りたのである。

 なんの気遣いなのかルフォンはヤノチとダカンを連れて部屋を出て行ってしまい、呆然とするリュードと外の状況をわかっていないエミナだけが残された。
 ルフォンもリュード離れをして大人になりつつあるのかと変な感動と寂しさを感じた。
 絶対に許すわけないと思ったのにヤノチとダカンを連れていくなんてスマートな気遣いまで覚えて。
 ただしそこに至るまでリュードの意見は一切関わっていない。
 
 こんなことをされては半ば強制的にやるしかないようなものではないか。
 ルフォンの心の内としてはエミナでも許しがたい行為であると思ってはいた。

『あなたは第一夫人なのよ、何にでも嫉妬を振り撒いちゃダメ。ちゃんとあの子の気があなたに向いてるなら他の子にもちょっとぐらいいい思いさせてあげるのが正妻の余裕ってやつよ』

 呪いの言葉。
 メーリエッヒの教えがルフォンの頭の中にこだました。

 先日リュードとキスをしたからルフォンはリュードとの関係に関して一歩先を行っていると心の余裕ができた。
 キスというか人工呼吸なのだけど口と口の接触に間違いはない。

 それと人工呼吸というものを知らないで見ていたエミナが言ったのだ。
 リュードの熱いキスによってルフォンは再び意識を取り戻したのだと。
 
 王子様のキスでお姫様が目覚めるなんてお話はこの世界でも定番の物語。
 特に本の虫であったヴェルデガーのところにはそんな絵本の類まであり、リュードが興味なかったので貸し出されて代わりにルフォンが読んだりもしていた。

 そんなイメージで話してしまい、ルフォンの中でもリュードのキスによって目覚めたのだとそういうことになっていた。
 行為の見た目上は間違ってない。

 わざわざあれは人工呼吸で、なんて説明するのもヤボなのでリュードとルフォンの初キッスは人工呼吸ではなく奇跡的な目覚めのキスというといことになった。
 ルフォンが幸せならそれでいいんだとリュードはそのままにした。

「これが正妻の余裕……」

 ゆえに抱き締めるくらいならとルフォンで胸の中の葛藤しながら許可を出した。
 エミナだからとギリギリ自分を納得させたのだ。

 3人が部屋を出て行ってしまい、エミナのご希望通りにするためにリュードは服を脱いだ。
 竜人化することを想定していないのでこのまま竜人化すると服が破けてしまうからである。

 こんなことで竜人化するなんて思ってもみなかったけれど大切な友達の頼みである。
 服を脱いで竜人化しながらリュードは考えた。

 どうしたらいい。
 ただの声をかけてもエミナがノコノコと顔を出してくるとは思えなかった。

 リュードだって恥ずかしいのだ。
 竜人化しているから違和感が少ないけれど今の格好は要するに半裸である。

 平穏無事な方法でエミナを誘き出す術が思いつかなかった。
 もう知らんとリュードは力技に出た。

 丸くなった布団をおもむろに引っ掴むと思いっきり上に引っ張り上げる。
 たまたまエミナが覗こうとしていたタイミングでもあって上手く布団を引き剥がすことができたのであった。

 また布団を与えると篭ってしまうので遠くに放り投げてエミナの方に向き直ると、エミナとリュードの目があった。
 腫れぼったい目が見開かれてリュードを上から下まで一巡する。

 エミナが大きく息を吸い込んでやばいと思ったリュードは咄嗟にエミナの口を塞いのであった。
 リュードがエミナに覆いかぶさるような体勢。
 
 倒れるのが怖くてエミナリュードの腕を掴んでいた。
 ゴツゴツとした鱗の感触、間近に感じるリュードの息づかい、逃げ場のない状況にエミナは完全にパニックに陥っていた。
 
