人と希望を伝えて転生したのに竜人という最強種族だったんですが?〜世界はもう救われてるので美少女たちとのんびり旅をします〜

 この時がキンミッコの人生で1番能力を発揮していた時だっただろう。
 裏切って邪魔なものを片付けて国に嘘をつき、戻れない道を突き進んだ。

 正直者や良心を持つものを陥れ、卑怯で金で動くもので周りを固めた。
 状況を知る人も証拠も全て燃えてしまったので唯一キンミッコの証言だけが事件の証拠となった。
 
 この事件のせいでトキュネスとカシタコウの関係は悪化して地域の紛争ではなく、国同士の本格的な戦争に発展しそうにもなった。
 仕方なくキンミッコの証言を認める他に状況が許さなかったのである。

 時間が経ちキンミッコの実質的な支配が半ば黙認されつつあったのだが状況がさらに一変した。
 新たなる戦争の火種やそれに続く作物の不良がトキュネスで発生した。

 両国はそれぞれの理由で再び和平に向けて動き出した。
 その時に明るみに出てきたのがカシタコウで囚われていたトキュネス側の捕虜の話である。
 
 長い間囚われていた男は忘れられていた捕虜であった。
 起きた事件の大きさと戦争の機運が高まったことで男の存在は忘れられていた。
 
 もう1つ忘れられていた理由として男は何も言わなかった。
 名前も所属も目的も、何も言わなかった。
 
 口を割らせようとしたこともあったのだが、頑なに何も言わない男にカシタコウも諦めて男をただ長いこと牢獄に幽閉した。
 ただパノンの部下であるということは分かっていたので解放もされなかったのだ。

 和平の話が出たことでカシタコウは幽閉していた男のことを思い出した。
 和平を結ぶなら捕虜となっている男を返してはどうかという話も出たのだ。

 王の前に連れてこられた男はすっかりとやつれて別人のようになっていた。
 その時、男は1つの質問をした。

 カシタコウに捕らえられてから初めて言葉を発した。
 王はすぐさま質問の内容について調べさせ、男に結果を伝えた。
 
 男はその答えに涙を流すと全てを話し始めた。
 名前も所属も、どうしてカシタコウにいたのかも全て。

「それがコツマという男だ」

 コツマが言った。
 パノンとミエバシオがした和平交渉は終わっていたのだと。

 そしてコツマにはカシタコウに恋人がいた。
 パノンはそのことを知っていてコツマに命じた。

『自分は紛争地帯から離れるわけにはいかない。だからこの和平についての書類を王城まで届けてほしい。早く届けることが望ましいが、途中寄り道をしても私には分からないだろうな』

 笑いながら書類を渡したパノンは笑っていた。
 要するに恋人にでも会ってから届けても良いと気を回してくれたのである。

 交渉が終わってすぐに出発したコツマは舞い上がった気分で恋人の元に行った。
 そしてその直後にキンミッコがパノンとミエバシオを討ち取った。

 部隊が丸々全滅して噂にならないはずもない。
 戦いの話に敏感になっているヒダルダの土地の人々の中を噂はあっという間に駆け巡った。

 当然カシタコウの男の恋人のところにも噂は届き、コツマの元にも噂はたどり着いた。
 しかしその噂を聞いて次の行動を考える間も無くカシタコウの兵士がコツマのところにやってきて男は捕らえられてしまった。

 コツマの恋人よりも早くに噂を聞いた恋人の両親が通報したのであった。
 もし話が本当なら和平の書類は相手を騙した卑劣な手段の証拠にもなり得る。
 
 そしてこうなると再びトキュネスとカシタコウは敵対することになる。
 敵国の兵士と付き合っているなんてバレてしまえば恋人はどうなる。
 
 非常にマズイ立場に追いやられるかもしれない。
 正しい選択肢がわからない。
 
 コツマはどうしようもなくてただただ口を閉ざすことにしたのであった。
 和平の書類はコツマの恋人に託されていた。
 
 コツマの恋人が昔と変わらぬ気持ちを持っていたのであれば和平の書類はまだどこかにある。
 コツマの言葉を受けて王は書類を探させた。

 予想通りに書類は隠されていて、見つけ出すことができた。
 長年抱いてきた違和感。
 
 和平の書類には最終的な印が押してあった。
 どうにも裏切ってミエバシオを討ったという行為には疑問が残っていた。
 
 裏切るなら和平に調印する必要などない。
 最後まで話を進めることなんてする必要がないのである。

 和平交渉を最後まで進めたのなら裏切るつもりはなかったとそのようにしか見えない。
 改めて調べてみるとトキュネス側ではカシタコウ側と異なる認識でいることが分かった。
 
 なのでカシタコウの王は和平が白紙になることも覚悟の上でトキュネスの王にタブーであるヒダルダの地でのことを問いただすことにした。
 両者で交わされた情報交換は驚くほどの早さと冷静さを持って行われた。
 
 淡々と話は進んでいき、両国はそれぞれで情報を集めてすり合わせを行った。
 両国がそれぞれ情報を元にして1つの結論に至った。

 トキュネスとカシタコウの両方を騙して裏切り、全てを手にした者がいると。
 そしてさらにそんな状況の中で1人の男が捕まった。
 
 禿げ上がり、歯が何本もない、やたらと下品な笑みを浮かべる男。
 通行人を剣で脅して金品を巻き上げようとして捕まったのであった。
 
 よく居る小悪党の1人でその小悪党の男は捕まるとベラベラと喋り出した。
 自分が助かるためなら、と頼まれてもいないのにキンミッコの情報を売ると言って。
 
 ちょうど両国が至った結論に沿うような話を小悪党の男がしたのだ。
 逃してもらおうとするための作り話にしてはあまりにも出来過ぎていた。
 小悪党はキンミッコが雇った傭兵だった。
 金さえ払えばなんでもやるような汚い傭兵で、パノンとミエバシオを相手にするために自分の兵だけでは不安で頭数として揃えられていた。

 全ての事が済んだ後キンミッコは口止めも兼ねて傭兵たちを自分の兵として雇い入れた。
 甘い汁を吸わせておけば大人しくしているだろうと思っていたのだ。

 しかし生まれ持って悪党の性格を持った小悪党の男はその後の平和な生活に満足できなくなった。
 小悪党の男は素行が悪く、批判がキンミッコの元に寄せられた。

 これ以上の批判が寄せられることを恐れたキンミッコは男を領地から追放した。
 二度と領地に近づくなと金を握らせて追い出したのだが男は金がなくなってキンミッコに無心しに来るところであったのだ。

 普段なら妄言で片付けられる話だったけれど、偶然が重なって小悪党の男の話が上の者の耳に入った。
 小悪党の男がキンミッコの下にいたことはすぐに調べがついた。
 
 良くも悪くも素行の悪さが評判だったからである。
 結果論ではあるがやるなら傭兵も片付けるべきだった。
 
 裏切りや流れに敏感な傭兵をキンミッコが倒せたかは不明であるが。
 トキュネスは秘密裏に調査を進めた。

 傭兵の中には貴族の兵となり感謝して口を割らない者もいたのだが、酒を飲ませるとキンミッコの愚痴と共に当時のことを語る者もいた。
 キンミッコがパノンとミエバシオを奇襲して死に至らしめた。

