額と額を重ね合わせる都合上、文字通り膝を突き合わせるくらい近付かなければいけないので、真奈美さんや後ろの家族には動揺が見えた。
 説明していたとは言え、耳で聞くのと目で見るのは違うから仕方ない。


「手放したい“想い”を心に浮かべてください」

「……」


 真奈美さんは臆するように眉尻を下げて、傍らの手紙へ視線を落とした。
 これは実際の儀式でも使う手法らしい。
 “想い”に関連する物を持ち寄って、それを見ることで“想い”を思い浮かべやすくするのだとか。

 ありありとそれ(・・)を想像したのだろう。
 彼女の顔が恐怖に染まり、呼吸も浅くなって耐えるようにぎゅっと目を瞑る。
 傍目にも分かる変化だが、僕にはもっと直接的に彼女の変化が感じ取れた。

 声や、物でもない……彼女自身の体から、“恐怖”が溢れ出している。
 これは人一倍“想い”に敏感な僕にも、初めての経験だ。


「……失礼致します」

「っ……」


 彼女の意識を乱さないよう、小さく断りを入れると、さらに近付いて腰を上げる。
 そのまま真奈美さんの頭を、触れるか触れないかという強さで支えて額を合わせた。

 ――暴力的、というのが一番近い表現だろうか。
 押し寄せるように僕の中へ入り込んできた“想い”は、今までに感じたことがない凶暴さで暴れまわる。
 “怖い”、“怖い”、“怖い”、と、ただ一つの“想い”に心が支配されそうで、思わず顔を歪めた。


「……?」


 しかし、一瞬強烈に感じ取った“恐怖”は、すぐに消えてしまう。
 否、消えたと言うより、それは弱くなったと言う方が正しいだろう。

 一般的なレベルに収まった“恐怖”の代わりに、僕の心を埋め尽くしたのは彼女の“思いやり”だった。
 この“想い”を、言葉にするなら……“奏瀬(かなせ)さんに伝えたくない”?
 いや、もっと的確な言葉があるはずだ。 これは、そう。

 ――“奏瀬さんに、こんな怖い思いをさせたくない”。


「僕を、気遣ってるのか……」


 思わず口からこぼれた言葉に、真奈美(まなみ)さんがビクッと反応する。
 彼女の動揺した“想い”が、僕の心にも伝わってきた。

 それは、彼女の優しさなのだろう。
 あんなに苦しい“想い”を抱えていてなお、人の心配をする。
 そんなところに、柿原(かきはら)も惹かれて、可愛がっているのかもしれない。


「……大丈夫。僕に預けて」


 囁くように言って、僕の(・・)想い(・・)”を伝える。
 真奈美さんの部屋で、柿原に“想い”を返した時のように、今度は僕自身の“想い”を流し込んだのだ。