 静かにするように言われたので叫びはしなかったけれど叫びたいぐらいの気持ちで、顔が火が出るほど真っ赤になっていた。

「落ち着いたか?」

 一見するとリュードがエミナに襲いかかっているようにも見える。
 全く落ち着かない、落ち着いていないけれどエミナはただコクコクとうなずいた。

 ゆっくりと触れないようにエミナの上からリュードは退ける。
 無言で手を差し出すとエミナがそっと握ってくるので上半身を起き上がらせる。

「ほれ、大人しくしてろ」

「えっ、ちべっ! むぐっ!」

 リュードはエミナの後頭部に手を回して、顔を濡れたタオルで拭いてやる。
 エミナが顔を泣き腫らしていると聞いていたので魔法で氷を作って氷水を持ってきていた。

 冷たい水にタオルをつけて固く絞るとそれでエミナの顔を拭いてやった。
 冷たさに驚いたのも一瞬ですぐにひんやりとしたタオルの冷たさが心地よく感じられた。

 火照った顔や腫れぼったい目の熱に冷たさが気持ち良い。
 優しくも力強く拭いてくれるリュードに身を任せる。

「ありがとうございます……」

 顔も気分もスッキリして、冷たさが正常な思考を取り戻してくれた。

「私、ご迷惑かけてばかりでしたよね?」

 思い返してみれば出会いもリュードにぶつかっていったことだった。
 それも2回もである。

 楽しかったけれどいつもリュードとルフォンには助けられてきた。
 それをリュードがどうこう言わないことはわかっているけれど沈黙に耐えかねて口に出して言ってしまった。

「そうだな」

 思ってもない肯定の言葉。
 ちょっとショックだけど本当のことだし、自分から言い出したことだからグッと受け入れる。

「でもさ、楽しかったよ。俺たちもまだ未熟できっとエミナにもたくさん迷惑かけてる。勝手にイマリカラツトに行ったりもしたし、みんなおあいこだよ」

 確かに戦いではエミナを助けることは多かった。
 でもリュードたちだって完璧ではなくエミナに助けられたことだって、多少……何回かある。

 リュードが暴走気味になるとルフォンはただ追従するだけなので冷静に止めてくれる役割を担ってくれた。
 なんやかんやと好きにはさせてくれたけどちゃんと考えるために自分を落ち着かせることができたのはエミナのおかげである。

 タオルと氷水を避けてリュードがベッドのエミナの隣に腰掛ける。
 リュードの方が重たいからベッドが沈み込んで、エミナの体がわずかにリュードの方に傾く。
 体の力を抜けばそのままリュードの方に倒れ込む。
 距離が近いので肩に頭を乗せるぐらいにはなるだろう。

 でもわずかに残った羞恥心とマトモな頭がエミナの体のバランスを保ってしまう。

「それにさ、感謝もしているよ。俺もルフォンも友達作るの得意な方じゃないからさ。距離感とか上手くないだろ?
だから友達になってくれて、嬉しかったよ」

 正直に思いを打ち明ける。
 恥ずかしいけれどエミナの恥ずかしさを思えばこれぐらいどうってことない。

「1番感謝してるのはこの姿のことかな?」

「その姿のこと、ですか?」

 見ているだけで惚れ惚れするとエミナは思う。
 一回り大きくなった体を覆う黒い鱗は美しい。
 
 いつもよりも顔つきはシャープになって目つきはよりワイルドになっている。
 夢にまで出てきてしまった姿。
 
 見せてもらえるだけでエミナが感謝するぐらいでリュードが一体何を感謝することがあるのかエミナには分からない。

「怖がらないでいてくれてありがとう」

 エミナと視線を合わせる。
 最初こそこの竜人化した姿を怖がっていたけれど、エミナはその後も普通にリュードに接してくれてこの姿で抱きしめてほしいとまで言ってくれた。
 
 抱きしめてほしいまでいくとどうかと思わざるを得ないが不安だったリュードに安心を与えてくれた。
 真人族が竜人化した姿を見たら怖がるとか引くとか、気味悪がられてしまうのではないかと心配していた。
 
 そうなっても別にいいとは思っていたのだけれどやはり実際にそうなると嫌な感情があることに嘘はつけない。
 しかしエミナはそんなことはなく受け入れてくれた。
 
 リュードにとっての自信にもなった。
 エミナはリュードの角やルフォンの耳について話題に出したこともなかった。
 
 それがエミナの意識してやっていることではないとは思うのだけどリュードにとっても触れられないことはありがたい話であった。
 だからこそルフォンもエミナが好きなのである。

「でもそんなに特別なことじゃないですよ……」

 感謝されてエミナは再び頬が熱くなる。

「エミナにとって特別じゃなくても俺たちにとって特別なんだ」

「ひゃ……ああぁぁぁぁ……」

「ありがとうエミナ」

 竜人化した姿でよかったと思う。
 きっと真人族の姿ならリュードも顔が真っ赤になっていたところだ。

 リュードはエミナの体に手を回して抱き寄せる。

 最初は強張ったように力が入っていたエミナの体から徐々に力が抜けていく。
 最後にはされるがまま、リュードに抱きしめられた。

 リュードの羞恥心が限界を迎える数秒間の出来事。
 ドアの前から漂うルフォンの気配もあってとても短い時間のことだった。

 けれどもエミナには十分な時間だったようでリュードがエミナを離すとヘニャリと力が抜けてベッドに倒れ込んでしまった。
 完全にエミナのキャパシティを超えていたのであった。