 多くの証言が取れて推測は確信へと変わった。
 あたかも功臣の顔をして全てを持っていたキンミッコこそが両国の和平をひっくり返し関係を悪化させて、前途有望な者を殺した最悪のクズ野郎だったのだ。

「今ごろお前が雇い入れた傭兵たちはトキュネスとカシタコウの連合に捕らわれているだろうな。一体どれほどの者がお前について義理だてしてくれるだろうかな」

 ウカチルが全てを話し終えた時にはキンミッコはもう切られた腕の痛みすら感じていなかった。

「貴様には裁判を受けることも証言する権利もない。ただ僕が断罪する権利を両国から与えられた」

「む、息子だけは! あの子は何も関係がない……!」

「国家への反逆は一族郎党死罪だ。傭兵だけでなくお前の屋敷にも兵が押しかけているだろうな」

 絶望。
 これまで築いてきたものが音を立てて崩れていくようだった。

 言い訳も何も思いつかない。
 すがりつこうとするキンミッコにウカチルは剣を向ける。

 最後まで嘘をつき、卑怯な行為をしようとしたキンミッコにかける慈悲はない。
 もし自白して全てを失う覚悟があったなら命だけは助けてやっただろうに、キンミッコは最後まで嘘で塗り固めた人生の真実を自ら語ろうとはしなかった。

「ただし、助けてやらないこともない」

「本当か! どうすればいい!」

「近寄るな。みんな、入ってくるんだ」

 ドアの外にウカチルは声をかけた。
 エミナやヤノチ、リュードにルフォン、マザキシとダカンが部屋に入ってきた。

「き、貴様!」

 キンミッコの目にまず入ってきたのはリュード。
 あえて竜人化をした姿をして入ってきたのであった。

 エミナを連れ去った英雄を名乗る謎の者はやはり仲間であったのかとキンミッコが怒りに震える。

「言っただろ? お前には天罰が下ると」

「く、くそぅ……」

 キンミッコの顔が赤くなり、すぐに青くなる。
 まさしく言った通りになった。

 怒りたいが腕を切られた時に失った血が多くて、怒ると頭がクラクラしてしまう。
 ここで怒りをぶつけても相手にいいようにされた事実は変わらない。

 助かるかもしれないこの状況では声を荒げるのは得策でもない。
 キンミッコはうなだれた。
 
 リュードが誰で、どんな関係のやつだったのか一気にどうでもよくなった。
 血が足りなくて思考力も落ちている。

「被害を受けたのは何も僕だけじゃない。パノンの娘さんや僕の妹も当然被害者だ。もし、彼女たちが貴様を許すというなら、息子の命ぐらいは助けるように口添えしてやってもいい」

「ほ、本当か!?」

 キンミッコはすぐに2人に視線を向ける。
 どうしてだろうか必死に助けを求める父親の目ではなく、2人には濁っていて薄汚いゴブリンのような目にしか見えなかった。

 ふと隣同士に立つ2人の手が触れて、自然と手を取り合った。

「私はあなたを許しません」

 まず口に出したのはヤノチたった。
 キンミッコの目を見てハッキリと切り捨てた。

 キンミッコの瞳が動揺に揺れて、最後の希望であるエミナにのみ向けられる。

「私は……」

 息が詰まって言葉が出てこない。
 ヤノチが先に答えてしまったのでキンミッコの命はエミナに握られることになった。

 切羽詰まった戦いの中で人の命を奪うのとはまた違う命の選択。
 やらなきゃやられるのではなく、一方的に相手の命を生かすも殺すもできる。

 こんなことならヤノチに乗っかって勢いで言ってしまえばよかったと少し後悔した。
 答えは決まっているのに言い出せない。
 
 人の命を奪うことが急に怖くなって、そんな選択をしようとしている自分を周りがどう思うのかが怖くなって。
 周りというかリュードとルフォンがどう思うか。
 
 もしこの選択に引かれてしまったらと考えると苦しくなってくる。

「はい?」

「えいっ」

「……はい?」

 肩を叩かれて振り返ったエミナの頬にルフォンの指が刺さる。
 古典的ないたずら。

「大丈夫だよ」

 ジッとエミナの目を見てルフォンが言う。
 ルフォンの目は優しくて、それ以上言わなくても何が言いたいのか伝わってくる。

「リュードさん……」

 逆側に振り返るとリュードがいる。

「大切なのはどうしたいか、だ。それにエミナがどんな選択をしても、俺たちはエミナの味方だ」

 流石にひどく拷問でもしろなんて言い出したら止めるけど基本的にはエミナの考えを尊重する。
 こんな場だから言わないだけでリュードもルフォンさっさとヤってしまえなんて思っていたりもする。
 
 泣きそうになって口をグッと結ぶ。
 こんなことで嫌いになってくれるような人たちじゃなかったのだとエミナは大きく頷いた。

「私もあなたを許せません」

 苦しくて死んでしまい日々だった。
 父親が不名誉を背負って死に、母親が心労で追いかけるように亡くなった。
 
 両親がいなくなった後の中傷の石はエミナに投げられた。
 1人でも、どこでも生きていけるようにとおばあちゃんが冒険者学校に送り出してくれた。
 
 こんなことでもして、目標を見つけなかったらダメになっていたかもしれない。
 ただ、少しだけ、ほんの少しだけ感謝しているところもある。

 リュードとルフォンに出会えたことだ。
 きっと何事もなくそのまま暮らしていたのなら出会うことのなかった2人。

 この出会いは何物にも代え難い宝物である。
 こんな人生を歩んできたけれど、こんな人生だからこそ出会えた。

 だからほんの少しだけ感謝はしている。

「私はあなたの全てが許すことができません」

 でもやっぱりこの男は手に入れた全てを失うべきなのだ。
 息子も甘やかれて育ったクズ野郎だったので助けてやりたいと思う気持ちも全くなかった。

「私は……私は…………」

 涙が溢れて止まらなくなった。
 子供のように泣いた。

 ウカチルが腕を振り上げて剣の柄でキンミッコを殴りつけて気を失わせて何処かに連れていった。
 ヤノチもエミナに釣られてか、同じように泣き出した。

 同じ傷を持つ2人は、互いに慰め合うようにしながら疲れ果てるまで泣いた。
 パノンとミエバシオは互いを認め合っていた。
 
 和平がなり、平和な時代が来たら自分の息子と娘を結婚させようなんて話まであった。
 少し違った結末を迎えていたならばエミナとヤノチは姉妹になっていたかもしれない。

 誰も知らない話。
 迎えた結末は異なるものであったのだがパノンとミエバシオは決して互いを憎み合うものではなかったのである。

 ーーーーー
 後日、キンミッコはヒダルダの地でトキュネスとカシタコウ共同で公開処刑にされることになった。
 ヒダルダで起きたことの真相は大々的に公表された。

 キンミッコは国を裏切り私腹を肥やした大罪人に、パノンとミエバシオは両国を思い和平をなそうとしていた英雄的な扱いになった。
 パノンとミエバシオを批判していたものは恥じるがいいとまでトキュネスの王は言い放った。
 
