水分補給をしたり柔軟をする時間が与えられてリュードたちも体を軽く動かす。
ようやく辛さによる汗と口の痛みも引いてきたので体調は悪くない。
まずは男性部門からの開始となった。
最初の砂山崩しで脱落したペアを抜いた20人を4つに分け予選とする。
そして勝ち上がった4人で決勝となる旗取りをする。
どの組み合わせになるのかはくじ引きだった。
くじ引きの結果、うまくバーナードとは別の組になった。
ひとまず決勝まで上がることができそう、そう思ってバーナードを見ると軽くウインクを返してきた。
バーナードの言う通りでライバルとなりそうなのはきっとバーナード・エリザペアになる。
そんな予感を感じながらリュードは砂浜にうつ伏せになってスタートを待った。
スタートの合図がかかると体を反転させながら勢いよく立ち上がって強く砂を蹴る。
リュードの前や横に並び立つものはおらず、砂にまみれるスライディングもすることなく余裕で旗を取ることができた。
予選は勝ち抜くことができた。
決勝戦のために集められた4人の中には当然のようにバーナードもいる。
「君なら勝ち上がってくると思ったよ」
入念にストレッチをするバーナード。
何組か本気で挑んでいるなと分かるペアもあるのだが、その中でもバーナード・エリザペアは本気度もトップであるように感じる。
もちろんゆるーく競技を楽しんでいるペアも多い。
「きっと普通に走れば君の方が早いのだろうな」
決勝戦での走る距離は予選の時よりも長い。
相手の方が足が速いと認めてしまえばそれはやる前から敗北宣言しているようなものではないか。
自信満々に負けを認めるような発言をしたバーナードの顔をまじまじと見てしまう。
それに気づいたバーナードは白い歯を見せて笑う。
「しかしだな、砂浜には魔物が潜んでいるのさ。もちろん、本当の魔物ではないぞ?」
バーナードの言葉の真意が分からない。
自分の方が遅いと言っているのにそれでもなお余裕のある態度に見えるバーナードに不安を覚えつつもリュードはスタートの体勢をとった。
「旗取り男性部門決勝戦を始めます! よーい……スタートぉ!」
ウェッツォがスタートの合図に手を振り下ろして旗取りの決勝戦が始まった。
まず飛び出したのはリュード。
砂を蹴って4人の中で1歩2歩と前に出る。
スタートダッシュはまずまずだ。
このまま後ろを引き離していければと思ったら声が聞こえた。
「まだまだだな。君は砂を解っていない」
横に並ぶ者はいない。
旗まで一直線、そう思っていたのに。
全身ムキムキの筋肉で重そうな体をしているバーナードがリュードの前に出た。
スタートの時点ではリュードの方が前にいたのに、バーナードに追い越されてしまった。
リュードが慌てて速度を上げようとしたが踏み込んでも足は砂に大きく食い込むだけでスピードに乗れない。
バーナードと競い合うように旗に飛びかかったものの、最終的にリュードよりも半歩前に出ていたバーナードの手に旗が収まることになった。
リュードの方が足が速い。
それは確かなのに。
それなのにバーナードに追いつかれて、前に出られてしまった。
敗北感。
久々に味わった感覚。
焼けた肌、極限まで絞った筋骨隆々な体、際どいブーメランパンツ。
己の肉体美を見せつけるかのようにポージングを取るスキンヘッドのナイスガイにリュードは負けた。
「はっ、はーん! それじゃダメだぞ、ボウヤ」
「コイツ……ムカつく!」
旗を掲げるようにポージングをするバーナードに賞賛の声が飛ぶ。
本当に僅差だった。
見ている観客としても面白い戦いだったのでリュードを慰める声もあった。
「砂浜には魔物がいると言ったではないか」
「何という名勝負! 先に飛び出したのはリュードだったが驚異的な追い上げを見せたバーナードが逆転。そしてそのまま旗を掴み取った! 流石は前回大会覇者! シューナリュードさんもかなり惜しい戦いでした」
「なぜ……」
「知りたいかい?」
バーナードは落ち込むリュードに手を差し出した。
その手をとってリュードは立ち上がり、体の砂を払う。
「俺のほうが足は速いはずなのにどうしてバーナードさんに追い越されたのか分かりません」
「ふっ、簡単なことさ。君は砂の上を走ることを分かっていないのさ。地上と同じ感覚で同じように走るだけではダメなのさ。ガムシャラに足に力を加えてしまうとむしろ速さに乗れなくなる。特にここの砂は沈みやすいからね」
バーナードは快くリュードに負けた理由を説明してくれた。
やり方や経験の差がモロに競技の勝敗に直結してきた。
リュードは砂の上を走ることを甘く見ていた。
勝てるだろうとたかをくくってしまった。
スタートダッシュが決まって勝てると思った。
勝てるだろうと慢心してしまったのだ。
もっと砂の上で走ることを分析するべきだった。
魔物が潜んでいる。
この言葉の意味ももっと考えればよかった。
「くそっ……」
たとえお遊びの競技でも負ければ悔しいものである。
「リューちゃん……」
反省するリュードにルフォンはかける言葉が見つからない。
「ルフォン、気をつけろ。砂の上を走るのはいつもの感覚と違うし、あの2人はそれに慣れてる。気を引き締めて走るんだ!」
負けは負け。
それを受け入れて次を考えなければ同じ轍を踏んでしまう。
「うん、分かった!」
例えお遊びのイベントでも勝敗が関わってくると本気になってきてしまう。
慢心して手を抜いてしまったくせに負けてしまって無茶苦茶悔しいリュードだが勝負事が故に次は負けないとやる気を燃やす。
なんだかんだで争い事に負けたくないのが魔人的な性格の一面だ。
「ここで勝って私たちの優勝を確実にさせてもらうよ」
「負けないよ!」
ルフォンとエリザの間に火花が散るのが見える。
ルフォンも魔人族であり、負けず嫌いなところがある。
さっきは息止め対決で負けてしまった。
今度こそ負けられない。
幸か不幸かルフォンとエリザも別の組で予選となった。
注目株の2人は周りの大きな声援を受けながら走りどちらも見事に予選を勝ち抜いた。
「それでは旗取り女性部門の決勝戦、よーい、ドーン!」
「なっ、速い!」