 エミナがどんな思いを抱えているのか、リュードにも分からないわけがない。
 しかしリュードにはルフォンがいるし、多妻が許されていると言っても誰彼構わず手を出していいものでもない。

 そこには一応のルールがある。
 仮にリュードとそういった関係になりたいならエミナにはルフォンを倒して第一夫人になるぐらいの気迫が必要なのである。

 最後の最後に分かったのは、エミナはリュードの竜人化した姿が好きだということ。
 なんだか変な発言とかあった気もするが意外なところを好きになってもらったものだとリュードは思った。

 ーーーーー

「それじゃあ本当にお別れですね」

 城壁もない町だとどこまで見送るか難しい。
 町と外の境目は曖昧でもう誰が見ても町の外というところまでエミナたちはリュードたちに付いてきていた。

 エミナが立ち止まる。
 いつまでも付いていってしまってはこれまでと変わらない。

 ちゃんとお別れしなきゃいけない。
 3人が立ち止まり、2人が少し歩いたところで振り返る。

 ヤノチの耳には黒真珠のイヤリング、エミナの首には黒真珠のネックレス、そしてルフォンの手首には黒真珠のブレスレット。
 売ればそこそこの値段になるはずのヴィーナスに選ばれた記念の装飾品。

 ルフォンは出会いと別れの記念に女の子3人でそれを分け合うことにした。
 同じ黒い真珠の装飾品を3人の友情の品とした。

「……いつか絶対強くなります。強くなって、その時はルフォンちゃんも超えて、リュードさんの隣に私が立ってみせますから」

 魔人族が第一夫人以外に妻を娶るために必要なのは何も財力や互いの愛だけではない。
 最も大事と言っていいこと、それは第一夫人の許可なのである。

 第一夫人に認められることが魔人族の多妻におけるルール。
 基本的には強いものが偉いなので夫が認めれば第一夫人に勝負を挑んで勝てれば第一夫人になるなんてこともできる。
 
 倒せなくても認められれば第二夫人になることもできる。
 弱い女性は魔人族が多く抱える妻に相応しくないというのが昔からの価値観である。
 
 現代では多妻なんてのも多数派な人ではないけれどそんな根底にあるルールは変わらない。
 とすると今のエミナの発言は意味を持つ。

『あなたを倒してリュードの第一夫人になります』

 そう宣言したのと同じ。
 リュードに告白、どころか結婚の申し込みをしたようなものである。

「…………待ってるよ」

 でも実はエミナは魔人族じゃないからその発言の意味を知らない。
 単なる決意表明ぐらいの意図しかないのだけど、ルフォンにとっては違った。

 いつになく真剣な顔をしたルフォンはジッとエミナの顔をみると言葉少なく体をひるがえして歩き出した。

「またな、みんな」

 またな。
 この別れは一生の別れではない。

 リュードとルフォンはまた新たな地に向かって進み出したのであった。
「舐めるといい味がするようになったんだよ」

「舐めるといい味がする……」

「なんていうか旨味があるっていうのかね?」

 クラーケン討伐から帰ってきて数日後。
 リュードはバーナードとエリザに会いに来ていた。

 バーナードはリュードを庇って攻撃を受けた訳だし、ちゃんとお礼を言いにきたかったのである。
 命に別状はなく無事であることはすでに聞き及んでいた。

「お兄ちゃん、ツノ生えてるー!」

「こらっ! すまないね、娘が」

「いえいえ、いいんです」

 何をお礼にしたら良いか考えた。
 お金を渡すのは違うし、バーナードたちが何を喜ぶのか分からない。

 人に聞いてみたところ、なんとバーナードたちには子供がいると聞いた。
 しかもその上スナハマバトルへは賞品の香辛料、中でも砂糖を目的に参加していたと聞き出すことに成功した。

