大学の夏休み中、アルバイトに勤しんでいた僕は、以前"引き受け屋"を紹介した柿原という同大学に通う男から電話を受けた。
彼の話によると、僕の兄である透は、“柿原が僕の学友であるから”という理由で彼の依頼を断ったらしい。
柿原とは別に親しい間柄ではないが、だからこそ兄上には考え直していただかなければならない。
そういったわけで、僕は1年ぶりに奏瀬本家へと戻ってきた。
「おかえりなさい、都さん。待っていましたよ」
「母上、このような時間に申し訳ありません。ただいま戻り……あ、いえ。お邪魔致します」
「まぁ、ただいまでよろしいのに。うふふ、早くいらっしゃい。都さんのお部屋はそのままにしてありますから」
朝から夕方まで8時間のアルバイトを終えて、電車とバスを乗り継ぎ本家へ訪れた僕を迎えたのは、ニコニコと上機嫌な母上だった。
見慣れた着物姿の母上に、手入れの行き届いた庭、そして石畳の先の日本家屋。
17まで住んでいた我が家だから、やはり懐かしい想いがこみ上げてくる。
表玄関は客向けなので、裏口から家に上がると、中庭の障子が開かれているのが見えた。
「兄上はお仕事中ですか?」
「いいえ、今はお父様が儀式を。透さんはお部屋に居ますよ」
表玄関から見ると左奥、裏口から見ると左手前が家族の生活空間で、屋敷の右側は“引き受け屋”の仕事場となっている。
本家には中庭があるのだが、表玄関から見て手前正面と右側の障子が開かれている時(要は仕事場から中庭が見える時)は客が居る、つまり仕事中だと察することができるのだ。
最初からうるさくするつもりはなかったが、より足音に注意して静かに廊下を移動する。
どこからともなく漂ってくる木と畳の匂いが緊張する僕を落ち着かせた。
「母は席を外しますから、兄弟でゆっくりお話してください。せっかく帰ってきたのですから、喧嘩してはいけませんよ」「はい。ありがとうございます」
裏庭に面した部屋が僕と兄上の部屋。
母上は僕が部屋に入ったのを見届けて、縁側を戻っていった。
家を出た時とまるで変わらない自分の部屋を眺めていると、色々な想いが蘇ってくる。
僕は着替えが入ったバッグを畳に置いて、中から着物を取りだした。
「……」
洋服を脱ぎ、着物に袖を通しながら、兄上の反応を考える。
愚直に考え直してくださいと言って、すぐに聞き入れてもらえるなら話は簡単だが、そうはならない予感がある。
第一、兄上は芯を持ったお方だ。筋の通った話をしなければ、考え直してもらうことなどできない。
まずは、僕と柿原の関係について、誤解を解かなければ。
「よし」