リュードの戦いを見ていたし砂の上での戦い方は何かが違うのはルフォンにも分かった。
けれど何が違うのか正確には分からないし今から見つけて修正している暇もない。
ならやれることは1つだけ。
ルフォンは最初からトップスピードで走った。
砂に足を取られて思うようにスピードが出ないけどひたすら旗だけを見て足を動かした。
最初のダッシュではリュードもバーナードより速かった。
しかしその後追いつかれてしまった。
追いつかれなきゃいい。
相手の走り方がうまくて加速できるとしてもその前に速さに乗って、距離を作ってしまえばいい。
「おーっと、ルフォン速い! スタートダッシュを決めて2位以下の参加者を突き放す!」
純粋にスピードを比べると実はリュードよりもルフォンの方が速い。
それなのにやはり砂場での走行は難しいのかエリザが少しずつ距離を詰める。
「はあぁぁぁぁ!」
けれども最初に作った差は大きかった。
エリザは差を詰め切ることができずに旗はルフォンが飛びついてゲットした。
「なんとなんと、旗取りは前回大会覇者であるエリザを下して息止め対決のリベンジとばかりにルフォンが勝利したー! これでバーナード・エリザペアとシューナリュード・ルフォンペアが一勝ずつとなりました。次の男女ペアで勝者が決まるのかー!」
展開的には勝ったり負けたりでいい感じで司会のウェッツォの声にも熱が入る。
「やったよリューちゃん!」
「やったなルフォン!」
これで勝負はイーブンとなった。
「……どうした?」
「んっ、なんでもない」
リュードに駆け寄ってきたルフォンはいつものように頭を差し出してくるでもなくリュードの顔をじっと見つめた。
てっきり撫でるものだと思っていたリュードは不思議そうな顔をする。
照れ臭そうにリュードから顔を背けるルフォン。
何か別のことでもしてほしかったのだろうかと首を傾げる。
旗取りの第3回戦、とでも言えばいいのか。
男性部門、女性部門ときて、次は男女で走るペア部門である。
男女で走るとはなんだろうと思っていた。
説明を聞くとペア部門での旗取りとはなんと足を結んで二人三脚で行うものだった。
慣れない砂の上、やったこともない二人三脚。
バーナード・エリザペアは前回大会でもやったことがあるだろうしこれはかなり不利だと言わざるを得ない。
「大丈夫だよ」
足を縛られているのでルフォンとは自然と密着するような距離になる。
「私たちならどんな相手でも勝てるよ」
リュードを見上げるルフォンの瞳には確かな自信があふれている。
さっきは不慣れな足場に慣れず一敗を喫してしまったが、リュードが敵わない相手ではない。
もう少し近づけば唇が触れ合ってしまいなぐらいの距離でルフォンの目を見つめているとなんだかリュードも自身が湧いてくる。
バーナードの自信満々な態度のせいで変に弱気になっていたかもしれない。
「……そうだな。よし、スタートダッシュでルフォンみたいに逃げ切ってやろうか。走り出しは結んである足から、それでオッケーか?」
「うん! 目にもの見せてあげようね」
まずは予選を勝ち抜くことからだ。
例によってバーナード・エリザペアとは別の組になった。
男女ペアでの難しさは単に二人三脚なだけなことではない。
ビーチフラッグよろしく、スタートの体勢は旗とは逆を向いてうつ伏せに砂浜に寝転んだ状態から始まる。
1人なら体を反転させることに問題はない。
しかし足を縛られた2人では反対を向くことも意外と難しいのだ。
様々なペアがワタワタと方向転換する中、リュードはかなり力技で反転してみせた。
立ち上がった瞬間に縛っていない足を軸にしてグルリと回転して前を向く。
ルフォンは前に飛び上がるようにして、リュードはそんなルフォンを引き寄せて勢いをつけて一気に反転した。
おかけでスタートダッシュが決まり、余裕で予選は勝ち残った。
「さすがだな、息もピッタリじゃないか」
足を縛られているのにいつも通りのように歩くバーナード・エリザペア。
バーナードがエリザの腰に手を回して歩く姿は普段からそうしているように見える。
「その距離感、初々しいな」
リュードとルフォンはお互いの肌が触れ合わないようにしている。
足は縛られているのでしょうがないけど上半身はちょっとだけ距離を空けている。
ある意味で互いを思い合っていると取れる距離感にバーナードは甘酸っぱい初々しさを感じていた。
「そうね。私たちも最初はあんな感じだった……あら」
言われてみればそう感じるとエリザがクスリと笑う。
そんな様子を見て挑発されたと感じたルフォンはギュッとリュードの腕に手を回した。
自分たちだって触れ合えるのだぞとアピールするのだが、顔が赤くなっているのが丸わかりである。
若い2人の近すぎない恥じらいを持った関係性。
昔の自分たちを見てるような気分になってバーナードとエリザは微笑ましくなった。
「スタート前から両者の間には激しく火花が散っております! それでは旗取り最後の戦い、バーナード・エリザペアが勝つのか、シューナリュード・ルフォンペアが勝つのか。それともまた別のペアが勝つのか目が離せません!」
予選が終わって決勝戦。
リュードたちの左隣がバーナード・エリザペアであった。
「最後に旗を持っていたペアが勝者となります。位置について……よーい、スタートぉ!」
都合4回目でも砂浜の上を走ることは難しい。
未だに慣れたとは言えない。
だから出来ることを全力でする。
最初から全身全霊での猛ダッシュ。
バーナード・エリザペアは足を出すタイミングを合わせるのに掛け声を使っていたけれど、リュードとルフォンにはそんなものもなかった。
勝ちに向かって集中力の高まった2人は自然と息が合い、足が合った。
「速い、速ーい! シューナリュード・ルフォンペア速い! まるで普段から足を縛って生活しているかのような息の合い具合!」
スタートダッシュは大成功。
誰よりも早く起き上がり、誰よりも早くターンを決めた。
「バーナード・エリザペアも負けじと食い下がるが……差が縮まない!」
「ルフォン」
「ううん、リューちゃん、2人で」
視線も交わさない短い会話。
2人は一際強く砂を蹴ると一直線に旗に飛びついた。
ゴールは同時に。