 その言葉を聞いて多くのものが後ろめたい気持ちになった。
 キンミッコが貯め込んでいた財貨は根こそぎ没収され、領地は召し上げられ、与えられた爵位も剥奪となった。

 ヒダルダはカシタコウに返還となり、再びミエバシオの領地となった。
 そしてウカチルはソードマスターの称号と爵位を与えられた。

 キンミッコが治めていた領地はウカチルがそのまま貰い受けることとなった。

「本当に良かったのか?」

 リュードとルフォン、それにエミナ。さらになぜかヤノチとダカンは共に道を歩いていた。
 どこか吹っ切れたような顔をするエミナにリュードが声をかける。

 処刑の後、エミナのところにトキュネスからの使者が来た。
 是非ともパノンに謝罪とお詫びをしたいと言うことであったのだが、エミナはトキュネスの王からの招待を断ってしまった。

『貴族であったパノンは死に、もはや国に仕えてはいません。今いるパノンはエミナ・パノン1人であって、私は冒険者です。
 冒険者は国に囚われず自由に生きていく人なので、私は自由に生きていきます。だからお帰りください』

  使者にそう言った後不安げで泣きそうな顔さえしなければカッコよかったのにと思うけれどエミナは精一杯勇気を振り絞った。
 行けばどうなるのか分かっている。

 トキュネスはパノンに対して何もできなかったことを認めて、領地と爵位を与えて貴族に復帰させようと考えていた。
 エミナはそれを拒否してトキュネスの使者を追い返してしまったのである。

 わざわざ冒険者として苦労する必要はない。
 貴族として苦労がないこともないだろうが、少なくても命を脅かされる心配は冒険者より少ない。

「いいんです。後悔はしません」

 晴れやかに笑って答えるエミナ。
 トキュネスの王も無理矢理エミナを貴族にしようとは考えておらず、使者は帰ってすぐに代わりにとお金を持ってきた。

 当然エミナはお金もいらないと拒否したのだが、困って泣きそうになっている使者に断りきれずお金は受け取ることになってしまった。
 エミナは貴族になるつもりはなかった。
 
 小さい頃はまた貴族になれることを夢みた日もあったのだが、もはや子供ではないのだ。
 一から領地経営を学び、貴族の作法を練習して、国に仕えて責務を果たすなんて面倒なことしていられない。
 
 そんなことに慣れている間におばあちゃんになってしまう。
 お金はもらったのだし、もはや未練などない。

 ウソではないと分かる笑顔にリュードもこれ以上聞くことをやめた。

「それで、どこに行くんですか?」

 ヤノチがリュードに聞く。
 目的地も知らずとりあえずリュードたちに付いていっていた。

「次に行くのはここからだと南にあるへランドだ。俺たちに個人的な用事があってな」

 なぜエミナはともかく、ヤノチとダカンまでいるのか。
 理由は簡単で、エミナとヤノチがトキュネスとカシタコウで有名になりすぎてしまったからである。

 蔓延る噂と偏見を一掃しようとしてかなり脚色して話を広めた部分もあった。
 瞬く間にパノンとミエバシオの話が広まった。

 トキュネスとカシタコウそれぞれでパノンとミエバシオはそれぞれ英雄的にまでなってしまって悪い噂は一掃された。
 代わりに活動することが困難なほどに知られてしまったのである。

 冒険者として活動しようにも周りの目が気になる。
 仲間を探そうにも名前ばかりが大きくなってしまった。

 トキュネスで冒険者として活動することをエミナは諦めたのであった。
 エミナのおばあちゃんについてはお金も渡したし周りに悪く言う人もいなくなったのでエミナは落ち着いて活動できる場所を探すことにしたのだ。
 
 おばあちゃんを置いていくのはまだ心配な部分はあるけれど国が保護もしてくれるというので任せた。
 もうちょっとリュードたちといられるなんてことも思いながら。

 ヤノチも似たようなことになっているのだが少し事情は異なっている。
 エミナと違ってウカチルが貴族に復帰することになったのでヤノチも貴族に復帰することになった。

 ウカチルはソードマスターで今現在英雄的扱いなミエバシオの息子。
 ヒダルダの土地は肥沃で経済的にも価値が高い。

 ウカチルには貴族に復帰した直後から求婚の誘いが舞い込み続けている。
 同様にそのようなウカチルと縁を結ぼうとヤノチにも求婚の話が来ていた。

 領地の安定など忙しいと言い訳をつけて断ってはいるけれどいつまでも断り続けられるものでもない。
 結婚するしないに関わらず会う必要ぐらいは出てくるだろう。

 特にヤノチが領地経営に関わるわけではないのでヤノチの求婚を断り続けるのは難しい。
 貴族的な後ろ盾のないウカチルでは限界がある。

 なのでウカチルとヤノチは相談して家を出ることにした。
 ウカチルは元々ヤノチの好きにさせてやるつもりだったので簡単に家を出ることが決まった。

 エミナが冒険者をやると聞いてヤノチもすっかりその気になっていてしまったことも大きな関係がある。
 すっかり仲良くなったエミナとヤノチは冒険者として共に活動することを考えているようだった。

 ダカンは見張りというか護衛というか。
 実際はヤノチが心配で付いてきていることがバレバレ。

 3人でパーティーを組むなら悪くはないとリュードは思う。
 ヤノチもダカンも剣を扱い、前衛になる。

 エミナは魔法使いでバランスは良いので連携が取れればそれなりに戦えるだろう。
 ただし1番先輩になるのがエミナなのがちょっと心配である。

 次の目的地はへランド。
 トキュネスからはそんなに遠くない。

 とりあえずヤノチとダカンにも冒険者としての心得を教えながらヘランドまで向かうことになったのであった。
 シュバルリュイードはなぜこんなことになったのか考えていた。
 少なくとも自分が何かやらかした記憶はない。

 正義の神クラスディーナ。
 愛の神ソフィヤ。
 雷の神オーディアウス。

 信奉者の少ない竜人族の神とは比較にならない神々である。

 日本家屋風の部屋を放っておいたお詫びとしてもらったシュバルリュイードは結構気に入っていた。
 細かく監視して何かをするほど知名度もないのでゆっくりと茶でもすすることが日々の日課であった。

