世間話は礼儀的なものであり、本題に入るまでの手順のひとつだ。
 母上は〈もう〉と少し拗ねたような声を出しながら、僕の予想通り〈ところで〉と話を変えた。


〈大学の方はどうかしら? そろそろお友達はできました?〉

「母上……もう子供ではないのですから、そのような質問はよしてください」

〈あら、私にとってはいつまでも子供よ。都さんってば、よそのお子さんに冷たい態度ばかり取るでしょう。本当は誰よりも優しいのに、つんけんしてしまって……。まぁ、そんなところも可愛いのですけれどね。うふふ〉

「母上。失礼ですが、お話はそれだけですか?」


 のらりくらりとしながら、結局最後は子供扱いをしてくる母上に耐えかねて、先を促してしまう。

 この人は昔から変わらない。
 だから電話に出るのが嫌だったのだと、溜息を飲み込んだ。


〈嫌だわ、都さん。お家を出てからすっかりせっかちになってしまって。母は寂しゅうございます〉

「もういいでしょう……僕も暇ではないのです。お話が以上なら、失礼させて――」

〈お父様が、床に伏せってしまわれました〉

「!」

〈お医者様の話では、もう長くないと……今、我が家はバタバタとしております。透さんが、お父様の代わりに全権を握って対応していますが、混乱が大きくて……。都さん。お家に戻ってきてくれませんか?〉

「そん、な……」


 父上が、倒れられた?

 思わず口を押さえて動揺する己を律する。

 大丈夫だ。兄上がいれば――……。


 初夏も過ぎ、大学の夏休みが迫る7月の下旬。
 母からの電話で伝えられたのは、奏瀬(かなせ)家の当主、父・(しげる)が病に倒れたという報せだった。