「取ったぁーーーー! シューナリュード・ルフォンペアなんと2人で旗を取り高くそれを掲げましたー! 旗取りペア部門の勝者はシューナリュード・ルフォンペアだーーーー!」
歓声。
1番難しい走りだったのに1番早く走れた。
「へへっ、やったね。次も勝ってこのまま優勝しちゃおうね!」
「ああ、このまま優勝だな!」
今自分たちはノっているとリュードも感じていた。
バーナードとエリザペアに少し押され気味であったけれど自分たちのペースというものを取り戻した。
どんな競技が待ち受けていようとも勝てる。
足の縛りを外してもらったけれど、それでパッと離れるのも逆に恥ずかしくなって近いようなそんな距離を2人は保つ。
「名残惜しくも最後の競技となってしまいました。この大会ラストを飾ります競技、それはスナハマラベック! 知らない人にとってはちょっとだけルールが聞き慣れないかもしれません。簡単に申しますとこのラベックというボールを砂浜に落としてはならない、そのような競技となっております」
簡単にウェッツォがルールの説明をする。
なんだかこれは1番競技っぽいなと思っていたら、このラベックという競技よくよく聞くと要するにビーチバレーのようなものであった。
ボールを持ったりせずに体のどこかで跳ね上げて地面につけないようにしながら、漁用の網で区切られた相手のスペースにボールを落とすという競技。
聞けば聞くほどバレーなのだが名前はラベック。
これはボールの名前から来ていて、そのボールの名前は素材となった魔物の名前から来ている。
今は別にその魔物で作られたものだけではないのだけれど、元々そんな魔物の皮で作ったボールで遊んでいたことが発祥らしい。
「意外と跳ねるな」
練習としてラベックを触ってみると思いの外しっかりとしたボールだった。
こうしたものが普及すればスポーツ的な文化も花咲く可能性がありそうだ。
「ちなみにこちらのラベックはモスナ商店で販売しております!」
時々協賛している商人の紹介が入る。
観客も多い商業的な側面もあるイベントで色々と利権も絡んでいるのだろう。
用意されたコートは2つで戦いは勝ち上がりトーナメント方式。
この時点で勝ち目がないと棄権してしまったペアもあり計16ペアでの戦いになることになった。
1回戦目は16組のペアトーナメント表ではリュードたちの逆側の山からやっていくことになって、リュードたちはちょっとお休みとなった。
リュードはともかくルフォンが口頭での1回だけの説明でちゃんと競技を理解できているか分からないので助かった。
他のペアで理解できているであろうバーナード・エリザペアは試合をしているので偵察も兼ねて見に行くことにした。
この2人は前回大会にも出ているしラベックがどんな競技か知っている。
「エリザ!」
「はいよ!」
「エリザのアタックが決まったー!」
相手ペアもラベックを知っているのか全く動けていないわけじゃないが、慣れてもいないのか動きがグダグダ。
とてもじゃないがバーナード・エリザペアには敵わない。
それでも基本的な動きは見ることができたのでルフォンも基本ルールは理解できた。
そのまま危なげなくバーナード・エリザペアは勝ち抜き、リュードたちも呼ばれて試合の番となった。
「いけそうか?」
「うん、大丈夫!」
相手ペアはエンジョイ勢の初心者。
非常にちょうど良い相手である。
リュードがいればまず負けることはない相手なのでリュードはルフォンのフォローを上手くしながら色々と練習を兼ねてやらせてみる。
運動神経もいいし、勘もいい。
みるみる間にラベックに慣れていき、ルフォンは上手くなっていく。
感じ的にはトスを上げるよりアタックが上手い。
「やあっ!」
「ルフォンの強力なアタックを相手チームは取ることができない!」
「ナイス!」
「へへ!」
リュードが上げてルフォンが決めるの流れが出来つつあった。
2回戦目はそうした流れを確立する様に動いていき、ルフォンも優秀なアタッカーとなった。
トスを受けるのも動体視力がいいので上手く、2回戦目は失点も少なく勝つことができた。
そして決勝になり、コートを仕切る網越しにリュード・ルフォンペアとバーナード・エリザペアは対峙した。
「ここまで来ると運命まで感じるな……」
ピクピクと筋肉を動かしてバーナードは感慨深そうな表情を浮かべる。
明らかに他とはレベルの違う戦いにこの2人が勝ち上がってくることは分かっていた。
「スナハマラベックはこれまでやってきた全てが高い基準で要求される競技……。君たちならここまできてもなんら不思議ではない。しかし優勝するのは私たちだ。……ここで負けるわけにはいかない!」
バーナードが全身に力を込めると筋肉が盛り上がり、体が一回り大きくなった。
「こちらも負けませんよ」
「こんなに熱くなれる戦いは久々だ。決着をつけようではないか」
「ええ、そうしましょう」
リュードも剣などの戦い以外でもここまで熱くなれるとは自分でも予想外だった。
だが不思議とワクワクしている。
バーナードたちと勝負を決めたい自分がいる。
「泣いても笑ってもこれが最後の戦い! スナハマバトルの優勝者はこの直接対決によって決まります!」
司会のウェッツォの煽りの言葉も応援の歓声も4人には届いていない。
コートに立った4人の集中は高まっていて他のことはもはや見えていない。
先行のサーブは総合ポイントで劣るバーナード・エリザペア。
「行くぞ!」
バーナードが持つとラベックのラベックも小さく見える。
軽く上に投げたラベックのラベックをバーナードが打つ。
バーナードの強力なサーブ。
最後の戦いが始まった。
前世の体だったなら対応することも難しかったろう。
しかし今は竜人族の強靭な肉体がある。
スピードもパワーもあるサーブをリュードが反応して上げる。
「ルフォン!」
「ハァッ!」
「トンデモナイ娘さんだな……」
「ホントね……」
反応ができなかったとバーナードは息を吐き出した。
リュードが上げたラベックにルフォンは砂を強く蹴って飛び上がって叩きつけるように腕を振り下ろした。
上げ方は決して上手いとは言えなかったのにルフォンは恐ろしい身体能力と反射神経でもってラベックを相手コートの隅に叩き落としてみせた。
