“想い”を昇華して(涙を流して)目を開いた僕が見たのは、温もりが消えたガラス玉のような瞳。


「……たった一度の失敗で、何を言う。お前は奏瀬の中でも一番力に優れているのだ。そのような弱音を吐いて、救える者も見捨てるつもりか?」

「僕は見捨ててなど……力に優れていることが何だというのですか。僕はこんなもの、望んでいなかった……!」

「言葉が過ぎるぞ、都。お前はもう次期当主に決まっているのだ。勢い任せでも、この屋敷でそのようなことは口にするな」

「っ……僕は当主になるつもりなどありません。お話が終われば、すぐに出て行きます」


 兄上を前にすると、無意識に体が強ばる。
 じっと目を見ることができなくて、気付くと視線が逸れていることも多い。

 過去に囚われている僕と、家のことを考えている(未来を見ている)兄上では、話が噛み合わなくて当然だ。
 どちらも折れる気がないなら、話し合いは平行線のまま。

 けれど、僕が諦めれば柿原(かきはら)は……柿原の妹は、救われない。
 逃げるわけにはいかないんだ。
 僕は、柿原の“想い”を知っているから。


「……このままでは、先程と同じだな。お前が何を言っても、“引き受け屋”は柿原氏の依頼を受けない。()が面談をして、彼には依頼内容に見合った支払い能力が無いと判断したからだ」

「なっ……ですが、時間をかければ柿原も」

(みやこ)真奈美(まなみ)嬢とお会いしたことは?」

「いえ……ありません」

「私は電話越しだが、彼女と直接話をした。そして、彼女の恐怖を感じ(・・)取った。どういうことか、説明せずとも分かるな?」


 兄上は凪いだ海のように静かな瞳で僕を見つめた。
 僅かに緊張が走るが、僕の意識は兄上の言葉に傾く。
 兄上は柿原の妹と電話で話して、彼女から“恐怖”を感じ取った。
 それは単に、怖がっている様子だったから恐怖を感じているのだろうと察した、というような話ではない。

 人の“想い”を扱う奏瀬(かなせ)の人間が口にする「“想い”を感じ取った」という言葉は、その人の“想い”が心に入り込んでくる――漠然とした感覚を感覚として感じる――ことを示す。

 以前、僕も柿原と接触して彼の“想い”を感じ取ったが、あれは体の一部に触れなければできない芸当だ。
 もちろん、電話越しに話しただけの兄上が柿原の妹と接触することは不可能。
 つまり、兄上は僕が柿原と初めて会った時のように、彼女の声から“想い”を感じ取ったことになる。

 そしてそれは通常、奏瀬の異能を濃く受け継いだ異端児である僕にしかできないこと。


「そんな……それほどまでに、根強い“想い”であると……?」

「本家の人間であれば、数回に分けて昇華することはできるだろう。しかし、その場合代金は跳ね上がる。富豪であっても、時間をかけなければいけないほどに」

「っ……!」


 強い“想い”であるほど、奏瀬の人間が引き受けることも、昇華することも難しくなる。
 それは儀式を行う者の“容量”や、相手の抵抗度合いが影響するからだ。

 本来ありえないことが起こるほどに強い“想い”であれば、儀式を行う者が強烈な“想い”に呑み込まれる危険性もある。


 僕が想定していたよりもずっと、柿原の妹の“想い”は根強く、儀式を行うことは限りなく困難である、ということだ。