びゅうう、と風が吹きつける。
静まり返った墓地の中で、世那は暗い瞳を細めて、儚く微笑った。
視線の先にはエステル・ケルヴィネンと刻まれた墓石がある。
「エステル。君が望んでいた通り、沙彩と付き合うことにしたよ。今日は、その報告に来たんだ」
世那が腕を伸ばして抱き寄せた肩は、星野沙彩のもの。
沙彩はにこりとも笑わず、ただ真剣な眼差しを墓石に向けていた。
「エステルは最後まで、僕の心配をしてくれたね。もう、大丈夫だから。エステルは、安心して眠って」
世那は沙彩の肩から手を離すと、墓石にそっとキスをする。
にこりと笑った顔はまるで病人のようだった。
「……それじゃ、帰ろうか」
「うん。私は少しエステルさんと話があるから、世那くんは先に向こうへ行ってて」
「分かった」
世那は頷くと、ふらりと幽霊が歩くように墓地の外へ去る。
1人残った沙彩は墓石に向き直り、猫目をキッと吊り上げた。
「死んで、彼の永遠になるなんてずるい」
刺々しく言った後、沙彩は眦を和らげて「でも」と口にした。
「生きて世那くんと未来を過ごせる私が、エステルさんは羨ましいんだよね」
沙彩の瞳は同情的で、エステルの悲しみに寄り添っているようでもあった。
「世那くんのことは任せて。彼の心がずっとあなたに向き続けても、私は彼の未来が明るくなるように、傍で支え続けるから」
沙彩は片手を胸に添えて、唇をきゅっと引き結ぶ。
伏せた瞳には傷心が表れていたが、前を向いた時には凛とした強い眼差しに変わっていた。
「じゃあね、エステルさん」
別れを告げると、沙彩は墓石に背中を向けて、歩いて行く。
無人になった墓地には、柔らかい風が吹いていた。
[終]