荒々しい力技にバーナードもエリザも反応することができなかった。
しかしバーナードとエリザも負けてはいない。
ルフォンの強烈なアタックに対応し始めてお返しとばかりに返してくる。
一進一退の攻防が続く。
時には力で、時には技術での攻撃にリュードとルフォンも苦しむ。
砂にまみれて負けじとラベックに食らいついてリュードが上げて、ルフォンがどんな状況からでもアタックを返す。
バーナード・エリザペアのようなスマートさはないが、リュードが持ち前の身体能力でとりあえずラベックを上げればルフォンが打ってくれる。
互いが互いに譲らない戦い。
一瞬たりとも気の抜けない状況が続いていた。
「ぬおおおっ!」
「バーナード、ルフォンの強力なアタックを受けきれないー!」
やればやるほどルフォンは研ぎ澄まされていく。
戦いの最中にルフォンは成長し続けていた。
バーナードの伸ばした腕に当たったラベックのラベックは威力を殺しきれずに大きく後ろに飛んでいってしまった。
鋭く重たくなっていくアタックはラベックをある種の凶器にまでしてあるかのようだった。
「これでシューナリュード・ルフォンペア、マッチポイントです!」
先にマッチポイントを迎えたのはリュードとルフォン。
長い戦いも終わりが見えた。
体力に自信があったのに1日中砂の上で動き続けたせいで疲労がすごく、さすがのリュードですら体が重く感じられる。
ここに来てサーブはバーナード。
バーナードのサーブはとても重たくてルフォンでは受けるのが厳しい。
まだバーナードの目には強い意志を感じ、勝負を諦めてはいない。
「うおおおお! 負けるかー!」
バーナードの渾身のサーブ。
パワーを重視したその一球はリュードの真正面に飛んできた。
「こっちだって!」
腕を引いて威力を殺そうとするけどラベックの勢いが強すぎる。
リュードの体が押されるような重たいラベックをなんとか上にあげる。
「バーナードの放ったサーブをリュードが上げたっ! 空高くラベックが上がるー!」
上手く勢いを減じきれなくて上げることが精一杯だった。
もっとルフォンが打ちやすいように上げられたらよかったのに。
でも、上げられればそれで十分だとルフォンは思った。
「任せて」
ルフォンの目にはラベックのラベックしか見えていない。
ここまでの全てを活かすように、ルフォンは大きく飛び上がった。
「やああああ!」
頂点まで行って勢いを失って落ちてきたラベックのラベックと勢いよく振り下ろされたルフォンの手が重なる。
下への強力な力をもらってラベックのラベックがバーナード・エリザペアのコートに向かう。
「はああああ!」
誰もが飛び上がったルフォンに視線を向けて顔を上げる中でエリザが一瞬早く我に帰った。
かなり高いところから打ち下ろすことになったのでラベックが到達するまでに時間があったことも幸いしてエリザはルフォンのアタックに反応できた。
コートの端ギリギリを狙ったルフォンのアタックにエリザが飛びついて腕を伸ばす。
完璧なタイミングで打ち下ろされたラベックはバーナードのパワーにも負けていない。
意地でラベックを腕を当てることは成功したものの、その行方までコントロールできはしない。
エリザの腕にぶつかったラベックは大きく跳ね上がりコートの後ろに飛んでいく。
「バーナード!」
「どりゃあー!」
バーナードも走ってコートを飛び出して、ラベックを追いかける。
エリザの努力を無駄にするわけにいかないとバーナードがラベックの下に腕を差し込もうと飛びかかる。
必死に伸ばした腕。
無情にも指先は届かず、ほんの少し先にラベックは落ちた。
転々とラベックが転がり、会場がシンと静かになる。
「…………あ、あまりの勝負に私も言葉を失ってしまいました。決着がつきました。ルフォンのアタックを返し切ることができず、ラベックはコートの外に落ちてしまいました。熾烈な戦いに勝利したのはなんと、シューナリュード・ルフォンペア!」
ドッと会場がわく。
「リューちゃーん!」
「おっと」
リュードの首に手を回して抱きつくルフォンは喜びを爆発させた。
尻尾がちぎれんばかりに振られていて、それを見てリュードも勝ったのだと実感が湧いてくる。
少し遅れてようやく喜びが溢れてくる。
「あのね、私頑張ったからさっきバーナードさんがエリザさんにやってたみたいに、してほしいなって……」
「やってたみたいってなんのことだ?」
色々していたからどれのことかわからない。
「ほっぺにちゅってしてたでしょ?」
旗取りでの競技でルフォンが勝った時の不自然な態度。
その理由がわかった。
バーナードは息止め対決のときに勝ったエリザに対して頬に軽くキスをした。
言葉で褒める代わりにおめでとうというスキンシップ。
ルフォンは限界まで息を止めて苦しい中でもその光景をバッチリ見ていたのであった。
負けたことも悔しくて、勝ったら絶対に自分もああしてもらうんだとひっそりと心の中で強く思った。
旗取りの時も勝ったのでそうしてもらおうかと思ったのだが恥ずかしくて言い出せなかった。
勝った喜びとこれが最後のチャンスなのでルフォンは思い切って言ってみた。
「い、今か?」
旗取りの時だったならリュードもすぐにオッケーした。
しかし今は一競技の中ではなく完全に全部が終わって、しかも優勝してみんなの注目の的になっている。
抱き合っているだけでもドキドキして周りの目がちょっと怖いことになっている人もいるのに、人前で頬とはいえキスするのは勇気がいる。
「ねぇ、ダメ?」
後でしてやるなんで言葉を言う前に懇願するように見つめてくるルフォン。
何かの気配を察した観客たちが歓声の声を少し落として2人の様子を見守る。
「ルフォン」
頭を撫でるのとはハードルの高さの違う、難易度の高い行為。
だけどルフォンはこのスナハマバトルの中で非常に頑張った。
リュードは持ちうる限りの勇気を振り絞ってルフォンの頬に優しく口づけをした。
「よく、やったな」
ボボボと、ルフォンの尻尾の毛が逆立って大きくなる。
顔も真っ赤になり、フニャリと表情が崩れる。