 なのでリュードはバーナードとエリザにお礼として砂糖を袋に詰めて持ってきた。

「ありがとね、こんなにたくさん。うちの娘甘いものが好きだから喜ぶよ」

 外で会った時とは違う母親の顔をしているエリザ。
 子供がいるだなんて思いもしなかったけれどそれも冒険者を引退する1つのきっかけなのだろうなと思った。

 そして肝心のバーナードはというと。

「美しい……体の陰影がハッキリと出て俺の肉体が映えている……」

 鏡の前でポージングを取っていた。

 バーナードが食らった黒い塊は粘度の高いイカスミであった。
 ダメージこそあまりなく、拘束目的の攻撃だったようである。

 魔法で洗い流してようやくバーナードは動けるようになったのだが大きな弊害が1つあった。
 イカスミが皮膚に吸収されてしまい、全身が黒くなってしまったのだ。

 若干色落ちして真っ黒からは脱出したのだがバーナードはものすごい黒い。
 しかしこれがまたバーナードのすごいところでこの黒さにバーナードは惚れ込んでしまっていた。

 意外にも黒さが落ち着いてくると日焼けマシンでよく焼きしたような健康的な黒さに近づいてきて、バーナードは己の筋肉が美しく見えるようになったと喜んでいた。
 うっとりと鏡の前でポーズを取り、それを眺める。

 さらにそんなバーナードを眺めるエリザは流石にため息をついていた。
 イカスミは美味しいらしく、それが染み込んだバーナードは舐めると美味しいらしい。
 
 バーナードを舐める気にも、イカスミを皮膚に染み込ませる気にもならないけど面白い発見である。
 横で娘さんも一緒にポージングするのを微笑ましく眺めた後、リュードは改めてお礼を言ってバーナードとエリザの家を後にした。

 ーーーーー

「赤字だ……」

 バイオプラは泣きそうになっていた。
 意地を張らずにあそこで頭を下げてでも止めるべきだった。

 優勝賞品か魔道具のどちらかだけならまだしも両方持っていかれたことは非常にデカかった。

 どうにか損失分を補填しようと頑張ってみたもののスナハマバトルにも出資していたし今期の収支がマイナスになることは避けようがなかった。
 かなりマイナスは圧縮できたもののそれでもまだ赤字は大きい。

 しかし今期を乗り越えればどうにかなる。
 個人の財貨を投入しても乗り切るしかない。

「か、会長! お客さまです!」

「客? 一体誰が……」

 ありがたいけれど今は笑顔を作るのにも苦労をするぐらい精神的に疲れている。
 赤字をもっと減らすには商売は続けなきゃいけないのでバイオプラは重たい腰を上げてお客の元に向かった。

「は、あ、あなた様は!」

 応接室に行ってバイオプラはアゴが外れるほど驚いた。
 そこにいたのはドランダラス、この国の王様だった。

「お、王にご挨拶申し上げます!」

 その場にひざまづいてバイオプラは頭を下げる。
 ドランダラスは温厚で怒ることの少ない王様であるとバイオプラも知ってはいる。

 けれどそれが必要な礼を欠いていいということにはならない。
 どうして王様がこんなところにいるのか分からずバイオプラは何かやってしまったのだろうかと商売の詳細を頭に思い浮かべる。