 そんなある時、いきなり呼び出された。
 本当にいきなりである。

 お茶に手を伸ばした体勢のまま別の場所に一瞬で移動していた。
 状況もろくに理解はできないのだが目の前にいるのが神様として大先輩である3神がいたのである。

 この3神が瞬間移動に関わっているに違いなく、シュバルリュイードはお茶を取ろうとして伸ばしかけた手をそっと戻した。

 3神の顔はにこやかではない。
 こんな風に無理やり呼び出して良い内容なわけもないこともシュバルリュイードには分かる。

 下手に刺激するのはよくない。
 相手の神が話し出すのを待ってシュバルリュイードはずっと座ったまま待っていた。

「あなた、とんでもないことしてくれたわね?」

 口を開いたのは正義の神であるクラスディーナ。

 ピカピカの鎧に身を包んだ真人族の若い女性風の神様である。
 琥珀色の瞳がジッとシュバルリュイードを見下ろし、非常に居心地の悪さを感じる。

「何をおっしゃられているのか、私には分かりません……」

 とんでもないこととは何なのか。
 引きこもって茶ばかり飲んでいたらダメだったのだろうか。

「正確にはあなた、というよりもあなたの信者が問題を起こしたのです」

 次に話したのは愛の神であるソフィヤ。
 愛の神であるだけあって美貌も優れていて金髪碧眼の妙齢の美女である。

 ややおっとりとした雰囲気をまとうソフィヤだが言葉に少し圧を感じる。

 信者とは誰のことだろう。
 シュバルリュイードは考える。

 無名の神で今ところ戦争のお話による尊敬で成り立ち、神としての信仰は皆無なはずなのだがどこかに自分のことを信心してくれる人がいたのか。
 嬉しく思う反面、そんな問題を起こす者が信者であることにシュバルリュイードはショックを受ける。

「一体何をしでかしたのでしょうか?」

 他の神様が怒るようなことなんか想像もつかない。
 基本的には生きている人たちが住む世界を神の間では中世界と呼んでいて、その中世界で起きた出来事には神は関与せず、何が起きてもただ静観するだけであった。

 他の神様の神殿にでも入って神の像でも破壊したぐらいのことだって、全部壊して回らない限りはこんな風に呼び出すこともないだろう。

「見なさい」

 クラスディーナが手を振ると空中に映像が表示される。

「な……!」

 そこに映っていたのは見覚えのある姿。
 他の人には見分けはつかないのかもしれないけれどシュバルリュイードは注目してみてきたし、竜人族は竜人族が魔人化した姿であっても見分けがつく。

 シューナリュードがそこには映っていた。

『俺はシュー……シュバルリュイード、だ!』

 顎が外れそうなほど驚く。
 あいつ人の名前を騙って何をやっているのだ。

 映像は続いていき、リュードが雷の魔法を使ってシュバルリュイード感を演出する。
 自分の名前を語って好き勝手やるリュードに驚きを隠すことができない。

 天罰が下るとまで言い放ってリュードがその場から離れる、そんな場面まで映像は続いた。

「分かったかしら?」

 分かったけど分からない。
 そうした事件を起こしたことは分かったのだがどうしてこれで神様方が怒っているのかが分からない。

 確かに大暴れだったけれど直接神だと名乗ったわけじゃない。
 そもそもシュバルリュイードの名前を語っての行動だし他の神様に迷惑はかけていない。

 詳細な経緯は分からないけれど正義にもとる行為には見えないから正義の神が怒る理由が分からない。
 ある意味愛に則った行為に見えるので愛の神の神経を逆撫ですることもない。
 雷の魔法を使ったけれどそれぐらいで雷の神が出てくる意味も分からない。

「理解していないようね?」

「はい……分かりません」

 子供の頃は優秀だったのでこんな怒られ方をしたこともない。
 女心がわかっていないと当時彼女だった妻に怒られた時はこんな感じだった気はする。

「あなたの信者があなたを名乗って暴れたものだから今巷ではあなたが正義と愛と雷の神様になっているのよ」

 別に暴れたとかそういうことはどうでもよいのだ。
 暴れた結果シュバルリュイードの評判が上がりに上がった。

 そしてそれから時が経ち、キンミッコは処刑されて大々的に国が話を広めた。
 当然パノンであるエミナについても話を広めたのだがエミナの連れ去り事件についても触れる必要があった。

 そこで国はすでに噂になっていたシュバルリュイードの名前を使って壮大に話を作り上げた。

 噂が噂を呼び、リュードことシュバルリュイードはトキュネスでは神様だったのではないかということになった。

 その上キンミッコを断罪しにきた正義の神様だとか、他に愛する人がいるエミナのために現れた愛の神だとか、今は珍しい雷属性を使ったので一部の魔法使いから雷の神なのでないのかなんて言われたりしてしまった。
 トキュネスと噂が広まったカシタコウに限定された話なのだけれど衝撃的な話は信心深くない人にも浸透した。

 人々の信仰の対象にまでなるかはまだ不明である。
 そうではあっても正義の神クラスディーナや愛の神ソフィヤへの信仰心や興味が非常に薄れてしまった。

 仮にこのまま正義や愛の神として定着してしまったら由々しき事態である。

「今回のことは他の神様の領域を荒らす行為になるわ」

 一時的とはいえ信仰のようなものが集まった。
 だから体の調子が良かったのかと合点がいった。

 他の神様の領域を荒らすつもりはなかったし、自分がやったことですらない。

「ええと、私はどうすれば?」

「もう起きてしまったことだしどうしようもないわ」

 クラスディーナがため息をつく。

 完全に話が広まってしまったのだし何か手の施しようもない。

「ならなぜこうして呼び出されたのですか?」

「あなたに警告するためよ」

「警告……ですか?」

「あなたの信者のことは神々の間でも有名だし、今の中世界でも注目の的だわ。きっとこれからも色々するだろうし、それを止めることは他の神様も望んではないわ」

 まさか神様方に注目されているなんてリュードも思いもよらない。

「だけど今後もこんなことがあって私たちの株が下がって、あなたの株だけが上がるのはいただけないのよ」

「はぁ……」

「ちゃんとあなたの信者に釘を刺しておきなさいってこと。神託でも何でもいいからあなたからしっかり言い聞かせておきなさい」

「私は今後こういうことするなら私の名前も出してほしいなー。信者じゃないけど信徒を名乗って愛の元に行動することは許すから」

「ズルいぞ、ソフィヤ!」

「うふふー、私は世界が愛で満たされればいいのー」

 ソフィヤがシュバルリュイードにウインクする。
 愛の神としての信仰が薄れてしまったのは痛いけれど世界規模で信仰される神なので格が高く、多少のことでは動じない。

 むしろ清らかな愛が1つ守られたからリュードを褒めてあげたいぐらいだった。
 やんややんやと言い争うソフィヤとクラスディーナ。

 神託を下すのも楽な作業ではない。
 神格が低いシュバルリュイードでは簡単なこととは言えないのだ。

 ましてリュードは本格的な信者とは言いにくい。
 さらに大変な作業となる。

「なんでしょうか?」

 ここに来て黙りこくっていた雷の神オーディアウスがシュバルリュイードの肩に手を置いた。

「私は自分に向けられた信仰とかあまり興味がない。君も雷属性を使うなら分かるだろうが雷属性は日の目を浴びることの少ない属性だ。だから私が言いたいのは自制しろということじゃない。
 もっと雷属性を使わせろということだ。雷に対する信仰は私に対する信仰にもなる。頼んだぞ」

 髭面のおじさんの真剣な眼差しにシュバルリュイードはただうなずくしかなかった。
 へランドの首都はだいぶ南寄りに存在している。
 首都の名前をザダーといい、もう少し南に行けば海に出られるほど南側にある。