単に頬に口づけしただけなのだが周りから見ると普通にキスをしたように見えた。
歓声にヒューヒューと2人を冷やかすような声が混じる。
「これにて全ての競技が終わりました。最後に表彰式と……」
「きゃあーーーー!」
なかなか難しい雰囲気を司会のウェッツォが上手くまとめて次に行こうとした。
けれど女性の悲鳴が聞こえてきて会場に緊張感が走る。
途端にざわつく会場。
観客の後ろの方から聞こえてきた悲鳴の理由はすぐに分かった。
「魔物だー!」
観客が多く周りが見えないが男性の声がして、魔物が出てきたことが伝わってきた。
海の方に出たのか、それとももう浜辺に出ているのかまでは分からないが、もう見える位置にまで来ている。
「エミナ!」
「はい、ここにいます!」
「俺たちの荷物はあるか?」
「もちろんここに!」
エミナはリュードから預かっていたマジックボックスの袋をリュードに渡す。
人目はあるけれど緊急事態だし魔物騒動でリュードたちを見ている人はいない。
一応周りを気にしつつリュードは袋に手を突っ込んでナイフを取り出す。
「ルフォン!」
「ありがと!」
ナイフをルフォンに渡してまた袋に手を入れると今度は自分の愛剣を取り出す。
備えあれば憂いなし。
スナハマバトルの会場には武器持ち込み禁止だったので袋の中に入れてスナハマバトルを見に来てくれていたエミナに預けていた。
武器を身の回りに置くのはもはや習慣である。
海で遊んでいる時も荷物をマジックボックスの袋に入れて、それを水が入らない密閉できる袋に入れて身につけていたぐらいだ。
盗難防止にもなるし身近に剣がないと落ち着かない体になってしまったのだ。
よくウォーケックが剣は体の一部で常にそばに置けなんて言っていたが、今では本当に体の一部のようである。
「エミナも武器は持ってるな?」
「はい、もちろんです!」
一緒に旅している以上マジックボックスの袋の存在を隠すのは難しい。
一定の荷物は知らない人に見られても困らないように持ち運んでいるが、側にいるとそれ以上の物を取り出して使っているのは丸わかりだ。
単に秘密にしてもらうだけでなく当事者になってもらう。
エミナにも1つマジックボックスの袋をあげていて、エミナもその中に武器である杖を持ってきていた。
ちなみにヤノチとダカンはまだマジックボックスの袋の存在に気づいていなかったりする。
特別隠しているつもりもないが細かいことも気にする2人でもなかった。
5人もいると持てる荷物もそれなり多くなるし物の出どころをわざわざ仲間内で気にすることもない。
「よし、とりあえず見に行ってみよう。海に出てたらやることはないけど浜辺まで来たら大変だ」
浜辺の方から人が逃げていく。
流れとは逆行することになるので人の波をかき分けて進む。
「こりゃ……マズイな」
人の波を抜けると砂浜の状況が見えた。
もうすでに魔物が砂浜に上陸していた。
そこにいた魔物は魚のような見た目をしているが手足が生えていて二足歩行をしている。
マーマンと呼ばれる魔物である。
「きっもち悪いですね!」
エミナが嫌悪感に満ちた表情でマーマンを見る。
受け入れ難いフォルムをしていると思っていたのはリュードだけではなかった。
マーマンは武装しているものもいて、錆び付いた槍や剣を持っている個体もいた。
水中で製鉄技術なんてあるわけないので冒険者から奪ったものである。
浜辺には逃げ遅れた人なのかマーマンに襲われて倒れている人がいた。
「人の近くにいるマーマンからやるぞ!」
まだ息をしているかは不明だが放ってもおけない。
リュードが近づくとマーマンは錆び付いた粗末な槍をただ突き出すだけの粗末な攻撃を繰り出した。
力任せに槍を弾いてみても抵抗は少ない。
つまりマーマンの力や技術はそんなでもないことがこの短いやり取りでもわかる。
魔物には水陸両用の生態を持つものもいる。
マーマンなんかが良い例なのだが、マーマンは普段の生息域は水中になる。
マーマンはどちらかと言えば水中の魔物で、陸上でも活動出来ると言った方が正しい魔物である。
そして水中がメインの魔物は往々にして陸上に出てきても普段とは違う環境に力を発揮することができないのだ。
マーマンは確実に水寄りの魔物なので地上に出てきても力が出せていない。
「続々と出てきますよ!」
けれども多勢に無勢。
マーマンは海から続々上がってきて、倒すよりも早いスピードで増えている。
リュードたちの状況も悪い。
倒れている人もいるし、格好は水着。
防御力がない上にあんなサビサビな武器で傷をつけられた日には傷よりも後の病気の方が怖い。
「た、助け……」
「その人から離れろ! サンダーアロー!」
まだ息のあった女性が声を出してしまった。
それに気づいたマーマンがトドメを刺そうと剣を振り上げた。
距離があって接近してマーマンを倒すには間に合わない。
リュードは咄嗟にマーマンに向かって魔法を放った。
細長く伸びる雷の矢が一瞬で出来上がり、マーマンの頭に飛んでいって突き刺さる。
バチバチと音を立ててマーマンが感電して軽く肉が焼ける。
ドサリとマーマンが倒れた隙にリュードたちが倒れた女性に近づき守るようにマーマンの前に立ちはだかる。
エミナを結婚式から助け出した一件以来リュードはよく雷属性の魔法を使うようにしていた。
というのも夜寝ていると声が聞こえてきたのだ。
『雷の魔法を使ってくれてありがとう。ド派手で素晴らしい魔法だった。是非とも今後も雷属性の魔法を使ってほしい。代わりと言ってはなんだが私の加護を君に授けよう』
ケーフィスではない。
かなり低い声でリュードには全く聞き覚えがなかった。
会話の内容から推測するに雷の神様からの神託だったのだと思い至った。
加護がどんなものであるのかリュードは知らず体に変化も見られなかった。
試しに雷属性の魔法を使ってみると驚いた。
難しかった雷属性の魔法のコントロールが飛躍的に向上した。
それだけではなく魔力の消費や発動の早さなど雷属性に限って大幅にリュードの能力が上がっていた。
これが加護の力というやつかとすぐに実感できた。
とりあえず空に向かって感謝はしておいた。
ただ神託を受けると寝覚めが非常によろしくないので2度とやらないでほしい。
