「お嬢さん、素敵な歌声ね。吟遊詩人かしら」

「ぎんゆう……? ありがとうございます、おばさま」


 吟遊詩人の意味はよく分からないけれど、胸に手を当てて微笑む。
 後ろで殿方達が顔を赤くしているわ。


「旅をしてきたの? 衣装としてはインパクトがあるけど、一人歩きするには心配な恰好ね」

「えぇ……少し遠いところから。そうでしょうか?」


 わたしは自分の恰好を見下ろした。
 胸と腰を飾る、いつもの姿だわ。

 2本の足に合わせて、腰飾りが少し変わっているようだけれど。

 おばさまは腕に下げた籠をがさごそと探って、長い布を取り出した。


「これ、処分しようと思っていたものだけど……お代代わりに、どうぞ」

「まあ、ありがとうございます……えぇと」


 どうやって使うのかしら。
 そう思っていたら、おばさまは長い布を広げて、わたしの肩にぱさっとかけてくださった。
 体が長い布にすっぽりと覆われているわ。


「美人さんなんだから、気をつけてね」

「えぇ、ご心配ありがとうございます、おばさま」


 人間も優しいのね。
 嬉しくて笑顔でお礼を伝えたわ。


 おばさまと別れた後は、街並みを眺めながらのんびりと歩いた。

 はっ、いけない。
 わたし、彼に会いに来たのに。


「これだけ沢山の人間がいるのに、どうやって探したらいいのかしら……」


 小さく呟いて、歩いて行く人間達をさぁっと眺める。
 船の上にいた彼は、金色の髪に緑色の瞳をしていた。

 辺りにいる人間達は茶色の髪をした人が多いから、彼がいたらすぐに分かりそうね。
 でも、彼がこの辺りを歩いていなかったら、見つけるのは難しいわ……。

 困り果てて、通りすがる人に目を向けながら歩いていると、そんな杞憂を吹き飛ばすように輝く髪を見つけた。
 金色の髪。

 彼だわ!


「大変、どうやって声をかけたら……!」


 胸がドキドキして、頬を押さえる。
 道の反対側にいる彼は横を向いて、見覚えのある緑色の瞳をきらりと光らせた。

 まずは挨拶からよね。
 ごきげんよう、わたしはフィロメーナと申します。
 あなたに会いに、海の底からやって来ました。


 心の中で練習をしてから、彼に近づこうと一歩踏み出す。


「クラーラ!」


 彼は体を横に向けて、腕を広げた。
 そこに走って近づく茶色の髪の女性。


「レズリー!」


 彼女の体は、彼の胸に飛び込んで、彼女の腕は、彼の背中に回る。


「え……」


 嬉しそうに笑い合った彼らは、顔を寄せて、唇を重ねた。
 わたしの目の前で。


「っ……!」


 牙を突き立てられたように、胸が痛い。
 体が砕け散ってしまいそう。