 元々へランドはそのザダーを中心とした小国家だったのだが、度重なる戦争に勝利して領土を拡大した経緯がある。
 もっと条件の良い土地もあったのけれど初心を忘れないように首都はザダーのままなのである。

 北側にあるトキュネスから入ると途中に元他国の首都だったりする大きな都市もあるのだが、ほとんど通過するだけでザダーまで一気に下りてきた。

 というのも用事があるのはザダーであるからだ。
 ザダーだけで済むかは今の所不明だけど中心地であることは間違いないのでリュードたちはそこに向かっていた。

 ヘランドは冒険者が多い国でもある。
 戦争が多くて魔物にまで手が回らなかった過去があるので、平和になっている今でも冒険者が魔物を討伐する構図は他の国よりも多い。

 さらにへランドの魔物は他の国よりも活発なのだ。
 血塗られた戦いが魔物をより凶暴にしているなんて噂もあるけれどへランドの地が全体的に魔力が濃く、肥沃な大地であることが関係しているのだろうという説が今のところ1番有力である。

 魔物が活発ということは道など人に近いところにも魔物が出てくるということである。
 だから道を歩いていても魔物に襲われるということがあった。

 ただ人が作った道に出てくるのはあまり賢い魔物ではないので苦労はしなかった。
 ちょうどよかったのでヤノチやダカンの戦いぶりも見させてもらった。

 まだまだ未熟だったが筋は悪くない。
 兄のウカチルはソードマスターになるほどの才能があった。

 ヤノチもそれ及ばずともしっかりとした基礎はあって、見た目ばかり気にしてるようなダカンよりもよほど筋がよく見える。
 冒険者としてもやっていけるぐらいにはヤノチも戦えていた。

「そう落ち込むなよ」

 ヤノチはいいのだが心配なのはエミナの方だった。
 良いところを見せなきゃいけないと思って空回りしていた。

 ダカンに魔法を当てかけたりとイマイチ調子が良くなかった。
 エミナが全部悪いというよりもリュードたちが上手く合わせすぎてエミナの成長の機会を奪ってしまっていたのかもしれないと少し反省する。

「ヤノチちゃんたちよりも私が先輩なのに……」

「だ、誰でも失敗はありますよ!」

「……うぅ、見ててください! 私だって出来るってこと証明してみせますから!」

 落ち込んで、ヤノチに慰められてもへこたれないあたりは成長していると言えよう。
 技術面はともかく精神的にはエミナも強くなっている。

 リュードたちはザダーの宿にリュードたちはいた。
 男女で分かれて部屋を取っているのだが今は広い女子部屋の方に集まっている。

 とりあえず目的地には着いたので今後どうするのかを話し合っていた。

「この後どうするかだけど」

 エミナたちはひとまずリュードたちに付いてきたという形になり、活動方針などはあやふやなままである。

「俺たちはこの国にある用事があるから、それを片付けたいと思っている。だからエミナたちとは別行動を取ろうと思っている」

「えー、用事って私たちも一緒じゃダメなのー?」

 ヤノチがぶーたれる。
 あんまり自分の主張をするのが苦手なエミナと違ってヤノチは割と正直に自分の気持ちを口にする。

「ちょっと特殊な用事だからな。何も俺たちがいない間に遊んでろとは言ってないからな。お前たちは冒険者登録でもしてランク上げでもしているといい。大都市の周辺なら強い魔物もいないし連携のいい練習になるだろ」

 まだヤノチとダカンは冒険者ではなかった。
 さっさとザダーに行きたかったので登録することはなくこのまま来てしまっていた。
 
 これから冒険者登録しても遅くはなく、いいタイミングだ。

「リュードたちも一緒にやろーよ」

「それじゃあ、お前たちが成長できないだろ? 3人パーティーならちょうどいいし練習だと思ってやってこい」

「……ぶー」

 こうして別行動を取ることが決まった。
 先輩風を吹かせたいエミナに2人を任せてリュードたちも宿を出た。
 
 どうするのか迷ったのだけれどやはり1番確実なところに行くのが良いとなった。

「どういった御用でしょうか」

 リュードたちの目的とはもちろんゼムトに託された遺品を遺族にお返しすることである。
 リュードたちは一軒一軒遺族を探して回るよりも確実なところに来ていた。
 
 それはヘランド王国の王城である。
 当然のことながら門前で止められるのだがリュードは懐から札を取り出す。

 それはゼムトが渡してくれたものだった。

「それは……少々こちらでお待ちください」

 門番が走って城内に向かう。
 晩御飯の話でもしながら待っていると慌てたように年配の男性を伴って門番が戻ってきた。

「……お待たせ、いたしました……」

 年配の男性はよほど慌てて来たのか肩で息をしている。
 そこまで急ぐことはないのに。

「私この国の宰相を務めさせていただいております、ファロンドールと申します」

「はじめまして、シューナリュードです」

「ルフォンです」

「失礼ですが門番にお見せになったという札、見せていただいてよろしいですか?」

「はい、どうぞ」

 札をファロンドールに渡す。
 一目見るなりファロンドールは目を大きく見開き震える手でフチをゆっくりと撫でた。

「これをどこで……いや、こんなところで立ち話するのはなんでしょうから中にお入りください。こちらはお返しします」
 ファロンドールが指示を飛ばして門番たちが慌ただしく城内に入っていく。
 一国の宰相に案内されて通されたのは狭い応接室。

 しかし軽んじられているのではない。
 逆である。

 上手く隠してはいるけれどドアは普通に見えて鉄板が入っている。
 壁も厚く、こちらもヘタをすると金属で補強してあるかもしれない。

 壁からほんのりと魔力も感じる。
 盗聴防止が何かの魔法でもかけられているのだろう。

 普通では使われないような厳重な作りになっていることをリュードは見抜いていた。

「こちらでもう少々お待ちください。これらはご自由にお食べください」

 テーブルの上にお茶とお菓子が運ばれてきたので、言われた通りに遠慮なくお菓子を食べているとファロンドールが2人の男性を引き連れて応接室に戻って来た。
 バタンとドアを閉めてリュードたちに向かい合うように3人が椅子に座る。

 真ん中に立派なヒゲを整えた老年の男性が座り、ファロンドールがその左隣、もう1人の中年男性が右隣に座る。

「まずは自己紹介といこう。私はドランダラス・ゴラム・ヘランド。この国の王だ」

「私はベルベラン・ドゴノスディアと申します。国務大臣を勤めております」

 真ん中が王様のドランダラス。右隣が国務大臣のベルベランである。
 出てきた相手にリュードは驚いた。

 まさかサッと王様クラスが出てくるとは思ってもみなかった。

「俺はシューナリュードです。こっちはルフォンです」

 ルフォンが軽く会釈をする。
 リュードとルフォンはこの国の臣民ではない。

 自分の王でもない以上対等な立場であり、人としての敬意は払っても必要以上に謙ることはない。
 むしろ用件の内容を考えたらリュードたちは大事なお客様である。

「君たちが見せたという札だが、私に見せてもらってもよろしいかな?」

「はい、もちろんです」

 リュードが札をテーブルに置くとドランダラスが目を見開く。
 ファロンドールと似たような反応である。

 わずかに震える手で札を取って、隅々まで穴が開きそうなほど札を確認する。

「これを……どちらで手に入れられたのかお聞きしてもよろしいですか?」

「とある方から預かりました」

「とある方とは一体どなたですか」

「……今これから話すことは嘘偽りのない真実です」

 リュードは何があったのかを3人に話した。
 ゼムトがリュードに渡した札は身分証であった。

 王族の一員であることを表す世界に2つとないその人だけが持つ札。
 リュードがたまたまスケルトンになったゼムトに会ったことや遺品を託されたことを伝えるとドランダラスはハラハラと涙を流し始めた。