「頭を上げよ。あくまで今の私はお客としてここに参っている。そう畏まる必要はない」

 そんなこと言ったってと思う。
 後ろに控えている護衛の目は厳しく、とてもじゃないけど畏まらない態度なんて取れるわけがない。

「そ、それで一体どのような御用で我が商会に足を運ばれましたか、お伺いしてもよろしいでしょうか」

 首に剣でも突きつけられている気分でバイオプラが質問する。
 何かを追求しに来たのではなく、お客としてきたのなら何かを買いに来たはずだ。

「ふむ、ここに最新鋭のコンロの魔道具があると聞いて参ったのだ」

「はっ……?」

「コンロの魔道具だ。先日私の友人が君のところで貰ったと聞いている」

 コンロの魔道具を持っているのは唯一あのスナハマバトルを優勝した若い冒険者のペアだけである。
 貰ったということはまず間違いないだろう。

 王様の友人だったとは、頭を下げて断りを入れなくてよかったとホッとしながらもバイオプラは倉庫にあるコンロのところにドランダラスを案内した。

「その、こちらでございますがこれが一体どうしましたか?」

「是非とも購入したくてな」

「そ、それは本当でございますか!」

 コンロの魔道具、しかも最新式となると値段がかなり高く売れるのにも時間をかけて貴族に売り込んでいく必要があると思っていた。

 売れるなら一気に赤字分を埋め合わせできる。

「ある分全て王城に運ばせよう。後はだな……」

 ドランダラスはルフォンが作ったデザートを作るつもりであった。
 ルフォンに作り方を教えてもらい、再現するつもりだったのだが失敗した。
 
 既存のものでは細かい火力の調節が難しく上手くいかなかったのだ。
 そこでドランダラスはルフォンがコンロを使っていたことを思い出した。

 わざわざ宿に人をやってどこで買ったのかを聞きにいかせて自分で足を運んできた。
 ついでに必要な材料なんかも買えればと思っていた。

「全てすぐに用意させます!」

 バイオプラはリュードたちに対する考えを改めた。
 賞品をタダで持っていき、損害をもたらしただけだと思っていた。

 けれど巡り巡って王様が直接商品を買いに来てくれた。
 高めの商品がバンバン売れてバイオプラは上機嫌になった。

 王様が買ったものという売り文句を付ければ高いコンロだって今後買う人が出てくる。
 厄病神のように感じていた2人のことを急に拝み倒したくなってきた。
 
 運気が巡ってきたと思ったバイオプラは部下に指示を飛ばして商品を準備させる。
 のちにヘランドの海商王……なんて呼ばれたらいいななんてバイオプラは妄想を広げていたのであった。
 フラフラと行きたいところへ行く、のんびりとした当てのない旅。
 時々冒険者として依頼を受けたりしながらリュードとルフォンは旅を続けていた。
 
 特に目的地は決めずに町から町へと渡り歩くように移動していた。
 しばらくは西の方向に進んでいたのだけど、ふとケーフィスのお願いを思い出して北の方に進路を取ることにした。
 
 流石に完全になんの目的もなくフラつくのも飽きがきてしまうので地図と睨めっこをして寄りたい国を決めることにした。
 ルフォンの希望としては珍しい食材や料理があるところに行きたいと言われた。
 
 それは地図上じゃ分からない。
 結局のところリュードに一任する形になったのででしょうがなくリュードがどこに行くのか考えた。

 しかしどこに行くのか考えるにしても地図上じゃ国名しか分からないのは変わりがない。
 冒険者ギルドや酒場なんかで色々と話を聞いて、1つ行ってみたい国が見つかった。

 話に出るくらいだからそれほど遠くはない。
 ちょうどさらに北に向かうことになるので場所も良い。

 リュードたちはまた町から町へと移動しながら目的地に向かっていた。

「何者だ! 身分を明かせ!」

 ようやく目的の国に入れる国境付近まで来ていたリュードたちは兵士に呼び止められた。
 そこは石造りの大きな建物が道を塞ぐように建っている関所というやつであった。

「冒険者のリュードとルフォンだ」

 フードを取って兵士に顔と頭を見せる。
 ついでに冒険者証も出してちゃんと怪しくないことをアピールする。

「魔人族の方ですか、では通行料もいりません。どうぞお通りください」

 顔パスや冒険者証の効果ではない。
 兵士はリュードの角とルフォンの耳を見て通してくれた。

 あの分なら冒険者証も出す必要がなかったなと思う。
 関所の上からジッと見下ろされる気まずさを感じながらリュードたちは新たな国に足を踏み入れた。

「すんなり通れたな」

「うん、面倒な調査とかなくてよかった」

 どうして身分証ではなく姿を見てリュードとルフォンを通してくれたのか。
 この国の名前はティアローザといって魔人族の国であるからであった。

 関所で検問をしていた兵士も上から怪しい動きがないか見ていた兵士も真人族ではない。
 何の種族かは知らないけれど魔人族なのである。

 ティアローザはかなり珍しい国である。
 魔人族の国というのがその理由なのであるが驚くべきはその立地である。

 特殊な土地にあるとかそのような訳ではない。
 ただある意味では特殊といえるのだ。

 ティアローザの国の周辺には真人族の国しかないのである。
 現在の世界の形は500年前の真魔大戦の影響を受けていて、大きく見ると真人族と魔人族は二分されている。

 もちろん真人族に囲まれた魔人族の国や魔人族に囲まれた真人族の国がないこともないけれど、それは両者の国が混在する真魔大戦の前線付近の話である。
 けれどもティアローザは真魔大戦の戦場からは遠いのに周りは真人族の国しかない。
 
 少し離れたところに魔人族の国があるとか、そういうことが一切ないのである。
 それにも関わらず真人族の国の中にいきなり現れたようにある魔人族の国、それがティアローザなのだ。