「喰らえ!」
リュードが電撃を放つとマーマンたちが感電していく。
雷属性の魔法は難易度が高いだけあって使い勝手が良かった。
魔法の速度は早く、相手の属性に左右されずにどんな相手でも効きやすく、今の時代に使い手がいないこともあって対策も取られていない。
せっかく加護も貰ってリュードにとってはかなり扱いやすくなったのでメインで使えるように練習していた。
特に今相手取っているマーマンは水に親和性の高い魔物。
雷属性の魔法が効きやすい相手であった。
「大丈夫ですか!」
リュードとルフォンが戦っている間にエミナが女性の容態を確認する。
まだ意識があり、傷はさほど深くない。
すぐに治療すれば十分に助かる見込みがある。
けれども増え続けるマーマンはリュードたちを囲むように移動を始めているし、他にも倒れている人がいる。
1人だけなら抱えて離脱できないこともないが他の人を見殺しにしてしまうことになる。
力が弱いマーマンの攻撃ならまだ生きている人もいる可能性が高いと考えられた。
「チッ……ルフォン、エミナ、少しだけ時間稼ぎ頼む」
「分かった!」
「はい!」
ルフォンが前に出てマーマンを牽制し、エミナがその間に炎の魔法でマーマンを倒す。
「私たちも戦うわ!」
「待たせたな!」
そこにやってきたのは武器を取りに行っていたバーナードとエリザ。
実は2人も元冒険者であった。
この騒ぎを見て助けに駆けつけてくれた。
「いや、そう戦うんかい!」
堪えきれずに思わず声に出してしまった。
着替える時間もなく武器だけを引っ掴んで来てくれた2人。
エリザは槍を持っていてバーナードは身の丈ほどもある杖を肩に乗せて抱えていた。
勝手な、リュードの勝手なイメージだったのだが、バーナードは前衛職でエリザを守るタンク的な役割を果たしている、そんなイメージを持っていた。
そんな勝手なイメージなどお構いなしにバーナードが後衛職、エリザが前衛職であった。
エリザについては前後どちらでも意外性はないのに杖を持って現れたバーナードは意外すぎる出立ちだった。
何も体格が良い人が前で盾を持てなんて言わないけれど何のための筋肉だったんだと叫びたくなる。
イメージの押し付けに過ぎないがバーナードに後衛職っぽさがないのも悪い。
「行ってこい、エリザ! ふん、身体強化!」
光の球が杖の先に発生してエリザに飛んでいく。
エリザに当たった光の球はエリザの全身を包むと、エリザの能力を強化した。
さらに驚くことにバーナードはまさかの強化系魔法使いだった。
サポートもサポートである。
バーナード、まさしく魅せるための筋肉であった。
「君たちはエリザのフォローを頼む。この女性は俺が連れて行こう」
エリザが槍を振り回してマーマンの気を引く。
バーナードは倒れた女性を軽々と持ち上げると一度下がっていった。
治療を受ければ助かる可能性があるとバーナードも素早く判断してのことである。
驚きの連続だった、のはリュードだけだったようでルフォンとエミナはすぐにエリザのフォローに回った。
筋肉があれば戦うだろうという安易な結びつきはルフォンたちの方はまだ薄い。
「3人とも下がるんだ!」
バーナードとエリザの参戦。
それにバーナードの強烈なインパクトに気が逸れてしまっていた。
思い出したように魔力を高めたリュードは前に出ている3人に下がるように指示を出す。
ルフォンとエリザそれに反応して下がり、エミナが魔法でマーマンたちを牽制する。
「天雷龍撃!」
リュードオリジナル詠唱。
魔法に必要なのはイメージだ。
長い詠唱も実際イメージを固めて魔力を用意するためのものなのでいらない人には要らなかったりする。
本来は『煌めく天に輝く……』みたいな長々とした詠唱なのだが面倒なので短く簡潔に。
漢字なんて知らない周りから見ると知らない言葉で魔法を詠唱しているように見える。
魔法で大事なのは魔力とイメージなので本人がイメージできるなら要はなんでもいいのだ。
空中に電気がほとばしり、長い龍の形を作る。
加護のおかげでコントロールがかなりしやすい。
「いけー!」
口を開けた雷の龍がマーマンの群れの真ん中を目掛けて飛んでいく。
「これはすごい……」
エリザの口から感嘆の声が漏れる。
マーマンの真ん中に放たれたリュードの魔法は轟音と強い光を放った。
電撃が広がりマーマンたちを焼き尽くし、雷がマーマンからマーマンへと広がる。
電撃の中心地は黒く焼け焦げ、マーマンたちも未だにビリビリと音を立てながら口から煙を吐いている。
中心地はおろか多少離れていても伝播した電撃によってマーマンたちは半分ほど倒されてしまった。
「今のうちにマーマンを押し返すぞ!」
ものすごい威力の魔法にマーマンは怖気付いている。
今のうちにとリュードが先に駆けてマーマンを切り付ける。
あれだけの魔法を使ったのに疲れるどころか剣を持って接近戦闘までこなしている。
意気揚々と助けに来たつもりがいらぬ心配だったかもしれないなんてエリザは思った。
「さ、さっきの音はなんだ!」
そのタイミングでバーナードが人を引き連れて戻ってきた。
焼けた砂浜に目を丸くしたが状況が、状況なので疑問は頭の隅に追いやってリュードたちに参戦する。
バーナードが引き連れてきたのは町の警備兵や冒険者たち。
数が多くて厄介なだけだったマーマンは数の優位性を失ってあっという間に討伐されてしまった。
ーーーーー
「さあ、気を取り直して表彰式と参りましょう!」
マーマンの襲撃事件にもひと段落がついて空が赤く染まっている。
マーマン襲撃の原因が分からなかったので今後調査することが決定し、砂浜は閉鎖されることになった。
しかし今日はもう魔物も来ないだろうとスナハマバトルの表彰式はそのまま執り行われることになった。
「優勝は魔物の襲撃にも立ち向かい、皆様のことを守ってくださいました、若き勇気のあるペアのシューナリュードとルフォンでーす!」
襲撃事件のために観客の数は減ったがリュードとルフォン勇気ある行動を讃えて称賛の声はより強く2人に浴びせられた。