 王としてもあるまじき行為だがファロンドールも涙を堪えるのでいっぱいいっぱいだった。
 壁の厚い重警備の応接室を選んで正解だった。

 ここなら他に醜態を見る人はいない。

「兄が……ゼムトがそんなことになっているなんて……」

 ドランダラスはファロンドールから渡されたハンカチで涙を拭いてリュードに向き直る。

「遺品を託されたとおっしゃいましたな。名簿はあるとのことでしたがこちらでも当時の名簿を確認して遺族を探しましょう。少しこちらにお時間いただけますか?」

 ゼムトたちが戦った時からもうかなり時間が経ってしまっている。
 当時の名簿だって探すことは難しいかもしれない。

 遺族だってまだ生きているか怪しいところである。

「ありがとうございます」

 リュードがうなずくとドランダラスは弱々しく微笑んだ。

「今この時より貴方様はこの国の貴賓となります。お泊まりのところはおありでしょうか? よければ王城にお泊まりいただければと思いますが」

「宿はあるので大丈夫です、ファロンドールさん」

「そうですか、失礼しました」

 王城に泊まるということに興味がないこともない。
 でも泊まるならじゃあとはいかず、エミナたちも連れてくるしかない。

 自由に旅することがモットーなので目をつけられて厄介なことに巻き込まれたくもない。
 もったいないけれど王城にお泊まりするのは断っておく。

「何かありましたらいつでもお申し付けください。それで1つお聞きしたいのですがその遺品はどちらに……?」

 大型船なので船員は少なくない。
 仮に厳選して遺品を1つずつに限定したとしてもカバン1つに収まるとも思えない。

 今は持っていないようであるが、どこかに保管しているのか気になった。
 当然の疑問だと思う。
 
 ニッと笑ってリュードはテーブルに1つの袋を置いた。

「これは? ……これは!」

 なんの事だか分からなそうだったファランドールは一瞬でこの袋のことを理解した。
 これは遺品が詰め込まれた空間魔法の袋。

 国宝級のアイテムなのだが、ゼムトが持っていたので長らく王国では失われた存在であった。

「まさかこちらは!」

「そうです。ゼムトから貰いました」

「あっ、うむ、そうですか……」

 絶対必要なものでもないので返せと言われたら返すつもりもあった。
 ただ一応遺品を持っていくお礼として貰ったものなので貰ったと言っておく。

 恩人にそれは国の国宝だから返せとはファランドールも言えない。
 ドランダラスも何かを察したのか何も言わない。

「私も1つ、聞いてもよいか?」

「はい、何でしょう?」

「兄は、何か最後に言っていたか?」

「……先にゼムトの遺品をお渡ししましょうか」
 リュードは袋に手を突っ込んで箱を1つ取り出した。
 手のひら大ほどの大きさの箱をドランダラスに渡す。

 わずかにきしんだ音を立てる箱をドランダラスが開けると中には細々とした物と封筒に包まれて封蝋がされた手紙入っていた。
 ゼムトによると遺品にはそれぞれ親しい者に当てた手紙が入っていた。

 ゼムトの箱の中には手紙が3通。
 1通はドランダラスに向けられたものであった。

 手紙を読む間にと気を利かせたファランドールの勧めでリュードは遺品を別の部屋に出すことにした。
 残されたのは手紙を持ったドランダラス1人だけであった。

 大きめの部屋に遺品や貴重品の箱を先に置かせてもらった。
 そして泊まっている宿の名前だけ教えてリュードたちは王城を後にした。

 結局最後までドランダラスは顔を見せなかった。
 手紙の内容できっと大きく感情が揺り動かされたことは想像に難くない。

「んー……付けられてる?」

「そうだな」

 王城を出たあたりからずっと感じていた視線。
 ルフォンも感じているなら気のせいじゃない。

「よし……こうしよう」

「うん、分かった!」

 リュードがルフォンに耳打ちするとルフォンもニッと笑う。

「あっ!」

「何か用か?」

 典型的なやり方で相手を捕まえることにした。
 少しスピードを上げて曲がり角の先で待つ。

 ぶつからず立ち止まった反射神経は褒めてあげたい。
 敵意は感じなかったので攻撃はしなかった。
 
「な、なんの事かしら?」

 追いかけて来ていたのは青い髪をした少女だった。

「分かってるだろ?」

「は、ははは……人違いですわ!」

「あっ、早いな」

 引きつった作り笑いを浮かべて誤魔化そうとした少女はものすごい速さで逃げていってしまった。
 思っていたよりも若かった。

 子供を追いかけると流石に外からの視線は良くない。
 なのでリュードもそのままにしておくことにした。

「なんだったんだ?」

「さあ?」

 ーーーーー

 エミナ達は依頼を受けて連携を深めて、ヤノチとダカンは初心者クラスであるアイアン-からアイアンにランクを上げていた。
 リュードも消耗品を買い足したり次にどこに行くかを考えながら過ごしていた。

 そして数日が経ち、王城から使者が来たので再び王城を訪れた。

「信じられないわ!」

 少し前に見た青い髪の怪しい少女を思い出すなとリュードは思っていた。
 しかし今目の前にいる女性はその時の少女よりもいくらか年上であるしかなりキツそうな性格に見えた。

 きっと凄まれていることがキツく見える原因の1つだろう。
 ファランドールが申し訳なさそうに間に入って女性を止めようとしていた。

 ヘランド第3騎士団の副団長アリアセン・マクフェウスは相手に当たるのは筋違いだと分かっていながらも怒りを抑えられないでいた。
 名前で分かるだろう、ガイデンの孫である。

 自分の祖父が餓死して魔物になったという詳細な話は一般には表向きには伏せられていた。
 けれど高い地位にいたアリアセンは表面的な話だけでは納得せずに無理やり詳細を聞き出したのである。
 
 詳細も聞いたアリアセンはそれを受け入れられなかった。
 父親が童話のように祖父の話を良くしてくれていた。
 
 そんな祖父がスケルトンになっていただなんてとリュードの話を拒否したのだ。
 どこかの詐欺師が王国から金を騙し取ろうとして作った作り話ではないか。
 
 そんな風に信じたくてアリアセンは呼び出されたリュードたちのところに押しかけていた。
 ルフォンも横にいるのに何故かリュードだけが、目の敵にされて睨まれる。

 アリアセンには遺品である箱とガイデンに託された盾が渡されていた。

「あなた一体どこでこれを見つけたのか私の目を見て言ってごらんなさい!」

 盾の保存状態は非常に良く、錆び付いてすらいない。
 何十年も前に消失したものとは到底思えず偽物なのではないかという、淡い期待をリュードにぶつけていた。

「マクフェウス副団長! それは失礼と言うものですよ!」

「宰相様もどうかしています! このような怪しい男の話信じてしまうなんて……」

「アリアセン!」

 ビクリとアリアセンの体が震えた。
 低く凄みのある声。

 杖をついた年配の男性が険しい顔をして部屋に入ってきた。
 左足が悪いのか引きずっているのに背筋は伸びていて体つきは年にそぐわなそうなぐらいに筋肉が付いているのが見て取れる。