「魔人族の見た目が役に立つ日が来るなんて思いもしなかったな」

 そんな立地なものだからティアローザは魔人族の国まで行けないような魔人たちの受け皿となっている。
 国の方針としても魔人族は無条件で受け入れている。

 だからろくな調査もなく関所を通ることができた。
 ティアローザはそのような関係から魔人族が集まり意外と大きな国でもあった。

 いつか魔人族の国に行ってみたいと思っていた。
 角や耳を出していていても何とも思われないような国に。

 だからティアローザを訪れてみたのだけど国そのものが目的であって、そこで何をするつもりも決めていなかった。
 とりあえず首都にでも向かってみようとその前にある大きな都市にリュードたちはたどり着いた。

「お嬢さん、俺とツガイにならないか?」

「そこの黒い獣人の子、一夜を共にしてくれ!」

 魔人族というものの内訳を細かくみていくと、大きな割合を占めるのは獣人族という種族になる。
 名前の通りで獣、動物の特徴や能力を体に持つ魔人族である。

 どんな動物の特徴や能力を持つかでさらに獣人族は細分化されるのだけど大きな括りとして獣人族は多い。
 さらに獣系、いわゆる犬や猫の獣人族はとりわけ数が多くてティアローザでもそこら中を歩いている。

 ルフォンは人狼族である。
 希少種族で、比べるのは悪いが獣人族よりは格上の種族である。

 ただルフォンは先祖返りのためにケモミミが付いている。
 つまり見た目上は獣人族にも近いと言える。

 獣人族は獣としての本能が強いのか相手の強さを自分より上か下かぐらいを本能的に察することができる。
 そして魔人族に共通する価値観として相手は強ければ強いほど良い。

 強い子孫を残すための本能が真人族よりも強いのでそんな考えが根強い。
 つまり何が言いたかというと、ルフォンは無茶苦茶モテる。
 
 見た目も最上位、感じられる強さも痺れるほどとあっては獣人族たちが声をかけずにはいられないほど。
 ルフォンに見惚れてしまって隣の彼女にぶん殴られているアホもいた。

 こんなことになるなんて全くの予想外であった。
 実はリュードも声をかけられているが、ルフォンが圧倒的すぎて女性の方の声はあまり聞こえてこなかった。
 
 それにリュードは角があるけれど何の魔人族なのか分からないのも声が少ない原因だった。
「お断りです!」
 
 ルフォンは声をかけるのを嫌がってフードでも被るのかと思ったらリュードの腕を取った。
 パートナーがいますとアピールすることで声かけをかわそうと思ったのだ。

 ついでにリュードへの声かけの牽制にもなる。

「よー兄ちゃん、一度俺と勝負しようぜ」

「羨ましい……ぶっ殺してやるよ!」

 狙い通りにルフォンに対する声かけは減った。
 代わりにリュードに対する声かけは増えた。

 物騒極まりない声がかけられているが誰も本気ではない。
 どいつも本能的にリュードの方が格上の相手だと分かっている。

 嫉妬によるやっかみは受けるけどその理由を考えたらちょっとだけ鼻高々な気分になったリュードだった。
 
「結婚を前提に俺とお付き合いをしてください!」

 しかしだ、どんなに腕を組んでアピールしても、どんなにリュードが強くてもバカには通じることがない。
 急遽だったためなのか何なのか、花ではなく近くのお店の串焼きを全て買い上げて、片膝をついてお花よろしくルフォンに差し出した男がいた。
 
