“引き受け屋”を家業とする奏瀬の次期当主に指名され、家を飛び出したのが1年前――いや、もう1年半前になる。
もう二度と戻ることはないと決めていた僕が、大学の夏休みに奏瀬本家へと戻ってきたのは、同じ大学に通う柿原が僕の兄の透に理不尽な理由で依頼を断られたからだ。
ところが、実際に話してみると、兄上が依頼を断った理由は僕が想像していたものと違った。
「よりによって、兄上が儀式をしろとを仰るなんて……っ」
兄上は、僕に柿原の依頼を受けろと言う。
それだけではなく、家に戻って次期当主になるための修行をするように、と。
どうして兄上がそんなことを仰るのか、僕には理解できない。
まさか、あの日の出来事を忘れたとでも言うのだろうか。
「都さん、透さん! 静かになさい。喧嘩してはいけないと言ったでしょう」
「母上……!」
「……申し訳ありません。お騒がせ致しました」
俯いて歯を食いしばっていた僕は、背後からぴしゃりと飛んできた声に驚いて振り向く。
カッとなって大声を出してしまったから、母上が注意しにやってきたらしい。
兄上が淡々と謝るものだから、僕も幾分か落ち着きを取り戻して、苦々しく「申し訳ありません」と続けた。
母上は部屋に入り、僕と兄上を仲裁するように座って、いつもは柔らかな微笑みが浮かぶ顔をキリリと引き締める。
「どうして喧嘩になったのですか?」
「それは……」
「私が都に、儀式を行うよう言ったのです。昨日依頼に来たお客様の中に、都の紹介を受けた学生がいたので」
「そうですか。都さん、間違いありませんね?」
「……はい」
心の中は未だ荒れているが、大人しく頷く。
「分かりました。それでは、もう一度話し合いなさい。また喧嘩になったら夕飯は抜きですからね」
「「はい」」
母上は有言実行すると身を持って知っているので、想いに身を任せないよう気を引き締めた。
一度深呼吸して心を落ち着かせると、複雑な想いを抱きながら兄上に向き直る。
裏庭から縁側を通って吹いてくる風が、暑い室内に涼しさをもたらした。
「俺の意見は変わらない。都、彼の依頼はお前が受けろ」
「……僕には、できません。兄上が一番よく分かっているはずでしょう」
「お前が儀式を行えない理由は無い。“引き受け屋”として必要な能力は備えているはずだ」
「何を……っ!」
また激情につられて声を荒げそうになり、ハッとして奥歯を噛み締めた。
膝の上に置いた手を固く握って、自分の呼吸を意識する。
想いの波が落ち着いた頃、僕は弱々しく昔の傷に触れた。
「兄上は、忘れてしまったのですか……? 僕が、兄上の“想い”を消してしまったことを……」
「忘れるわけがないだろう。何故そんなことを気にする?」
「っ、どうして分からないのですか。僕は、望まぬ“想い”まで消してしまうんですよ? 兄上の時のように……っ。僕はもう、奏瀬の力を使ってはいけないのです」
「都さん……」