昇華の儀式を行うため、柿原(かきはら)の家を訪ねて真奈美(まなみ)さんと話していた僕は、何故か柿原の“想い”を引き受けて、さらにそれを柿原に返すという、前代未聞の行いをすることになった。
 騒がしい柿原を黙らせるため、僕は仕方なくそれに応じることになったが……何せ初めての経験だ。

 できる確証も無いことをやったと、後で兄上に知られたら、叱られること間違い無しだな。


「んん~? 何も変化ねぇぞ~?」

「大人しくしていろ。ほら、引き受けたぞ」


 重ねた手を通じて、柿原の“好奇心”に共鳴し、一度手を離す。
 “想い”を引き受けた状態のまま、僕はそれを昇華しないよう気をつけて柿原が満足するのを待った。


「お? おお? 確かに、なんか胸がスッとした感じがする!」

「満足したか。したな。じゃあ戻すからじっとしていろ」

「え、ちょ、はやっ!」


 柿原の答えを聞く前に、柿原の手を無理矢理取って、引き受けた時の感覚を元に“想い”を返そうと試してみたのだが。


「……そう簡単にはいかないか」

「へ? なんか今、不穏な言葉が聞こえたんだけど??」

「うるさい、集中が乱れる。触る場所を変えるぞ、動くなよ」

「お、おう?」


 そもそも奏瀬(かなせ)は感じ取る力に長けているのであって、相手に感じ取らせることはできないのだ。
 鈍感そうなこの男ならなおさら難しいだろう。

 奏瀬の者同士なら、あるいはこういったこともできるのかもしれないが、そんなことをする必要はないし、今後同じ試みをすることはないだろう。

 僕は柿原の手を離して、今度は両手で柿原の頭を掴んだ。


「なっ」

「黙れ」


 柿原の額に、僕の額を重ね合わせる。
 先ほどまでよりも、鮮明に、複雑に、そして大量に柿原の“想い”が流れ込んでくるが、僕は過剰に反応しないように心を落ち着けた。
 自分が“想い”を感じ取る時のように、柿原に僕の、……僕が引き受けた“想い”を伝える、ということをイメージして心を寄せていく。


「あ、れ……?」


 流れ込んでくる“想い”が、変化した。
 この調子でいいのだと確証を得て、柿原から引き受けた“好奇心”を自分から引き離すように、ゆっくりゆっくり手放していく。
 やがて、柿原から“想い”を引き受けた時のように共鳴する感覚があったので、修行した通りに自分の心を離し、額も離した。


「っ……はぁ、僕は何をやっているんだ……」


 儀式の前に余計な気力を消費するなんて、正気ではなかったな。
 まぁ、一度やってコツは掴んだから、次はもっとスムーズにできる気はするが……。

 こんな保険のような力を身につけなくたって、余計な“想い”を引き受けないように僕が努めればいいだけだろう。
 自分を甘やかしてどうする。

 額を押さえて反省した僕は、客の前だったことを思い出して、しまったと顔を上げる。