 真っ赤なたてがみのような毛を持つ体つきの良い獣人族の男性だった。
 リュードは目の前の男を知らなかったが、周りがざわつき始めた。

「赤獅子……獣王の息子だろ?」

「ああ、こんなところで何してるんだ?」

「なんでもここと国交を樹立して、自分の国に行きたい獣人がいたら引き連れて帰るためにわざわざ息子を送ってきたらしいぞ」

「へぇ、まあ確かに獣人族の国の方が良いって連中もいるかもな」

 赤獅子人族ならリュードにも聞き覚えがある。
 獣人族にとっての英雄が赤獅子人族だ。

 真魔大戦の時に獣人族を率いて戦い、奴隷となっていた獣人族たちを解放した赤獅子人族の戦士が今でも伝わる魔人族の英雄の1人となっている。

 漏れ聞こえる話からするとこの赤獅子人族は王の息子らしい。
 ナイトのように膝をついた赤獅子人族の男は一心にルフォンを見つめている。

 リュードも組んでいる腕も見えていない。

「ごめんなさい」

 分かっていた答えでもホッとする。
 ルフォンはペコリと頭を下げて赤獅子人族の男の求婚を断った。

「マジか、断られたぞ」

「まあ、腕組んでるし当然だろう?」

「俺なら王族入りするわ」

「誰もお前に結婚申し込まねーっての」

 王族、さらにそれなりに強い自信がある。
 自分が声をかければ相手は落ちるだろう、そんな自負が赤獅子人族の男にはあった。
 
「ま、待たれよ!」

 変に注目を集めてしまった赤獅子人族の男は引くに引けなくなってしまった。
 赤獅子人族の男は自分に興味がなさそうなルフォンではなく、ルフォンがポーッと見上げる至極迷惑そうな顔をするリュードの方に目をつけた。

「お前、その女性をかけて俺と決闘しろ!」

「……なんだって?」

 強い者が偉い。
 強い者こそ子をなしていくべきである。

 未だにそんな価値観も根強い。
 1人の女性を巡って決闘をするなんてことも昔はあったと聞いたことがある。

 ただ真人族じゃまず見られないし、今では魔人族でもそんなことやっている人はほとんどいない。
 それなりに価値観も変わってきているので女性にも選択する権利があるから女性をかけて決闘なんてすることはない。

 そもそも昔でも女性の合意は要したのに断られたから決闘するなんて有り得ない話だ。
 全くないかと言えばゼロではないが、決闘するなんてことは田舎の若者が殴り合いをするぐらいのレベルのもので真正面からの神聖な戦いという意味合いは薄い。
 
 まして王族の者がこんな白昼堂々と往来の真ん中でやっていいことではない。

「き、聞こえなかったのか!」

「いや、そうじゃないけど、いいのな? その言葉今ならまだ聞かなかったことにしてやるぞ?」

「ふん、怖気付いたのか。俺は言った言葉を引っ込めたりしない!」

 ここで引いたり断ったりしてはリュードの名誉に傷がつく。
 臆病者のそしりを受け、あっという間に町中の噂になる。

 あとルフォンは物じゃない。
 だからこんな決闘受けたくはない。

 でもこんな町中で名誉を失えば取り戻すのは難しい。
 それだけじゃなくルフォンを物扱いしたことに不快感を覚えていた。
 
 名誉なんてドブに捨てても構わないのだけど、ここで引いてしまったらリュードを負けと見なしてルフォンを引き渡せというかもしれない。
 リュードが決闘から逃げたらルフォンに対する今後の声かけもかわすことが難しくなる。

 それにリュードにもプライドってものはある。

「分かった……ルフォンは渡せないから受けてたとう」

 冷静を装いながらリュードは色々やらかしてくれたこの赤獅子人族の男に怒っていた。
 ルフォンをかけて決闘だなんてとんでもない話だ。

 例え王族で今後獣人族の国に入ることができなくなったとしても骨の1本や2本は覚悟してもらう。

(どうしてこうなったー!)

 対して赤獅子人族の男レヴィアンは焦っていた。
 レヴィアンは子供の頃から頭に血が上りやすい性格ですと評価されてきた。

 1度間を置いて頭を冷静にしてから発言しなさいと何度も怒られてきたことがある。
 一目惚れをしてしまった。
 強さや見た目も完璧でその笑顔(リュードに向けたもの)に胸が熱くなり、恋というものを知った。
 レヴィアン自身は花になんて興味がない男で、食べ物でも貰った方が嬉しいから周りにあった肉を買ってきた。
 
 そして花束のように差し出して勢いでルフォンに告白した。
 受けてくれるなら本気で愛するのは言うまでもない。

 しかしとりつく島もなく断られてショックで一気に頭に血が上ってしまった。
 それでも頭の片隅に残った冷静さが兄の言葉を思い出させてレヴィアンを微妙な暴走へと導いたのである。

“女性にそのような尊大な態度ばかりとっているとモテないぞ。冷静に、丁寧にだ”

 ルフォンに対して何か言葉を出すのは押しとどめたのだけど引き止めてしまった。
 焦ったレヴィアンはターゲットをルフォンからルフォンと腕を組むリュードの方に変えた。

 俺と戦えよなんて声をかけられていたのをレヴィアンも聞いていた。
 だからなのか咄嗟に口を出た言葉が決闘しろだった。

 一般人の決闘なんかと違って王族が決闘するなんてそんなに軽いものではない。
 道のど真ん中でやらしてしまったレヴィアンは自分から言い出したにも関わらずかなり動揺していた。