「優勝の賞品は1年分の香辛料なのですが、今回2人の勇気ある行動によって怪我人も少なく済みました。なのでお2人にはなんとギダンダ商会よりお好きな魔道具がプレゼントされることになりましたー!なんと太っ腹なことでしょう。ギダンダ商会をよろしくお願いします!」
「良いものを見せてもらったし、2人の活躍にはちゃんと報いないとね。商人は返せる恩はすぐに返すものさ」
「そしてさらにぃ〜今年のヴィーナスにも沢山のご投票いただきましたぁ!」
「そういえばそんなん言ってたな」
確か早食い対決の時にそんなことを言っていた気がする。
結局ヴィーナスがなんなのか聞かないままになっていた。
「こちらはスナハマバトルの参加者の中から1人選んでいただきまして票を投じてもらい、今年のヴィーナスを選ぶという企画でございます。こちらの方も集計が終わりまして、今年のヴィーナスが決まりました」
そんなことまでしていたのかと驚く。
大会に出るに当たってどこかで説明されたのかもしれないが、興味ないから知らなかった。
「今年のヴィーナスは…………ルフォン、あなただ!」
「えっ、私?」
確かにルフォンはヴィーナス候補なんてことも言われていた。
いきなり名前を呼ばれて驚くルフォン。
「ヴィーナスに見事選ばれましたルフォンにはこの町で作られました装飾品一式をプレゼントしまーす!」
その装飾品の一つが運ばれてきた。
金の台座に大きな黒い真珠があしらわれたネックレス。
それを女性の係員の人はリュードの方に差し出した。
ルフォンに付けてやれ、と言うのだ。
決して華美ではないが美しいネックレス。
チェーンを外してルフォンの後ろから手を回して首につけてやる。
何回も失敗すると格好がつかないと思っていたがうまく1回でネックレスを付けることができた。
「似合う?」
「ああ、綺麗だよ」
「これにて第7回スナハマバトルの閉会となります。第7回チャンピオンに大きな拍手を!」
多少の問題はあったもののスナハマバトルはリュードたちの優勝で幕を閉じることになった。
スナハマバトルを終えた次の日、リュードとルフォンはギダンダ商会に呼ばれた。
優勝賞品の引渡しのためである。
香辛料1年分ともなるとその場で渡せる量ではない。
ついでに魔道具もくれることになっているので、何にしても商会まで取りに行く必要があった。
ギダンダ商会はヘランドの中でも割と大きい商会で良い場所に大きな商館を構えている。
「ようこそいらっしゃいました。改めまして、優勝おめでとうございます」
商館に入って名前を告げると奥から商会長でもあるバイオプラが出てきて出迎えてくれた。
バイオプラに案内されて応接室に通されるとそこにはすでに香辛料が用意してあった。
部屋に入るとすぐに感じられたニオイに2人は顔をしかめた。
広めの応接室が狭く感じられるほどたくさんの袋が置かれていて、いろいろな香辛料のニオイが混ざってなんとも言えない香りになっている。
1年分とはどの程度なのかずっと疑問に思っていたのだが旅の荷物を入れるような大袋いっぱいに香辛料が入っている。
それがそれぞれの香辛料分だけある。
「こちらがリストになっておりますのでよければご確認ください」
びっちりと書き込まれたリスト。
見ただけでかなりの種類がありそうだ。
本気で色々な香辛料を用意してくれている。
すごいものだなとリュードは驚いた。
リストはルフォンが受け取って袋を一つ一つ確認していく。
後ろからリュードも覗き込むが、リストを見ても知らない単語の羅列にしか見えない。
「お時間いただきますね」
「え、ええ、確認は大事ですからね」
香辛料の名前なんか前世のものだってほとんど知らないのに香辛料が貴重なこの世界ではより触れることの少ないものである。
だからリストを見てもそれが何なのかリュードには分からず、また袋の中の香辛料を見てもリストの名前と合っているかも判別できなかった。
ルフォンは分かっているのかいないのか、中身をちゃんと確認しているように見える。
ジッとリストを眺めていると中には塩や胡椒、砂糖といった普通のものまで入っていた。
実を言うとルフォンにも分かっていないものは多数あった。
けれど自分の知らない香辛料や本でしか見たことのない香辛料があってルフォンの興奮は抑えきれず、ずっと尻尾がちぎれんばかりに振られていた。
「どうですか、せっかくの賞品ですのでたくさんご用意させてはいただいたのですがなんせこの量。すべてお持ちになるのはいささか難しいと思います。ご希望でしたらこの場で私たちが買い取らせていただきますが、いかかでしょうか?」
ルフォンが確認し終わるのを待ってバイオプラが両手を揉みながら提案を口にする。
「全てを換金なさることも出来ますし、気に入ったものがございましたら小袋に分けてお持ち帰りもできます。全ての香辛料を持ち帰るのは馬車があっても厳しいかもしれませんからね」
バイオプラの言葉を受けてなるほどとリュードは思った。
なぜ高いはずの香辛料を、しかもこんな大量に賞品に出来たのか。
それはこんな小狡いやり方をしていたからであった。
一見して高価な香辛料を賞品にして商会の宣伝とイベントの人集めをする。
しかしその実バイオプラは香辛料をそのまま全て優勝者にくれてやるつもりなど毛頭なかった。
バイオプラが取った策は量を減らすとか誤魔化すとかそんなものではなかった。
逆に大量の香辛料を用意してしまったのだ。
一般の人どころか商人ですら簡単に動かせないほどの量の香辛料。
それなりにニオイもするし一般の人では到底持っては帰れない。
そこで提案するのだ。
持ち運べない、使いきれないなら私たちが買い取りますよ、と。
無理にでも持って帰る事ができない量なのでその提案を飲むしかない。
持っていくべきところに持っていけば高値がつく香辛料でも普通の人にその相場はわからない。
そもそもリュードのようにどの香辛料がどれなのかも分からない人が多数だろう。
なので商会は安く香辛料を買い叩く。
そして手元に香辛料を戻して普通に交易に戻すのだ。
多少の損失は出るだろうか優勝賞品を出すよりも安く、太っ腹に見せて、宣伝効果もあり、優勝者は現金が手に入り皆ハッピーという構図。
出費を小さくしながら最大の効果を生むように考えられた作戦だった。