 アリアセンの父親。ガイデンから見ると息子である。

「話を聞いて飛んできてみればなんという醜態を晒しているのだ!」

「しかし父上……」

「疑うなら疑うなりにやり方というものもあるだろう! 相手に脅しかけるようなやり方をして良いわけもない。貸しなさい」

 アリアセンの父親はアリアセンから家宝の盾を受け取ると真贋を確かめる。
 裏面が上になるようにテーブルに置くとメガネを取り出してかける。

 リュードには分からない何かをアリアセンの父親は確認して大きく息を吐き出した。

「アリアセン、これは本物だ」

「父上!」

「疑ったことに対する謝罪をするんだ」

「…………申し訳ありませんでした」

「いえ、大丈夫ですよ」

 尊敬していたおじいちゃんが魔物になっていて燃やされました、じゃ否定したくなる気持ちも分からないでもない。

「本当に申し訳ない」

 アリアセンの父親も頭を下げる。

「疑いが晴れたならそれで十分ですので頭を上げてください、御老公」

「ありがとう、若いのによく出来たお方だ。この家宝の盾には魔法のための文言と製作者の名前が模様に隠されている。父に昔見せてもらったものと全く一緒のものがこの盾にはある。仮に偽物だとしても誰にも分からない」

 不満げな表情のアリアセン。
 アリアセンの父親が振り返って睨みつけると非常に気まずそうな顔をする。
「マクフェウスさんは凄いお方でしたよ」

 慰めにはならないかもしれない。
 それでもリュードはガイデンが人としての自我を保っていたこと。
 
 最後はリュードと戦って武人として死んだことを伝えた。
 室内が静まりかえってシンとなる。

「……私、頭を冷やしてくる」

 憧れの祖父を思い、アリアセンが思い詰めたような顔をして部屋を出ていった。

「……私が父の事を英雄のように語りすぎてしまいました。あの子は父の、ガイデンの見えない背中を追いかけているのです」

「お姉ちゃんを、泣かせたのは、誰だ!」

 アリアセンと入れ替わるように青い髪の少女が入ってきた。

「エリエス!」

「あっ」

「あっ」

 リュードとエリエスの目が合い、お互いに気の抜けた声を出す。
 見覚えのある少女だとリュードはエリエスを一目見て思った。
 
 それもそのはずでエリエスはつい先日リュードたちをこっそりと付けていた少女であった。
 思わず部屋に飛び込んでしまったエリエスはハッとした表情を浮かべて視線を父親に移した。
 
 全く予想していなかった人物が多くてエリエスは状況把握が出来ていない。
 リュードも訳が分かっていない。

「なんでお父さんがここにいるの?」

「私は呼ばれて来たんだ。お前こそなぜここにいる?」

 他人の空似にしては似すぎている。
 そんな風に思っていたのだが、他人の空似ではなかった。

 アリアセンとエリエスは姉妹で、ということはアリアセンの父親はエリエスの父親でもある。
 三人とも鮮やかな青い髪をしている。

 顔も似ているし血縁関係には絶対にあると断言はできるぐらいに容姿的な特徴が同じだったのだ。
 リュードはガイデンも生前は青い髪だったのだろうかと心の隅で思った。

「あー、失礼しまし……」

「待ちなさい! シューナリュードさん、ありがとうございました」

 エリエスは逃げようとしたが素早く父親に捕まってしまった。
 そして父親に引きずられるようにしてどこかに連れていかれてしまった。

「お呼びしたのはこちらなのにお騒がせしてしまい、申し訳ございません」

「こんな話を聞けば動揺してしまうのは当然ですよ」

 聞くところによるとドランダラスも手紙を読んだせいなのか体調を崩してしまったらしい。
 死の知らせを聞いて涙を堪えられなかったぐらいなので手紙を読んでさらに感情が揺さぶられてしまったのだろう。

 王様だろうと1人の人間。
 親しかった兄弟の突然の話に何も思わない方が難しい。

「今日お呼びしましたのは他でもありません。ご遺族の確認が取れて改めてお礼をと思ったのです。ですが1つご依頼があるのですがこれから何かご予定などありますか?」

「依頼ですか? 特に予定はないですよ」

「名簿を確認して分かったのですが、亡くなった者の多くがここよりも南にあります港湾都市のデタルトスかその周辺の者なのです」
 
 船に乗って戦うというために普段から海に近いところに住んでいた騎士が多く動員されていた。

「ですのでわざわざこちらに来ていただくよりもデタルトスに遺品を運んだ方がスムーズに遺族に遺品を返せます。ですがお持ちになられた遺品は中々の量でございまして運ぶのも一苦労でございます。そこでシューナリュード様にお力添えいただければと思いまして」

 遺族の中には高齢のものも多かった。
 ゼムトは気をきかせて一箱にまとめたけれどそれでも船員全員の分となるとかなりの量になる。

 輸送しようにも手間になるし、取りに来てもらうのも簡単ではない。
 そこでリュードの持つマジックボックスの袋の力を貸してほしいということなのだ。

 改めて出した荷物はものすごく量が多かった。
 入れる時はスケルトンたちがせっせと入れてくれたので量が多いことを意識していなかった。

 確かにあの量を運ぶのは大変だろうなと思う。

「冒険者ギルドを経由して、直接指名という形でご依頼を出します。こうしますと冒険者としての実績にも反映されます。どうでしょう、受けていただけますか?」

 面倒なので袋だけでも渡すかなんて思っているとファランドールが先に条件を書いた紙をリュードに差し出す。
 実績になるなら悪くないなと条件を確認する。
 
 提示された金額も荷物を袋に入れて運んでいくだけにしては破格の金額である。

「実は他にも仲間がいまして、相談する時間をいただいてもよろしいですか?」

 南の都市には行くつもりではあった。
 楽でいい稼ぎにもなって実績にもなる。

 この依頼に今のところ断る要素がない。
 けれども今はルフォンと2人で旅をしているのではない。
 
 答えは分かりきっている気がしないでもないけれど、相談して意見は聞かなければいけない。
 3人の判断しだいではこのままここに残って冒険者として活動するなんて話も有り得ないことでない。
 