 堂々としているように見えて実は足が震えている。
 決闘という強い言葉を使ってしまった以上は撤回もできなかった。

 よくよく見るとリュードはレヴィアンよりも強いことが本能的に分かる。
 周りの人からするとレヴィアンもリュードも格上なので強いことが分かってもどちらの方が上かまでは判断できない。

 レヴィアンだけが自分よりリュードの方が上だと分かっていたのであった。

「勝負の決着は……そうだな、どちらかが死んだらにしようか。いいな?」

 リュードの提案によくない、コイツヤバイ! とレヴィアンは焦りまくっている。
 自分が王族であることは聞こえているはずなのに命をかけるなんて異常思考すぎる。
 
 よほど女性が大切なのか、それともイカれているかだ。

「ま、待て!」

 ルフォンから腕を離し、剣に手をかけるリュードに本気で命の危険を感じたレヴィアン。
 なんとかこの場を乗り越えなきゃいけない。

 せめて周りの目がないところにいかなければと頭の中で必死に考えた。

「なんだ?」

「こ、ここでは周りの人に危害が及ぶ可能性がある。別の広い場所に移らないか?」

 面白い見せ物だとリュードとレヴィアンの周りには丸く人が集まってきてしまっている。
 派手な魔法とかを使うつもりはないけれど周りの人に危険が及ばない可能性を排除しきることはできない。

 レヴィアンの言葉にも一理ある。

「分かった。ただ俺はこの町が初めてだから良い場所なんて知らないぞ」

「俺がいい場所を知っている。ついてこい」

 リュードは当然この町に来るのは初めてなので広い場所なんて知らない。
 怖気付いていることをバレないように背筋を伸ばして歩くレヴィアンにリュードは付いていく。

 おかしなことをしたら後ろからバッサリと切るつもりで。
 どこへいくとも言っていない。
 
 付いてくるなとも言っていない。
 当然のように見に来ていた人たちも付いてくるがレヴィアンは変わらず歩き続けていく。
 
 向かっているのは町の中心部方向。
 町の中心にある城が大きく見えてくる。
 
 お城の方に近づいて行っているとリュードは気がついた。

「王子様!」

 そうして歩いていると何人かの獣人族らしい人たちがレヴィアンのところに駆けてくる。
 まさか仲間を呼ぶために連れてきたのか。

 いつでも剣を抜けるようにリュードは警戒する。

「ようやく見つけましたぞ! 勝手にまた我々を撒いてどうするのですか!」

「どうしていつもそうなんですか!」

 様子を伺っているとレヴィアンが叱責される。
 駆け寄ってきた人たちは汗をかき息を切らせている。

 何か緊急事態でもあったのかと思ったけれどそうではなかった。
 レヴィアンは非常にヤンチャな性格をしていた。

 口々にレヴィアンに文句を言う獣人族の人たちはレヴィアンの護衛。
 王族が1人の護衛も付けないのはおかしいと薄々感じていた。
 
 護衛があれもこれもレヴィアンをたしなめて止めるので煩わしくてこっそりと護衛を撒いていたのだ。
 もし護衛を撒いておらず大人しくしていればこんなことにはならなかっただろう。

「す……すまん」

 素直に謝るレヴィアンは内心護衛たちが来てくれたことに安堵していた。
 護衛たちの言うことはもっともで今後しばらくは護衛を撒くことはやめようと心に誓った。

「それで、こちらの方々は?」

 護衛の1人が嫌そうな顔をしてレヴィアンに問いかける。
 レヴィアンは今リュードを先頭にしてゾロゾロと人を引き連れている。

 歩いている最中もなんだなんだと人は増えていき、結構な行列ができていた。
 また何をやったのだと怪訝そうな視線をレヴィアンに向けると気まずそうに頭を掻く。

「その先頭の男女は俺が用があるのだけど、その後ろの列は……物見客みたいなものだ……」

 ハハハと乾いた笑いで誤魔化そうとするレヴィアンであるが何も誤魔化せていない。

「はぁ……また何をやらかしたのですか……」

「まあいい、関係のないものは解散させろ」

 面白い者が観れると思って付いてきていた人たちは護衛たちが声をかけて解散させた。
 ぶつぶつと文句を言いながらも他国の王子というお偉いさんの言うことに逆らうわけにもいかなくて、みなゆっくりと帰っていった。