賞品はちゃんと用意している以上文句は言わせない。
1年分と銘打っているし多くて持ち帰れないのは商会側の責任ではないと言い張ることもできる。
見知った調味料のようなものも混ぜてある。
大抵の場合よく使う塩や分かりやすく手に入りにくい砂糖なんかを持ち帰ってみんな満足する。
冒険者らしいペアならそれほど多くのものは持っていけないはずとバイオプラは内心ほくそ笑んでいた。
「いや、全部持って帰る」
「へっ?」
聞き間違いだろうかとバイオプラは耳を疑った。
リュードの予想外の返事に固まってしまった。
持って帰って欲しくない。
そんな意図の透けてみえる提案に乗っかってやることはない。
元々全部持ち帰るつもりだったしリュードはニヤリと笑って返事をした。
「ば、馬車でもお持ちで?」
高ランクの冒険者ならそんなこともありうる。
だが、馬車を持っているからといって全部乗せ切れるわけがないけれど。
前に荷馬車を持って来られて全部持って行かれた経験がある。
なのでバイオプラはさらに量を増やして絶対に持っていけないだろうという量とよく知りもしない香辛料まで取り揃えた。
訳の分からない方向性で努力してしまったバイオプラだが、作戦は上手くいってこの量を持って行った人は今のところいなかった。
「いや、馬車なんて持ってない」
馬車に乗ったのだってヤノチたちに同行させてもらった時に乗ったぐらいしか経験がない。
楽っちゃ楽だったので何かしらの機会があれば馬車を走らせる旅もいいかもしれない。
ただし今は馬車なんて持っていないし購入の予定もない。
「ではどうやって? このままここに置いておくことも出来かねますが……」
持っていけない量の香辛料を用意するなんて卑怯なマネが待ち受けているとはつゆほども思わなかったけれど、残念ながらリュードたちには通じない。
「1つお聞きしますがこれは一応取引ということでいいですかね? 優勝して賞品を受け取る、お金を払うのではなく優勝する事がその代わりだと」
「うう? うーむ……まあ取引といえば取引なのでしょうか……」
不思議なことを言うものだとパイオプラは思った。
優勝賞品の受け取りを取引だなんて考えたこともなかった。
優勝という代価と引き換えに優勝賞品を受け取る。
取引と言えないこともない。
「じゃああなたは商人ですから取引相手の秘密は守ってくださいますよね?」
「ええ、もちろんです」
信用が大事なのが商人だ。
相手の秘密をベラベラと話すような奴は相手から信用を得ることはできない。
「じゃあ秘密でお願いしますね」
ニヤリと笑ったリュードは袋を取り出した。
香辛料のパンパンに詰まった大袋1つどころか両手に掬って入れればそれで満杯になってしまいそうな小さな袋。
あんなものでどうするつもりだ。
バイオプラは鼻で笑いたくなる気分を抑えてリュードの動きをうかがっている。
手間をかけさせてくれた分安く引き取ってやると心で計算を始めていたら、袋が1つ消えた。
「えっ?」
次々と香辛料が入った大袋が消えていく。
何事かとよくみるとリュードの持った小さい袋の中に大袋が入っていくではないか。
「そ、それは!」
バイオプラの顔が青くなる。
商人なら誰もが憧れる魔道具。
手ぶらに見えて多くの商品を持ち運ぶことを可能にする夢のアイテム。
「これは古い友人から貰ったものです」
袋の出自を聞かれると面倒なのでそう言っておく。
これはゼムトから貰った国宝袋ではなくてリュード自作の方なのだけど。
香辛料の袋が減っていくごとに、青かったバイオプラの顔が血の気が引いて白くなっていく。
「は……はは…………すごいですね」
それほど時間もかからず応接室は元の広さを取り戻した。
小さな袋の中に大量の香辛料が全て収まってしまったのである。
「あとは……魔道具もいただけるんでしたっけ?」
パイオプラのズルい思惑には気づいていない。
そんな風な態度を装って純粋な青年のように笑顔を浮かべてリュードが尋ねる。
「は、はい……こちらでございます…………」
半ば諦めたような目をするバイオプラに付いていくとそこは広い倉庫のような場所。
取引する商品が保管してあり、パイオプラが抱えている魔道具類も置いてあった。
小さく持ち運びが簡単そうな安いものから家に設置するような大きなものまで様々あった。
リュードが軽く見てみるが今のところ必要なものはない。
火をつけたりする旅のお助け魔道具とか、今の時代で作れるものはあまり欲しいと思えなかった。
香辛料で大分損させてしまったしここは何も知らないフリをして安い魔道具でも選んであげようかなんて考えていた。
適当に手に取って見ていると魔道具を見回していたルフォンが見つけてしまった。
「リューちゃんあれがいい!」
ルフォンが指差す方を見る。
確かに魔道具といえば魔道具であった。
バイオプラがマズイという顔をしたその魔道具はコンロであった。
持ち運びの出来るお手軽コンロ、ではない。
家に設置する完全家庭用コンロである。
そのコンロは最先端の技術を用いて作られた最高級魔道具。
一般的な家庭では未だに薪なんかに火をつけて料理なんかをするのだけど、火を焚く手間を省いて料理ができるように開発された。
よく見てみると作りとしては面白い。
「ふーん、なるほどな」
コンロの真ん中に大きめの魔石がはめ込まれてあって、その魔石に接するように渦を巻いた金属が置かれている。
魔力を込めると魔石が熱を持って周りの金属を温めて、その熱で上に乗せた調理器具を加熱して料理する。
リュードの元いた世界における古いコンロみたいなものであった。
魔石に魔法を刻むという技術は昔からあった。
今も失われずにあるものもあるし、長い時間の中で失われたものもある。
熱を発生させる魔法を刻むことは失われてしまっていた。
しかし真人族の研究が長年研究してようやく復活させたのである。
そんな血の滲むような努力の成果を使ったコンロである。
おそらくヴェルデガーにお願いすればそんなに時間もかからず熱を発生させる魔法を自分で見つけて魔石に刻んではくれる気がする。
けれども真人族にとっては今ではあまり見ない技術であり、最先端のものなのだ。