 ほとんどそんな判断をする可能性は無いとしてもゼロじゃない。

「ええ、もちろんですよ。お受けになるならお仲間様の実績にもなりますのでよろしければ是非」

 遺品を返すことは約束なので出来るだけ手伝ってやりたい。
 リュードたちが王城を出て宿に帰るとエミナたちもすでに宿に帰っていた。

 今日受けた依頼は早めに終わったようで部屋で各々くつろいでいた。
 心配だったエミナも依頼の回数を重ねていくと落ち着いてきて安定してきた。
 
 連携も取れ始めてダカンも燃える可能性がグッと減った。
 元々冷静になればちゃんとできる子なのである

 3人は喧嘩も無く、次にどう動くべきかなど話し合って互いに高めあっていた。
 低ランク帯の依頼なら危険も少なくこなせるだけの動きを3人は見せていた。

 休んでいた3人を集めて細かな事情を話すことなくこんな依頼が舞い込んできたと言ってどうするかを問う。
 ちょっと驚いたように顔を見合わせたエミナたち3人はすぐに行くと返事で返してきた。

 完全に事前の想定通りの展開になった。
 さっそく次の日に王城に向かってファランドールに依頼を受けることを伝えた。
 
 てっきり冒険者ギルドに行くと思っていたエミナたちはビビっていたけれどこれは面白そうなのでわざと伝えなかったリュードが悪い。
 一応ギルドを経由していることになっているのでギルドの印がある依頼書にサインをして依頼の受諾となった。
 
 依頼を受けたのだがギルドのギの字もないほどにギルドには行っていない。
 これでも実績としてカウントされるのなら言うことは無い。

「どんなことをしたら王様から直接指名で依頼が舞い込んでくるんですか……?」

 失礼がないようにとファランドールに縮こまるエミナは疑いの目をリュードに向けていたけど、やがてため息をついた。
 これがきっとリュードの言っていた用事に関することなのだろうと今気づいたのであった。
「なんで私がこんなことを……」

 依頼を遂行するにあたってヘランド王国から案内人が1人付けられた。
 未だに祖父の話に納得がいっておらず、この案内人の仕事にも納得がいっていないアリアセンが案内人だった。

 ブツブツと文句を言うアリアセンの先導について、リュードたちは遺品をマジックボックスの袋に詰め込んで南にある港湾都市のデタルトスを目指していた。
 ザダーからデタルトスはそれほど遠くはない。
 
 楽勝な依頼だと考えていたのにそう甘くもなかった。

「やあっ!」

 アリアセンが魔物を切り捨てる。
 それが最後の1体。

「ふう、これで終わりですね」

 アリアセンが大きく息を吐き出して戦闘が終了した。
 これまでの旅では人工的に整備された道を通っている限りは魔物に襲われる可能性は低かった。
 
 道沿いに魔物はほとんど出てこないのであった。
 しかしへランド王国においては道を通っていても関係なく魔物が襲ってくる。
 
 1日1回、多いと2回3回と魔物と遭遇することもある。
 なのでデタルトスに向かうペースはゆっくりとしていた。

 道中現れる魔物は強くない。
 積極的に襲いかかってきても危険度が低いので後回しにされがちで大規模に討伐されることがあまりない。

 それでも連日のように襲われて戦うことは初めてで、常に気の抜けない緊張感にエミナたちは段々と疲労がたまってきていた。
 動きに精彩をかいてきているのでリュードやルフォン、アリアセンが主に戦っていた。

「あなたたち、よく平気ね」

 魔物の血で汚れた盾を拭きながらアリアセンがリュードに目を向ける。
 リュードもリュードで剣の血を拭い、手入れをしている。

 魔物の対応をしている間に日も落ちてきてしまったので進むのはやめて、魔物から離れたところで野営することになった。
 アリアセンはこの国の出身でこうした魔物の活発さに慣れているので魔物の襲撃に慣れていて、精神的な疲労もない。
 
 リュードやルフォンは若く、エミナたちと歳も離れていないようにアリアセンからは見えるのに今の状況にケロッとしている。
 魔物の襲撃が多いと大概の人は精神的に疲労してくる。

 相手が弱くてもいつ襲われるか分からない環境は精神的に消耗するのだ。
 現にエミナたちはぐったりとしていて元気がない。

 先ほどの襲撃も数も多くないし魔物も強くなかった。
 エミナたち3人でも対処出来るレベルの魔物だったけれど度重なる襲撃に疲れてしまった。

 神経の図太さは経験で太くしていくしかない。

「俺たちは慣れているからな」

 アリアセンが首を傾げる。
 自慢にもならない魔物の活発さは他の国ではまず見られない。
 
 魔物の巣窟に住んでるのでもない限りなかなか毎日魔物に襲撃されることになれるはずもない。
 そんな過酷な環境他の国には滅多に無いのだが、リュードたちの村にはあった。
 
 周りの森は魔物だらけだし、森でなにかするには常に魔物の危険がつきまとう。
 極めつきは15歳の時にあった地獄の訓練である。
 
 何も昼だけくるとは限らない化け物のような強さのおっさんたち。
 ずっと警戒し通しなので精神力も鍛えられるものだった。

「……おじいちゃんは本当に最後まで人の心を持ったまま死んでいったの?」

 もう数日アリアセンと一緒にいる。
 最初リュードと距離をとっていたアリアセンだったのだが、上手く周りをフォローしながら戦うリュードとは自然と連携を取り始めた。

 そうしていると普通の状況でも距離は少し近づいた。
 けれどまだわだかまりはある。
 
 祖父についてウソはついていないと思う心と認めたくない心があって複雑な気分がアリアセンにはあった。
 そんな思いとはよそにリュードは柔らかい態度でアリアセンに接していたので1人ツンケンしてもいられなかった。

 戦いにおいても優秀。
 周りをよく見ているし、自分が指示を出すよりもリュードに従った方が効率がいいのでリュードを認め始めていた。

 時間が距離を溶かし、アリアセンはポツリと呟く。
 リュードがアリアセンの方を見るとアリアセンは盾を磨き続けている。
 
 赤い夕焼けを反射する盾には細かい傷が多く見受けられる。
 アリアセンがいかにこの相棒と努力を重ねてきたかが分かる。

「本当の話だよ。ほとんどの人がスケルトンになって自分をみうしなってしまっていた中で君のおじいさんは強い意志を持って自我を保ち続けていた」

「そうなんだ。……私、おじいちゃんには会ったことがないんだ」

 アリアセンの若さなら当然のこと。
 暗い閉鎖空間では時間経過が分からないのでどれぐらいの時間が経ったのかリュードもゼムトたちから聞けなかった。

 こうして遺品を渡しに来たのだが失踪から何年経ちましたかなんて聞けるタイミングもなかった。
 ただ長い時間が経っていることは分かる。
 
 若い口調で話すゼムトを兄と慕うドランダラスの大体の年齢から想像できる。
 何十年と時間が流れている。
 
 アリアセンが産まれたのはガイデンが失踪してからなので会うことがなくて当然である。

「もうこんなに時間経ってるしさ、会えるとは思ってないけどさ。私たちは遅い時にできた子だからお父さんがもうおじいちゃんみたいな見た目になってきてるし」

 まさか尊敬する祖父がそんなことになっているとは思いもしなかった。

「なんか……当たっちゃってごめんね?」

 受け入れられないにしてもそれをリュードに当たるべきではなかったとアリアセンは反省した。